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第1品「始まりはいつも勘違い」
ソヨギ……ミールディアンになる
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「シーフさま大丈夫ですか?」
「痛て……うん、これぐらいなら何度も経験してるし」
「……へっくし!」
公園である。さきほど時間を見てみたら6:14だった。遠くの空が明るくなり始めている。破滅軍とこちらの世界の自衛隊の戦いは続いていて、どこからか聞こえる爆撃音などが戦闘を物語っていた。
「豆腐の女神? 本当に英霊の雫石を任せてもいいの? わたし、自分の失態だったから、パーティーを強引に抜けてきちゃったんだ。手ぶらで帰るの怖いし、わたしの尻拭いをさせるのもなんだか……」
「まあ、なんという健気なお方なのでしょう……お任せくださいませ。ベアフロンティアは恐らく指揮をとっているはずです。ならば自然に兵力がそこに集中するはず。護神たちも集まっていることでしょう……そこに加勢するのです。その場所へは護神の気をたどっていけば簡単に見つかるでしょう」
「そっか……ありがとう豆腐の女神……それとお兄さん。えと、ソヨギさま」
「うっす……ところで名前とかないんすか?」
「わたし? わたしはシーフェリア・メル・カルデリア……愛称も職業もシーフなの。これでも一国のお姫さまなんだよ?」
「もうソヨギさまったら。わたしがずっとシーフさまと呼んでいたじゃありませんか」
「……難解っすね」
ソヨギはなんか疲れてはぁーっと息を吸った。吐いたあとなので喉に違和感があった。
「しかしシーフさまはおひとりでパーティーに戻られるのですか? 道中に危険があれば……」
「そうだね……いくら聖剣があってもなくしたら意味ないしね。わたしについていた護神とはどこかではぐれてしまったし……」
「困りましたね……英霊の雫石は必要ですが、そうなるとシーフさまのことも心配ですし……」
「……その護神さんをまず探せばいんじゃないすかね」
「え? でもソヨギさまはマンキツとやらに出向くのでは?」
「そうっす……多分おなじ方向なんすよね、ベアなんとかさん。なもんで、なにやっても巻きこまれるっつーか……」
ソヨギが都心のほうの空を見ると、自衛隊の戦闘機や軍用ヘリが密集していた。そこで激しい戦闘が行われている証拠だ。ただの勘ではあるが、戦力を集中する理由として、地上派魔軍軍師ベアフロンティアがいることは間違いない。
自然と豆腐とシーフもそれを見る。なんとなく静かになった公園。と、風が吹き荒ぶ音が上空から聞こえたかと思うと、空からイケメンが降ってきた。
「大空護神王ゼファーさま!」
豆腐がかしこまったようにその名を呼んだ。そのゼファーとやらは緑ずくめとでも言えばいいのか、さらりとした緑の髪に緑のローブといった出で立ちだ。肌は白いような青いような感じで、ソヨギと年齢が変わらなそうな二十歳くらいの青年に見える。
「あ、こらゼファー! どこ行ってたのよ! おかげでいろいろ大変だったんだから!」
「すまなかった勇者シーフよ。そちを見失い探しておったのじゃが、デスケテスと……」
「デ……デスケテスと戦ったの? それで大丈夫?」
「腕をもがれた程度ゆえ……子細ない」
そんな会話をシーフとゼファーがしているが、豆腐は皿のうえでずっとひれ伏していた。前方がちょっと潰れ、角がちょっと伸び、後方がちょっとあがっている。
「なにしてんすか……」
「わたしたち護神の王ですから……五大属性神のおひとり、ゼファーさまなのです。失礼になってはいけません」
「でも……デスケテスさんと苦戦したみたいっすよ。一撃で倒した奴じゃないすか……醤油で」
「おい小僧……いまなんと申した」
シーフの隣に降り立ったゼファーがちょっと怒った感じになると、豆腐は慌てて平伏した。
「は……はいぃ……! 」
「いや……デスケテスさん倒しちゃったんすよ……醤油で」
「それは誠か? 豆腐の女神よ」
「こここちらにおりますソヨギさまはアルケミストでありながらエルアニミスト、フォーチュナーの霊級を天賦とするお方で……」
「れいきゅう……?」
また専門用語が増えちゃったと、ソヨギはちょっとげんなりする。ゼファーはだが、訝しいと片眉を吊りあげた。
「豆腐の女神よ。そちの神技を疑ってはおらぬ。水神の源アニミスを宿すそちであるがゆえ。だがしかし、小僧がそれほどの霊級を備えているようには見えぬのだ」
「ゼファーあのさぁ、じっさいソヨギさまはインナマッソの弱点属性を見抜いたんだよ? この世界の人間が、簡単に属性相性を見抜くなんてあり得ないじゃない。ソヨギさまにはとてつもない霊級があってもおかしくないよ」
「セリフ全部が置いていきますね……」
それはあとで豆腐に説明してもらおう。なんにせよシーフの護神が現れたことで目的はひとつになった。漫喫に向かうしかない。ソヨギは豆腐の皿を手にして歩きだした。
「あ……ソヨギさま?」
「どこに行くの?」
「どこに行くのだ小僧」
「いや……漫喫に……」
「マンキツ? 修練場のようなところか?」
「えーと……なんで修練発想なんすかね……」
よく分からない一致を考えようとすると、どこからか豚の鳴き声が間延びしたような音が聞こえてきた。ぐーきゅるる。シーフが慌てて立ちあがる。
「こ……これは違うんだよ!? 破滅王を追いかけてきてすぐに英霊の雫石を奪われて、ずっと探しまわってたからご飯も休憩もまったく取ってないからで!」
「勇者シーフよ……なにも違えておらぬぞ……?」
「ゼファー! 女の子のフォローくらいしなさいよね!」
「あー……じゃあ朝ごはんで。こっちっす」
とりあえずいろいろ疲れているので休憩くらいはいいだろう。あと、なんか飲みたい。
ソヨギは豆腐を手にてくてくと歩き、公園からでると行きつけの和食処をめざす。後ろをシーフがトタトタと着いてくる。ゼファーは足音すらしない。気になって振り返ると浮遊していた。
破壊された町並みを進んでいくと大通りにぶつかり、広い歩道を歩く。いつもなら始発のバスくらいは走っているのだが、アスファルトがめくれたり、割れた水道管が噴水していたりと、車が走れる状態ではない。住民たちはどこかへ避難でもしているのか、ひとっこひとり見当たらなかった。
「あ……そういや名前ってないんすか?」
なんかヒマだったので豆腐にそんなことを聞く。豆腐はぷるぷると揺れた。
「わたしの名は――」
「豆腐野メガ美さん?」
「そのイントネーションとか嫌です。ソフラですわ、ソフラ」
「……メガ美って好きです」
「で……ではメガ美でもけっこうです。ソヨギさまがお好きでは、しかたがありません……」
?と豆腐を観察しているうちに、その和食処――もとい『定食屋りへい』に着いた。古くさい外観は昔ながらの定食屋という感じだ。格子になっている引戸をカラカラっと開ける。まだ朝の六時半くらいだが、親子二代で二十四時間営業である。
だが、いつもの大将の、いらっしゃいやせ! は聞こえてこなかった。店内の座敷やカウンターには誰もおらず、カウンター奥の厨房には誰も立っていない。ソヨギがなんとなく活気のない店内をぼーっと眺めていると、シーフが脇からひょこっと顔をだした。
「誰もいないじゃん」
「……すね。厨房借りましょう」
「ソヨギさまがお作りに?」
「……すね」
ソヨギが店内に足を踏みいれると、シーフがカウンターにダッシュした。お腹が空いた子供らしい反応である。厨房に向かっているとゼファーが無言で通りすぎ、シーフの横に座った。ソヨギは皿が邪魔なのでシーフの隣に置いてから、カウンターをまわって厨房にはいった。
「ゼファーさんも食べるんすか?」
「否である。シーフよ、精盗の短剣をこれへ」
「はいよー」
ソヨギはそのやり取りのあいだに、厨房が機能するのかを確認した。水はでない。ガスはとまっている。電気もつかない。
「水はたしか別に確保してあった……火はカセットコンロで……冬だから冷蔵庫の中身も無事っすね」
しかし強い火が起こせないなら焼きや蒸し系の料理は時間がかかる。シーフには破滅王を倒す名目があるので、あまり時間のかかる料理はしないほうがいい。今日は寒いし、雑炊でいいか。
「魚は平気っすか」
「なんでも食べるよ。なんせ育ち盛りだもん」
「じゃあ鮭雑炊……もったいないからタラコもいれる……そういや歳は?」
「んー? 十歳になったばっかりだよ?」
「……そうっすか」
勇者ってのは大変だな、と片手鍋に水をいれて火にかける。そこにみりん、醤油を加えて沸くのを待つ。待つあいだに炊飯ジャーを開いて冷や飯になったもの、そして刺身用のサケと、おにぎり用にストックしてある焼きタラコを拝借。もうひとつのガスコンロに小さなフライパンを置いてサケに軽く火を通す。なんとなく温まってきたスープに冷や飯を投入。そして焼きタラコを投入。さらにスープがふつふつとしてきたところで焼いたサケを投入。片手鍋にフタをする。
「あ、いい匂いするー」
「飯の匂いは万世界共通っすね」
軽い会話をしながらも手は止めない。卵を器に割って溶き卵を作り、青ネギ適量を細かく刻む。丼を手に雑炊いりの片手鍋を開ける。本当なら丼を温めておきたいが、時間短縮のためしかたない。スープとご飯の量はスープのほうが多い。体を動かすなら固形物をあまり食べないほうがいいだろう。 鮭とタラコをほぐしてかき混ぜる。ここで味見。食材では足りない部分のダシは、粉末のカツオだしで補う。ちろっとコンブだしもいれちゃう。そして火を弱めてから溶き卵を流し、一度だけくるりと箸で混ぜる。フタをして数秒待てば、ふわりとした卵で一応はまともな雑炊に見えるだろう。味見をしながら塩で味を整える。うむ……薄味だが子供の食事にはこれくらいでいい。
雑炊をオタマですくって丼にいれる。スープを多めに。そこに刻みネギをパラリとまいて、ソヨギ流雑炊の完成となる。
「お待ちっす……このレンゲでどうぞ」
「初めて見る料理ね……魚介スープライス的な?」
「熱いんで気をつけて。水どーぞ」
シーフはゼファーを見たり豆腐を見たりしながら恐る恐るレンゲをひたした。ちょっとだけすくってフーフーし、口をつけると目をうえに向けてモゴモゴする。
「ふむ……」
「どーすか?」
「うん……うん……」
シーフはそのまま無言で食べ始めた。熱いせいでガツガツとはいかないが、それでもペースは早い。
ちなみにゼファーは精盗の短剣に手を置いていた。短剣は青く光り、ゼファーの腕くらいまでその光が包んでいる。恐らくだが精盗の短剣はエネルギー吸収装置で、その力を吸いとることでゼファーは活動しているのかもしれない。
「シーフさまはお気に召したようですよ? ソヨギさまはコックでもあるのですね……本当に不思議なお方……」
どこかうっとりしたような響きで豆腐が言った。ソヨギはそうそうといった感じで醤油を持つ。
「メガ美さん……これ、例のやつっす」
「それは! アニミスソーマではありませんか!」
「いや、醤油です……」
「ほう……それがデスケテスを屠るまでにアニミスを増加させるソーマであるか」
「えと……醤油っす。メガ美さんどうします?」
「ぜひいただきます。これからベアフロンティアとの一戦も控えておりますもの」
「じゃあ……」
ソヨギは醤油を豆腐にかけた。しかし、豆腐からはエクスタシーな反応はない。
「気持ち悪いです……な……なぜ? あのときはこれで……」
「なんすかね……あ。なんか違う気がする……自分的には未完成っすね」
ソヨギは刻みネギを豆腐にぱらりとかけた。ついでにかつお節も乗せる。さらに冷蔵庫からビール瓶を取りだし、コップも持って豆腐の横に置く。あとは箸を置いて……
「完璧っすね……店のなかで豆腐はこう――」
「これは! そうです! この感覚……あぁぁぁぁ……!」
「……完璧なディテールっす」
それはまさに仕事終わりの一杯セットの完成だった。豆腐は強烈な光を天井へと放ち、そのなかで浮いている。そのようすを見ているシーフは、まるでテレビに気を取られた子供。驚愕していたのはゼファーだった。
「こ……小僧! うぬはなにをしたのだ!」
「いや……一杯セットを……」
「ただ食材を用いてこれほどのアニミスを生みだすとは……そ、そうか、これが豆腐の女神が言っていたその意味か! アルケミストの如く食材を変質させ、エルアニミストの如くアニミスを変質食材に封じ、フォーチュナーの如くそれらを定めとして結果を導く……それすなわち食祁聖祈師ではないか!」
「あ……まったく意味不明っす……」
ここで専門用語が増えるかと、ソヨギはがっくりした。
まあとにかく、ひとりと一柱と一丁は、ソヨギの活躍により満足したのだった。
続く
「痛て……うん、これぐらいなら何度も経験してるし」
「……へっくし!」
公園である。さきほど時間を見てみたら6:14だった。遠くの空が明るくなり始めている。破滅軍とこちらの世界の自衛隊の戦いは続いていて、どこからか聞こえる爆撃音などが戦闘を物語っていた。
「豆腐の女神? 本当に英霊の雫石を任せてもいいの? わたし、自分の失態だったから、パーティーを強引に抜けてきちゃったんだ。手ぶらで帰るの怖いし、わたしの尻拭いをさせるのもなんだか……」
「まあ、なんという健気なお方なのでしょう……お任せくださいませ。ベアフロンティアは恐らく指揮をとっているはずです。ならば自然に兵力がそこに集中するはず。護神たちも集まっていることでしょう……そこに加勢するのです。その場所へは護神の気をたどっていけば簡単に見つかるでしょう」
「そっか……ありがとう豆腐の女神……それとお兄さん。えと、ソヨギさま」
「うっす……ところで名前とかないんすか?」
「わたし? わたしはシーフェリア・メル・カルデリア……愛称も職業もシーフなの。これでも一国のお姫さまなんだよ?」
「もうソヨギさまったら。わたしがずっとシーフさまと呼んでいたじゃありませんか」
「……難解っすね」
ソヨギはなんか疲れてはぁーっと息を吸った。吐いたあとなので喉に違和感があった。
「しかしシーフさまはおひとりでパーティーに戻られるのですか? 道中に危険があれば……」
「そうだね……いくら聖剣があってもなくしたら意味ないしね。わたしについていた護神とはどこかではぐれてしまったし……」
「困りましたね……英霊の雫石は必要ですが、そうなるとシーフさまのことも心配ですし……」
「……その護神さんをまず探せばいんじゃないすかね」
「え? でもソヨギさまはマンキツとやらに出向くのでは?」
「そうっす……多分おなじ方向なんすよね、ベアなんとかさん。なもんで、なにやっても巻きこまれるっつーか……」
ソヨギが都心のほうの空を見ると、自衛隊の戦闘機や軍用ヘリが密集していた。そこで激しい戦闘が行われている証拠だ。ただの勘ではあるが、戦力を集中する理由として、地上派魔軍軍師ベアフロンティアがいることは間違いない。
自然と豆腐とシーフもそれを見る。なんとなく静かになった公園。と、風が吹き荒ぶ音が上空から聞こえたかと思うと、空からイケメンが降ってきた。
「大空護神王ゼファーさま!」
豆腐がかしこまったようにその名を呼んだ。そのゼファーとやらは緑ずくめとでも言えばいいのか、さらりとした緑の髪に緑のローブといった出で立ちだ。肌は白いような青いような感じで、ソヨギと年齢が変わらなそうな二十歳くらいの青年に見える。
「あ、こらゼファー! どこ行ってたのよ! おかげでいろいろ大変だったんだから!」
「すまなかった勇者シーフよ。そちを見失い探しておったのじゃが、デスケテスと……」
「デ……デスケテスと戦ったの? それで大丈夫?」
「腕をもがれた程度ゆえ……子細ない」
そんな会話をシーフとゼファーがしているが、豆腐は皿のうえでずっとひれ伏していた。前方がちょっと潰れ、角がちょっと伸び、後方がちょっとあがっている。
「なにしてんすか……」
「わたしたち護神の王ですから……五大属性神のおひとり、ゼファーさまなのです。失礼になってはいけません」
「でも……デスケテスさんと苦戦したみたいっすよ。一撃で倒した奴じゃないすか……醤油で」
「おい小僧……いまなんと申した」
シーフの隣に降り立ったゼファーがちょっと怒った感じになると、豆腐は慌てて平伏した。
「は……はいぃ……! 」
「いや……デスケテスさん倒しちゃったんすよ……醤油で」
「それは誠か? 豆腐の女神よ」
「こここちらにおりますソヨギさまはアルケミストでありながらエルアニミスト、フォーチュナーの霊級を天賦とするお方で……」
「れいきゅう……?」
また専門用語が増えちゃったと、ソヨギはちょっとげんなりする。ゼファーはだが、訝しいと片眉を吊りあげた。
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「ゼファーあのさぁ、じっさいソヨギさまはインナマッソの弱点属性を見抜いたんだよ? この世界の人間が、簡単に属性相性を見抜くなんてあり得ないじゃない。ソヨギさまにはとてつもない霊級があってもおかしくないよ」
「セリフ全部が置いていきますね……」
それはあとで豆腐に説明してもらおう。なんにせよシーフの護神が現れたことで目的はひとつになった。漫喫に向かうしかない。ソヨギは豆腐の皿を手にして歩きだした。
「あ……ソヨギさま?」
「どこに行くの?」
「どこに行くのだ小僧」
「いや……漫喫に……」
「マンキツ? 修練場のようなところか?」
「えーと……なんで修練発想なんすかね……」
よく分からない一致を考えようとすると、どこからか豚の鳴き声が間延びしたような音が聞こえてきた。ぐーきゅるる。シーフが慌てて立ちあがる。
「こ……これは違うんだよ!? 破滅王を追いかけてきてすぐに英霊の雫石を奪われて、ずっと探しまわってたからご飯も休憩もまったく取ってないからで!」
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「ゼファー! 女の子のフォローくらいしなさいよね!」
「あー……じゃあ朝ごはんで。こっちっす」
とりあえずいろいろ疲れているので休憩くらいはいいだろう。あと、なんか飲みたい。
ソヨギは豆腐を手にてくてくと歩き、公園からでると行きつけの和食処をめざす。後ろをシーフがトタトタと着いてくる。ゼファーは足音すらしない。気になって振り返ると浮遊していた。
破壊された町並みを進んでいくと大通りにぶつかり、広い歩道を歩く。いつもなら始発のバスくらいは走っているのだが、アスファルトがめくれたり、割れた水道管が噴水していたりと、車が走れる状態ではない。住民たちはどこかへ避難でもしているのか、ひとっこひとり見当たらなかった。
「あ……そういや名前ってないんすか?」
なんかヒマだったので豆腐にそんなことを聞く。豆腐はぷるぷると揺れた。
「わたしの名は――」
「豆腐野メガ美さん?」
「そのイントネーションとか嫌です。ソフラですわ、ソフラ」
「……メガ美って好きです」
「で……ではメガ美でもけっこうです。ソヨギさまがお好きでは、しかたがありません……」
?と豆腐を観察しているうちに、その和食処――もとい『定食屋りへい』に着いた。古くさい外観は昔ながらの定食屋という感じだ。格子になっている引戸をカラカラっと開ける。まだ朝の六時半くらいだが、親子二代で二十四時間営業である。
だが、いつもの大将の、いらっしゃいやせ! は聞こえてこなかった。店内の座敷やカウンターには誰もおらず、カウンター奥の厨房には誰も立っていない。ソヨギがなんとなく活気のない店内をぼーっと眺めていると、シーフが脇からひょこっと顔をだした。
「誰もいないじゃん」
「……すね。厨房借りましょう」
「ソヨギさまがお作りに?」
「……すね」
ソヨギが店内に足を踏みいれると、シーフがカウンターにダッシュした。お腹が空いた子供らしい反応である。厨房に向かっているとゼファーが無言で通りすぎ、シーフの横に座った。ソヨギは皿が邪魔なのでシーフの隣に置いてから、カウンターをまわって厨房にはいった。
「ゼファーさんも食べるんすか?」
「否である。シーフよ、精盗の短剣をこれへ」
「はいよー」
ソヨギはそのやり取りのあいだに、厨房が機能するのかを確認した。水はでない。ガスはとまっている。電気もつかない。
「水はたしか別に確保してあった……火はカセットコンロで……冬だから冷蔵庫の中身も無事っすね」
しかし強い火が起こせないなら焼きや蒸し系の料理は時間がかかる。シーフには破滅王を倒す名目があるので、あまり時間のかかる料理はしないほうがいい。今日は寒いし、雑炊でいいか。
「魚は平気っすか」
「なんでも食べるよ。なんせ育ち盛りだもん」
「じゃあ鮭雑炊……もったいないからタラコもいれる……そういや歳は?」
「んー? 十歳になったばっかりだよ?」
「……そうっすか」
勇者ってのは大変だな、と片手鍋に水をいれて火にかける。そこにみりん、醤油を加えて沸くのを待つ。待つあいだに炊飯ジャーを開いて冷や飯になったもの、そして刺身用のサケと、おにぎり用にストックしてある焼きタラコを拝借。もうひとつのガスコンロに小さなフライパンを置いてサケに軽く火を通す。なんとなく温まってきたスープに冷や飯を投入。そして焼きタラコを投入。さらにスープがふつふつとしてきたところで焼いたサケを投入。片手鍋にフタをする。
「あ、いい匂いするー」
「飯の匂いは万世界共通っすね」
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雑炊をオタマですくって丼にいれる。スープを多めに。そこに刻みネギをパラリとまいて、ソヨギ流雑炊の完成となる。
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シーフはゼファーを見たり豆腐を見たりしながら恐る恐るレンゲをひたした。ちょっとだけすくってフーフーし、口をつけると目をうえに向けてモゴモゴする。
「ふむ……」
「どーすか?」
「うん……うん……」
シーフはそのまま無言で食べ始めた。熱いせいでガツガツとはいかないが、それでもペースは早い。
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「シーフさまはお気に召したようですよ? ソヨギさまはコックでもあるのですね……本当に不思議なお方……」
どこかうっとりしたような響きで豆腐が言った。ソヨギはそうそうといった感じで醤油を持つ。
「メガ美さん……これ、例のやつっす」
「それは! アニミスソーマではありませんか!」
「いや、醤油です……」
「ほう……それがデスケテスを屠るまでにアニミスを増加させるソーマであるか」
「えと……醤油っす。メガ美さんどうします?」
「ぜひいただきます。これからベアフロンティアとの一戦も控えておりますもの」
「じゃあ……」
ソヨギは醤油を豆腐にかけた。しかし、豆腐からはエクスタシーな反応はない。
「気持ち悪いです……な……なぜ? あのときはこれで……」
「なんすかね……あ。なんか違う気がする……自分的には未完成っすね」
ソヨギは刻みネギを豆腐にぱらりとかけた。ついでにかつお節も乗せる。さらに冷蔵庫からビール瓶を取りだし、コップも持って豆腐の横に置く。あとは箸を置いて……
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「これは! そうです! この感覚……あぁぁぁぁ……!」
「……完璧なディテールっす」
それはまさに仕事終わりの一杯セットの完成だった。豆腐は強烈な光を天井へと放ち、そのなかで浮いている。そのようすを見ているシーフは、まるでテレビに気を取られた子供。驚愕していたのはゼファーだった。
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「いや……一杯セットを……」
「ただ食材を用いてこれほどのアニミスを生みだすとは……そ、そうか、これが豆腐の女神が言っていたその意味か! アルケミストの如く食材を変質させ、エルアニミストの如くアニミスを変質食材に封じ、フォーチュナーの如くそれらを定めとして結果を導く……それすなわち食祁聖祈師ではないか!」
「あ……まったく意味不明っす……」
ここで専門用語が増えるかと、ソヨギはがっくりした。
まあとにかく、ひとりと一柱と一丁は、ソヨギの活躍により満足したのだった。
続く
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一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
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