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失恋
お父様がいたら二人を纏めて違う場所へ飛ばしてくれるのだが公爵の場合だとそうもいかない。王族と将来聖女と有望視されている貴族令嬢……多分サンタピエラ伯爵令嬢だけだったら容赦なく飛ばしてくれそうだけど、相方に第二王子殿下がいるせいで迂闊に手が出せない。口を震わせ、怒りで目を吊り上げる殿下から流れるようにサンタピエラ伯爵令嬢を見ると非難の目が私に集中していた。今こそ横を向いて第二王子殿下の顔を見てほしいくらいだ。
「マルティーナ様っ、いくらルチアーノ卿の娘だからと王子殿下に無礼が過ぎるのでは」
「ああ、はい。無礼で構いません。私もお父様も関わりたくないのに王家がしつこく関わって来ようとして迷惑を被っています」
事情を知らないサンタピエラ伯爵令嬢に対しては火に油を注ぐ発言と理解しつつ、私はある期待を持っていた。
「マルティーナ様」
貼り付けた微笑を浮かべてはいるが声色に私への怪訝が含まれる。公爵に気付いてほしくて第二王子殿下とサンタピエラ伯爵令嬢を一瞥した。
「……ああ、そういうことですか」
私の意図を察してくれたらしい公爵は変わらぬ笑みを浮かべたまま、今にも爆発寸前な第二王子殿下の前に立った。
「気は済みましたか? 殿下。さあ、サンタピエラ伯爵令嬢を連れて帰りなさい。今なら、ラウゼスも彼女が勝手に抜け出したことに気付いていないでしょう」
「いいえ! モーティマー公爵!」
公爵と第二王子殿下の間に入ったのは何とサンタピエラ伯爵令嬢。私の前に公爵が立っている為、顔は見えないけれど怒っているのは伝わってくる。
「マルティーナ様は殿下に謝罪するべきです! マルティーナ様が殿下をお嫌いでも、殿下は婚約者としてあろうとしているではありませんか!」
「サンタピエラ伯爵令嬢、これはヴィクター殿下とマルティーナ様、強いて言うなら王家とルチアーノ様の問題。他人である貴女が首を突っ込むことではありません」
「公爵の言葉には一理あります。ですが、優しい殿下が言いたい放題されているのを私は見過ごせません」
うんうん、良い感じ。やっぱり二人が今どんな表情をしているか気になってちょっとだけ覗いたら、顔を真っ赤にしてサンタピエラ伯爵令嬢を感動の眼差しで見つめ惚けている第二王子と正義感を全面に出して抗議をするサンタピエラ伯爵令嬢の姿が見られ、二人並んだ姿を見るとよく似合っている。私が見過ぎたせいか、殿下と不意に視線が重なった。惚けてサンタピエラ伯爵令嬢を見つめていた瞳は、一瞬で怒気と若干憎しみが籠った色に変化し、変わり身が早いと内心感心してしまう。
「こうやって見ると殿下とサンタピエラ伯爵令嬢はお似合いですね」
「え」
「な、何を」
途端に狼狽える二人に私は爆弾を投下した。
「お父様が戻ったら、陛下と大教会、それとサンタピエラ伯爵家に苦情を入れてもらいます。どんなお叱りを二人が受けるかは知りませんが頑張ってください」
「お、お前……!」
「ですが、お二人が並んだ姿はとても絵になりますね。お父様がもしも大教会やサンタピエラ伯爵家、王家に怒ったら——殿下とサンタピエラ伯爵令嬢が婚約するなら許してあげてって私からお父様に伝えておきますね」
「なっ!!」
またとない殿下と婚約破棄、又は解消する絶好の機会を絶対に逃さない。何度も陛下に叱られて私との婚約は重要だと言い聞かせられてきた殿下は、この件が陛下に耳に入ったらどんな目に遭うかとすぐに想像して顔を青褪め、恐怖に怯えだした。サンタピエラ伯爵令嬢に至ってもそう。真っ青な表情で涙目を浮かべている。言い過ぎたかな、と心配になって公爵を見上げると緩く首を横に振られた。多分問題ないっていう意味で合ってる筈。
「そ、それは」
「私も殿下もお互いのことが嫌いなんですから、好い機会だと捉えて思い切っちゃいましょう。将来聖女と名高いサンタピエラ伯爵令嬢が王子妃になった方が王家としても面子が高い筈です」
ね? と公爵に同意を求めたら「そうですね」と頷かれる。良かった。
「こ、困ります!」と声を上げたのはサンタピエラ伯爵令嬢。
「私は神官長様の下でこれからも神聖力を使い、人々の為に神官として働きたいんです! 王子妃になんてとても……!」
「そうですか? 私はお父様の娘といっても、王侯貴族の事情についてはあまり教えられていないので詳しくありません。でも、ご令嬢は勉強熱心で努力家だとジョーリィ様が言っていました。ご令嬢ならきっと成し遂げられます」
「殿下の婚約者に私はなれません!」
はっきり拒否の言葉を片想いしているサンタピエラ伯爵令嬢が出したせいで違う意味で顔が青くなった第二王子殿下に、更に止めの一撃が齎された。
「何より私は——神官長様をお慕いしています!」
……え?
……ええ?
あ……あの、顔の怖い神官長を……? 私と同い年のサンタピエラ伯爵令嬢が片想いしている……?
目が点になってしまうのは仕方ない。これには公爵も吃驚なのか微かに薄紫の瞳が丸くなってる。
「ミエ……ル嬢は、神官長を……?」
大ダメージを食らったのは言わずもがな彼女に片想いしている殿下。死にそうな顔と声で彼女に問うた殿下は、はにかみながら嬉し気に肯定されて本当に死にそうになっていた。
初恋は苦い思い出になるのが普通だと言うけれど、現実に見てしまうとどんな反応をすればいいから分からなくなる。相手が大嫌いな殿下でもだ。
「へえ? いいこと聞いた」
あ。この色気溢れる低い声は。
公爵の横を大きく離れるといつの間にか扉は開いていて、魔導研究所へ出掛けていたお父様が立っていた。黒眼鏡を掛けている辺り、招いていないお客様がいると気付いたんだ。
「お父様!」
駆け出した私を両手を広げて待つお父様。
躊躇なく飛び込むと力強く抱き締められ抱っこをされた。
「ただいま、マルティーナ」
「お帰りなさい、お父様!」
額にキスをされ、頬を何度か撫でられた後、私を抱いたまま中央に進んだお父様は震える二人を見下ろすとすぐに公爵に相手を変えた。
「全くどこからおれが不在だと嗅ぎ付けるんだか」
「魔導研究所に見張りが付いているのでは? ルチアーノ様が一人なら、マルティーナ様は屋敷にいると」
「はあーぁ。面倒くせえ。第二王子、それとサンタピエラ伯爵令嬢」
お父様に名指しされた二人の肩が目で分かるくらい跳ねた。
「クロウリーとラウゼス、どっちの所に飛ばしてほしい?」
「あ、い、いや、それは」
しどろもどろになる殿下と声が出ないサンタピエラ伯爵令嬢を見下ろし、私を右手で抱くと左手を掲げた。待ってと誰かが言った気がするも、お父様は構わず指を鳴らし——二人を違う場所へ飛ばした。
騒がしい雰囲気は消え去り、残ったのは無意識に溜めていた疲労感のみ。お父様に降ろされた私が二人を何処へやったのかと聞けば、怖い神官長のところだと教えられる。
「おれが魔導研究所を出る時、ラウゼスの遣いが来たんだ。サンタピエラ伯爵令嬢を連れた第二王子が来ていないかって」
「ってことは、ご令嬢が抜け出したのを神官長は気付いてたんだ」
今頃お説教タイムになっているであろう二人を思うと哀れに感じても同情はしない。サンタピエラ伯爵令嬢については、巻き込まれた感が否めないものの……。
「用事は無事終わったようですね」
「ああ。ちとな。ラナルド、少し顔を貸せ」
「お父様、私も聞きたい!」
「お前は駄目」
「けち!」
「誰がだよ」
基本私も同席させてくれるのに今回だけ除け者は納得がいかないと半眼になったら、駄目なものは駄目と抱っこをされ、急激に眠気を感じ始めた。私を眠らせてその間に話す気ね!?
抗議の意を込めた睨みもお父様には通用せず。
「お休み、マルティーナ」
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