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第5品「勘違いしないでください。俺は俺、彼らは彼らなんで」
無縁の戦い……デビロイドの誇り
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「ああ。嬢ちゃんが食らったのはデビロイドの光撃だ。だが魔装銃に精神を攻撃する力なんてねぇから、ガデニデグにティンダルスにされちまったんだろうよ」
「ずいぶんと軽く言ってくれる……近くにいるんだろうイギギ! フィアの状態を見せてくれ!」
シンディラの絶叫が洞窟に反響した。内部それ自体には、松明のような灯りがそこかしこにあるため視界は確保されている。が、松明そのものはないため、ダークフサルクの仕掛けだと推測される。
(だが灯りは部分的すぎた。奴はその隙間みてえな暗闇から撃ってきやがった。姿が見えてねぇことを考えると、トゥートリックだろうなぁ)
シンディラだけはその姿を視認していたようだが。
ビデガンはチッと舌を弾いた。最初の門を見つけた時点でデビロイドの関与は分かっていた。それもエキセントリックを仕掛けられる奴となると、どいつかは限られてくる――というより、どこのどいつかは分かりきっていた。なのに――
「イギギ……こちらの次元にいないのか?」
「異空間が安全だと判断したんだろ。どのみち他の場所には行けねぇことになってんだからよ、そのうち出てくらぁ」
「冷静だな。フィアが目覚めなければガデニデグどころか、破滅王すら倒せなくなるんだぞ。わたしはそれ以前にフィアが心配なんだよ!」
「おめぇは勇者についてどこまで知ってんだ。破滅、世界にかからんとする時、浄化せし清き者現れん。その者、神々を率いて、悪神の放ち跳梁を聖精へと還さん。携えし御劔、輝きたる時、破滅は破滅足り得ぬであろう。勇ましき者たち、世界守護のため覚醒さる――予言だ。その時が来りゃあ目覚める。それが勇者の資質だぜ? そもそも護神王がついてんだ。アニミスで干渉して精神を助けるってぇことも可能なんじゃねぇか?」
ビデガンが言ってやると、シンディラは押し黙った。女は感情的でいけねぇや。
なのに――と、ビデガンは中断していた思考を再開した。俺はその誰かの可能性を思いついておきながら、保留した。
(違う、保留じゃねぇ。ただ信じたくなかっただけだろうが……)
ガデニデグが種族の王を利用している。そう聞いたときから考えていた。何十年か前に消えたデビロイド王……トリックスター。その二つ名は伊達ではない。デビロイドの王は血筋では決まらず、王を倒した者が新たな王になる。トリックはデビロイドの誇りの一部であり、王のトリックを上回ればそいつが王だった。
現在、デビロイド王の席は空席になっている。倒すべき王が不在であるのだから当然だろう。デビロイドの領土をまとめているのは前王や長老たちだ。それが名ばかりの統治なのは、デビロイド族を飼っていると嘲笑う、上位魔族たちがいるからだった。デビロイドはほぼ魔族の底辺に位置し、魔族たちに媚びることで生き永らえている。
王がいればその扱いはだいぶマシになる。王がいる限りは魔族たちも好き勝手には出来ないからだ。王がいるとき、王が魔族たちの命令を承服しなければ、デビロイドたちは人間族の村を襲ったりなどしなくてもいい。王がいれば、王の言葉がすべてになる……だからデビロイド族が魔族に従わないことを知っている。
王がいないから魔族の言葉に従わなければならない。絶対命令をくだす者がいないから、デビロイドは魔族の犬になるしかない。
「デビロイドは王に従う。誇りに従う。王がいりゃあ魔族どもも、そう簡単には手出しが出来ねぇ。だがそれを知ってやがるから、魔族どもはデビロイドを利用してる。王がいねぇってことを知ってやがるからなぁ」
「……戦えば良かっただろう。お前たちが弱い種族とは思えない。こうして共闘しなければ分からなかったがな」
ビデガンはシンディラの言葉に面食らった。考えたことがつい口に出るような癖はなかったのだが、脳を使いこむと口がおろそかになるようだ。いつのまにか人間臭くなっちまったなぁ……ビデガンは自嘲した。
「へっ。王が戦えと言わなきゃ戦わねぇ、そんな種族なんだよ。自分の意思決定なんざクソだ――そこにあるのは自分のワガママで、デビロイドの誇りとは無縁なんだ。だから俺たちは耐えることにした。王の帰還を願ってなぁ。魔族たちの命令に従い、いつか帰る王のために領土を守る必要があった。だから魔族どもの命令に従った。何十年もな……そうしなけりゃ滅ぼされてたかもしれねぇ。だがそれは誇りじゃねぇ、保身だろう」
「お前は違うだろう。そのしきたりだかなんだかを破り、放浪したんだ。最強の魔神にその誇りすら認めさせた男だ」
「俺が」
ビデガンは替え芯を吸い、黒煙を吐き出した。言いかけてやめたのは、伝えるべき言葉ではなかったからだった。自分の奥底に沈めた想いを、弱気になっているからといって口にするのは人間のやることだ。俺は半魔――いや、いまや半神か。
洞窟を進む。道しるべはないが、なぜか導かれているように迷いはなかった。導かれているように……ではないか。自分は対峙を望んでいる。その想いに迷いがないため、歩調は変化しないのだ。
「言いかけてやめるな気持ち悪い」
「悪ぃな」
「……わたしは言いかけたなら、最後まで言えと言っているんだ。なにが言いたい」
「やめとくぜ。ただの愚かなデビロイドの昔話だ」
「なら――」
はぐらかすために口にした言葉に対し、シンディラはつかつかと進んでビデガンの正面に立った。腰に手をそえた堂々とした態度で、説教を始めようとする親のように立っている。
その姿に人間の女の姿が重なった。不治の病を患っていながら、どの人間よりも気丈な女だ。
――わたしは死とワンセットなのよ。だから、あんたなんて話にならないわ。それともわたしを殺すっての? やってみなさい。あんたが失うのは誇りだけじゃすまないわよ。自分が生きてる尊厳までなくしちゃえばいい。それってダサいわよね。生きてる価値あるわけ?
「――すべて話してもらうぞ。お前は……な……仲間だろう。心の不備が連携に支障をきたすこともあるんだ。いまのうちに解消してもらわなければ頼りにならん。さあ話せ」
堂々と、どこか恥ずかしげにシンディラが言った。ビデガンは思う。女って奴は、弱そうに見えて頑丈だ……。
「ちっ、分かった分かった。歩きながらだ」
根負けし、シンディラをよけて歩いていく。話す気になったのは、別に話したくなったからではない。シンディラはいつまでも食い下がるだろう。とにかく騒がしいのは好みじゃないし、なにより面倒だった。
洞窟の奥を目指しつつ、その様子を見る。ところどころにある灯りでは、その全貌は伺えなかった。どれだけ時間があるかは分からないが、どのみち急ぎようはなかった。くまなく洞窟内を探す必要がある。焦って動けば、それだけトリックにかかることにもなる。
ビデガンは慎重に歩を進めながら、重々しく口を開いた。
「ある若いデビロイドがいた。そいつは王がいなくなっちまったために、自分の目標を見失っちまった。村を出て放浪したのは王を探すため。王の足取りを追える情報なんざひとつもなかった。だから闇雲に探し回るしかなかった」
デビロイド王は唐突に、前触れもなく、忽然と消えた。広大な魔界をひたすらに歩いた。他の種族との抗争じみた小競り合いもあった。もとより魔族は好戦的な奴が多い。だが負けなかった。
なぜデビロイドが使役されるのか、はなはだ疑問だった。技は通用する。なぜデビロイドは戦わないのか。力をもって地位を確立してしまえば、魔族の犬でなくてもいいはずだ。
それは他のデビロイドが考えることのない、王の存在そのものに対する疑問、または猜疑心だった――それが失敗の始まりだった。
「いつしかその若造は自分の力に溺れるようになっていった。王を探してぇんだか喧嘩してぇんだか分からねぇくらい、デビロイドを舐めてかかってきた奴をぶっ殺した。そんなんが十何年と続き、若造は死にかける」
「デスケテスだな?」
ビデガンは答えず、代わりに黒煙をくゆらせた。デスケテスはただの魔族ではなかった。初めて技が通用しない奴と出会った。トリックで翻弄は出来た……が、光撃はすべて無為に散る。傷ひとつ与えられずに血へどを吐き、骨格が歪んだ。
「若造はあんがい呆気なく倒れた。慢心があったんだろうよ。どんな奴より自分が強いと思ってた。そんでまぁ、デスケテスに殺される直前に、遺言みてぇなもんを口にした」
俺は死ぬが、誇りは死なねぇ。深く考えた言葉でも、強く想った言葉でもなかった。自分が死ぬと分かったとき、なぜかそう言っていた。
無意味な言葉だった。だがそれを口にした途端、バラバラになりかけていた体が起き上がっていた。
「若造はそこで思い出した。自分が描いていた目標や、デビロイドとしての在り方をだ。魔族に犬みてぇに扱われてよ……その不遇に、俺たちはなんなんだってぇ疑問に答えが欲しくて、その衝動に突き動かされて飛び出して、放浪してたんだ。答えなんざ見つかってなかったが、だがそのときなぜか、デビロイドとして死にてぇと願っちまったのさ」
王の失踪とその捜索。それは単なる放浪するための言い訳にすぎなかった。家出の理由なんざ、たいがいどうでもいいもんばっかりだがなぁ。
「若造はデビロイドとして産まれたことを呪ってた。貧乏人が生まれの不幸を呪うのと大差ねぇがな。自分がやりたくもねぇ虐殺を魔族に命じられて実行すんのも、歯向かうこともしねぇでただ命令に黙って従うデビロイドたちも、民を捨てて消えたクソッタレの王様も、むかっ腹が収まらねぇで、嫌気がさしてただけだったんだ。若造の失くしちまった目標ってのは、王の右腕と言われるくれぇに強ぇデビロイドになりたかったつぅ、そんな安っぽいもんだった。だがそれは、全身全霊かけたっていい、命賭けたっていい目標だったんだよ。王の失踪と同じくしてそれを失った瞬間に、若造は未来を失った。そしてデビロイドの誇りを捨てちまってた。若造が放浪したのはな、魔界にデビロイドを知らしめてやりたかったからなんだよ。王がなんも出来ねぇなら、俺がやってやる――俺がデビロイドの筆頭になって、魔族どもにも屈しねぇ不屈の誇りを取り戻してやる……だがな、誇りってのがなんなのか、まったく理解なんざしてなかったマヌケ野郎だった」
魔族どもが震え上がるような強さがあればいい――いつしかそんな風に考えるようになっていた。そこに誇れるものはなにもなかった。ただの強さ――それはデビロイドの誇りではなく、魔界全部に共通する、ただの破滅衝動でしかない。本能で行動するネズミとなんら変わらないものだった。
「立ち上がった若造を見て、デスケテスはそれを賞賛した。死の直前まで種族の誇りを掲げる……そんな奴はいなかったってな。てめぇの命可愛さに、殺すなと懇願する奴しかいなかったってよ。そうなりゃもちろん、トドメはお預けだった。若造は死んでも構わなかったが、デスケテスのほうは殺すには惜しいと考えたわけだ。気づくと、魔装銃は高威力の機構に変わってやがった。魔装駆逐銃ハイヴォルト――その機構を入手した若造は、はっきりと増長した。誇りもなんもねぇ、間違った方向にまた、若造は進み始めちまった……」
最強無比の一撃を放つその兵器を、なぜデスケテスが保有していたのか知る者はいない。数千年生きる魔神には謎が多かった。しかし知ろうとする者もまたいなかった。なぜなら知ろうとすれば、自身が塵芥に変えられるからだ。
ハイヴォルトを手に帰郷。するとデビロイドは反旗をひるがえした。もちろんハイヴォルトを手に先陣をきった。魔族を蹴散らし、地位の確立のために猛威を振るった。が、それは単に破滅を導く愚行でしかなかった。
「若造が間違いに気づいたときにゃあ、デビロイド族は壊滅寸前だった。デビロイドは敵と見なされ、魔族どもから包囲された。こっちが対抗できるのはハイヴォルトだけだ。だから、若造以外の連中にゃあ、地獄でしかなかった。ハイヴォルト一本でどうにかなるもんじゃなかったんだ」
「多勢に無勢だったわけだ。その若造の他は代わり映えのしないデビロイドたち。弱いとは言わない……だが、魔族たち全部を相手に出来るほどではなかった」
「ああそうさ。結局は元に戻った。デビロイドは白旗揚げて泣き寝入りするしかなかった。若造の増長は終わった……力で覆す目論みは潰え、デビロイドの半分は屍になった。すべてが最初に戻った。王はまだ帰られねぇ……」
疑問も最初に戻った。なぜデビロイドが使役されるのか。力でどうしようもないのなら、残されるのは首輪しかないだろう。魔族たちの言いつけ通りに動き、殺す。デビロイドの誇りは影も形もなくなり、ただの賊に成り果てた。
王さえいれば。誰もがそう口にした。だが帰らない――誇りも還っては来なかった。何十年も待った。気の遠くなるような月日を待った。
「まるで犬だった。その風評は瞬く間に広がり、デビロイドの下賊っぷりは魔界全部が知るところになっちまった。デビロイドは疲弊してた。心がずいぶんと腐りきっちまった。だが、魔界や人間界を含めた世界が一変する。破滅王が復活しやがった。魔族どもは警鐘を響かせた。そのうち勇者が現れるってな」
「人間界への本格的な侵略が始まった。それまでは悪の体現として、いくつか人間界の村を襲う程度だったがな。だがその人間界へのちょっかいも、勇者降臨をいち早く察する手段だった」
魔界と人間界は表裏に位置している。侵略するためにはその中間にある橋のようなものを通らなければならず、その橋を通るためには膨大な魔力が必要とされる。そのため人間界を襲撃するためには代償の魔力が不可欠であり、その行為は破滅王の力を削ぐことになる。
魔族が人間界でする蛮行には意味がある。アニミスの濃度が高くなった地域を襲い、アニミスを天界へと聖精回帰させることだ。アニミスの集中と増大は魔界へ影響し、放っておけば魔界は崩壊する。
神々。護神は人間界にはいないが、ひ弱な人間を守護するために度々現れた。対護神として力ある魔族が招集されることもあり、しかし力ある魔族が世界をつなぐ橋――ロギキ界窟を通るためにはさらなる魔力が必要となる。天界の神々もアニミスを消費しなければ人間界に渡れないのは、善と悪の均衡の象徴のようなものだ。
とまれ、勇者降臨が囁かれれば、必然的に魔族たちの侵略行為は激化することになる。
「デビロイドは魔族どものする人間界へのちょっかいに参加することになった。ハイヴォルトは存分に役に立ったぜ。普通なら太刀打ちどころか刃も抜かしてくれねぇ護神たちと、対等以上に戦わせてくれた。若造はそこで、何度目かの間違いに気づく。ハイヴォルトは強い。だがそんな力を欲したわけじゃねぇ……誇りなんてねぇ。無抵抗な人間も殺した。その度に命を捨てることも考えた。だが若造はデビロイドたちを残して死ぬわけにはいかなかった。人間を俺が殺せば、その分他のデビロイドは殺さなくていい――だから若造は率先して殺した。半端じゃねぇ力を持っちまったぶん、半端に終わらせることも出来なくなっちまったんだ……途中でやめれば裏切りだろ。魔族どもがどう判断するか分からねぇ状況で、てめぇ勝手に終わらせられなくなったのさ」
一度魔族に対抗したデビロイドたちは立場を危うくし、中抜けなど許されなかった。デビロイドたちは自由を欲したのだが、結果として拘束が強化されたにすぎなかった。
「殺した。目に写る人間は全部だ。そのうち考えることをやめちまった……なんも考えられなくなった。その必要性を感じなくなったんだな。考えたところで魔族どもを出し抜くことなんざ出来ねぇし、真面目に事態を受け止めてたら発狂でもしてたんじゃねぇか? まあ、自覚がねぇだけでそこそこ狂ってたかもしれねぇがな」
「デビロイドにある人間のような意識は、魔族とは相容れない部分だ。魔族は向上心もなければ誇りも持たん。苦悩する性分にないと言うよりは、思考能力に欠けているんだろう。それだけ破滅意識に支配された種族だと言うことだ」
デビロイドに与えられた人間じみた感性。ゆえに半魔半人――ゆえに低位魔族。魔力に染まった魂のくせに、染まらない空洞のような部分があるようだと、村の年寄りは言っていた。そこがアニミスならエクリプシオンなのかどうかだが、色は同じようで別の色であり、器の性質も違うためにデビロイドはエクリプシオンではない。デビロイドは人間のようで人間ではない。肉体は魔族に近いのだ。だから魔装銃なんてものを腕に仕込むことが可能になる。
「村を襲い続け……そして若造は、それまでの全部を覆すもんに遭遇することになる。そいつは、人間の女だった」
ロギキ界窟にほど近い人間の村は、基本的には貧困に満ちていた。魔界からの障気により作物は育たず、魔物によって襲われたりもする。動物の凶暴化、水の汚染など、とにかくなんでそんなところに住むのか分からない。
人間界にもいろいろなルールがあるらしかった。年貢を納めなければ搾取され、そこに村を構えることも許されなくなる。金がなければ物、物がなければひと。
「俺たちが襲ったのは馬車だった。ひと買いのでけぇ馬車だ。馬車が派手に倒れた瞬間、荷台から数十人の女が飛び出した。どうやってそんなに入ってたんだか分からねぇがな……人間にも腐った奴がいるもんだと思って見てたが、魔族だって充分腐ってらぁ。まあ、腐った奴の頂点が魔族だがよ」
深くもなく小さくもない規模の森だった。逃げ出した何人かは見えなくなり、何人かは追われ、何人かは魔族のエサになった。
命令に従い、消えた何人かを追った。デビロイドは目がいい。足跡や草花の倒れ具合、落ち葉の変化を見逃さずに追う。
「なんで追うのか? そんなこたぁ疑問に思わねぇ。ただ追って、殺すか連れてくかだ。デビロイドは魔族に従順な犬だからな」
森の一部、泉に出た。ロギキ界窟から近い地域だったが、自然は死んでいない場所。泉の周囲は花畑になっていた。そこに、ひとりの女が座っていた。鼻歌など歌いながら、悠長に花摘を楽しんでいるようだった。
ただ近づく。罠がないとも限らなかったが、人間の女になにが出来る、そんな見下した考えの方が強かった。ハイヴォルトを構えながら近づいていく。女はこちらに気づくと、
「若造は――デビロイドは女に見つめられ、足を止めた。別に恐怖を感じたわけじゃねぇが、なにか異様な気配を感じたのは確かだ。女は微笑んですらいやがった。魔族に追われながらその余裕……なにかあると思った。見れば女は人間で言うところの少女みてぇな歳だった。恐らくは十四か五。デビロイドは周囲を警戒してたが、しばらく視線を合わせてから気づいた。なんもねぇ。ただ何事もなく、女は座って花を摘んでやがったんだ」
おちょくってやがるのか? デビロイドは顔を凶悪に歪め、ハイヴォルトを突きつけた。思った通り、フェイクスターに反応することも出来ていない。魔力が銃口に収束していくのを見つめながら、女は言った。
「女は言った――」
――わたしは死とワンセットなのよ。だから、あんたなんて話にならないわ。それともわたしを殺すっての? やってみなさい。あんたが失うのは誇りだけじゃすまないわよ。自分が生きてる尊厳までなくしちゃえばいい。それってダサいわよね。生きてる価値あるわけ?
「魔族が頻繁に出没する地域で、人間にもデビロイドの噂は広まってやがった。デビロイドがなにを失ったのか、どういう種族に成り下がったのか、全部だ。デビロイドは……そいつはそこで、自分がなんなのか、いっぺんに分からなくなっちまった。なんで生きてなきゃなんねぇのか、なんで生きてんのか、デビロイドがなんなのか、誇りがなんなのか――そいつは自分にハイヴォルトを向けた」
「……だが死ななかったわけだ」
おずおずと、シンディラが合いの手を入れる。ビデガンはへっと笑った。
「あろうことか女が止めやがった。右腕にまとわりつき、自分を殺すことを許さなかった。デビロイドは女を殴り飛ばすことも考えたが、出来なかった。その女の目が、デビロイドを飲み込むんだ。まだ若い人間の女が、何十年も殺しをやってきた魔族を、その視線だけで止めちまう……邪眼でも持ってやがるのかと疑うが、女からは魔力もなんも感じねぇ。なんで自分が止まっちまうのか、そんときは分からなかった」
「では、今なら分かるのか」
「ああ……分かる。女がまっすぐだったからだ」
「まっすぐ?」
ビデガンは空になった替え芯を、指で弾いて飛ばした。最後の一息を味わうように黒煙をゆっくりと吐き出す。
「そうだ。めちゃくちゃで、ふらふらと、どこ見て歩いてんだか分かりゃしねぇデビロイドからすれば、女はまっすぐだった。まるで女はデビロイドが目指した場所にすでにいて、そこから間違ったデビロイドを叱責するような……灯台みてぇにどこにいても光っててよぉ……暗闇なんざありゃしねぇ、存在出来ねぇ。その光が最下層に堕ちたデビロイドを、まっすぐに照らしてやがった。だから視界が利かなくて、つい止まっちまうんだ。いつかデビロイドが夢見た存在に近いっつったら分かるか? 王の側近として、デビロイド族の先を照らせるような奴になりてぇ……そのデビロイドの……叶えられねぇ夢だ」
デビロイドはそこで目覚めた。長い悪夢から。文字通りの光明を見て、それからすぐに魔族たちを全滅させた。
「エレンティアネ。女が名乗った。女は自分を囮にして、他の女たちを逃がす算段だったらしい。どのみち病のせいで長くねぇからと、自分の価値を知ってな」
「価値?」
「どうせ死ぬなら価値のある死にかたを選びたい。そういうこった。女はこうと決めたらそうとしか動かねぇ頑固もん。てめぇの正義を貫いていてぇってな。ひと買いに売られたのも自分の意思で、その買い手をぶん殴るためだった。それに巻き込まれる村の人間のことなんざ考えねぇ……が、どうにかなっちまうつーか、どうにかしちまう気性だった」
「ふっ……似てるな」
シンディラの笑みの理由が分からず、ビデガンは片眉を上げた。しかし時間をかけずにうなずきを返す。
「ああ……ソヨギとはタイプは違ぇが、似てるっちゃ似てんな。人間特有の根拠のねぇ強さがあった」
「しかし魔族を裏切ったのだろう? 同じことの繰り返しになったのではないか?」
「いいや。女の提案で虚偽の報告をした。人間襲ってたら護神に出くわしたってな。そこでデビロイドは嘘をつくことと、真っ当に生きることは相反しねぇってことが分かる。女は、バカ正直はバカだから正直にしかなれない、そういう意味の言葉だけどそれが理解出来ないとあんたみたいになる、とか言いやがった」
「ふむ、利口な女だな。どのみち誇りの象徴である王がいないんだ。のらりくらりと魔族をかわすことも必要だったということだろう」
「だから言ったろ。愚かなデビロイドの話だってな。最初から虚勢張ってなきゃ、最悪な状況に陥らなくても良かったんだ。デビロイドは女のいる村にちょくちょく顔を出した。そのたんびに助言じみた言葉を持ち帰って、魔族をあしらうようになる。だが、それも長くは続かなかった。勇者の魔界侵攻に加え、破滅王の異世界侵攻――そして女が奪われた。デビロイドに直接の脅しが来る。ベアフロンティアがデビロイドの村に来やがった。あとは、おめぇさんの知ってる通りだ」
「……お前は今」
シンディラは先ほどのビデガンのように、言葉を途中で止めた。表情は落ち着いているようだが、胸中ではひどくその言葉を吐きたくないのかもしれないと思わせる。
ビデガンは肩をすくめて言った。
「言いかけてやめんなよ。気持ち悪いぜ?」
「嫌味はいい。お前は王に就きたいんじゃないのか。はっきり言うぞ……お前はデビロイドとして、その誇りが王にあると信じている。だから、このまま敵側になってもおかしくないってことだ。お前が言いかけてやめた言葉は、俺が王に就いても恨むんじゃねぇ、だろう。当たらずとも遠からずだと思うが?」
「女は面倒だが、年の功も面倒だ……」
シンディラのアニミスの高揚――それと、喉元に突きつけられた切っ先――ビデガンは足を止めた。灰を圧縮した剣は、刃の部分が高速で動いている。それに熱を付与することにより、物質を切断する代物である。触れればまあ、簡単に死ぬだろう。それを見下ろしながら、
「種族のルールは絶対に近ぇ。それは知ってるな?」
「当たり前だ。護神も魔族も人間も、その定めにより生きている。お前はその定めに従おうとするあまりに間違いを重ねてきた。今回も間違うつもりか?」
「それは分からねぇ。今のうちに手を打っとくのもアリだぜ?」
「ここでだと……! ふざけるな!」
灰の剣が消え、腕に変わった。その手はビデガンの胸ぐらを掴み、腕の位置に合わせてシンディラが出現する。不気味な技だが、フェイクスターの模倣が可能な理屈も分かる。飛ばした灰を自分自身に出来るのだ。それは灰の女神が不死身の理由でもある。
シンディラの胸ひとつで戦闘になるだろう。だがそれは同時に、ビデガンの死を意味している。ハイヴォルトが通用しないのはすでに見た。全アニミスを水属性にしようと、シンディラを封じることすら不可能だ。
殺すなら殺せ、という気分でシンディラの瞳を見返す。胸ぐらを引き寄せられ、怒りに満ちた顔が眼前になる。さあ、どうする……? シンディラが開口する。
「お前の話したデビロイドは確かに愚かだった。だが変わったはずだ」
「どうかねぇ……そうするしかなくてそうなっちまった。そういうこともあるぜ?」
「……わたしも話してやる。愚かな灰女の話だ。そいつはまず妹を裏切って殺そうとした。そして世界を裏切って命を奪い続けた。すべて我慢できない恨みを抱えていたからだ。ベアフロンティアを殺すつもりで、ある種族を利用した。だが妹が近くにいることを知り、いつかの怨恨がまた再燃した。そしてその、ある種族をも裏切った。産まれてこのかたずっとなにかを裏切ってきた! だが奇跡が起こり、なれるはずのない女神になった」
両手がビデガンの胸ぐらを掴むようになる。それを支えに、シンディラはうつむいた。表情は見えないが、歪んでいることが声の震えで分かった。
「後悔だ……女神になれたことすら後悔しているのだ! 命を奪ったこと、裏切り続けたこと、まだ生きていることすらも、すべて悔やんでいる! だからハートレイトにあっさりかかる……この自分への苛立ちを抑えるのに、わたしはどうしていると思う?」
声の震えはどちらかと言えば、自身への怒りからだった。
シンディラは返答を待っているのか、言葉は続けずに怒りに耐えている。ビデガンは答えらしい答えはないままに、
「さぁな」
「……貴様はそういう奴だ。愚かだと理解していながら考えることをしない。わたしはな、ビデガン。自身への怒りを忘れるために、わたしへ定めを課したんだ。護神の定めとは違う。わたしがわたしだと忘れないための、もうなにも裏切らないための定めだ」
シンディラが顔を上げた。相変わらず声は震えるようだが、悲哀に似た笑みを浮かべている。その悲哀の根源にあるのは後悔なんだろう。だからこの笑みは、自身への嘲笑なのだろう。
「わたしはもう、自分を省みないことにした。なにを置いても自分を捨てることにした。わたしは仲間を護る。どうなろうともな……それが護神の定めに反しようが関係ない。例え魔族を生かすことになろうとも、仲間のためならばそれを選択する。もうすでに魔族を生かしたよ……だから」
シンディラはゆっくりとした動作で手を離した。どこか力なくさげた手を、握りしめる。
「お前を殺すなど出来ん。だから、時が来たらわたしを殺せ。それがたとえフィアに反するようなことでも、わたしはわたしの定めを貫く。この命、欲しければくれてやるよ」
「なんつーか……自分を省みねぇで自分を貫くってのは、矛盾みてぇに感じるがな」
「ふっ……お前の揚げ足取りもこれで最後かもしれないからな。許してあげるわ。まあとにかく……」
シンディラは進んでいた方向へと踵を返した。ビデガンは歩き出したその背中を、言葉もなく追って行く。
「わたしは殺せない。それが言いたかった」
「お互いに半端もんだからかねぇ? 生き方もどことなく似てくらぁ」
「一緒にするな。お前は最善だと思い選択して来ただろう。わたしはただ操られていただけ……お前はまた自分の最善を選べばいいさ。わたしはもう、誰も恨むことはない。当然にお前のこともな。だから、仲間を殺すなどもっての他だ」
「ああ……」
最善を選べ。その言葉にだけ返答する。言われずともそのつもりだった。
ただそれには、王を見て自分がどうしたいのかを知る必要がある。王に会ってどうしたいのかは、想像のなかだけでは無惨に消えていくだけだった。それはビデガンにあるはっきりとした迷いだった。
胸中は迷い、だが歩調はしっかりとしていた。入り口の反対側を目指すというビデガンの思考と、シンディラも同じような考えなのか、ひたすらに直進していた。ときおり洞窟内の闇と灯りを警戒しつつ、それでも歩調は緩まなかった。勇者の気持ちを汲むのが護神なら、仲間を尊重するのも同じことと言うべきか。シンディラは恐らくこちらの気分を感じ、トリックスターを追ってくれている。
(仲間……か)
シンディラの言葉に意表を突かれたのは何度目かだったが、まさか仲間だと言われるとは思ってもいなかった。シンディラはいい意味でドライだ。灰女だから――そういう性質もあるんだろうが――ではなく、そういった野暮ったい意識を持っているキャラだと認識していなかった。
聖戦においてその意識は、致命的な急所になりかねないものだ。大まかに見ればなくてはならない意識だが、犠牲をいとわない覚悟がなければ戦争などやらないほうがいい。
確かにビデガンにもそういう傾向はある。ことデビロイドたちに対しては、同族であるのだから当然の意識だ。ただその意識をひとりひとりに向け続ければ、あっさり首を持っていかれるのも聖戦である。
だから、同族の死を悲しむ暇もなく進まなければならない。悲しみを忘れず、二度と起こらないことを信じ、二度と起こさぬように動き、万が一起きてもまだ進む。そうしなければ終わらない戦いなのだから。
それがビデガンの精一杯だとすれば、シンディラはもっと冷静かつ達観しているだろう――そう感じていた。勝つために生かすのは個ではなく全というように。
この聖戦においての全は勇者だ。勇者でなければ破滅王は倒せず、倒せなければ終わらない。もしくは世界が破滅する。最優先は勇者が破滅王の元へ攻め入ることであり、魔界の底辺を治めていた小さき王を追うことは論外だ。
(仲間ねぇ……)
優先すべきはフィアの守護。それとガデニデグの阻止。シンディラなら、勇者を脅かす魔導師の輝石を奪うことを最優先にするだろうと思っていた。トリックスターなど無視し、ガデニデグを追うことに専念するだろうと。しかしそれをしない。
仲間。その言葉がシンディラに深くある。自分の過去のせいかアニミスのせいかはともかく、ビデガンを含めた周囲を護ろうとしている。
なるほど……まっすぐだ。さっき口にした決意のまんまでいようとしてやがる。こりゃあ敵わねぇ――
「俺が強いってなぁ幻みてぇなもんだ。俺が俺自身に、そしてデスケテスの御大が与えた幻影だよ」
「? なんの話だいきなり」
「心の不備ってやつだ。最初に言いかけたもんの続きだよ。俺が死んでも、てめぇはてめぇをまっとうしろ」
「なるほど。聞く価値はなかったな。もう誰も殺させん」
シンディラは悠々と言った。ビデガンは思わず笑い出しそうになるのをこらえていた。女王ってのも悪くねぇか?――そんな馬鹿げた思いつきである。はっ! あり得ねぇだろ。
そんな女王気質のシンディラが足を止め、現れた岩壁を見上げた。どうやら巨大な洞窟の端には着いたようだが、門は見つからない。左の方向には灯明が張りつく岩壁が見え、右はほとんどが闇に包まれている。進むならば風景も見えない右だろうか。
「まったく……無駄に広いなここは。門がエキセントリックで隠されている可能性は?」
「ないとは言えねぇ。もしくはすでに影響されてるかもな。奴が俺に通用すると思ってりゃだが」
「お前がいることは向こうも承知だろうからな。むしろ対面を望んでいるようにも感じるぞわたしは」
「どういう意味でぇ」
シンディラは右に進路を取りつつ手のひらを上に向けた。
「わたしではなくお前を狙った攻撃だった。それは攻撃を当てるためという意味ではないわ。殺気ではなく気配を追って見た方向にトリックスターを視認したわけだが、敵を待ち構えていて攻撃するだけならば、わざわざわたしを逃す必要はないだろう。ティンダルス化させた種族の王ならば、誰でもハートレイトでわたしを捕らえられることは実証されているからな。わたしがこの洞窟に入ったのを狙わず、お前が洞窟に入った瞬間に攻撃したのは何故か……わたしは見せつけるためだと思うんだよ」
「見せつけるだ?」
「ああ。わたしには攻撃してきたのがデビロイドだとは判別出来なかった。つまりお前にしか、あのフィアを眠らせた攻撃が、デビロイドのものだと判別出来なかっただろう。わたしは攻撃してきた奴を視認出来たからデビロイドの攻撃だと分かったんだからな」
確かにデビロイドの光撃は、かなりありふれた攻撃手法ではある。魔力と属性をかけあわせて放つというのは、誰もがやっている手法だ。なんなら先ほどの巨大亀が砲門から放っていたのと変わりない。以前にシンディラがビデガンの姿を模倣し、豆腐と戦った時にも同じような手法で攻撃している。魔装銃はあくまでも魔力凝縮機構であり、貧弱なデビロイドの祖が開発した苦肉の策である。魔族ならば誰もが可能なことが不可能だったデビロイドが、台頭を願い生み出した悲痛の武器だ。魔装銃が魔力と同時に命すら必要とするのは、台頭を願うあまりの呪いである。逆にそうまでしなければ武器と呼べもしないただの穴でしかない。
なんにせよ、シンディラの言うことに間違いはないかもしれなかった。ありふれた攻撃にしか見えない魔装銃の一撃を、デビロイドの光撃と見極めることは難しいだろう。ただそれが見せつけるためだったというのは、あまりにも突飛な推測だった。
「たまたまじゃねぇか?」
「そうは思わない。わたしは攻撃に気づけず、だがお前は攻撃に気づいて避けられた。万が一にもお前があの精神光撃を食らったとしたら、対面など出来なくなるだろう? だからトリックスターは対面に値する存在かを確かめたかったんじゃないか? そのために姿を消して観察していたんだろうな。要はお前自身が攻撃した張本人をデビロイドだと気づけるか、そしてエキセントリックと結びつけてトリックスターという答えに行き着けるか、その反応を見たかったんだろう。お前は恐らく、なにかを試されているんだよ……まるで通過儀礼の如くな。まあ普通の戦略として、最初の敵を狙うより次の敵を狙ったほうが効果は高いが――いや、それは別の話だ……すまん。それがフィアになってしまったのは、わたしの能力不足だよ。すぐに策敵を開始していれば良かったんだ」
「……俺の力量を見極めようとした?」
「あり得るな。こじつけに加えて当て推量のものだが、王はお前との対面を望んでいると感じる。ただ、力量を見るという行為は、そのまま戦闘するためだとも感じる。わたしを狙わなかったのはつまり、トリックスターは個人的に動いているわけだ」
「ティンダルスになった上でか?」
「こら、少しは自分で考えろ。デビロイドの王が民に会おうとすることに、何かしらの意味はないのか?」
ある。が、今となっては意味がないことだ。
「聖戦の最中にやることじゃねぇ」
「それは意味があるということと同じだ」
「俺がここに来ることになったのは成り行きなんだぜ? 野郎の失踪がガデニデグの策略のうちだったってのは理解出来らぁ。異世界侵攻は勇者が誕生する遥か以前に決まってた。お上の間でな。だがそれを承諾出来なかったガデニデグは反目をもくろみ、私兵としてのティンダルスを思いついた。だが魔導師の輝石を利用し始めたのはもっと以前――おめぇが豆腐の女神と暮らしてたのは何百年前だ?――まあそれはいいとして、トリックスターが消えたのは時期も理由も納得出来らぁ」
「わたしが灰の妖女にされたのは二百年ほど前だ。多分な。勇者降臨は予言され、破滅王の復活はいつになるか分からないのだから、備えていたんだろうガデニデグは……それで?」
「分かんだろ? おめぇの言い方じゃあ、まるで俺を待ってたみてぇじゃねぇか。トリックスターは俺が来ることを見越してここにいたってのか? それとも偶然こうなってんのか? ここは俺たちの世界じゃねぇ異世界なんだぜ? どこに行くかなんて分からねぇだろ。ティンダルスにされてるくせに個人的に動けるような奴だ。なんで俺を探さねぇでここで待つ?」
「わたしが知るか。ひとつの仮説なら提示してやれるがな」
「仮説だぁ?」
シンディラはやれやれといった溜め息を吐いた。
「エレンティアネだよ。ベアフロンティアがハイヴォルトを恐れ、ビデガンを戦力に組みこんだ。エレンティアネを人質にしてな。そうなればビデガンはエレンティアネ奪還を考えるだろうと、トリックスターじゃなくても考える。わたしもそうだった。ガデニデグはベアフロンティアの側近なのだから、ガデニデグの私兵でいればお前と顔を会わせることもあるだろう。それがたまたまガデニデグの造反の拠点になるここだった。トリックスターが動かずにデッドプリズンにいる理由としては、ガデニデグが自分の切り札を隠しておきたかったために、ティンダルスを公にさらせなかったからだ。トリックスターも同様、ベアフロンティアから隠れていなければ消されるかもしれないため動かなかった。筋は通る仮説だと思うが?」
「おい……つまりここに……」
「ふむ。言葉にして気づいたが、エレンティアネがいる可能性もあるわけか」
(冗談じゃねぇぞ!)
ビデガンは愕然と足を止めた。
(俺たちが潜入ミッションを開始して随分経過してんだ! ガデニデグが俺を――ハイヴォルトを封じるために手段を選ばなかったら……)
エレンティアネに魔手が伸びる。人質としての利用価値も充分だ。それにこっちの世界の人間だけを捕らえたと、どうして言える? 向こうから何人か連れてきていても不思議はない。イギギたちヒキュウ族は向こうの世界の住人だし、種族の王にしてもそう。向こうでティンダルスたちはすでに存在していて、異世界侵攻と同時にこちらの世界に来ていた。
エレンティアネがいるかもしれないと、どうして俺は考えなかった?
「待てビデガン! 焦れば奴らの思うつぼだぞ!」
ビデガンは走り出していた。土を蹴り、シンディラを抜き去る。
「ただの仮説と言っただろう! 待て――!」
ぼんやりとした暗闇のなかを、シンディラの制止を無視して走る。焦りはしてるがエキセントリックを破るための冷静さは残っていた。言うは易いとされる意味のない視線を残したまま、ひたすらに洞窟内を駆けた。
数十メートルは走り、違和感を覚えて足を止める。エキセントリックとは違うなにかを、視界の端に捉えたからだった。左の岩壁の途中に、人間ひとりが通れる横穴を見つける。横穴の付近にはダークフサルクの灯明がない。闇に埋もれるようにある横穴だった。
(順路か。巨大亀を倒さねぇと水が引かねぇから、死角になるってこった)
本来なら巨大亀を倒しておかなければ、この横穴は水中にあっただろう。付近に灯りを用意していないのも、暗闇に隠すためだ。
ビデガンは横穴に飛びこんだ。デビロイドの習性か、隠してあるなにかを見つけることは得意だった。まるで自分に用意されたステージのように感じながら、杞憂だろうと細い穴を進む――たいして進んでいない所に、突き当たりの壁がそのまま門になっている場所にたどり着く。
シンディラを待つか悩み、しかしすぐに頭を振った。聖戦とは無縁な私闘に、シンディラは巻きこめない。だが明かりは必要か……ビデガンは横穴の入り口に、神装銃を向けた。
「フラッシュセッター」
音もなく、粘度の高い水墨属性の塊が飛んでいき、入り口の壁に付着した。それは付着と同時にカッと閃光を放つ。
ビデガンは閃光から目を反らすようにして、門を通過した。現世界と異空間を交互にという話なら、次は異空間だろう。
瞬時に景色が変わった。まるで城のような内観の世界である。広々とした大広間の、分厚い絨毯の上にビデガンは立っていた。白い壁や天井には豪華なシャンデリアや肖像画、金属製の燭台がいくつかあり、円形の石柱二本がまっすぐ伸びた絨毯の両脇に立っている。絨毯の先には数段の階段があり、城の主が謁見に用いるのだろう玉座があった。もちろん、席は埋まってもいた。
どう見てもデビロイドだろう衣装を着た男である。遠目では顔まで分からないものの、記憶にある顔立ちに変化がなければ、注意深く見ることに意味はない。黒いロングコート、黒いシャツ、黒いズボン、黒いブーツ。黒いテンガロンハットからは金髪が見えている。そしてどこか、からかうような視線をこちらに向けている――だろう。なにも変わっていなければ。
ビデガンはテンガロンハットを深くかぶり、右足で二回、絨毯を踏んだ。デビロイド流のノックのあと、虚実の王は応じた。
「久しいな、ビデガン」
「ああ……」
「もう何年になるかな。俺がデビロイド領をあとにして」
「数十年……」
「そうか、そんなになるか。あんがい実感は湧かないものだな。時の経過というのは」
ビデガンの苦悶に似た囁きに、トリックスターは正確に返答した。小さな音を反響させるのは、異空間の性質だろう。そして、デビロイドの数十年を意に介さない素振りは、奇才と呼ばれたこの王の性質だった。
どちらかと言えばこいつは、デビロイドの意味を王にではなく民に求めるような奴だった。だからこいつはひどく個人的な奴だった。他のデビロイドとは相容れない思考を持つ、ともすれば危険分子としか言いようのないデビロイドだ。
金髪がその証明でもある。墨の悪魔インカースの血統であるならば、黒か青で産まれるのがデビロイドだ。蛍光色で誕生するというのは、はっきりと奇形である。だがそれ以上の奇才を持ち、こいつは王になった。
「てめぇがどういう数十年を生きたかなんざ興味ねぇ。俺たちを放っていなくなったのはなんでだ」
ビデガンの問いに、王はしばしの熟考を挟んだ。しばらく虚空を見つめ、ぼんやりとしたまま口を開く。
「俺の国はどうなっている? まだ存在しているのかな。ガデニデグが俺を離さなかったから、魔界の情報には疎くてね。毎日のように破滅王を出し抜く計画を聞かされ、俺は顧問のように計画の穴の指摘を繰り返した。こちらの世界で拠点を構えるよう提案したのは俺だよ。まあ、こっちに来れば多少は自由にさせてもらえるかとも考えたんだが、ベアフロンティアの抗戦が長引いているおかげで、好き勝手に動けないんだよ。予想ではベアフロンティアは真っ先に倒されると考えていたんだ。そのためにガデニデグを通し、勇者たちから英霊の雫石を奪うように進言もさせた。まあ、無意味だったがね」
どうでもいいと言うように、王は肘かけに肘をつき、その手に顔を預けた。気だるそうに。
「なんで消えた。一族を放って、なんで消えたんだ……てめぇがいりゃあ、デビロイドは余計な苦労を背負わなくてもよかったんだ」
「ああそうだ。新しいトリックを思いついたから使ってみたんだが、どうだったかな。魔装銃の魔銃閃光撃に、ガデニデグの得意なハートレイトを混ぜてみたんだ。俺たちの通常光撃に心奪効果まであったら脅威だと思わないか? まあ、そのためにはティンダルスにならなきゃいけないが……みんな承諾してくれるかな」
こちらの声が正確に伝わっているのか、ビデガンは疑問に思った。いや、こちらの話はどうでもいいのかもしれない。実際に王は、こちらにとってどうでもいい話を繰り返す。
「ガデニデグに捕まったのか、てめぇから消えたのか、はっきりしろよ」
「俺はさぁ、ビデガン。デビロイドがなんで淘汰されるのか分からないんだよ。王がいなきゃなにも出来ないことに問題があるのだと思ったんだ。だからさぁ、デビロイドのしきたりそのものを崩壊させたかった。個人がなにかを決定する力があったほうがいいと考えた。どうやらビデガンはデスケテスすら認めさせたようじゃないか。風の噂で聞いたよ。俺はそれを素晴らしい成果だと考えるがどうだろうか」
「だから、てめぇはなんで消えたんだっ!」
唾棄するように――ビデガンは王の問いを無視し、神装銃を構えた。王のほうはと言えばさすがに無視するわけにはいかなくなったのか、姿勢を変えた。腕を膝に乗せ、こちらを覗きこむような姿勢になる。ただそれだけ……その程度の変化しかしなかった。
「デビロイドの王は、資格ある者に引き継がれていく。血でも生まれでもなく、王に勝った者が王になる。分かるかビデガン。既存のトリックを越える、さらなるトリックを作れる奴が王なんだ。お前と次代の王を競いあった日々が懐かしいよ。どうだビデガン。俺のエキセントリックを越える、新たなトリックを思いついたか?」
「そんな暇があったと思ってやがんのか……俺たちは必死だったんだよ! どう生きりゃあいいのかの、選択の連続だった! いつ魔族どもに命を奪われるか分からねぇ。いつ護神どもに命を奪われるか分からねぇ。どう生きればいいのか分からねぇ。てめぇがデビロイドを捨てたせいでなぁっ!!」
「ビデガン……それは本当にデビロイド一族の言葉なのか? お前だけの、お前自身の葛藤なんじゃないのか?」
「そんなわけねぇだろがっ!」
「そうか、ならいいんだ。ところでビデガン。俺という存在はデビロイドにとってどういうものなんだろう。王か? それともどこかの吟遊詩人が歌にするような、デビロイド一族を崩壊させかねないものか? デビロイド一族をお前は守ろうとしたんだよな? ではなぜお前が王にならなかったんだ? そうすればデビロイド一族は淘汰なんてされなかっただろう?」
「俺は王の器じゃねぇんだよ……!」
「ふむ。では俺は王なわけだ。おかしいなぁ。デビロイドを守るための王のはずが、忽然と消えてデビロイドを苦しめたわけだろう。それでも俺は王なのか? それは王を倒さなければ新たな王が誕生しないという、デビロイドの定めがあるからだろう?」
「さっきからゴチャゴチャと――」
ビデガンは神装銃を構えたまま、歩いていく。すると王の顔に、皮肉げな笑みが浮かんだ。
「てめぇは何を言いてぇんだ。王である責任を放棄したくせに、デビロイドを能無しみてぇな言い方しやがって! アラシュよぉ! てめぇはなんで消えたんだ!」
「ふっ……やっと俺の名を呼んでくれたなビデガン」
「いくらでも呼んでやるよ! アラシュ・マテリアル!」
「俺の名を知っているのはお前しかいないからな、ビデガン・マッドマン――ようやく動けるようになったよ」
「!?」
突然、眼前にトリックスター――アラシュが出現した。フェイクスターでだ。
「呪詛の話は聞いているだろうか? もちろん俺にもかかっていた。さっきは異動能力でお前たちから離れたんだが、いまいち肌に合わない。それと呪詛が深刻になると細かい技が使えなくなるのでね。ガデニデグも軽いものにしたようだが、軽い呪詛でもトリックに支障がある。これから戦うのに邪魔くさいだろう?」
「俺は……」
「分かってる。迷っているんだろう、俺と戦うべきかどうか。その迷いを晴らすために俺が消えた理由を知りたかったんだろう? きっかけがなければ戦えないと言うなら、俺がちゃんと用意してある。だがその前に、もう少し話そうじゃないか」
アラシュは踵を返し、歩き始めた。確かにまだ迷いがある。王の不在がデビロイドの淘汰につながったのだから、いくら腹が煮えたぎろうと理由がなければ動けない。むしろ連れて帰るのが道理のように感じている。ビデガンにあるデビロイドの性質が、戦闘開始の邪魔をしていた。
「話すことなんかねぇ!」
「とりあえず、場所を移動しようか。お前がハイヴォルトを撃とうものなら、ダークフサルクが傷ついてこの空間が破壊されかねない。まあようするに、この場はそもそも戦いには不向きなんだよ……追いついてこい」
アラシュがフェイクスターで消える。ビデガンはその軌跡を見つめ、拳を握りしめていた。
最善の選択がなんなのかすら浮かばない。アラシュが戦うと言った理由も不明だ。最初から戦う気でいたようではあるが、なぜ戦うのかが分からない。
ビデガンは選択不可能の苛立ちを抱えながら、フェイクスターで後を追った。
続く
「ずいぶんと軽く言ってくれる……近くにいるんだろうイギギ! フィアの状態を見せてくれ!」
シンディラの絶叫が洞窟に反響した。内部それ自体には、松明のような灯りがそこかしこにあるため視界は確保されている。が、松明そのものはないため、ダークフサルクの仕掛けだと推測される。
(だが灯りは部分的すぎた。奴はその隙間みてえな暗闇から撃ってきやがった。姿が見えてねぇことを考えると、トゥートリックだろうなぁ)
シンディラだけはその姿を視認していたようだが。
ビデガンはチッと舌を弾いた。最初の門を見つけた時点でデビロイドの関与は分かっていた。それもエキセントリックを仕掛けられる奴となると、どいつかは限られてくる――というより、どこのどいつかは分かりきっていた。なのに――
「イギギ……こちらの次元にいないのか?」
「異空間が安全だと判断したんだろ。どのみち他の場所には行けねぇことになってんだからよ、そのうち出てくらぁ」
「冷静だな。フィアが目覚めなければガデニデグどころか、破滅王すら倒せなくなるんだぞ。わたしはそれ以前にフィアが心配なんだよ!」
「おめぇは勇者についてどこまで知ってんだ。破滅、世界にかからんとする時、浄化せし清き者現れん。その者、神々を率いて、悪神の放ち跳梁を聖精へと還さん。携えし御劔、輝きたる時、破滅は破滅足り得ぬであろう。勇ましき者たち、世界守護のため覚醒さる――予言だ。その時が来りゃあ目覚める。それが勇者の資質だぜ? そもそも護神王がついてんだ。アニミスで干渉して精神を助けるってぇことも可能なんじゃねぇか?」
ビデガンが言ってやると、シンディラは押し黙った。女は感情的でいけねぇや。
なのに――と、ビデガンは中断していた思考を再開した。俺はその誰かの可能性を思いついておきながら、保留した。
(違う、保留じゃねぇ。ただ信じたくなかっただけだろうが……)
ガデニデグが種族の王を利用している。そう聞いたときから考えていた。何十年か前に消えたデビロイド王……トリックスター。その二つ名は伊達ではない。デビロイドの王は血筋では決まらず、王を倒した者が新たな王になる。トリックはデビロイドの誇りの一部であり、王のトリックを上回ればそいつが王だった。
現在、デビロイド王の席は空席になっている。倒すべき王が不在であるのだから当然だろう。デビロイドの領土をまとめているのは前王や長老たちだ。それが名ばかりの統治なのは、デビロイド族を飼っていると嘲笑う、上位魔族たちがいるからだった。デビロイドはほぼ魔族の底辺に位置し、魔族たちに媚びることで生き永らえている。
王がいればその扱いはだいぶマシになる。王がいる限りは魔族たちも好き勝手には出来ないからだ。王がいるとき、王が魔族たちの命令を承服しなければ、デビロイドたちは人間族の村を襲ったりなどしなくてもいい。王がいれば、王の言葉がすべてになる……だからデビロイド族が魔族に従わないことを知っている。
王がいないから魔族の言葉に従わなければならない。絶対命令をくだす者がいないから、デビロイドは魔族の犬になるしかない。
「デビロイドは王に従う。誇りに従う。王がいりゃあ魔族どもも、そう簡単には手出しが出来ねぇ。だがそれを知ってやがるから、魔族どもはデビロイドを利用してる。王がいねぇってことを知ってやがるからなぁ」
「……戦えば良かっただろう。お前たちが弱い種族とは思えない。こうして共闘しなければ分からなかったがな」
ビデガンはシンディラの言葉に面食らった。考えたことがつい口に出るような癖はなかったのだが、脳を使いこむと口がおろそかになるようだ。いつのまにか人間臭くなっちまったなぁ……ビデガンは自嘲した。
「へっ。王が戦えと言わなきゃ戦わねぇ、そんな種族なんだよ。自分の意思決定なんざクソだ――そこにあるのは自分のワガママで、デビロイドの誇りとは無縁なんだ。だから俺たちは耐えることにした。王の帰還を願ってなぁ。魔族たちの命令に従い、いつか帰る王のために領土を守る必要があった。だから魔族どもの命令に従った。何十年もな……そうしなけりゃ滅ぼされてたかもしれねぇ。だがそれは誇りじゃねぇ、保身だろう」
「お前は違うだろう。そのしきたりだかなんだかを破り、放浪したんだ。最強の魔神にその誇りすら認めさせた男だ」
「俺が」
ビデガンは替え芯を吸い、黒煙を吐き出した。言いかけてやめたのは、伝えるべき言葉ではなかったからだった。自分の奥底に沈めた想いを、弱気になっているからといって口にするのは人間のやることだ。俺は半魔――いや、いまや半神か。
洞窟を進む。道しるべはないが、なぜか導かれているように迷いはなかった。導かれているように……ではないか。自分は対峙を望んでいる。その想いに迷いがないため、歩調は変化しないのだ。
「言いかけてやめるな気持ち悪い」
「悪ぃな」
「……わたしは言いかけたなら、最後まで言えと言っているんだ。なにが言いたい」
「やめとくぜ。ただの愚かなデビロイドの昔話だ」
「なら――」
はぐらかすために口にした言葉に対し、シンディラはつかつかと進んでビデガンの正面に立った。腰に手をそえた堂々とした態度で、説教を始めようとする親のように立っている。
その姿に人間の女の姿が重なった。不治の病を患っていながら、どの人間よりも気丈な女だ。
――わたしは死とワンセットなのよ。だから、あんたなんて話にならないわ。それともわたしを殺すっての? やってみなさい。あんたが失うのは誇りだけじゃすまないわよ。自分が生きてる尊厳までなくしちゃえばいい。それってダサいわよね。生きてる価値あるわけ?
「――すべて話してもらうぞ。お前は……な……仲間だろう。心の不備が連携に支障をきたすこともあるんだ。いまのうちに解消してもらわなければ頼りにならん。さあ話せ」
堂々と、どこか恥ずかしげにシンディラが言った。ビデガンは思う。女って奴は、弱そうに見えて頑丈だ……。
「ちっ、分かった分かった。歩きながらだ」
根負けし、シンディラをよけて歩いていく。話す気になったのは、別に話したくなったからではない。シンディラはいつまでも食い下がるだろう。とにかく騒がしいのは好みじゃないし、なにより面倒だった。
洞窟の奥を目指しつつ、その様子を見る。ところどころにある灯りでは、その全貌は伺えなかった。どれだけ時間があるかは分からないが、どのみち急ぎようはなかった。くまなく洞窟内を探す必要がある。焦って動けば、それだけトリックにかかることにもなる。
ビデガンは慎重に歩を進めながら、重々しく口を開いた。
「ある若いデビロイドがいた。そいつは王がいなくなっちまったために、自分の目標を見失っちまった。村を出て放浪したのは王を探すため。王の足取りを追える情報なんざひとつもなかった。だから闇雲に探し回るしかなかった」
デビロイド王は唐突に、前触れもなく、忽然と消えた。広大な魔界をひたすらに歩いた。他の種族との抗争じみた小競り合いもあった。もとより魔族は好戦的な奴が多い。だが負けなかった。
なぜデビロイドが使役されるのか、はなはだ疑問だった。技は通用する。なぜデビロイドは戦わないのか。力をもって地位を確立してしまえば、魔族の犬でなくてもいいはずだ。
それは他のデビロイドが考えることのない、王の存在そのものに対する疑問、または猜疑心だった――それが失敗の始まりだった。
「いつしかその若造は自分の力に溺れるようになっていった。王を探してぇんだか喧嘩してぇんだか分からねぇくらい、デビロイドを舐めてかかってきた奴をぶっ殺した。そんなんが十何年と続き、若造は死にかける」
「デスケテスだな?」
ビデガンは答えず、代わりに黒煙をくゆらせた。デスケテスはただの魔族ではなかった。初めて技が通用しない奴と出会った。トリックで翻弄は出来た……が、光撃はすべて無為に散る。傷ひとつ与えられずに血へどを吐き、骨格が歪んだ。
「若造はあんがい呆気なく倒れた。慢心があったんだろうよ。どんな奴より自分が強いと思ってた。そんでまぁ、デスケテスに殺される直前に、遺言みてぇなもんを口にした」
俺は死ぬが、誇りは死なねぇ。深く考えた言葉でも、強く想った言葉でもなかった。自分が死ぬと分かったとき、なぜかそう言っていた。
無意味な言葉だった。だがそれを口にした途端、バラバラになりかけていた体が起き上がっていた。
「若造はそこで思い出した。自分が描いていた目標や、デビロイドとしての在り方をだ。魔族に犬みてぇに扱われてよ……その不遇に、俺たちはなんなんだってぇ疑問に答えが欲しくて、その衝動に突き動かされて飛び出して、放浪してたんだ。答えなんざ見つかってなかったが、だがそのときなぜか、デビロイドとして死にてぇと願っちまったのさ」
王の失踪とその捜索。それは単なる放浪するための言い訳にすぎなかった。家出の理由なんざ、たいがいどうでもいいもんばっかりだがなぁ。
「若造はデビロイドとして産まれたことを呪ってた。貧乏人が生まれの不幸を呪うのと大差ねぇがな。自分がやりたくもねぇ虐殺を魔族に命じられて実行すんのも、歯向かうこともしねぇでただ命令に黙って従うデビロイドたちも、民を捨てて消えたクソッタレの王様も、むかっ腹が収まらねぇで、嫌気がさしてただけだったんだ。若造の失くしちまった目標ってのは、王の右腕と言われるくれぇに強ぇデビロイドになりたかったつぅ、そんな安っぽいもんだった。だがそれは、全身全霊かけたっていい、命賭けたっていい目標だったんだよ。王の失踪と同じくしてそれを失った瞬間に、若造は未来を失った。そしてデビロイドの誇りを捨てちまってた。若造が放浪したのはな、魔界にデビロイドを知らしめてやりたかったからなんだよ。王がなんも出来ねぇなら、俺がやってやる――俺がデビロイドの筆頭になって、魔族どもにも屈しねぇ不屈の誇りを取り戻してやる……だがな、誇りってのがなんなのか、まったく理解なんざしてなかったマヌケ野郎だった」
魔族どもが震え上がるような強さがあればいい――いつしかそんな風に考えるようになっていた。そこに誇れるものはなにもなかった。ただの強さ――それはデビロイドの誇りではなく、魔界全部に共通する、ただの破滅衝動でしかない。本能で行動するネズミとなんら変わらないものだった。
「立ち上がった若造を見て、デスケテスはそれを賞賛した。死の直前まで種族の誇りを掲げる……そんな奴はいなかったってな。てめぇの命可愛さに、殺すなと懇願する奴しかいなかったってよ。そうなりゃもちろん、トドメはお預けだった。若造は死んでも構わなかったが、デスケテスのほうは殺すには惜しいと考えたわけだ。気づくと、魔装銃は高威力の機構に変わってやがった。魔装駆逐銃ハイヴォルト――その機構を入手した若造は、はっきりと増長した。誇りもなんもねぇ、間違った方向にまた、若造は進み始めちまった……」
最強無比の一撃を放つその兵器を、なぜデスケテスが保有していたのか知る者はいない。数千年生きる魔神には謎が多かった。しかし知ろうとする者もまたいなかった。なぜなら知ろうとすれば、自身が塵芥に変えられるからだ。
ハイヴォルトを手に帰郷。するとデビロイドは反旗をひるがえした。もちろんハイヴォルトを手に先陣をきった。魔族を蹴散らし、地位の確立のために猛威を振るった。が、それは単に破滅を導く愚行でしかなかった。
「若造が間違いに気づいたときにゃあ、デビロイド族は壊滅寸前だった。デビロイドは敵と見なされ、魔族どもから包囲された。こっちが対抗できるのはハイヴォルトだけだ。だから、若造以外の連中にゃあ、地獄でしかなかった。ハイヴォルト一本でどうにかなるもんじゃなかったんだ」
「多勢に無勢だったわけだ。その若造の他は代わり映えのしないデビロイドたち。弱いとは言わない……だが、魔族たち全部を相手に出来るほどではなかった」
「ああそうさ。結局は元に戻った。デビロイドは白旗揚げて泣き寝入りするしかなかった。若造の増長は終わった……力で覆す目論みは潰え、デビロイドの半分は屍になった。すべてが最初に戻った。王はまだ帰られねぇ……」
疑問も最初に戻った。なぜデビロイドが使役されるのか。力でどうしようもないのなら、残されるのは首輪しかないだろう。魔族たちの言いつけ通りに動き、殺す。デビロイドの誇りは影も形もなくなり、ただの賊に成り果てた。
王さえいれば。誰もがそう口にした。だが帰らない――誇りも還っては来なかった。何十年も待った。気の遠くなるような月日を待った。
「まるで犬だった。その風評は瞬く間に広がり、デビロイドの下賊っぷりは魔界全部が知るところになっちまった。デビロイドは疲弊してた。心がずいぶんと腐りきっちまった。だが、魔界や人間界を含めた世界が一変する。破滅王が復活しやがった。魔族どもは警鐘を響かせた。そのうち勇者が現れるってな」
「人間界への本格的な侵略が始まった。それまでは悪の体現として、いくつか人間界の村を襲う程度だったがな。だがその人間界へのちょっかいも、勇者降臨をいち早く察する手段だった」
魔界と人間界は表裏に位置している。侵略するためにはその中間にある橋のようなものを通らなければならず、その橋を通るためには膨大な魔力が必要とされる。そのため人間界を襲撃するためには代償の魔力が不可欠であり、その行為は破滅王の力を削ぐことになる。
魔族が人間界でする蛮行には意味がある。アニミスの濃度が高くなった地域を襲い、アニミスを天界へと聖精回帰させることだ。アニミスの集中と増大は魔界へ影響し、放っておけば魔界は崩壊する。
神々。護神は人間界にはいないが、ひ弱な人間を守護するために度々現れた。対護神として力ある魔族が招集されることもあり、しかし力ある魔族が世界をつなぐ橋――ロギキ界窟を通るためにはさらなる魔力が必要となる。天界の神々もアニミスを消費しなければ人間界に渡れないのは、善と悪の均衡の象徴のようなものだ。
とまれ、勇者降臨が囁かれれば、必然的に魔族たちの侵略行為は激化することになる。
「デビロイドは魔族どものする人間界へのちょっかいに参加することになった。ハイヴォルトは存分に役に立ったぜ。普通なら太刀打ちどころか刃も抜かしてくれねぇ護神たちと、対等以上に戦わせてくれた。若造はそこで、何度目かの間違いに気づく。ハイヴォルトは強い。だがそんな力を欲したわけじゃねぇ……誇りなんてねぇ。無抵抗な人間も殺した。その度に命を捨てることも考えた。だが若造はデビロイドたちを残して死ぬわけにはいかなかった。人間を俺が殺せば、その分他のデビロイドは殺さなくていい――だから若造は率先して殺した。半端じゃねぇ力を持っちまったぶん、半端に終わらせることも出来なくなっちまったんだ……途中でやめれば裏切りだろ。魔族どもがどう判断するか分からねぇ状況で、てめぇ勝手に終わらせられなくなったのさ」
一度魔族に対抗したデビロイドたちは立場を危うくし、中抜けなど許されなかった。デビロイドたちは自由を欲したのだが、結果として拘束が強化されたにすぎなかった。
「殺した。目に写る人間は全部だ。そのうち考えることをやめちまった……なんも考えられなくなった。その必要性を感じなくなったんだな。考えたところで魔族どもを出し抜くことなんざ出来ねぇし、真面目に事態を受け止めてたら発狂でもしてたんじゃねぇか? まあ、自覚がねぇだけでそこそこ狂ってたかもしれねぇがな」
「デビロイドにある人間のような意識は、魔族とは相容れない部分だ。魔族は向上心もなければ誇りも持たん。苦悩する性分にないと言うよりは、思考能力に欠けているんだろう。それだけ破滅意識に支配された種族だと言うことだ」
デビロイドに与えられた人間じみた感性。ゆえに半魔半人――ゆえに低位魔族。魔力に染まった魂のくせに、染まらない空洞のような部分があるようだと、村の年寄りは言っていた。そこがアニミスならエクリプシオンなのかどうかだが、色は同じようで別の色であり、器の性質も違うためにデビロイドはエクリプシオンではない。デビロイドは人間のようで人間ではない。肉体は魔族に近いのだ。だから魔装銃なんてものを腕に仕込むことが可能になる。
「村を襲い続け……そして若造は、それまでの全部を覆すもんに遭遇することになる。そいつは、人間の女だった」
ロギキ界窟にほど近い人間の村は、基本的には貧困に満ちていた。魔界からの障気により作物は育たず、魔物によって襲われたりもする。動物の凶暴化、水の汚染など、とにかくなんでそんなところに住むのか分からない。
人間界にもいろいろなルールがあるらしかった。年貢を納めなければ搾取され、そこに村を構えることも許されなくなる。金がなければ物、物がなければひと。
「俺たちが襲ったのは馬車だった。ひと買いのでけぇ馬車だ。馬車が派手に倒れた瞬間、荷台から数十人の女が飛び出した。どうやってそんなに入ってたんだか分からねぇがな……人間にも腐った奴がいるもんだと思って見てたが、魔族だって充分腐ってらぁ。まあ、腐った奴の頂点が魔族だがよ」
深くもなく小さくもない規模の森だった。逃げ出した何人かは見えなくなり、何人かは追われ、何人かは魔族のエサになった。
命令に従い、消えた何人かを追った。デビロイドは目がいい。足跡や草花の倒れ具合、落ち葉の変化を見逃さずに追う。
「なんで追うのか? そんなこたぁ疑問に思わねぇ。ただ追って、殺すか連れてくかだ。デビロイドは魔族に従順な犬だからな」
森の一部、泉に出た。ロギキ界窟から近い地域だったが、自然は死んでいない場所。泉の周囲は花畑になっていた。そこに、ひとりの女が座っていた。鼻歌など歌いながら、悠長に花摘を楽しんでいるようだった。
ただ近づく。罠がないとも限らなかったが、人間の女になにが出来る、そんな見下した考えの方が強かった。ハイヴォルトを構えながら近づいていく。女はこちらに気づくと、
「若造は――デビロイドは女に見つめられ、足を止めた。別に恐怖を感じたわけじゃねぇが、なにか異様な気配を感じたのは確かだ。女は微笑んですらいやがった。魔族に追われながらその余裕……なにかあると思った。見れば女は人間で言うところの少女みてぇな歳だった。恐らくは十四か五。デビロイドは周囲を警戒してたが、しばらく視線を合わせてから気づいた。なんもねぇ。ただ何事もなく、女は座って花を摘んでやがったんだ」
おちょくってやがるのか? デビロイドは顔を凶悪に歪め、ハイヴォルトを突きつけた。思った通り、フェイクスターに反応することも出来ていない。魔力が銃口に収束していくのを見つめながら、女は言った。
「女は言った――」
――わたしは死とワンセットなのよ。だから、あんたなんて話にならないわ。それともわたしを殺すっての? やってみなさい。あんたが失うのは誇りだけじゃすまないわよ。自分が生きてる尊厳までなくしちゃえばいい。それってダサいわよね。生きてる価値あるわけ?
「魔族が頻繁に出没する地域で、人間にもデビロイドの噂は広まってやがった。デビロイドがなにを失ったのか、どういう種族に成り下がったのか、全部だ。デビロイドは……そいつはそこで、自分がなんなのか、いっぺんに分からなくなっちまった。なんで生きてなきゃなんねぇのか、なんで生きてんのか、デビロイドがなんなのか、誇りがなんなのか――そいつは自分にハイヴォルトを向けた」
「……だが死ななかったわけだ」
おずおずと、シンディラが合いの手を入れる。ビデガンはへっと笑った。
「あろうことか女が止めやがった。右腕にまとわりつき、自分を殺すことを許さなかった。デビロイドは女を殴り飛ばすことも考えたが、出来なかった。その女の目が、デビロイドを飲み込むんだ。まだ若い人間の女が、何十年も殺しをやってきた魔族を、その視線だけで止めちまう……邪眼でも持ってやがるのかと疑うが、女からは魔力もなんも感じねぇ。なんで自分が止まっちまうのか、そんときは分からなかった」
「では、今なら分かるのか」
「ああ……分かる。女がまっすぐだったからだ」
「まっすぐ?」
ビデガンは空になった替え芯を、指で弾いて飛ばした。最後の一息を味わうように黒煙をゆっくりと吐き出す。
「そうだ。めちゃくちゃで、ふらふらと、どこ見て歩いてんだか分かりゃしねぇデビロイドからすれば、女はまっすぐだった。まるで女はデビロイドが目指した場所にすでにいて、そこから間違ったデビロイドを叱責するような……灯台みてぇにどこにいても光っててよぉ……暗闇なんざありゃしねぇ、存在出来ねぇ。その光が最下層に堕ちたデビロイドを、まっすぐに照らしてやがった。だから視界が利かなくて、つい止まっちまうんだ。いつかデビロイドが夢見た存在に近いっつったら分かるか? 王の側近として、デビロイド族の先を照らせるような奴になりてぇ……そのデビロイドの……叶えられねぇ夢だ」
デビロイドはそこで目覚めた。長い悪夢から。文字通りの光明を見て、それからすぐに魔族たちを全滅させた。
「エレンティアネ。女が名乗った。女は自分を囮にして、他の女たちを逃がす算段だったらしい。どのみち病のせいで長くねぇからと、自分の価値を知ってな」
「価値?」
「どうせ死ぬなら価値のある死にかたを選びたい。そういうこった。女はこうと決めたらそうとしか動かねぇ頑固もん。てめぇの正義を貫いていてぇってな。ひと買いに売られたのも自分の意思で、その買い手をぶん殴るためだった。それに巻き込まれる村の人間のことなんざ考えねぇ……が、どうにかなっちまうつーか、どうにかしちまう気性だった」
「ふっ……似てるな」
シンディラの笑みの理由が分からず、ビデガンは片眉を上げた。しかし時間をかけずにうなずきを返す。
「ああ……ソヨギとはタイプは違ぇが、似てるっちゃ似てんな。人間特有の根拠のねぇ強さがあった」
「しかし魔族を裏切ったのだろう? 同じことの繰り返しになったのではないか?」
「いいや。女の提案で虚偽の報告をした。人間襲ってたら護神に出くわしたってな。そこでデビロイドは嘘をつくことと、真っ当に生きることは相反しねぇってことが分かる。女は、バカ正直はバカだから正直にしかなれない、そういう意味の言葉だけどそれが理解出来ないとあんたみたいになる、とか言いやがった」
「ふむ、利口な女だな。どのみち誇りの象徴である王がいないんだ。のらりくらりと魔族をかわすことも必要だったということだろう」
「だから言ったろ。愚かなデビロイドの話だってな。最初から虚勢張ってなきゃ、最悪な状況に陥らなくても良かったんだ。デビロイドは女のいる村にちょくちょく顔を出した。そのたんびに助言じみた言葉を持ち帰って、魔族をあしらうようになる。だが、それも長くは続かなかった。勇者の魔界侵攻に加え、破滅王の異世界侵攻――そして女が奪われた。デビロイドに直接の脅しが来る。ベアフロンティアがデビロイドの村に来やがった。あとは、おめぇさんの知ってる通りだ」
「……お前は今」
シンディラは先ほどのビデガンのように、言葉を途中で止めた。表情は落ち着いているようだが、胸中ではひどくその言葉を吐きたくないのかもしれないと思わせる。
ビデガンは肩をすくめて言った。
「言いかけてやめんなよ。気持ち悪いぜ?」
「嫌味はいい。お前は王に就きたいんじゃないのか。はっきり言うぞ……お前はデビロイドとして、その誇りが王にあると信じている。だから、このまま敵側になってもおかしくないってことだ。お前が言いかけてやめた言葉は、俺が王に就いても恨むんじゃねぇ、だろう。当たらずとも遠からずだと思うが?」
「女は面倒だが、年の功も面倒だ……」
シンディラのアニミスの高揚――それと、喉元に突きつけられた切っ先――ビデガンは足を止めた。灰を圧縮した剣は、刃の部分が高速で動いている。それに熱を付与することにより、物質を切断する代物である。触れればまあ、簡単に死ぬだろう。それを見下ろしながら、
「種族のルールは絶対に近ぇ。それは知ってるな?」
「当たり前だ。護神も魔族も人間も、その定めにより生きている。お前はその定めに従おうとするあまりに間違いを重ねてきた。今回も間違うつもりか?」
「それは分からねぇ。今のうちに手を打っとくのもアリだぜ?」
「ここでだと……! ふざけるな!」
灰の剣が消え、腕に変わった。その手はビデガンの胸ぐらを掴み、腕の位置に合わせてシンディラが出現する。不気味な技だが、フェイクスターの模倣が可能な理屈も分かる。飛ばした灰を自分自身に出来るのだ。それは灰の女神が不死身の理由でもある。
シンディラの胸ひとつで戦闘になるだろう。だがそれは同時に、ビデガンの死を意味している。ハイヴォルトが通用しないのはすでに見た。全アニミスを水属性にしようと、シンディラを封じることすら不可能だ。
殺すなら殺せ、という気分でシンディラの瞳を見返す。胸ぐらを引き寄せられ、怒りに満ちた顔が眼前になる。さあ、どうする……? シンディラが開口する。
「お前の話したデビロイドは確かに愚かだった。だが変わったはずだ」
「どうかねぇ……そうするしかなくてそうなっちまった。そういうこともあるぜ?」
「……わたしも話してやる。愚かな灰女の話だ。そいつはまず妹を裏切って殺そうとした。そして世界を裏切って命を奪い続けた。すべて我慢できない恨みを抱えていたからだ。ベアフロンティアを殺すつもりで、ある種族を利用した。だが妹が近くにいることを知り、いつかの怨恨がまた再燃した。そしてその、ある種族をも裏切った。産まれてこのかたずっとなにかを裏切ってきた! だが奇跡が起こり、なれるはずのない女神になった」
両手がビデガンの胸ぐらを掴むようになる。それを支えに、シンディラはうつむいた。表情は見えないが、歪んでいることが声の震えで分かった。
「後悔だ……女神になれたことすら後悔しているのだ! 命を奪ったこと、裏切り続けたこと、まだ生きていることすらも、すべて悔やんでいる! だからハートレイトにあっさりかかる……この自分への苛立ちを抑えるのに、わたしはどうしていると思う?」
声の震えはどちらかと言えば、自身への怒りからだった。
シンディラは返答を待っているのか、言葉は続けずに怒りに耐えている。ビデガンは答えらしい答えはないままに、
「さぁな」
「……貴様はそういう奴だ。愚かだと理解していながら考えることをしない。わたしはな、ビデガン。自身への怒りを忘れるために、わたしへ定めを課したんだ。護神の定めとは違う。わたしがわたしだと忘れないための、もうなにも裏切らないための定めだ」
シンディラが顔を上げた。相変わらず声は震えるようだが、悲哀に似た笑みを浮かべている。その悲哀の根源にあるのは後悔なんだろう。だからこの笑みは、自身への嘲笑なのだろう。
「わたしはもう、自分を省みないことにした。なにを置いても自分を捨てることにした。わたしは仲間を護る。どうなろうともな……それが護神の定めに反しようが関係ない。例え魔族を生かすことになろうとも、仲間のためならばそれを選択する。もうすでに魔族を生かしたよ……だから」
シンディラはゆっくりとした動作で手を離した。どこか力なくさげた手を、握りしめる。
「お前を殺すなど出来ん。だから、時が来たらわたしを殺せ。それがたとえフィアに反するようなことでも、わたしはわたしの定めを貫く。この命、欲しければくれてやるよ」
「なんつーか……自分を省みねぇで自分を貫くってのは、矛盾みてぇに感じるがな」
「ふっ……お前の揚げ足取りもこれで最後かもしれないからな。許してあげるわ。まあとにかく……」
シンディラは進んでいた方向へと踵を返した。ビデガンは歩き出したその背中を、言葉もなく追って行く。
「わたしは殺せない。それが言いたかった」
「お互いに半端もんだからかねぇ? 生き方もどことなく似てくらぁ」
「一緒にするな。お前は最善だと思い選択して来ただろう。わたしはただ操られていただけ……お前はまた自分の最善を選べばいいさ。わたしはもう、誰も恨むことはない。当然にお前のこともな。だから、仲間を殺すなどもっての他だ」
「ああ……」
最善を選べ。その言葉にだけ返答する。言われずともそのつもりだった。
ただそれには、王を見て自分がどうしたいのかを知る必要がある。王に会ってどうしたいのかは、想像のなかだけでは無惨に消えていくだけだった。それはビデガンにあるはっきりとした迷いだった。
胸中は迷い、だが歩調はしっかりとしていた。入り口の反対側を目指すというビデガンの思考と、シンディラも同じような考えなのか、ひたすらに直進していた。ときおり洞窟内の闇と灯りを警戒しつつ、それでも歩調は緩まなかった。勇者の気持ちを汲むのが護神なら、仲間を尊重するのも同じことと言うべきか。シンディラは恐らくこちらの気分を感じ、トリックスターを追ってくれている。
(仲間……か)
シンディラの言葉に意表を突かれたのは何度目かだったが、まさか仲間だと言われるとは思ってもいなかった。シンディラはいい意味でドライだ。灰女だから――そういう性質もあるんだろうが――ではなく、そういった野暮ったい意識を持っているキャラだと認識していなかった。
聖戦においてその意識は、致命的な急所になりかねないものだ。大まかに見ればなくてはならない意識だが、犠牲をいとわない覚悟がなければ戦争などやらないほうがいい。
確かにビデガンにもそういう傾向はある。ことデビロイドたちに対しては、同族であるのだから当然の意識だ。ただその意識をひとりひとりに向け続ければ、あっさり首を持っていかれるのも聖戦である。
だから、同族の死を悲しむ暇もなく進まなければならない。悲しみを忘れず、二度と起こらないことを信じ、二度と起こさぬように動き、万が一起きてもまだ進む。そうしなければ終わらない戦いなのだから。
それがビデガンの精一杯だとすれば、シンディラはもっと冷静かつ達観しているだろう――そう感じていた。勝つために生かすのは個ではなく全というように。
この聖戦においての全は勇者だ。勇者でなければ破滅王は倒せず、倒せなければ終わらない。もしくは世界が破滅する。最優先は勇者が破滅王の元へ攻め入ることであり、魔界の底辺を治めていた小さき王を追うことは論外だ。
(仲間ねぇ……)
優先すべきはフィアの守護。それとガデニデグの阻止。シンディラなら、勇者を脅かす魔導師の輝石を奪うことを最優先にするだろうと思っていた。トリックスターなど無視し、ガデニデグを追うことに専念するだろうと。しかしそれをしない。
仲間。その言葉がシンディラに深くある。自分の過去のせいかアニミスのせいかはともかく、ビデガンを含めた周囲を護ろうとしている。
なるほど……まっすぐだ。さっき口にした決意のまんまでいようとしてやがる。こりゃあ敵わねぇ――
「俺が強いってなぁ幻みてぇなもんだ。俺が俺自身に、そしてデスケテスの御大が与えた幻影だよ」
「? なんの話だいきなり」
「心の不備ってやつだ。最初に言いかけたもんの続きだよ。俺が死んでも、てめぇはてめぇをまっとうしろ」
「なるほど。聞く価値はなかったな。もう誰も殺させん」
シンディラは悠々と言った。ビデガンは思わず笑い出しそうになるのをこらえていた。女王ってのも悪くねぇか?――そんな馬鹿げた思いつきである。はっ! あり得ねぇだろ。
そんな女王気質のシンディラが足を止め、現れた岩壁を見上げた。どうやら巨大な洞窟の端には着いたようだが、門は見つからない。左の方向には灯明が張りつく岩壁が見え、右はほとんどが闇に包まれている。進むならば風景も見えない右だろうか。
「まったく……無駄に広いなここは。門がエキセントリックで隠されている可能性は?」
「ないとは言えねぇ。もしくはすでに影響されてるかもな。奴が俺に通用すると思ってりゃだが」
「お前がいることは向こうも承知だろうからな。むしろ対面を望んでいるようにも感じるぞわたしは」
「どういう意味でぇ」
シンディラは右に進路を取りつつ手のひらを上に向けた。
「わたしではなくお前を狙った攻撃だった。それは攻撃を当てるためという意味ではないわ。殺気ではなく気配を追って見た方向にトリックスターを視認したわけだが、敵を待ち構えていて攻撃するだけならば、わざわざわたしを逃す必要はないだろう。ティンダルス化させた種族の王ならば、誰でもハートレイトでわたしを捕らえられることは実証されているからな。わたしがこの洞窟に入ったのを狙わず、お前が洞窟に入った瞬間に攻撃したのは何故か……わたしは見せつけるためだと思うんだよ」
「見せつけるだ?」
「ああ。わたしには攻撃してきたのがデビロイドだとは判別出来なかった。つまりお前にしか、あのフィアを眠らせた攻撃が、デビロイドのものだと判別出来なかっただろう。わたしは攻撃してきた奴を視認出来たからデビロイドの攻撃だと分かったんだからな」
確かにデビロイドの光撃は、かなりありふれた攻撃手法ではある。魔力と属性をかけあわせて放つというのは、誰もがやっている手法だ。なんなら先ほどの巨大亀が砲門から放っていたのと変わりない。以前にシンディラがビデガンの姿を模倣し、豆腐と戦った時にも同じような手法で攻撃している。魔装銃はあくまでも魔力凝縮機構であり、貧弱なデビロイドの祖が開発した苦肉の策である。魔族ならば誰もが可能なことが不可能だったデビロイドが、台頭を願い生み出した悲痛の武器だ。魔装銃が魔力と同時に命すら必要とするのは、台頭を願うあまりの呪いである。逆にそうまでしなければ武器と呼べもしないただの穴でしかない。
なんにせよ、シンディラの言うことに間違いはないかもしれなかった。ありふれた攻撃にしか見えない魔装銃の一撃を、デビロイドの光撃と見極めることは難しいだろう。ただそれが見せつけるためだったというのは、あまりにも突飛な推測だった。
「たまたまじゃねぇか?」
「そうは思わない。わたしは攻撃に気づけず、だがお前は攻撃に気づいて避けられた。万が一にもお前があの精神光撃を食らったとしたら、対面など出来なくなるだろう? だからトリックスターは対面に値する存在かを確かめたかったんじゃないか? そのために姿を消して観察していたんだろうな。要はお前自身が攻撃した張本人をデビロイドだと気づけるか、そしてエキセントリックと結びつけてトリックスターという答えに行き着けるか、その反応を見たかったんだろう。お前は恐らく、なにかを試されているんだよ……まるで通過儀礼の如くな。まあ普通の戦略として、最初の敵を狙うより次の敵を狙ったほうが効果は高いが――いや、それは別の話だ……すまん。それがフィアになってしまったのは、わたしの能力不足だよ。すぐに策敵を開始していれば良かったんだ」
「……俺の力量を見極めようとした?」
「あり得るな。こじつけに加えて当て推量のものだが、王はお前との対面を望んでいると感じる。ただ、力量を見るという行為は、そのまま戦闘するためだとも感じる。わたしを狙わなかったのはつまり、トリックスターは個人的に動いているわけだ」
「ティンダルスになった上でか?」
「こら、少しは自分で考えろ。デビロイドの王が民に会おうとすることに、何かしらの意味はないのか?」
ある。が、今となっては意味がないことだ。
「聖戦の最中にやることじゃねぇ」
「それは意味があるということと同じだ」
「俺がここに来ることになったのは成り行きなんだぜ? 野郎の失踪がガデニデグの策略のうちだったってのは理解出来らぁ。異世界侵攻は勇者が誕生する遥か以前に決まってた。お上の間でな。だがそれを承諾出来なかったガデニデグは反目をもくろみ、私兵としてのティンダルスを思いついた。だが魔導師の輝石を利用し始めたのはもっと以前――おめぇが豆腐の女神と暮らしてたのは何百年前だ?――まあそれはいいとして、トリックスターが消えたのは時期も理由も納得出来らぁ」
「わたしが灰の妖女にされたのは二百年ほど前だ。多分な。勇者降臨は予言され、破滅王の復活はいつになるか分からないのだから、備えていたんだろうガデニデグは……それで?」
「分かんだろ? おめぇの言い方じゃあ、まるで俺を待ってたみてぇじゃねぇか。トリックスターは俺が来ることを見越してここにいたってのか? それとも偶然こうなってんのか? ここは俺たちの世界じゃねぇ異世界なんだぜ? どこに行くかなんて分からねぇだろ。ティンダルスにされてるくせに個人的に動けるような奴だ。なんで俺を探さねぇでここで待つ?」
「わたしが知るか。ひとつの仮説なら提示してやれるがな」
「仮説だぁ?」
シンディラはやれやれといった溜め息を吐いた。
「エレンティアネだよ。ベアフロンティアがハイヴォルトを恐れ、ビデガンを戦力に組みこんだ。エレンティアネを人質にしてな。そうなればビデガンはエレンティアネ奪還を考えるだろうと、トリックスターじゃなくても考える。わたしもそうだった。ガデニデグはベアフロンティアの側近なのだから、ガデニデグの私兵でいればお前と顔を会わせることもあるだろう。それがたまたまガデニデグの造反の拠点になるここだった。トリックスターが動かずにデッドプリズンにいる理由としては、ガデニデグが自分の切り札を隠しておきたかったために、ティンダルスを公にさらせなかったからだ。トリックスターも同様、ベアフロンティアから隠れていなければ消されるかもしれないため動かなかった。筋は通る仮説だと思うが?」
「おい……つまりここに……」
「ふむ。言葉にして気づいたが、エレンティアネがいる可能性もあるわけか」
(冗談じゃねぇぞ!)
ビデガンは愕然と足を止めた。
(俺たちが潜入ミッションを開始して随分経過してんだ! ガデニデグが俺を――ハイヴォルトを封じるために手段を選ばなかったら……)
エレンティアネに魔手が伸びる。人質としての利用価値も充分だ。それにこっちの世界の人間だけを捕らえたと、どうして言える? 向こうから何人か連れてきていても不思議はない。イギギたちヒキュウ族は向こうの世界の住人だし、種族の王にしてもそう。向こうでティンダルスたちはすでに存在していて、異世界侵攻と同時にこちらの世界に来ていた。
エレンティアネがいるかもしれないと、どうして俺は考えなかった?
「待てビデガン! 焦れば奴らの思うつぼだぞ!」
ビデガンは走り出していた。土を蹴り、シンディラを抜き去る。
「ただの仮説と言っただろう! 待て――!」
ぼんやりとした暗闇のなかを、シンディラの制止を無視して走る。焦りはしてるがエキセントリックを破るための冷静さは残っていた。言うは易いとされる意味のない視線を残したまま、ひたすらに洞窟内を駆けた。
数十メートルは走り、違和感を覚えて足を止める。エキセントリックとは違うなにかを、視界の端に捉えたからだった。左の岩壁の途中に、人間ひとりが通れる横穴を見つける。横穴の付近にはダークフサルクの灯明がない。闇に埋もれるようにある横穴だった。
(順路か。巨大亀を倒さねぇと水が引かねぇから、死角になるってこった)
本来なら巨大亀を倒しておかなければ、この横穴は水中にあっただろう。付近に灯りを用意していないのも、暗闇に隠すためだ。
ビデガンは横穴に飛びこんだ。デビロイドの習性か、隠してあるなにかを見つけることは得意だった。まるで自分に用意されたステージのように感じながら、杞憂だろうと細い穴を進む――たいして進んでいない所に、突き当たりの壁がそのまま門になっている場所にたどり着く。
シンディラを待つか悩み、しかしすぐに頭を振った。聖戦とは無縁な私闘に、シンディラは巻きこめない。だが明かりは必要か……ビデガンは横穴の入り口に、神装銃を向けた。
「フラッシュセッター」
音もなく、粘度の高い水墨属性の塊が飛んでいき、入り口の壁に付着した。それは付着と同時にカッと閃光を放つ。
ビデガンは閃光から目を反らすようにして、門を通過した。現世界と異空間を交互にという話なら、次は異空間だろう。
瞬時に景色が変わった。まるで城のような内観の世界である。広々とした大広間の、分厚い絨毯の上にビデガンは立っていた。白い壁や天井には豪華なシャンデリアや肖像画、金属製の燭台がいくつかあり、円形の石柱二本がまっすぐ伸びた絨毯の両脇に立っている。絨毯の先には数段の階段があり、城の主が謁見に用いるのだろう玉座があった。もちろん、席は埋まってもいた。
どう見てもデビロイドだろう衣装を着た男である。遠目では顔まで分からないものの、記憶にある顔立ちに変化がなければ、注意深く見ることに意味はない。黒いロングコート、黒いシャツ、黒いズボン、黒いブーツ。黒いテンガロンハットからは金髪が見えている。そしてどこか、からかうような視線をこちらに向けている――だろう。なにも変わっていなければ。
ビデガンはテンガロンハットを深くかぶり、右足で二回、絨毯を踏んだ。デビロイド流のノックのあと、虚実の王は応じた。
「久しいな、ビデガン」
「ああ……」
「もう何年になるかな。俺がデビロイド領をあとにして」
「数十年……」
「そうか、そんなになるか。あんがい実感は湧かないものだな。時の経過というのは」
ビデガンの苦悶に似た囁きに、トリックスターは正確に返答した。小さな音を反響させるのは、異空間の性質だろう。そして、デビロイドの数十年を意に介さない素振りは、奇才と呼ばれたこの王の性質だった。
どちらかと言えばこいつは、デビロイドの意味を王にではなく民に求めるような奴だった。だからこいつはひどく個人的な奴だった。他のデビロイドとは相容れない思考を持つ、ともすれば危険分子としか言いようのないデビロイドだ。
金髪がその証明でもある。墨の悪魔インカースの血統であるならば、黒か青で産まれるのがデビロイドだ。蛍光色で誕生するというのは、はっきりと奇形である。だがそれ以上の奇才を持ち、こいつは王になった。
「てめぇがどういう数十年を生きたかなんざ興味ねぇ。俺たちを放っていなくなったのはなんでだ」
ビデガンの問いに、王はしばしの熟考を挟んだ。しばらく虚空を見つめ、ぼんやりとしたまま口を開く。
「俺の国はどうなっている? まだ存在しているのかな。ガデニデグが俺を離さなかったから、魔界の情報には疎くてね。毎日のように破滅王を出し抜く計画を聞かされ、俺は顧問のように計画の穴の指摘を繰り返した。こちらの世界で拠点を構えるよう提案したのは俺だよ。まあ、こっちに来れば多少は自由にさせてもらえるかとも考えたんだが、ベアフロンティアの抗戦が長引いているおかげで、好き勝手に動けないんだよ。予想ではベアフロンティアは真っ先に倒されると考えていたんだ。そのためにガデニデグを通し、勇者たちから英霊の雫石を奪うように進言もさせた。まあ、無意味だったがね」
どうでもいいと言うように、王は肘かけに肘をつき、その手に顔を預けた。気だるそうに。
「なんで消えた。一族を放って、なんで消えたんだ……てめぇがいりゃあ、デビロイドは余計な苦労を背負わなくてもよかったんだ」
「ああそうだ。新しいトリックを思いついたから使ってみたんだが、どうだったかな。魔装銃の魔銃閃光撃に、ガデニデグの得意なハートレイトを混ぜてみたんだ。俺たちの通常光撃に心奪効果まであったら脅威だと思わないか? まあ、そのためにはティンダルスにならなきゃいけないが……みんな承諾してくれるかな」
こちらの声が正確に伝わっているのか、ビデガンは疑問に思った。いや、こちらの話はどうでもいいのかもしれない。実際に王は、こちらにとってどうでもいい話を繰り返す。
「ガデニデグに捕まったのか、てめぇから消えたのか、はっきりしろよ」
「俺はさぁ、ビデガン。デビロイドがなんで淘汰されるのか分からないんだよ。王がいなきゃなにも出来ないことに問題があるのだと思ったんだ。だからさぁ、デビロイドのしきたりそのものを崩壊させたかった。個人がなにかを決定する力があったほうがいいと考えた。どうやらビデガンはデスケテスすら認めさせたようじゃないか。風の噂で聞いたよ。俺はそれを素晴らしい成果だと考えるがどうだろうか」
「だから、てめぇはなんで消えたんだっ!」
唾棄するように――ビデガンは王の問いを無視し、神装銃を構えた。王のほうはと言えばさすがに無視するわけにはいかなくなったのか、姿勢を変えた。腕を膝に乗せ、こちらを覗きこむような姿勢になる。ただそれだけ……その程度の変化しかしなかった。
「デビロイドの王は、資格ある者に引き継がれていく。血でも生まれでもなく、王に勝った者が王になる。分かるかビデガン。既存のトリックを越える、さらなるトリックを作れる奴が王なんだ。お前と次代の王を競いあった日々が懐かしいよ。どうだビデガン。俺のエキセントリックを越える、新たなトリックを思いついたか?」
「そんな暇があったと思ってやがんのか……俺たちは必死だったんだよ! どう生きりゃあいいのかの、選択の連続だった! いつ魔族どもに命を奪われるか分からねぇ。いつ護神どもに命を奪われるか分からねぇ。どう生きればいいのか分からねぇ。てめぇがデビロイドを捨てたせいでなぁっ!!」
「ビデガン……それは本当にデビロイド一族の言葉なのか? お前だけの、お前自身の葛藤なんじゃないのか?」
「そんなわけねぇだろがっ!」
「そうか、ならいいんだ。ところでビデガン。俺という存在はデビロイドにとってどういうものなんだろう。王か? それともどこかの吟遊詩人が歌にするような、デビロイド一族を崩壊させかねないものか? デビロイド一族をお前は守ろうとしたんだよな? ではなぜお前が王にならなかったんだ? そうすればデビロイド一族は淘汰なんてされなかっただろう?」
「俺は王の器じゃねぇんだよ……!」
「ふむ。では俺は王なわけだ。おかしいなぁ。デビロイドを守るための王のはずが、忽然と消えてデビロイドを苦しめたわけだろう。それでも俺は王なのか? それは王を倒さなければ新たな王が誕生しないという、デビロイドの定めがあるからだろう?」
「さっきからゴチャゴチャと――」
ビデガンは神装銃を構えたまま、歩いていく。すると王の顔に、皮肉げな笑みが浮かんだ。
「てめぇは何を言いてぇんだ。王である責任を放棄したくせに、デビロイドを能無しみてぇな言い方しやがって! アラシュよぉ! てめぇはなんで消えたんだ!」
「ふっ……やっと俺の名を呼んでくれたなビデガン」
「いくらでも呼んでやるよ! アラシュ・マテリアル!」
「俺の名を知っているのはお前しかいないからな、ビデガン・マッドマン――ようやく動けるようになったよ」
「!?」
突然、眼前にトリックスター――アラシュが出現した。フェイクスターでだ。
「呪詛の話は聞いているだろうか? もちろん俺にもかかっていた。さっきは異動能力でお前たちから離れたんだが、いまいち肌に合わない。それと呪詛が深刻になると細かい技が使えなくなるのでね。ガデニデグも軽いものにしたようだが、軽い呪詛でもトリックに支障がある。これから戦うのに邪魔くさいだろう?」
「俺は……」
「分かってる。迷っているんだろう、俺と戦うべきかどうか。その迷いを晴らすために俺が消えた理由を知りたかったんだろう? きっかけがなければ戦えないと言うなら、俺がちゃんと用意してある。だがその前に、もう少し話そうじゃないか」
アラシュは踵を返し、歩き始めた。確かにまだ迷いがある。王の不在がデビロイドの淘汰につながったのだから、いくら腹が煮えたぎろうと理由がなければ動けない。むしろ連れて帰るのが道理のように感じている。ビデガンにあるデビロイドの性質が、戦闘開始の邪魔をしていた。
「話すことなんかねぇ!」
「とりあえず、場所を移動しようか。お前がハイヴォルトを撃とうものなら、ダークフサルクが傷ついてこの空間が破壊されかねない。まあようするに、この場はそもそも戦いには不向きなんだよ……追いついてこい」
アラシュがフェイクスターで消える。ビデガンはその軌跡を見つめ、拳を握りしめていた。
最善の選択がなんなのかすら浮かばない。アラシュが戦うと言った理由も不明だ。最初から戦う気でいたようではあるが、なぜ戦うのかが分からない。
ビデガンは選択不可能の苛立ちを抱えながら、フェイクスターで後を追った。
続く
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