転生戦争 ~世界を転生させるための冴えた方法~

黒森 徹@天才SFロボット作家

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第5話 行き先の書かれていない切符

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「あぁ……」

 滅茶苦茶、普通の人だった。
 名前も何処にでもありそうだし、あの有名な早稲田大学に通っているのは凄いけれども……ここまで彼女を超常的な、現実を超えた存在だと彼女のことを思っていた僕にとっては凄くがっかりする答えだった。その上、お姉さんは聞いてもいないのに「頑張って勉強して早稲田に受かって上京することになったのよ。そしたら夏休みが早くて、やることないから私は里帰り。だからさっき、あなたにそう聞いたんです。この格好は……いわゆる大学デビュー? 東京に行ってみたら田舎と違ってコスプレして歩いていても気にしないの。だから私も別にいいかなって。ハッチャケちゃった。てへぺろ♡」とドンドン庶民的で平凡で現実的な情報を追加しやがってくる。

 まぁ、そんなもんだよな。

「ハハ……早稲田大学一年生……ですか。凄いですね。なんか僕の精神的な部分を言い当ててましたけど、そういった学部の方なんですか?」
「まぁそういった学部の方です。それよりも、」

 答えてくれなかった。はぐらかされたような気がする。

「後野三蔵さん。あなたはこの世界のことをどう思いますか?」
「どうって……いきなりですね……いきなりそんな難しい質問されても、あまり具体的に考えたことなかったから」
「嘘です。考えたことぐらいはあるはずです。考えて蓋をしているだけです。そんなこと考えてはいけないと蓋をしているだけです。そうでしょう?」
「…………まぁ、そう言われればそうですけど。この質問は何ですか? えっと……精神的な学部の人なんですよね。この質問はカウンセリング的な、治療か何かですか?」

 先ほどまでとは違い、もうお姉さんに神秘的な何かは感じない。
 今はただの変な人に絡まれてしまった不運な状況。と、客観的に自分を見れるほど平静を取り戻している。

「治療か何かです」

 お姉さんは微笑を浮かべたまま肯定する。
 どうしてそんなカウンセリングを受けなきゃならないんだと心の中でため息を吐くが、こんな問答をしていて気が付けばもうバスは市街地に入っている。もうあと十分かそこらで僕が降りる停留所に辿り着き、このおかしな時間ともおさらばできる。そう思ったらもう少しだけは付き合ってやろうかと思った。

くそだと思います———」

 この世界は。

「そうでしょう」

 お姉さんも肯定する。

 ———だけど、

「だけれども、僕はやっぱりこの世界をちょっとだけ良くしていきたいと思います」
「ほう?」
「元々が残酷な世界でも、純粋で残酷な子供がいろいろあって優しい老人になれるように、この世界もいろいろあって優しくなっていく。僕はその手助けがしたいと思っています。今はただの高校生で、できることは少ないけれど」

 これは本心の言葉だ。
 僕自身がいろいろあって、最終的に行きついた本心の言葉だ。

 あぁ、そうか———。

「お姉さん、ありがとうございます」

 わかったら、そんな言葉が自然と口から出た。

「故郷に戻るのが憂鬱だったのは、幼馴染を見捨てた後悔のせい。そして、今の自分はあの男の子を見捨てない人間になれた。後悔を経て変わった自分なら、憂鬱になる必要はない。それが、わかりました」

 どうしてこんなカウンセリングを受けなきゃいけないんだと途中で思ったが、わかった。話すことで自分の気持ちに整理が付けられる。
 だから、嫌な思い出がある地に戻ることに対して憂う必要はない。
 過去は取り返せないけれども、僕はもう新しい後悔を積み上げる人間じゃない。

「すっきりしましたか?」
「はい、気が晴れました」
「それは良かった」

 まさか、憂鬱な帰郷の道中でゴスロリのお姉さんにメンタルケアされるとは思ってもいなかった。よくよく考えればこれは僕が飛行機であの男を助けたことから繋がっている出来事で、そう考えたらやっぱりあの時に勇気を出して助けて良かったとも思える。

「私もあなたのことが知れて良かった」

 お姉さんが手を差し出してくる。

 握手か……。

 見ず知らずで美人でだいぶ変なお姉さんの手に触れるのは少し勇気が要るが……僕は緊張しながらその手をとった。

「三蔵さん」
「はい?」
「あなたならこの世界を変えられるかもしれませんね」
「そうですか?」
「ああ……勘違いしないでくださいね。寄付や呼びかけのような、ゆっくりとした微々たる、誰でもできる変化を、あなたももたらすことができると言っているわけじゃないんです。もっと大きな、もおっと大きな変化、変質をもたらすことができると言っているんです———」
「……そうですか」

 また、話が怪しくなってきた。
 もうあなたに対して神秘的な何かは感じていないのに。
 今、そんな話をされても怪しい宗教か何かの勧誘にしか思えなくて……若干うんざりしてしまう。

「———1度死んだことがあるあなたなら、この世界を書き換えることができるって、そういう意味で言ってるんです」
「そうですか」

 別に死んだ覚えはないけれども……。

「でしょう?」

 いや、念押しされても……。

『お待たせいたしました沼図神社前、沼図神社前でございます。お降りの際にはお荷物のお取り忘れにご注意ください』

 バスが止まった。
 このバス停は僕が降りる一つ前の停留所だ。

「ああ、それじゃあ、お別れですね」

 お姉さんが立ち上がる。

「それではご機嫌よう」

 通路でスカートの端をつまんで優雅に一礼する。
 そんなのはいいから早く降りた方がいいと思う。なぜなら、狭い通路でお姉さんが立ち止まっているせいで渋滞が起きているから。

「え、ええ!」

 早くお姉さんに渋滞を解消して欲しくて、短く早口で別れの言葉を言う。
 そんな気持ちをお姉さんは察することなくひらひらと黒衣をなびかせ、

「頑張って勝ち抜いてくださいね、クウちゃんに宜しく」

 と告げて、去っていった。

 なんのこっちゃ。

 そんな謎の言葉を残してお姉さんは降りて行った。
 本当に不思議な体験をした。

 カサッ……。

「ん?」

 そんな余韻に浸っていると、自分の手に何かが握られていることに気が付く。
 先ほどお姉さんが握手してきた手だ。

「切符?」

 古い、一枚の切符だった。
 交通系電子マネーが一般化した現在、切符というものすら滅多に見ないが、その現代のバージョンですらないはるか昔、昭和のころのフォーマットの切符。
やじるしが記載してあり、出発地点と到着地点がちゃんと記載されている……されるはずのフォーマットだった。

「だよ……ね? いや……これはおもちゃ、か」

 そういう、古臭いフォーマットに見えるが、本物とはとても思えない表記をしていた。
 その切符にはこう書かれている。

『世界革命機関・再生計画列車・乗車資格券

           人の世→

                       2024年8月31日迄有効』

「行き先が書かれていない……あのお姉さんコスプレしてたし、これもそのアイテムの一つってことかな?」

 見知らぬお姉さんから渡されたのは行き先の書かれていない切符。
 不気味に思ってもいいはずなのだが、僕はその切符を絶対に捨てちゃいけないと思った。

「クウちゃんって……誰だよ」

 というか、人? 犬? モノ? 
 ぼやきながら、昔とは少し変わったけれどもやっぱり変わっていない、窓の外の故郷の風景に視線を向けた。
 頑張ろう。
 そう、心の中で呟いて。
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