いまそこにある媚肉

島村春穂

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いびつなラヴ

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 貴子の肩まである黒髪は、毎日欠かさず整われてある。前髪に品のよいウェーブをかけ、耳をだす格好でふくらませてある。化粧だってしてあるし、ほのかに香水が漂っていた。巻き髪もこの化粧も、香水も、いったい誰のためにしているのか。貴子自身分からない。ただ、匠にしても貴子にしても、お互い他人という意識が常に頭のどこかにあった。


 事実、匠は家でだらしない恰好をしなかった。ひきこもりのわりに生活態度がよい。朝はきちんと六時半には起きてくるし、着替えだってちゃんとしてくる。ご飯だって三食食べるし、食後の歯磨きだって。そして、寝ぐせだって直していた。つまり、他人行儀なのはお互いさまであった。


 匠からしたら、貴子はなんの前触れもなく、突然父親が連れてきた見知らぬおばさんである。しかも、べっぴんときてる。


 美人におおい、少女の面影を目じりに残した、どこか眠そうな瞳をしていた。よく通った鼻峰からは自立した女を思わせるし、後ろ姿をひと目見ただけで肉感的だと分かる。


 品が良さそうに見えるのは、真っ白い歯のせいだろう。いかにも生活態度が良さそうで、悪い虫を寄せ付けないような潔癖さすら感じさせる。年齢だけではない、大人っぽさがあった。


 親子という関係でもなければ、ド田舎育ちでひきこもりの匠など、話しさえさせてもらえないような、都会育ちの年増の女だったのである。


 貴子自身、これについては負い目があった。結婚前に、幾度となく、匠にひと目会わせて欲しいと一郎に懇願したが、ついに会わせてもらうことはできなかった。もしかしたら、旦那の一郎は、匠に会わせることで、結婚が破談になることを恐れたのかもしれない。そればかりか、匠の話しを振られただけで、一郎は話題をそらすところがあった気さえする。不安を覚えながらも、この結婚にやっと踏み切れたのは、匠がいま高校生で、もうじき自立するからという一郎の申し出からであった。


 実際、貴子のほうも、匠とほんとうの親子関係を望んではいなかった。匠がまだ幼稚園でもあれば話しは別である。けれども、高校生ともなれば、いまから親子の情を結ぶのは、どだい無理なことである。


 いまから思えば、一郎には不自然なところがまだあった。結婚式についてだ。


 一郎は再婚、貴子のほうだって初婚とはいえ、もう若くはないのだから、結婚式を挙げることに貴子は反対した。しかし、一郎はその反対を押し切り、いや、今後、匠と貴子との間でなにかしらのトラブルが起きることを予見していたかのように、お互いの親戚友人を一同に集め盛大に式を挙げた。あれだけ皆に祝ってもらって、いまいま離婚をするわけにはいかない。だからといって、あの一郎も、まさか、いまこの状況を予想だにしなかったろう。だって、もし予想できていたら、単身赴任になどいっていないはずである。


 真実の親子になれるとは期待していない貴子であったが、まさか、匠からこうして女として見られるなんて思いがけないことであった。てっきり彼女でもいて、家のなかでセックスでも始められたらどうしよう、などと考えていたのが、いまではなんとも馬鹿らしい。


 しかし、貴子にとって、匠は息子に違いなかったし、匠にとっても、貴子は母親だ。少なくとも、世間ではそういう目でみられる。もし誰かに、離婚の原因を訊かれたとき、一郎の息子の慰み者になってしまったなどと誰が言えようか。


 呵責に苛まれながら、貴子の顔つきが、しだいに悲愴なものとなっていった。息子に、耳もとの匂いを貪られていた。


 匠にはどこか、匂いや、体温といったものに飢え渇いているところがあった。だんだん匠の息づかいが荒くなってきた。


 男にさせてはいけない! と、貴子は高まってきたこの息づかいに戦慄を覚えながら、腕のなかで身悶えた。


 カッカと熱くなっていくお腹。汗ばむ胸元。滲む腋汗。頬が火照ってきてしまい、男と女の匂いが妖しく混じりあってきた。


 匠は、覚えたての媚肉にまるで狂っていた。



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