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私が代わりをする①
翌朝の空は厚い雲に覆われ、太陽は顔を出さない。雨が降る気配はないが曇りというだけで嫌な予感がする。気分を変えたくても生憎の空なので叶わず。窓側に立ってぼんやりと空を眺めているベルティーナの周囲を光る蝶が現れた。ぐるぐると周りを回り、興味本位で手を出すと指に乗った。羽をゆっくりと上下に動かす様は体が光っている以外は本物の蝶と同じで。アルジェントが魔法で作った蝶かな、と見ていると一際強く光り蝶は消えた。
「何だったのかしら」
朝食を取りに行っているアルジェントが戻ったら聞いてみよう。
今朝の朝食は何が来るかと楽しみに待つベルティーナだった。
——場所は変わって大聖堂内。長い廊下を書類を見ながら歩くイナンナの側には補佐官のアレイスターがいて。大神官の部屋に王太子を待たせているから、早く歩いてほしいと言ってもイナンナのペースは変わらない。
「書類は既に何度も見ているでしょう」
「見ても飽きないのよ。アレイスターも吃驚したでしょう?」
「しましたよ。しましたが王族を待たせるのは気が引けるというか」
「そんなんじゃ、あたしがいなくなった後やっていけないわよ」
「え!?」
「嘘」
縁起でもない言葉を口にしないでほしいと怒るアレイスターへけらけらと笑って見せたイナンナは再び書類に目をやった。内心、冗談では済まないと何かを察知していた。
「ルイジ君は人間で間違いないみたいね。アニエスちゃんもね」
「モルディオ夫人はどこで魅了の力を手に入れたのでしょう」
「一つ、思い当たる事がある。当たっているなら、彼女は余程お兄ちゃんって存在に執着していたのね」
「どういう意味ですか?」
今はまだ話す段階じゃないとこの話題は強制終了させ、次にルイジの話をした。
「ルイジ君が薬剤師から避妊薬を買っていたとすると……クロウ君の方ね」
アルジェントからの報告で得た情報で、実兄と身体の関係を持つのは容認しても子を孕むまでは許せなかったとしたら、愛妻家で名高い彼はアニエスから全幅の信頼を寄せられている。健康に良いとされる薬だと言ってクロウに飲ませてもアニエスは疑わない。薬や薬草に個人的に興味がある令嬢や代々薬剤師を務める家の令嬢なら、きっとそれが避妊薬だと気付かれていた。アニエスは実兄を異性として愛している以外は普通の令嬢と変わらない娘だった。また、ルイジはアニエスには避妊薬だと偽って妊娠しやすくなる薬を飲ませていた。
アニエスが欲しいのは実兄との子。
ルイジが欲しいのは自分の子。
ルイジを信頼するアニエスは実兄に避妊薬を飲ませ、自分が飲んでいたのは妊娠しやすい薬だとは一切気付いていない。
「イナンナ様の予想が当たっていたら、モルディオ公爵令嬢はモルディオ夫妻の子という事になりますね」
「そうね~アニエスちゃんとクロウ君の子じゃないなら、クラリッサちゃんは禁忌の子にはならない。それはそれでうちがは助かるから良しとしましょう~」
「モルディオ公爵は何故妻の行動を咎めないのか……」
魅了に掛けられていないなら思考は正常の筈。幾らでもアニエスの行動が異常だと指摘出来る唯一の立場なのに、微笑を浮かべたままアニエスの全てを容認するルイジこそ異常だとアレイスターは言いたい。
くるりと振り向いたイナンナは艶笑を見せ、口元を書類で隠した。
「普通の人には分からない愛情がルイジ君にはあるって事なのかもね。普通に愛したってアニエスちゃんの目にはクロウ君しかいない。なら、ルイジ君はアニエスちゃんの最大の理解者であり、パートナーとなるしか側にいられなかったんじゃない?」
「狂ってる」
「それもまた一つの愛よ」
愛の形に決まった形はない。
話しながら大神官部屋に着くとリエトが待っていた。現れたイナンナを見て立ち上がろうとしたのを手で制し、向かいに座った。書類をリエトに渡し、藤色の瞳が文字を追い始めた直後、慌てた様子の神官が訪れた。王太子のいる前だとアレイスターが注意をしても大聖堂前で男が数人暴れていて手が付けられず、頻りに大神官を出せと騒いでいるとか。
このタイミングでの騒ぎ。イナンナは数秒考え、苦笑して立った。
「ちょっと行ってくるわね~王太子の坊やは引き続き読んでいてちょうだい」
「いえ、騎士を手配します」
「こう見えて、あたし強いのよ~?」
アレイスターが心配の目を向けても片目を閉じて大丈夫だと言い、イナンナは騒ぎの場へ向かった。残されたリエトは書類を読む気にもなれず、テーブルに置いてアレイスターと共にイナンナを追い掛けた。
胸騒ぎがする。イナンナは自分を強いと語っていたが嫌な予感がしてならない。
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