鳥籠の中のラオイン

寿司

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鷹、空を夢見る

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 生まれたときから私の世界は分厚い壁にぐるりと覆われていた。

 朝から日が沈むまでには一回り出来てしまうぐらいちっぽけな故郷は、咽返るぐらいの甘い化粧の匂いで満たされ、目に痛いぐらい豪華で煌びやかな装飾で彩られている。

 ここは『鳥籠』と呼ばれる街。まあ男が女を買う場所と言えばおおよそどんな街か分かるだろう。
 商品である女たちは『金糸雀かなりあ』と呼ばれ、これまた街に負けないぐらい華美な衣を身に纏い、一夜を共にして貰えるように綺麗な声で男らを誘うのである。

 この街に女の為の出口はない。一度足を踏み入れたが最後、死ぬまでここから出ることは叶わないのである。

 私は赤ん坊のときにこの街の入り口に捨てられていたらしい。「鷹華ようか」と名前が刺繍された衣と首に掛けられたお守りだけを身に着けて。

「また考えごとかい? 鷹華」

 不意に声を掛けられ、私、鷹華は振り向く。

「蓮華姐さん……。もう仕事は終わりなんですか?」

 蓮華れんげ』という名のその女性はまさしくこの『鳥籠』の中で最上の『金糸雀』であった。陶器のような白い肌に、腰の辺りまで伸びた黒髪は絹のように美しい。彫刻のように整った顔立ちは恐ろしく美しい、しかし紅く宝石のような瞳は強い意志の炎を煌々と感じさせ、どこか人間味を感じさせるようだった。

「ふん、そりゃ可愛い召使が物憂げに壁を見上げてりゃ仕事なんてほっときたくもなるもんさ」

 蓮華姐さんは私が物心ついたときから何かと世話を焼いてくれる恩人で、私もその代わりに炊事や洗濯、雑用などなど彼女の身の回りのお世話を仕っている。

「す、すいません」

「心配しなくてもお前はここから出られるさ、何せ鷹なんだからねぇ、こんなちっさい『鳥籠』の中じゃ飛べないよ」

「べ、別に出たいなんて思っていませんよ! 私だっていつかは立派な『金糸雀』になってお客を取って見せます! 」

 すると蓮華姐さんはからからと笑いだした。

「鷹が『金糸雀』になんてなれるもんかい、大体そーんな恰好であの馬鹿どもは食いつかないよ」

 うっ……と私は言葉に詰まった。

 同い年の女の子と比べると、私の異質さは際立っていた。

 黒い髪を肩のあたりまで短く切りそろえ、衣も質素な麻で出来た作業着、化粧っ気ひとつない私は男の子に間違えられることだってしょっちゅうであった。また言葉も他の子たちとは違い、『籠の外』の言葉遣いをするように言われている。

「でも、それもこれも姐さんの指示じゃないですか! いつになったら私は綺麗な衣を着て髪も伸ばせるようになるんですか!? 」

「そうだねぇ、もっと難しい本が読めるようになって、暗算がすらすら出来るようになって……あ、そうそう」

「そうそう? 」

「そのぺったんこな胸が大きくなったらだねぇ」

 私はべーっと姐さんに向かって舌を出す。しばらく意地悪な笑みを浮かべていた彼女だったが、不意に目を細めた。

「知識や教養は大切さ、お前をきっと助けてくれるだろうよ。鷹が天空を舞うには風が吹いている方が良いようにね」

 時々姐さんの言うことは良く分からない。

「さ、そろそろ夕餉の時間だよ、さっさと宿にお戻り」

「はーい」

 私は先を歩く姐さんを追うようにして宿へと向かった。

◇◇◇

 食事中であれども姐さんの教育は厳しい。やれ姿勢はきっちりしろだの箸はきちんと持てだの、心やすらかに飯を食べられたことなど片手で数えられるほどしかない。
 また勉強の時間でもある。この葉はすり潰して乾燥させると薬にもなるやら、正直一体何の役に立つんだろうと思うことばかりだ。

「ま、だいぶ様にはなってきたかな」

 満足そうに鼻を鳴らす姐さんに私は尋ねた。

「蓮華姐さん、一体これに何の意味があるんですか? こんなことで私は姐さんみたいな立派な『金糸雀』になれるんですか? 」

「へえ、お前『金糸雀』になりたいのかい? 」

「そりゃあそうですよ、綺麗な着物を着て男性から愛されるのがこの街の女の幸せなんですから」

 ふーんと姐さんは私の顔をまじまじと見つめる。

「その割には『『金糸雀』』として街に繰り出す私を見るお前の目はまるで暗い海の底のようさ、他の娘の目を見てごらんよ、キラキラして宝石のようだよ、本当に私を羨んでるんだろうね」

 私は思わず顔を伏せる。この人には全て見透かされているな、と思った。

 私は男たちの道具として生きる生活はしたくない、しかしそれを受け入れなければこの世界では生きていけない。

「子どもは何にも心配しなくて良いんだよ、今はただ羽を休めて知識を蓄えるのさ、きっとそのときは来るからね……」

「そのときそのときって! 姐さんは何にも分かってないです! 私は何にもなれない……鷹にも『金糸雀』にも……。どうして私だけ他の子と同じじゃないんですか? それなのにここから出られないのですか!? 」

 頭が沸騰したようにカッと熱くなるのが分かった。言い過ぎたと気が付いたのは酷く泣きそうな顔で私を見る姐さんの表情を見たからだ。

「……ごめんなさい」

 私は弾かれたように部屋を飛び出した。
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