8 / 17
縛られたら何も出来ない3
しおりを挟む――五日後。
『人間界』出発まで後一日。既に準備を終え、部屋でゆっくりと過ごしていると扉に乱暴に叩かれた。
ソファーに座るルーの膝の上でうとうとしていた私は、乱暴な音に驚いてルーに抱き付いた。
「うるっさい」
私には決して見せない煩わしそうな顔をし、左手を扉へ翳した。
扉が勢い良く開いたのと同時に扉を叩いていたであろう人が中に倒れ込んだ。
相手は知っている人だった。
薄く真っ直ぐな長い金色の髪に真っ赤なドレスを着たその人は、第一王女ヒルダ様。
悲鳴を上げて倒れ込んだヒルダ様を抱き起こすお付きの侍女二人。顔を上げたヒルダ様の鋭い桃色の瞳を向けられて心臓が強く締め付けられた。あからさまな憎悪を向けられたのはこれで何度目だろう。彼女はルーの花嫁である私を隙あらば排除しようとする人。
怖くて震えているとルーが強く抱き締めてくれた。
「一体何の用? 人が愛しい人とのんびり過ごしているというのに」
「のんびりしている時ではないでしょう!? 魔王陛下から命じられた任務がありながら!!」
「ああ、その事。だから何? 俺はきちんと父上に言ったよ。気が向いたら出発するって。父上からは何も言われてないし、急ぎならすぐに行けって命じられてるよ。それがないって事は、重要だけど急ぎじゃないんだよ」
「だからってっ」
「大体、君に指図される謂れはない。第一王女と言えど、魔王の血を引いていないどころか一番魔力が低いくせに」
「っ!!」
最も突かれたくない事実を言われたヒルダ様の瞳が限界まで見開かれ――……ポロポロと雫が流れ落ちた。
不機嫌で全身の体温を奪われる低音を向けられ、更に嫌悪剥き出しの緋色の瞳にははっきりと敵意まで浮かんでいた。ルーの怖い顔は私でも見たら泣き出してしまいそう。現に、抱き締められ安心させるような優しい微笑みを向けられても、いざヒルダ様が口を開くと変貌する。
「――ヒルダ!!」
すると、薄い金髪に桃色の瞳の――ヒルダ様に似た女性が慌ててやって来た。座り込むヒルダ様の側で膝を折り、此方へ顔を向けて申し訳なさげに頭を下げた。
「申し訳ありませんルーリッヒ様、ミリディアナ嬢。ヒルダがご迷惑をお掛けしたようで」
「お母様!?」
女性はヒルダ様の母、つまり魔界の王妃様。
王妃リリアン様は驚愕の面持ちを浮かべたヒルダ様に厳しい表情を向けた。
「ヒルダ。ルーリッヒ様とミリディアナ嬢が住む此処へは来てはいけないと再三申した筈です。何故、母の言う事が聞けないのです」
「あんな人間の娘よりも、同じ魔族である私の方がルーリッヒに相応しいと何度も言っているのに聞き入れてくれないのはお母様ではありませんか!」
「ミリディアナ嬢はルーリッヒ様が見初めた令嬢です。私や貴女がとやかく言う事ではありません。それにです。陛下からの任務をルーリッヒ様が何時行おうと貴女が指図する権限はありません。陛下が何も言わないのに貴女が言う必要が何処にありますか?」
「だって、だって……!」
リリアン様からの厳しい言葉に子供のように言い訳を繰り返し、泣き出してしまったヒルダ様に私がおろおろとしてしまう。ルーとリリアン様は平然としているのに。
お付きの侍女二人にヒルダ様を部屋へ戻させたリリアン様は、綺麗な動作で頭を下げた。王妃であるリリアン様に頭を下げられると思わなかったのでルーの腕の中で慌てると「王妃様」とルーが発した。
「顔を上げてください。ミリーちゃんが困ってるので」
「ヒルダの無礼をお許しください」
言われた通り顔を上げたリリアン様は困った風に眉を曲げた。
「母親である私の教育不足です。ルーリッヒ様とミリディアナ嬢には、これ以上ご迷惑を掛けさせられません」
「ミリーちゃんに害がないならどうでもいいよ」
本当にどうでもいいのか、頬を私の頭に乗せてすりすりし始めた。あの、と声を掛けようとしたら違う侍女の人がリリアン様に耳打ちをし、返事をするとリリアン様は綺麗にお辞儀をして去って行った。
去り際、今度お茶をしましょうと微笑されたので「はい」と頷いた。
……あ。
不機嫌な気配を感じ、上を見ると……予想通りな顔をしたルーがいる。
「勝手に承諾しないでよ」
「ご、ごめん。つい。で、でも、王妃様は良い人だよ」
「知ってるよ。嫌な女だったら、お飾りでも王妃になんてしないよ父上は」
「周りの人は何も言わなかったの? その、魔王陛下と王妃様の事で」
「言わないよ。父上は母上以外の女には一切興味ない上に触れたくない。王妃様は自分の従者を愛人にするという条件で王妃になるのを受け入れただけ。『人間界』はどうか知らないけど『魔界』じゃ王妃の仕事なんてないも等しい。魔王が健在だったら良いのだから。王妃の仕事は魔力の強い子を生むだけ。後は魔王の補佐なりなんなりしたらいい。遊んでてもいい。ただ、あの王妃様は責任感が強いから積極的に父上の仕事の補佐をしてるけど」
「初めて知った……」
「うん。教える必要がないからね。俺は魔王になる気ないし。もしも、魔王が面倒になって父上に押し付けられそうになったら全力で逃げる。勿論、ミリーちゃんを連れてね」
唯一の魔王陛下の子であるルーにも魔王になる権利はある。理由は魔力の高さ。王妃様と従者との間に生まれた王子や王女にも魔王になるに相応しい魔力の持ち主はいる。その中から次の魔王を選んだらいいとルーは言う。
仮にルーが魔王になっても私では妃にはなれない。魔族でも、悪魔でもないから。
人間、それも悪魔が最も忌み嫌う聖女。
ヒルダ様とリリアン様が去った後は再びまったりとした時間が流れた。
「明日だね」
何が、とは言わない。
「楽しみ?」
「うん。初めての『収穫祭』だもん」
「そっちじゃないよ。十一年振りに故郷に帰るんだよ? 何だったら、ご両親の顔をそっと見に行く?」
「……」
お父様とお母様。そして、ちゃんと出産していたら成長しているだろう顔も名前も知らない双子の弟達。
会いたくない……は嘘。本当は会いたい。……けど、死を偽装してまでルーの手を取った私に今更家族に顔を見せる資格はない。
ルーの言う通り、そっと様子を見よう。遠くから元気にしている姿を見られたら十分だよね。
「うん……そうする」
「そっか。明日は早く出発するから、今日は早目に休もう」
「うん。……あ、それなら、その、今夜は寝るだけだよね?」
期待を籠めてルーを見上げた。お願いだからそう言って……!
「抱くに決まってるでしょう。って言いたいけど、疲れたままの身体でお祭りに参加させるのは可哀想だから、ミリーちゃんの言う通り今日は寝るだけにしよう」
良かった……。
ホッと胸を撫で下ろした私は滅多にない抱かれない夜に安堵した。
週に一日くらい、抱かない日を作ってと頼んでも却下された。悪魔、とりわけ魔族の性欲は強いと説明され、仕方ないのかなと半ば諦めている部分もある。
ルーに抱かれるのは好き。愛されていると直に感じられるから。……回数が多いのがちょっと辛い。
「そうだ。父上に用事があるから少しの間部屋を出るね。戻る時、ミリーちゃんの好きな紅茶を持って来ようか?」
「うん、お願い」
ルーが部屋を出て行った後、ソファーの上で膝を抱えた。
ヒルダ様は、魔王陛下の命令を何時まで経っても行わないルーに説教する為に此処へ来たのだろうか?
もっと他に部屋を訪れた理由があるのではないかな。
少なくとも私はそう考えてしまう。
ルーに言ったらきっと考え過ぎだよと笑われてしまうかもしれなくても。
「……」
脳裏にスノー殿下の顔が浮かび上がった。
たった半年間だけの婚約者だった人。
聖女であるしか取り柄のなかった私を嫌い、一切好意を寄せてくれなかった人。両親もだけど、私が死んだ後殿下はどうしたのだろうか?
聖女だから婚約者になった私を嫌っていたのだから、表面上は悲しく見せても内心では歓喜していそう。
「考えるだけ無駄よね」
ルーが早く戻ってくるのを願ってクッションを胸に抱いた。
――翌日、私はルーに抱かれて『人間界』に降り立った。十一年振りに足を踏み入れた故郷は大きな変化はない。
「ミリーちゃん、あれ」
「あ……」
ルーに指差された方へ目を向けるとそこにいたのは……
51
あなたにおすすめの小説
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい
なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。
※誤字脱字等ご了承ください
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる