世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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召喚魔術は異世界一ぃぃい!!

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あの後、落ち着きを取り戻したスーリアだったが、まだ少し混乱している様子だったので、その日は寮へと帰らせて休ませることにした。
ただ、召喚魔術に関して話すことが出来たと本人の口から聞き、日を改めて集まることを約束し、その場は解散となった。

そして、シペア達が休みとなる四日後、再びディケットの街で落ち合うと、以前行ったあの川の傍の空地へと向かう。
今回はパーラがバイクを運転し、サイドカーにはスーリアが乗り、荷台には俺とシペアが乗ることとなった。
わずか四日では荷車の改良はまだ実行には移されておらず、相変わらず揺れの激しい道程となったが、今回はその乗り心地の悪さをじかに味わってしまい、荷車の改良を急務と実感する時間を過ごした。

空地へ着くと、前回作ってそのままにしておいた小屋へと入り、各々好きな場所へと腰を落ち着ける。
全員が座ったのを見届け、俺はお茶の用意でもしようかと持ち込んでいた一式を手に動こうとしたが、なぜかシペアとパーラが俺を凝視している。
どうやらスーリアに声をかける最初の役目は俺に丸投げするつもりらしく、その目は急かすような色合いを見せていた。

仕方ないのでお茶の用意は後回しにし、まずはスーリアへと声をかける。
「それじゃあスーリア、何が起きたのか聞かせてくれ」
「う、うん。えーっと、何から話したらいいのかな…」
自分の中で順序立てているのか、少し目線をさまよわせたあと、ゆっくりとスーリアが話し始めた。

まずあの日、スーリアの身に起きたことはやはり召喚魔術に関することだった。
パーラに渡そうとしたカップが召喚陣に飲み込まれたのと同時に、スーリアの頭の中に何かが入り込むような感覚があり、その未知の異物感にスーリアは我を失って錯乱してしまったという。

寮に戻ってからも、その異物感は消えることはなかったが、不思議なことに一夜明けると、まるでその感覚は自然なことのようになじんでおり、今日まで普通に過ごせてきた。
シペアもスーリアに普段よりも気を配って話しかけていたが、一晩経ったスーリアは全くいつものものだったそうだ。

「それじゃあ、あのカップが消えたのはやっぱり召喚魔術のせいか」
「うん。カップが今どうなってるのかは分からないけど、取り出そうとすれば多分すぐに出せるよ」
「どうなってるか分からないのに出せるのか?」
「何て説明すればいいのかなぁ…。頭の隅の方にぼんやりとしたものがあって、それを思い出そうとするとカップがフッと鮮明になるの。その状態で召喚陣から取り出そうとすればいいんだと思う」

実際に試してはいないだろうが、魔術というのは人の意識に発動のトリガーを働きかけることが往々にしてあるもので、今のスーリアはその感覚に従って召喚陣からカップを取り出すという工程が本能的に理解できているのかもしれない。
ただ、表現を聞く限りでは普通の魔術とは違い、召喚魔術独特の発動の形式があるようで、シペアとパーラは首をかしげている。

「頭の中に情報としてカップはあるが普段は気にならなくて、召喚魔術を使おうと意識すると、召喚陣に関連してカップの情報が記憶の奥から引き出される、って感じか?」
「そうそう!まさにそんな感じ!」
『アンディすげー』

ざっくりとだが俺の中でまとめた情報を言ってみたところ、スーリアから激しく同意を受けたうえ、シペアとパーラにも解りやすかったようで、三人から尊敬の眼差しを向けられてしまった。
召喚陣に収められたカップとそれを取り出す過程が、どこかパソコンのデータへのアクセスを思い起こさせた。
この場合、召喚陣というフォルダに、カップの情報が納められた状態を想像して、最適なアプリで出力するというのを自分なりにかみ砕いて説明してみただけだ。

「とりあえず、そのカップが出てくるのを見せてもらえるか?」
色々と説明を受けている間、実は召喚魔術への興味が募っていた俺は、身を乗り出しそうになるのを堪えながら、スーリアにカップを取り出すのを実演してもらうことにした。

「うん。じゃあ、やるね?」
他の三人からの視線が注がれるなか、真剣な顔をしたスーリアがまずは掌に召喚陣を生み出す。
ここまでは前に見たままで、俺達が見たいのはその先だ。

テーブルの上に召喚陣だけが移動し、上下が裏返ったかと思うと、音もなく滑らかな動きで召喚陣からカップの底が姿を見せ始め、徐々にテーブルに向かって下りてくるカップがその全貌を現したとき、つい俺達は拍手をしてしまった。
普通の魔術であれば色んな属性のものを見てきたが、こういう物体消失や物体出現とでもいうべきか、自然界の物理現象では見ることのできないものを見ると、やはり魔術というのは常識を超えた力なのだということを改めて知ることとなった。

「本当に召喚陣から出てきたよ…。うん、確かに私のカップだ」
カップの側面にはパーラのものだというのを示す、肉球をかたどったマークがでかでかと書かれている。
もともと複数あったカップ自体はどれが誰のという区別はなく、俺とパーラの共用で使われていたのだが、いつからかパーラが自分のものだと示す肉球スタンプをカップに作るようになってからは、そのカップはパーラ専用となっていた。
なので、今召喚陣から出てきたカップが、あの日パーラの手元から消えたものだというのはすぐに分かった。

「ごめんね、パーラちゃん。長く借りる形になっちゃって」
「ううん、別にいいよ。カップは他にもあったから、不便はなかったし」
今日までカップを返せなかったことを謝るスーリアに、パーラは気にしていないと返すが、カップが自分のものだと確認できたことでホッとしている様子から、一応無事に戻ってきたことを胸の内では喜んでいるようだ。

「…あれ?アンディ、このカップの中、お茶がそのままだよ」
持ち上げた自分のカップを覗き込んだパーラが当たり前のことを言う。
「そりゃそうだろ。お茶を入れた状態で召喚陣に飲み込まれたんだから」
「そうじゃなくて。ほら、見て。お茶が暖かいまま中に入ってる」
「…なんだと?」

差し出されたパーラの手からカップを受け取り、その中を見ようと顔を近づけると、立ち上る湯気が俺の顔を撫で、まるで淹れたてのような香ばしい香りまで感じられる。
カップが召喚陣に飲み込まれてから四日は経っている。
普通ならそれだけ経てばお茶何てとっくに冷めてしまうはずだ。
だが目の前のカップはまだ淹れてすぐのような温かいまま。

「これはまさか…そういうことなのか?いや、でも…」
可能性を考え、ついつい考え込んでしまう。
カップはスーリアとシペアにも回され、全員が温かいままのお茶に驚き、首を傾げる。
やはり四日経ったお茶の温度が変わっていないことが不思議に思うのは共通なのだが、なぜそうなっているのかを理解できないようだ。

「もしかしたらなんだが―」
あくまでも俺個人の見解という枕詞を着けて、三人に仮説を話し始める。

召喚魔術は召喚陣に対象を飲みこむことで、異なる次元の向こう側へと物体を保存していると推測する。
そして、その空間では時間や物理法則までもが異なっている可能性が高く、保管したものはその時点で時間が止まり、次に取り出すまで状態が固定されるとのかもしれない。
先程異空間から取り出したカップのお茶が温かいままだったのは、時間が止まっていたということで考えた方が説明しやすい。

さらに、召喚陣から取り出す際、どの方向から取り出すのかは術者が操作できる。
先程、スーリアはカップを取り出す際、ちゃんとテーブルにカップの底が付くようにしていた。
以前召喚陣にカップが飲み込まれた時とは異なる向きで出てきたことから、恐らくスーリアはカップの中身が零れないようにと無意識に行ったと思われるが、意識して行うことも可能なはずだ。

スーリアが見た文献にあった契約云々というのは未だ解明されていないが、もしかしたら生物を召喚するのに必要なプロセスなのかもしれない。
召喚陣に出し入れしたカップは無機物なので、生物を召喚陣に取り込むのはまた別なのか、あるいはやり方が違うのかは現段階では不明だ。
ことが生物を対象とするだけに、慎重に実験を行う必要がありそうなので、それはまた別の機会にしたい。

「―以上のことから、召喚魔術は何かを召喚するというよりも、召喚陣で保管と取り出しを行うものだと推測する。ただ、これはあくまでも俺の仮説だ。もっと研究が進めば異なる見解も出てくるとは思うが、現段階で分かっていることをまとめた結果がここまでの話となる」
説明を終えると、三者三様の反応が返ってくる。

分かりやすいのはシペアとスーリアで、これまで大して進展のなかった召喚魔術が一気に解明されたように感じ、苦労してきた分だけ喜びもひとしおといった感じだ。
反対に浮かない顔をしているのはパーラだ。
スーリアが喜んでいるのはパーラ自身、嬉しいのだろうが、同時に召喚魔術のやばさも理解できてしまっているせいで複雑なのだろう。

俺の隣に座っているパーラが、ややこちらへと身を寄せてきて、俺だけに聞こえる大きさの声で話しかけてきた。
「アンディ、これやばいんじゃない?」
「気付いたか。流石元商人。その通り、かなりやばい。スーリアがどれだけの量を召喚陣に収納できるか分からんが、時間の経過を気にしないで物を運べるってのはかなり反則気味な能力だ。傷みやすい嗜好品なんかを運べば大儲けできるかもな」

商人にとって垂涎の存在ではあるが、ご禁制の品を見つかることなく運べるスーリアは、その筋の人間にしてみたら運び屋には持って来いだ。
他にも時間の経過で品質が低下するものを保管するのにも適しているため、貴重な書物を預けておくのに適性を見いだせる。

「商人以外にも、貴族なんかがこれを知ったらスーリアの勧誘合戦になりそうだね」
スーリアの召喚陣への保管は、どの金庫よりも強固なセキュリティを誇ることだろう。
なにせ保管場所は誰の目にも触れられず、取り出せるのは彼女のみとなれば、これほど保管人に向いた能力もない。
召喚魔術の有用性が知れ渡ることで、スーリアが学園生活を穏やかに送れなくなる可能性をパーラは危惧しているようだ。

「まぁとにかく、スーリアの召喚陣がどれだけの性能があるのか検証してから考えようや。…二人とも、騒ぐのはそれぐらいにして、召喚魔術の今後について話を進めるぞ」
「お?おぉ、そうだな。ちょっとはしゃぎ過ぎたか」
「でもでも、私すっごく嬉しいよ!ずっと魔術師らしいことなんかやれたことなかったから、こうして……あれ…ごめっ…なんだか涙…あれ……なんで…うぐふっ、ぇう…うぇぇええええん」
不意にスーリアが笑顔のままに涙を流し、それを拭うも次々と溢れ出てくる涙は止まることがなく、遂には箍が外れたように盛大に泣き出してしまった。

魔術学科に属していながら、スーリアは実践的な魔術を使ったことがない。
固有魔術という特殊な魔術の使い手であるため、普通に授業で教わることを実践する機会がほとんどなかったと聞く。
そのことが彼女に劣等感を植え付け、それでも何とかしようとこれまであがき続けてきた中で、抑えていたものが今日、召喚魔術の真の発露を得たことで溢れ出てきたのだろう。

誰憚ることなくスーリアが泣く姿は、彼女が味わってきた無力感と劣等感が裏返ったかのような激しいものだ。
ただただ涙を流すスーリアに、俺とシペアは何もできないし、する必要はない。
今彼女に必要なのは、長年溜め続けたマイナスの感情を吐き出すことだ。
それを押しとどめることをしてはいけないとパーラも理解しており、スーリアに声をかけることなく、ただ傍に寄り添い、その肩を静かに抱き続けていた。








「直径3メートル、高さ8メートルか。重さは…分からんな」
寒空の下、目の前にある土の塔の残骸を見上げ、たった今召喚陣に飲み込まれた分の土の量を、手に持った紙に書き込んでいく。

「あの量の土の塊を収納できたんだから、結構な重量が収納されたはずだ。いや、あるいは重さは関係ないのか?召喚陣での収納に制限があるのは容量だけで、重さは無制限とか」
俺の隣で立つシペアが俺の手元を覗き込みつつ、自分の見解を口にする。
流石に重さ無制限というのは考えにくいが、今のところ半径3メートル、高さ8メートルの円柱状の土の塊を収納できたため、それに準じた重さは優にクリアできる数値だということだけは分かった。

現在、俺達はスーリアが召喚魔術でどこまでやれるのかを見る実験を行っている。
たった今目の前で行われたのは、土魔術で盛り上げた土を収納することで、収納力の限界値を図る実験だ。

泣くだけ泣いてスッキリしたスーリアだが、泣き姿を見られたのが恥ずかしいのか、殊更明るさを強調した振る舞いこそ見せはしても、陰のようなものは感じられないため、そのまま実験を提案してみて今に至っていた。

「スーリア、魔力の消費はどんな感じだ?」
少し離れた場所でパーラと一緒に話し込むスーリアに、残存魔力の様子を尋ねる。
「やっぱり異空間から物を出し入れするときに魔力が消費されてる感じかな。物が大きくなればそれだけ消費は大きくなってるみたい」
「召喚陣に取り込む速度はどうだ?今以上に早められないか?」

異空間に物を収納する際、SF映画などに出てくる立体スキャンのような感じで召喚陣を動かす必要があるのだが、小さい物であればすぐに取り込むことが出来るのに対し、物が大きくなるのに比例して、召喚陣が対象を飲み込む速度は遅くなっていた。
取り込むことが出来る最大の大きさを図った先程の土の円柱などは、召喚陣が全部を収納するまで2・3分はかかっている。

「多分無理だと思う。大きさで召喚陣に収納する時間がかかるのは魔力量とか技術とかでどうにかなるような感じじゃないよ」
今の所圧倒的な利便性を誇る召喚魔術だけに、そのリスクは甘んじて受け入れるべきものかもしれない。
完全にノータイム、ノーリミットで使える魔術というのは流石にそうそうないもので、この召喚魔術も相応に欠点は抱えていたというわけだ。

「けどよ、これで次の遠学じゃあ俺達は持ってく荷物をほとんど制限する必要はなくなるってことだな」
「あ、そうだね。馬車はアンディ君達のがあるし、この感じだと色々持って行けそうだよ」
学生組であるシペアとスーリアが嬉しそうに話しているのを聞き、荷物の制限という言葉が引っ掛かった。

「シペア、荷物の制限ってなんのことだ?持っていけないものでもあったのか?」
「いや、遠学って学園の人間が大勢参加するだろ?だから移動も馬車に分乗とかするんだけど、馬車自体の積載量は限りがあるし、一人が持ち込める荷物の量って大体決まってるんだ。俺達もアンディの用意した荷車で移動するわけだけど、重さとか大きさとかどうしても制限されちまう。けど、スーリアならそんなのを気にしないで済むって思ったんだ」
「うん。私が荷物のほとんどを収納すれば、荷台には私達だけが乗れるから移動も狭い思いはしないよ」

遠学が一日・二日で終わるのならともかく、約十日ほどの時間を野外で過ごすことになるだろうから、必要となる物資の量もそれなりに多いものとなる。
基本的に生徒が消費する物資は生徒達自身で持ち込む決まりとなっていて、唯一水と薪だけは学園側が負担してくれるそうだが、それでも最低限の量だけしか支給されないため、快適に過ごすのなら自分達で備える必要があるとのことだ。

寝起きするテントに毛布などの寝具、着替えに水・食糧に護身用の武器類に斧やシャベルなどの採取道具と、必要になるであろう道具は多岐にわたる。
そういった道具が学生の数だけ馬車に積み込むとなれば、重量だけで相当なものだ。
馬車は馬が曳く乗り物である以上、走行に関わる重量を軽減するために個人が持ち込める荷物を制限する措置というのは仕方のない事だろう。

生徒の大半がこの荷物の制限に頭を悩ませる中、シペア達は全く気にせずに済むというのは大きなアドバンテージとなる。
「しかしそうなると、スーリアに荷物を運んでもらおうって生徒も出てくるんじゃないか?まぁ異空間への収納が周知されたらの話だが」
生徒にスーリアの召喚魔術がどれだけ知られているか分からないが、もしも異空間への収納が他の人間に知られた場合、スーリアが頼られるのは想像しやすい。

「いや、そうはならないな。基本的に遠学は生徒数人で一つの班として動くんだ。この班ごとに遠学での評価が決まるから、他の班と協力するのは禁止されてる。んで、俺とスーリアは二人で組んでるから、他の奴らから荷物の運搬を頼まれるってことはないわけだ。まぁそもそも、スーリアの召喚陣に荷物を収納できるってのは言いふらすつもりはないけどな」
遠学では何かしらの課題が出されるとは聞いていたが、確かに各班が独力で課題をこなしたものの方が評価を下しやすい。
そういう思惑もあって、班ごとに生徒を分けて課題に臨ませようとしているのだろう。

スーリアもシペアもわざわざ召喚魔術のことを言いふらすつもりはないようで、恩恵にあずかれるのは俺達だけということになる。
「じゃあ遠学に持ってく荷物はスーリアに管理してもらうとして、とりあえず必要なものの他に自分で持っていきたいものも次に会う時まで用意してくるってことで」
「おう。テントはアンディの土魔術があるから用意しなくていいよな?水は次来る時まで俺が樽を手配しておくから、あそこの川から汲んでスーリアに預けるぞ。食料はどうする?」

「スーリアのおかげで腐るのを考えなくて済むから、生ものもいけるよね?肉とか野菜なら私とアンディで調達しておくけど」
「あ、待って。野菜なら私に任せて欲しいの。近くの村に野菜を作ってた知り合いがいたから、その人を頼ってみるよ」

それぞれが分担する物資が大凡が決まった頃、誰かが鳴らした腹の音で昼食時を知る。
「丁度区切りも付いたとこだし、昼食にするか」
「賛成~!」
真っ先に賛成の声を上げたのはパーラで、この様子だとさっきの腹の音もこいつが発信源なのかもしれない。

昼飯は来る途中に街の食堂で適当に食べ物を買っていたので、用意するのはお茶ぐらいのものだ。
火を起こして、前にも作った麦茶を全員に配る。

食事のスピードはどうしても男の方が速いもので、俺とシペアが真っ先に食事を終えて、今は囲炉裏の傍に腰を下ろしてお茶を飲みながら焚火を眺めていた。
「あ、そういやアンディ。スーリアの召喚魔術なんだけどさ、カップとか生き物以外は収納できるってことになってるよな?」
「今のところはな。前にカップが吸い込まれた時も、召喚陣を通り抜けたパーラの腕は何ともなかったから、生き物は召喚陣の影響を受けないって判断しただけだ」

できれば小動物とかの収納も実験したかったが、生憎鳥を生け捕りにするには罠を準備する必要があるし、それ以外の小動物は今の季節だと中々姿を見ない。
かといってまさかいきなり人体の収納を試すほど無謀さも持ち合わせていないので、今のところは生き物の収納は先延ばしにしている。

「じゃあさ、それ以外の収納だとどうなんだろうな。例えば、これとか」
そう言って、シペアは囲炉裏の傍に置いていた消火用の水袋から水球を作り出し、掌に浮かべる。
「なるほど、他人の発動した魔術を召喚陣に収納した場合か」
これは気になるな。

今水球はシペアの魔術の制御下にあるため、宙に浮いて丸い形をとっている。
それがスーリアの召喚陣に飲み込まれた場合、時間の止まる空間では果たしてシペアの制御下を離れるのか、それとも次に出てくるまでただ単に状態が固定されるままなのか、非常に興味深い。

気になったらやってみようということで、スーリアの食事が終わるのを待って、外で実験を行う。
「というわけで、早速シペアの手にある水球を収納してみてくれ」
向かい合う形で立つシペアとスーリアが、それぞれ互いに魔術を使う。

シペアは手に持ったカップから水球を浮かび上がらせ、スーリアがそれを確認して召喚陣に取り込む。
一応可能性としては他人の制御下にある魔術は反発するということも考えられたが、特にそんなことも起こらず水球は召喚陣に飲み込まれていった。

「シペア、どんな感じだ?」
「こりゃあだめだな。俺の制御下から離れてる。多分、次に出てくるときはただの水としてってことになるぞ」
「スーリア、ちょっと出してみてくれ」
「うん。じゃあシペア君、カップを借りるね」

スーリアが召喚陣からさっき取り込んだ水球を取り出すと、一瞬だけ球状で出てきたが、すぐに形状は崩れてただの水として手に持つカップへと落ちていった。
実験結果としては、召喚陣に取り込まれた魔術の制御は術者から離れ、ただの物体として保存されるということになる。

逆に考えると、魔術の攻撃を受けた際にこの召喚陣を防御に使うと、魔術は異空間へと収納されるため、限界用量を超えない限りはいくらでも無効化できる。
あるいは弓矢などの飛び道具も収納できるかもしれないし、剣で切りかかってこられても剣だけを取り上げるということもできるかもしれない。
意外と防御性能が高いように思える。

こうして考えると、召喚魔術というよりも収納魔術と言っていいような気もするが、ちゃんと収納したものを召喚しているという意味では正しく召喚魔術ではあるのだろう。
ふと、この異空間から物を取り出す際、勢いをつければ攻撃に使えないかと考える。

例えば手のひら大の石を召喚陣に取り込み、弾丸の速度で外へ取り出せばそのまま飛んでいくのではないか?
思いついたら試さずにはいられない。

早速スーリアに説明をし、実際に俺の土魔術で石の弾丸を見せたのを手本にしてやってみせたところ、やはりそうそう上手くはいかないもので、ある程度勢いをつけて飛び出しはしたものの、攻撃手段として使うには到底及ばない結果となった。

巨大な岩を高いところに作った召喚陣から落とすというのも考えたが、スーリアの体から半径5メートル程度が召喚陣の移動範囲であるため、崖でも利用しない限りは有効性は薄いと感じた。

次に考えたのは、攻撃用の魔術を召喚陣に取り込む方法だ。
異空間に入った時点で魔術は術者の制御下を離れるが、炎なんかは取り出すときの向きを調整すれば攻撃に使えないことはない。
ただ、生憎この場には火魔術の使い手がおらず、代替案として俺の雷魔術でやってみることとなった。

再びスーリアに説明を行い、俺の掌に生み出したプラズマ球を召喚陣に取り込ませる。
「わぁ…なにこれ。すごく綺麗…」
プラズマを初めて見るスーリアは白く輝く球体に感動しているようで、色んな角度で見ようと俺の周りをウロチョロと動く。

「火魔術とは違うよね?熱くないし。アンディ君、これって触っても大丈夫?」
言うが早いか、ソーっと手を伸ばし始めたスーリアに、ギョッとしてしまう。
「ダメだよせ!…見た目はそれほどじゃないように見えても、実際は火の何十倍の熱を内に秘めてるんだ。触ろうもんなら手が一瞬で炭になるぞ」
「ご、ごめんなさい!」
さっと手を引っ込めたスーリアと、周りで見ていたパーラ達も揃って安堵のため息をつく。

パーラとシペアには雷魔術の危険性を教えていたので、プラズマ球のやばさもなんとなく肌で感じていた。
それだけに、スーリアのとった行動に肝を冷やしたことだろう。

プラズマ球の危険性を全員が正しく共有したところで、早速スーリアが異空間へと収納していく。
若干及び腰なのは仕方ない事だとして見なかったことにする。

完全にプラズマ球が姿を消すと、魔力の繋がりのようなものがプツリと途絶えたのが感じられ、なるほどこれがシペアの感じたものかと理解した。
同時に、俺の制御下を離れたプラズマ球が外に出たらどうなるのかも理解してしまった。

「じゃあ取り出すね」
「待っ―」
プラズマ球を取り出そうと召喚陣を展開したスーリアを止めようとした瞬間、目の前で何かが弾けるような音が聞こえ、同時に襲い掛かってきた衝撃に体を叩かれて大きく後ろへと吹き飛ばされた。

やや低めに吹き飛ばされたせいで、背中で地面を擦りながら数メートルほど進み、体を投げ出すようにして止まる。
爆発の威力は大したことはなかったのだが、なにせ至近距離で起きたことが問題だ。
脳震盪でも起こしたのか、グラグラとする視界は安定せず、立ち上がることができない。
パーラ達は大丈夫だろうかと心配するが、スーリアの名を呼ぶパーラの声が耳に届く。

どうやらパーラは爆発が起きた瞬間に、風魔術で防御でもしたようで、俺達の名前を呼びながら動き回っていた。
無事を確認して回るパーラの声を聴く限りでは、特に酷い怪我を負っている者はいないらしい。
一か所に集められた俺達が何とか回復したところで、先程起きたことを思い返す。

まず、俺達を吹き飛ばした衝撃波は間違いなくプラズマ球が原因で発生したものだ。
あのプラズマ球は俺の制御下を離れた状態で異空間に保管されていた。
時間が止まる異空間内では安定していたそれが外に出された瞬間、時間の凍結が解除され、プラズマが不安定になったことで内側に圧縮させていたエネルギーが一気に解放され、一瞬で爆発的に膨張した空気が俺達を叩いたというわけだ。

「アンディのせいだね」
「返す言葉もない」
パーラの言葉が胸に突き刺さる。
確かにいきなりプラズマ球で実験したのは軽率だったかもしれない。

「二人とも、すまなかったな。怪我させちまって」
「いいって。大した怪我でもないし、あんなの事故みたいなもんだろ」
「うん。気にしないで、アンディ君。私が魔術を使えるようになったことで舞い上がってたせいでもあるんだから」
何とも心優しい言葉をくれるシペアとスーリアには、なおさら申し訳なく思う。

新しい魔術に触れるとどうも舞い上がってしまうのは、俺の悪い癖。
反省するが後悔はしない。

とはいえ、体が大分疲れで重くなっているのを感じているし、今日の所はこれで帰るとしよう。
「パーラ、帰りの運転代わってくれるか?」
「しょうがないなぁ。わかった。私がバイクを動かすから、その代わりちゃんと休んでよ?」
「すまん」

これで帰るまでの短い間だが、体を休める時間が確保できた。
ただ、果たしてあの揺れる荷台で休めるのか、それが心配ではある。
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