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連載
第二部 朝
前世の夫に会いたいと真剣に考えたのは何時頃のことだったか。婚約者のシュヴァルツ様は幼馴染のルチア様にばかり関心を寄せてばかりで、両親は妹のエルサだけを愛し、周りの人達も私という個人に関心がなかった。ただ、幸か不幸か私は物事に深く関心を示さない性質だった為特別自分が不幸だとは思わなかった。後になって今を思うとこれも全部お父様が料理長のフリードに頼んだ祝福の魔法のお陰なんだけれど。
王国の名家プラティーヌ家を出て行き、前世の夫がいる帝国に行くと決めた日以降、その頃には考えられない事ばかりが起きた。私が側を離れようとしただけで何故か執着しだしたシュヴァルツ様やシュヴァルツ様の心変わりを私に当たるルチア様、嘗て妖精族だけを狙った妖精狩りの再発やその黒幕。
「起きた? セラ」
「フェレス」
悪いことばかりじゃない。お父様やエルサの本心を知り、完全に和解した、とまではいかなくてもこれまでの日々を考えると改善されていった。お母様とは結局何も変わらずなのかしら。
フェレスとまた一緒に暮らし始めて早三ヵ月。前世の記憶を持っていたお陰で生活に戸惑いはなかった。隣で寝ていた彼は既に目覚めていて、私の寝顔を眺めていたのだとか。
「珍しいわね。フェレスが早起きだなんて」
「少し眠いけどね」
月の妖精たるフェレスは朝に弱い。滅法弱いという訳ではないが好んで早起きをするという概念はない。
「どう? もう慣れた」
「ええ」
朝の妖精族が暮らす森に建てられた一軒の小屋は私が前世セアラだった時とちっとも変わっていない。家の側にあるブランコも外でお茶をしたい時にと作ったガーデニングテーブルも何もかも。家の内装まで当時のままだったのは吃驚した。
「私が前に使っていた物まで残していてくれたのね」
小物も家具も服も——。
「大切な君のものを捨てられる筈がないじゃないか」
「ありがとう」
どれもフェレスが時間の経過を防ぐ魔法をかけていたお陰で五十年前の物とは思えない品質を保っていた。ただ、服についてはデザインが五十年も前のものだから古過ぎて外で着るのは止めよう。
身体を起こすとフェレスも同時に起きた。カーテンの隙間から漏れる陽光が彼の銀色の髪を照らす。朝に見るそれは眩しくても魅入られる魔性の魅力があり、夜に見るそれは夜空に浮かぶ無数の星々と同等の輝きを放つ。そっと指で触れると私が触りやすいように頭を少し下げてくれた。
「フェレスの髪は柔らかいわ。ふふ、朝は寝癖で跳ねているのが可愛い」
「そんな変わったことを言うのは君くらいなものさ」
フェレスも私の髪に触れる。長いプラチナブロンドを指で梳き、時折指先で髪をくるくると巻く。
「そろそろ朝食にしましょう? 皇帝陛下に呼び出されているのでしょう?」
「面倒だからなかった事にしたいくらいだ」
「駄目よ」
一緒に暮らし始めてすぐの頃も皇帝陛下はフェレスを呼び出しては、気が向かない彼に呼び出しを放置されることが何度かあった。その度に此処へ来てフェレスに怒っていたわね……。フェレスはいつもの事だと右から左に陛下の声を流していた。
少しは真面目にしないと陛下が不憫で帝都までは一緒に行きましょう? と提案すれば、私は行かないのかと若干拗ねた面持ちを見せられた。
「私はフェレスと違って気軽に城に入れる身分じゃないわ」
「関係ないさ。僕からシャルルに言っておくよ」
帝国に移住したプラティーヌ家は貴族ではなくなり、現在は平民として暮らしている。帝国側としては、お父様に爵位授与の話を受けてほしかったようだけれど、一商人として再出発を誓ったお父様は頑として首を縦に振らなかったと聞く。貴族ではなくなっても商人であることには変わりないから、と。
「僕がシャルルに会っている間、セラはどうするの」
「私はプラティーヌ商会に顔を出そうかしら。エルサに来てほしいって頼まれているの」
私の用事がなければフェレスはやっぱり陛下には会わないと言いたかったのだろうが、生憎と私にはエルサに会う大切な用事がある。諦めたフェレスが渋々といった感じで「分かったよ」と折れてくれた。
「ふふ、ありがとう。これで陛下の苦労も少しは減ったわね」
「セラはシャルルの味方?」
「味方というより、フェレスに振り回される陛下がちょっと気の毒というか……」
「思わなくていいさ。僕はシャルルが子供の頃から知ってる。ちょっとやそっとじゃめげないよ」
「だとしてもよ」
見ていると不憫に感じてしまう場面が多々あり、フェレスに折れてもらっている。
楽しいお喋りを一旦止めて朝の支度をしましょうとベッドを降りる前に名を呼ばれ振り向くと——額にそっと唇が触れた。
「まだ言ってなかったね。おはよう、セラティーナ」
「おはよう、フェレス」
私達の朝はこうして始まった——。
魔法を使って櫛やブラシ、タオルや石鹸等をまるで人が扱っているかのように操り朝の身支度を済ませるフェレスを後目に、先に支度を終わらせた私は朝食の準備に取り掛かった。
小さな台所も五十年前と殆ど変わっていない。私と暮らす前は料理なんてしたことはなく、それ以前に台所がまずなかった。フェレスに頼んで家の一角に台所スペースを作ってもらったのはよく覚えている。壁に打ち込んだ数個のフックには鍋やフライパンを掛け、フックに提げられる小物入れには新しい調味料を置いている。
三ヵ月前、五十年振りに戻ったら調味料までそのままで驚いてしまった。いくらフェレスの魔法で時間の経過を防いでくれているとはいえ、使えるかどうか不安だったけれど調味料の良し悪しを自分で調べた。セラティーナとして生まれて十八年。今世は一度も料理をしていなかったけれど、前世の記憶を頼りに料理をしたら昔と変わらない味を出せて嬉しかった。
調味料は問題なく使用が出来、十日後には使い切って新しい調味料を購入したのは記憶に新しい。
「えっと……」
食材を置くテーブルに近付き、バスケットにかけている布を取って卵が残り少ないことを知る。そういえば昨日の昼食はオムライスにしたんだった。
「ベーコンはあるわね。パンは……あ、パンも朝食で終わりそう。後は……」
野菜や果物は地下に保管している。一定の気温が保たれたそこは食材を保管するのに打ってつけの場所。
「何処へ行くの?」と地下へ移動しようとした私をフェレスが呼び止めた。
「エルサに会った後買い出しをして補充する物がないか確認をしたくて」
「だったら、僕と一緒に行こうよ。シャルルの話が長引かないよう早く終わらせるね」
こればかりは断ってもフェレスは譲らないだろう。心の中で陛下に謝りつつ、フェレスの用が終わった後は一緒に買い出しへ行くと決まった。
地下に移動し、必要な食材を頭の中に入れて地上に戻るとフェレスの周りが静かになっていた。朝の身支度が終わったのだ。
「僕も手伝うよ」
「ううん。私に作らせて。こうやって、またフェレスに食事を振る舞うことが出来て嬉しいの」
叶わない夢で終わっていたかもしれない望みが出来ているという現実をもっと沢山味わっていたい。月を宿した青の瞳が丸くなるも、フェレスは私の好きなようにさせてくれたのだった。
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