婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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1巻

1-1




   プロローグ 壁の花


 今日は王城の豪華絢爛な舞踏会場で王太子殿下の誕生日パーティーが開かれている。
 私は壁の花になって中央で踊っている絶世の美貌を持つ男女を眺めていた。
 私の名はセラティーナ・プラティーヌ。
 プラティーヌ家の特徴でもある、腰までの少々癖のあるプラチナブロンドと青い瞳を持つ、――王国一の財力を持つプラティーヌ公爵家の娘。
 中央で踊っている男は私の婚約者シュヴァルツ・グリージョだ。灰色の髪と同じ色の瞳を持つ美しい公爵家令息。そして、彼が熱の籠もった瞳で見つめる相手はルチア・ルナリア伯爵令嬢。
 二人は幼馴染だった。
 だがルチア様は久しぶりに現れた聖女で、シュヴァルツ様は私の婚約者。
 シュヴァルツ様と婚約した私は、両想いの二人の仲を引き裂く悪女だと社交界で囁かれている。
 今でもそう。ファーストダンスが終わったらすぐにシュヴァルツ様はルチア様の許へ急ぎ、いつも置いて行かれるので、周囲にいるほかの貴族に嘲笑われていた。


 ふう、と息を吐き給仕から貰ったワインを飲む。
 味は良いのに周囲のせいで台なしだ、と再度溜め息を吐くと「華やかな場に辛気臭い方がいらっしゃるわね~」と数人の令嬢を引き連れ、宝石のついたリボンで金の髪をハーフアップに結った令嬢がやって来た。
 私の妹エルサだ。

「そんな陰気な性格だから、グリージョ様もお姉様が嫌なのですよ」

 後ろの令嬢達がエルサの言葉に次々に同意する中、私はあることに気づいた。
 けれどここで言うべきかと悩む。何も言い返さない私に痺れを切らしたのか、エルサが「何か言ったらどうなのです?」と語気を強めた。
 そこまで言うのなら、と私はグラスをテーブルに置いてエルサの前に立つ。
 急に近くに来たせいでエルサは身構えたのか、ビクッと肩を揺らした。
 私は両手を伸ばし、少し結びが緩んでいるエルサのリボンを結びなおした。
 きょとんとするエルサに少し笑いかけて首を傾げる。

「リボンが緩んでいたわ。ダンスを踊った時に緩んでしまったのね」
「あ……ありがとうございます……」

 私がそんな声がけをするなんて想定外だったのだろう、瞬きを繰り返すエルサは私の前から立ち去る気配がない。取り巻きの令嬢達も何とも言えない空気に困惑している。
 私はエルサに「まだ何か用が?」と訊ねた。

「……な、何でもありませんわ」
「?」

 エルサは何をしに来たのかしら。妹は急に不機嫌になって令嬢達を連れ、どこかへ行ってしまった。去り際、耳が赤かったが大丈夫だろうか。
 私はまだ中央で踊り続ける婚約者と聖女の二人を一瞥し、気にせずにスイーツを取りに行った。王太子殿下の誕生日を祝う場だけあって用意されているスイーツはとても豪華だ。私が大好きなオペラもツヤツヤとした光沢を放ちながら並んでいる。王城が用意したオペラは絶対に美味しいだろう。期待して小皿に載せ、スイーツ用のフォークを手にして一口頂く。
 予想通り格別に美味しい。毎日では飽きてしまうけど、月に一度は食べたい味ね。
 周囲の視線は感じるけれど、誰も私に声をかけようとはしなかった。エルサみたいに堂々と私を馬鹿にしようとする人はほかにいない。エルサは妹だからできるのだろうが、昔から私の周りにはあまり人が寄って来ない。特に悪意を持つ人は。
 ――昔もそうだった。
 急に外の空気を吸いたくなって、オペラの残りを素早く食べきってからテラスに出た。
 雲一つない夜空を見ていると思い出す。
 ――フェレス……
 彼の、夜空に浮かぶ小さな星々のごとく光る銀色の髪も、瞳に月を宿す濃い青の瞳も。
 甘く聴覚を刺激する低い声も……全部まだ鮮やかに覚えている。



   第一章 夫に愛された前世の記憶


 私は前世というものを覚えていた。
 前世は、長寿の種族と言われる妖精族の男、フェレスの妻だった。
 妖精族の妻でありながら、私は前世も人間だった。
 妖精族のフェレスに一目惚れだ、好きだと告白された時は大層驚いたものだ。
 互いをよく知りもしないでフェレスを受け入れるなどということはできなかった。
 二回断り、三回目の告白をされた時、彼がどんな人かを知って考えたいと告げ、私達の交際が始まった。
 妖精族はとても気紛れな種族で、基本的には自分達の生活が脅かされなければ人間はどうでもいいと思っている。
 人間が見目麗しい妖精族に惚れることはあっても、妖精族が自分達より遥かに寿命が短い人間に惚れることはほとんどなかった。
 だから彼の告白に余計驚いた。
 フェレスの気持ちを受け入れ、結婚し……前世の私が寿命を迎え、その生涯を閉じるまでフェレスは心から愛してくれた。

「フェレス……」

 私が前世の記憶を持ったまま、新たな人生を迎えていると気付いた時は驚いた。
 前世を終えてから約五十年経過している。
 けれど当時から三百歳を超えていたフェレスだ、たかが五十年、彼にとったら短い期間だろう。
 ――会いたい。フェレスに会いたい。
 もしも、彼にほかに愛する人がいるなら邪魔はしない。
 遠くから一目でもいい、フェレスが幸せでいるか見たい。
 夜空を見上げながらそんなことを考える。

「さむっ」

 少々外に長くいすぎたようだ。
 会場に戻ると中央で踊っていたシュヴァルツ様とルチア様はいない。
 ずっと踊っている訳ないか、と探そうとしたがその必要はなかった。
 シュヴァルツ様はすぐに見つかった。ルチア様の腰を抱いて至極大事そうにエスコートしている。
 私に対しては互いの隙間がなくなるほど、ピッタリくっ付いてエスコートしないのに。
 周囲の人間は二人を見つめる私を目敏く見つけ、ここぞとばかりに嘲笑う。
 だが、私にとってはどうでもいい。
 あれなら、シュヴァルツ様は聖女のエスコートに忙しかったので、自分は先に帰ったと言い訳できる。
 さっさと帰りましょう。
 小さく欠伸をしてから会場を出る。
 嘲笑していた周囲の者達はギョッとした様子だった。
 悔しそうに、悲しい顔をして出て行く私を期待していたのかしら。
 外に出て馬車の所へ移動しようと進み始めた矢先、ふと思い出した。
 形式上は婚約者のため、シュヴァルツ様が私を迎えに来てその馬車で王城に来た。
 帰りも当然グリージョ家の馬車に乗る前提だ。私一人では乗れない。
 困った……王太子殿下の誕生日パーティーが終わるのは夜中を超えるだろう。
 シュヴァルツ様が私の存在を思い出すとは思えない。月に一度あるデートですらすっぽかされるのだから。いつだったか、待ち合わせの場所に行っても来る気配がなく、帰った経験すらある。その時も事前に報せの一つでも入れてくれていればいいものを……と呆れ果てた。
 どうやって帰ろうか考えていると「お姉様」と呼ばれた。
 振り向くと一人でエルサが腕を組んでいる。

「エルサ? どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、グリージョ様に存在を忘れられて、一人惨めに帰ろうとしているお姉様を笑いに来たのですわ」
「そう。今の時期、夜空の下は寒いから早く会場に戻りなさい。貴女、昔はよく風邪を引いていたのだから」

 エルサは今でこそ健康だが、幼少期はベッドの上で過ごす日々が多く、両親は病弱な妹を溺愛していた。元々両親は、厳格な祖母によく似た私より、母によく似たエルサを可愛がっていたから、病弱でなくても妹は愛されていたのだけれど。
 私が視線を逸らすと、エルサは「わ、わたくし、疲れたから先に帰るとお父様とお母様に言ってきたので、わたくしも帰るところです」と慌てた様子で言ってきた。

「そう? 気を付けてお帰りなさい」
「お、お姉様はどうやって帰るおつもりですか? か、帰りの馬車なんてないのでしょう?」
「そうなのよ」

 困ったわと溜め息を吐く。
 勝ち誇った笑みを見せたエルサが何かを言う前に、私は王城の外へと歩き出した。

「お、お姉様!」

 また慌てた様子でエルサが声を掛けて来たので振り向く。

「どうしたの?」
「どこへ行くおつもりですか?」
「街に行って帰りの馬車を拾うわ。貴女も早く帰りなさい」
「城から街までかなり距離がありますよ!?」
「ええ、そうね。でも、仕方ないわ。さすがに城から屋敷までとなると徒歩はきついから、街で馬車を――」
「お姉様が街まで歩いている姿を誰かに目撃されたら、我がプラティーヌ家の恥です! すっっっごく嫌ですが、同乗いたしましょう」

 眉根に皺を寄せるエルサは言葉通りかなり嫌そうだ。
 が、どうして頬が赤いのだろう。
 具合が悪いのかと心配になって首を傾げる。
 私は前世の記憶を持つおかげで、普通の令嬢よりは争いごとへの対応力もあるし、攻撃魔法も扱える。何かあっても私なら一人でも無事でいられる。
 それよりも早くエルサを屋敷へ帰そうと、一緒に馬車へ向かった。
 プラティーヌ家の家紋がある馬車に着くと御者が私を見て目を丸くする。

「あれ? セラティーナ様は今夜グリージョ様の馬車で戻るのでは?」
「ちょっと事情が変わったの。エルサを乗せて早く戻って。具合が悪そうなの」
「お姉様も乗りますわよ!」
「わっ」

 御者に扉を開けさせてエルサを乗せたら、彼女に腕を引っ張られ、中に引き込まれた。
 御者は私も中に入ったのを見たのか、扉を閉めた。
 仕方なくエルサの向かいに腰を下ろす。

「貴女、どうして私を?」
「さ、さっき言いました」
「大丈夫よ。今はまだ皆会場にいるだろうから。こんなに早く帰るのは私達くらいよ」
「貴族の娘が夜遅く一人で街を歩いて、無事で済むとお思いですか!?」
「私は魔法が得意だから、何かあっても一人で対処できるわ」
「そ、それは、まあ……お姉様はプラティーヌ家の者からすれば、魔法が得意な方ですけど……」

 王国一の財力と個人が持つ魔力量を誇るプラティーヌ家だが、魔法の扱いが下手な者しかいない。商売に関する才はあっても魔法に関してはイマイチなのだ。
 私が魔法を使えるのは前世を覚えているからだろう。
 私以外で魔法が得意な一族の者は今はほぼいない。
 魔法を上手く扱える私に劣等感を持っているのが父。母は自分に厳しかった義母の面影がある私を遠ざけ、さらに夫に同調して私を嫌うようになった。
 両親との関係は絶望的だが、妹との関係も悪い……とは一概には言えない。
 何かにつけて突っ掛かってくるが、完全に悪者になれないのがエルサ。
 二人きりだとこうして冷静に会話が成立する。

「お姉様がグリージョ様と婚約したのは、お姉様の魔法の才能をグリージョ公爵が見初めたからですよね?」
「それと我が家の財力に目を付けたからよ」
「聖女様と婚約しなかったのは、そのためですか?」
「ちょっと違うわね」
「歴代の聖女は王族と婚姻を結ぶのが習わしよ。今の聖女様も例外じゃない。初めは王太子殿下と婚約が決まっていたの。ただ――」

 王太子殿下と聖女の婚約が成立する前に、王太子殿下は大国である隣の帝国の第二皇女との婚約が決まった。帝国との縁が聖女よりも重要視された結果だ。
 王子は王太子殿下の一人しかいない。下には王女が二人いるが、聖女と婚姻を結べる王族がほかにいなかったのだ。この時点で聖女がシュヴァルツ様と婚約を結べていたならよかったのだが……その時すでに私との婚約が成立していた。確か二年は経過していた。
 プラティーヌ家の財力と私の魔法の才能欲しさに婚約が結ばれたので、グリージョ公爵は我が家との婚約解消をしなかった。
 その頃からだ、社交界で私が両想いの二人を引き裂く悪女扱いをされ始めたのは。

「王太子殿下と帝国の第二皇女の婚約は何よりも優先されるべき政略結婚よ。両国の関係性を強く結びつけるためのものだもの。誰も異議なんて唱えないわ」
「ですが、今日、第二皇女はお見えにならなかったのですね」
「ええ。運悪く、帝国で流行っている感染症に罹られたみたい。でも、今朝の新聞に帝国に仕える魔法使いが特効薬を見つけたと載っていたから、じき回復するでしょう」
「し、新聞なんてお読みになられるのですか?」
「ええ、読むわよ」

 自国の情報はもちろん、他国の情報もしっかりと把握しておきたい。
 帝国について書かれた新聞を読みながらよく思い出すのは、フェレスと住んでいた帝国領の帝都から遠く離れた場所にある森の奥の住処だ。そこで二人ずっと暮らしていた。
 かつてフェレスは私と会う百年前からそこに住んでいると語った。
 きっと今も暮らしているだろう。

「グリージョ公爵は御子息と聖女様が両想いだとご存じでしたよね、それなのにお姉様と婚約させるなんて」
「さっき話した通り、元々、聖女様は王太子殿下と結婚するはずだったのよ。その慣習が反故にされても、私とシュヴァルツ様の婚約をなかったことにする理由にはならないわ」

 本来ならグリージョ公爵から我が家に婚約破棄なり、解消なりを言い渡してもらいたい。
 ずっと待っているのだが、一向にないのだ。
 私と婚約しているせいで想い合うルチア様と婚約できず、シュヴァルツ様からも嫌われている。出会った当初から彼に嫌われているのは知っているが、王太子殿下と帝国の第二皇女との婚約が決まってから、より嫌悪の眼差しが強くなった。
 ――馬車がプラティーヌ家に到着し、御者が扉を開けた。
 先に私が降り、エルサに手を差し出す。
 振り払われるかと思ったが意外にも手を掴んでくれた。

「……ありがとうございます」

 小さな声で紡がれたお礼の言葉。
 いいのよ、と告げて私は先に邸内に入った。
 部屋に戻り、息を吐いてソファーに座る。
 今日の夜会や婚約について溜め息を吐いていると扉がノックされた。
 応えを返すと「失礼します、セラティーナ様」と専属召使のナディアが入ってくる。

「ナディア、湯浴みの準備をして」
「畏まりました。それと薬草茶をお持ちしました」
「ありがとう」

 カートに載せたティーカップを受け取り、濃い緑色の飲み物に臆せず口を付けた。
 この薬草茶は夜会やお茶会の後、必ず飲む。疲労回復の効果があるのだ。

「エルサ様も戻っているようですが、お二人で……?」
「ええ。私が一人で馬車を拾いに街へ向かおうとしたのだけれど、プラティーヌ家の恥になるからって馬車に乗せてくれたの」
「グリージョ様は……」
「聖女様に夢中だったから帰って来ちゃった」
「そう、ですか」

 何とも言えない顔をするナディアに気にしないでと薄く笑い、湯浴みの準備を促す。
 ナディアは私の飲み干したカップを受け取り、準備ができ次第、呼びに来ると言って退室する。

「シュヴァルツ様の気持ち、わからないでもないのよね……」

 愛する人がいるのに、愛する人と一緒になれないシュヴァルツ様の気持ちはよくわかる。
 前世の夫と一緒になれない日々を過ごす、今の私の状況も同じだからだ。
 夫に愛された前世の記憶があるおかげで、今の両親にもシュヴァルツ様にも愛情を求めずとも、まだ大丈夫。エルサは可愛い妹と思っているが、本人にどう思われているか不明だ。昔、正面から嫌いだと言われたので嫌われてはいる、はず。
 考えている内にナディアが湯浴みの準備が完了したと呼びに来た。
 今行くわ、と答えてソファーから立ち、浴室に向かった。
 湯浴みを終え、部屋で冷たい紅茶を飲んでいると慌てた様子のナディアがやって来た。

「セラティーナ様、グリージョ様がお見えです」
「シュヴァルツ様が?」

 私が彼に何も言わず帰宅したのに、今になって気付いたのだろうか。
 私と妹が帰宅してもう二時間以上は経過している。
 かなり焦った様子だったと告げられ、会わない訳にはいかない。
 空のティーカップをナディアに渡して玄関ホールへと向かった。
 扉の前にいるシュヴァルツ様は少々髪が乱れ、頬に汗の筋があった。
 私が顔を見せると「セラティーナッ!」と切羽詰まった声色で詰め寄る。

「なぜ先に帰った。それも私に一言もなくっ!」
「いえ……シュヴァルツ様はルチア様に付きっ切りだったので、私がいなくてもよいだろうと判断しました」
「ルチアの側にいてセラティーナを蔑ろにしたのは済まなかった。だが、無言で帰ることはないだろう」
「私がいようがいなかろうが、シュヴァルツ様には大した問題ではないでしょうに。なぜ気にするのです」
「なっ、私は急にいなくなった婚約者を気にも留めない男だと思っているのか?」
「そうですね……」

 ただ、私を好いているかと訊けば絶対に返答に困るのは間違いない。
 何度かデートの約束を忘れたり、前もって約束していたエスコートを当日になって反故にしたり、と前科をお持ちだ。そう指摘すると気まずそうに目を逸らされた。

「そ、それは……」
「無言で帰宅したのは申し訳ありませんでした。シュヴァルツ様は私がいることを忘れていらっしゃると思っていたので」

 嫌味ではなく本心からの言葉だが、彼には嫌味に聞こえるだろう。

「私は安全に帰宅したのでシュヴァルツ様もお気になさらず。そういえば、ルチア様はどうされたのですか?」
「ルチアはルナリア伯爵に託した。心配ない」

 ――いえ、心配は特にしていません。

「そうですか。では、シュヴァルツ様もお気を付けてお帰りください」
「……ああ、そうする。セラティーナ、今度からは一言でもいい。私に声を掛けるように」

 そう言ってシュヴァルツ様は帰って行った。
 そういえば、どの時点で私がいないと気付いたのか、聞くのを忘れていた。
 気にするほどでもないかと一人頷き、私は私室に戻った。


 翌朝、普段通りナディアに起こされ、いつものように朝の身支度を整えた。
 食堂に赴くとすでに両親とエルサがいて先に朝食を食べ始めている。

「おはようございます、お母様、お父様、エルサ」

 礼を取り、家族に朝の挨拶を述べるが返事は来ない。
 そんな家族の態度に慣れた私は自分の席に向かった。
 両親がエルサと和気藹々あいあいと話をしているが、私は無言で座について朝食に手を伸ばす。
 こんがりと焼かれたベーコンをナイフとフォークを使って切っていると前方から鋭い声が飛んで来た。

「いたのか、セラティーナ。いつ来たのだ」
「あら。わたし達に挨拶もなしに食事をするなんて、本当に礼儀がなっていない子ね」

 両親から早速嫌味を言われる。

「朝の挨拶はしました」
「お前の声が小さいせいだろう。私達は一切聞いていないぞ」

 ここで反論しても面倒なだけ。
 再度、さっきの声量より二倍大きな声で朝の挨拶を述べた。
 声が大きいと叱られるが、最初の挨拶は声が小さくて聞こえなかったと言われたので、声を大きくしたと反論する。これ以上言うと両親、特に父を刺激するだけだ。
 後は何も言わず、さっさと食事を進めた。
 ナディアが私を心配そうに見るが、面倒になれば魔法を使って両親の意識を逸らせばいいだけ。

「まったく、昨日はシュヴァルツ様に断りもなく勝手に帰ったそうだな! 慌てた様子で私達に聞きに来られたぞ」
「ルチア様と一緒にいらっしゃるのを邪魔しては申し訳ないので」
「お前が至らないから、シュヴァルツ様はいつまで経っても聖女様を忘れられないのだ! 少しは婚約者としての役目を果たせ」

 十分に果たしているつもりだ……と言っても聞いてくれないので言わないでおく。

「申し訳ありません。以後、気を付けます」
「こんなことならエルサをシュヴァルツ様の婚約者にすればよかったわ」
「仕方ないだろう。グリージョ公爵が望んだのがセラティーナなんだ。魔法の才能があるだけが取り柄の娘を貰ってくれるんだ。ありがたいじゃないか」

 母の言葉に父が首を振りながら頷く。
 自分が、というより、プラティーヌ家に生まれる者に魔法の才能はほぼない。
 稀に私のような者が生まれるが、それが羨ましいのだ、父は。
 両親の小言を右から左に聞き流しながら、さっさと朝食を食べ終えて席を立ち、食堂を出た。
 そういえば、いつもなら両親と一緒にエルサも嫌味に加わるのに、今朝はなかったわね。

「どうせ、昼や夜に嫌味を言うでしょうけどね」

 私室に戻りながら今日の予定を思い返すが、今日は何もない。
 となると、行きたい場所は……
 私室に入り、一緒に戻ったナディアに振り向いた。

「一時間後、出掛けるわ」
「どちらへ?」
「街を散歩したいの。貴族御用達の店には行かないから、小さめの馬車を手配しておいて」
「はい、セラティーナ様」

 ナディアが部屋を出て行き、私はベッドの端に腰掛けて瞳を閉じた。
 昨日のシュヴァルツ様とルチア様を思い出す。
 想い合っているのに婚約者がいるせいで結ばれない恋人達。
 お互いを熱が籠もった瞳で見つめ合う二人を見ていると前世の夫が脳裏に浮かぶ。
 かつての自分もああやってフェレスとよく見つめ合った。
 心の底からフェレスを愛しているから、愛する人と一緒になれない苦しみは想像を絶するだろうということは理解できる。

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