逃がす気は更々ない

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 大好きな人が重い病に罹った。
 どんなに希少な薬草を煎じても、高価な薬を処方してもらっても、決して治らない。

 魔女の呪いとも呼ばれるそれは体に黒い文様が浮かび、全身に浸蝕すると体は文様に生命を奪われ死ぬ。遺体は黒焦げのようになるとも言われている。

 大好きな彼――ラシュエルが救われるなら、と婚約者候補筆頭のリナリアは“祈りの花”を求めて聖域へやって来た。認められた特別な人間しか入れない聖域に入れたリナリアは、見つけるのは奇跡に等しい“祈りの花”を見つけた。花と言っても一見蕾にしか見えないそれは、長期間祈りを捧げる事によって神聖な力を蓄え、開花した時その者の願いを叶うと言われている。

 リナリアが祈るのはラシュエルの快方。ラシュエルが助かるのなら何だってする、お願いします助けてください。咲くかも分からない“祈りの花”に毎日祈りを捧げた。

 凡そ数か月後。
 毎日祈りを捧げた甲斐あって“祈りの花”は開花した。願いを叶える花の色は黄金。眩い黄金を目にしたリナリアは花を両手で包んだ。
 これでラシュエルは救われる。彼は元気になる。


 ――なんて、ね。


「もう元気になってるってば……」


 自嘲気味に呟いた声の主はリナリア。その場に座り込んだリナリアは黄金に輝く“祈りの花”を両手の指で優しく撫でた。


「やっと咲いた……」


 “祈りの花”を持ってラシュエルの許へ行けば彼の病は完治する。が、行かなくても完治する。というか、である。既に完治している。

 リナリアには前世の記憶がある。

 九歳の時に大好きだった母が病死し、一年後、自分と一歳しか違わない娘と愛人を邸に連れ帰った父はそのまま再婚。以来、愛人は侯爵夫人となり、娘は侯爵令嬢となった。
 母と娘を騙していた父にショックを受けた時、本物のリナリアは死んでしまった。あまりにもショックが大きくて亡くなった母の後を追ったのだろう。今のリナリアは、前世部活動の帰りに事故に遭って亡くなった学生だ。この世界が友人に勧められて読んでいた恋愛小説の舞台だと知った時絶望した。

 何故ならリナリアは、帝国の皇太子ラシュエルが魔女の呪いに掛かったと知った時、彼を救いたい一心で聖域にしか咲かない“祈りの花”に希望を抱き、数か月間祈り続けた。

その甲斐あって願いを叶える花を咲かせたのに、いざラシュエルの許へ行くと魔女の呪いは既に完治した後だった。しかも治したのは異母妹。リナリアが聖域に籠っていた最中、異母妹に他者の傷病を癒す聖女の能力が覚醒し、ラシュエルの魔女の呪いを治してしまった。

 婚約者候補筆頭であったにも関わらず一度もラシュエルの見舞いにも来ず、痛む体で無理をして書いた手紙すら読まず、病に苦しむラシュエルを見捨てたとリナリアは周囲から非難された。ラシュエルからも。


「必死で弁解して、開花させた“祈りの花”を見せても聖女になった義妹が偽物と言っただけで周りは信じて。それでリナリアは婚約者候補から外されただけじゃなく、侯爵家からも勘当されるんだっけ」


 元々両親は政略結婚で父は母を愛していなかった。母にそっくりなリナリアの事も。桃色の髪と紫の瞳は結構気に入っている。父は不細工とよく言っていたが挿絵で描かれていたリナリアはかなりの美少女であった。今此処にいるリナリアも然り。

 前世の記憶があったにも関わらず、聖域に引き籠りこうして“祈りの花”を開花させたのが本物のリナリアなら、きっとこうしていただろうからとしただけ。今のリナリアにそんな気持ちはない。
 開花を目にした時、誰かがありがとうと言った。とても知っている声だった。きっと亡くなった本物のリナリアだ。


「ありがとうなのは私の方なのに」


 あのまま事故で死んだままでも全然良かった。

 元々自分は家族から疎まれていた。自分を出産後、母は亡くなった。父や兄達からは妻、母を奪った娘として扱われた。
 父にはいない者扱いをされた。偶に思い出しても睨まれ、時に暴言を吐かれた。
 兄達は更に酷い。長男は「お母さんが死んだのはお前のせいだ!! この人殺し!!」と毎日暴言を放たれ、次男は「なんでお前がいて母さんがいないんだよ!! 邪魔だ失せろ!!」と暴言だけではなく、暴力もふるわれていた。

 最低限の生活が出来ていたのは世間体を恐れていたからだろう。大学に進学したら家から出て行けと父に吐き捨てられた時は安堵した。大学には友人も通う。同じ大学に通えると泣いて喜んだ。


「私が死んで泣いてくれた人が一人でもいたらいいなあ」


 仲良しだった友人とか、父方祖父母とか。母方の祖父母も他三人と同じで母の命を奪って生まれた私を憎んでいた。お盆時期や正月なんかで会っても空気扱い。見せ付けるように兄達に渡していたお年玉は羨ましかったと呟く。


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