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学園都市ディケット
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ペルケティア教国西方にディケットという都市がある。
この街はペルケティアでも主都に次ぐ大きさを誇っており、物流の規模だけで言えば主都を遥かに凌ぐほどの賑わいがある。
人と物が多く行き交うこの街だが、その理由は偏に街の半分を占める面積に建てられた学園にあった。
元々ディケット学園が先にあり、学園を囲むようにして出来上がった街並みをひっくるめて、いつしかディケットの街と呼ぶようになったそうだ。
学園自体の運営がヤゼス教でありながら宗教色をほとんど感じることのない環境から、ペルケティア国内外にも純粋に学びの場である学園都市として知れ渡っていた。
この大陸において学園といえば基本的にここを指し、多くの国からも学生を受け入れていることから、ある意味では異国情緒のある街だと言える。
学園への入学は年齢条件を満たした上で入学試験をパスすれば、誰にでも門戸は開かれている。
しかしながら、当然入学試験は簡単なのものではなく、最低限の学問を修めている貴族や商人の子息であってもそうそう通ることは出来ない。
一方で、特殊な技能や優れた技術を持つものに関しては、学園側が入学試験を免除することもあるため、一芸入試のような入学方法も中にはある。
しかしこれはあくまでも普通の試験では図りきれない技能を判断するものであり、その合格基準が通常の入学試験よりも低いということはありえない。
学園には貴族や商人の他、地方の豪農の倅などもおり、珍しいものだととある国の王族なんかも少ないながら在籍している。
俺達の友人であるシペアは平民ではあるが、後見がペルケティア教国であるため、ある意味では貴族並みのバックグラウンドを誇る。
一応学園内では学生の身分による上下はないとされているが、そこはやはり人間であるため、どうしても人間同士の派閥というのが出来てしまう。
その派閥も自然と貴族が率いるようになるのもまた当然であった。
届いた手紙には生徒同士での上下関係が煩わしいという愚痴もあったが、シペア本人は結構学園生活を楽しんでいるというのは手紙全体から伝わっていた。
そんなシペアが俺達に宛てた手紙には、一度学園に遊びにこないかというものがあり、それを受けて学園というものに興味を持ったパーラの賛同も得て、俺達は飛空艇でペルケティア教国内はディケットの街上空へと辿り着いていた。
ここに来るまでの間見てきたペルケティアはそこそこ雪の積もる気候であったのだが、このディケットのある辺りはほとんど雪が見られず、標高の高い山で僅かに見える程度だ。
とはいえ、寒さ自体は冬らしさを感じさせるもので、単純に雪が少ないのは年間の降水量の少なさからきているのだろう。
「はぁ~大きな街だねぇ。ヘスニルはもちろんだけど、下手すればソーマルガの皇都ぐらいあるんじゃない?」
「街部分の面積はヘスニルと同じぐらいだそうだけど、学園がある分だけ全体の面積は他の街よりも広いんだってよ」
操縦室の窓にへばりついて眼下を見下ろすパーラは、感嘆の溜息を漏らしながら呆気にとられていた。
今は丁度太陽が昇り出した頃で、朝日に照らされて輝くディケットの街並みはその大きさもさることながら、他国の留学生を受け入れているという土壌のおかげで、街の至る所に建築様式の異なる建物の姿が見受けられ、中々バラエティに富んだ街の姿を見せている。
現在、飛空艇は人の目に触れないようにかなりの高度に留まっており、これから俺達は一旦ディケットの街を離れ、近くで人の目に触れないところに飛空艇を隠してバイクで街へと入ることになっている。
今回、シペアの手紙による招きに応じる形でディケットに向かった俺達だったが、途中でパーラから飛空艇でディケットの街に乗り付けるのは止めようという意見が出た。
実はそのパーラの意見は俺も考えてはいたことだった。
ここまで飛空艇は高高度を移動してきたため、関所はもちろんのことながら、街や村にも寄ってはいなかった。
ベルケティア教国内で目撃情報がない中、突然姿を表す飛行物体にディケットの街で巻き起こる混乱は十分に予想できる。
まぁこれはここまで一気に空を飛んできてしまった俺達に問題があるのだが、今更それを悔いてももう遅い。
学業に励んでいる友人に会いに来て騒ぎを起こしてしまうと、今後の学園生活への影響が小さく済むとは思えない。
なので、ここは極力飛空艇の存在を伏せる形にして、飛空艇は家として使用し、移動にはバイクを使うことで話はまとまった。
早速街の上空から場所を移し、周辺を飛んでみるが、さすがディケットも大都市だけあって周辺には小さな村や町も点在しているし、畑なども多く、切り開かれた都市周辺では飛空艇の巨体を隠す場所を見つけるのも容易ではない。
「アンディ、あそこは?あの丘のとこ」
操縦する俺の横に立つパーラが指差した右前方へと目を向けると、周辺に人家もなく、街道からも外れた場所となる目立たない丘であれば飛空艇を置けそうではある。
流石に周りよりも一段高い場所に飛空艇を置けば遠目からは目立ってしまうが、人通りのある街道から丘を目隠しにすればそうそう人に見つかることもなさそうだ。
「よさそうだな。んじゃあそこの影になってるところに飛空艇を降ろすぞ。パーラ、一応お前も着陸場所の周辺に気を配ってくれ」
「わかった」
空から降りてくる巨大な物体を予想せず、着陸場所に駆け寄って来る動物の存在もあり得るため、普段よりも少しばかり気を使っての着陸となった。
無事に地面に船体を降ろしたところで、次にやるのは飛空艇の偽装だ。
今の状態では街道側から見られることはないが、迷い込んだ人間が偶然飛空艇を目にしてしまうというのもあり得る。
なので、まずは飛空艇を囲むように魔術で土壁を盛り上げていき、丘の斜面に同化させるようにして飛空艇が丘に飲み込まれたような感じでカモフラージュする。
天井の所々に換気と採光のための穴を空け、出入り用の横穴を作ったら完成だ。
巨大内飛空艇を隠すための土壁は魔術で作られたとはいえ、やはり規模の大きさからそれなりに時間がかかり、さらには天井に開ける穴の分だけ手間も増えたため、全て終わったのはすっかり日が傾き始めた頃だった。
幸い、この作業をしている姿を誰かに見つかるということはなく、偽装もよほど詳しく調べられない限りは怪しまれることのないほどの出来で満足している。
「アンディー、終わったー?」
夕日が照らす丘の上で、達成感を噛み締めながら伸びをしていた俺にパーラが声をかけてきた。
「おー。終わったぞー。そっちはどうなってるー?」
下へ向けて大声で返事をしつつ、若干きつい傾斜の所々に設けた梯子代わりの突起を足場にしながら下りていく。
「…よっ…ほっ…と。頼んでた例の布、出来てるか?」
パーラの目の前に着地して開口一番に尋ねるのは、俺が飛空艇を偽装している間、パーラに頼んでおいたものの出来具合だ。
「出来てるよ。ほら、こんな感じでいいんでしょ」
そう言って俺の目の前に広げられたのは、土色の布に木の葉や枝を無造作に貼り付けられたものだ。
「そうそう、こんなのでいいんだよ」
丁度出入り用に空けた横穴に垂らすのに迷彩柄の幕が欲しかったので、手が空いていたパーラに適当に説明をして作ってもらったのだが、出来上がったものは俺の要求を十分に満たすものであった。
丘の斜面に開いている横穴は洞窟に見えるため、そのままだと動物が入り込んだり、野盗なんかのアジトにされかねない。
なのでこうして周囲の風景に溶け込む柄の布で出入口を覆い、発見の可能性をなるべく低くする工夫が必要なのだ。
早速その布を出入り口となる穴を塞ぐようにして張ってみると、少し離れただけで洞穴の存在は微塵も感じられなくなった。
「へぇ、こんな布でも結構わからなくなるもんだね」
「だろ。貼り付けてある枝と葉っぱがいい具合に周りと馴染んでる。まぁこの辺りが雪の積もる気候だったら白い布だけで事足りてたんだけどな」
「あぁ、なるほどね。でも雪と同化するぐらい白い布ってあんまりないし、これはこれでちょうどよかったと思うよ」
パーラの言うとおり、この世界では完全に純白な布というのは余り手に入らないため、逆にこういうものの方が安上がりだったと言える。
今日は拠点作りだけで一日が終わってしまったため、ディケットに向かうのは明日にして今日はもう休むことにした。
相変わらず飛空艇での寝泊まりは快適なもので、温かい空間とうまい食事に、風呂も使えるとあって、とても野営しているとは思えないぐらいにリラックスした時間を過ごし、久しぶりに魔力を多く使ったということもあって早々に寝入ってしまった。
次の日は朝から小雪がちらつく天気となったが、ディケットに向かうと昨日の内に決めていた俺達の足を止めるほどではなく、バイクで飛空艇をあとにし、街道を辿ってディケットの街門を目指す。
「ねぇアンディ。もし万が一あの飛空艇が誰かに見つかったらさ、勝手に中に入られたりとかしないかな」
「それは大丈夫だ。偽装は完璧だし、仮に見つかっても飛空艇に入るにはこいつがないとな」
サイドカーに座るパーラの方へと、懐から取り出した万年筆大の物を放り投げる。
「っと。…さっきあの扉の横から取り外してたやつだよね。これなんなの?」
「飛空艇の扉の鍵みたいなもんだ。こいつがないと、船体横・上・貨物室のどの扉も開かないんだ」
見た目は大きめなヒューズ管と言った感じだが、機能としては飛空艇のマスターキーのようなものだ。
これが常に飛空艇の扉の近くに取り付けられているおかげで、今までは特に開錠作業などを必要とせずに出入りが自由だったわけだが、こうして外すことで出入り口にはロックが掛かり、以後このマスターキーだけが扉を開けれるようになっている。
こっちの世界での鍵とは見た目も機能も多少異なるため、パーラにはいまいち鍵として見ることができないようで、どこか胡乱気な視線がその手元をさまよっている。
雪の殆どない街道をバイクでしばらく走ると、やっと遠くにディケットの街壁が見えてくる。
当然ながら国は違えど街に入る流儀は変わらず、特にペルケティアで特権を持っているわけでもない俺達は普通に街に入る手順を踏むことになる。
最近は飛空艇で街に直接乗り付けることが多かったため、こういうのはなんだか久しぶりで少しだけ楽しい。
俺達の前には何台かの荷馬車が順番待ちをしており、その最後尾へ着くと一旦バイクを降りて手で押して進んでいく。
他に徒歩での旅人もおらず、比較的スムーズに入場の処理が進んでいき、あっという間に俺達の番となる。
犯罪を犯しているわけもない俺達はギルドカードを提示してすぐに街へと入れると思ったのだが、門番がバイクで牽いているリヤカーの荷物に食いつく。
「随分大荷物だな。中身はなんだ?」
冒険者が持ち込む荷物としては確かにリヤカーの荷物は多い。
荷物は飛空艇に積んであった香辛料だ。
「香辛料です。この街には知り合いに会いに来たものでして、ついでに香辛料で小金を稼ごうかと」
ペルケティアはアシャドル同様、ソーマルガから香辛料を輸入している状況だが、ディケットの街はソーマルガから最も離れた位置にあるため、香辛料が行き渡るにはどうしても距離がありすぎる。
なので、こうしてまとまった量の香辛料をディケットの街で売り捌けば、結構な儲けが期待できそうだと考えて、こうして持ってきたわけだ。
「おぉ、そうか。ここいらじゃ香辛料は常に不足気味だからな。あるだけの量を街に卸してくれるなら助かる。大通りをしばらく進んだ左手側にリーポック商会という店があるんだが、香辛料ならそこが一番高く買ってくれるはずだ」
門の通行許可とともに、おすすめの商店まで教えてもらったことへのお礼を言って街へと入る。
ヒュプリオスの街以来のペルケティアの街だが、この街は学園を擁するだけあって街並みもどことなく整然とした学園都市と言った感じに洗練されているように思える。
所々にガラッと建築様式の変わる建物が目に入るたびに度肝を抜かされるが、他の国からの人間も多くいる学園なのだから、こういった建物も大使館的な役割で必要なのだとか。
門番のおすすめの商店で香辛料を卸し、荷物の軽くなったバイクで一路学園を目指す。
学園は街の東側にあり、大通りを東に折れて向かうと、前方に巨大な外壁が見えてきた。
街の中にありながら、保安上の観点から存在する内壁が学園を守っている。
学園内へと続く門の前へとたどり着いたが、格子状の門はしっかりと閉じられており、門番の姿もない。
「閉まってるね」
「まぁ今の時間は授業中のはずだから、開いてはいないとは思ってたけどな」
普通に考えて、生徒を守るための門や外壁が授業中に開放されているわけがないので、こういうのは十分想定済みだった。
ただ、守衛ぐらいはいるだろうとおもっていたのだが、人の気配がない門の様子は少し意外だ。
これでは学園を訪ねてきた人はどうやって用事を済ませればいいのだろうか?
俺達もシペアの手紙で学園を訪ねてきたわけだが、知り合いとはいえいきなり訪ねて学内へと入れるとはさすがに思っていないので、誰かにシペアへの伝言でも頼みたかったところだが、これではどうしようもない。
「アンディ、あそこに誰かいるよ」
そんな風に困っていると、門の向こう側に人影が現れたのをパーラが気付く。
指さした方へと目を向けると、門から少し離れた場所を歩く赤いローブを纏った老人を見つけた。
「すいませーん!そこの方!」
学園内の敷地にいる以上、関係者で間違いないはずなので、逃がさないように門越しに出せる限りの声で呼びかけると、こちらに気付いたその老人が来てくれた。
「何かな?見たところ学園の生徒ではないようだが」
「ええ、俺達はただの冒険者です。実は学園に通う友人に会いに来たんですが、このように守衛のいない門に困っていまして」
門越しに顔を合わせて話す老人の口調が穏やかなものであったのはありがたい。
下手をしたら不審人物として見られてもおかしくないわけだしな。
「あぁ、それは門番の姿がないだけであって、ほれ、あそこの丸い水晶玉が見えるじゃろ?遠見の水晶という魔道具でな、あれで門の様子を少し離れた場所から見ているのだよ」
老人の目線を追っていくと、左右の門柱の頂点辺りに半球の水晶玉の姿があり、どうやらそれが監視カメラの役割を担っていたらしい。
「なるほど、そういうことでしたか。しかし、それなら門の前にいる俺達は不審者として対応されていたはずでは?」
「いやいや、門の前にいるぐらいではなにもせんよ。学園の門と壁は魔術で保護されておるから、外で人が動いていたとしても、動向を見守るぐらいで十分じゃ」
俺達は門に来ていた時から監視されていたというわけか。
まぁ確かに、この規模の学園で海外の人間も多く滞在するとなれば、これぐらいの監視装置はあってもおかしくない。
しかし、まさか監視カメラのような魔道具が存在しているとは、少し驚いた。
映像を送受信できるというのはかなり魅力的な技術だと言えるので、どうにかして一式を手に入れたいところだ。
「まぁそんなわけで、お前さんらを学園に入れることはできんが、伝言役ぐらいは請け負うぞ?」
「あぁ、それは助かります。ではこの手紙を魔術学科のシペアという者へとお願いします。アンディからだと言っていただければ通じますので」
手紙でシペアの在籍している学科は聞いていたので、昨夜の内に書いていた手紙を老人へと託す。
「魔術学科のシペアへ、アンディからじゃな。あい分かった。昼あたりにでも渡しておくから、夕方にまたここへ来るといい。学園の門は朝と夕方に開かれるのでな。そのシペア君ともその時に会えるじゃろう」
「そうします。手紙の方、どうかよろしくお願いします」
シペアへの連絡も目途がついたことで、俺達はようやく安心して門を離れることができた。
俺達が学園内へと入ることは簡単ではないとしても、手紙を読んだシペアが門まで足を運ぶぐらいはできるはずなので、俺達はそれまで時間を潰すとしよう。
ディケットは初めてなので、まずは街の構造を把握するために大通りをバイクで流してみる。
またバイクに注目が集まるかと思ったが、珍し気な視線はあれど、バイクが通りを走るのにどこか慣れているような雰囲気の街に少しだけ首をかしげたが、その理由はすぐに分かった。
俺達以外のバイクと何度かすれ違ったことから、どうやらこの街ではバイクの姿は珍しいものではないらしい。
アシャドルで買ったバイクでディケットに来ているのか、あるいはどこかの工房が真似たものが出回っているのかわからないが、俺達のバイクが悪目立ちしないというのはいいものだ。
新しく訪れる街ではまず店を回ってみることに決めている俺達だが、食料品関係は目新しいものはあまり見られず、服や武器などの身に着けるものも、丁度タイミング悪く商品の入れ替えで碌に見るものもなかった。
仕方ないので早々にギルドへと足を運び、この街特有の依頼でもないかを見て回る。
どこの街もギルドというのは配置や雰囲気にそう違いはないもので、まったく未知の街でありながら迷いなく歩けるギルド内には安らぎを覚えるほどだ。
時間も半端だったこともあり、あまり人の姿はなかったが、掲示板を見る分にはこのぐらいの空き具合が丁度いい。
パーラと並んで掲示板を見るが、張り出されている依頼は魔物や動物の種類は違えど、冒険者ギルドであればよく見かける類の依頼ばかりだ。
特に目新しさもない依頼に、さっさと引き上げようと踵を返しかけた俺の服の袖をパーラがクイッと引っ張った。
「どうした、パーラ」
「これ見て。変わったのがあるよ」
パーラの見つめる先にあった依頼の札に注目する。
「…なんだ、これ。期限も内容も不明、そのくせ報酬がバカ高いってのは胡散臭すぎるだろ」
本来、依頼を受ける際に指針とするべく情報が一切書かれていないそれは、普通の冒険者ならまず怪しんで受けることはしないものだ。
しかし、張られている依頼書には他にも似たようなものがいくつか存在しており、中には既に冒険者によって受諾処理がされているものもあった。
「これ系の依頼書だけ他の依頼のと違って変な模様が付いてるね」
「どれどれ…確かに。なんかの葉っぱみたいな模様、ってか紋章か?」
広葉樹の葉っぱに見える模様がうっすらと依頼書に見えるのは、依頼主が他の依頼書と区別するために付けたものの可能性が高い。
「ちょっと気になるね、これ。アンディ、受付で話を聞いてみない?」
「そうだな。もしかしたら他の街から来た俺達には分からないおいしい依頼ってのも考えられる」
早速受付へと向かい、俺達から見たらおかしな依頼について話を聞いてみた。
すると返ってきたのは、やはりこの街特有の少し変わった依頼だという答えだった。
例年、冬明けになると学園では各学部各学年で遠足のようなものが行われるらしく、その際に学園側から出される課題をクリアするために、生徒が自費で冒険者に手伝いという形で依頼を出すというわけだった。
依頼書で内容と時期が未定だったのは、この行事が行われる日取りが直前まで生徒側に教えられることがないせいだ。
貴族や商人を親に持つ生徒が大金を提示して腕のいい冒険者を早めに確保しておこうという目論見で、この手の報酬も割高なものになる。
ちなみに依頼書に付けられた葉っぱの紋章は、ギルド側が学園関係の依頼には必ず付けることにしている目印だそうだ。
「なんだ、子供のお守りみたいなものか」
話を聞いて呟いたパーラの言葉は中々辛辣だ。
しかしながら、その感想は俺も抱いたものなので、特に何か言うことはない。
十分に話を聞けたので、依頼書を元の場所に戻しに行く途中、ふと掲示板の一角にあった依頼書に目が留まった。
内容は今手に持っているものと同じ、学園の行事での手伝いを求めるものだったが、依頼人の名前が俺の注意をひく。
「おいパーラ、あれ見て見ろよ」
「なに?学園の依頼じゃん。さっき見たよ―あ、シペア」
そう、依頼人の名前の所に書かれていたのは俺達のよく知るシペアの名前だったのだ。
「あいつも依頼出してたんだな」
「みたいだね。…ねぇ、アンディ。せっかくだし、私達もあの依頼受けてみない?知らない誰かのだったらともかく、シペアの依頼なら私達で手伝ってあげようよ」
ふぅむ、確かにパーラの言う通り、赤の他人の依頼ならそれほど食指も動かんが、友人を手伝うという観点からならこの依頼を受けてもいいだろう。
「だな、そうすっか。久しぶりに会うことだし、困ってるなら助けてやらんとな」
「うんうん!じゃあこっちの依頼書は私が出してくるよ。アンディはそっちの依頼書戻しておいてね」
「了解だ」
こうしてシペアが張り出した依頼を俺達が受けたわけだが、この時点では依頼の目的も分からないので遂行に向けて動くことはないし、当然ながら報酬も発生していない。
受付で言われたのだが、特にこの依頼を受けたからと言って期日までの拘束や町村間の移動の制限は課されないらしい。
ただし、依頼の目的である学園の行事の当日に間に合わなかった場合、ギルド側から何らかのペナルティがあることはしっかりと言い含められている。
依頼を予約しているような状況なので、他に依頼を受けるのも自由だが、あまり遠くへと向かう依頼だと、急に学園の行事が始まった時に間に合わなくなることもあるらしく、なるべく近場での依頼を受けるように勧められた。
それらの注意事項をしっかりと聞き、依頼の受諾処理を終える。
諸々を終えてギルドを出たところで、俺の腹が慎ましく空腹を告げてきた。
夕方には一度学園に向かうつもりだが、今はまだ昼になったばかりなので、昼食を摂ってからどこかで時間を潰さなくてはならない。
その辺りはゆっくりと散策でもしていれば何とかなると思うので、まずはこの腹の虫を宥めることにしよう。
「スンスン…クンカクンカ…フガ…。こっちからいい匂いがする」
鼻を鳴らしながらフラフラと歩くパーラの後に、バイクを手で引きながら続く。
初めて訪れる街での食事はこのパーラの嗅覚に頼るのが一番間違いがない。
ただこの姿、年頃の女の子としては少々はしたないものがあり、一緒にいる身としては恥ずかしい思いが先に立ってしまう。
匂いを探るのに集中して少々歩きが危なっかしいが、それは俺が気を付ければいいことなので、今は彼女の先導に従うとしよう。
さて、この街は一体どんな新しい出会いをもたらしてくれるのか。
実に楽しみだ。
この街はペルケティアでも主都に次ぐ大きさを誇っており、物流の規模だけで言えば主都を遥かに凌ぐほどの賑わいがある。
人と物が多く行き交うこの街だが、その理由は偏に街の半分を占める面積に建てられた学園にあった。
元々ディケット学園が先にあり、学園を囲むようにして出来上がった街並みをひっくるめて、いつしかディケットの街と呼ぶようになったそうだ。
学園自体の運営がヤゼス教でありながら宗教色をほとんど感じることのない環境から、ペルケティア国内外にも純粋に学びの場である学園都市として知れ渡っていた。
この大陸において学園といえば基本的にここを指し、多くの国からも学生を受け入れていることから、ある意味では異国情緒のある街だと言える。
学園への入学は年齢条件を満たした上で入学試験をパスすれば、誰にでも門戸は開かれている。
しかしながら、当然入学試験は簡単なのものではなく、最低限の学問を修めている貴族や商人の子息であってもそうそう通ることは出来ない。
一方で、特殊な技能や優れた技術を持つものに関しては、学園側が入学試験を免除することもあるため、一芸入試のような入学方法も中にはある。
しかしこれはあくまでも普通の試験では図りきれない技能を判断するものであり、その合格基準が通常の入学試験よりも低いということはありえない。
学園には貴族や商人の他、地方の豪農の倅などもおり、珍しいものだととある国の王族なんかも少ないながら在籍している。
俺達の友人であるシペアは平民ではあるが、後見がペルケティア教国であるため、ある意味では貴族並みのバックグラウンドを誇る。
一応学園内では学生の身分による上下はないとされているが、そこはやはり人間であるため、どうしても人間同士の派閥というのが出来てしまう。
その派閥も自然と貴族が率いるようになるのもまた当然であった。
届いた手紙には生徒同士での上下関係が煩わしいという愚痴もあったが、シペア本人は結構学園生活を楽しんでいるというのは手紙全体から伝わっていた。
そんなシペアが俺達に宛てた手紙には、一度学園に遊びにこないかというものがあり、それを受けて学園というものに興味を持ったパーラの賛同も得て、俺達は飛空艇でペルケティア教国内はディケットの街上空へと辿り着いていた。
ここに来るまでの間見てきたペルケティアはそこそこ雪の積もる気候であったのだが、このディケットのある辺りはほとんど雪が見られず、標高の高い山で僅かに見える程度だ。
とはいえ、寒さ自体は冬らしさを感じさせるもので、単純に雪が少ないのは年間の降水量の少なさからきているのだろう。
「はぁ~大きな街だねぇ。ヘスニルはもちろんだけど、下手すればソーマルガの皇都ぐらいあるんじゃない?」
「街部分の面積はヘスニルと同じぐらいだそうだけど、学園がある分だけ全体の面積は他の街よりも広いんだってよ」
操縦室の窓にへばりついて眼下を見下ろすパーラは、感嘆の溜息を漏らしながら呆気にとられていた。
今は丁度太陽が昇り出した頃で、朝日に照らされて輝くディケットの街並みはその大きさもさることながら、他国の留学生を受け入れているという土壌のおかげで、街の至る所に建築様式の異なる建物の姿が見受けられ、中々バラエティに富んだ街の姿を見せている。
現在、飛空艇は人の目に触れないようにかなりの高度に留まっており、これから俺達は一旦ディケットの街を離れ、近くで人の目に触れないところに飛空艇を隠してバイクで街へと入ることになっている。
今回、シペアの手紙による招きに応じる形でディケットに向かった俺達だったが、途中でパーラから飛空艇でディケットの街に乗り付けるのは止めようという意見が出た。
実はそのパーラの意見は俺も考えてはいたことだった。
ここまで飛空艇は高高度を移動してきたため、関所はもちろんのことながら、街や村にも寄ってはいなかった。
ベルケティア教国内で目撃情報がない中、突然姿を表す飛行物体にディケットの街で巻き起こる混乱は十分に予想できる。
まぁこれはここまで一気に空を飛んできてしまった俺達に問題があるのだが、今更それを悔いてももう遅い。
学業に励んでいる友人に会いに来て騒ぎを起こしてしまうと、今後の学園生活への影響が小さく済むとは思えない。
なので、ここは極力飛空艇の存在を伏せる形にして、飛空艇は家として使用し、移動にはバイクを使うことで話はまとまった。
早速街の上空から場所を移し、周辺を飛んでみるが、さすがディケットも大都市だけあって周辺には小さな村や町も点在しているし、畑なども多く、切り開かれた都市周辺では飛空艇の巨体を隠す場所を見つけるのも容易ではない。
「アンディ、あそこは?あの丘のとこ」
操縦する俺の横に立つパーラが指差した右前方へと目を向けると、周辺に人家もなく、街道からも外れた場所となる目立たない丘であれば飛空艇を置けそうではある。
流石に周りよりも一段高い場所に飛空艇を置けば遠目からは目立ってしまうが、人通りのある街道から丘を目隠しにすればそうそう人に見つかることもなさそうだ。
「よさそうだな。んじゃあそこの影になってるところに飛空艇を降ろすぞ。パーラ、一応お前も着陸場所の周辺に気を配ってくれ」
「わかった」
空から降りてくる巨大な物体を予想せず、着陸場所に駆け寄って来る動物の存在もあり得るため、普段よりも少しばかり気を使っての着陸となった。
無事に地面に船体を降ろしたところで、次にやるのは飛空艇の偽装だ。
今の状態では街道側から見られることはないが、迷い込んだ人間が偶然飛空艇を目にしてしまうというのもあり得る。
なので、まずは飛空艇を囲むように魔術で土壁を盛り上げていき、丘の斜面に同化させるようにして飛空艇が丘に飲み込まれたような感じでカモフラージュする。
天井の所々に換気と採光のための穴を空け、出入り用の横穴を作ったら完成だ。
巨大内飛空艇を隠すための土壁は魔術で作られたとはいえ、やはり規模の大きさからそれなりに時間がかかり、さらには天井に開ける穴の分だけ手間も増えたため、全て終わったのはすっかり日が傾き始めた頃だった。
幸い、この作業をしている姿を誰かに見つかるということはなく、偽装もよほど詳しく調べられない限りは怪しまれることのないほどの出来で満足している。
「アンディー、終わったー?」
夕日が照らす丘の上で、達成感を噛み締めながら伸びをしていた俺にパーラが声をかけてきた。
「おー。終わったぞー。そっちはどうなってるー?」
下へ向けて大声で返事をしつつ、若干きつい傾斜の所々に設けた梯子代わりの突起を足場にしながら下りていく。
「…よっ…ほっ…と。頼んでた例の布、出来てるか?」
パーラの目の前に着地して開口一番に尋ねるのは、俺が飛空艇を偽装している間、パーラに頼んでおいたものの出来具合だ。
「出来てるよ。ほら、こんな感じでいいんでしょ」
そう言って俺の目の前に広げられたのは、土色の布に木の葉や枝を無造作に貼り付けられたものだ。
「そうそう、こんなのでいいんだよ」
丁度出入り用に空けた横穴に垂らすのに迷彩柄の幕が欲しかったので、手が空いていたパーラに適当に説明をして作ってもらったのだが、出来上がったものは俺の要求を十分に満たすものであった。
丘の斜面に開いている横穴は洞窟に見えるため、そのままだと動物が入り込んだり、野盗なんかのアジトにされかねない。
なのでこうして周囲の風景に溶け込む柄の布で出入口を覆い、発見の可能性をなるべく低くする工夫が必要なのだ。
早速その布を出入り口となる穴を塞ぐようにして張ってみると、少し離れただけで洞穴の存在は微塵も感じられなくなった。
「へぇ、こんな布でも結構わからなくなるもんだね」
「だろ。貼り付けてある枝と葉っぱがいい具合に周りと馴染んでる。まぁこの辺りが雪の積もる気候だったら白い布だけで事足りてたんだけどな」
「あぁ、なるほどね。でも雪と同化するぐらい白い布ってあんまりないし、これはこれでちょうどよかったと思うよ」
パーラの言うとおり、この世界では完全に純白な布というのは余り手に入らないため、逆にこういうものの方が安上がりだったと言える。
今日は拠点作りだけで一日が終わってしまったため、ディケットに向かうのは明日にして今日はもう休むことにした。
相変わらず飛空艇での寝泊まりは快適なもので、温かい空間とうまい食事に、風呂も使えるとあって、とても野営しているとは思えないぐらいにリラックスした時間を過ごし、久しぶりに魔力を多く使ったということもあって早々に寝入ってしまった。
次の日は朝から小雪がちらつく天気となったが、ディケットに向かうと昨日の内に決めていた俺達の足を止めるほどではなく、バイクで飛空艇をあとにし、街道を辿ってディケットの街門を目指す。
「ねぇアンディ。もし万が一あの飛空艇が誰かに見つかったらさ、勝手に中に入られたりとかしないかな」
「それは大丈夫だ。偽装は完璧だし、仮に見つかっても飛空艇に入るにはこいつがないとな」
サイドカーに座るパーラの方へと、懐から取り出した万年筆大の物を放り投げる。
「っと。…さっきあの扉の横から取り外してたやつだよね。これなんなの?」
「飛空艇の扉の鍵みたいなもんだ。こいつがないと、船体横・上・貨物室のどの扉も開かないんだ」
見た目は大きめなヒューズ管と言った感じだが、機能としては飛空艇のマスターキーのようなものだ。
これが常に飛空艇の扉の近くに取り付けられているおかげで、今までは特に開錠作業などを必要とせずに出入りが自由だったわけだが、こうして外すことで出入り口にはロックが掛かり、以後このマスターキーだけが扉を開けれるようになっている。
こっちの世界での鍵とは見た目も機能も多少異なるため、パーラにはいまいち鍵として見ることができないようで、どこか胡乱気な視線がその手元をさまよっている。
雪の殆どない街道をバイクでしばらく走ると、やっと遠くにディケットの街壁が見えてくる。
当然ながら国は違えど街に入る流儀は変わらず、特にペルケティアで特権を持っているわけでもない俺達は普通に街に入る手順を踏むことになる。
最近は飛空艇で街に直接乗り付けることが多かったため、こういうのはなんだか久しぶりで少しだけ楽しい。
俺達の前には何台かの荷馬車が順番待ちをしており、その最後尾へ着くと一旦バイクを降りて手で押して進んでいく。
他に徒歩での旅人もおらず、比較的スムーズに入場の処理が進んでいき、あっという間に俺達の番となる。
犯罪を犯しているわけもない俺達はギルドカードを提示してすぐに街へと入れると思ったのだが、門番がバイクで牽いているリヤカーの荷物に食いつく。
「随分大荷物だな。中身はなんだ?」
冒険者が持ち込む荷物としては確かにリヤカーの荷物は多い。
荷物は飛空艇に積んであった香辛料だ。
「香辛料です。この街には知り合いに会いに来たものでして、ついでに香辛料で小金を稼ごうかと」
ペルケティアはアシャドル同様、ソーマルガから香辛料を輸入している状況だが、ディケットの街はソーマルガから最も離れた位置にあるため、香辛料が行き渡るにはどうしても距離がありすぎる。
なので、こうしてまとまった量の香辛料をディケットの街で売り捌けば、結構な儲けが期待できそうだと考えて、こうして持ってきたわけだ。
「おぉ、そうか。ここいらじゃ香辛料は常に不足気味だからな。あるだけの量を街に卸してくれるなら助かる。大通りをしばらく進んだ左手側にリーポック商会という店があるんだが、香辛料ならそこが一番高く買ってくれるはずだ」
門の通行許可とともに、おすすめの商店まで教えてもらったことへのお礼を言って街へと入る。
ヒュプリオスの街以来のペルケティアの街だが、この街は学園を擁するだけあって街並みもどことなく整然とした学園都市と言った感じに洗練されているように思える。
所々にガラッと建築様式の変わる建物が目に入るたびに度肝を抜かされるが、他の国からの人間も多くいる学園なのだから、こういった建物も大使館的な役割で必要なのだとか。
門番のおすすめの商店で香辛料を卸し、荷物の軽くなったバイクで一路学園を目指す。
学園は街の東側にあり、大通りを東に折れて向かうと、前方に巨大な外壁が見えてきた。
街の中にありながら、保安上の観点から存在する内壁が学園を守っている。
学園内へと続く門の前へとたどり着いたが、格子状の門はしっかりと閉じられており、門番の姿もない。
「閉まってるね」
「まぁ今の時間は授業中のはずだから、開いてはいないとは思ってたけどな」
普通に考えて、生徒を守るための門や外壁が授業中に開放されているわけがないので、こういうのは十分想定済みだった。
ただ、守衛ぐらいはいるだろうとおもっていたのだが、人の気配がない門の様子は少し意外だ。
これでは学園を訪ねてきた人はどうやって用事を済ませればいいのだろうか?
俺達もシペアの手紙で学園を訪ねてきたわけだが、知り合いとはいえいきなり訪ねて学内へと入れるとはさすがに思っていないので、誰かにシペアへの伝言でも頼みたかったところだが、これではどうしようもない。
「アンディ、あそこに誰かいるよ」
そんな風に困っていると、門の向こう側に人影が現れたのをパーラが気付く。
指さした方へと目を向けると、門から少し離れた場所を歩く赤いローブを纏った老人を見つけた。
「すいませーん!そこの方!」
学園内の敷地にいる以上、関係者で間違いないはずなので、逃がさないように門越しに出せる限りの声で呼びかけると、こちらに気付いたその老人が来てくれた。
「何かな?見たところ学園の生徒ではないようだが」
「ええ、俺達はただの冒険者です。実は学園に通う友人に会いに来たんですが、このように守衛のいない門に困っていまして」
門越しに顔を合わせて話す老人の口調が穏やかなものであったのはありがたい。
下手をしたら不審人物として見られてもおかしくないわけだしな。
「あぁ、それは門番の姿がないだけであって、ほれ、あそこの丸い水晶玉が見えるじゃろ?遠見の水晶という魔道具でな、あれで門の様子を少し離れた場所から見ているのだよ」
老人の目線を追っていくと、左右の門柱の頂点辺りに半球の水晶玉の姿があり、どうやらそれが監視カメラの役割を担っていたらしい。
「なるほど、そういうことでしたか。しかし、それなら門の前にいる俺達は不審者として対応されていたはずでは?」
「いやいや、門の前にいるぐらいではなにもせんよ。学園の門と壁は魔術で保護されておるから、外で人が動いていたとしても、動向を見守るぐらいで十分じゃ」
俺達は門に来ていた時から監視されていたというわけか。
まぁ確かに、この規模の学園で海外の人間も多く滞在するとなれば、これぐらいの監視装置はあってもおかしくない。
しかし、まさか監視カメラのような魔道具が存在しているとは、少し驚いた。
映像を送受信できるというのはかなり魅力的な技術だと言えるので、どうにかして一式を手に入れたいところだ。
「まぁそんなわけで、お前さんらを学園に入れることはできんが、伝言役ぐらいは請け負うぞ?」
「あぁ、それは助かります。ではこの手紙を魔術学科のシペアという者へとお願いします。アンディからだと言っていただければ通じますので」
手紙でシペアの在籍している学科は聞いていたので、昨夜の内に書いていた手紙を老人へと託す。
「魔術学科のシペアへ、アンディからじゃな。あい分かった。昼あたりにでも渡しておくから、夕方にまたここへ来るといい。学園の門は朝と夕方に開かれるのでな。そのシペア君ともその時に会えるじゃろう」
「そうします。手紙の方、どうかよろしくお願いします」
シペアへの連絡も目途がついたことで、俺達はようやく安心して門を離れることができた。
俺達が学園内へと入ることは簡単ではないとしても、手紙を読んだシペアが門まで足を運ぶぐらいはできるはずなので、俺達はそれまで時間を潰すとしよう。
ディケットは初めてなので、まずは街の構造を把握するために大通りをバイクで流してみる。
またバイクに注目が集まるかと思ったが、珍し気な視線はあれど、バイクが通りを走るのにどこか慣れているような雰囲気の街に少しだけ首をかしげたが、その理由はすぐに分かった。
俺達以外のバイクと何度かすれ違ったことから、どうやらこの街ではバイクの姿は珍しいものではないらしい。
アシャドルで買ったバイクでディケットに来ているのか、あるいはどこかの工房が真似たものが出回っているのかわからないが、俺達のバイクが悪目立ちしないというのはいいものだ。
新しく訪れる街ではまず店を回ってみることに決めている俺達だが、食料品関係は目新しいものはあまり見られず、服や武器などの身に着けるものも、丁度タイミング悪く商品の入れ替えで碌に見るものもなかった。
仕方ないので早々にギルドへと足を運び、この街特有の依頼でもないかを見て回る。
どこの街もギルドというのは配置や雰囲気にそう違いはないもので、まったく未知の街でありながら迷いなく歩けるギルド内には安らぎを覚えるほどだ。
時間も半端だったこともあり、あまり人の姿はなかったが、掲示板を見る分にはこのぐらいの空き具合が丁度いい。
パーラと並んで掲示板を見るが、張り出されている依頼は魔物や動物の種類は違えど、冒険者ギルドであればよく見かける類の依頼ばかりだ。
特に目新しさもない依頼に、さっさと引き上げようと踵を返しかけた俺の服の袖をパーラがクイッと引っ張った。
「どうした、パーラ」
「これ見て。変わったのがあるよ」
パーラの見つめる先にあった依頼の札に注目する。
「…なんだ、これ。期限も内容も不明、そのくせ報酬がバカ高いってのは胡散臭すぎるだろ」
本来、依頼を受ける際に指針とするべく情報が一切書かれていないそれは、普通の冒険者ならまず怪しんで受けることはしないものだ。
しかし、張られている依頼書には他にも似たようなものがいくつか存在しており、中には既に冒険者によって受諾処理がされているものもあった。
「これ系の依頼書だけ他の依頼のと違って変な模様が付いてるね」
「どれどれ…確かに。なんかの葉っぱみたいな模様、ってか紋章か?」
広葉樹の葉っぱに見える模様がうっすらと依頼書に見えるのは、依頼主が他の依頼書と区別するために付けたものの可能性が高い。
「ちょっと気になるね、これ。アンディ、受付で話を聞いてみない?」
「そうだな。もしかしたら他の街から来た俺達には分からないおいしい依頼ってのも考えられる」
早速受付へと向かい、俺達から見たらおかしな依頼について話を聞いてみた。
すると返ってきたのは、やはりこの街特有の少し変わった依頼だという答えだった。
例年、冬明けになると学園では各学部各学年で遠足のようなものが行われるらしく、その際に学園側から出される課題をクリアするために、生徒が自費で冒険者に手伝いという形で依頼を出すというわけだった。
依頼書で内容と時期が未定だったのは、この行事が行われる日取りが直前まで生徒側に教えられることがないせいだ。
貴族や商人を親に持つ生徒が大金を提示して腕のいい冒険者を早めに確保しておこうという目論見で、この手の報酬も割高なものになる。
ちなみに依頼書に付けられた葉っぱの紋章は、ギルド側が学園関係の依頼には必ず付けることにしている目印だそうだ。
「なんだ、子供のお守りみたいなものか」
話を聞いて呟いたパーラの言葉は中々辛辣だ。
しかしながら、その感想は俺も抱いたものなので、特に何か言うことはない。
十分に話を聞けたので、依頼書を元の場所に戻しに行く途中、ふと掲示板の一角にあった依頼書に目が留まった。
内容は今手に持っているものと同じ、学園の行事での手伝いを求めるものだったが、依頼人の名前が俺の注意をひく。
「おいパーラ、あれ見て見ろよ」
「なに?学園の依頼じゃん。さっき見たよ―あ、シペア」
そう、依頼人の名前の所に書かれていたのは俺達のよく知るシペアの名前だったのだ。
「あいつも依頼出してたんだな」
「みたいだね。…ねぇ、アンディ。せっかくだし、私達もあの依頼受けてみない?知らない誰かのだったらともかく、シペアの依頼なら私達で手伝ってあげようよ」
ふぅむ、確かにパーラの言う通り、赤の他人の依頼ならそれほど食指も動かんが、友人を手伝うという観点からならこの依頼を受けてもいいだろう。
「だな、そうすっか。久しぶりに会うことだし、困ってるなら助けてやらんとな」
「うんうん!じゃあこっちの依頼書は私が出してくるよ。アンディはそっちの依頼書戻しておいてね」
「了解だ」
こうしてシペアが張り出した依頼を俺達が受けたわけだが、この時点では依頼の目的も分からないので遂行に向けて動くことはないし、当然ながら報酬も発生していない。
受付で言われたのだが、特にこの依頼を受けたからと言って期日までの拘束や町村間の移動の制限は課されないらしい。
ただし、依頼の目的である学園の行事の当日に間に合わなかった場合、ギルド側から何らかのペナルティがあることはしっかりと言い含められている。
依頼を予約しているような状況なので、他に依頼を受けるのも自由だが、あまり遠くへと向かう依頼だと、急に学園の行事が始まった時に間に合わなくなることもあるらしく、なるべく近場での依頼を受けるように勧められた。
それらの注意事項をしっかりと聞き、依頼の受諾処理を終える。
諸々を終えてギルドを出たところで、俺の腹が慎ましく空腹を告げてきた。
夕方には一度学園に向かうつもりだが、今はまだ昼になったばかりなので、昼食を摂ってからどこかで時間を潰さなくてはならない。
その辺りはゆっくりと散策でもしていれば何とかなると思うので、まずはこの腹の虫を宥めることにしよう。
「スンスン…クンカクンカ…フガ…。こっちからいい匂いがする」
鼻を鳴らしながらフラフラと歩くパーラの後に、バイクを手で引きながら続く。
初めて訪れる街での食事はこのパーラの嗅覚に頼るのが一番間違いがない。
ただこの姿、年頃の女の子としては少々はしたないものがあり、一緒にいる身としては恥ずかしい思いが先に立ってしまう。
匂いを探るのに集中して少々歩きが危なっかしいが、それは俺が気を付ければいいことなので、今は彼女の先導に従うとしよう。
さて、この街は一体どんな新しい出会いをもたらしてくれるのか。
実に楽しみだ。
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