婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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番外編 私のお嬢様


  

  

「ナディア。料理長に薬草茶を頼んできて」
「分かりました」


 お願いね、と微笑を浮かべ見せた女性は私が仕えるプラティーヌ家の長女セラティーナお嬢様。強い魔力を持つ代わりに魔法を扱う才がないと言われる一族。代々、大商人としての顔を持つプラティーヌ家は王国一の財力を誇る。
 魔法使いに対し、強い劣等感を抱くプラティーヌ家においてセラティーナお嬢様はたった一人魔法使いの才を持って生まれた。そのせいで旦那様に冷遇され、いびっていた大奥様に似たセラティーナ様を嫌う奥様は便乗して同じように冷遇した。妹のエルサ様も旦那様達の影響を受けてセラティーナ様お嬢様への当たりがキツイ。他の使用人達だってそう。
 当主に愛されていないお嬢様に仕える価値はないと判断してお嬢様を見下していた。

 私がお嬢様付きの侍女になったのは、ある時旦那様がお嬢様付きの侍女を決める面接をするという報せを聞いたからだ。一族の方の専属になれればお給金が上がる。下の兄弟達を養わないとならない私は迷わず応募をした。私の他にも何人かの人が応募をしたのを知っている。


「料理長。セラティーナお嬢様が薬草茶を作ってほしいと」
「ああ、ちょっと待っててくれ」


 魔法を扱う才があるというだけで家族や周りに冷遇されるセラティーナお嬢様。ご本人に難はない。私の同僚はお嬢様の悪口を言うことで評価が上がると思っている節があるらしく、ことあるごとにお嬢様の悪口を平気で言い触らしていた。一番顕著なのはエルサ様付の侍女だろうか。時折、邸内で姉妹が擦れ違うと決まってエルサ様はお嬢様に突っ掛かる。側に控える侍女は嘲るように笑っているだけ。見ていて気分が悪くても、一介の使用人の私がどうこうする権限はない。

 ただ。


『エルサ』
『なんですか。わたくしに文句があるのなら——』
『リボンが少し曲がっているわ。横を向いてちょうだい』
『え、は、はい』


 お嬢様は姉の自分を見下すエルサ様に不快感も怒りも悲しみも見せない。淡々と姉として接していた。当たり障りがない程度に会話をする時もあれば、時折エルサ様について気になることがあると口を出す程度。そんな時のエルサ様は不思議とお嬢様の言う通りにしていた。
 何だかよく分からない姉妹。

 厨房に来た私が料理長に薬草茶を頼めば、慣れた手付きであっという間に出来上がった。


「お待たせ。ついでにマフィンも持っていてくれ」
「分かりました」


「それと」と料理長に渡されたのは、包み紙に包まれたクッキー。


「余りものだ。後でナディアが食べるといい」
「良いのですか?」
「ああ。いつもセラティーナお嬢様に仕えているナディアへの労いさ」
「ありがとうございます」


 数少ない……というか唯一と言って良い気がしてならない。料理長は絶対にお嬢様の味方。奥様の機嫌が悪いとお嬢様は食堂への出入りを禁じられる時があり、私室で食事を摂る場合がある。気を利かせた料理長が他の三人と同じ料理を作り私に運ばせるのだ。
 もしも奥様にバレれば料理長が叱責されるのでは……と一度訊ねたことがあった。


『心配いらない。奥様にバレても問題ない』


 笑顔で言われてしまえば私はそれ以上何も言えなかった。
 頂いたクッキーを包み紙に包めてスカートのポケットに入れた。薬草茶とマフィンを載せたトレーを持って厨房を後にし、お嬢様の部屋へ向かっている途中旦那様と鉢合わせをした。私が会釈をして通り過ぎようとすると旦那様に呼び止められた。


『セラティーナの様子はどうだ?』
『いつもと変わりません。今、お嬢様に頼まれて薬草茶をお届けするところです』
『そうか』


 邸内で旦那様と擦れ違う際、側に奥様やエルサ様がいない時だけ、お嬢様について訊ねられる。
 面接を受けた時、旦那様のお嬢様への態度は理由があるのではと感じる様になった。

 面接の際、旦那様は志望動機を訊ねて来た。他の応募者が何を言ったか分からないが私は私なりの言葉で伝えた。


『セラティーナお嬢様付きの侍女になれればお給金が上がると聞きました。私には、養わないとならない兄弟達がいますから……。お嬢様には誠心誠意仕えさせていただきます!』


『ふむ』と頷いた旦那様は次にこう発した。


『誠心誠意に、とは誰に対してだ?』


 この時は旦那様の質問の意図が分からず困惑した。誰に、と聞かれても仕えるのはセラティーナお嬢様。なら、答えは一つ。


『勿論、セラティーナお嬢様に対してですが……』
『そうか』
『あ、あの、何か間違った答えを言ってしまったのでしょうか?』


 充分とはいかないが兄弟達は養えている。もしもお嬢様付きの侍女になれれば掛けられるお金が増える。私としては専属の侍女になりたい。両手を組んで考える旦那様の返答を祈る様に待っていれば……。


『ナディア。明日から、お前がセラティーナの侍女だ。しっかりと務めるように』
『! は、はい!』


 その場で合否を伝えられるとは思ってもおらず、いきなりの合格に驚きつつ、精一杯の返事をした。私の後にも何名か応募者がいたが私で決まると各自持ち場に戻されて行った。
 執務室を出ようとしたら旦那様に呼び止められた。


『お前はセラティーナをどう見る?』
『どう、と言われましても……』


 公爵家の方々と接触する機会は滅多にない私がセラティーナお嬢様をどう見ているか、なんてすぐには答えられない。
 ただ。


『魔法が好きな……優しい人と思っています』


 何度か見たことがあった。人気のない場所で一人魔法の練習をしていたお嬢様を見掛けた。誰かがいたら旦那様や奥様に告げ口をされ、魔法の練習の妨げになる。こっそりと、静かに、魔法書らしき本を読みながらああでもないこうでもないと悩みながら魔法の練習をしていたお嬢様な非常に活き活きとしていた。
 確かに旦那様達がいては、活き活きと魔法の練習なんて出来ないだろう。こんなことを旦那様の前で伝えるか不安だったけれど、正直に言った方が良いと判断した。お嬢様は使用人が怪我をしたら手当てをし、時に家具を破損させてしまったらお嬢様がしたことにして庇ったり、ミスをした使用人を庇う時があった。

 皆が皆お嬢様を見下している訳じゃない。数は少なくてもお嬢様を気に掛ける人は料理長以外にもいた。


『分かった。もう戻っていい』
『は、はい』


 ——気のせい……? 旦那様……私がお嬢様のことを話している時のお顔が……。


 執務室を出て自分の持ち場に戻りながら、娘を温かく見守る父の顔をしていた旦那様を思い出す。お嬢様の実の御父上なのだからおかしくはないのだけれど、魔法の才を持って生まれたお嬢様を最も疎んでいるのが旦那様と言って良い。


「……いいえ」


 私の仕事はセラティーナお嬢様に仕えること。余計なことは考えないようにしなくては。

  

 薬草茶とマフィンを載せたトレーを持って部屋に戻れば、分厚い本を二冊テーブルに置いてお嬢様はどちらを読むか考えていて。私が呼ぶと顔を上げられた。


「薬草茶をお持ちしました。それと料理長にマフィンもと」
「ありがとう」


 お嬢様の前にトレーを置いた。


「美味しそうね。後で料理長にお礼を言わないと」
「きっと喜ぶかと」


 私は本について聞いてみた。


「お嬢様は何の本をお読みに?」
「ああ、これ? これはどちらも魔法書よ」


 青の表紙が祝福の魔法について、緑の表紙が魔法薬に関する書物と説明をされる。私にはどちらも縁がない。人並程度にしか魔法を使えないけれど、お嬢様付の専属になってからは護身術も兼ねて練習はしていた。


「どちらも難しい内容だけれど、読み進めていくと面白くて。先にどちらを読破するか悩んでいたのよ」


 淹れたての薬草茶を味わい、マフィンに手を伸ばすお嬢様。食べた途端、頬を綻ばせるお嬢様はとても綺麗だ。奥様は大奥様いびられた腹いせに、大奥様に似たお嬢様を嫌い八つ当たり紛いのことをする。本来であれば旦那様が止めるべきなのだろうが、魔法の才を持っているお嬢様を庇ったところを一度も見たことがない。

 ただ。
 ただ、旦那様は本心お嬢様をどう思っているのだろう。
 面接の時や偶に邸内で擦れ違う際に見せるお嬢様への気遣い。
 後……。


『セラティーナとグリージョの倅の関係はどうだ?』


 定期的にグリージョ様とのことも訊ねられる。聖女様と常に仲睦まじく、お嬢様とは会話もせず、目すら合わせようとしないグリージョ様はハッキリ言って苦手です。定期的に顔を合わせているお嬢様は婚約者として最低限振る舞うがそのどれもグリージョ様は反応を示さない。


『私から見てもあまり良いとは思えません……』
『セラティーナは……グリージョの倅をどう思っているんだ?』
『婚約者になったのだから、お互いに歩み寄りましょうとお嬢様は何度もグリージョ様に話しておられますが……あまり効果はありません。お嬢様自身、グリージョ様を好いているかどうかと聞かれたら……恐らく好いていないかと』
『ふむ』


 旦那様は客観的な意見を求める。特にいつも気にするのはお嬢様の気持ち。誰の目が見てもグリージョ様は聖女様を愛しておられる。気持ちが他の女性に向くことはきっとない。
 婚約者が嫌ならお友達として交流しましょうと言っても耳を傾けようとしないグリージョ様は、これからもきっとお嬢様を正面から見ることはない。


「三時間後に買い物へ行くから、ナディアも付いて来てちょうだい」
「畏まりました」


 家族に冷遇され、婚約者にも愛されない。普通だったら心が折れるか、関心を得ようと必死になる。お嬢様はどちらもしない。余程強い精神力を持っていないといつか壊れてしまうと不安になるがお嬢様だけは感じられない。
 側にいる時間が長いのは私。料理長がお嬢様の味方であっても厨房を離れられない。
 私だけでも、侍女としてこれからもお嬢様を支えていきたい。

  

  

 ——面接を終え、セラティーナお嬢様付きの侍女になって随分と経った。


 帝国への移住が済み、新しいお屋敷に荷物を運ぶ。旦那様は平民として生きていくと決め、皇帝陛下に持ち掛けられた爵位については固辞したと聞いた。
 私はエルサ様に仕えることとなったがセラティーナお嬢様の様子を定期的に確認する仕事を与えられた。離れて暮らしてもお嬢様はお嬢様らしく生活を送るだろう。会いに行く時、料理長特製の薬草茶を持って行けば、きっと喜んでくれる。お嬢様に会いに行く日は決まっており、その時が来たら料理長に頼もうと決め、私は荷物運びを続けました。


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