白すぎる女神と破滅と勇者

イヌカミ

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第3品「買い物に利用したことないんすよ、ここ」

脅威の庭ってなんですか?……新たな敵出現

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  ソヨギは苦しんでいた。

  なぜならこのデッドプリズンにはアレがない……このデッドプリズンはあまりにも醜悪な匂いに満ちている……ごほっごほっ……まさかこんなにも苦しめられるとは思わなかった……そう――

  換気扇がないのだ!  大型デパートによくある個室の喫煙所である。四畳くらいのスペースなので広くはあるが、排煙しないとかなりケムいのである。

  むう、しかし。まさかあの換気扇がこんなに意味があるとは思わなかった。普段のこういう喫煙所で一服していると、ひとが多いせいかまったく換気されなくてケムいのである。

  だがいまはその普段の状態よりもケムい。ひとりでまだ一本目なのに燻製の気分である。こうなるとタバコも美味しくないが、タバコは最後まで吸う派であるのは知っての通り。

  まあとにかく五階である。ス○ッパの癒し効果は絶大であり、こんなことをしているのだ。フードコートはもちろん沈黙。だらしのないデパートである。

  そしてソヨギの荷物はかなり多くなっていた。ゴミ袋ならば四十リットルふたつ分くらいである。なにを隠そうデパートの五階にはトイ○らスがあったのだ!  隠してはいないだろうけど、とにかくあったのだ!

  あの子供たちのエデンとも言うべき大きなホビーショップである。その豊富さに精神を浸食され、ついつい気になった商品を買いこんでしまったのだ!

  くぅ……なんということだぁ……二十日後の給料日まで一万くらいで過ごさなければならないだとぉ!?  デッドプリズン!  デッドプリズンめぇ!  姑息こそくな手段でお買い物を楽しくさせやがってぇ!  なんという知略縦横ちりゃくじゅうおう!  その謀略はまさに神算鬼謀しんさんきぼうの如く!

  ……ん?  辛酸希望だったっけ?  いや、そんなドMな四字熟語はない。

  と、そんな考えごとをしていると、灰がぽとりとダウンに落ちた。ダウンはなぜか座ったりするとお腹のあたりがちょっとでたりする。そこにぽとりと落ちる。

  まあ……おニューじゃなくてよかった!  そういやなんでダウンに穴が空いてるんだっけか……なにかを忘れたソヨギ!

  ソヨギはひと差し指の先をペロッと舐め、落ちた灰の塊に近づけた。ちょん、と触ると灰の塊が指にくっつく。灰を落としたときの小技である。それを灰皿にぽいっとして……灰?  なんだかひと波乱あったような……ソヨギは全部なかったことにする気だ!

  ソヨギは一本吸い終えると、袋をガサガサとあさった。さきほどトイ○らスで購入した、気になるアイテムを見たいのである。

  取りだしたのは四歳くらいの女の子がにこやかな写真がプリントされた、『今日からホットケ~キ屋さんっ』である。なんとこの『今日からホットケ~キ屋さんっ』、乾電池系おもちゃのくせに本格ホットケーキが作れるのだ!  そう箱に書いてあるのだ!

  しかも小麦粉やらが調合されたホットケーキミックスつき!  水さえあればすぐに食べられるのである……ん?  乾電池が付属品じゃないだとっ!?  くそっトイ○らスめぇ……給料日までの生活を考えないで購入させたあげく、電池代まで徴収する気なのか!

  やめだやめだ!  こんなことにつき合ってられん!  ソヨギは『今日からホットケ~キ屋さんっ』を袋につっこみ、おもむろに立ちあがった。ガッサガッサさせながらスライド式のドアを開く。

  喫煙所はエスカレーターから見て、ちょうど建物の反対側にあった。稼動しないエレベーターを横目に五階を歩きだす。歩きだせばすぐ左手にフードコートがあり、和洋中華のお店が並ぶ。あとはスイーツのお店とかが壁側に配置され、中央はテーブルやらベンチやらが並んでいた。

  ソヨギが目指しているトイ○らスは右のほうである。例の意味分からん仕切りみたいな壁の向こう側には、ベビー用品店や子供服のブランド店やトイ○らスがある。

  しかしトイ○らスの広さはどうだ。紀○国屋書店が図書館なら、トイ○らスはネバーランドだ。トイ○らスはかなりオープンな店構えで、入口には盗難防止用の探知機が並んでいる。そのあいだをすり抜けて店内へ。

  しかしなぜだ?  ちゃんと全部購入したのに、なんで探知機を通過するときにドキドキするのだ!  やましいことはなにもしていないのに!  ドキドキ……他店の商品とか持ってるとよけいにドキドキするのだ!  挙動不審で完全に怪しいソヨギ!

  しかも厳密にはレジも通せてないし、盗難防止のタグをはずしてないので鳴ります。

  とまあソヨギはドキドキしながら通路を進み、カードゲームコーナーやらゲームコーナーを通りすぎ、おもちゃコーナーへと歩いた。

  足を止める。右にあるのは女の子向けコーナーである。料理をするおもちゃや着せ替え系のアイテムやら、ゲーセンの筐体と連動させたアイドル系のおもちゃが並んでいる。

  ソヨギはガサガサと『今日からホットケ~キ屋さんっ』を取りだした。区画の入口には『今日からホットケ~キ屋さんっ』がワゴンに積まれているのだ。ソヨギは箱をワゴンのほうへと持っていく。やってられるかという気持ちがそうさせていた。

  もうほんとやってられん。なになに……単3電池が四本!?  くっそぉ!  エボ○タにするよじゃあ!  ソヨギはほんとやってられないので、すぐ隣にあるエボ○タの単3電池四本パックを手にしていた。

  電池がないとやってられん!  俺は今日からホットケーキ屋さんになるのだ。ソヨギはトイザ○スの策略にはまっていた!

  そしてソヨギはレジへと向かい、レジ横にあった駄菓子コーナーにある水をゲットした。これでホットケーキ屋さんの夢が叶うわけである。牛乳のほうがいいのだろうが、説明書どおりにやらないと怖い。

「いらっしゃいませー」

  レジごっこを終わらせてトイ○らスをあとにする。五階はフードと子供のフロア的な造りだからか、通路のところどころにソファが置いてあったりするのだ。子持ちのお母さんとかがちょっと休憩できる造りになっているのだ!

  まったくもってデッドプリズンは恐ろしい……これでは買ったばかりのおもちゃをさっそく開けたくなるではないか!  もう……座ります。ソヨギはさっそく開けたいのだ!  ガサガサ。

  ……そしてソヨギはピタリとその手を止めた。なぜならどこからか聞こえてくる、不気味な声がしたからだった。ひとをバカにしたような笑い声である。クツクツと笑う声。

『クックックッ……人間よ。貴様はソヨギに間違いないな?』
「間違いなくソヨギですが?」

  ソヨギは一応あたりを見まわしてから答えたが、声の主は見つけられなかった。周囲は相変わらずの薄暗さと静けさである。そういやコスプレしたひとたちがいないな。コスプレ会場は四階であるからだろうか。

  ふむ……と、ソヨギは声の主の正体を見極めていた。

  館内アナウンスですね?  確かにこの五階は子供にとっての約束の地――もはや聖域である。モンスターとかアイドルとかの、縦に長いゲーム筐体もある。子供たちが集うということはつまり、迷子が多いのだ。

『クックックッ……素晴らしい。まさかこんなにも早くレアーズが網にかかるとはな。この脅威の庭であるデッドプリズンの名のごとく、貴様を捕らえることができたわけだ!』
「なるほど。それで迷子のメッシちゃんはどこに?」

  ソヨギは止めていた手を袋から引き抜いた。袋にいれておいたはずのメッシちゃんが見あたらないのである。迷子のメッシちゃんのために館内アナウンスをしてくれるとは、サービスがいい。

『クックックッ……シエルネットワークのシステムを改造し、言語変換システムを応用させてもらった。つまり貴様の魔導書の文字も判読可能なのだよ。滅私で滅失なメッシちゃん――だっかな?  貴様の魔導書ならばすでに奪ってやったわ!  この魔界屈指の暗殺者ティンダルスさまがな!』
「馬飼屈指の印刷社さん?」

  ティンダルスは天才的な馬飼だったが、印刷所を起業したのだ。

  なるほど……そして製本を愛するがあまりにメッシちゃんのできのよさに惚れてしまい、奪ってやったわってなってしまったのだ。まるで馬の世話をするかのように本を見てしまうのである。確かにティンダルスさんには昔からそんなところがありましたね?  ……誰かは知らないけど!  だけどそれは犯罪行為ですよ。

『印刷社じゃねーよ暗殺者だよ!』
「暗撮者さん?」
『そうだ暗殺者だ!  すでに貴様の命は俺の手のひらのうえ……』
「隠し撮りは誉められた行為じゃありませんが?」
『隠し撮りってなんだよ!  意味は分からんがなんか嫌な言葉だな!』
「マ会屈指の暗撮者さんですよね?」
『言葉は合ってるがおまえの言い方なんか嫌だな!  ニュアンスが気になるんだよ!  魔界屈指の暗殺者だよ!』
「下品な行為はよくないですよ?  大人として胸を張って生きるほうがいいっす」
『いまいち伝わらない奴だな!  暗殺とは芸術性に満ちた崇高な行為なのだ。標的に悟られず、姿を見せることもなく命を奪う!  その死すら知覚させない一瞬を生みだす技術は、神ですら見逃すほどなのだ!』
「誰も見てないからこっそり?  性犯罪者のカガミっすねマジ」
『あーもう!  だからなぁ――!』

  ――タンッ、と天井から暗撮者がおりてきた。

  え……ずっと天井に?  そうかスピーカーが使えないからか。しかし危ない仕事である。天井手当てとかちゃんとでてるんすか。まあでもアレか、停電とかしないと仕事がない非常勤だもんな。しかしS○S○KEにでそうな格好してるな。

  ……ふむ、どう見ても忍者のコスプレっぽいひとである。と言っても黒装束って感じではなく、こういうスタイルのプロレスラーがいそうだ。短髪を逆立て、口当てをつけているから鼻からうえしか顔は分からない。黒布を首に巻いていて、鎖カタビラだかメッシュのTシャツだかを着ている。そして「なんでだ?」というくらいに下半身はダボダボでブーツインである。

  ……ん?  なぜ俺はこの格好を見て統一規格だと思ったんだろうか……ソヨギはコンビニ以前の記憶を抹消済みだ!

「俺は姿も見られずに命を絶つ凄腕なんだよ!  恐怖の魔族なんだよ!」
「いや、我を忘れて姿見せちゃってますが?  チョーウケル。ぷぷっ」
「ああ!?  この俺が口車に乗るとはぁ……!」

  ティンダルスは頭をかかえて身もだえした。ていうかなにしに来たんですかね?

「じ……情報通りの人間のようだな……罠にかけたつもりが罠にかかったようだ」
「……でたな勘違いーズ」

  はて、勘違いーズってなんだったかな。

  説明しよう。ソヨギはめんどいことを睡眠によって忘れてしまうのだ!  全部じゃないがだいたい忘れちゃうのだ。かなり都合よく忘れちゃう性格なのである。あんまり友達にはしたくないタイプ。

「そもそも情報ってなんすか?」
「デビロイドのビデガンが流した貴様の情報だ。かなり高位の霊級保持者――レアーズ。それが貴様だ!」
「……ビデガン?」

  なんだか聞いたことのある言葉である。しかし思いだすことはできない。ソヨギはゴロゴロピーの対処に必死になるあまりに忘れてしまったのだ!  ここまで来るといろいろ深刻なソヨギ!

「ほう……俺を捕らえるということは、標的なわけっすよね?」
「あたりまえだ!  貴様は我らにとっても破滅王にとっても邪魔な存在なのだ!」
「あー……破滅王とか霊級とか、なにやらファンタジーな名前や設定ですね。コスプレってそこまでいっちゃうんすねー……」

  恐ろしきなりきり精神の効果である。そういえば山羊のひともかなり熱のはいった演技してたな……ソヨギのなかではすでに、モンスターは浄化されている!

「コスプレってなんだ。というより破滅王は名前だが設定ではなく、実在する魔族の王だぞ?  貴様は護神にくみするこちらの世界の人間だろうが!」
「は?  碁神?  囲碁にはまったく興味がありませんが?」
「……貴様はソヨギだろう?」
「間違いなくソヨギっす」
「勇者を守護せんがためにセラフになっているのではないのか」
「優者?  優勝者を主語せんがために背裸婦になっている?  どんな変態っすか。てゆーか優者を主語にするのになぜに背中を裸に?  え?  背中を見せるドレスを着て優者を主語にする環境が分かりませんね。もう一回いいっすか」
「おおぉぉぉぉぉぉぉいっ!!  聞いてるこっちが一番分からんわぁっ!」
「……自分発信の意味不ワードを未回収だなんてたいした暗撮者っすね」
「だから普段は姿見せたりこんな会話なんてしてないんだよ!  一瞬で殺す暗殺者なんだよ俺は!」
「あー……だからひとと会話するの苦手なんすね?  それならしかたないか……はぁ……ちょっとくらいなら更正するのを手伝ってもいっすよ」
「そんな面倒くさそうに手伝ってほしくないわっ!  ていうかそんなことしに来たんでもないんだよ!  もういい!  一瞬で殺すからな!  行くぞ!」 

  と、ティンダルスは中腰に構えた。左手を腰にまわし、右手は手刀の形にする。

「食らえ……蟻神暗気ネガティブギルティ!」
「相変わらずダサい……」

  ティンダルスの手刀に禍々しい黒と紫のオーラがまとわりつく。しかしソヨギはボーッとそれを見ていた。相変わらずダサいって言ったけど(略)……ソヨギはなんだかんだ記憶を(略)。

  まあとにかく凄いギミックだ!  コスプレって突き詰めていくとこんなこともするんだー。なかなか凝ったギミックですね。よし、俺も対向――

ー!!」

  ――するのだ。ガサゴソ。

  ギュアォンッ!  ソヨギが前屈して買い物袋をガサゴソした瞬間、頭上を禍々しい波動が一閃した。剣閃にも似た波動は観葉植物を切断し、同時に二メートルさきにあった衝立ついたて的な壁をも横に両断する!  攻撃距離は短いのか、ネガティブギルティはそこで消えた。

  ――ドゴォ!  と壁が破壊されて落ちた。ソヨギはパチクリしながら背後の壁を眺める。そして、

「おーすげー」

  パチパチする。なんというこだわりようなのだ!  ここまでするとはまるでヒーロショー、いや、それ以上の出来映えだ!  きっとデパートがわも協力しているのだろう。これは子供たちも喜びますね!

「よけた……だと?」

  ティンダルスを見ると、ものすごいビックリしているみたいだった。あまりの完成度の高さに演者がビックリすることもあるのだろう。セリフまわしは古くさいが。

  では僭越ながらソヨギも披露します。取りだしましたのは『ウルトラマジックくん』。なんとこのアイテムだけで七通りのマジックが披露できるのだ!

  ちょっと説明書読みます。なになに?  まずはトランプを箱にいれて外にだすマジック?  ふむ……ほう……分からんよし次だ!  引かせたトランプを当てちゃうマジック。ほう……うむ……こうシャッフルして……え、マジか!  できた!

「……どうっすか?」
「さすがはレアーズだ……まさかこの俺を戦慄させるとはな」

  そうでしょうそうでしょう。なにせ『ウルトラマジックくん』の対象年齢は六歳からですからね。お手軽にマジックできちゃうわけですよ。次に行きます!

  えーと……飛びだすエース?  まずはトランプをシャッフルしてカードを半分にしてそれを……、

「ネガティブギルティは目にも止まらぬ超速の剣閃であると同時に、罪悪を常に背負っている人間を自決へ導く負の波動をともなっている。対象をみずから死へと向かわせるのだ。そのため絶対不可避の魔技まぎなのだ!  それをよけるだと?  こうして貴様と対峙たいじしてようやく理解した。貴様はフォーチュナーだな?  運命選定師ならばみずからの死を――運命にない死を回避することも可能だからな。だがよく聞け……貴様の霊級はティンダルスであるこの俺を怒らせただぶぇはっ!?」

  『ウルトラマジックくん』がティンダルスの顔面に直撃した。

  うるさいんすよ!  説明書が理解できないでしょう!  マジックで盛りあがるのは分かります。でも次の準備が終わるまで待っているのが大人じゃありませんか?  まあ大人の世界も大変なのは分かります。日頃の鬱憤うっぷんとかもあるんでしょう。演者アクターは確かに成功しづらい困難な職業です。でも夢を叶えるための困難を受けいれずして成功がありますか――うんぬん。なんだか正しいかもしれないが間違ってもいるソヨギ!  お説教は声にだしましょう。

「き……貴様ぁ!」

  はい、ティンダルスさん逆ギレです。困った大人である。

「ソヨギタイムを邪魔するからですが?」
「知ったことかぁ!  おまえは俺を怒らせた!  怒らせたんだぞぉ!」
「なんかどっかからの引用に聞こえる……」

  それはいろいろ問題があるので無視します……お?  ティンダルスさんが頭をかかえてぷるぷるしている。その顔は真っ赤になり、目を剥きだしにし、歯をガチガチと鳴らしているようである。

  これはやばい。怒らせたらいけないひとだったのか!  たまにいる危ないタイプである。

「……三十六計逃げるが勝ちパターン?」

  まあ逃げる意外の選択肢は用意してないけど!  ソヨギはとにかく立ちあがり、ガッサガッサさせながら歩き始めた。ティンダルスは自分の怒りに夢中で気づいていない。さいならー。

「オコ……怒った……!  俺はキレタゾ……!」

  あーやばいひとだわー。なんか発音までバグり始めたわー。ガッサガッサ。それでも走らないのはもちろん、店内で走るのはマナー違反だからだ!  説教をした手前、マナー違反は不可能である。とにかくソヨギは隠れられそうなトイ○らスに向かった。店は広いし死角は多い。

「怒……オコタ……!  ガアァァァァァ……!!」 

  うわぁ……大絶叫してる。アクターの世界って大変なんだなぁ。ソヨギはしみじみしながらも、足は止めずにトイ○らスの探知機を通る。ドキドキ。でもしっかりドキドキする。

  トイ○らスの棚は高い。とりあえず奥まで行けばいいか。ソヨギはテキトーに奥に向かって――そして、

「逃げ――ニガサ……ないぞぉぉぉ」

  うぎゃあぁぁぁぁ!  ソヨギのまえに現れたのはとんでもない奴だった。

  しっかり置いてきたはずのティンダルスが、ズズズズズ……といった感じで空間の裂け目からでてくる。いまのところ頭から右胸あたりである。顔つきはほとんど元のまま……だが――

  全体的に肌の色がレンガのように赤く、どこか黒い。額からは二本の触覚が生えていて、口当てをしつつも両方の頬のあたりから、ギチギチ言ってるハサミのような大顎がでていた。よく見ると目の周囲には黒い点がいくつもあり、それはまるで複眼ふくがんのようである。突きだされた右腕は人間的で筋肉質――しかし、手の部分は鉤爪かぎづめみたいになっていて硬質化したように固そうだ。格好も元のまま。だが背中から生えたアリのような脚が、メッシュな鎖カタビラを突き破って飛びだしている。

  そろそろ右半身が空間から完全に姿を現そうとしている。ソヨギはとにかく気持ち悪いので、ちょっと距離を置きながら通路の左に寄った。

  すると複眼がギョロッと動いたりする。ひぃやぁ!  気持ちワル!  いや、そんなことよりだ……

  ブレイブボードだ!  スケボーのようでスケボーじゃないブレイブボードがある!  ブレイブボードはスケボーに乗れなくても乗ることのできる、とんでもない奴である。

  じつは話題が沸騰したころに気になっていたのである。だが触ることもなくあれよあれよと時間は経過。いつしか大学も三年目後半である。ブレイブボードで大学に来たりした友人もいたが、ソヨギは「貸ーしーてっ」が言えなかったのである。

  だって恥ずかしいじゃないっ!  二十歳も越えてブレイブボード貸ーしーてはなんか恥ずかしいじゃない!  ソヨギの見栄にも似たプライドが、遊び心を押しこんでしまっていたのだ。

  ……乗るか?  ブレイブボードコーナーの入口に立ち、熟考じゅっこうする。トイ○らスの店内BGMはズズズズズ……ギチギチ……であるが気にしない。

  でもさすがに試乗コーナーはない。買うしかないのか…… あ、一万以内で買えちゃうの?  クリスマスプライス?  あーもう、デッドプリズンめぇ……買うならいましかないみたいな雰囲気をだしやがってぇ……買うよじゃあ!

  クリスマス商戦はソヨギの敗北だ!

  ソヨギは黒めな男の子カラーを手にしてレジへと向かう。気持ち悪いアリの怪人は無視。まだ左腕が空間に引っかかっていたりする。間抜けなアクターである。

  レジにつく。じつは運のいいことにレジの鍵がつけっぱなしだったので、お釣りも細かく貰えるのだ!  これまでのお買い物でだいたい四万くらいはレジに投入ずみである。ブレイブボードのお釣りは三千円くらい……?

「コロスコロスコロスコロスコロスゥアァァァァッ!」

  ティンダルスが迫真の演技でせまっていた。でもなんか体が重いのか、動き自体は遅い。着ぐるみって大変ですね。

  それよりも財布の中身が大変ですね!  二十日間を三千円てあなた……ですよ。ちょっと買いすぎたか?  これはもうクリスマスの奇跡を期待するしかない。クリスマスまで頑張れば奇跡が起きるのである。なにせ給料日だからね!

「ネガティブブブブギルルテァッ!」

  ティンダルスが五メートルくらいの間合いで技を放った。今度は背中から生えた六本のアリの脚を使った広範囲である。六本の斬撃の軌道は重なり、先端を線で結べば円形になりそうだった――

  ソヨギはなんかやばそうだったので、技が放たれる以前にレジから抜けだしている。財布と相談しながら大荷物を手にさいならー。ギュアバゴヒュアァッ!  と背後にあったレジに加え、カウンターやら細かい商品をネガティブギルティが寸断して破壊していった。いくら技が速かろうが、軌道さえ分かればドッジボールの球をよけるのと大差ない。

  ん?  なんかデジャブである。やはりコンビニあたりの記憶は抹消されていた!

  ソヨギはドキドキしながら探知機を通過。しかし荷物が邪魔だな。とりあえずフードコートにまっすぐ向かうが、ティンダルスはまた空間移動で目のまえに現れたりする。

「逃がさニガサササササァ!」

  ひいぃ!  バグりすぎである。頭を上下にガクガクさせながら登場するのはヒキョーである。しかし……しつこいな。こっちは『ウルトラマジックくん』を失ったというのに!

  もしかしてあれかな?  ソヨギは空間に引っかかっているティンダルスをよけつつ歩いていく。これはもしかして来場者参加型のイベントなのではないか?  ヒーロショーとかで怪人がランダムに、観客席にいる子供をさらっていくアレだ。まさか俺が抽選に受かったのか?  うむ……それならばこのしつこさもうなずけますね!  ソヨギもじつは勘違いーズでした!

「助けてー」

  よし、ブレイブボードを試すチャンスである。普通なら店内で乗ったりするのはマナー違反であろうが、いまはイベント中だ。ブレイブボードで逃げる少年を怪人が追うという設定にしよう……あぁ!?  あれを口にするチャンスではないかっ!

  ソヨギはブレイブボードを床に置き、よーし言うぞぉ、と発声練習をしたりする。背後をチラ見すると、ティンダルスが空間から完全にでてきたところだった。

  そしてソヨギは一度は言ってみたいセリフ第一位を口にした!

「サムライドオーン……」

  ソヨギはまず左足を乗せて床を蹴った。おっとっと、失敗。ふむ、なかなかに難しい。ではもう一度。

「死ねシネシネ死ネコロコロスススス!」

  無視。

  サムライドオーン……ガシャン。なるほど、まずは左足でバランスを取るのがさきだ。サムライドオーン。左足のバランスをキープしつつ右足を乗せる。ツー……ガシャン。お、ちょっと進んだ。確か右足を乗せたらグニグニと足を動かすのだ。

「貴様はこここここの俺がガガァ!」

  無視。ズシャンズシャンという足音が聞こえ始めるけど無視。

  行きます。サムライドオーン。右足を乗せたらグニグニします。グニグニ……おー、面白いですね。グニグニ。ちょっと重心を傾けて右に曲がります。グニグニ。くほー!  面白い!  じつは運動神経バツグンのソヨギ!

  ソヨギはグニグニ進みながら背後を見た。足の遅いティンダルスが空間に消えていこうとしている。空間移動で追いかけてくるのだろう。

  だがこの早さには追いつけまい!  グニグニ。なんだこんなに面白いならすぐに買えばよかった。グニグニ。あ、ティンダルスさんがコンニチワ。グニグニ。さようならー。グニグニ。

「逃げる……ナッ!  きさ……コロ俺がぁ!」

  ぷぷっ、バグってるバグってる。ソヨギは大荷物もなんのその。かなりのセンスでアカ○ャン本舗を通過し、トイ○らスに戻ろうとしていた……ぐーきゅるる。

  ……そういえばお腹が減っていたんだった。そのための『今日からホットケ~キ屋さんっ』だったのだが、イベントに参加しちゃったのでいまは無理だろう。ちなみに二日酔い対策はウ○ンの力にしてみました。効果は実感できてません。あれは飲むまえに飲んだほうがいいからだ!

蟻神ぎしんをもてあそぶとはなかなかやる……』

  ソヨギがトイ○らスあたりに着くと、そんな声が聞こえた。どうやらイベントの進行のようである。アドリブをきかせたソヨギのアクションに、主催者サイドもタジタジなのだきっと。グニグニ。

『だがしかし……いくらレアーズとて脅威の庭からは逃れられん。このガデニデグの次元層術デッドプリズンからはな』
「ガデデデデデデデニニグさまっ」

  うわお。さきまわりティンダルスである。ティンダルスはトイ○らス正面で顔だけをだして怯えた声をあげた。ガクガクしないでください。

  ソヨギはちょっとビックリしてバランスを崩しました。さすがにブレイブボードからおりる。するとあきれたようなガデニデグの声が反響する。

『蟻王ティンダルス。めいを忘れレアーズを殺そうなどとは……さらには真の姿に戻った途端に挙動をおかしくしおって。再調整を命ずる』
「しししししかし!  このままレアーズを放っておいてはははははガデデニデッさままままの計画がががが!」
『黙れい!  それ以上口を開き続けるのなら、処分してもよいのだぞ。このガデニデグがレアーズを野放しになぞするものか。来たれ歪族わいぞくどもよ。生かし捕らえよ。そのレアーズとでき損ないを!』
「……置いていきますね」

  なんだこの久しぶりの置いていかれ感。まったくついていけない。そもそもヒーロショーは元ネタがあるのだ。なのにヒーローがまったくでてこない。

  あれか。アドリブをきかせすぎたのか。主催者サイドの意図に反してしまったのか。ええー俺のせいっすか。なんか理不尽~……あれ?

  ドウッ――!

  なんの前触れもなく、ソヨギはその場に倒れていた。一瞬で力が脱け、視界が不鮮明にぼやける。

  なんだ……?  不鮮明な視界になにかが映った。ハッキリとは分からないがヒョロ長い感じのひとが立っていた。まあだが、くわしい情報は得られない。

  そのヒョロ長いひとが手を伸ばしてきた。しかしソヨギの体はピクリとも動かず、それどころか視界がブラックアウトした。意識が消える直前――

『クハハハ!  これで破滅王を――』

  ――ソヨギはそこで意識を失った。

  まあとりあえずピンチです。置いていかれてもピンチ。

                            続く
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