婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

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魅了を使われなかったのは何故?

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「他国、か」


 夜。大聖堂の正面入り口にある階段に座って無数の星に埋め尽くされた紺色をぼんやりと眺めながら、事態が落ち着くまで他国へ行こうとアルジェントに提案をされた。婚約破棄をされる直前ベルティーナが考えていた案だ。王家もアンナローロ公爵家もモルディオ公爵家の手が届かない他国へ行きたいと。行くのならスイーツが盛んな西の王国、スイーツで有名な街でもいい。とにかく王都から出たい。


「妹から見る兄って、そんなに魅力的なの?」
「どうかな」


 独り言のつもりで呟いたから、当然答えはないものとしていた。が、予想に反し返答が来た。


「アルジェント」
「冷えるよ」


 アルジェントが肩にブランケットを掛け、出来立てのホットカフェオレを渡された。チョコレートクリームとチョコレートソースが掛けられたベルティーナ仕様と珈琲にアイリッシュを入れたアルジェント仕様の二種類があり、前からアイリッシュ珈琲が気になっているベルティーナは一度自分も飲んでみたいと示すが「ベルティーナには無理」と一蹴された。子供舌なベルティーナに砂糖もクリームも入っていない珈琲はまだまだ遠い。

 ジト目でアルジェントを見つつ、渡された特性ホットカフェオレを飲んだ。チョコレートとカフェオレが混ざった大好きな味にほっこりとしつつ、気になっていた事を口にした。


「叔母様が魅了の力を持っているなら、私やアルジェントにはどうして使わなかったのかしら」


 アルジェントは悪魔だから使っても効果は無さそうだがベルティーナは人間。他と同じで通用するだろうに。


「そう言われると……確かにね。今まで一度もモルディオ公爵夫人が俺に魅了を使おうとしなかったのも気になる」
「そうなの? 若しくは、出来なかったからじゃないの?」
「いや? 掛けられたら気付くけど、まず、普通の人間にそんな力があるとは俺達悪魔は思わない」
「なるほどね」


 そうなるとアニエスはアルジェントが悪魔だと気付いていたというのか? とも考えるが違う気がする。悪魔だと気付いていたら、大事なクラリッサが欲しがろうが阻止する上、大聖堂に訴えている気がする。


「俺個人としては、ベルティーナに使わなかった理由を知りたい」


 ベルティーナに使っていれば、あっさりとアルジェントをクラリッサに渡し、自分の意のままに操れていただろうに。


「私やアルジェントに使わなかった理由……アルジェントはクラリッサが好きな相手だから使いたくなかった……でもそれなら、言う事を聞かせたいなら、魅了の力を使った方が手っ取り早いよね」
「うん」
「他国へ行こうと提案されたのに、気になる事が増えて困ったわ」


 苦笑しながらホットカフェオレを味わう。

 ベルティーナは不意にリエトの話題を出した。


「あの王太子は……」
「うん?」
「殿下が……私を王太子妃にしたい理由って何なのかしらね」
「……うん?」
「だってそうじゃない。今まで散々嫌っていたくせに、クラリッサとの関係は偽装だとか婚約破棄は嘘だとか、意味不明な事ばっかり言って」
「ベルティーナはやっぱり気付いてないんだ」
「何がよ」
「王太子は君が好きなんだよ」


 ………………。

 長い沈黙と微妙な空気が二人を包み込む。何度も瞬きを繰り返すベルティーナは意味を理解すると有り得ないと首を振った。


「アルジェント、他国に行く前に医者に診てもらいましょう。王都でも腕利きと名高い名医を紹介してもらうわ」
「良いよ大丈夫だよ」
「今までの殿下をどう見て私が好きだと」
「最初はまあ、初恋の君が忘れられず君を嫌ってはいたけど、途中から君を恋しそうに見ていたよ。で、常に君の側にいる俺には嫉妬心全開で睨んできてた」
「うそ」
「ほんと」


 言われて思い出しても見ても、どれも睨まれている記憶しかない。
 リエトとのやり取りを思い出しても皆無。
 婚約が結ばれて半年が経過した辺りでベルティーナが誘っても応じなかったお茶や要らないと拒否されたクッキーを食べようと誘われたのを思い出すが。どれも今更で且つ、アルジェントとお茶をしてクッキーを食べた方が何倍も楽しいから全部お断りした。

 口にすると「その頃からじゃない?」と指摘された。


「ふん、知らないわよ。どんな心境の変化があったか知らないけど、楽しくもない殿下とのお茶なんて真っ平御免」
「はは。君にそうやって断られて、王太子は毎回泣きそうになってたよ」
「ない事を言わないで」
「あるの」


 ベルティーナに覚えはない。

 常に側にいるアルジェントはベルティーナだけではなく、周囲の人間の様子も見ていた。

 理由? ——人間は面白い観察対象だから。


「きっと、今までの行いを挽回しようと君を積極的に誘っても、既に君の中の王太子への気持ちは消えていた。だからベルティーナは気付けないんだ」
「言われても……」


 アルジェントに細かく指摘を受けても、思い出せない。
 記憶の奥深くの引出しを開け、中を探っていく。言われてみるとあったのはあった。鮮明には覚えていないが強く睨みながら硬い声でお茶やスイーツに誘ってくるリエトの姿があった。が、大方王妃や周りから言われて相当渋々に誘ったのだが丸見えなリエトと一緒にいても退屈でつまらなくて苦痛以外なにものでもない、なのでベルティーナはお断りですとだけ言ってアルジェントを連れて屋敷に帰るか、王妃お気に入りの温室で時間を潰した。


「けど、クラリッサを使う時点で殿下なんて更にお断りよ」
「ははは! まあ、そうだろうね。他の女を使って君の気を引こうとしたのは最も駄目な悪手なのに」


 更にその相手がクラリッサの時点で終わっている。

 リエトが拗らせているのはベルティーナの頑なな態度が原因だろうが、見ていて愉しいアルジェントはこのままでも十分良いとアイリッシュ珈琲に口を付けた。

  

 大神官の部屋にて。胸と脚を大胆に魅せた神官服を纏うイナンナは気怠げにソファーで横になっていた。葡萄酒を飲み過ぎてこうなった。

 アニエスの魅了について、国王に関しては必ず解く。王家に大きな貸しを作るチャンス。長期間魅了され続けたアンナローロ公爵夫妻をどうするか頭を悩ませていた。解除すれば今までのベルティーナへの行いとアニエスとの関係で二人とも廃人となるのは確実。特に公爵の方は……。ベルティーナが赤ん坊の時、毎日礼拝堂へ来ては女神マリアに祈りを捧げていた姿をイナンナは見ていた。

 産まれても生きられなかったもう一人の娘の分まで、ベルティーナを生きさせてほしいと。


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