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レーヴとシェリ2

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 向かい合って座るレーヴとシェリ。ルルの運んだ紅茶とカフェモカから湯気が上がるも2人は手をつけない。飲み物で気を紛らわせる気持ちが湧かない。無言のまま、時間だけが過ぎていく。気まずいながらもシェリはレーヴの次の言葉を待っていた。顔を青く染め、体を小さく震わせる弱い彼の姿を1度たりとも見たことがない。何時だってシェリが見ていた王子様は、王太子である兄王子の手助けをしたいと目に隈が出来ようが徹夜で勉学に励み、強くなろうと手の豆が潰れるまで剣を振り続ける姿。体調を崩そうが少々回復しただけで訓練に出ようとするレーヴに周囲がどれだけヒヤヒヤしたか。レーヴの見目に惚れたのは確か。一目見て婚約をしたい程に惚れたのは確か。でも、決して外見だけで好きになったのじゃない。必死に努力をするその姿に惹かれた。レーヴの妻になるのならとシェリも自分磨きを怠らなかった。アデリッサのように甘えた声ですぐに泣いていいのなら、何度そうしたいと思ったか。
 暫くするとレーヴが紅茶を飲んだ。シェリも釣られてカフェモカを飲んだ。温くな理、クリームの溶けたカフェモカも美味しいが出来立てがやはり一番美味しい。カフェモカを飲みつつ、レーヴの出方を伺う。
コトリとティーカップをテーブルに置いたレーヴは「シェリ」と呼んだ。ずっと呼ばれたかった名前呼び。アデリッサに魔法をかけられた当時の鋭さと嫌悪感はなくて、心の心の奥底が安堵した。


「はい……」
「僕は……元に……戻れるだろうか……」


 疑問形じゃない、でも否定してほしそうな声。ヴェルデとミルティーがどこまで話したか不明でも彼等が都合の良い嘘を吐くとは思えない。


「ミエーレはなんと言っているんだ……?」


 魔法の天才にして、ヴァンシュタイン秘宝を瞳に宿すミエーレの答えをシェリは告げた。
 “転換の魔法”に解除方法はないと。


「……そうか」


 諦念が浮かんだ青の宝石眼。恐らく、あの2人は“転換の魔法“についても話していたのだろう。


「ミエーレがそう言うのなら……間違いないんだろう」
「魔法に関してミエーレは嘘は言いませんから……」
「これが“魅了の魔法”なら、ミルティーの【聖女】の力で元に戻れたのだろうな」
「……はい」


 だが、仮にレーヴに掛けられたのが“魅了の魔法”なら、周囲の声を聞かず、アデリッサに心酔して破滅していた。魅了は相手の意思を自分だけのものにし、意のままに操ることが可能な一種の精神汚染でもある。


「殿下。殿下がアデリッサに魔法を掛けられた心当たりはありませんか……?」
「……きっと、あの時だろう」
「あの時?」


 ゆっくりと語られたレーヴの心当たりを聞き、シェリは泣きたくなった。
 王家主催の夜会翌日。やはりあの日、裏庭で彼が待っていたのはシェリだった。
 ヴェルデに聞き、翌日ならシェリは来る筈だと聞かされたレーヴだが、結局シェリは来ず(実際はレーヴがいてUターンをした)、なら次のチャンスは昼休憩時だと時間を改めようと教室に戻ろうとした。その際、アデリッサとぶつかって尻餅をつかせてしまった。手を貸してほしいと願う令嬢を無碍に扱うのも、王子として厳しく育てられたレーヴの矜持に反する。紳士として手を貸した直後……会って、想いを告げたい相手が目の前にいると抱いたのだとか。


(ああ……っ)


 力無く「僕も間抜けだよね」と笑うレーヴ。シェリは俯き、膝の上にある手を強く握り締めた。震えを、涙を、気付かれたくなくて。


(わたしが……わたしがあの時ちゃんとっ、レーヴ様と会っていたら……! こんな、事にはならなかったっ)


 後悔しても、もう遅い。
 償えない罪を背負った瞬間。
 ちっぽけな嫉妬と疑惑を抱いたせいでレーヴの心に大きな負担をもたらした。最初の、レーヴがミルティーを好きだと勘違いした時点で罪もない人達を不幸にし、振り回してしまっているのに。
 レーヴが自分を好きだと知った瞬間抱いた嬉しさも、昔からずっと一緒にいるミエーレに好きだと言われ戸惑った気持ちも。
 どれも、シェリが持っていいものじゃない。


「……レーヴ様」


 涙を堪えても、声は震えた。
 シェリの紫水晶の瞳が真っ直ぐ青の宝石眼と対峙した。


「待っていて、ください」
「待つ……?」
「わたしが……絶対にレーヴ様に掛けられた魔法の解除方法を見つけます。だからどうかっ、気を確かに持ってください。“転換の魔法”を解除さえすれば、あなたはもうアデリッサを好きだと思わなくて良いのです。……新しい、愛する人を見つけられるのです」
「っ」


 レーヴが好きなのはシェリ。
 ……自分には、誰かに好きでいてもらえる資格がないのだと、シェリは言い聞かせた。
 瞠目し、何故、とか細い声で発したのを聞かなかったフリをした。


「王族であるあなたに“魅了の魔法”じゃないとはいえ、心を操り自分の物にしようとしたアデリッサを決して許せません。そのせいで罪悪感に襲われているアデリッサの従者も救いたいのです。彼は、無理矢理元の主から引き離され、アデリッサの従者にされたので」
「シェリ、僕に出来ることは……」


 いいえ、と首を振った。


「……これはわたしの出来る、罪滅ぼしです。わたしのせいで振り回した人を助けるには、わたし自身がどうにかしないといけないのです」


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