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剪定し薄青 7
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―リコリス―
11月21日(水) 22:03
マンションの部屋に1人。リコリスは電気もつけず、いつものように椅子に座りデスクでゲームに耽っていた。
激しく明滅を繰り返す画面が一転。システムチックな音声が勝利を告げると瞬く間に勝利をたたえる専用の画面に切り替わる。今までに見たこともないようなハイスコア。
「やっぱり外は気楽でいいわ~。調子もいいし、ここに住めたらなぁ」
伸びをしながら言葉を漏らした。彼女にとってこの部屋は“外”と呼称するのに十分な環境だった。
アジトでは基本、常にカメラが回っている。
それはリコリスや他のメンバーを監視するためではなく、万が一の場合即座に対応するためと説明されているが、やはり気分のいいものではない。
リコリスはなんだかんだと言い訳をしてカメラを切っていたが、それでも監視の目があると思いながら暮らすのは窮屈なものだ。ストレスが溜まる。
信用がない。工作員に自由はないのだなとリコリスは不満を感じていた。
ここにはカメラがない。それはここに来た初日オクタが部屋中を隈なく探した結果だ。間違いない。
アジトから離れ1人になったリコリス。久しぶりの自由を謳歌していた。
対岸のマンションには今回の暗殺の対象者であり、同僚でもあるリーストが住んでいる。
リコリスがこのマンションに引っ越して来たのも彼を見張るためだ。
彼は仕事の都合上外出することが多い。ボロを出すなら必然的に人と会える外になるため彼の家を見張る意味は薄いが、彼が持ち歩いていないものに物的証拠がある可能性も捨てきれない。家探しすることも視野に入れここに引っ越して来たというわけだ。
(六花ちゃんじゃあるまいし、外出て歩き回るのは私には無理かなぁ)
リコリスは監視を自作のAI、m.a.p.l.e.に丸投げし、ゲームに没頭できるこの役回りを買って出てよかったとすら思っていた。
数日間監視をしていたが、彼の生活はほぼほぼルーティンが決まっているらしく、サラリーマンのように定時に家を出て、帰ってくる。
聞かされていなければ変な仕事をしているとは微塵も思わないくらい健康的で規則的な生活をしている。
締め切ったカーテンのわずかな隙間に三脚で固定したカメラを設置し、監視をm.a.p.l.e.に一任するとリコリス本人はあまり仕事がない。
今回に限ったことではなく分かっていたことだが、オクタたちチームメンバーのように腕っぷしの強くないリコリスには今回あまり出番はなさそうだ。
壁の外に風が吹いた。ガラスがかすかに音を立てる。
(ん?来たかも)
リコリスはそう察するとカメラが映らないように注意しながらカーテンごと窓を開けた。冷たい夜風が部屋に吹き込む。反射的に身体が震える。
下着とは言わないがラフすぎる格好でだらしがない。もう少し厚着をしていればと思うくらいに外は寒かった。
リコリスは何の意味もなく窓を開けたわけではない。風を吹き込ませるためというと適切ではないが、それが間違いとも言い切れない。
風と共に“彼女”が入り込む隙間を作ることこそが目的である。そして、それが万一誰かに見られていたとしても違和感のないように予め干しておいたタオルを部屋の中に仕舞い込んだ。
「いらっしゃい。意外といい部屋でしょ?」
「ええ、まだ来て数日。とはいえ、掃除の必要が無さそうで安心しました」
六花だった。キャップを被り、ジャケットにショートパンツを着こなす彼女。低身長な割にストリートスタイルが似合い、スタイルもよく見えると感心したが、気取られると気分を害されるかもしれないと思い苦笑いを浮かべた。
リコリスとオクタがこのマンションを隠れ家に選んだ理由は建物の角度にあった。リコリスの借りた角部屋はリーストの部屋から見ると部屋の端が丁度見切れるようになっていた。そしてその死角になっている側の面にはお誂え向きに配管や室外機が取り付けられていて六花が“登る”のにちょうど良かった。
頻繁にオクタが部屋を訪れるのも不自然だ。それならメッセージでとリコリスは提案したが、オクタは渋い顔でそれを却下した。
オクタ曰く「傍受の可能性がある」とのことだった。彼には彼の考えがあるのだろう。メッセージでやり取りができないのは面倒だったが、代替案としてオクタが提示したものが六花だった。
六花はワイヤーを使った3次元的な動きで敵を翻弄することを得意としており、戦闘だけでなく移動や逃走などにも応用を利かせられるほど安定した技術を有している。
六花なら監視カメラに捉えられたり、通行人に姿を見られたりするようなヘマはしない。
ならば移動を見られる心配もなく、カメラもマイクもない部屋に入ってしまえばやり取りを盗み聞くことも容易ではない六花を伝書鳩代わりに使うのは合理性の観点から言えば正解だろう。
リコリスとしてもメッセージは送らないようにするとチームで決められた以上、堂々とそれを破るわけにはいかない。しかし、六花からの“お願い”に関してはなるべく力にはなりたいと考えていた。やり取りする術を無くしかけていた矢先にオクタのが六花を連絡手段にすると提案した。
リコリスはそれを渡りに船と言わんばかりに了承した。
「食料品も結構ため込んでますね。外でないと不健康にって今更ですかね」
部屋を見て呟く六花。
「いいでしょ?籠るにはもってこいだよ。m.a.p.l.e.もいて私はなーんにもやることないし?」
「ちゃんと監視はしてくださ――」
「――でも、おかげでいいもの見つけたよ」
やれやれとため息を漏らす六花の言葉を遮った。
――R1108式戦闘法。
リコリスは淡々とそう口にした。
「“オクタさんの使う戦闘法についてまとめられた資料”だよ」
11月21日(水) 22:03
マンションの部屋に1人。リコリスは電気もつけず、いつものように椅子に座りデスクでゲームに耽っていた。
激しく明滅を繰り返す画面が一転。システムチックな音声が勝利を告げると瞬く間に勝利をたたえる専用の画面に切り替わる。今までに見たこともないようなハイスコア。
「やっぱり外は気楽でいいわ~。調子もいいし、ここに住めたらなぁ」
伸びをしながら言葉を漏らした。彼女にとってこの部屋は“外”と呼称するのに十分な環境だった。
アジトでは基本、常にカメラが回っている。
それはリコリスや他のメンバーを監視するためではなく、万が一の場合即座に対応するためと説明されているが、やはり気分のいいものではない。
リコリスはなんだかんだと言い訳をしてカメラを切っていたが、それでも監視の目があると思いながら暮らすのは窮屈なものだ。ストレスが溜まる。
信用がない。工作員に自由はないのだなとリコリスは不満を感じていた。
ここにはカメラがない。それはここに来た初日オクタが部屋中を隈なく探した結果だ。間違いない。
アジトから離れ1人になったリコリス。久しぶりの自由を謳歌していた。
対岸のマンションには今回の暗殺の対象者であり、同僚でもあるリーストが住んでいる。
リコリスがこのマンションに引っ越して来たのも彼を見張るためだ。
彼は仕事の都合上外出することが多い。ボロを出すなら必然的に人と会える外になるため彼の家を見張る意味は薄いが、彼が持ち歩いていないものに物的証拠がある可能性も捨てきれない。家探しすることも視野に入れここに引っ越して来たというわけだ。
(六花ちゃんじゃあるまいし、外出て歩き回るのは私には無理かなぁ)
リコリスは監視を自作のAI、m.a.p.l.e.に丸投げし、ゲームに没頭できるこの役回りを買って出てよかったとすら思っていた。
数日間監視をしていたが、彼の生活はほぼほぼルーティンが決まっているらしく、サラリーマンのように定時に家を出て、帰ってくる。
聞かされていなければ変な仕事をしているとは微塵も思わないくらい健康的で規則的な生活をしている。
締め切ったカーテンのわずかな隙間に三脚で固定したカメラを設置し、監視をm.a.p.l.e.に一任するとリコリス本人はあまり仕事がない。
今回に限ったことではなく分かっていたことだが、オクタたちチームメンバーのように腕っぷしの強くないリコリスには今回あまり出番はなさそうだ。
壁の外に風が吹いた。ガラスがかすかに音を立てる。
(ん?来たかも)
リコリスはそう察するとカメラが映らないように注意しながらカーテンごと窓を開けた。冷たい夜風が部屋に吹き込む。反射的に身体が震える。
下着とは言わないがラフすぎる格好でだらしがない。もう少し厚着をしていればと思うくらいに外は寒かった。
リコリスは何の意味もなく窓を開けたわけではない。風を吹き込ませるためというと適切ではないが、それが間違いとも言い切れない。
風と共に“彼女”が入り込む隙間を作ることこそが目的である。そして、それが万一誰かに見られていたとしても違和感のないように予め干しておいたタオルを部屋の中に仕舞い込んだ。
「いらっしゃい。意外といい部屋でしょ?」
「ええ、まだ来て数日。とはいえ、掃除の必要が無さそうで安心しました」
六花だった。キャップを被り、ジャケットにショートパンツを着こなす彼女。低身長な割にストリートスタイルが似合い、スタイルもよく見えると感心したが、気取られると気分を害されるかもしれないと思い苦笑いを浮かべた。
リコリスとオクタがこのマンションを隠れ家に選んだ理由は建物の角度にあった。リコリスの借りた角部屋はリーストの部屋から見ると部屋の端が丁度見切れるようになっていた。そしてその死角になっている側の面にはお誂え向きに配管や室外機が取り付けられていて六花が“登る”のにちょうど良かった。
頻繁にオクタが部屋を訪れるのも不自然だ。それならメッセージでとリコリスは提案したが、オクタは渋い顔でそれを却下した。
オクタ曰く「傍受の可能性がある」とのことだった。彼には彼の考えがあるのだろう。メッセージでやり取りができないのは面倒だったが、代替案としてオクタが提示したものが六花だった。
六花はワイヤーを使った3次元的な動きで敵を翻弄することを得意としており、戦闘だけでなく移動や逃走などにも応用を利かせられるほど安定した技術を有している。
六花なら監視カメラに捉えられたり、通行人に姿を見られたりするようなヘマはしない。
ならば移動を見られる心配もなく、カメラもマイクもない部屋に入ってしまえばやり取りを盗み聞くことも容易ではない六花を伝書鳩代わりに使うのは合理性の観点から言えば正解だろう。
リコリスとしてもメッセージは送らないようにするとチームで決められた以上、堂々とそれを破るわけにはいかない。しかし、六花からの“お願い”に関してはなるべく力にはなりたいと考えていた。やり取りする術を無くしかけていた矢先にオクタのが六花を連絡手段にすると提案した。
リコリスはそれを渡りに船と言わんばかりに了承した。
「食料品も結構ため込んでますね。外でないと不健康にって今更ですかね」
部屋を見て呟く六花。
「いいでしょ?籠るにはもってこいだよ。m.a.p.l.e.もいて私はなーんにもやることないし?」
「ちゃんと監視はしてくださ――」
「――でも、おかげでいいもの見つけたよ」
やれやれとため息を漏らす六花の言葉を遮った。
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リコリスは淡々とそう口にした。
「“オクタさんの使う戦闘法についてまとめられた資料”だよ」
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