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僕が好きなのは……3
しおりを挟む要の時間になると邪魔が入るのは、古来から続く悪しきタイミングである。レーヴがいるのを見るなり、此処から連れ出そうと腕を引っ張るアデリッサ。沸き上がる愛しさや可愛さは本物なのだろうが、ミエーレとシェリの口付けのせいで信じられなくなっていた。
「もう、探しましたわ殿下」
「すまない。ミルティーに今度教会で行われるバザーについて話していたんだ」
「ヴェルデ様がいるのは?」
「ヴェルデも何度か参加しているから、参考までに意見を聞きたいと思って呼んだんだ」
咄嗟に紡いだ嘘をアデリッサは見抜けなかった。教会では定期的に孤児院で作られた商品や料理を販売するバザーが開催される。【聖女】に目覚めたミルティーも1度参加済み。国王から【聖女】を見守るよう言い付けられているレーヴが教会関連の行事にミルティーと相談するのは、なんら問題ない。
「そうだったのですね。わたくしも同席していいですよね?」
「いや、アデリッサは席を外してくれ。もうすぐ終わるから、教室で待っていてくれないか?」
「そんなあ……!」
拒絶され、悲しげに顔を歪められ、心が揺れる。チラリとヴェルデを見ると小さく首を振られた。
屈するな、と。
レーヴは心の痛みに気付かない振りをし、立ち去るようアデリッサに告げた。
「お願いですっ、わたくしも同席させてくださいませ! 決して、お邪魔はしません!」
「アデリッサ。君は聞き分けの悪い人じゃなかったのに、急にどうしたんだい? 第一、君はバザーには無関係だろう」
「そ、そうですが……」
頑なにいたがるアデリッサに不信感が募る。早くヴェルデから話を聞き、事実を知りたい。
「アデリッサ様」ヴェルデが助け舟を出した。
「殿下が困っておいでです。殿下を想うなら、大人しく引き下がってくれませんか」
「っ、酷い、酷いわヴェルデ様っ、わたくしのことが嫌いだからって除け者にしようとするなんて」
「正直言うとアデリッサ様には、特別な感情は何も抱いていないのでご安心ください。一般論を申しただけです」
「なんですって!!?」
除け者にされた挙句、全く興味がないと言われ、悲しげな相貌から一転――怒気溢れる形相にレーヴが面食らう。彼女はこんな激情を誰かに見せる人じゃない。
レーヴの視線を釘付けにしていると察し、はっと怒気を消し、大粒の涙を流したアデリッサは図書室を飛び出して行った。
勢いよく席から立ち、追いかける勢いのレーヴを「行ってはなりません!」とミルティーが止めた。
聞いたことのないミルティーの大声には、ヴェルデも驚いていた。
ミルティーは、此処が静粛を重きとする図書室だと思い出すと、瞬く間に顔を赤く染めて「……すみません… …」と縮こまった。
「殿下。ミルティーの言う通りです。どうか、彼女に免じて留まってくれませんか」
「……分かった」
アデリッサを今すぐに追い掛けたい衝動を抑え付け、レーヴは再び椅子に座りなおした。
――改めて、聞かされたヴェルデの話にレーヴは暫くの間何も考えられなかった。
レーヴが好きだったのはシェリ。
シェリへの好意が“転換の魔法”によってアデリッサへと強制的に変えられた。
アデリッサ本人は“魅了の魔法”と思い込んでいること。
「これが全てです。殿下。オーンジュ嬢に冷たくされるだけ、殿下の気持ちが揺らぐのが、そもそもの好意の元であるオーンジュ嬢に嫌われたと認識するからです」
大地に太く突き刺さる巨木も、根っこが揺れれば木も揺れる。
アデリッサに感じる愛情は全てシェリの物。
何度か感じた違和感の正体が漸く分かったところなのに――
「で、殿下!?」
ミルティーが慌てる。ヴェルデも然り。
視界が霞み、頬が擽ったい。テーブルに透明な雫が幾つも落ちる。
あの時の浮かれた自分を殴りに行きたい。
シェリに酷い言葉を吐き捨てた自分を殺したい。
解除方法のない魔法を掛けられ、ずっと好きだった相手への好意を全く好きでもない相手に向けられ、好きだった人には……嫌われてしまった。
しかも、シェリの隣にはミエーレがいる。
レーヴは昔からシェリのことでミエーレに相談していた。昔馴染みで誰よりもシェリと親しいミエーレ。
自分とは違い、学力も魔法の才能も群を抜いて優秀なヴァンシュタイン公爵家の3男。
知ってる。
昔から知ってる。
ミエーレがずっとシェリを好きなのを知っている。
「……もう……僕には……僕は……どうしたらいいんだ……っ」
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