白すぎる女神と破滅と勇者

イヌカミ

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第5品「勘違いしないでください。俺は俺、彼らは彼らなんで」

作戦の到達点――お疲れっす

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  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

  カノリが超研鑽を使ったのは、ほんのついさっきのことだった。

  仲間たちはその一部始終を見守っていてくれた。必死にデスケテスに食い下がる姿が心を打ったんだと思う。わたしだって他の誰かが、同じ状況で頑張っていたら、邪魔は絶対にしたくない。気がすむまでやらせてあげたい。たとえそれが、そのひとの最後の姿だったとしてもだ。

  カノリの超研鑽はそんな状況下で生まれた奥義だった。しかし、ソヨミスは完璧にモノにしていた。ひと目だけの観察で、ついさっき生まれたカノリの奥義を使いこなしていた。それはかなりむちゃくちゃな事実だった。

  しかしソヨギからむちゃくちゃを切り離したら、なにが残るんだって話だ。

「わたしの技が通じてるの?」
「そこは疑うとこじゃないっすよ。カノリさんが使って結果を残してるじゃないっすか。まあでも、デスケテスさんの魔力の総量はハンパねーっす。倒すころには聖戦終わってんじゃね、って感じっすね」
「魔力の総量?  どうやって知ったの?」
「んー……デスケテスさんはいわゆる装甲を持ってます。魔力の装甲。てことは攻撃が装甲で止まっちゃうのでダメージが通らない。でもカノリ神拳は装甲を貫けるので、本体にアニミスが届きました」
「……シエル送信ですか?」
「メガ美さん正解。厳密げんみつに言えば違いますけど、自分の放ったアニミスが情報を伝える役目も果たします。メガ美さんがやってました策敵と似た感じっす」
「それが分かるとなんなの?」
「まず、げんなりできます。まじか、そんなにあんのか……ってなれます。次にやる気もなくなります。うわぁ……やってらんねーってなれます。次になんとも不思議な現実逃避が可能に……」
「いいとこなしじゃないの!」
「……ま、ソヨギ俺たちじゃなければそうなりますね」

  マヨギは何本目かのタバコに火を点けた。マヨギのその余裕がどこから来るのかは分からない。でも、デスケテスを倒せる確信があるのだ。そうじゃなければ余裕でなんかいられないはずだ……たぶん。自信はない。

  カノリは見守ることしかできない。マヨギとソヨミスはこれでも真剣に戦闘しているのだ。そうじゃなければ策を練ったりはしない。ふたりは勝てる要素を見いだしてここまで来た。ソヨギに還ることをただ願って……。

  カノリはソヨミスを見た。もう何発、攻撃を繰り返したのだろう。休む間もなく攻撃し続けている。感覚だけだと二十分は経過しているか?

  とりあえず戦法に変化があったとすれば、属性攻撃を織り混ぜたこと。それによりデスケテスも、いつカノリ神拳(あくまでも仮)を打たれるか分からないだろう。いまだにダメージを食らった雰囲気はないが、徐々に魔力は削られているはずだ……たぶん。自信はない。

  ソヨミスは出現するたびに手にしているアイテムが違った。タバコ、コー○。たまにはポテチとか、フーセンガムを膨らましていたこともあった。本当にアニミス回復なんてできるのか、まだ信じられない。

  デスケテスはほとんど無抵抗なまま攻撃されている。しかしその顔に、焦りなどの表情が浮かばないせいで、いまいちムダな時間を過ごしている気分はぬぐえなかった。マヨギの発言がなければ不安に押し潰されているところだ……たぶん。だって不安である。

「ねえこれ、いつまで続くの?」
「さあ……さっきも言いましたがデスケテスさんの魔力は普通じゃありませんから」
「あの、マヨギさま?  ずっと考えていたことがあるのですが」
「なんすか」
「なにかデスケテスを倒す手がかりはないかと思っていたのですけど……それよりも気になることが。あのデスケテスはわたしが倒したデスケテスとは別人なのでしょうか?」
「ん?  ああ、波長ですか」
「はい。アニミスと同様に魔力にも波長があります。あのデスケテスからの波長はわたしが対峙したデスケテスと同じものでした。あの……イレースヴェノムカノンです」

  豆腐は申し訳なさそうに言葉をにごした。カノリが気にしなくていいとかぶりを振ると、マヨギはそれをチラ見してから、タバコをふかして答える。

「どちらも本物なんすよ。ガデニデグさんが関わってるのなら、デスケテスさんが魔導師の輝石の被験者だったとか、いろんなことが考えられます。デスケテスさんは強い誰かと戦えればいいのであって、それがドコのダレかなんて細かいことは考えません。それは自分自身すら範疇はんちゅうっす。だからあっさり承諾しょうだく。魔族にだって魂がありますから、ソヨギみたいに魂を分けて、デスケテスさんクラスの魔神を造ろうとした……とかね。あくまでも仮説ですけど」
「メガ美ちゃん。それならそのときのデスケテスと一緒の方法で……」
「カノリさま。二番煎じは通用しないかと思います。いまの仮説ですと、わたしの倒したデスケテスと魂が通じていて、このデスケテスと以心伝心だったかもしれません。つまり手のうちがバレているかも」

  そうかとカノリは溜め息を吐いた。

  そして、そうかなと考えを改める。ウィッグの知識で。

(デスケテスは好戦的な流浪の魔神。それがなぜ魔空戦隊の師団長なんてやってたの?  その性格からして組織におさまるようなキャラじゃない)

  カノリはデスケテスとの戦闘を思い出す。いくつか交わしたやりとりから、このデスケテスの性格と豆腐が倒したデスケテスの性格はまったく違うように感じる。マヨギとソヨミスと同じ手法でふたつに分かれたデスケテスなら、性格の不一致は起こらない気がするのだ。

  ならば豆腐の倒したデスケテスは、造られた存在と言われたほうがしっくりくる(目の前のデスケテスでもいいが)。魔導師の輝石は魂を造り替えるのだから、まったく違う存在を、既存の存在へと変化させることも可能なのではないだろうか。魔力の波長をまったく同じにすることで、近い存在を産み出すのだ。それなら性格の不一致くらいのイレギュラーが起きそうだし、そのくせ好戦的な魔族であるという一致もうなずける。

  そもそも、なぜデスケテス同士が戦っていないのだ?  それも疑問である。ガデニデグがデスケテスからの承諾を得て模造コピーを造ったのなら、戦闘が前提の承諾だったはずだ。カノリの戦ったデスケテスのうれい……悲痛なまでの強者の渇望。それを叶えるための承諾でなくてはおかしい。自分と同じくらいに強い存在を、デスケテスたちが放っておくだろうか。いや、絶対にそれはない。

  しかしこの疑問にも、カノリの考えを加えれば答えは出る。

  。そう考えることができる。どちらが本物かはさておき、コピーされたデスケテスをガデニデグが隠していた。これならばデスケテス同士は出会わないだろう。隠しておいた理由は自尊心プライドの高そうなデスケテスに黙ってやったから……それと、そんな技術があることを知られたくないから。

  ……カノリはここまで考えてから、ハッと顔をあげた。

(ちょ……っと待ってよ!  もしもそんなことまで可能にするアイテムなら、ガデニデグの造ろうとしているなにかって――自分自身を破滅王にすることも可能なんじゃないの?)

  破滅王は勇者しか倒せない。その性質をガデニデグがそっくり利用しようとしていたら?

  ――違う、そうじゃない。ガデニデグが強く言った『徒労』という言葉。奴が嫌いな言葉……それと実感だ。

  ガデニデグは徒労に飽きている。破滅王や配下への恨み言を吐いたのは、次元門エルシアを使ってまで逃げた破滅王への罵倒ばとうだ。自分の産み出した魔物を、勇者と護神に倒され続けてきた徒労への叱責しっせきだ。

(性質の利用じゃなく、超越ちょうえつかもしれない。破滅王やノヴァカースにするのではなく、超越する新たな王に造り変える……自分を。それならヒキュウ族を使って魔精回帰をさせず、破滅王に還るはずの魔力を奪っているのも分かる。破滅王を失脚させるのが目的なら、弱体化させることもふまえて、必要な魔力を入手できる。自分を超越した存在にするためには、膨大な魔力が必要だから……)

  その貴重な魔力でソヨギを変えたことは矛盾する。ならば、ガデニデグがデスケテスを倒したいのは、

「うーん、そろそろかな?」

  カノリがひとつの答えに到達する寸前で、マヨギが言葉とともに魔力を抑えていった。

「マヨちゃん……なにしてるの」
「とりあえず、もう必要以上の魔力は必要ありません。ソヨミスさんも」
「え?  だってまだ……」

  カノリはデスケテスを見上げた。屋上から七メートルほどの高さで停止していた。ソヨミスはおらず、デスケテスはまだ健在のように見える。戦闘が終わったとは思えなかった。と――

「痛っ!」

  右肩に痛みが走る。冬用のコートは家から出るときに適当に選んだものだったが、お気に入りのひとつだった。

  それに、なにかが刺さっていた。痛みが走ったのなら、この針のような物体は右肩にまで達していることになる……カノリが違和感を覚えるまで、数秒もかからなかった。

「か……体が……」
「マヒ毒です」
「マヨちゃんがやったの……?」

  信じられないという思いのまま、聞く。マヨギはタバコをふかしつつ、コクリとうなずいた。近くでカランカランという、なにかが落ちた音が聞こえた。

「マヨ……ギさま……いったいなぜ……?」
「まあ、説明する時間くらいはありますよ」

  カノリは体が硬直したかのように動かせなくなっていた。だが顔だけは、ほんの少しだけ角度を変えることができた。さきほどの音はやはり、豆腐が落下した音だった。

  マヨギは落下した豆腐を、なにを考えているのか分からない表情で見おろしていた。好意的な目で見れば愛嬌あいきょうがあったが、いまはその表情がひどく、恐ろしいものに見えた。

「わたしたちを……どうするつもり?」
「どうもしませんよ。これから俺とソヨミスさんがやることを、邪魔されたくないんす」
「こ……こんなことしないでも、言ってくれれば……」
「いや、それはないっす。説得できないからやったことなんで」

  マヨギがソヨミスを呼び寄せた。ソヨミスはこちらを一瞬だけ見て、すぐにデスケテスを見る。

「わたしたちはソヨミスとマヨギであり、ソヨギではありません。ソヨギならもっと簡単にデスケテスさんを倒してたと思います」
「なんせ不完全なふたりですからねー」
「だから、作戦が必要でした。ちなみに、マヨギさんが説明した作戦は全部が嘘です。いや、全部ってわけじゃないんですが、ほどよく嘘です」

  こちらの緊張感をよそに、口調は相変わらずのソヨギ節である。余計になにが起きるのか分からない緊張と不安が増していった。

「カノリさん。そんな状態で悪いんすけど、デスケテスさんがどうなってるか分かります?」
「……?  動かないでこっちを見てる……待ってるんじゃないの?」

  カノリは動かすのもやっとの顔を動かし、見たままの感想を伝える。しかしマヨギはふぅと息を吐いた。タバコではなく、溜め息だった。

「デスケテスさんも動けないんすよ。俺がタバコを吸ってたのは、ヒキュウ族のヤードゥっていう毒針を使うための偽装です。イギギさんにやり方を教わって、やってみたらできたんですけどね。それがまあ、作戦の要だったわけで」
「じゃあ……アニミス回復っていうのは……」
「わたしは――ソヨギは、そもそもこちらの世界の人間です。護神さんもあっちの世界では、特殊な回復なんてしませんよね。初めからわたしに回復なんて必要ありません」
「魂がアニミスを感知するセンスを覚えれば、こっちの世界でもその力を使い続けられる……セラフっていうのはそういう存在じゃないっすか。そうですよね、メガ美さん?」
「そ……です。それがこちらの世……界の……人間たちに協力……してもらうための……」
「というわけっす。それで、ティンダルスになった俺でもヤードゥを使うことができた。じゃあ、デスケテスさんも頑張れば倒せんじゃね?  ってなりまして」
「それに必要だったのがカノリ神拳です。ヤードゥは魔力に対する毒で、内包魔力を掌握しょうあくすることで効果が発揮されます。なのでわたしたちはデスケテスさんの内包魔力を把握する必要がありました。デスケテスさんの魔力は二重構造みたいになっていて、装甲と肉体は別個の魔力で構成されてました」
「つまり装甲部分にヤードゥの毒が行き渡れば動きを止められる理屈っすね。簡単に言えばデスケテスさんは、キグルミをボンドで固めたみたいな状態になってます」

  デスケテスがそういう構造になっていなければ、ヤードゥが効くまで攻撃していたのだろう。むちゃくちゃだが、アニミス回復を必要としなければ、できないことではない。ソヨギの性格ならやってしまいそうだ。

「なにを……する気なの?」
「なにって、デスケテスさんを倒すんすよ。さっきカノリさん、だいたい正解な結論を出そうとしてましたよね?  すっごい考えこんでましたから、あぶねって思いました」
「危ない……?  違うの……わたしはガデニデグの思惑を……」
「違くないっすよ。ガデニデグさんの思惑――その正解を導き出せたのなら、俺たちがやろうとしてることにも、気づいちゃうんすよ。だからヤードゥ使いました」
「裏切……るの?  わたしたちを……?」

  それがカノリが一番に気ががかりな――ショックを感じざるを得ない事実だった。確かにふたりはソヨギじゃない。それを分かっていても、ソヨギに裏切られたようなショックが、カノリの胸を締めつけていた。苦しかった。

「裏切りと言えばそうなのかもしれません。でも、わたしたちはたったひとつの想いでやっているんです。わたしたちはただ、ソヨギに還ることだけを願って

  ……?  いきなり、ソヨミスの口調が変わった。

「俺たちはソヨギであり、ヒキュウであり、ティンダルスです。それらすべての要素を合わせ、マヨギとソヨミスという存在になれたのです」

  マヨギの口調も同様に変わっている。

「名前には意味があります。フィアさんには感謝してもしきれません。ガデニデグの呪縛から解放してくれたのです。ティンダルスというのはガデニデグの私兵や隷属しているという意味を表すのと同時に、呪詛でもあるのです。我々から名を奪い、ヒキュウ族はその呪詛により洗脳されている。だから、シンディラさんがイギギという名前を呼んでくれなければ、名づけてくれなければ、我々も個性を忘れてガデニデグの私兵になっていた」
「自分たちで名づけをしても、その解呪は不可能でした。だから我々を真に解放したのはフィアさん。そしてシンディラさんというわけなのです」

(それが……ガデニデグがソヨちゃんの魂を操りきれなかった理由?)

「あなた方がアニミスでつながるように、我々ヒキュウ族は魔力でつながっています。イギギという名づけの行為が、シンディラさんの慈愛が、我々ヒキュウ族を覚醒に導いた。しかしすでにティンダルスにされていた同胞には通用しなかった……真の名を呼ばれながらも目覚めなかった蟻王がその例です。もしくはティンダルスにより覚醒の影響が阻害され、遅延しているのかもしれません」 
「ガデニデグは呪詛から解かれたヒキュウを使い、我々を造ろうとした。そのためソヨギの魂は通常のティンダルスのようにはならなかった。我々はソヨギである自覚があったし、同時にヒキュウである自覚もあった。それを意味するのが『ソヨギの分けることが困難だった魂』のゆえん」
「イギギは覚醒していたため、そのことを知るに至った。ソヨギの魂とヒキュウの魂の癒着ゆちゃくがうまくいかない場面にも立ち会っていましたしね」
「だから……イギギは……あなたたちを逃がしたのね?  種族の解放を願って……」
「ええ、そうです。我々はすぐにソヨギの可能性を知った。シンディラさんが名づけをしたタイミングは、ソヨギの霊級であるフォーチュナーが働いたのかもしれないと」
「ソヨギにはさらなるチカラがありました。いや……人間すべてに与えられたチカラかもしれません。知識の応用力や機転。どうすれば敵を倒せるか。それ以外にも、この場では説明しきれないほどの人間ソヨギは持っていた……我々はそれを利用している。意味のある嘘と意味のない嘘をつくソヨギも、こうしてデスケテス攻略につながっている」
「ソヨギは嘘を使い分けるのがうまい。それは同時に彼の出自にも関係しているようです。まあでも、ソヨギにそれを明かす気がないのなら、我々も伝えることはしませんがね」
「……話がれました。我々はソヨギの意志、その『想い』をもって、デスケテスを倒します……!」

  ふたりが消えた――カノリは強力なアニミスと魔力を感じ、デスケテスを見上げた。

  ふたりはデスケテスを挟むように出現していた。その全身からは寒気を覚えるほどの力があふれている。巨大な白と巨大な黒が、デスケテスを包む。

  そこで、カノリにかけられたマヒ毒による呪縛が解けた。マヒに抵抗しようと力を入れていたので、バランスを崩す。膝をつき、カノリはふたりを見上げた。

「とてつもない力です!  いったいどんな技を!」

  同時にマヒの効果が切れたのだろう豆腐が言った。そしてマヨギの声が、間髪入れず屋上に反響する。

「技……などという器用なやり方で、我々がデスケテスを倒すことなど不可能です。だから、ソヨミスが『想い』をアニミスに代え、その全力をぶつけるしか方法がないのです」
「想いはアニミスを強くします。魔力にはない特別なシステム――ソヨギはなぜかそのシステムを知っており、それを利用し、危機を脱したこともある。魂は精神へ、精神は心へ、心は想いへ、想いは感情へと至るもの。アニミスはそれらをつなぐことのできる唯一のシステム……」
「魔力で破壊し、アニミスで浄化する。これが我々の想定した到達点です……つまり――」

  マヨギが言葉を中断すると同時、ふたりの放つ力がさらに上昇した。その高揚はよどみなく、白と黒の波動はさらに周囲に拡がっていった。

「嘘……嘘よ……そんなのダメに決まってるじゃないっ!」

  カノリは高揚が一向に止まらないのを見て、ここでようやくふたりの思惑を悟った。

「おふたりはなにをしているのですか!  あのままでは強制回帰が起こってしまいます!  おふたりがいなくなってしまいます!」
「メガ美ちゃん……」

  豆腐はなぜか、ふたりがなにをやろうとしているのか、分かっていないようだった。ふたりはその強制回帰で、デスケテスを倒そうとしているのだ。

  いや……気づいていないわけがなかった。気づいていても認めたくないのだ。強制回帰はつまり、ソヨギが消えてしまうということなのだから……。

「お……お止めしなければ!」

  カノリがなにも言葉が思いつかずに見つめていると、豆腐が高速で飛翔した――が、ふたりに近づくことができずに弾かれてしまう。ふたりの解放しているその余波で、近づくことができなくなっているのである。カノリたちが動けるようになったのも、もうどうしようもないくらいに解放が済んでいた頃合いだった。マヨギはそれを計算していた。

  これからやることを邪魔されたくないんす。カノリたちは体をマヒされてなければ邪魔をしていただろう。強制回帰など、自爆と同じことなのだから。

  豆腐は何度もふたりを止めるために突進するが、そのたびに余波に弾かれていた。時折、叫びをあげてふたりを説得するが、もう力の解放は止めようがないところまで高揚していた。

「デスケテス、あなたは終わりだ。これは我々を――ヒキュウを、人間を、あなどった結果だ」
「……強制回帰による最大火力。そういうやからはいた。腐るほどにな……だがすべてが無益となった……」
「いつまでも減らず口ね。あなたは倒れる。我々の想いによって!」

  神技や魔技が力の爆発なら、強制回帰は力の暴発である。自分も敵も、ただでは済まない。言わば、絶対無比の攻撃方法だった。

  その力が完全に放たれる直前、なぜかあたりはしんと静まり返っていた。

  豆腐はなにかをわめき散らしていたと思う。

  カノリもふたりへの制止を続けていたと思う。

  デスケテスはただ無言で、その時を待っているように思う。

  ふたりはただひたすらに想いを力に代えていたのだと思う。

  ――そして、

『じゃあ、お疲れっす……』

  ふたりの去り際の言葉だけが、世界に満ちたように感じた。ふたりはなぜか、微笑んでいるようにも見えた……。

「なんで……なんでっ……なんで!?  なんでよおぉぉぉぉぉぉ!」

  カッ――!  

  強制回帰が閃光を放つ。世界が白と黒で埋め尽くされた。力の爆発。光の爆発。闇の爆発。

  カノリはまぶたをぎゅっと閉じた。見ていられなかった。あまりにもまぶしい光、あまりにも恐ろしい闇――そのなによりも、ふたりの最後なんて見たくない!

  ――――――――!!

  カノリを痛みが貫き、鼓膜が拾えないほどの轟音が、世界を震わせた。

  息がつまる。灼熱の大気に放り出されたような、肺が呼吸を拒否するような圧迫だった。同時にカノリは、なにもかもが無になっていく感覚に捕らわれた。極限の余波で体が宙に浮いた気もしたが、なにがどうなっているのかが、まったく知覚できなかった。

  しばらく飛んでいたのだろう……受け身も取れずに体が屋上に叩きつけられた。背中や折れた右腕に激痛が走った気もするが、もはやそんなことなど、どうでもよかった。

  叩きつけられてしばらくすると、一気に空気がいだようだった。あの温度のない灼熱のような爆発が、急速に冷めていったようだ。その灼熱は、彼らの想いの温度だったのかもしれなかった。だからあんなに息がつまるような圧迫感を覚えていたのかもしれなかった。

  ……顔をあげる。

  視界は安定しなかったが、なにもなくなった青空が広がっているように見えた。何事もなかったように、のんきな雲が風任せに流れてすらいた。

  徐々に視界が安定していくにつれて、強制回帰の爪痕は、たいしたものではなかったのが分かった。あれだけの爆発なら屋上が消し飛んでもおかしくなかったが、ふたりが爆発範囲を計算し、高度を測っていた感すらあった。そして、

「わたしが……わたしがソヨギさまを訪ねなければ……」

  豆腐の声が聞こえ、カノリは周囲を見まわした。五メートルほどさきで、豆腐はうなだれているようだ。そこでカノリは、自分が屋根のあるあたりにまで飛ばされていることに気づいた。豆腐もここまで飛ばされたようだが、無傷のようである。

「破滅王が次元門エルシアなど使わなければ……ソヨギさまがデッドプリズンに来なければ……」

  豆腐は我を忘れ、ふたりのいた空を見上げながら、言葉を繰り返している。その言葉たちはすべて、ソヨギがここまで来るに至ったいままでの原因を、呪うようなモノだった。どうしようもない後悔を、豆腐は繰り返していた。

「デスケテスがいなければ……わたしがもっと優秀な護神であれば……ガデニデグが余計な策を練らなければ……」
「メガ美ちゃん……もう、やめて?」

  カノリはたまらなくなり、涙をなんとかこらえながら近づいていった。

  豆腐はカノリの存在すら忘れたように、ぶつぶつと続けていた。

「魔導師の輝石などなければ……聖戦など起こらなければ……わたしが……」
「メガ美――ソフラ!」
「わたしがやれば……そうよ、わたしがデスケテスを倒せばよかった……わたしがデスケテスを倒していればよかった……」

  カノリは豆腐の名前を呼び続けたが、豆腐はもう、心が壊れてしまったように反応しなかった。

  ――どしゃあ……!

  唐突な音である。それはなん十メートルかさきで発生した音だった。カノリは豆腐を揺り動かしていた手を止めて、音のした方向を見た。

  強制回帰のあった場所の付近だ。そのちょうど真下あたりになにかが落ちていた。黒々とした煙を昇らせている物体だ。まるで燃焼されつくした炭のようにも見えるカタマリ……?

  カノリは驚愕した。

《これから起こることを、カノリさんはただ見ていて欲しいっす》

  カノリはいきなりの頭痛と声に、豆腐から手を離して頭を抱えていた。ソヨギ口調のソヨミスの声。それはシエル送信のような響きだった。声は続ける――そしてカノリはふたたび驚愕した。

《デスケテスさんは死んでいません》

  その声が告げるのと同じくして、黒いカタマリがヒビ割れていくのが見えた。膨大な魔力とともに。

                                   続く。

  
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