婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

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自白剤④

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 小さな両手が父の首にあり、生死を握っているアニエスを刺激するのは今の状況を考えれば馬鹿だろうがもう黙ってはいられない。一歩一歩近づく度に「近付かないで!」と声を上げられてもベルティーナは止まらない。


「殺す覚悟と自殺する覚悟があるならどうぞしなさいな。でもねえ~アニエスちゃん、人の首ってそう簡単に絞め殺せないわよ? ――か弱い女性だと特にね」


 騎士の突入が早いか、アニエスが父の首を絞め殺すのが早いか、等と競うつもりは毛頭なく、この言葉を合図と受け取ったアルジェントが瞬時にアニエスの前に移動した。突然目の前にアレイスターが現れ呆気に取られるアニエスの両手首を掴み上げ「アンナローロ公子!」と呼び、ビアンコを動かしクロウの回収に成功した。
 抵抗するアニエスの両手首を掴む力を強めれば今度は悲鳴が上がった。ギリギリまで強めるつもりが「アニエスに触れるな!!」とルイジの怒号でアニエスをルイジの足元に放り投げた。


「アニエス!」
「痛い、痛い痛い、痛いぃ」
「ああ、可哀想に、綺麗な肌が赤くなって。女性に暴力など女神に仕える神官が恥ずかしくないのか」
「生憎と女神とは真逆の位置にいるからなんとも?」
「は」


 正体を隠す気が無くなったらしく、指を鳴らしたアレイスターの姿は瞬く間にアルジェントの姿になり。同時にイナンナに扮していたベルティーナも元の姿に戻った。イナンナの振りをすると聞かされていたリエトも周囲と同じく瞠目していた。


「女に手を上げるなって言うけど、その女のやらかしは限度を突破し過ぎている。どうせ処刑されるんだから、何をどうしようがどうでもよくない?」
「き、貴様っ、一体、大体ベルティーナ嬢も」
「俺をクラリッサの従者にしなくて正解。俺は悪魔だから何をしていたか分からないよ?」
「悪魔!?」


 ね? と片目を閉じた状態で顔を向けられても返答に困る。悪魔と知ってもアルジェントを側に置いたのはベルティーナの意思だ。


「大神官しかこの場に同席出来なかったのに、人を使って大神官に大怪我を負わせた証拠をこっちは手に入れてるよモルディオ公爵」
「そんなものあるわけ」
「大神官を刺した女の子に自白剤を使って吐かせ、更に彼女の記憶を見たんだ。これが証拠」


 左手に光る球形を浮かせ、一際強く輝いた。するとそこには声付きで女性にイナンナの殺害を命じるルイジの姿が映っていた。


「自白の供述はしっかりと大聖堂側が記録して既に王家に提出されている。彼女の記憶を見て尚言い訳をするなら聞くよ? モルディオ公爵」
「っ」


 ずっと貼り付けられていた微笑と余裕がルイジの顔からめりめりと剝がれていく。恐ろしい形相にクラリッサが小さく悲鳴を上げ、丁度クロウを騎士に渡したビアンコの許へ行った。震えるクラリッサを慰めながらもビアンコの瞳は複雑に揺らいでいた。


「ついでに言うとですねルイジおじ様。おじ様と叔母様の紅茶にだけ自白剤を入れました」


 紅茶にした仕掛けというのは自白剤。二人が飲んだのを確認してから話を切り出したのも自白剤を飲ませないと決して口を出さないと分かり切っていたからだった。
 卑怯だと二人に叫ばれるがベルティーナは涼しい表情のまま。


「身分の低い侍女を脅してイナンナ様殺害を命じたルイジおじ様や魅了なんていう卑怯な能力を使ってお父様を追い詰めた叔母様が言いますの? 卑怯というお言葉、そっくりそのままお返ししますわ」


 元の姿に戻ったお陰で緊張がなくなり、堂々と素を出せる。喚くルイジとアニエスは国王の一声で突入した騎士達により連行されていく。
 怒声や悲鳴が聞こえなくなるまで誰も言葉を発さず、漸く静かになるとベルティーナは王族の面々がいる方へ頭を深く下げた。


「陛下、王妃殿下、王太子殿下。事前に報せもせず、姿を偽って同席した事申し訳ありませんでした」
「ベルティーナ嬢、顔を上げなさい」


 言われた通り顔を上げると国王は首を振った。


「敵を騙すならまず味方からという言葉がある。事前に知らなくて却って良かった。それにだ、大神官の入れ知恵もあるのだろう?」
「いえ……イナンナ様が刺され、出席が無理だとなった時、私がイナンナ様の代わりをすると申し出たのです。きっとイナンナ様がいないとあの二人は事実を話さないからと」


 また、アニエスの魅了に掛からない者がベルティーナとアルジェントしかおらず、イナンナの振りをするのは抵抗があるアルジェントでは無理で。ベルティーナは自分なら振る舞えると宣言し実行した。


「そうか」
「それと……陛下には大変失礼な物言いをしてしまいました……」
「構わんさ。大神官なら絶対に言ってくるであろうからな。そう考えるとそなたの演技力は大したものだ」
「ありがとうございます」


 褒められているのに複雑な気持ちになるのは何故か。


「ベルティーナ」


 席から離れたリエトがやって来る。


「殿下、中立の立場を守ってくださりありがとうございます」
「……何度も声を出したくなった。大神官はどうしている?」
「別室でアレイスター様と待機しています。終わったら来ると言っていたのでもうそろそろ来るかと」
「アンナローロ公爵夫妻は今後どうなる?」
「多分、治療を受ける事になりますが……」


 あの顔色といい、自分の意思を取り戻したところで不幸になるだけ。精神安定剤を貰っても長期的に魅了を掛けられ続けた二人の心はきっと戻らない。
 ベルティーナはリエトから離れ、泣いているクラリッサを慰めている兄ビアンコの側へ移動した。


「お兄様、お父様とお母様について話があります」


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