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セシリオに接触

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 クイーンの感知魔術で判明したセシリオの居場所は、学院の屋上だった。広い屋上には花壇が置かれており、庭園より数は少ないが此処に憩いを求めてやってくる生徒は多い。ヒンメルと軽く言い争った日には花を見る余裕はなかった。
 クイーンに手を引かれてセシリオを探していると不意に話し声が届いた。気配を隠す結界を咄嗟に展開し、2人物陰に隠れ前を伺った。

 自国の王族は毛先にかけて青が濃くなる銀髪と空色の瞳が特徴なのに対し、隣国は緑豊かな自然と同じく王族も新緑の髪と太陽を溶かした黄金の瞳が特徴的だ。長い新緑の髪を1つに結い、人懐っこい印象を齎す黄金の瞳を女子生徒へ向ける男子生徒が隣国の第3王子セシリオ。一緒にいる女子生徒はマリン=コールド。昨日クイーンがあの状況を見てほくそ笑んでいたと言っていたが、彼女自身におかしな点は見受けられない。ただ、今はセシリオといるからそう抱くだけなのかもしれない。
 男女、特に高位貴族と良好な関係を築くマリンだが下位貴族と不仲というわけでもない。彼女自身、男爵令嬢なので爵位で言えば低い。また、男爵夫妻の娘ではないので更に身分は低い。

 国王がセシリオを見ればクイーンなら分かると言っていたが、別段2人に変わった点は見られない。


「周囲には誰もいないな」
「ええ」


 側近の1人や2人、連れていてもおかしくないのだがセシリオは1人でマリンと会話をしている。


「学院はある程度身分制度が緩和されるが男爵令嬢が王族相手に馴れ馴れしすぎるかもな」
「マリン嬢はそれが原因で他の女子生徒から嫌がらせ紛いな行為を受けていると聞いたことがあります」
「男よりも、女の嫉妬の方が何倍も怖い。ただ、あの娘を見るとそう堪えた様子もないな」
「これは聞いた話ですが」


 前置きを置いてラフレーズは、以前耳にした話をクイーンにした。
 メーラやヒンメルといった一部の高位な者達と親しいマリンに嫉妬し、物を隠したり、時に廊下で態とぶつかったり、マリンを貶める噂を流した令嬢達がいた。傷ついたマリンを助けるべく、彼女達はマリンと親しい者達を密かに断罪したのだ。最も仲が良いとされるメーラがファーヴァティ家の権力を使って何人かの令嬢の家を窮地に追い込んでいるともされていた。
 ふむ、と顎に右人差し指を当てるクイーンは再度マリンを見た。


「ファーヴァティの次女はよくいる典型的な青い血主義の令嬢だ。そんな娘が侍女に生ませた男爵令嬢と関係を深めるか?」
「私も最初はメーラ様とマリン嬢の関係を聞いて驚きましたが、実際に見ていると嘘ではないかと」
「父親の影響を濃く受けたのが次女だ。長女は先代公爵夫人に似て地味な容姿なのが理由で、公爵からは敬遠されているみたいだからな。だからその分、公爵や公爵に贔屓されている次女との関係は良くない」
「公爵夫人とは良好だと伺っております」
「確か夫人は、お前とこの両親と懇意にしているだろう」
「はい。お母様が留学した時、世話係になったのが切っ掛けだと話してくださいました」


 ラフレーズの母フレサとメーラの母メーロは友人となり、父シトロンとも交流を持っている。
 ヒンメルとメーラが恋人になってからも何度か伯爵邸を訪れており、母の話をしてくれたりラフレーズの心配をしてくれる女性だ。ラフレーズは肖像画や会話の中でしか母親を知らないから、生きていたらメーロのように自分を気に掛けてくれていただろう。


「公爵夫人……メーロ様は、殿下とメーラ様が恋人になったのは反対だと仰ってました。何度かメーラ様に殿下と別れるよう説得してくれたのですが……」
「ヒンメルやリック達には理由があるから、仮にメーラが別れを切り出してもヒンメルは引かなかっただろうがな」
「……」


 理由。
 理由とは、なんなのだろう。
 婚約者がいるのに、他の女性と恋人同士になってまで得たい情報とは何なのか。


(私には、決してあんな瞳も声も向けてくれなかったのに……)


 ヒンメルの為に努力してきた事は、理由があって近付いただけのメーラに全て負けた。
 婚約の誓約魔術を解除して、ずっとあった繋がりが絶たれて虚しさが広がっていった。自分がしたことでも。


「ラフレーズ?」
「! 何でもありませんわ」


 今は暗い考えはやめて、目の前の事柄から逸らさないでおこう。
 クイーンを誤魔化すように再び意識をセシリオとマリンへやった。


「あの、クイーン様。偶然を装って2人に接近しますか?」
「はは。俺も同じこと思った。そうするか」
「はい!」


 一旦此処から離れてクイーンと今来た風を装ってセシリオとマリンの前に姿を見せた。初めて2人がいると気付いたと偽ったラフレーズは、振り向いたセシリオに頭を垂れた。


「ラフレーズじゃないか」
「おはようございます、セシリオ殿下、マリン嬢」
「あ、おはようございます! ベリーシュ様、ホーエンハイム閣下」


 マリンが(身分を除いて)人から好かれやすいのは、常に明るく誰に対しても礼儀正しく接することだろうか。初見が最も大事というがマリンなら貴族の世界でなくてもうまくやっていけそうだ。ラフレーズが挨拶をするとマリンも返した。
「よう、隣国の第3王子。人のいないところで後輩と逢引か?」とクイーンが揶揄うとセシリオの黄金の瞳に若干の怒気が込まれた。


「公爵閣下、人聞きの悪い言い方はやめていただきたい。ボクよりも先にいたマリンに声を掛けただけです」
「物は言いようだ、どうにでもなる」
「……」


 態とセシリオの神経を逆撫でする物言いをして変化を探る。ラフレーズはセシリオを注視しながらもマリンにも神経を向ける。
 マリンはハラハラとした様子でセシリオとクイーンを交互に見遣る。


「ボクよりも、閣下とラフレーズがいるのはどうしてなのです。まさか、噂は事実なのですか?」
「噂?」
「閣下とラフレーズが恋人だと、いう噂です」
「事実だと言えば?」
「でしたら、人の事を言えないのは閣下ではありませんか。ラフレーズ、君も君だ」


 非難の目がラフレーズにも注がれた。


「王太子殿下という婚約者がいながら、他の男性と恋人になるなんて何を考えているんだ」
「王族同士話をしてやれよ。あいつはラフレーズよりも早く恋人を作って楽しんでるのに」
「そ、それは」


 男は婚約期間中であろうとも恋人を作って遊んで良いのに、女性は駄目だと言い張りたいのだろうか。反論しようとしたセシリオは口を噤んだ。
 個人的にセシリオと交流がなかったから、彼がどのような人かよく知らないのでやはり変化がまだ分からない。
 ラフレーズも参加しようと口を開いた。


「セシリオ殿下。クイーン様を悪く言うのはおやめください。クイーン様は、婚約者の義務を忘れてメーラ様に夢中なヒンメル殿下に捨てられた私を哀れに思って側にいてくださるのです」
「ラフレーズ、言い方には気をつけるんだ」


 大きな鳥の精霊クエールの精霊術はまだ効果が残っていたようで、強気な発言を紡げて驚いている自分がいる。
 黄金の瞳がマリンを一瞥した。無関係な人間がいる場で口にする言葉じゃないと言いたいみたいだが、今の状態を保てている間にラフレーズは止まらなかった。


「卒業すれば、皆自分の身分にあった立場になります。学生でいる間くらい、思い出作りをしても良いのではありませんか」
「君にとっては閣下と恋人になったのがそうだと?」
「ヒンメル殿下も似たようなものでしょう。結婚してからも、メーラ様と関係を続けたいのなら、私もクイーン様との関係を継続させるつもりです」


 本当にこれは精霊術のおかげなのか、スラスラと口に出てくる。心配になってクイーンを見上げたら目が愉しげに笑っていた。精霊術ではなく、こっそりとクイーンが掛けた魔術効果だとすぐに知れた。内心頬を膨らませつつ、衝撃を受けて呆然とするセシリオの次の言葉を待った。

 すると先程から黙っていたマリンが会話に入った。


「ベリーシュ様は王太子殿下が好きではないのですか?」


 本音を言うなら――今も昔も好きなまま。
 だが、今は仮面をつける選択をした。


「私と殿下の婚約は、隣国との関係強化の為です。個人の気持ちは重きに置いておりません。ですが殿下をお慕いしていたのは本当です」
「……今は違うのですか?」
「先に裏切ったのは殿下です」
「なんだか、ベリーシュ様がやってることって殿下への当て付けのように見えます」


 実際は、その通りである。
「へえ」と興味深そうに零したのはクイーン。


「平民育ちの娘は、やっぱり貴族とは違うな。浮気相手と毎日よろしくやっている婚約者を許すんだな」
「言い方が……!」
「どうした? ヒンメルを貶してるって? 俺は許される立場なんだよ」


 尊大に言ってのけたクイーンを化け物を見る目で見上げるマリン。肩書きは公爵であるが彼は何代か前の王弟であり、王国最強の魔術師。その実力は大陸最高峰と名高い。国王ですら、本気でクイーンを敵に回せばどうなるか知っている。公の場では立場を弁えているが、私的な場面だとよく国王リチャードを揶揄っているとシトロンは話している。


「……」


 不意にクイーンが視線を後ろにある出入り口へやり、すぐにラフレーズを見た。
「そろそろ戻る。教室まで送ってやるよ」とラフレーズを連れて屋上を出た。
 急な行動に疑問を抱くと「メルローはセシリオと親しいか?」と問われた。
 2人は1歳差なので学園で交流を持とうと思えば持てただろう。


「聞いたことはありませんが屋敷に戻ったら聞いてみます」
「ああ。ヒンメルやメーラの話が出た途端、セシリオの態度が変わったのが気になるな」


 先に浮気をしたのはヒンメルなのに、セシリオが非難を浴びせたのはラフレーズとクイーン。ヒンメルとメーラをお似合いだと認識しているから? と口にすれば、クイーンは思案顔を作った。


「どうだかな……マリン=コールドもヒンメルとメーラの仲に賛成なんだろうな。表立って出してこなくても、さっきの話や態度から見てると分かる」
「そうですね……」


 マリンがヒンメルとメーラを応援しているのは本当だろう。実際に自分の耳で聞いたのだから。
 話題を変えようと扉を見た理由を聞くが「気のせいだ」とはぐらかされ、約束通り教室まで送られた。中には多くの生徒が登校しており、クイーンと共に入ったラフレーズに皆の視線が一斉に集まった。
 気にした様子もなくラフレーズの髪を撫でたクイーンは「じゃあな、帰りは迎えに来てやる」と頭にキスを落とした。


「!!?」


 瞬時に騒々しくなる室内。恋人としての役目をしているに過ぎないと知りながらも、クイーンの予想外な行動に何度驚かされ、涙目になればいいのか――。


「……」


 教室から離れる間際、クイーンは遠くから瞋恚の目で睨みつけてくるヒンメルへ挑発的笑みを投げた。



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