悪魔の甘美な罠

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どんな顔をする?(ルーリッヒ視点)

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 容姿は母の母に、中身は父に似た――。

 生まれた俺を見て、母上が開口一番した口にしたのが「私に似なくて良かった」だったらしい。
 地味な色の栗色ではなく、父上と同じ青みがかった銀糸の子が生まれたらと願っていたらしい。その願いは叶わなかったが代わりに母方の血が強く現れた。母上ももう朧気にしか覚えてない母上の母と同じ桜色の髪と緋色の瞳。栗色の髪と青と紫の混じった瞳は父であるラウネル公爵に似た。
 俺を生んだと同時にかなりの体力を消耗してしまった母上は、過保護な父上が更に過保護になる程弱ってしまい生まれたばかりの俺を抱きながらもずっと伏せっていたと聞く。
 罪を犯した上位貴族を捕らえる最上階の部屋に閉じ込める父上は狂っている。いや、母上に関してだけ父上は狂っている。幼い頃よく聞かされた。


『母上はどうしてこの部屋から出ようとしないの? 退屈じゃない?』
『私が出て行ったら、きっとフィロン様はとても心配されるわ。それに全然退屈じゃないの。今はルーリッヒがいてくれるのもあるけど、執務を終えたらフィロン様は必ずこの部屋に来てくれるから』
『母上と庭園を歩きたいです』


 一人で父上の魔力によって咲く青い薔薇を見るのは退屈だった。母上を誘うと困ったように微笑を浮かべられた。


『フィロン様がお許しになるなら見に行きましょう。私一人では歩けないし、他の人に頼もうとしたらフィロン様が怒ってしまうの』


 母上の足は昔怪我を負った代償で使えなくなった。傷跡はない。俺は知ってる。母上の足を奪ったのは父上だ。
 どうして母上の足が動けないのかを父上に聞いたからだ。用があるからと呼ばれ、向こうから切り出される前にずっと疑問だった事を聞いた。父上は――


『お前が知ってどうする?』
『どうって……気になっただけで……』
『メリルがおれから逃げようとした。捕まえて、二度とおれから逃げられないようにした。それだけだ』
『……』


 何でもないように淡々と事実を述べた父上に不思議と恐怖は抱かなかった。寧ろ、すとんと胸に落ちた。書類から目を離した父上は椅子から離れ、目の前まで来ると俺を抱き上げた。
 青みがかった銀糸に冷たい紺碧の瞳。母上を見つめる瞳には何時だって愛しさが含まれていて……奥には、表に出せない愛情とは程遠いドロドロとした感情が揺れているのを何度も目にした。今俺を抱き上げ見下ろす紺碧の瞳には何が見えるか?


『……父上。俺は父上に似なくて良かったです』
『ほう? 何故そう思う?』
『父上に似ていたら……殺していたでしょう?』


 例え実の息子と言えど、この父にとれば母を独占する他の男。こんなんだったら女の方が良かったと思うも、後々になってみれば男で良かった。

 だって、女だとミリーちゃんを愛せないでしょう?


 十一年前、聖女の殺害を父上に命じられた。今は未だ未熟でも成長を重ねれば何れ覚醒し、悪魔にとって非常に厄介な相手となる。『人間界』での活動が激減される。悪魔の中には素性を隠し、人間として暮らす者もいる。まあ、大多数の悪魔が人間は魅力的な餌にしか映らないから人間社会に溶け込んでる悪魔は少数だ。お祖父様や叔父上は少数派。
 今回の聖女は、へーリオス王国の王城にて生活されていると次いでに聞かされた。代々聖女を見つけると王族と婚姻させるのが習わし。聖女の身を守り、聖女の血を王家に残す為に。

 聖女殺害の任務を俺に命じてくれた父上に感謝している。だって、そのお陰で俺はミリーちゃんに出会えて、モノにした。


「ミリーちゃん」
「ルー……」


 少し前父上に命じられた新しい聖女殺害と聖女誕生の謎を探って来いと『人間界』へ来てすぐ。
 ミリーちゃんの生家アクアローズ伯爵家をこっそり覗いた。庭でミリーちゃんと同じ金髪の顔がそっくりな少年が二人仲良く遊び回っていた。ミリーちゃんが聖女として城に移り住んで数週間後に宿った双子の兄弟だ。無事に生まれ、順調に成長しているみたい。
 複雑な表情で遊び回る名前も知らない弟達を見つめるミリーちゃんを呼んだ。


「大丈夫?」
「うん……。お母様にそっくりだわ」
「ミリーちゃんも伯爵夫人そっくりだね」
「ふふ。そうね。お父様と似てる所って何処かしら」


 こうやって微笑みを見せてはくれるけど内心はきっと泣いているのだろうね。最初の娘は聖女と分かり、生け贄も同然に王家に捧げ、後から生まれた跡取り候補の双子の息子達は手元で大事に大事に育てられている。羨ましそうに双子を見つめるミリーちゃんの瞼にそっとキスをした。


「魔法で姿と気配を消しているけどもう行こう。先に父上に命じられた仕事を終わらせるから、ミリーちゃんは宿にいてくれる?」
「うん。その間外に……」
「出ていい。なんて、俺が言うと思う?」


 落ち込んで俯かれた。
 中身は父上に似た……確かにそうだ。
 俺もミリーちゃんの足を奪ってはないが自由を取り上げた。彼女が人間で聖女なのが大きな原因だけれど、それ以上に他の連中に彼女を見せたくない。
 ……何度か勝手に部屋から出ようとした彼女を捕まえ、言う事を聞くまで抱き続けたから最近は大人しくしてるけど。
 基本俺がいない間は起きていても寂しがるから一日中ベッドの中にいるように抱き潰す。起きていられる時は刺繍を編んだり、ミリーちゃんの為に用意した人間の本を読んでるのが殆ど。

 やってる行動が全部父上にそっくりだと叔父上に言われた。真似ているつもりはない。無意識に同じ行動を取っている。腹立たしく感じながらも母上にしたら父上に似ている要素があって良かったと安堵された。髪と瞳の色を除けば俺は父上にそっっくりなのにね。

 ミリーちゃんを連れて街へ向かった。『収穫祭』は夜から行われる。期間は七日。予め予約を入れていた宿に行き、帳簿に名前を書いて部屋へ案内された。王都で一番評判が高い宿で一番上質な部屋を押さえた。わあ、と目を輝かせて中に入ったミリーちゃんが此方に振り返る。


「綺麗! こんな良いお部屋を使ってお金とか大丈夫?」
「ミリーちゃん……俺は第二王子だよ? 貧乏王族や貴族なら未だしも、父上は無駄遣いしない上に『魔界』の王族は全員財産だけは有り余ってるの。必要経費はちゃんと貰ってるし、足りなくなったら俺が持ってる宝石を売ればいいだけだよ。お金の心配なんかしなくていい」
「そっか。ごめんね」


 また落ち込んでしゅん、となる。可愛いけど。
 ソファーに座って隣を叩いた。ミリーちゃんが隣に座ると華奢な肩を抱き寄せた。


「俺は今から仕事をしに行くけど絶対外に出ちゃ駄目だよ? 後、誰か来ないように認識阻害の魔法をかけておくよ。食事は、『魔界』を降りる前に一杯食べたから暫くはお腹空かないでしょう? 夕刻前には戻るよ」
「うん。気を付けて? 危険な事しないで」
「分かってる。今日は様子を見るだけ。『収穫祭』期間中はずっと『人間界』にいる予定だから、何処かでお祭りに参加しよう。それまでは大人しくしててね」


 不安げなミリーちゃんの額にキスを落とす。すると、ミリーちゃんの細い腕が俺の首に回って唇にキスをされた。珍しいミリーちゃんからのキス。普段は恥ずかしがってしてくれないのに……


「反則だよ」
「んっ、んん」


 後頭部と腰に手を回し、薄く開いていた口内に舌を入れた。俺に抱きつくミリーちゃんの腕に力が込められた。
 唇を舐め、歯列を舌でなぞり、奥に引っ込んだミリーちゃんの舌を絡めて表へ引っ張り出した。ちゅう、と吸い付くとびくりと身体が震えた。
 それからも飽きずに口付けをしているとミリーちゃんが足をもじもじさせる。ああ……本当に可愛い、キスだけで感じちゃう淫乱な子。スカートを捲って下着の上から触ると見なくても分かるくらい濡れていた。意地悪く「濡れてる」と囁くと顔を真っ赤にした。

 このままドレスと下着を剥ぎ取って、何度もミリーちゃんをイかせ、意識が朦朧となったのを見計らって挿入したい。

 ……でも、今回は真面目に仕事をしに行かないと。新しい聖女は目障りで何故また生まれたのか非常に気になる。
 物欲しげに俺を見上げるミリーちゃん。意地悪がしたくなった。下着の上から敏感を突起を親指で潰した。大きく身体を跳ね、不意打ちの快楽に甘い声を上げたミリーちゃんから離れた。


「ああっ……! あ、や……、待って止めないで……!」
「戻ったらたっぷり愛してあげる。それまでの辛抱だよ。いい子で待っててね」
「ルー……!」


 苦しげで泣きそうな顔で待ってと手を伸ばしたミリーちゃんを部屋に残し、瞬間移動テレポートを使用して一気に王城の中へ侵入した。人気のない場所の柱に隠れ、認識阻害と隠密の魔法を自身にかけた。これで俺の姿や気配を誰かに気付かれる事はない。


「さて、噂の聖女様は何処にいるのやら」


 前回ミリーちゃんが使っていた部屋だろうか? が、今は正式な王太子妃。王太子と近い部屋か、同じ部屋。なら、王族の住居に向かう必要がある。
 行き交う人々誰一人俺の姿に気付かない。
 こうして歩くのは十一年振りだった。あの時は、どうやってミリーちゃんを『魔界』に連れて帰ろう、今日はどんな顔をして迎えてくれるか、昨日はあんな話をした、と兎に角ミリーちゃんの事ばかり考えていた。
 城の内部はある程度覚えている。王族の住居がある棟に到着。王太子の部屋の近くと予測するなら……


「ここか……」


 目星をつけた部屋の前に立った。扉をすり抜けて吃驚。
 幼さが残る顔立ちの少女が乱れたドレス姿でソファーに倒れていた。側には衣服を整える純白の髪をした男がいる。最後に見たのが十一年前だから当然子供から大人へと成長していた。汗で張り付いた髪を煩わしそうにしながらもそのままにし、荒い呼吸を繰り返す少女の側に座った。


「今日はこのまま休んでいなさい」
「は、い……。スノー……様」


 男は思った通り――王太子スノー。なら、相手の少女は……
 外で控えていた侍女を呼ぶ、少女の身体を清めるよう指示したスノーは部屋を出て行った。


「さあ、アリア様」
「立てますか?」
「な、なんとか……」


 数人の侍女に世話をされる少女はアリアという。
 人間にしては珍しい黒髪、聖女の証である金色の瞳。彼女から感じる聖気……成る程、父上の言った通り聖女の力に目覚めてはいるね。一つの時代に於いて聖女は一人。彼女を殺害するのは勿論、何故彼女が聖女の力に目覚めたかも捜査しないとならない。
『人間界』に降りる前に情報収集はした。アリア=ヘップバーン、数多くの優秀な魔導士を輩出する名家ヘップバーン公爵家の令嬢。アリア本人に特に目立った能力はない。ミリーちゃんが死んだ後、家柄と年齢を考えて選ばれただけの婚約者。アリアが聖女の力に目覚めたのは半年前だと報告書には書かれていた。具体的な内容まではさすがに記されてなかった。だからこその捜査なのだけど。

 次に王太子の部屋へ移った。あの様子じゃ侍女に身体を清められたら眠ってしまうだろう。王太子の部屋に入ってこっちも吃驚。彼が隣の部屋に移動したので後を追うとそこにあったのは――薔薇を持って微笑む幼いミリーちゃんの大きな肖像画だった。


「ミリディアナ……」


 肖像画に触れ、熱の籠った声でミリーちゃんの名を紡ぐスノー。


 ――……あんな死体を見せられても焦がれてるなんて


 俺はミリーちゃんに隠している事がある。
 スノーはミリーちゃんを愛していた。顔合わせの日までは、肖像画でしか顔を知らない婚約者に惚れ、会うのをずっと心待ちにしていた。実際に会った時には彼は改めて恋心を強くした。――その感情を俺が利用した。ミリーちゃんを見るまでは悪魔らしく、どうせなら残酷な方法で殺してやろうと画策していた俺はスノーに逆の感情を抱くよう魔法をかけた。好意を嫌悪に反転させた。
 初対面でスノーはミリーちゃんに嫌悪を露にし、怖がられた。
 ミリーちゃんを一目見て気に入ったのは俺も同じ。欲しくなったから、敢えて自分から縋るように仕向けた。俺の魔法に掛かっている間のスノーは見ていて可笑しかった。
 正反対の言葉を、感情をぶつけ、何故、どうしてと悩み、苦悩する姿は愉快だった。
 危うく姿を現して、声を掛けたくなった。


「アリアを心の底から愛せない私を君はどう思うだろうな。あんなにも君を傷付けてきた私が君を愛しているとも、きっと君は信じてくれないだろう」


 俺は信じているよ。君は確かにミリーちゃんを愛していた。だから予想以上に魔法の効能が強く出た。最初に冷たい態度を取ったせいでミリーちゃんに会いたくても顔を合わせられず、無論彼女から会いに来る筈もなく。真面目に王妃教育と聖女教育を受けていると聞き、一先ず安堵していたね君は。何故あの時あんな言葉を吐いてしまったのかを考えても答えなんてない。
 俺が仕向けたのだから。他者に魔法が掛けられたとも感付かれない、高等技法を使用したのだ。人間で高位魔族の魔法を見破るのは余程の実力者でないと不可能だ。
 待っても待っても一向に会いに来ないミリーちゃんに焦れ、最初の失態を謝ろうと彼女を呼び出したよね。そこでも魔法の効能によって真逆の言葉を紡いでミリーちゃんを恐怖させて、正気に戻ったらまた後悔する。周囲の者は王太子に気に入られない可哀想な聖女という認識にしたから、誰もスノーがミリーちゃんを好き等と思わない。


「ミリディアナ……」


 肖像画のミリーちゃんを悲しげに見つめ、王族特有の紫色の瞳を伏せた。


「愛しているよ。アリアと結婚し、子が生まれても。――私が生涯愛しているのは、ミリディアナだけだ」


 ……。
 ああ……馬鹿らしい……。
 とっても……馬鹿らしい……。


 王太子の部屋を出て外へ出た。
 偽装された死とは言え、もうミリーちゃんは死んだ。
 死んだ相手を何時まで想ってるのだか、馬鹿みたいだ。

 ……もしも、思う。
 ミリーちゃんが今のスノーを見て、彼に嫌われていた理由が俺の魔法だと知ったら、彼女はどんな反応をするだろう。
 俺を軽蔑する? それとも、長年俺に愛され続けたのだから傍にいてくれる?
 軽蔑されたら可愛い笑顔を見られなくなるな。傍を離れるなら足を奪うだけでは足りない。思考を奪って、俺以外の記憶を奪って、永遠に閉じ込めて愛してあげよう。


「まあ、こんなもしもなんてないけどね」


 知る必要もないし、知らせる必要もない。
 今頃、疼いた身体を持て余して俺の帰りを待っているミリーちゃんを想像しただけで早く戻りたくなった。


「仕事だし、もうちょっと真面目にしよう」


 長く放置すればするだけ、俺を求めて可愛い声で啼いてくれる。
 再び城内に戻って調査を続けた。
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