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File 5
剪定し薄青 21
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―リコリス―
ドアを開け、トットッと軽快な足音を立てながらリコリスは部屋に駆け足で入っていく。
「あっ荷物その辺置いといていいから。電気はこのまま消しといて」
事前にオクタに指示された通り、リコリスは周辺警戒と有事の際に足止めを行えるよう狙撃手のラーレを連れて借りているマンションの一室に帰って来た。
元々向かいにあるターゲットの部屋を監視する用の部屋ということもあり、向かいのマンションの様子はよくみえる。部屋の中まで見ることは出来ないが、玄関や共用の通路を見通すことが出来、住人の出入りのタイミングや来客を盗み見るには最適だ。
「げ、まだ一月も立ってないのに何でこんなに汚いんだよ。クソっ足の踏み場もねぇぞ」
革靴を脱ぎながらラーレは愚痴る。
「文句言わない。組み立てるスペースくらいあるでしょ。そんなに言うなら、仕事終わりに掃除してくれてもいいんだよ?」
「誰が」
リコリスはラーレと軽い口喧嘩をしながらもテキパキとベランダに洗濯物を“出し”始める。あたかもまるで初めから干してあり、仕舞うことも忘れて外出してしまったかのようだ。
風に揺れる洗濯物。当然洗濯したての衣類ではないから香りはしない。が、それでも微かに甘い香りが風につく。いや、若干ゴミ臭さもあるか……
タオルやシャツの隙間にラーレはライフルをもって位置取った。
リコリスも望遠鏡を持って外に出てきた。ドアを閉め、ラーレの隣に座り込む。
「あっ、これ私物なんだから変なことしないでよ?もし火薬着いたら後で弁償ね」
「へいへい」
心底めんどくさそうにラーレは返事した。スコープの先には川を挟んで反対側のマンションの通路が映った。距離は直線距離で480m~500m前後。
通常のマグナム弾では距離が近すぎると判断したラーレは予備の7.62ミリ弾を装填する。
「あれ?いつもの弾は?」
「あんなもん街中で使えるかっての。ここじゃ距離だって半分以下しかないだろうに」
「へーそういうもん?ゲームじゃ撃ち放題なんだけどな。弾とか気にせずこうバァンってさ」
リコリスは手でスナイパーライフルを握りこみ撃つ動作をして見せる。その動きには丁寧にも撃った後のボルトを操作して排莢するところまで入っていたがラーレにはやけに固く機械的な動きに見え、少し笑ってしまった。
「ゲームくらい気楽に撃てればな」
ラーレの言葉には嫌味ったらしい雰囲気はなかった。むしろ、羨ましがるような遠いものに手を伸ばすような細い声だ。
単純に、純粋に。撃てないことを残念がっている子どものような印象。しかし、次の瞬間彼の顔に子どもの面影はなかった。
「でも、実際問題人間程度の壁でアレは止まらない。人の背後の壁につくであろう傷や、撃った死体の処理。目撃者の始末。狙撃等諸々が発する音の問題。なにかと狙撃は現代社会と相性が悪い。まぁ俺ら共々使い捨ての“弾”なら話は違うんだろうが――それなら爆薬でも持たせて特攻のが手っ取り早い」
「物騒なこと言わないでよ」
リコリスはクスリと笑ってラーレの肩を叩く。
「ここで撃てば奴を殺せても、間違いなくここから撃ったことがバレる。そうなれば俺らもタダじゃ済まない。今までよりもクビに直結してる。出来ることなら撃ちたくはないし、オクタさんたちにも家探しは早々に終わらせて帰ってきてほしいもんだね」
「私らも危ない仕事、か」
リコリスは窓に寄りかかりながら上を見上げていた。
―ヘキサ―
六花とオクタはバンを近くのコインパーキングに停め、リーストの住むマンションの近くの公園にやって来た。ここにはある人物からの連絡を受けて立ち寄ることにした。
木々の生い茂る公園は最近ではあまり見なくなってきた。
木のベンチが2つ、机を挟んで向かい合う休憩スペースがいくつか。あとは元々、様々な遊具があったと思われる広場にグラウンド。そしてそれらを囲うようにして用意された一周1.5kmほどのランニングコース。そのコースの脇には道路と公園とを隔てるように街路樹が植えられており何とか葉を保っている状態だった。
公園の中に街灯の類はあまりなく、遊具や倉庫の影などは目を凝らしてもよく見えない。一際目立つのは中央に設置された大きな時計だ。文字盤が見える程度に明かりがついているが、その他に周囲を照らすものはない。
時計の下に人影が見える。同時に向こうも公園に入って来た2人を見つけたのだろう。
「あー遅かったじゃん」
気の抜けるような声が聞こえた。影は徐々に2人に向かって歩み寄る。
2人はこの声に聞き覚えがある。六花はこの声の主と共に潜入任務をこなし、そして命を救われた。
「お待たせしました。――ギプソフィラさん」
「おっ、私はいつも鍵屋で呼ばれるんだけどな。そっちも新鮮でいい。名前を覚えておいてくれて嬉しいよ」
「この前は世話になったな」
ギプソフィラはネコ耳の付いたフードに視線を隠しながら、ニッと笑って見せた。他人から目が見えず表情が分からないのと、どこか抜けた喋り方をするせいで彼女の心の内は読みづらい。
しかし、六花は少なくとも嫌われてはいないのだろうと感じた。
「これ、鍵と盗聴器ね。部屋は807……って言わなくても知ってるか」
「ありがとうございます。部屋はこちらでも確認していますので大丈夫です」
プラスチック製のケースに入った鍵と、小型の盗聴器を複数受け取った。
「階段は東西に一つずつ。エレベーターはカメラ付き。エントランスはこのご時世にロックもないけどカメラは多めだね。いけそ?」
「もちろんです。教えていただいてありがとうございます」
「いいねぇ!お礼はしっかりと言う。そうでなくちゃ、こっちだってタダじゃないんだし、ガキのお使いじゃないんだからさ~」
ヘラヘラと笑う彼女はそれだけ言うと小走りで公園の入り口の方へ向かっていく。そしてその先に見覚えのある軽自動車が停まっていた。
「セレッソさんも来てたんですね」
軽自動車の窓から覗く桜色の女性に軽く手を振り返し六花とオクタは車を見送った。
「じゃあいきましょうか。師匠」
「あぁ」
数分後2人はリーストの住むマンションにやって来た。遠目からでも電燈の付いたエントランスにカメラがあることが分かる。
六花は遠くからじっと建物を観察する。マンションの敷地は2m前後の塀で覆われており、東西の階段のうち東側しか確認することは出来ないが、塀のすぐ向こうに階段がある。見たところカメラはない。
1階から階段を登ろうとすると鍵付きのドアがあり外部の人間の侵入を防いでいるが、どうやら3階以上には格子も何もついていない。
(3階……それなら今の装備でも)
六花はふわり屋で仕入れた装備をバンに置いてきている。つまり、今手元にあるのは予備のワイヤー2本とオクタから手渡された折り畳みナイフ1本。
一般人が相手をするには十分凶悪な装備だが、六花には不安があった。
そんな不安を他所に六花は自然とベルトに着けたポーチに手をかけていた。視線は3階の手すりに向いていた。問題なく手は動く。いける。
「六花」
「……師匠?」
「無理しなくてもいい。ここに……残るか?」
オクタは何も切り捨てようというのではない。六花にもそれは分かっている。冷たい口調ではなくむしろ、どうするかその判断をゆだねつつも出来れば来ない選択肢を選んでほしいというような諭す口調。
時折見せるオクタのこの表情。優しく、腫れ物に触るような、おっかなびっくりしたそんな様子を見るたびに六花はオクタが気にかけてくれることを嬉しく思ったが、苦手にも感じていた。
それはきっと彼女。オクタの生徒を名乗る彼女に起因するものであり、そして真に六花を対等な仲間として見ていないように感じられたから。
育ての親と子。守る側と守られる側。対等に見てくれというのも難しいのかもしれないが、六花も「ヘキサ」というコードネームを持つに至った工作員の一人。
(もっと私に……頼りないかもしれないけど……それでも)
「一緒に、行きます」
ドアを開け、トットッと軽快な足音を立てながらリコリスは部屋に駆け足で入っていく。
「あっ荷物その辺置いといていいから。電気はこのまま消しといて」
事前にオクタに指示された通り、リコリスは周辺警戒と有事の際に足止めを行えるよう狙撃手のラーレを連れて借りているマンションの一室に帰って来た。
元々向かいにあるターゲットの部屋を監視する用の部屋ということもあり、向かいのマンションの様子はよくみえる。部屋の中まで見ることは出来ないが、玄関や共用の通路を見通すことが出来、住人の出入りのタイミングや来客を盗み見るには最適だ。
「げ、まだ一月も立ってないのに何でこんなに汚いんだよ。クソっ足の踏み場もねぇぞ」
革靴を脱ぎながらラーレは愚痴る。
「文句言わない。組み立てるスペースくらいあるでしょ。そんなに言うなら、仕事終わりに掃除してくれてもいいんだよ?」
「誰が」
リコリスはラーレと軽い口喧嘩をしながらもテキパキとベランダに洗濯物を“出し”始める。あたかもまるで初めから干してあり、仕舞うことも忘れて外出してしまったかのようだ。
風に揺れる洗濯物。当然洗濯したての衣類ではないから香りはしない。が、それでも微かに甘い香りが風につく。いや、若干ゴミ臭さもあるか……
タオルやシャツの隙間にラーレはライフルをもって位置取った。
リコリスも望遠鏡を持って外に出てきた。ドアを閉め、ラーレの隣に座り込む。
「あっ、これ私物なんだから変なことしないでよ?もし火薬着いたら後で弁償ね」
「へいへい」
心底めんどくさそうにラーレは返事した。スコープの先には川を挟んで反対側のマンションの通路が映った。距離は直線距離で480m~500m前後。
通常のマグナム弾では距離が近すぎると判断したラーレは予備の7.62ミリ弾を装填する。
「あれ?いつもの弾は?」
「あんなもん街中で使えるかっての。ここじゃ距離だって半分以下しかないだろうに」
「へーそういうもん?ゲームじゃ撃ち放題なんだけどな。弾とか気にせずこうバァンってさ」
リコリスは手でスナイパーライフルを握りこみ撃つ動作をして見せる。その動きには丁寧にも撃った後のボルトを操作して排莢するところまで入っていたがラーレにはやけに固く機械的な動きに見え、少し笑ってしまった。
「ゲームくらい気楽に撃てればな」
ラーレの言葉には嫌味ったらしい雰囲気はなかった。むしろ、羨ましがるような遠いものに手を伸ばすような細い声だ。
単純に、純粋に。撃てないことを残念がっている子どものような印象。しかし、次の瞬間彼の顔に子どもの面影はなかった。
「でも、実際問題人間程度の壁でアレは止まらない。人の背後の壁につくであろう傷や、撃った死体の処理。目撃者の始末。狙撃等諸々が発する音の問題。なにかと狙撃は現代社会と相性が悪い。まぁ俺ら共々使い捨ての“弾”なら話は違うんだろうが――それなら爆薬でも持たせて特攻のが手っ取り早い」
「物騒なこと言わないでよ」
リコリスはクスリと笑ってラーレの肩を叩く。
「ここで撃てば奴を殺せても、間違いなくここから撃ったことがバレる。そうなれば俺らもタダじゃ済まない。今までよりもクビに直結してる。出来ることなら撃ちたくはないし、オクタさんたちにも家探しは早々に終わらせて帰ってきてほしいもんだね」
「私らも危ない仕事、か」
リコリスは窓に寄りかかりながら上を見上げていた。
―ヘキサ―
六花とオクタはバンを近くのコインパーキングに停め、リーストの住むマンションの近くの公園にやって来た。ここにはある人物からの連絡を受けて立ち寄ることにした。
木々の生い茂る公園は最近ではあまり見なくなってきた。
木のベンチが2つ、机を挟んで向かい合う休憩スペースがいくつか。あとは元々、様々な遊具があったと思われる広場にグラウンド。そしてそれらを囲うようにして用意された一周1.5kmほどのランニングコース。そのコースの脇には道路と公園とを隔てるように街路樹が植えられており何とか葉を保っている状態だった。
公園の中に街灯の類はあまりなく、遊具や倉庫の影などは目を凝らしてもよく見えない。一際目立つのは中央に設置された大きな時計だ。文字盤が見える程度に明かりがついているが、その他に周囲を照らすものはない。
時計の下に人影が見える。同時に向こうも公園に入って来た2人を見つけたのだろう。
「あー遅かったじゃん」
気の抜けるような声が聞こえた。影は徐々に2人に向かって歩み寄る。
2人はこの声に聞き覚えがある。六花はこの声の主と共に潜入任務をこなし、そして命を救われた。
「お待たせしました。――ギプソフィラさん」
「おっ、私はいつも鍵屋で呼ばれるんだけどな。そっちも新鮮でいい。名前を覚えておいてくれて嬉しいよ」
「この前は世話になったな」
ギプソフィラはネコ耳の付いたフードに視線を隠しながら、ニッと笑って見せた。他人から目が見えず表情が分からないのと、どこか抜けた喋り方をするせいで彼女の心の内は読みづらい。
しかし、六花は少なくとも嫌われてはいないのだろうと感じた。
「これ、鍵と盗聴器ね。部屋は807……って言わなくても知ってるか」
「ありがとうございます。部屋はこちらでも確認していますので大丈夫です」
プラスチック製のケースに入った鍵と、小型の盗聴器を複数受け取った。
「階段は東西に一つずつ。エレベーターはカメラ付き。エントランスはこのご時世にロックもないけどカメラは多めだね。いけそ?」
「もちろんです。教えていただいてありがとうございます」
「いいねぇ!お礼はしっかりと言う。そうでなくちゃ、こっちだってタダじゃないんだし、ガキのお使いじゃないんだからさ~」
ヘラヘラと笑う彼女はそれだけ言うと小走りで公園の入り口の方へ向かっていく。そしてその先に見覚えのある軽自動車が停まっていた。
「セレッソさんも来てたんですね」
軽自動車の窓から覗く桜色の女性に軽く手を振り返し六花とオクタは車を見送った。
「じゃあいきましょうか。師匠」
「あぁ」
数分後2人はリーストの住むマンションにやって来た。遠目からでも電燈の付いたエントランスにカメラがあることが分かる。
六花は遠くからじっと建物を観察する。マンションの敷地は2m前後の塀で覆われており、東西の階段のうち東側しか確認することは出来ないが、塀のすぐ向こうに階段がある。見たところカメラはない。
1階から階段を登ろうとすると鍵付きのドアがあり外部の人間の侵入を防いでいるが、どうやら3階以上には格子も何もついていない。
(3階……それなら今の装備でも)
六花はふわり屋で仕入れた装備をバンに置いてきている。つまり、今手元にあるのは予備のワイヤー2本とオクタから手渡された折り畳みナイフ1本。
一般人が相手をするには十分凶悪な装備だが、六花には不安があった。
そんな不安を他所に六花は自然とベルトに着けたポーチに手をかけていた。視線は3階の手すりに向いていた。問題なく手は動く。いける。
「六花」
「……師匠?」
「無理しなくてもいい。ここに……残るか?」
オクタは何も切り捨てようというのではない。六花にもそれは分かっている。冷たい口調ではなくむしろ、どうするかその判断をゆだねつつも出来れば来ない選択肢を選んでほしいというような諭す口調。
時折見せるオクタのこの表情。優しく、腫れ物に触るような、おっかなびっくりしたそんな様子を見るたびに六花はオクタが気にかけてくれることを嬉しく思ったが、苦手にも感じていた。
それはきっと彼女。オクタの生徒を名乗る彼女に起因するものであり、そして真に六花を対等な仲間として見ていないように感じられたから。
育ての親と子。守る側と守られる側。対等に見てくれというのも難しいのかもしれないが、六花も「ヘキサ」というコードネームを持つに至った工作員の一人。
(もっと私に……頼りないかもしれないけど……それでも)
「一緒に、行きます」
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