世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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遠学にデッパツ

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日々は瞬く間に過ぎ去り、身に染みる寒さも大分鳴りを潜め、春の気配が遠くに感じられるようになった今日この頃。
夜もまだ明けきらぬディケットの街に、大勢の人間の足音と馬車の車輪が奏でる雑多な狂想曲が鳴り響く。

普段なら早朝の騒音に文句を言う住民も、この日ばかりは大通りを進む集団を見ようと道の脇につめかけ、盛んに声をかけていた。
住民が上げる激励の言葉が飛び交う中を歩くのは学園の生徒達だ。
生徒達は普段の軽装とは打って変わり、マントの下の服装は旅支度と呼んでも差支えがないほどに整えられている。

今、この通りは学園主催の行事である遠隔地特別学習、通称遠学へと赴く生徒達と引率の教師に、この日のために学園と生徒個人がそれぞれ雇った人間達が歩く、さながらパレードの様相を呈していた。

馬車に乗らずにこうして街中を歩くのは毎年恒例の出来事らしく、遠学へと向かう生徒達の姿を住民達に見せることで、一種のイベントとしての盛り上がりを生徒達に肌で感じさせようとしているのだとか。

このパレードには当然俺達も加わっており、学生ではない俺とパーラは列の最後尾を荷車付きのバイクでゆっくりと着いていっている。
事前に聞かされていたとはいえ、朝早くからの集合にパーラはまだ眠気が残っているようで、バイクを運転する俺を余所に、荷台で毛布にくるまって惰眠をむさぼっていた。
昨夜は遠学が楽しみで眠れないと言っていたので、睡眠時間が足りていないのだろう。

パーラが普通に眠れているのを見て分かるように、荷車にはこの日のためにしっかりと揺れ対策が施してある。
車軸は簡易ながら独立懸架を意識した改造を施し、荷台と車軸の接続部分にはそこそこの金をかけて作ってもらった特注のコイル状のバネを組み込んでいるため、荷台への衝撃伝達性は大分抑えられた。
結構な悪路を走破したとしてもいつかのような乗り心地の悪さはないだろう。

現に石畳を踏む車輪がガタガタと動いているのに、荷台の方は揺り籠のようなゆったりとした揺れを見せ、パーラの睡眠を邪魔することはない。

俺の方も全く眠くないというわけではないが、パーラが真っ先に荷台へと潜り込んで眠ってしまっていたため、自動的に俺が運転手になっただけだ。
こみ上げるあくびを噛み殺しながら、ゆっくりと街の門へと向かって走る。

街の外へと出ると、生徒達が整列しているのを横目に、随行する馬車が集まっている一角へと俺達も向かう。
遠学に参加する馬車にはゼッケンのようなものが張られており、俺達のにも白地に黒で22を示す記号が書かれた布を付けている。

学園側が用意する馬車の他に、生徒達が自ら手配した馬車も混ざるとまるでどこぞの大商隊かといった規模になるため、こうして番号で管理しているのだとか。

ざっと見ただけで30台近い馬車が街道の脇に並ぶ光景はまさに圧巻。
ほとんどは生徒が自分達で手配したもので、上は貴族が使うような箱馬車から、下はボロボロの廃材手前同然といった馬車までバラエティに富んでいる。

ほとんどの馬車はレンタルしたものだろうが、貴族や大商人等の子息であれば、自前で所有するものも持ち込んでいるのかもしれない。
オーソドックスな荷馬車はもちろん、幌をカラフルに塗った手作りっぽい馬車や珍しい意匠が施された箱馬車など、その種類の多さは見ているだけで面白い。

どの馬車も荷室はもちろん、屋根の上にまで荷物が満載されており、これから行われる旅への準備は万全だと誇っているようだ。
それに対し、俺達の方は荷物の殆どがスーリアの召喚魔術で異空間に収納されているため、多少の水・食糧と武器、それと飛空艇から持ち込んだいくらかの荷物だけを積んでいる。
ただでさえ荷車を連結したバイクという目立つ乗り物なのに、荷物がろくにないことで訝しむ視線が多く注がれている。

荷物の少ないことを心配して声をかけてくる人も何人かいたが、荷物は別で保管してあると言っておく。
親切心からの行動だと思うが、あまり俺の口からおおっぴらに話せる保管方法ではないため、若干言葉を濁すような形になってしまった。

生徒達への出発前の訓示というか、注意事項の再確認というか、そこそこ長い時間をかけて行われた教師による説明が終わると、遠くの山にかかる雲へ朝の光が照らされだした。
それを合図にしたわけではないだろうが、生徒達が各々の馬車へと向かって動き始めると、辺りは一気に喧噪の濃い空間へと変わった。

「アンディ!待たせたな!」
「おはよう、アンディ君。…パーラちゃんは?」
「おはよう。パーラなら後ろで寝てる。構わないからそのまま荷物を放り込んでくれ」
今日から一緒に旅をすることになるシペアとスーリアの二人も俺達と合流し、背負っていたリュックを馬車へと乗せ、スーリアはそのまま荷台へ、シペアはサイドカーの方へと乗り込んだ。

「んじゃ今日からよろしくな。一応班長は俺ってことになってるから、悪いんだけどアンディ達は俺の指示に従うって形になる」
「別にいいさ。俺達は雇われの身だからな。護衛に関してはともかく、学園関連のあれこれに口は出さないよ」
あくまでも俺とパーラは外部協力員のような立ち位置なので、シペアが出す指示で動くのが自然だ。

他の班も同様で、雇われている冒険者は護衛でありアドバイザーではあるが、全体の方針は班長に委ねられる。
これもリーダーシップを養う訓練だと考えると、中々悪いものじゃない。

遠くの方で鐘の音が打ち鳴らされる。
何の鐘かは俺には分からないが、シペアはその意味を理解出来ていた。
「合図だ。あの鐘で先頭の馬車が動き出すそうだ。順番に出発するから、俺達の右手にある馬車が動いたらその後に続いてくれ」
「了解だ」

俺達のバイクに振られている番号は結構後の方のものなので、出発までは少し時間がある。
30台近い馬車が順番に発進するのだが、なにせ荷物が満載された馬車はとんでもなく重い。
動き出しがどうしても遅くなるため、自然と全体の出発も時間のかかるものとなってしまう。

馬車の群れが一列になって街道を進むのを空から見れたのならさぞ圧巻の光景だろう。
そんなことを妄想しながら時間を過ごし、俺達が動き出せたのは、日も完全に上った頃だった。









「へぇ、一学年で三つの学科か。各科の生徒数は均等なのか?」
「いや、魔術学科が一番少なくて30人ぐらいで、教養科が70人ちょいで一番多い。練武科は50人に届かない程度だけど、貴族とか騎士の子供が多くいるそうだ」
「なるほどなぁ」
ゆっくりと流れていく景色を眺めつつ前を走る馬車との車間距離にも注意を払い、サイドカーに座るシペアが語ってくれる学園についての話に相槌を返す。

ディケットを発ってどれだけの時間が経ったか。
出発時は山から顔をのぞかせていた程度の太陽も、すっかり高い位置まで昇るようになっていた。
特にイベントもないままに進み続けていると、流石に退屈を持て余して眠ってしまいそうになる。

馬というのは頭がいい生き物で、前を進む馬車の後について行くという状況が長い時間続くと、手綱からの指示がない限りそれを維持し続ける。
バイクは実際に人間がハンドルを握って運転し続ける必要があるが、馬車は手綱を握ってさえいれば極端な話、馭者は眠ってしまっても移動が続けられる馬車が今の俺には羨ましい。
そんなわけで、バイクで事故を起こさないようにと、こうしてシペアと話をすることで眠気を誤魔化していたわけだ。

「教養科と魔術学科は何となく予想できるけど、練武科ってのは何をする学科なんだ?士官学校のそれとは違うのか?」
魔術学科は魔術を学び、教養科は礼儀作法なんかを学ぶのだろうと思う。
しかし練武科となると、やはり戦闘関連の何かを学ぶというのは予想できるが、各国には軍人を育成する士官学校がそれぞれ存在しているため、騎士や軍人を目指すならわざわざ学園に来るまでもなく、国許で士官教育を受ければいいわけで、ディケット学園ではいったい何を教えているというのか。

「練武科はまぁ字の如く、戦う技術を学ぶための科だな。アンディの言う士官学校ってのは、入学に軍か騎士の推薦がいるらしいんだけど、この学園なら入学すれば誰でも、それこそ農民の出であっても騎士を目指せる。まぁそもそも、この学園に入るのが大変なんだが、推薦ありきの士官学校よりかは門戸は広いんだとさ」
この世界では特定の職業には明らかな身分による格差があり、騎士や軍人といったものは基本的に平民がなることはできない。

戦争でもあれば働き次第では一兵卒から従士に採りたてられ、ゆくゆくは騎士へという道も無い事はない。
しかし、今の安定した国際情勢の中では、学園の練武科を出ることが騎士や軍人への近道であり、平民が取れる妥当な手立てだと言える。

ちなみに、練武科に在籍している貴族の子息の多くは次男三男といった立場の者が多く、卒業時に練武科を出たということが自らの才覚を示すことになるため、練武科には貴族が多く集まるのだという。
こう聞くと腕っぷしの方はいまいちなのかと思うが、練武科を目指して学園に入学している時点で、実力は十分にあるということになる。

伝聞ではない、実際にそこで生活をしている生徒の口から語られる学園の話は非常に興味深く、シペアの面白おかしく話す学園生活は、遠い記憶にある学生だった頃の自分の体験とも近いものがあった。
そうして話を聞いているうちに、背後の荷台から盛大に腹の音がなるのを聞く。
もそもそと動く気配があることから、どうやらパーラが空腹で目を覚ましたようだ。

それに少し遅れて、馬車の列の先頭の方から鐘の音が聞こえてきた。
「停止の合図だ。時間的にも昼食にするんだろうな」
班長であるシペアが鐘の音を解読し、それに合わせてバイクを停車させた。
しかしまぁ、パーラの腹の音は実に正確な昼の時間を告げるものだと感心と呆れの両方を抱かせる。
いっそ今後時間が気になったらパーラに尋ねてみるのもいいかもしれない。

長大な馬車の列は停車するにもちょっとした騒ぎになるもので、随伴する騎馬が進行方向から逆走しながら様子を見ていくのを見送った。
昼食ということもあるが、ほとんど休憩も取らずに走り続けていたせいか、馬車から飛び出す生徒達は、地面に足を搗くなり伸びをしたり屈伸をしたりと、窮屈な空間からの解放感を存分に味わっているようだ。

「…ぅばぁ~あぁっ…ふぅ。アンディ、お腹空いた」
盛大な欠伸を吐き出しながら荷台から降りて開口一番、まず飯を気にするあたり、実にパーラらしいことだ。
「丁度昼飯の時間だ。スーリア、何か食べるものを適当に出してくれ。あと、お茶も人数分頼む」
「はーい…」
目をこすりながらパーラに続いて地面に降り立ったスーリアだが、どうやら彼女もパーラと一緒に眠っていたらしく、まだ眠気が抜けない様子ではあるが、ちゃんと頼んだことはしてくれる程度に頭は覚醒しているようだ。

土魔術でちょっとしたテーブルを作り、そこに適当な布を敷いて即席の食卓とする。
そこにスーリアが異空間から取り出したサンドイッチの詰まった籠を中央に置き、人数分のカップを並べると、そこに直接召喚陣からお茶を注ぐ。

遠学の準備をするにあたり、俺達は食料のほとんどを調理してからスーリアの異空間へと放り込んでいた。
時間の経過することのない異空間であれば、調理済みの食品でも冷めることも腐ることもなく保管して置ける。
旅先での調理時間を省き、食材のロスも発生しないこのやり方は旅向きだ。
一応調理前の食材も収納してあるが、それが必要になる場面はこの旅の間に訪れることはないと思っている。

あっという間に昼食は用意され、それぞれが思い思いに食事を開始した。
周りでは学生や雇われた冒険者たちが火を起こして昼食の用意をする中、俺達は停車から10分も経たずに食べ始めているためか、結構な数の不審と羨望の視線を感じる。

「うんうん、ちゃんとおいしい状態だね。パンも水分を吸ってないし、野菜もシャキシャキ。いやぁ、スーリアの召喚魔術を疑ってたわけじゃないけど、長い時間異空間に放置してたから流石に不安だったんだよね」
真っ先にサンドイッチに手を伸ばし、一気に一切れを食べ切ったパーラが感想を口にする。
「まぁ確かに。召喚魔術をどういう使い方でどうなるかってのは実際に体験するしかないからな。む、アンディ、このパンに挟んであるチーズってなんだ?」

「あ、それ作ったの私だよ。それは山羊のチーズなんだけど、酒精を飛ばした白ワインに半日着けてあるの。チーズの風味が和らぐのと酸味が少し効くんだけど、美味しくなかった?」
「いや、すげーうまい。俺、チーズってちょっと苦手だったんだけど、これなら食えるわ」
「よかった。シペア君がチーズはダメだってアンディ君から聞いてたから、お祖母ちゃんに教えてもらってたやりかたを試してみたんだ」

遠学用の料理を作る際、スーリアも手伝ってくれたのだが、その時にシペアの好物などを俺に聞いてきてたため、知り得る限り教えてみたが、どうやらそれがしっかりと生きたらしい。
シペアとは短いながら旅をしたが、その間食事を作っていたのは俺だったため、あいつが嫌いなものは何となく分かっていたし、好きな物はもっと分かっている。
好物だけで固めず、苦手なものを食べやすくするというスーリアの気配りはいっそ健気だと思う。

食後のお茶を楽しむ頃になると、俺達以外の連中も食事を始めたようで、そこかしこで楽しげな声が聞こえ始める。
ちらりと視界に入った彼らの食事は、俺達のものに比べて随分と味気ないものだ。
ほとんどは火を通せば多少はましといった程度の携帯食で、いくつかの班が事前に用意していたと思われる弁当を食べているぐらいだ。
この遠学において、食という点では俺達はとんでもなく恵まれているということを再認識する時間となった。

「そういえばね、なんか今年は新しく学園の理事に加わった人の意見で、目的地が今までの年と違うところになったらしいよ」
一足早く食事を終えた俺達だが、周りが食べ終わらない限り出発することができないので、こうして雑談しているわけだが、その中でスーリアが今年の遠学の目的地について話し出す。

「あぁ、それ俺も聞いた。準備してたのが無駄になったって教師の誰かがぼやいてたな」
「それってチャービル先生でしょう?あの人って毎年の遠学にかかる費用を管理してたらしいから、今年だけ急に変わって費用を改めて計算しなおす必要があるんじゃないかな」
なんとも、異世界でも学校における上位者からの無茶な注文に翻弄される教師の悲哀には同情を禁じ得ないな。

「俺らは学園に通ってないから分からないけど、なんで今年だけ行き先が変わったんだ?」
「いや、さっぱりわからん。俺もたまたま教師同士が愚痴を吐き合ってたのを立ち聞きしただけだし、なんでそうなったのかは教師も分かってない感じだったな」
「スーリアはなにか知らないか?」
「ううん、私もさっぱり。蔵書室で上級生の人達が噂してたのを聞いただけだから」

スーリアの言う新しく加わった理事の意向ということになるだろうが、なぜ今年の遠学が目的地が変わったのか少しだけ気になる。
学校というのは毎年行われる行事はあまり大きく変えるものではないと思うのだが、一体なぜ?

気になることが出来てしまったが、考えに耽る暇もなく出発の合図が鳴り、今度はパーラがバイクを運転し、スーリアがサイドカーへと移ったため、俺とシペアは荷台へと乗り込んでの出発となった。







昼食以降、進み続けた俺達だったが、夜が近づくにつれて徐々に気温も下がり始め、まだまだ春とはいえないこの季節らしい寒さを肌で感じるようになってきた。
「おぉふぅ…。少し冷えてきたな」
ぶるりと体を震わせながら言うシペアは、その体を縮こまらせて体温が逃げないようにとしている。

荷台は前後が解放状態となっているため、走行時はどうしても風が内部に吹き込んでくる。
当然ながら運転席とサイドカーも風を直接浴びているため、俺達の中で寒さを感じていない人間は一人もいない。
厚手のマントを身に付けてはいても、今感じている風の冷たさはそれだけでは少し足りなく、もう一手暖をとりたいところだ。

「そうだな。まぁこんなこともあろうかと、手軽に暖を取れるのを用意してきた」
一度は言ってみたかった『こんなこともあろうかと』を口にできて、若干上機嫌となった俺は荷台の隅に積み上げていた木箱の一つを引っ張り出し、そこから道具を取り出す。

まずは麻袋を二つ取り出し、漏斗と布の袋を何枚か並べる。
麻袋の中身はそれぞれ別のもので、漏斗を使って布の袋へと混ぜ合わせながら詰めていく。
水魔術で霧状に発生させた水分と、調味料入れから取り出した少量の塩を封入し、軽く揺すって中身が程よく混ざった袋の口を何度も折り返して紐で締めると、完成したのは前世でも散々お世話になった冬の救世主、カイロだ。

出来上がった4つのカイロをややおいて、酸素が浸透して発熱を始めたそれをシペア達に手渡す。
「なんだこれ?布袋に土を詰めただけだろ。これがなにか―」
「…お?ぉお!?温かい!なにこれ、温かいよ!」
「本当だぁ…温かーい」
目の前でカイロを作る工程を見ていたシペアは訝し気だが、直接外の風に晒されていたパーラ達はカイロの温かさに感動の声を上げている。

先程の麻袋の中身は鉄粉とヒル石で、それに塩と水分と混ぜてしばらく待つと、鉄が酸素と反応して酸化する際の化学反応の熱でカイロは温かくなる。
それぞれは別々に存在すると何の変化も無いが、混ぜ合わせることで熱を生み出すこれらの仕組みを発見した先人には頭が下がる思いだ。

ちなみにこれらを入れている布は不織布に限りなく近いもので、空気を程よく通さないおかげで酸化が一気に起きないようにうまく調節してくれている。
この布は薬師が扱うマスクに使われていたもので、性能的にもカイロにはうってつけだったため、少々値が張ったものの大量に手に入れていたものだ。

「なんなんだこれ?なんかの魔道具か?」
カイロをひっくり返しながら、火を使わずに温かいそれを魔道具と評するのはこの世界の人間の発想では妥当なものだ。
「魔道具じゃない。化学反応って言って、…まぁ薬学の部類に近い知識で作ったものだ」

化学というのがしっかりとした学問として確立していない世界では、化学反応を説明するのに一番近しいのは薬学となるため、シペアにはそう言うしかなかった。
とはいえ、道具を使うのに化学の知識は必ずしも必要とはしないので、原理を詳しく知ろうとはしていないシペアの様子から、説明はこんなものでいいだろう。

徐々に空が青から赤へ、そして赤が黒に変わり始め、日も落ちてきた頃に停止の鐘が鳴り響き、今日はここで野営ということになった。
街道沿いに進み続けた馬車は野営のために街道の端に停まり、今日の寝床の準備にそれぞれが動きだす。
何人か馬車を離れて列の先頭へと向かう人影が見られるが、シペアもこの一人で、なんでも班長は宿泊場所に着いたら教師の元へと異常がないことを報告するそうだ。

焚火やランプの明かりが遠くまで列を作る中、学生達はわいわいと騒ぎながらテントを張り始める。
馬車で眠る者もいるだろうが、大半はテントで眠ることになるようで、それぞれが熾した焚火を囲むようにして立てられるテントは、手慣れていない学生たちにとっては一仕事のようだ。

あちらこちらで上がる声は忙しげなものだが、どこか楽しそうな雰囲気も感じられるのは、やはり遠学自体がキャンプを楽しむような側面を持ち合わせているからなのかもしれない。

そんな周りとは打って変わり、俺達の場合は野営の準備に騒ぐことはない。
なにせ、土魔術で普通に一軒家クラスのものを作れるのだから、準備も一瞬だ。

街道から少し離れ、地面が比較的柔らかい場所を選ぶと、胸の前で柏手を打つように両手を合わせ、その手を地面に当てることで土が盛り上がりながら小屋が出来上がっていく。
なるべく土を圧縮することで強度を挙げつつ、厚みも持たせることで保温性も確保した寒冷地向きの構造を意識した造りにしてみた。

「アンディ、今の手を打つ仕草って前もやってたっけ?」
「いや、今適当に思いついてやっただけだ。なんかこっちの方が雰囲気あるだろ」
錬成したかまぼこ型の小屋を見上げている俺に、突然今までと違うやり方をしたことを訝しんだパーラはそう聞くが、別に深い意味はなく、何となくでやっただけなのであまり深く追求しないで欲しい。

俺達が寝泊まりするスペースの他に、バイクと荷台を連結したまま置けるだけの広さの風除室も備えているため、見張りを立てる必要もなく安心して眠れる。

「やっぱり何回見てもアンディ君の土魔術ってすごいね」
「じゃあ私とスーリアが中で荷物出しとくから、アンディとシペアでバイクを持ってきてね。よろしくー」
まだまだ土魔術の小屋を見慣れないスーリアの腕を引き、早々に小屋の中に引っ込んでいくパーラ達を見送り、俺とシペアは停めてあるバイクの元へと向かう。
そこにシペアもタイミングよく戻ってきており、今日の寝床の準備が出来たことを教えた。
その際、俺に注がれる周りからの視線に気付く。

やや離れた場所に作ったとはいえ、まだ若干の明るさが残る中でのことだったため、土で出来た小屋が突然地面から生えるという現象を、他の人達からの注目を集めてしまったようだ。
「うーむ、目立ってるな」
「そりゃそうだろ。普通、野営に家一軒用意するってことはしないからな。土魔術でああいうことをするお前が非常識なんだってことを知れ」

どうやらシペアからも土魔術での家作りが見えていたようで、中々辛辣な言葉を耳に素通りさせながら、バイクを動かして小屋の方へと走っていく。
次の日に出発しやすいように、風除室へは荷台の方からバックで入ることにして、シペアの誘導のもと慣れない牽引車両の車庫入れを何とかこなして、ようやく小屋の中へと入ることができた。

「あ、おかえりー。寝具は部屋に出しておいたからね。アンディとシペアはこっちの部屋でいいでしょ?私とスーリアがそっちの部屋で一緒に寝るから」
俺達を出迎えたのは、居間の奥にある部屋の一つから顔を出したパーラで、寝床の準備をやってくれていたようだ。
二部屋ある個室の内、出口側から遠い方を選ぶあたり、パーラはちゃっかりしている。

「あぁ、それでいいよ。んじゃ夕食…はスーリアがいるからいいか。風呂の準備だな。シペア、湯船に水を張るのを頼む。俺はバイクに魔力を充填しなきゃならないからさ」
「おう、分かった」
「バイクの方は私がやっとくから、アンディはお風呂を沸かしといてよ」

パーラと二人で旅をしていた時とは違い、食事の用意と風呂の準備を他に任せられるというのは何とも楽なものだ。
水をお湯にするのは相変わらず俺の仕事だが、それでも分担出来ることが多いのはありがたい。
「アンディ君、薪を出したいんだけどどこがいいかな?」
「それならこっちの壁際に頼む。今暖炉も即席で作っちまうから」
「うん、お願いね」

スーリアが異空間から薪を取り出し、壁際に積み上げる間に俺は土魔術で暖炉と外へと延びる煙突を整える。
厚みのある壁面のおかげで大分大きく暖炉を作れるため、室内の温かさは十分だろう。
やや口を大きく作った暖炉に、薪と小枝を並べて火を着けると、すぐに勢いよく燃え始めた薪は俺達の体にその熱を送ってくれた。

居間に土魔術で作ったテーブルにスーリアが料理を並べ、風呂にはシペアが水を張って俺が雷魔術でお湯にする。
並行して行うと時間も相当節約できるもので、パーラが戻ってきたところで早速食事となった。

夜は薄切りの猪肉と生姜を白菜で包んで煮たロールキャベツっぽいものと、キノコと唐辛子のパスタが出された。
パスタの方は俺が作ったものだが、ロールキャベツっぽいのはスーリアの作だ。
ロールキャベツを想定した舌を裏切る重厚な肉の旨味が、生姜でサッパリとしたキレのある後味に変わり、実に美味である。

サンドイッチの時もそうだったが、スーリアは相当料理が上手い。
異空間に収納されている料理も、俺とスーリアが半分ずつ手掛けたものが入っているため、自分以外のしっかりとした料理を野営で食べられるとは、この旅の間の楽しみになりそうだ。

夕食後には風呂の時間となり、スーリアとパーラが一緒に入ることになった。
なんでも、普段はお湯に浸かることがまずない学園生活を送っているスーリアに、風呂の入り方を教えるとパーラが息巻いていたが、別に大した作法があるわけでもないだろうに。
単に友達と風呂に入ることをパーラが楽しみたいだけだ。

順番に風呂を済ませ、眠る前に暖炉の前でまったりと過ごしていると、スーリアが溜息を吐く。
「はぁ…。なんだか夢みたい。私、遠学ってもっと大変なものだって思ってたけど、こんなちゃんとした家で寝られるし、それにお風呂まで入れるなんて…。アンディ君が一緒に来てくれて本当によかったよ」
幸せそうに蕩けた顔をするスーリアに、同意するように深くうなずくシペアとパーラの姿があった。

遠学に参加している他の生徒達は布張りのテントで一晩眠り、おまけに焚火を絶やさないように交代で番をする必要もある。
だが俺達は温かい食事と風呂を満喫し、断熱効果のある壁に囲まれた小屋でぐっすりと眠ることが出来る。
こればかりは俺達を雇ったシペア達の役得だろう。

暖炉の薪が燃え尽きるのを待って、終身とすることにした。
俺とシペアに宛てがわれた部屋には、スーリアが運んできたと思われる寝具一式がベッド状に盛り上がった土の台に敷かれていた。
今までのバイクの移動では厚手の布を何重にも重ねたものを布団代わりにしていたが、今俺の目の前にあるのはれっきとした布団そのものだ。

飛空艇にならこのぐらいの寝具もあるのだが、バイクでの移動だと流石に持ち運べるものではないため、こういった寝具の充実はスーリアがいなければ到底望めるものではなかったことだろう。
スーリアは俺が一緒に来てくれてよかったと言っていたが、こうした寝具で快適な睡眠を得られることを思うと、俺の方が感謝しているぐらいだ。
この快適極まる寝床で疲れをいやし、明日の移動に備えるとしよう。
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