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19話
しおりを挟む朝食を食べにやって来たのは以前ヒルデガルダも同行していた時に入ったリストランテ。昼やデザートの時間と違って朝の客足は少なく、店内でのんびりと過ごせる。モーニングセットを一つとホットミルクを一つ給仕に注文をし、自身の向かいにいるミラにお礼を述べた。
「ありがとうございますミラ。あの、殿下とロジャーズ公爵令嬢はあの後どうされました?」
「お二人はお嬢が面倒を見ると言っていたので後のことはなんとも」
「そうですか」
登場した時から何故か満身創痍なリーラ。リーラの怪我はレイラが癒したのだろうと訊ねると首を振られた。
「ラウラが殿下の怪我を治療しました。ロジャーズ公爵令嬢の魔力回路に異常が見られましたので、あのまま彼女が治癒魔法を使うのは危険だとお嬢が判断しまして。ご令嬢の方もオルチナが介抱したので心配はありません」
「殿下があの状態だった理由を聞きました?」
「いえ。それについては、お嬢やオーギュスト様に聞いた方がいいかと」
サンチェス家の主たるオーギュストならば事情を聞くのは当然で。ミラの言う通り、屋敷に戻り次第聞いてみよう。ただ、帰りたいという気持ちが重くまだまだ外にいたいと願ってしまう。
「態々、こんな所まで追い掛けて来るなんて……私と婚約破棄をしたくない理由がさっぱりです」
「そうですか?」
「ミラには分かりますか?」
「第二皇子殿下を詳しくは知らないので大層なことは言えませんが、少なくともメルフィーナ様に好意を持っていないと追い掛けては来ない筈です」
「シルヴァーナ家の当主の座が欲しいだけです」
「メルフィーナ様の知る殿下は、地位に拘る方ですか?」
「……」
自分で言っておいて違うと否定した。皇族として、強い魔力を持って生まれたリーラは周囲の期待に応えようと毎日を過ごしていた。次期皇帝ではない分、皇太子より幾分か時間の余裕があっても余った時間を使って自主鍛錬や勉強を怠らなかった。メルフィーナと婚約が決まると帝国筆頭公爵家に婿入りするのだからとより励んでいたと、皇太子妃デイジーから聞かされていた。実際、城でリーラを見掛けると難しい参考書と睨めっこしていたり、担当教官に教えを請うて魔法や剣の鍛錬に精を出していた。怪我をしようと服が汚れようとリーラの励む姿をメルフィーナの目には格好よく見えた。
遠くからしか見て来なかった。近くに行ったところでお互い顔を見合わせれば言い合いになってしまうから。
「殿下と思い出が一つもないと嘘を吐いたと、前に言いましたよね? 本当はあります。殿下は覚えているか分かりませんが」
「覚えていると思いますよ」
メルフィーナを労わっているだけの台詞、とは何故か聞こえないのは、本人に告げた時の表情がそれを物語っていた。ショックを受けたような、呆然とした面持ち。あれはミラの言う通りリーラは覚えていて、メルフィーナは覚えていないと思われたからだ。
先に到着したミラのホットミルクとメルフィーナのアイスティーがテーブルに置かれた。スライスされたレモンを沈めたり浮かせたりしつつ、先程のやり取りを思い出しては落ち込んだ。心に溜めてはメルフィーナの為にならないとはヒルデガルダの台詞。ミラにも「思い切り吐き出しちゃいましょう」と勧められ、気が付くと声を発していた。
「殿下とロジャーズ公爵令嬢が寄り添っている姿が私なんかよりよっぽどお似合いで、大体私を追い掛けて来たのなら一人で来なかったんだって、ミラのお陰で殿下にちょっとだけでも素直になって話したいと思えるようになったのに全部台無しだって怒った時にはもう……全部遅かった」
極めつけは治癒魔法を掛けるレイラの手を握った瞬間。
「私の手を握った時は顔を強張らせていたくせに……ロジャーズ公爵令嬢の手は自然に握るんだって。私は何を見せられているんだと考えれば、考える程殿下に対して怒りが爆発しました」
「朝食でお腹一杯にして、沢山遊んで嫌な気持ちも吹き飛びましょう。そうすれば、ロジャーズ公爵令嬢がいても落ち着いて皇子殿下と話せられるようになっていますよ」
「そうだといいな」
ミラのお陰で鬱々とした感情はメルフィーナの中には残っていない。運ばれた朝食を目にするとお腹が鳴った。いつもの時間より遅めの朝食とあってすっかりとお腹を減らしていたらしい。気恥ずかしさを抱きつつ、早速料理に手を伸ばしたのだった。
——場所は変わって帝国。執務室で皇太子夫妻の報告を聞いて頭を抱えた皇帝は「申し訳ありません……」と謝罪した皇太子をジト目で見上げた。
「何故メルフィーナの居場所を漏らしてしまったのだ。リーラが聞けば必ず行ってしまうと分かるだろう」
「あんな状態で行くとは予想外だったもので……申し訳ありません」
再度紡がれた謝罪に「もうよい。其方だけが悪いのではない」と皇帝は背筋を伸ばし、姿勢を正した。
厳しい視線を放つデイジーからちょっとだけ距離を取るも「殿下、嫌いになりますわよ」と警告されればピタッと動きは止まった。
「シルヴァーナ公爵のいる戦地へ赴いただけでも吃驚ですのに、フィーナの居場所を聞いたリーラ皇子が暴走しない筈がないではありませんか」
「す、すまない。リーラの気持ちを甘く見ていた私の責任だ。リーラは私が連れ戻します」
「転送装置の係員曰く、ロジャーズ公爵令嬢も付いて行ってしまったみたいよ」
「最悪だ……」
「自分の恋人を連れて行くなんてリーラ皇子は何を考えていらっしゃるの?」
皇太子と皇帝両者に、リーラとレイラの関係を黙認していることを責める視線を注いだ。実の妹のように可愛がっているメルフィーナを更に苦しめたいとリーラは誤解されても致し方ない。今此処でリーラとレイラの関係性を聞くよりも二人を帝国へ連れ戻すのが先決だ。
皇太子が転送装置の使用許可を皇帝に願った直後、魔法通信部の責任者が慌ててやって来た。
形式上の礼を見せた後、王国のサンチェス公爵から通信が来ていると伝えられると三人とも嫌な予感を持った。執務机に通信式が刻まれた魔法陣を展開させると男性の声が届いた。
『突然の連絡申し訳ありません。オーギュスト=サンチェスです。無礼を承知で皇帝陛下に至急お伝えしたい事が御座います』
「サンチェス公爵。もしやそれは……」
『リーラ第二皇子殿下とレイラ=ロジャーズ公爵令嬢が現在我が屋敷に滞在しています。帝国へ送還する日時をお報せしたく通信を飛ばしました』
二人揃ってサンチェス家へと行ってしまっており、更にメルフィーナの現状を訊ねれば、リーラとレイラの睦まじい光景を見せつけられ今は外に出ているとオーギュストから聞かされた三人は揃ってメルフィーナに同情してしまった。
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