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第4話 バスの中で綺麗なお姉さんにからまれた。その2
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お姉さんは気を取り直したように体を離し、小首をかしげて最初の話題に戻る。
「ままならないんですよね? こういう事態になっちゃったって後悔していましたから。どういう事態なんですか?」
「あぁ……いや、別に見ず知らずの人に対して話すことじゃ……」
「相談に乗らせてください。こう見えてもお姉さん、だいぶ長生きしてますから高校生の後野三蔵くんぐらいの悩みには答えられるつもりです」
「あ~……さっきの、あぁ、さっきっていうのは飛行機の中の事ですけど……近くで見てました?」
自己紹介をした覚えがないのに、初対面のこのお姉さんは僕の名前をしっかり当ててきた。となると考えられることは一つ、先ほどのおじさんとのもめ事で僕は流れで自己紹介をしてしまった。その声が聞こえるほどの場所にこのお姉さんが座っていたのだろう。
「ええ、しっかりばっちり」
「ハハ……」
苦笑する。
少し照れ臭い。多分、このお姉さんはあの男の子やおじさんの近くの席に座っていたろう。すぐ後ろかすぐ前か……待てよ。その位置にいて、しっかり僕の名前を憶えていて、狙ったかのようにバスの隣の席に座る。
若干、ストーカー味を感じる……。
もしかしてちょっとキケンな人なのかもと僕はこっそりと気持ちを引き締めた。
「こういうことになっちゃったっていうのは……その……実は、この隈元って僕の故郷なんですよ」
それでも、ここまで自分に対して好意を持ってくれた相手に対して無下に扱うということができるほど人間腐っちゃいないので、当たり障りのないレベルの身の上話はしてみようと思った。
「へぇ、夏休みの里帰りですか?」
「まだ七月の二日ですよ? 夏休みになんか入っていません。転校です。元々こっちの中学に通ってて、親の都合で東京の高校に進学することになって、そしてまた親の都合でこっちに戻ることになってしまった」
「そうなんですか。じゃあ、いい迷惑ですね」
「本当ですよ。僕は……帰ってきたくはなかった、こんな街に」
「そうですか。どうして帰ってきたくはなかったんですか?」
「…………」
なるべくは言いたくはなかった。
見ず知らずの相手に、自分の心の根幹にある何か大事なものをさらけ出してしまうような気持ちになり、恥ずかしさや恐怖が沸き上がる。もしも、これを伝えて共感してもらえなかったら僕は凄く傷つくだろうし、共感してもらえてもあなたに何がわかるんだと怒りを感じてしまうかもしれない。
それでも……。
これも何かのきっかけ、運命のようなものなのかもしれない。
ずっと胸の中にあったモヤモヤ。一人で抱え込んで解消できなかったそれを人に伝えることによって少しだけでも解消する。そのきっかけなのかもしれない。
腹をくくって、話すことにした。
「いじめられている友達を見捨ててきたんです」
「まぁ」
「僕には小学校の時から仲の良かった三人の友達がいて、そのうちの一人が中学校に上がるといじめられるようになったんですよ。いわゆる天然入っている……って言われるような女の子で、周りとちょっとずれているようなところがあるんですけど……歌手を目指していて。こんな田舎で歌手を目指すも何もないですけど、それでもずっとそれが夢だって言い続けていて。それに歌がメチャクチャ上手いってわけでもないんです。だから、頭お花畑って……そいつの名前が向日葵って名前だったから、〝お花〟ってあだ名付けられて馬鹿にされて」
「ひどいですね。子供って言うのは純粋な分だけ、残酷になれますからね」
「……ええ」
少し、気持ちが楽になった。
お姉さんは悲しい目をして同情してくれた。こういうリアクションをするだろうなとは思っていた。道徳を持った普通の人であれば、いじめの話を聞いて同情しない人間はいない。だからこのリアクションはわかりきっていた当然の反応で、わざわざそんな当たり前のことをさせる必要はない。だから、この話も人に聞かせる話ではないと思い込んでいた。
だけど、やっぱり人に話して共感してもらえたら、楽になった。
「僕はその歌手を目指していた向日葵を見捨てて東京に行きました。友達だったのに。昔は一緒に海に遊びに行くぐらい仲が良かったのに。中学に入ったら僕はあいつらとは別の友達とばかりつるむようになって。向日葵がいじめられているのを見て見ぬふりしていました」
「そう……でも、誰にでもそんなことはあるとは思いますよ?」
「そう、ですか?」
すこしビックリしてお姉さんを見る。
「お姉さんも、同じように友達を見捨てたことあるんですか?」
「ええ」
まさかだった。同じような体験を、それも自分より年上の立派そうな———ゴスロリを堂々と着ている人を立派な見た目だとは言えないが、話してみると立派な人格だとわかった———、そんな人がまさか自分と同じように酷い事をしているだなんて。
「お姉さんも見捨てましたし、見捨てられました」
「見捨てられた?」
「ええ、幼い頃っていうのは見るもの触れるものが面白くて興味があって、誰彼構わず友達になろうと思います。だけどちょっと歳を重ねると立場だったり、自分自身の理想だったりで周りからこう〝見られたい〟と思うようになります。それで付き合う友達を変えたり、変えられたりということは誰にでもあることで別にあなたが酷いということでも私と距離を置いた彼女たちがひどいと言うことでもありません。自然なことです。その向日葵ちゃんがいじめられていたというのも自然なこと。そのいじめていた人にも立場や理想があって、そこからかけ離れていた向日葵ちゃんを排除しようとした。動物の群れとしては自然なことです。動物というのは異質なものに対して恐怖を感じて排除しようとするものですから」
理路整然としたことを言ってくるのでびっくりした。
金髪で緑色の瞳で明らかに外国人、それにゴスロリの服を着ているからもっとファンタジーな理想論を振りかざすと思っていた。
だけど、かなり科学的な理屈で僕のことも、そのいじめていた奴すらも肯定したので驚いてしまった。
「割り切っているんですね」
「そうです。割り切れませんか?」
「いや、僕もそう思います。だけど、そうじゃないって思いたいです」
人間だって所詮は動物だ。
動物の本能には逆らえないし、みんな忘れがちだが動物だって〝優しい存在〟ではない自分と違う存在は平気でいじめるし、動物はその痛みがわからない。
自然を象徴する動物がそうなのだ。
自然というは残酷なものなのだ。
他人の痛みがわからない、ただ自分のやりたいようにやる残虐卑劣な存在、それが〝自然〟というものなのだ。
容赦なんてしない。
だから、自然というのは自己中心的な存在であり、自己中心的な人間にしっちゃかめっちゃかにひっかきまわされている現状も、自然の自業自得ともいえる。
「僕は、世の中がもっと優しくなればいいのに、と思っています」
「優しく、ですか?」
「人間の、動物の本能が残酷なのだとしたらもっと優しい本能であったらいいのにって思ってます。漠然とそう思い続けて、具体的な行動はちょっとしかできてないですけど。もう後悔ってやつはしたくないから」
「飛行機の中でのひと騒動も、その具体的なちょっとの行動って奴ですか?」
「まぁ……そうですね」
その結果、白い目で見られることになったけど。
「立派だと思います」
「どうも」
お姉さんの言葉は胸に響かなかった。
僕が元々ひねくれているのか、それとも他人の白い目を感じ続けて心がすさんでしまったのか、それはわからないが本心から言っていないだろうと曲解してしまう。どうしても。
「優しいんですね」
「そんなことは……ただ、馬鹿なだけです。ただ、後悔したくないだけです」
本当に後悔というものは、人の心にずっと残り続けて消えることがない。
ずっと重く残り続ける想いだからこそ、これ以上積み重ねたくない。まるで返すことができない借金だ。
そんなものこれ以上積まないこしたことがない。
「いえ、優しいんですよ。普通の人はそんなに優しくなれません。騒ぎを仲裁しようなんて、できるのに思いませんもの」
「できるのに思わない……ですか?」
また、妙な言い方をするなぁ。
普通は逆だ。「しようなんて思ってもできない」というのが正しい日本語の使い方だ。それを逆に言い換えるなんて……このお姉さんは本好きかのかもしれない。
「ええ、あの状況。どんな人だって誰だって仲裁は〝できました〟。だけど、誰もその後が面倒くさいくなってしない。そしてその善意の思考を消し去ってしまう。思わなくなる。誰もが少しだけの勇気と覚悟をもって「怒りすぎなんじゃないですか?」って言えばあの場は丸く収まったはずなんです。なのにそう思うことすらやめてしまった。その想いを消さなかった三蔵さんは立派だと思います」
「……どうも」
嬉しい。嬉しいが、出会って三十分も経っていない相手にここまで褒められると逆に怪しさすら感じてしまう。
なんか、なんともいえないが……僕を騙そうとしているんじゃないかという警戒心を抱いてしまう。
お姉さんの顔を見てみる。
ニコニコとした笑顔の、人の良さそうな印象だ。
それが———逆に僕を緊張させた。
「だから、」
お姉さんが口を開く。
そこから先の言葉は……僕の背筋を凍らせた。
「さっき———死にたいと思ったんですか?」
「……え?」
「さっき、バスを待っている時に死ぬかもしれないって思ったでしょう? 後ろに揉めた偉そうなおじさんが立っていて、車道スレスレの危ない位置に立っていましたもんね。異世界転生ものだったら、あそこで背中を押されて異世界に飛んでましたよ? そうなりたいって思っていたんでしょ?」
「あ……ハハ……お姉さんってオタクですか? そういったラノベとかよく読んでるみたいですね? 読み過ぎですよ。影響受け過ぎですよ? そんなこと考えてたわけないじゃないですか……」
考えていた。
あそこで押されて殺されるのではないかとひやひやしていた。
強がって影響受け過ぎているとお姉さんのことを言ったが、自分自身が一番影響を受けていた。
「いいえ、あなたは考えていました。良かったですか? 今、こうしてこの世界で生きていられて……それとも、悪かったですか? この世界で生きていることになってしまって」
どういう意味か……わからない。
……わかりたく、ない。
だから、なんと言ったものかと考え続けているとお姉さんは勝手にしゃべり続ける。まくしたてる。
「あの時、〝死にたい〟って思っていたでしょう? こんな世界に、先の見えない絶望的な世界に生きていたくないって。それはそうですよね。今の人間ってどうやって生きて行けばいいかわからないですものね。何十億人もいて、そのみんなが毎日生きていくのに必死。だけど、周りを気づかわなきゃいけないって言われたり、そもそもが人間は地球を汚し続けるゴミなんだから死んでしまった方がいいと言われたり、やる気を出して生きていきたいのに、そのやる気をそいでくるものばかりが蔓延ってますもんね」
もう、お姉さんがただの人間には見えなくなっていた。
僕を何か陥れようとする超常の存在ににしか感じなくなっていた。
そうでなければ、ここまで僕の心の中を言い当てられはしない。
僕が思っていることを、そのまま口に出したりしない。
「自由に生きていけ。元気に生きろと言葉で言うのは簡単ですが今の世の中というのはそのスペースを用意していない。容量がいっぱいいっぱいなんです。だから、これから生まれてくる若い命は古くて長い命のお腹に押されて貧しくて狭い場所で短い命を終える。そんな残酷で自己中心的な社会が人間社会———いや人間の自然環境、人間自然なんですもんね」
人間自然、ね。言いづらくて成立していない気持ちの悪い新語を作ってくれる。○○自然なんて言葉は存在しないだろうに。植物や動物に関して言っても「環境」という言葉を使う。自然は自然でそのままだ。頭には何もつけない。「自然環境」と言ったような動物と植物と同属のカテゴリーとして扱う。
同じ属性の言葉を並べているだけで全く成立していない言葉を、自信満々に言うお姉さんはマヌケである。
だが、言いたいことはわかるし、そのマヌケなお姉さんに深く陶酔しかけている僕がいるのも事実だ。
それだけお姉さんの言葉は僕の心に浸透していた。
「あなたは一体何者ですか?」
こんなセリフ、実際に言う人間がいるとは思わなかった。
まぁ、僕なんだが。
そんなことを実際に言う人間がいるとは思わない、この僕自身がお姉さんに対して問いかけていた。
それだけ、お姉さんは不気味で未知で超常的で魅力的な人だった。
「鈴木花子。早稲田大学の一年生、19歳です」
「ままならないんですよね? こういう事態になっちゃったって後悔していましたから。どういう事態なんですか?」
「あぁ……いや、別に見ず知らずの人に対して話すことじゃ……」
「相談に乗らせてください。こう見えてもお姉さん、だいぶ長生きしてますから高校生の後野三蔵くんぐらいの悩みには答えられるつもりです」
「あ~……さっきの、あぁ、さっきっていうのは飛行機の中の事ですけど……近くで見てました?」
自己紹介をした覚えがないのに、初対面のこのお姉さんは僕の名前をしっかり当ててきた。となると考えられることは一つ、先ほどのおじさんとのもめ事で僕は流れで自己紹介をしてしまった。その声が聞こえるほどの場所にこのお姉さんが座っていたのだろう。
「ええ、しっかりばっちり」
「ハハ……」
苦笑する。
少し照れ臭い。多分、このお姉さんはあの男の子やおじさんの近くの席に座っていたろう。すぐ後ろかすぐ前か……待てよ。その位置にいて、しっかり僕の名前を憶えていて、狙ったかのようにバスの隣の席に座る。
若干、ストーカー味を感じる……。
もしかしてちょっとキケンな人なのかもと僕はこっそりと気持ちを引き締めた。
「こういうことになっちゃったっていうのは……その……実は、この隈元って僕の故郷なんですよ」
それでも、ここまで自分に対して好意を持ってくれた相手に対して無下に扱うということができるほど人間腐っちゃいないので、当たり障りのないレベルの身の上話はしてみようと思った。
「へぇ、夏休みの里帰りですか?」
「まだ七月の二日ですよ? 夏休みになんか入っていません。転校です。元々こっちの中学に通ってて、親の都合で東京の高校に進学することになって、そしてまた親の都合でこっちに戻ることになってしまった」
「そうなんですか。じゃあ、いい迷惑ですね」
「本当ですよ。僕は……帰ってきたくはなかった、こんな街に」
「そうですか。どうして帰ってきたくはなかったんですか?」
「…………」
なるべくは言いたくはなかった。
見ず知らずの相手に、自分の心の根幹にある何か大事なものをさらけ出してしまうような気持ちになり、恥ずかしさや恐怖が沸き上がる。もしも、これを伝えて共感してもらえなかったら僕は凄く傷つくだろうし、共感してもらえてもあなたに何がわかるんだと怒りを感じてしまうかもしれない。
それでも……。
これも何かのきっかけ、運命のようなものなのかもしれない。
ずっと胸の中にあったモヤモヤ。一人で抱え込んで解消できなかったそれを人に伝えることによって少しだけでも解消する。そのきっかけなのかもしれない。
腹をくくって、話すことにした。
「いじめられている友達を見捨ててきたんです」
「まぁ」
「僕には小学校の時から仲の良かった三人の友達がいて、そのうちの一人が中学校に上がるといじめられるようになったんですよ。いわゆる天然入っている……って言われるような女の子で、周りとちょっとずれているようなところがあるんですけど……歌手を目指していて。こんな田舎で歌手を目指すも何もないですけど、それでもずっとそれが夢だって言い続けていて。それに歌がメチャクチャ上手いってわけでもないんです。だから、頭お花畑って……そいつの名前が向日葵って名前だったから、〝お花〟ってあだ名付けられて馬鹿にされて」
「ひどいですね。子供って言うのは純粋な分だけ、残酷になれますからね」
「……ええ」
少し、気持ちが楽になった。
お姉さんは悲しい目をして同情してくれた。こういうリアクションをするだろうなとは思っていた。道徳を持った普通の人であれば、いじめの話を聞いて同情しない人間はいない。だからこのリアクションはわかりきっていた当然の反応で、わざわざそんな当たり前のことをさせる必要はない。だから、この話も人に聞かせる話ではないと思い込んでいた。
だけど、やっぱり人に話して共感してもらえたら、楽になった。
「僕はその歌手を目指していた向日葵を見捨てて東京に行きました。友達だったのに。昔は一緒に海に遊びに行くぐらい仲が良かったのに。中学に入ったら僕はあいつらとは別の友達とばかりつるむようになって。向日葵がいじめられているのを見て見ぬふりしていました」
「そう……でも、誰にでもそんなことはあるとは思いますよ?」
「そう、ですか?」
すこしビックリしてお姉さんを見る。
「お姉さんも、同じように友達を見捨てたことあるんですか?」
「ええ」
まさかだった。同じような体験を、それも自分より年上の立派そうな———ゴスロリを堂々と着ている人を立派な見た目だとは言えないが、話してみると立派な人格だとわかった———、そんな人がまさか自分と同じように酷い事をしているだなんて。
「お姉さんも見捨てましたし、見捨てられました」
「見捨てられた?」
「ええ、幼い頃っていうのは見るもの触れるものが面白くて興味があって、誰彼構わず友達になろうと思います。だけどちょっと歳を重ねると立場だったり、自分自身の理想だったりで周りからこう〝見られたい〟と思うようになります。それで付き合う友達を変えたり、変えられたりということは誰にでもあることで別にあなたが酷いということでも私と距離を置いた彼女たちがひどいと言うことでもありません。自然なことです。その向日葵ちゃんがいじめられていたというのも自然なこと。そのいじめていた人にも立場や理想があって、そこからかけ離れていた向日葵ちゃんを排除しようとした。動物の群れとしては自然なことです。動物というのは異質なものに対して恐怖を感じて排除しようとするものですから」
理路整然としたことを言ってくるのでびっくりした。
金髪で緑色の瞳で明らかに外国人、それにゴスロリの服を着ているからもっとファンタジーな理想論を振りかざすと思っていた。
だけど、かなり科学的な理屈で僕のことも、そのいじめていた奴すらも肯定したので驚いてしまった。
「割り切っているんですね」
「そうです。割り切れませんか?」
「いや、僕もそう思います。だけど、そうじゃないって思いたいです」
人間だって所詮は動物だ。
動物の本能には逆らえないし、みんな忘れがちだが動物だって〝優しい存在〟ではない自分と違う存在は平気でいじめるし、動物はその痛みがわからない。
自然を象徴する動物がそうなのだ。
自然というは残酷なものなのだ。
他人の痛みがわからない、ただ自分のやりたいようにやる残虐卑劣な存在、それが〝自然〟というものなのだ。
容赦なんてしない。
だから、自然というのは自己中心的な存在であり、自己中心的な人間にしっちゃかめっちゃかにひっかきまわされている現状も、自然の自業自得ともいえる。
「僕は、世の中がもっと優しくなればいいのに、と思っています」
「優しく、ですか?」
「人間の、動物の本能が残酷なのだとしたらもっと優しい本能であったらいいのにって思ってます。漠然とそう思い続けて、具体的な行動はちょっとしかできてないですけど。もう後悔ってやつはしたくないから」
「飛行機の中でのひと騒動も、その具体的なちょっとの行動って奴ですか?」
「まぁ……そうですね」
その結果、白い目で見られることになったけど。
「立派だと思います」
「どうも」
お姉さんの言葉は胸に響かなかった。
僕が元々ひねくれているのか、それとも他人の白い目を感じ続けて心がすさんでしまったのか、それはわからないが本心から言っていないだろうと曲解してしまう。どうしても。
「優しいんですね」
「そんなことは……ただ、馬鹿なだけです。ただ、後悔したくないだけです」
本当に後悔というものは、人の心にずっと残り続けて消えることがない。
ずっと重く残り続ける想いだからこそ、これ以上積み重ねたくない。まるで返すことができない借金だ。
そんなものこれ以上積まないこしたことがない。
「いえ、優しいんですよ。普通の人はそんなに優しくなれません。騒ぎを仲裁しようなんて、できるのに思いませんもの」
「できるのに思わない……ですか?」
また、妙な言い方をするなぁ。
普通は逆だ。「しようなんて思ってもできない」というのが正しい日本語の使い方だ。それを逆に言い換えるなんて……このお姉さんは本好きかのかもしれない。
「ええ、あの状況。どんな人だって誰だって仲裁は〝できました〟。だけど、誰もその後が面倒くさいくなってしない。そしてその善意の思考を消し去ってしまう。思わなくなる。誰もが少しだけの勇気と覚悟をもって「怒りすぎなんじゃないですか?」って言えばあの場は丸く収まったはずなんです。なのにそう思うことすらやめてしまった。その想いを消さなかった三蔵さんは立派だと思います」
「……どうも」
嬉しい。嬉しいが、出会って三十分も経っていない相手にここまで褒められると逆に怪しさすら感じてしまう。
なんか、なんともいえないが……僕を騙そうとしているんじゃないかという警戒心を抱いてしまう。
お姉さんの顔を見てみる。
ニコニコとした笑顔の、人の良さそうな印象だ。
それが———逆に僕を緊張させた。
「だから、」
お姉さんが口を開く。
そこから先の言葉は……僕の背筋を凍らせた。
「さっき———死にたいと思ったんですか?」
「……え?」
「さっき、バスを待っている時に死ぬかもしれないって思ったでしょう? 後ろに揉めた偉そうなおじさんが立っていて、車道スレスレの危ない位置に立っていましたもんね。異世界転生ものだったら、あそこで背中を押されて異世界に飛んでましたよ? そうなりたいって思っていたんでしょ?」
「あ……ハハ……お姉さんってオタクですか? そういったラノベとかよく読んでるみたいですね? 読み過ぎですよ。影響受け過ぎですよ? そんなこと考えてたわけないじゃないですか……」
考えていた。
あそこで押されて殺されるのではないかとひやひやしていた。
強がって影響受け過ぎているとお姉さんのことを言ったが、自分自身が一番影響を受けていた。
「いいえ、あなたは考えていました。良かったですか? 今、こうしてこの世界で生きていられて……それとも、悪かったですか? この世界で生きていることになってしまって」
どういう意味か……わからない。
……わかりたく、ない。
だから、なんと言ったものかと考え続けているとお姉さんは勝手にしゃべり続ける。まくしたてる。
「あの時、〝死にたい〟って思っていたでしょう? こんな世界に、先の見えない絶望的な世界に生きていたくないって。それはそうですよね。今の人間ってどうやって生きて行けばいいかわからないですものね。何十億人もいて、そのみんなが毎日生きていくのに必死。だけど、周りを気づかわなきゃいけないって言われたり、そもそもが人間は地球を汚し続けるゴミなんだから死んでしまった方がいいと言われたり、やる気を出して生きていきたいのに、そのやる気をそいでくるものばかりが蔓延ってますもんね」
もう、お姉さんがただの人間には見えなくなっていた。
僕を何か陥れようとする超常の存在ににしか感じなくなっていた。
そうでなければ、ここまで僕の心の中を言い当てられはしない。
僕が思っていることを、そのまま口に出したりしない。
「自由に生きていけ。元気に生きろと言葉で言うのは簡単ですが今の世の中というのはそのスペースを用意していない。容量がいっぱいいっぱいなんです。だから、これから生まれてくる若い命は古くて長い命のお腹に押されて貧しくて狭い場所で短い命を終える。そんな残酷で自己中心的な社会が人間社会———いや人間の自然環境、人間自然なんですもんね」
人間自然、ね。言いづらくて成立していない気持ちの悪い新語を作ってくれる。○○自然なんて言葉は存在しないだろうに。植物や動物に関して言っても「環境」という言葉を使う。自然は自然でそのままだ。頭には何もつけない。「自然環境」と言ったような動物と植物と同属のカテゴリーとして扱う。
同じ属性の言葉を並べているだけで全く成立していない言葉を、自信満々に言うお姉さんはマヌケである。
だが、言いたいことはわかるし、そのマヌケなお姉さんに深く陶酔しかけている僕がいるのも事実だ。
それだけお姉さんの言葉は僕の心に浸透していた。
「あなたは一体何者ですか?」
こんなセリフ、実際に言う人間がいるとは思わなかった。
まぁ、僕なんだが。
そんなことを実際に言う人間がいるとは思わない、この僕自身がお姉さんに対して問いかけていた。
それだけ、お姉さんは不気味で未知で超常的で魅力的な人だった。
「鈴木花子。早稲田大学の一年生、19歳です」
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