ローランの歌

N2

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ーガヌロンの弁明ー

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291.

さて、帝はふたたびエックスに御還おかえりあった。

逆徒ガヌロンが宮殿まで引っ立てられて来たが、鉄の鎖につながれて前庭の壁近くに放り出された。奴隷たちはその身を木杭にくくりつけ、両腕を革紐で縛り上げ、手に手に棍棒、鞭など持って容赦なく打ちつける。叛逆の身には相応しい報いであろうか。苦しみをおいては他に何を得ることもなく、ガヌロンはただひとり裁きのときを待っていた。


292.

古き史籍にいうならく、シャルル王は諸国諸州から賢臣を招じ給い、一同は御堂みどう美しきエックスに集まった。その日は聖者シルヴェストルの記念日で、盛大なる祝祭が催されていた。引き据えられてきたのは謀反人ガヌロン、裁判の場ではあるが、畏れおおくも帝の御前にて弁明の機会を許されることとなった。


293.

「諸卿、諸将に告ぐ」シャルル王はお言葉を放たれた「ここに引きしたるガヌロンの理非を定めよ!この者はわが軍に付き従うてスペインに在陣せり。にもかかわらず壮士二万騎を敵に売り渡し、そのことごとくを殺戮せしめた。また我が妹の子をも殺した、わしらはもうローランに会えぬ。忠勇の将オリヴィエほか十二人衆も同様じゃ。これすべて金銀財貨に目がくらんだ故の寝返りに相違ならずや!?」

ガヌロンは堂々と答える「事実まことおおい隠すは恥でありましょうから、真っ直ぐに白状つかまつる。そもそも事の発端はローランにあり、彼奴きゃつめがわが富と領土を奪わんとしたのでござる。それゆえ彼奴の生命をつけ狙ったまで。さらば此度こたびのことは断じて逆心にあらず!」

衆議の一同は口々に言う「よくよく評定いたすであろう!」


294.

皇帝の眼前にすっくと立ったガヌロン。容貌は晴れやか、体格も頼もしく、心胆さえまともならば天晴れな武将と呼ぶべき姿である。ぐるりを取り囲む判事たちに視線を投げかけ、傍らに控える三十人の近親たちに目をやると、ふたたび力強い声でこう言った。

「お集まりの諸将に申し上げなん、神の愛にかけてお聞きめされい!拙者は忠義を尽くして帝に仕え、此度のスペイン行きにも参陣いたした。ところが継子ローランはわしを激しく憎んでおった。奴は不埒ふらちにもわしを災いの運命に陥れようとした、すなわち推挙の形をとってマルシルの宮廷に送り出したのだ。そこが死地だと知りながら!とっさの機転で無事帰りおおせたが、あの時わしはローランに正々堂々挑戦をしておる、オリヴィエや十二人衆にもだ。このこと諸卿も帝もようご存知のはず。これは復讐なり、反逆の意図など微塵みじんもござらん!」

「よう分かった」フランク人らは答える「じっくり吟味させてくれ」


295.

さてガヌロンは評議がはじまるのを見ると、縁者三十人を呼び寄せた。そのなかにひとり、一門の頼りと目される人物がいる。ソランスの城督ピナベルであった。口を開けば理路整然として大義を説き、武器を取らせば旗本随一の腕前。ガヌロンは言う「そなたの力が必要だ。わしを死と不名誉から救うてくれぬか」

ピナベル答えて「必ずお助けいたします。フランク人のなかに殿の死罪になびく者あらんか、王に願ってただちに決闘に及び、わが鉄剣の錆にしてやる所存です」ガヌロンは感謝のあまり彼の足下にひれ伏した。


296.

フランク、ノルマン、ザクセン、バイエルン、ポワトゥの貴族たちが会議を行なう。チュートンの諸族も判事を出してこれに加わった。オーベルニュの騎士たちは終始穏やかな空気で、その意見はピナベルに同情するものが大勢だった。互いに言い合うには「もう議論は煮詰まったろう、裁きにこだわるのはよそうではないか。一旦閉廷してガヌロン殿の放免を我らが王に言上ごんじょうしよう。彼には御前にて誠心込めて奉公すると誓わせればよい。ローラン伯のことは残念ではあるが、たとえ天上の黄金を残らず払っても、死んだ人間が帰ってくる訳でなし。ここはガヌロン殿と事を交えぬ方が得策よ」

衆議はついに定まった――ジェフロワ公の弟ティエリー卿ひとりを除いては。
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