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第5品「勘違いしないでください。俺は俺、彼らは彼らなんで」
打倒ガデニデグ……いざ、研究室へ!
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フィアたちは異空間を歩いていた。暗黒の世界を流星のような光が飛び交う、幻想的な風景を――その光たちを追うように歩いていた。
みな無言だった。イギギはもとより、シンディラとビデガンもなにも話さなかった。
フィア自身も語る言葉もなく、ただ光の終着地点へと、黙々と歩いた。
三人が考えていることはひとつだった。本当にソヨギたちにデスケテスを任せて良かったのか、という一点である。フィアには勇者としての義務があった。シンディラには護神としての勤めが、ビデガンには種族を殺された怒りがあった。
そのためその矛先をガデニデグに向けることは難しかった。消えていった仲間のアニミスが、デスケテスへの復讐心を掻き立てている。倒せるほうがいいからと意見したフィアですら、デスケテスの蛮行を許すことが出来ていない。ソヨギたちが必ず倒してくれると、そう確信していても、この感情を納めることは困難だった。
でも、ガデニデグが諸悪の根源である。仲間が無惨にも散っていった事実はデスケテスが起こしたものだが、ガデニデグが策を労さなければその悲しい事実はそもそも存在しなかった。そして聖戦を考えれば、ガデニデグを倒さなければ無用な悲劇は生まれ続けるだろう。戦いのなかで死ぬのではなく、実験材料にされて……。
自分自身が消えるというのはどういう気分なんだろうと、フィアはふと思った。死は理解出来る――というか、想像の利く範疇のように感じる。勇者としての冒険のなか、その戦闘のなかで、何度か意識を失ったことがある。死は恐らくそんな感じに、突然なくなる意識なんじゃないだろうか。
でも、自分じゃなくなるとは? それだけは理解出来ない。自分は確かに生きているのに意識がないのだろうか。まるで操り人形のように、誰かの意思で動き続ける感覚……自分はどこにあるのだろう。もしかしたら自分だった意識は残っていて、やりたくもないことをやらされている記憶と、自覚があるのかもしれない。
それはあまりにも残酷だ。
操られた者たちのことを考える……いっそ殺してくれたほうがと、涙を流す姿を想像する――
(ガデニデグ……!)
友のことすら忘れた哀れな蟻王は、どのような気持ちでガデニデグに従い、魔技を放つのだろう。殺さなくてもよい命を狩ることは、グランディリオン種の生き方にそもそも反している。国を捨て、友を裏切り、国の英雄のはずが自分すらも奪われた蟻王……そして怒りに任せて大樹へと変化させてしまった翅王……同じように動かぬ物体にしてしまった儡王。魔力を回収する奴隷となったヒキュウ族も。
それぞれが被害者だった。なのに、フィアは攻撃し、倒してしまった。その罪悪感はともに、ガデニデグへ怒りの矛先を向けることを、困難にさせていた。
三人は無言で歩いていた。その三人に共通していたのは、本当にソヨギたちにデスケテスを任せて良かったのか――だったが、熟考を重ねていくと、フィアだけは違う怒りを持っているようだった。
もちろん敵への怒りはある。だが、もっとも怒るべきは自分の未熟さだ。もっと自分が勇者として成長していれば、すべての悲劇を止められたはずだ。もっと言えば、自分が魔族たちの異世界侵攻を止められてさえいれば、ソヨギが死ぬようなことはなかった。それが出来ていれば、被害のほとんどは防ぐことが出来た!
「ここから出ればすぐに奴のところなのか?」
シンディラの問いに、フィアはハッとした。イギギから魔言語を受け取り、それを伝える。フィアが魔剣士でいるのは通訳のためである。
「その入り口みたい。て言っても実験室までダンジョンみたいになってるんだって」
「そうか。では敵もそれだけ配置されているだろう……フィアに言っておかなければならないことがある」
「なに?」
足は止めずに振り返ると、シンディラは神妙な顔でいた。
「すべてのティンダルスを倒さずに、というのは難しいかもしれない。ガデニデグはわたしが勇者と同行することを想定し、心奪系の技を与えている。物理ダメージならほとんどを無効化することが可能だが、精神攻撃は防ぐ手立てがない」
「うん……だから倒しちゃうかもってことだよね? 救いたいけど、どうしたらいいのかな」
「おいおいシンディラ、それじゃあ嬢ちゃんにゃ分からねぇぞ。遠回しな言い方すんなよ」
「ビデガン、わたしはお前のそういうところが嫌いだ。わざと遠回しな言い方をしているんだわたしは」
「ちょちょちょ……パーティーでケンカしないでよ」
止める。が、効果なし! ビデガンは呆れながら続ける。
「あのなぁ、ガキってのは大人が思う以上に成長してるもんだぜ? ましてや勇者……色んなこと受け止めてきてんだ。それに背負ってる。その背負ってるもんをさらに増やしたくねぇってなら、そもそも話さなきゃいいんじゃねぇか? それがおめぇの弱さだと思うがねぇ……」
「言っておかなければ咄嗟の判断の障害になるだろう!」
「……そんときは俺がやってやらぁ。だから、話すな」
「わたしは少しでもフィアの負担になりたくないだけだ。もうフィアは充分に傷ついている。だからわたしは……」
シンディラは言葉を切り、渋面のままそっぽを向いてしまった。とりあえず理解不能である。分からないよ?
でもふたりはフィアのことを心配してくれているようだった。それはほんの少しだけ、フィアの心を癒した。
まだ、間に合うのかもしれない。勇者としての不甲斐なさの埋め合わせは、まだ可能なのかも……。
光の出口までもうちょっとのところで、フィアは怒りではなく、勇者としての責任感をガデニデグに向けることが出来た。
ガデニデグを止める。倒すのではなく止める。命を安易に奪うことは、その結果以上の理不尽を生むことになる。みんなが抱いたデスケテスへの怒りも、命を安易に奪っている魔神への復讐心である。それは不本意ではあるが、理不尽なのではないかと思う。デスケテスは闘いを欲するように産まれた魔神――だから、彼も悪神によって造られた被害者なのかもしれない。
その悪の種は大きくなって枝葉のように広がり、新たな悪の種を生む。悪神は破滅王という悪を実践する象徴を生み、その配下たちはそれぞれ別の悪の種と化し、さらなる悪行を創るのだ。
悪の連鎖反応――それらに共通することはひとつ、命を安易に奪うこと。いくら善神の使いである勇者とは言え、同じことをしていてはダメなのではないのか? 世界は破滅で成立しないことを証明しなければならないのだから……。
(それをするためにはチカラが必要だよ? だからわたしは、もっと強くならなくちゃいけないんだよ。なれるかよ?)
いや、ならなくては。勇者なのだから、光を示す存在にならなくては。
「嬢ちゃん、なんか考えこんでるみてぇだなぁ?」
「うん……ねぇビデガン。わたしの考え聞いてくれる?」
フィアはいましがたゴチャゴチャと考えていたことを話した。なんで相談なんかするんだろうとは思ったが、どうやら自分は半信半疑で、しかも不安を感じているようだった。
ビデガンは茶化すこともなく、真面目に聞いてくれた。いつもの感じなら鼻で笑われるんじゃないかと思った(子供の戯れ言扱いされるんじゃないかと思った)が、ビデガンの言葉は、
「いいんじゃねぇか?」
「おい、ビデガン。フィアは真面目に打ち明けているんだぞ! 返答が軽い!」
「おめぇはホント、嬢ちゃんのことになると気が短ぇなぁ……」
ビデガンはうんざりな顔で空を仰いだが、すぐにフィアを見おろす。笑みを浮かべているが、馬鹿にしている感じではない。
「デビロイドにゃ誇りがある。それはアニミスを得たいまでも変わってねぇ」
「なんの関係がある」
「おいおい、嬢ちゃんに話してんだがな……俺の持つ属性がアニミスだろうが魔力だろうが、それこそ無かろうが両方あろうが関係ねぇ。俺はデビロイドだ。嬢ちゃんはどうでぇ」
「えと……わたしはエクリプシオンだ。でも、魔力メインの状態でも勇者だよ?」
「まだ甘ぇな。嬢ちゃん、おめぇさんは人間だ。勇者だろうがエクリプシオンだろうが、魔力だろうがアニミスだろうが人間なんだよ。それを見失うな。人間でいろ、嬢ちゃん」
……ええ? それで終わり? ビデガンは言いたいことは言ったぜと言わんばかりに、それ以上はなにも言ってくれなかった。隣ではシンディラが、どっちが遠回しなんだ、と悪態をついたりしている。
と、ビデガンの言葉を反芻するうちに、光の出口にたどり着く。いまいち言葉の真意が分からなかったが、一応の答えは自分自身で打ち出している。なのでフィアは、迷うことなく光の出口に踏み出した。光が世界に満ちていくと――
――今度は光が終息し、視界がひらけた。もう見慣れたデッドプリズン内部だが、あの広々としたフロアとは違い、長々と廊下が延びている場所だった。フロアの裏手にあった隠し部屋だと、すぐに見当がつく。
「……そうなの? そこの階段をおりても、ずっと同じところをグルグルするんだってイギギが」
「ダークフサルクか。わたしに魔力があれば解呪も可能かもしれないが」
「そいつはどうだろうな。ガデニデグが改良してるかもしれねぇ……魔導師の輝石でな」
「一理あるな。あいつは度を超えた変態魔学者だしな」
「んじゃ、とっととブッちめに行くか」
ふたりのアニミスがにわかに揺らめく。発しているアニミスは平常だが、深部のほうではとんでもない高揚が起きているに違いない。フィアのほうがアニミスの質は上なのだろうが、経験や実力はふたりのほうが遥かに上だ。それを倒すソヨギは本当にスゴい……あ。
「そうだ。ソヨギさまはどこにいるの?」
「――――」
イギギに問うと、ソヨギは研究室にいるようである。そこは同時にマヨギとソヨミスが産まれた場所でもあるようだ。
「トリックスターはガデニデグの研究室か。ヘタに動き回らずにすむたぁラッキーだな」
「ああ。正直もう単独行動は避けたいところだった。次は眠るだけではないかもしれないからな」
「同感だ。んじゃま、行くかねぇ……俺が先行するぜ?」
フィアが返事をする前に、ビデガンは鉄製のドアを開いた。フェイクスターを持つビデガンならば、待ち伏せも恐くないだろう。
ギィィ……と、まるで古い館を思わせる音色が、デッドプリズンに響いた。ドアの先は真っ暗でよく分からないが、とても奥行きのある空間であることが、流れる空気で知れる。
「……ち、闇か」
「灰を散らして照らす。灰と灯の燭」
シンディラが内部に少量の灰を散布する。それは充分に拡散されると小さな火が灯り、内部を照らし出した。
そこにあったのは建造物の内部とは思えない、洞窟を思わせる空間だった。広さはかなりある。冒険のなかで見たコロシアムくらいはあるだろうか。だがしかし、土がむき出しの洞窟というだけで、それだけの場所だった。なにもない。
「なんもねぇな。しかもどうやらデッドプリズンじゃねぇ」
「――。えと、ここは玄関みたいなものだって。んー……現世界と異空間の境界……ダークフサルクによって異空間異動を繰り返す……しかし研究室は現世界にある……アニミスも魔力も関係なく、生命体に反応する……次元層術による多重性多層性ダンジョンで、広大なうえ道しるべはない。そもそも多層性次元を安定させるためにダークフサルクを用いているので、罠のようなダークフサルクを設置することは困難である。複雑な形式の呪文を描く必要があり、次元安定に影響がないとも限らないため、無用な意味を平行次元に配置することが出来ない。そもそもガデニデグは次元術をあつかうための知識にうとく、我々ヒキュウ一族の秘術を盗み出したにすぎない。まあ、次元安定式を成立させるためにはヒキュウ一族の数秘術が不可欠であるから、四次元を構成することが奴にとっての最大だった。アニミス感知式の罠も現世界のみに配置し、多層次元にダークフサルクを描くことも安定式のみ可能だった。時間の次元解釈にも精通していないため異空間では時間概念の不完全が起き、現世界との時差が生じるようにもなったわけだが、もとより時間は一次元的な存在ではなく次元そのものに存在する定義であるのであり……もういいかなぁ~……???」
分かるような分からないような講釈に頭を抱えていると、シンディラが頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「ふむ、罠はない。そのうえガデニデグの次元層術は不完全な代物なわけか」
「時間なんてもんはお天道さんに任せときゃいいのさぁ。明るけりゃ昼だし、暗きゃ夜だ。ガデニデグはだが、その『時』の不成立を利用して悪事を働けるってぇわけだ」
「と……とりあえず移動しよう!」
なんでこのふたりはちょっとついていけてるんだろう……と、フィアは納得出来ずに先頭をきった。知識量の違いだろうが。
しかし、洞窟にはなにもない。移動用の魔方陣であるとかダークフサルクもないようだ。とりあえず手分けして壁などを調べてみるが、それらしいスイッチみたいなものもない。
「巧妙になにかが隠されているわけではなさそうだ。フィア、イギギの空間移動は使えないのかしら?」
「うん。ダークフサルクで制限されてるからって言ってる」
「現実世界と異空間とを行き来させ、こちらにある研究室もどこにあるのか分からなくしているのだろうな」
「場所は不明。しかし玄関に目印がなく、その先にも道しるべがねぇくせに、順路はありやがるわけだ。いや、待てよ……もしかして」
少し離れた位置にいるビデガンが、アニミスを高揚させる。
「ビデガンなにするの?」
「いや、ずっと引っかかってよぉ。ひょっとしたら、そういうこともあるんじゃねぇかとは思ってたんだ」
「? お前はなにを言っているんだ?」
「ああ……あとでな。魔装蹂錠閃!」
ビデガンは神装銃から、なんだか可愛らしい名前の技を放つ。
攻撃的な技ではない。綿菓子のようなふわふわした光が、ゆっくりと洞窟内に触手を伸ばしていった。ただ広がっていく綿菓子だったが、ある一点でのみ広がりかたを変える。フィアとビデガンのちょうど中間地点で、細長い山のような形状になり、その形状は徐々に楕円形を現していった。いつしか、
「門……?」
まだ綿菓子である。が、その姿を見れば誰でもそう思うような形を浮き上がらせていた。
「へ……巧妙に隠したつもりなんだろうが、俺からすりゃ見つけてくれって言ってるようにしか感じねぇ。ヒントを与えすぎたぜガデニデグ」
ビデガンは勝ち誇った笑みと共にそう言ったが、フィアにはいまいちなにを言ってるのか分からない。シンディラを見てもだいたい同じような顔つきだった。
ビデガンが構えを解くと、綿菓子がほどけ、記念式典のご開帳のように落ちて消えた。そこにあったのは門というよりアーチだった。縁だけの石細工といった感じだが、なぜか中が闇になっていて、異空間への入り口のように感じた。門と呼ぶに語弊があるのなら、『次元の扉』と呼んだほうがいいかもしれない。
「こんなものが建っていたのか? そのあたりも歩いたんだがな」
「奇矯界面……説明してやっても構わねぇが、小難しいぜ」
「行こうよ。いますぐ」
フィア的には小難しいのはイヤである。軽く相談をし、次元門へは同時に突入することになった。時間の差異をなくすためだ。
フィアの両肩にふたりが手を置き、イギギは頭に手をのせた。この先はダークフサルクにより、イギギは異空間異動が不可能になる。ただ、理解するのは難しかったが、その次元内での異動は可能なようである。まあつまりは瞬間的に場所を移動することは可能なようだ。フィアにはそれらの違いは分からなかった。
「準備はいいかな?」
三つの返答を聞いて、フィアは次元門へと進んだ。異動にはなにも感触がなく、ただその道を歩いたという感覚だけだった。
次元門の先がどんな不吉なダンジョンかを想像するが、通過してみてあったのは、見慣れた風景に近かった。
「デッドプリズン?」
デッドプリズン内と変わらぬ壁や天井だった。白く固い印象で、廊下がひたすらに延びている。突き当たりも見えない廊下はまっすぐで、途中にいくつか金属製のドアがある。それと天井には二本並んだ光る棒が、等間隔にぶらさがっていた。そのため非常に明るい。
「まるで生気がないわね」
「道一本か……俺が先行する。エキセントリックの仕業かもしれねぇからな」
返答を待たずにビデガンが歩きだした。フィアは二番手、シンディラ、イギギと続く。
シンディラの言うように、廊下にはまるで生気がなかった。その雰囲気は異空間のデッドプリズンにも似ている。靴音も複雑な反響をし、ゴィンとかゲィンとか、柔らかい金属をくねらせたような音がしている。
「イギギ? 道はこれを行けばいいの?」
聞くと、イギギは一言――分からない。フィアは肩をこけさせて、
「道案内なのに?」
イギギはすかさず、自分が知っている状態にない、と答えた。どうやらガデニデグはダンジョンの形態を常に変化させているようだ。一度だけ思った『迷いの森効果』に近い状況を生み出しているのだろう。目的が時間稼ぎなら、かなり有効ではある。
(それだけガデニデグは恐れてるってことでもあるよ。それが勇者なのか、デビロイドなのか灰の女神なのか……それともレアーズなのかは分からないけどよ?)
そうだとしても、迷いの森効果のたちの悪さは折り紙つきである。迷わせるだけ迷わせておいて正解がないとか、そんなことも可能な魔法だからだ。それでもこのデッドプリズンに正解は確実にあると断言が出来るのは、現世界と異空間を交互に進むという形態のダンジョンだからだった。迷いの森効果に規模は関係なく、どちらかと言えば規模が狭いほど凶悪になる――出口へのヒントが少なくなるためだ。そして本当の迷いの森効果ならば、そんな複雑な異動を繰り返す形態でなくていいのだ。迷わせればいいし、それだけで充分なのだから。
しかしそこに、先ほどのエキセントリックが加わればまた複雑かつ難解なダンジョンになる。小難しいのは嫌いだが、これからのためには理解したほうがいいのかもしれない。
「ビデガン、さっきのエキセントリックってどんなもの?」
「ほぉ、嬢ちゃんが聞くってかぃ」
「必要なことだと思ったからだよ。そんなに小難しい?」
「ああ、俺だって説明に困るくれぇだからな。まず、このトリックは視覚を騙すもんだ。それが軸になる」
「軸に?」
「そうだ。そこからすべてを騙すトリックになる。だがエキセントリックは視覚しか騙さねぇ。どっちかつったら視覚を騙されてる影響で術中にある奴が――つまり被技者のほうが勝手に影響の種類を広げちまって、効果を重症化させちまうのさぁ」
「お……おう。大変だ」
すでに分からない。だけど理解しなきゃ! いや、でも本当に理解が必要かな? そうだ、必要かどうかをまず確認するべきだった。よし、まず確認を――ビデガンが続ける。
「視覚から得る情報ってのは五感のなかじゃもっとも強ぇ。だから視覚を狂わされちまえば被技者はそうとは知らずに勝手にやられちまう。あるはずのものがそこにあるってことに気づかねぇで、ないもんだと決めつけちまうようになる。そこで被技者の感覚不全はさらに進行する。被技者にとってないってことは、存在すらしてねぇって判断をくだすことになる。これに他の五感も巻きこまれるってぇ寸法だ」
「ふむ。わたしたちがあの門に気づかなかったのはそのせい?」
「ああ。本当はあの門に当たってたか、無意識にそこを避けてた。異動しなかったのを考えれば後者だな。しかしだ。偶然に異動するってこともあり得ねぇのがエキセントリックの真髄なんだ。そこになにもないって思わされてるなら、偶然に門をくぐっちまってもおかしくねぇわけだが、その門がある場所を通ったと思わせることも出来るんだよ」
「わたしが門のある場所を通ったと思いこんでいる?」
「不思議だろ? 視覚を奪うトリックのくせに、そんなイタズラまでしやがる。エキセントリックは進行すればするほど深くおちいるわけだが、被技者の思いこみが不可欠なトリックでもあるわけだ」
やばい究極に分からない。もういいよ――と言おうとするがビデガンは続ける。
「余談だがこんな話がある。その一家は四人家族。あるとき父親がいないことに気づくが、何年たっても帰らねぇ。だがよ、最終的に父親が死んじまってることに気づくわけだ」
「ん? 当然のことだろう? ひとつ屋根の下に住んでるんだからな」
「それがな、気づいたのはその家族の近くに住んでた男だった。たまたま生活する金がなくて盗みに入ろうとした。そしたらリビングで骨になった旦那を見つけた……つまり家族は、父親が何年もそこで死んでたことに気づかなかったんだ」
「エキセントリックは視覚を騙すのだろう。なぜ侵入しようとした男は気づけたんだ」
「それがエキセントリックを破る方法だ。最初からなにかあると思っておけば、視界の異常に気づく。特に男は家族構成も頭に入ってたんだから、父親もいるはずだと思いこんでいた。盗みに入るなら父親もいるはずだと家を伺うだろ? だがエキセントリックは見ずとも見ずではなにもなく、見れば見るほどおかしいと気づくトリックなんだよ」
「いまいち分からんぞ……見ずとも見ずでなんともないなら、なぜ門が見えなかったんだ」
「俺たちは門があるとは思ってなかったろ? 逆にイギギは門があるはずと思ってた――イギギがそれを伝えなかったのは、門を見てから説明しようと考えてたんだろ――ないと思ってる奴には知覚できねぇが、門があるはずと思ってる奴にはないと思わせることも出来る。イギギの視覚による観察は、エキセントリックによって混乱させられてた。あれだけ広い場所ならどこにあったかっつって見渡すよな? それじゃあエキセントリックは破れねぇ。見るなら徹底的に見るのがコツだ」
あう……大変だ。その男の見るとイギギの見るでは何が違うんだろう。ふたつともあると思って見てたわけだから、条件は変わらないんじゃ?
「見ずとも見ずじゃぁなにもないと思い、見れば見るほどおかしいと気づくものの、そうすると術中に深くはまる……だから、裏を返せばそれは、エキセントリックの万能性を語る言葉なんだよ」
「ダメだ。まったく支離滅裂な説明だ。理解に苦しむ」
「へっ。小難しいって言ったぜ?」
「うー……よく分からないぃ~……でも完璧なトリックなんだってことは分かった。だけどさぁ、なんでビデガンは見破れたの?」
「徹底的に見るんだ。でもな、それには視覚と対象とのあいだにあるモノを、捨てなきゃならねぇんだ」
「あいだにあるモノ?」
分からない。問題を出されて答えが分からないどころか、問題そのものすら理解出来ない。そのためビデガンからどんな難解な答えが来るのだろうと身構えるが、答え自体はあんがいアッサリしたものだった。
「先入観だ。そこにあるはずとも、ないものとも考えずに徹底的に見るんだ」
「なんだか簡単そうだね」
……というのは勇み足である。ビデガンの説明は続く。
「つまり自分が見ていることそのものに、意味を作らないってこった。エキセントリックは視覚を騙し、それを発端に侵食する。その侵食を封じる方法が無意味な視線なんだ。だがそこに意味を持たせないまま徹底的に見るってのはギリギリ矛盾すんだろ? ま、見破れんのは卓越した技術の成果ってぇことよ」
「なんだ、けっきょくはお前しか見破れないということか。しかもギリギリではなく、完全に矛盾だろう」
「そうやって思っちまうところで、すでに先入観があんだよ。エキセントリックを見破るのは百年早ぇなぁ……だがよ、とりあえず知っといて損はなかったろ? どうしようもないってことが分かったわけだからな」
……よし、終わった。頭痛い、わたし。
ビデガンの説明が終わるとまた無言。とりあえずなにもない廊下が続く。無数にあるドアをビデガンとシンディラがチェックするが、開きそうなものはなかった。廊下の先は地平線のように見え、延々と進まされるのかもしれないという不安を覚えさせる。廊下の途中で迷いの森効果が発動していたとしたら、廊下を進んでいるようでいて、スタート地点に戻されているという可能性もあった。
「これ、どこまで続くのかな……」
「不安に感じることはないわ。どこへも繋がっていないわけがないのだからね。そうでなければ……」
ん? いきなりシンディラが歩くのをやめた――それをイギギが教えてくる。フィアも気になって立ち止まり、シンディラを見る。ビデガンも遅まきながらそれに気づいて止まった。
シンディラはイギギを振り返っていた。イギギのその無表情は、ハテナを浮かべているようにも感じる。なにをしているのか問う前に、
「やはりエキセントリックについて理解しておきたい。ビデガン、なにか分かりやすい説明はないか? 例えで構わない」
「えー? また聞くのー?」
「そう言わないでフィア。ビデガン頼む」
「……ああ、いいぜ。純粋な人間も俺たちも、視覚ってのはほとんど最初に『世界』に触れるもんだよな? 例えばだ」
ビデガンは手近なドアの前に立ち、ノブを握った。
「いま俺は『ドアを開けるためにドアノブを握ってる』よな? この状態がエキセントリックに侵食される直前だ」
「なあ……なぜ最初から説明しないんだ? いまの例えならば、『ドアを認識したときがエキセントリックにかかった時』なんだろう?」
「エキセントリックにかかる瞬間てのは証明が困難なんだよ。そもそもエキセントリックがどこにあるか分からねぇだろ。視界に触れた瞬間が始動になるんだからよ。てこたぁ『ドア自体にかかってなくてもドアへの認識を変化させるエキセントリックは視界にある』ってことだ」
「それなら『エキセントリックは対象物にかけていなくても発動する』でいいだろう。いま上部にある照明にエキセントリックがかけられていて、それに視界が触れたらドアへの認識が変化させられる、とかな……なるほどそうか……お前が門を見つけたときにヒントを与えすぎと言ったのはそういうことだな?」
「ご明察だ。エキセントリックは対象物にかけてなくても発動するんだからよ、門自体に仕掛けてなくても良かったんだよ」
「トリックとは奥が深いんだな。わたしは目眩ましが精一杯だ――行くぞ! 灰による濃霧!」
なにしてんの! とフィアが叫ぶ間もなく、シンディラが天井に灰をばらまいた。その瞬間、
「ぐあっ!」
「ティンダルス!?」
いきなり天井あたりにティンダルスが出現し、シンディラの灰をもろに食らう。そしてほぼ同時にビデガンが消えた。ティンダルスのさらに上――ティンダルスと天井との隙間に出現し、ドゴォッ! とティンダルスの首筋に肘を食らわせる。
「ぐあっ!」
ドスンッ! とティンダルスが床に叩きつけられた。ビデガンの攻撃で、ティンダルスは気絶する。ビデガンは立ち上がるとニヤリと笑った。
「雑魚だな。種族の王じゃなさそうだ」
「ど……どうして分かったの? ティンダルスが隠れてたのが」
フィアは魔力などひとつも感じていなかった。 目の前の風景はただの廊下だったし、不自然に空間が歪んでいたというわけでもない。なんならシンディラが照明うんぬんと口にしたときには、ティンダルスが出現したあたりを見上げていたりもした。でも、分からなかった。
「ソフラを真似ただけよ。まだ来る……アッシュフォッグ――過失の付加!」
シンディラがイギギの向こうを狙う。ティンダルス二体が灰をかぶり、一体は目を眩ませ、もう一体は弓で狙撃しようとしていたのを中断させられた。弓に灰がまとわりついて固まり、使い物にならなくなる。
とりあえずビデガンは弓のほうを狙った。フェイクスターで詰め寄り、腹部と顔面を殴りつける。目眩ましを食らったほうには、
「ソイソファデナム!」
気絶効果の魔法を放つ。うぎゃあぁぁぁとビリビリしながら、そのティンダルスは沈黙した。ビデガンが二体のティンダルスを検分し、無力化したのを確認すると、シンディラはふぅと息を吐いた。それに合わせて灰が舞い、シンディラに戻ってくる。アニミス回収を終わらせると、
「フィア。先ほどの続きだけど、意味のない場所に伏兵は用意しないわ。この道で間違いないのよ。ただ……延々と続く廊下の先か、途中にあるドアかの選択肢はあるけどね」
「分かった。あの、でも、どうしてティンダルスが隠れてるのが?」
「進みながら話そう。というより、説明もいらないのだが……ソフラがアニミスを拡散させて策敵をしていたでしょう? あれを真似しただけなのよ。この廊下に着いたときからずっとやってるわ」
ビデガンがまた先頭につき、歩を進める。
シンディラの説明は分かるのだが、シエル送信は何気に難しい技である。アニミスの威力を極端に抑えなければならないし、そうしなければ威力のせいで誰彼構わず傷つけてしまう。それを拡散させてというのは、アニミスの扱いに慣れていなければならない。
「デッドプリズンに到着する前まで、アニミスの使い方に困ってたくらいじゃん」
「そうね。魔力はただ解放するだけで良かったわ。アニミスは操作が繊細なのよね……まあ、ソフラへのシエル送信が成功した時点で、あらかたの技は真似が出来るとは思っていたけど」
「俺はまだ使えねぇからな。魔力と一緒でバカスカ撃つほうが性に合ってらぁ」
「まったく……言葉を用いずに会話出来るのは有利だろうに。いまもそうだったろう」
ビデガンが手をヒラヒラとさせる。シンディラはそれに、まったく、と悪態を返した。
「ビデガンから説明を聞いてるときにシエル送信で合図して、ビデガンと足並みをそろえたってことかな?」
「そうよ。この廊下の見える範囲はアニミスを散らしてある。面白いのは自己アニミスが触れたほうが魔力を感知する精度が高いことね。だからティンダルスが隠れているのが分かった」
「奴らが姿を消すには異動をずぅっとやり続けてこの次元とずれてなきゃなんねぇ――だろ、イギギよ。シンディラが策敵アニミスを展開させてるあいだは、魔力を消せねぇ限り見つけられねぇ道理もねぇってわけだ、嬢ちゃん」
「ビデガンに送信した情報はふたつ。ティンダルス、場所を示す、だけよ」
「んで、照明の話ってわけだ。じゃあ上かってなぁ」
改めてふたりは強い――フィアはそう思った。攻撃力とかの話ではなく、対応する速さと力量が、自分とは桁違いである。
そもそも伏兵なんてフィアは考えてなかった。でもシンディラは想定していてこの廊下に着いた時点で策敵を開始していた。ビデガンはシンディラからの言葉少なな情報から、自分の役割を即座に判断して行動出来る。
なんなら、シンディラの技の切り換えも凄いことだ。目眩ましだけでは弓を持ったティンダルスも、矢を射ることが出来たろうが、瞬時に技の性質を変化させて武器を無効化した。
そしてビデガン。シンディラの考えを悟り、目眩ましを浴びたほうを後回しにして弓のほうを優先した。でも目眩ましを受けたティンダルスも、冷静になればなにかしらの攻撃を仕掛けられる――だから気絶させた。瞬時に効果が出るからだ。冷静にさせる暇も与えない。
(これぐらい強くなれなきゃダメかよ……?)
フィアはふたりの強さを目の当たりにして、一気に決意が揺らいでいった。これぐらい強くなきゃ、敵を倒さず止めることは出来ないと感じる。
(変わらなきゃダメだよ。本物の勇者になりたいって、ずうっと思ってたじゃんかよ)
変わるための強さが必要だった。シンディラやビデガンの強さは恐らく、経験などから生まれる自信だ。それと信念と誇り。シンディラは心が拘束されてしまうほどの後悔を背負っている。豆腐を恨み、裏切ってしまった後悔だと思う。だからきっと二度と間違わないという信念があるだろう。そして正しくいようとする誇りが、女神として護神としてあろうとする誇りがある。ビデガンには言わずもがな、死を前にしても揺るがない誇りがある。死への恐怖すら意に介さないほどの不屈の信念がある。
フィアはそれからすると弱い。アニミス量や技の威力は高いかもしれない。しかし未熟だ。この上なく未熟だ。
……豆腐もカノリも、強い。多分自分は誰にも敵わないんじゃないだろうか。人間然としたソヨギすら、雲の上のひとのように遠い。というか、いま思い至った存在のなかでは、ソヨギが一番強いと思う。
世界を救うなら、全部を救う気でやらなきゃダメっすよ。
そんな言葉、わたしは思いつかなかった。考えてはいたかもしれないが、どこか絵空事のように思っていたのかもしれない。でもソヨギはそう考えて生きているのだ。だからそんな言葉を発することが出来るのだ。迷いもなくスラスラと、護神王に向けて言える。
ソヨギがそれを実行出来る力を持っているかは不明だ。信じられないほどの霊級を持ってはいるが――霊級以上のなにかを持っていると感じるが……いや、そもそも、その強大な力を振るうつもりがないのだろう。だからこその強さかもしれない。ソヨギはきっと力に甘んじていないのだ。あるのはその、強い想いただひとつのみ。
(ソヨギさまこそ勇者の素質があるよ……)
認めるしかない。自分は未熟だ。自分が強くなるにはなにが必要かを考えなくちゃ。と、
「お、開くぜ」
いくつ目かの確認で、ビデガンが開くドアを発見した。イギギから魔言語を受け取り、その空間が安定していることを確認するが、ドアのサイズからしてひとりずつしか通過出来ない。
「わたしが行こう。物理攻撃ならば無効化出来る」
「時間差のことを忘れんなよ。次は俺が行くが、到着が遅くなる可能性もある」
「エキセントリックの支配下にあったらなんとかしてくれ。まあ、それはハートレイトかもしれないがな……では」
シンディラは言いながらも、あまり不安は感じていなそうだった。余韻も残さずに進もうとする。
「シンディラ……気をつけてね」
「大丈夫だ。仲間がいるのだからな」
シンディラはそう言ってドアの向こうに消えた。
「じゃ、行くかねぇ。長居は無用だ」
フィアはビデガンにも同じ言葉をかけたが、ビデガンは鼻で笑うだけだった。ドアの向こうに消える。
「次はわたし?」
『それが良い。この先がどうなっているか、わたしも見当はつかないが、すべて勇者のためにふたりは動いている。ならばわたしには背中は任せて欲しい。我ら種族は戦闘には向かないが、盾くらいにはなれる。時間は貴重だ。行くのだ勇者よ。恐れは仲間が消してくれる』
なんだか真に迫った言い方をされ、つくづく自分は未熟なのだなと思う。イギギには盾となる覚悟があるのだ。フィアの戦闘力はヒキュウ族を上回るが、イギギは自分よりも遥かに強い。
しかしごちゃごちゃと考えている暇はなかった。フィアはコクリと頷いてから、ドアへと歩いた。
「イギギも気をつけてね」
それだけ言い残してドアを通過する――瞬間的に体が揺れた。不安が一気に爆発するような喪失感を覚え、それが消えると、フィアの前方の風景が変わった。
「森? シンディラ? ビデガン?」
ドアを抜けるとそこには森が広がっていた。その森のなかのちょっとした空地に、次元門が置いてあったようだ。
森は深い。ただし動物の気配はないし、緑の匂いなども感じない。すべてが偽物なのだろう。
しかしそれより何より、ふたりの姿がなかった。次元ごとの時間差がどれほどかは分からないが、待機出来ないほどではないだろうに。
「イギギを待って、それからふたりを探す?」
ふたりがいないというのは不安でしかなかった。世界に取り残されたような感覚が、いっそう濃くなっていく。もしかしたら時間差は異常なほどに開いているのかもしれない。そうなれば……一日や二日ほどの時間差があったとしたら、ふたりはその異常性に気づいて、どうにかせねばと単独行動をしているのかも。
「でも急がないと! 現世界の時間にどれだけ影響するか分からないんだから、聖戦が終わってることだって……」
確信はないが、なくはない。こちらの世界とは違い、自分たちの世界では細かな時間など計測しない。『時』どころか『分』の概念もない。人々は太陽の位置で動く。ただ『日』と『年』の概念は存在し、それは神々が世界に伝えたりする。一番身近な感覚は『秒』だが、それは一瞬だったか数瞬だったかを判断する材料であり、正確な時間を計測するものとは微妙に異なる感覚である。つまりこの次元から出てみなければ、時間を自覚することなど出来なかった。
なんにせよ、フィアは動けなかった。どうすればいいのか分からない。イギギが来るまで待つことにはするが、時差がどれほどか分からないのなら、消極的すぎる判断である。
フィアの弱さが顕著に現れていた。仲間を頼りがちになる傾向。もしくは仲間を失いたくない気持ちが、積極的な判断の障害になっていた。まだ十歳ほどの子供が、戦術的な判断を下すのも、困難かつ酷なことではあるが。
フィアは周囲を警戒しながらイギギを待つ。風もないしなにもない。静けさだけの生気のない森をただ伺う。
「一度戻ってみるとか」
不安からそんな考えがよぎった。でもそれはやっちゃいけないことだ。ガデニデグを止めるためには進まなくてはいけない。
……だいぶ待った。しかしイギギは来ない。すぐにドアを通ればこんなに待つことにはならない――いや、時間差があるから当然か。それでもその当然は、現世界にはあり得ない当然である。
「待つのは現実的じゃないってことか。だからシンディラとビデガンもいないのかも」
フィアは森をぐるっと眺めた。ただ暗くて鬱蒼としている。空は晴天だったが、太陽はなかった。森に入るのはいいとして、どちらに向かったのか見失わないようにしないといけない。目印かなにかをつけて――目印?
フィアは警戒は解かないまま、手近な木に歩いていった。ふたりのどちらかが向かった方向を残してないだろうか。一本を選んで観察するが目印はない。とりあえず一周してみようと歩く。地面は土で草一本も生えていない。木と地面とを交互に見つつ進み、一周したところで気づく。
地面には足跡がなかった。フィアが歩いた跡が残っていない。となると、
「てや」
長剣で木を切りつけてみる。ギョインと間抜けな音がして、刃が弾かれた。目印を残すのは不可能だ。
「じゃあ……そうだ。シンディラがアニミスを残してるかも――天使と悪魔」
魔力とアニミスを交換する。そうしてから神経を研ぎ澄まし、周囲のアニミスを探ってみた。
「――あった! 微量のアニミス!」
笑みがこぼれた。嬉しさが勝り、強さや弱さの話はどうでもよくなる。
アニミスを持つ者が集中してようやく分かるアニミスは、次元門正面からまっすぐに森へと入っていた。シンディラが探知アニミスを展開し、そのまま進んだということだろう。確かに次元門から直進するだけならば、迷うことはない。なにかを思い立ったらすぐに引き返せばよいのだから。
フィアは長剣をしまってアニミスを追う。周囲の警戒は怠らない。木の影から敵が現れるかもしれないからだが、フィアはシンディラのように放出したアニミスを回収出来ないため、策敵アニミスの使用は控えるしかない。
時折、どこからか視線を感じて振り返ったりする。無音の世界は無音のために音を反響させるので通常の襲撃ならば問題ないが、先ほどのような襲撃を防ぐには、殺気や気配を逃さないことが必要になる。フィアはアニミスを走って追いたい衝動を抑えながら、木々の間を抜けていった。
歩いていくと森の切れ目が見えた。トンネルの出口のように光があふれているのが見える。
フィアは走り出していた。自分でもなぜそうするのか分からなかったが、早く森から出たい衝動から焦り始めていた。でもいくらなんでも突然すぎる感情だった。でも、その不自然さを自覚はしても、どうすることも出来ない。
森を抜けて光に飛びこんだ――すると、
「あれ?」
風景がまた変わった。海を一望出来る草原の丘に、自分は立っている。振り返ると森はなくなっていた。それと同時に焦りも消えている。
なにを急いでいたんだろうと、フィアは首を傾げた。かなり焦っていた自分だが、なんで急いでいたのだろう……。
……潮の香りを運ぶ風が吹き抜けていった。反射的に髪を押さえる。腰まである黒髪は、カラスの羽ばたきのようにバサバサとなびく。
――やっぱり切ったほうがいいよ。戦いの邪魔になると思うし。
「シーフ?」
振り向くと、シーフがいた。申し訳なさそうに、手にはハサミを持っている。そうか、この地方の浄化が終わって、わたしは勇者パーティーに入ったんだ。それで髪を……いや、そうだっただろうか? わたしはなんでここにいるんだっけ。
「ねえシーフ。なんでこんなところにいるの?」
フィアの口調にはトゲがあった。顔つきも無表情に近く、そこには他を寄せつけない冷酷さがあった。そりゃあそうだろう、わたしはエクリプシオンだ。魔力を現し影に生きる、闇と共にあるための黒の外套がその証明だ。この身の丈に合わない長剣も、呪いのような返り血で錆びかけてすらいる。
――君はエクリプシオンだけど、僕たちは気にしないよ。だって君には優しさがあるんだから。
「勇者がなんでここにいるの? 破滅王を倒すんでしょ」
……? その通りだ。これからその冒険にわたしも参加することになった。これから破滅王を倒しに行くんだ。わたしはなにを言ってるんだろう。
金髪の少年は笑顔で歩いてきた。そしておもむろにフィアの手を取った。フィアは抵抗しなかった。だって振り払うには、あまりにも温かい……。
――さあ行こう。君の力があれば暗雲だって晴れるさ!
「それは勇者の力でしょ。わたしはただ、恩返しで同行するだけだよ……それにエクリプシオンは勇者になんてなれないんだから」
フィアはしかし、それでも良かった。魔族やエクリプシオンなどの肩書きを、勇者は無視した。わたしを受け入れてくれた。わたしそのものを受け入れてくれた。いつか――
いつかこの少年の温かさに、笑顔で応えられる日が来るだろうか。わたしに優しさがあると根拠も無く言い切る彼に、応えられる日が来るだろうか。そう……わたしはきっと、彼らに応えたいのだ。わたしでもいいと、わたし自身が信じたいだけなのかもしれないけど。
――おいお前ら、早く行こうぜ。
「戦士……」
――フィアさん。もう仲間なんですから、名前で呼びあいましょうよ。
「賢者……」
フィアの凍てついた心はどんどん溶けていく。彼らといると魔力以外のなにかがフィアを満たしていく。でも魔力を失うのがどうしようもなく不安で、勇者パーティーとなったいまでもエバントフロウが必要だった。
「そのうち、呼べるかもしれない……」
フィアは金髪の少年に手を引かれながら歩き始めた。止まることもあるだろうし、戻ることもあるだろう。でも進むのだろう。世界に光を取り戻すために――
――フィア! フィア! 目を醒まして!
冒険の途中で誰かの声がした。でもいまはオークたちとの戦いを終わらせなきゃいけない。
――あとにしろシンディラ。来る!
そう、局地的な大雨が来る。水の呪いにかかったこの町を、どうにかして救わなければいけない。そのためには呪いの源である水晶を破壊しなければ。
冒険の途中、疲れ果てて眠る。隣にはシーフがいた。いつの間にか手を握り合って眠ることが多くなった。シーフは口癖のように、友達なんだから、を連呼する。最初はちょっとムズがゆくて慣れなかったが、いまは手がなければ不安になることのほうが多かった。
冒険をしていると頭のなかで声が響いた。目覚めろと。まだ勇者になれないわたしに、神々の天啓が届いているのだと思った。いつか本物の勇者になれるだろうか。聖剣を与えられてもなにかが足りない気がした。破滅王を倒すための冒険は、同時に真の勇者になるための冒険にもなっていた。
いつか、なれるだろうか。
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「どうにかならないのかビデガン!」
「とにかく走れ! ガデニデグの野郎、とんでもねぇもん造りやがってよぉ!」
ビデガンは走っていた。シンディラとだ。本当に洞窟かとツッコミたくなる広大な空間には、巨大な川が流れている。なぜか川には数えきれないほどの丸太が浮いていて、地面がない。丸太を跳んで走るしかなかった。
「なぜ飛べないんだこの空間は!」
「知るか! ダークフサルクで魔法を無効化してんだろ、多分な!」
「複雑な罠はないんじゃないのか!」
「ここは現世界なんだろうよ。つまりデッドプリズンの地下だ!」
とりあえずそんな感じである。ガデニデグがグランディリオン族を多く捕らえたのも、この地下空間を造るためだったのだろう。洞窟と呼ぶにはバカでかい。
「フィアはイギギに任せた! あいつをどうにかしろビデガン!」
「飛べねぇうえに足場がねぇのに戦えるかよ!」
一番の問題はだ。急流を泳いで迫り来る巨大な魔法生物である。ザッパンザッパンと川から出たり引っこんだりしながら、ものすごい速さで追ってきている。亀のようだがタコのような触手を持ち、その触手の何本かはクラゲのようであり、鮫のような凶悪な顎を持ち、普通の魚っぽい尾ビレで泳ぐ。あまつさえ、
「甲羅に水が集まっているぞ!」
「仕組みはデビロイドの魔装銃に近ぇ! タイミング合わせて横に跳べ!」
魔法生物の甲羅には銃眼が無数にあり、水を集中して放つことが可能なようだった。そのうち正面にあるふたつは大砲のような形状であり、それに大量の水が集まっている。そうなるともはや属性うんぬんのレベルではなく、高い水圧でバラバラにされる。
キュオゴギャアッ! と巨大な一撃が放たれた。二門の大砲から撃たれるデビロイドの光撃のような水は、ビデガンがいた付近を撃ち抜き、川の流れを寸断し、水底すら伺わせるほどの威力だった。
「流れが変わんぞシンディラ! とにかく離れて渦から逃げろ!」
シンディラは俊敏に着弾位置から離れるように丸太を渡って行く。水底を見せた位置に水が戻っていき、渦巻く流れのせいで丸太の動きが複雑化していた。ビデガンはしかし、
「レスギンティ・ウル・レギウス!」
神装銃を構え、その周囲には幾本もの蒼白の光が、川のなかから立ち昇っていた。魔力とアニミスには明確な扱いの違いはあったが、カノリの放った技が、ハイヴォルトの一閃へと繋がっていた。凝縮率に加えて研鑽する。だがビデガンが優先したのは純アニミスではなく雷属性である。それはハイヴォルトに速度を与えた。
「くたばりなぁ!」
超速攻かつ雷そのものと言っていい一撃が、魔法生物を撃ち抜いた。そして雷撃の乱舞が魔法生物を蹂躙する!
アオォォォォォォォォ――!
「怨むんなら親を怨みな……」
ビデガンはコートのポケットからボールペンの替え芯を取り出し、魔法生物の終わりを見届ける。巨大な亀はブスブスと焦げまくり、活動停止して川の水に沈んでいった。
大きな波が立つ。ビデガンはすかさず丸太を移動することを考えたが、その必要はなかった。一瞬で川そのものが消え失せたのである。
「大量の水がこいつの能力だったってぇわけだ」
「丸太もだ。なんの意味があったのかは知らないがな。とにかく水場での戦闘はもう嫌だわ」
シンディラは出現した地面を歩きながら、濡れている箇所がないかスカートを丁寧に調べていた。
川がなくなると、そこはただの巨大な空間になった。ひたすらに、天井すら遥か上空にある巨大な洞窟。なんのために造ったのか考えるのは愚かだろう。ガデニデグの意図は読めないから、とにかく無駄なことである。
「イギギは?」
「さぁな。安全な場所ってのを奴がどう解釈したか分からねぇ」
「フィアになにが起きたんだ。あれはまるで、ハートレイトの被技者のようだった。あれはただの魔装銃の一撃ではなかったのか?」
「ただのハートレイトなら嬢ちゃんは解除出来んだろ。俺たちがよけた光撃が門をくぐっちまった。嬢ちゃんは運が悪かった……」
「それだけですむのか? あの男はどう見てもデビロイドだった。貴様に関連がないと言い切れるのか!?」
「いいや……」
ビデガンは替え芯のインクを吹かし、適当な方向に歩き出した。来た門と逆に進むのは、間違った判断ではないだろう。
「最初の門を通る前に、一度言いかけてやめたな? 続きを話せ」
「……エキセントリックは、あるデビロイドが開発したトリックだ。まともに使える奴は数えるくれぇだ――おめぇが見たのはその開発者だよ。つまり」
ビデガンはインクを吹かした。間を置いたというより、苦々しく認めなければならないからだった。
「デビロイドのなかでも奇才と呼ばれた男。トリックスターだ」
「お前たちの種族の王だと……?」
続く
フィアたちは異空間を歩いていた。暗黒の世界を流星のような光が飛び交う、幻想的な風景を――その光たちを追うように歩いていた。
みな無言だった。イギギはもとより、シンディラとビデガンもなにも話さなかった。
フィア自身も語る言葉もなく、ただ光の終着地点へと、黙々と歩いた。
三人が考えていることはひとつだった。本当にソヨギたちにデスケテスを任せて良かったのか、という一点である。フィアには勇者としての義務があった。シンディラには護神としての勤めが、ビデガンには種族を殺された怒りがあった。
そのためその矛先をガデニデグに向けることは難しかった。消えていった仲間のアニミスが、デスケテスへの復讐心を掻き立てている。倒せるほうがいいからと意見したフィアですら、デスケテスの蛮行を許すことが出来ていない。ソヨギたちが必ず倒してくれると、そう確信していても、この感情を納めることは困難だった。
でも、ガデニデグが諸悪の根源である。仲間が無惨にも散っていった事実はデスケテスが起こしたものだが、ガデニデグが策を労さなければその悲しい事実はそもそも存在しなかった。そして聖戦を考えれば、ガデニデグを倒さなければ無用な悲劇は生まれ続けるだろう。戦いのなかで死ぬのではなく、実験材料にされて……。
自分自身が消えるというのはどういう気分なんだろうと、フィアはふと思った。死は理解出来る――というか、想像の利く範疇のように感じる。勇者としての冒険のなか、その戦闘のなかで、何度か意識を失ったことがある。死は恐らくそんな感じに、突然なくなる意識なんじゃないだろうか。
でも、自分じゃなくなるとは? それだけは理解出来ない。自分は確かに生きているのに意識がないのだろうか。まるで操り人形のように、誰かの意思で動き続ける感覚……自分はどこにあるのだろう。もしかしたら自分だった意識は残っていて、やりたくもないことをやらされている記憶と、自覚があるのかもしれない。
それはあまりにも残酷だ。
操られた者たちのことを考える……いっそ殺してくれたほうがと、涙を流す姿を想像する――
(ガデニデグ……!)
友のことすら忘れた哀れな蟻王は、どのような気持ちでガデニデグに従い、魔技を放つのだろう。殺さなくてもよい命を狩ることは、グランディリオン種の生き方にそもそも反している。国を捨て、友を裏切り、国の英雄のはずが自分すらも奪われた蟻王……そして怒りに任せて大樹へと変化させてしまった翅王……同じように動かぬ物体にしてしまった儡王。魔力を回収する奴隷となったヒキュウ族も。
それぞれが被害者だった。なのに、フィアは攻撃し、倒してしまった。その罪悪感はともに、ガデニデグへ怒りの矛先を向けることを、困難にさせていた。
三人は無言で歩いていた。その三人に共通していたのは、本当にソヨギたちにデスケテスを任せて良かったのか――だったが、熟考を重ねていくと、フィアだけは違う怒りを持っているようだった。
もちろん敵への怒りはある。だが、もっとも怒るべきは自分の未熟さだ。もっと自分が勇者として成長していれば、すべての悲劇を止められたはずだ。もっと言えば、自分が魔族たちの異世界侵攻を止められてさえいれば、ソヨギが死ぬようなことはなかった。それが出来ていれば、被害のほとんどは防ぐことが出来た!
「ここから出ればすぐに奴のところなのか?」
シンディラの問いに、フィアはハッとした。イギギから魔言語を受け取り、それを伝える。フィアが魔剣士でいるのは通訳のためである。
「その入り口みたい。て言っても実験室までダンジョンみたいになってるんだって」
「そうか。では敵もそれだけ配置されているだろう……フィアに言っておかなければならないことがある」
「なに?」
足は止めずに振り返ると、シンディラは神妙な顔でいた。
「すべてのティンダルスを倒さずに、というのは難しいかもしれない。ガデニデグはわたしが勇者と同行することを想定し、心奪系の技を与えている。物理ダメージならほとんどを無効化することが可能だが、精神攻撃は防ぐ手立てがない」
「うん……だから倒しちゃうかもってことだよね? 救いたいけど、どうしたらいいのかな」
「おいおいシンディラ、それじゃあ嬢ちゃんにゃ分からねぇぞ。遠回しな言い方すんなよ」
「ビデガン、わたしはお前のそういうところが嫌いだ。わざと遠回しな言い方をしているんだわたしは」
「ちょちょちょ……パーティーでケンカしないでよ」
止める。が、効果なし! ビデガンは呆れながら続ける。
「あのなぁ、ガキってのは大人が思う以上に成長してるもんだぜ? ましてや勇者……色んなこと受け止めてきてんだ。それに背負ってる。その背負ってるもんをさらに増やしたくねぇってなら、そもそも話さなきゃいいんじゃねぇか? それがおめぇの弱さだと思うがねぇ……」
「言っておかなければ咄嗟の判断の障害になるだろう!」
「……そんときは俺がやってやらぁ。だから、話すな」
「わたしは少しでもフィアの負担になりたくないだけだ。もうフィアは充分に傷ついている。だからわたしは……」
シンディラは言葉を切り、渋面のままそっぽを向いてしまった。とりあえず理解不能である。分からないよ?
でもふたりはフィアのことを心配してくれているようだった。それはほんの少しだけ、フィアの心を癒した。
まだ、間に合うのかもしれない。勇者としての不甲斐なさの埋め合わせは、まだ可能なのかも……。
光の出口までもうちょっとのところで、フィアは怒りではなく、勇者としての責任感をガデニデグに向けることが出来た。
ガデニデグを止める。倒すのではなく止める。命を安易に奪うことは、その結果以上の理不尽を生むことになる。みんなが抱いたデスケテスへの怒りも、命を安易に奪っている魔神への復讐心である。それは不本意ではあるが、理不尽なのではないかと思う。デスケテスは闘いを欲するように産まれた魔神――だから、彼も悪神によって造られた被害者なのかもしれない。
その悪の種は大きくなって枝葉のように広がり、新たな悪の種を生む。悪神は破滅王という悪を実践する象徴を生み、その配下たちはそれぞれ別の悪の種と化し、さらなる悪行を創るのだ。
悪の連鎖反応――それらに共通することはひとつ、命を安易に奪うこと。いくら善神の使いである勇者とは言え、同じことをしていてはダメなのではないのか? 世界は破滅で成立しないことを証明しなければならないのだから……。
(それをするためにはチカラが必要だよ? だからわたしは、もっと強くならなくちゃいけないんだよ。なれるかよ?)
いや、ならなくては。勇者なのだから、光を示す存在にならなくては。
「嬢ちゃん、なんか考えこんでるみてぇだなぁ?」
「うん……ねぇビデガン。わたしの考え聞いてくれる?」
フィアはいましがたゴチャゴチャと考えていたことを話した。なんで相談なんかするんだろうとは思ったが、どうやら自分は半信半疑で、しかも不安を感じているようだった。
ビデガンは茶化すこともなく、真面目に聞いてくれた。いつもの感じなら鼻で笑われるんじゃないかと思った(子供の戯れ言扱いされるんじゃないかと思った)が、ビデガンの言葉は、
「いいんじゃねぇか?」
「おい、ビデガン。フィアは真面目に打ち明けているんだぞ! 返答が軽い!」
「おめぇはホント、嬢ちゃんのことになると気が短ぇなぁ……」
ビデガンはうんざりな顔で空を仰いだが、すぐにフィアを見おろす。笑みを浮かべているが、馬鹿にしている感じではない。
「デビロイドにゃ誇りがある。それはアニミスを得たいまでも変わってねぇ」
「なんの関係がある」
「おいおい、嬢ちゃんに話してんだがな……俺の持つ属性がアニミスだろうが魔力だろうが、それこそ無かろうが両方あろうが関係ねぇ。俺はデビロイドだ。嬢ちゃんはどうでぇ」
「えと……わたしはエクリプシオンだ。でも、魔力メインの状態でも勇者だよ?」
「まだ甘ぇな。嬢ちゃん、おめぇさんは人間だ。勇者だろうがエクリプシオンだろうが、魔力だろうがアニミスだろうが人間なんだよ。それを見失うな。人間でいろ、嬢ちゃん」
……ええ? それで終わり? ビデガンは言いたいことは言ったぜと言わんばかりに、それ以上はなにも言ってくれなかった。隣ではシンディラが、どっちが遠回しなんだ、と悪態をついたりしている。
と、ビデガンの言葉を反芻するうちに、光の出口にたどり着く。いまいち言葉の真意が分からなかったが、一応の答えは自分自身で打ち出している。なのでフィアは、迷うことなく光の出口に踏み出した。光が世界に満ちていくと――
――今度は光が終息し、視界がひらけた。もう見慣れたデッドプリズン内部だが、あの広々としたフロアとは違い、長々と廊下が延びている場所だった。フロアの裏手にあった隠し部屋だと、すぐに見当がつく。
「……そうなの? そこの階段をおりても、ずっと同じところをグルグルするんだってイギギが」
「ダークフサルクか。わたしに魔力があれば解呪も可能かもしれないが」
「そいつはどうだろうな。ガデニデグが改良してるかもしれねぇ……魔導師の輝石でな」
「一理あるな。あいつは度を超えた変態魔学者だしな」
「んじゃ、とっととブッちめに行くか」
ふたりのアニミスがにわかに揺らめく。発しているアニミスは平常だが、深部のほうではとんでもない高揚が起きているに違いない。フィアのほうがアニミスの質は上なのだろうが、経験や実力はふたりのほうが遥かに上だ。それを倒すソヨギは本当にスゴい……あ。
「そうだ。ソヨギさまはどこにいるの?」
「――――」
イギギに問うと、ソヨギは研究室にいるようである。そこは同時にマヨギとソヨミスが産まれた場所でもあるようだ。
「トリックスターはガデニデグの研究室か。ヘタに動き回らずにすむたぁラッキーだな」
「ああ。正直もう単独行動は避けたいところだった。次は眠るだけではないかもしれないからな」
「同感だ。んじゃま、行くかねぇ……俺が先行するぜ?」
フィアが返事をする前に、ビデガンは鉄製のドアを開いた。フェイクスターを持つビデガンならば、待ち伏せも恐くないだろう。
ギィィ……と、まるで古い館を思わせる音色が、デッドプリズンに響いた。ドアの先は真っ暗でよく分からないが、とても奥行きのある空間であることが、流れる空気で知れる。
「……ち、闇か」
「灰を散らして照らす。灰と灯の燭」
シンディラが内部に少量の灰を散布する。それは充分に拡散されると小さな火が灯り、内部を照らし出した。
そこにあったのは建造物の内部とは思えない、洞窟を思わせる空間だった。広さはかなりある。冒険のなかで見たコロシアムくらいはあるだろうか。だがしかし、土がむき出しの洞窟というだけで、それだけの場所だった。なにもない。
「なんもねぇな。しかもどうやらデッドプリズンじゃねぇ」
「――。えと、ここは玄関みたいなものだって。んー……現世界と異空間の境界……ダークフサルクによって異空間異動を繰り返す……しかし研究室は現世界にある……アニミスも魔力も関係なく、生命体に反応する……次元層術による多重性多層性ダンジョンで、広大なうえ道しるべはない。そもそも多層性次元を安定させるためにダークフサルクを用いているので、罠のようなダークフサルクを設置することは困難である。複雑な形式の呪文を描く必要があり、次元安定に影響がないとも限らないため、無用な意味を平行次元に配置することが出来ない。そもそもガデニデグは次元術をあつかうための知識にうとく、我々ヒキュウ一族の秘術を盗み出したにすぎない。まあ、次元安定式を成立させるためにはヒキュウ一族の数秘術が不可欠であるから、四次元を構成することが奴にとっての最大だった。アニミス感知式の罠も現世界のみに配置し、多層次元にダークフサルクを描くことも安定式のみ可能だった。時間の次元解釈にも精通していないため異空間では時間概念の不完全が起き、現世界との時差が生じるようにもなったわけだが、もとより時間は一次元的な存在ではなく次元そのものに存在する定義であるのであり……もういいかなぁ~……???」
分かるような分からないような講釈に頭を抱えていると、シンディラが頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「ふむ、罠はない。そのうえガデニデグの次元層術は不完全な代物なわけか」
「時間なんてもんはお天道さんに任せときゃいいのさぁ。明るけりゃ昼だし、暗きゃ夜だ。ガデニデグはだが、その『時』の不成立を利用して悪事を働けるってぇわけだ」
「と……とりあえず移動しよう!」
なんでこのふたりはちょっとついていけてるんだろう……と、フィアは納得出来ずに先頭をきった。知識量の違いだろうが。
しかし、洞窟にはなにもない。移動用の魔方陣であるとかダークフサルクもないようだ。とりあえず手分けして壁などを調べてみるが、それらしいスイッチみたいなものもない。
「巧妙になにかが隠されているわけではなさそうだ。フィア、イギギの空間移動は使えないのかしら?」
「うん。ダークフサルクで制限されてるからって言ってる」
「現実世界と異空間とを行き来させ、こちらにある研究室もどこにあるのか分からなくしているのだろうな」
「場所は不明。しかし玄関に目印がなく、その先にも道しるべがねぇくせに、順路はありやがるわけだ。いや、待てよ……もしかして」
少し離れた位置にいるビデガンが、アニミスを高揚させる。
「ビデガンなにするの?」
「いや、ずっと引っかかってよぉ。ひょっとしたら、そういうこともあるんじゃねぇかとは思ってたんだ」
「? お前はなにを言っているんだ?」
「ああ……あとでな。魔装蹂錠閃!」
ビデガンは神装銃から、なんだか可愛らしい名前の技を放つ。
攻撃的な技ではない。綿菓子のようなふわふわした光が、ゆっくりと洞窟内に触手を伸ばしていった。ただ広がっていく綿菓子だったが、ある一点でのみ広がりかたを変える。フィアとビデガンのちょうど中間地点で、細長い山のような形状になり、その形状は徐々に楕円形を現していった。いつしか、
「門……?」
まだ綿菓子である。が、その姿を見れば誰でもそう思うような形を浮き上がらせていた。
「へ……巧妙に隠したつもりなんだろうが、俺からすりゃ見つけてくれって言ってるようにしか感じねぇ。ヒントを与えすぎたぜガデニデグ」
ビデガンは勝ち誇った笑みと共にそう言ったが、フィアにはいまいちなにを言ってるのか分からない。シンディラを見てもだいたい同じような顔つきだった。
ビデガンが構えを解くと、綿菓子がほどけ、記念式典のご開帳のように落ちて消えた。そこにあったのは門というよりアーチだった。縁だけの石細工といった感じだが、なぜか中が闇になっていて、異空間への入り口のように感じた。門と呼ぶに語弊があるのなら、『次元の扉』と呼んだほうがいいかもしれない。
「こんなものが建っていたのか? そのあたりも歩いたんだがな」
「奇矯界面……説明してやっても構わねぇが、小難しいぜ」
「行こうよ。いますぐ」
フィア的には小難しいのはイヤである。軽く相談をし、次元門へは同時に突入することになった。時間の差異をなくすためだ。
フィアの両肩にふたりが手を置き、イギギは頭に手をのせた。この先はダークフサルクにより、イギギは異空間異動が不可能になる。ただ、理解するのは難しかったが、その次元内での異動は可能なようである。まあつまりは瞬間的に場所を移動することは可能なようだ。フィアにはそれらの違いは分からなかった。
「準備はいいかな?」
三つの返答を聞いて、フィアは次元門へと進んだ。異動にはなにも感触がなく、ただその道を歩いたという感覚だけだった。
次元門の先がどんな不吉なダンジョンかを想像するが、通過してみてあったのは、見慣れた風景に近かった。
「デッドプリズン?」
デッドプリズン内と変わらぬ壁や天井だった。白く固い印象で、廊下がひたすらに延びている。突き当たりも見えない廊下はまっすぐで、途中にいくつか金属製のドアがある。それと天井には二本並んだ光る棒が、等間隔にぶらさがっていた。そのため非常に明るい。
「まるで生気がないわね」
「道一本か……俺が先行する。エキセントリックの仕業かもしれねぇからな」
返答を待たずにビデガンが歩きだした。フィアは二番手、シンディラ、イギギと続く。
シンディラの言うように、廊下にはまるで生気がなかった。その雰囲気は異空間のデッドプリズンにも似ている。靴音も複雑な反響をし、ゴィンとかゲィンとか、柔らかい金属をくねらせたような音がしている。
「イギギ? 道はこれを行けばいいの?」
聞くと、イギギは一言――分からない。フィアは肩をこけさせて、
「道案内なのに?」
イギギはすかさず、自分が知っている状態にない、と答えた。どうやらガデニデグはダンジョンの形態を常に変化させているようだ。一度だけ思った『迷いの森効果』に近い状況を生み出しているのだろう。目的が時間稼ぎなら、かなり有効ではある。
(それだけガデニデグは恐れてるってことでもあるよ。それが勇者なのか、デビロイドなのか灰の女神なのか……それともレアーズなのかは分からないけどよ?)
そうだとしても、迷いの森効果のたちの悪さは折り紙つきである。迷わせるだけ迷わせておいて正解がないとか、そんなことも可能な魔法だからだ。それでもこのデッドプリズンに正解は確実にあると断言が出来るのは、現世界と異空間を交互に進むという形態のダンジョンだからだった。迷いの森効果に規模は関係なく、どちらかと言えば規模が狭いほど凶悪になる――出口へのヒントが少なくなるためだ。そして本当の迷いの森効果ならば、そんな複雑な異動を繰り返す形態でなくていいのだ。迷わせればいいし、それだけで充分なのだから。
しかしそこに、先ほどのエキセントリックが加わればまた複雑かつ難解なダンジョンになる。小難しいのは嫌いだが、これからのためには理解したほうがいいのかもしれない。
「ビデガン、さっきのエキセントリックってどんなもの?」
「ほぉ、嬢ちゃんが聞くってかぃ」
「必要なことだと思ったからだよ。そんなに小難しい?」
「ああ、俺だって説明に困るくれぇだからな。まず、このトリックは視覚を騙すもんだ。それが軸になる」
「軸に?」
「そうだ。そこからすべてを騙すトリックになる。だがエキセントリックは視覚しか騙さねぇ。どっちかつったら視覚を騙されてる影響で術中にある奴が――つまり被技者のほうが勝手に影響の種類を広げちまって、効果を重症化させちまうのさぁ」
「お……おう。大変だ」
すでに分からない。だけど理解しなきゃ! いや、でも本当に理解が必要かな? そうだ、必要かどうかをまず確認するべきだった。よし、まず確認を――ビデガンが続ける。
「視覚から得る情報ってのは五感のなかじゃもっとも強ぇ。だから視覚を狂わされちまえば被技者はそうとは知らずに勝手にやられちまう。あるはずのものがそこにあるってことに気づかねぇで、ないもんだと決めつけちまうようになる。そこで被技者の感覚不全はさらに進行する。被技者にとってないってことは、存在すらしてねぇって判断をくだすことになる。これに他の五感も巻きこまれるってぇ寸法だ」
「ふむ。わたしたちがあの門に気づかなかったのはそのせい?」
「ああ。本当はあの門に当たってたか、無意識にそこを避けてた。異動しなかったのを考えれば後者だな。しかしだ。偶然に異動するってこともあり得ねぇのがエキセントリックの真髄なんだ。そこになにもないって思わされてるなら、偶然に門をくぐっちまってもおかしくねぇわけだが、その門がある場所を通ったと思わせることも出来るんだよ」
「わたしが門のある場所を通ったと思いこんでいる?」
「不思議だろ? 視覚を奪うトリックのくせに、そんなイタズラまでしやがる。エキセントリックは進行すればするほど深くおちいるわけだが、被技者の思いこみが不可欠なトリックでもあるわけだ」
やばい究極に分からない。もういいよ――と言おうとするがビデガンは続ける。
「余談だがこんな話がある。その一家は四人家族。あるとき父親がいないことに気づくが、何年たっても帰らねぇ。だがよ、最終的に父親が死んじまってることに気づくわけだ」
「ん? 当然のことだろう? ひとつ屋根の下に住んでるんだからな」
「それがな、気づいたのはその家族の近くに住んでた男だった。たまたま生活する金がなくて盗みに入ろうとした。そしたらリビングで骨になった旦那を見つけた……つまり家族は、父親が何年もそこで死んでたことに気づかなかったんだ」
「エキセントリックは視覚を騙すのだろう。なぜ侵入しようとした男は気づけたんだ」
「それがエキセントリックを破る方法だ。最初からなにかあると思っておけば、視界の異常に気づく。特に男は家族構成も頭に入ってたんだから、父親もいるはずだと思いこんでいた。盗みに入るなら父親もいるはずだと家を伺うだろ? だがエキセントリックは見ずとも見ずではなにもなく、見れば見るほどおかしいと気づくトリックなんだよ」
「いまいち分からんぞ……見ずとも見ずでなんともないなら、なぜ門が見えなかったんだ」
「俺たちは門があるとは思ってなかったろ? 逆にイギギは門があるはずと思ってた――イギギがそれを伝えなかったのは、門を見てから説明しようと考えてたんだろ――ないと思ってる奴には知覚できねぇが、門があるはずと思ってる奴にはないと思わせることも出来る。イギギの視覚による観察は、エキセントリックによって混乱させられてた。あれだけ広い場所ならどこにあったかっつって見渡すよな? それじゃあエキセントリックは破れねぇ。見るなら徹底的に見るのがコツだ」
あう……大変だ。その男の見るとイギギの見るでは何が違うんだろう。ふたつともあると思って見てたわけだから、条件は変わらないんじゃ?
「見ずとも見ずじゃぁなにもないと思い、見れば見るほどおかしいと気づくものの、そうすると術中に深くはまる……だから、裏を返せばそれは、エキセントリックの万能性を語る言葉なんだよ」
「ダメだ。まったく支離滅裂な説明だ。理解に苦しむ」
「へっ。小難しいって言ったぜ?」
「うー……よく分からないぃ~……でも完璧なトリックなんだってことは分かった。だけどさぁ、なんでビデガンは見破れたの?」
「徹底的に見るんだ。でもな、それには視覚と対象とのあいだにあるモノを、捨てなきゃならねぇんだ」
「あいだにあるモノ?」
分からない。問題を出されて答えが分からないどころか、問題そのものすら理解出来ない。そのためビデガンからどんな難解な答えが来るのだろうと身構えるが、答え自体はあんがいアッサリしたものだった。
「先入観だ。そこにあるはずとも、ないものとも考えずに徹底的に見るんだ」
「なんだか簡単そうだね」
……というのは勇み足である。ビデガンの説明は続く。
「つまり自分が見ていることそのものに、意味を作らないってこった。エキセントリックは視覚を騙し、それを発端に侵食する。その侵食を封じる方法が無意味な視線なんだ。だがそこに意味を持たせないまま徹底的に見るってのはギリギリ矛盾すんだろ? ま、見破れんのは卓越した技術の成果ってぇことよ」
「なんだ、けっきょくはお前しか見破れないということか。しかもギリギリではなく、完全に矛盾だろう」
「そうやって思っちまうところで、すでに先入観があんだよ。エキセントリックを見破るのは百年早ぇなぁ……だがよ、とりあえず知っといて損はなかったろ? どうしようもないってことが分かったわけだからな」
……よし、終わった。頭痛い、わたし。
ビデガンの説明が終わるとまた無言。とりあえずなにもない廊下が続く。無数にあるドアをビデガンとシンディラがチェックするが、開きそうなものはなかった。廊下の先は地平線のように見え、延々と進まされるのかもしれないという不安を覚えさせる。廊下の途中で迷いの森効果が発動していたとしたら、廊下を進んでいるようでいて、スタート地点に戻されているという可能性もあった。
「これ、どこまで続くのかな……」
「不安に感じることはないわ。どこへも繋がっていないわけがないのだからね。そうでなければ……」
ん? いきなりシンディラが歩くのをやめた――それをイギギが教えてくる。フィアも気になって立ち止まり、シンディラを見る。ビデガンも遅まきながらそれに気づいて止まった。
シンディラはイギギを振り返っていた。イギギのその無表情は、ハテナを浮かべているようにも感じる。なにをしているのか問う前に、
「やはりエキセントリックについて理解しておきたい。ビデガン、なにか分かりやすい説明はないか? 例えで構わない」
「えー? また聞くのー?」
「そう言わないでフィア。ビデガン頼む」
「……ああ、いいぜ。純粋な人間も俺たちも、視覚ってのはほとんど最初に『世界』に触れるもんだよな? 例えばだ」
ビデガンは手近なドアの前に立ち、ノブを握った。
「いま俺は『ドアを開けるためにドアノブを握ってる』よな? この状態がエキセントリックに侵食される直前だ」
「なあ……なぜ最初から説明しないんだ? いまの例えならば、『ドアを認識したときがエキセントリックにかかった時』なんだろう?」
「エキセントリックにかかる瞬間てのは証明が困難なんだよ。そもそもエキセントリックがどこにあるか分からねぇだろ。視界に触れた瞬間が始動になるんだからよ。てこたぁ『ドア自体にかかってなくてもドアへの認識を変化させるエキセントリックは視界にある』ってことだ」
「それなら『エキセントリックは対象物にかけていなくても発動する』でいいだろう。いま上部にある照明にエキセントリックがかけられていて、それに視界が触れたらドアへの認識が変化させられる、とかな……なるほどそうか……お前が門を見つけたときにヒントを与えすぎと言ったのはそういうことだな?」
「ご明察だ。エキセントリックは対象物にかけてなくても発動するんだからよ、門自体に仕掛けてなくても良かったんだよ」
「トリックとは奥が深いんだな。わたしは目眩ましが精一杯だ――行くぞ! 灰による濃霧!」
なにしてんの! とフィアが叫ぶ間もなく、シンディラが天井に灰をばらまいた。その瞬間、
「ぐあっ!」
「ティンダルス!?」
いきなり天井あたりにティンダルスが出現し、シンディラの灰をもろに食らう。そしてほぼ同時にビデガンが消えた。ティンダルスのさらに上――ティンダルスと天井との隙間に出現し、ドゴォッ! とティンダルスの首筋に肘を食らわせる。
「ぐあっ!」
ドスンッ! とティンダルスが床に叩きつけられた。ビデガンの攻撃で、ティンダルスは気絶する。ビデガンは立ち上がるとニヤリと笑った。
「雑魚だな。種族の王じゃなさそうだ」
「ど……どうして分かったの? ティンダルスが隠れてたのが」
フィアは魔力などひとつも感じていなかった。 目の前の風景はただの廊下だったし、不自然に空間が歪んでいたというわけでもない。なんならシンディラが照明うんぬんと口にしたときには、ティンダルスが出現したあたりを見上げていたりもした。でも、分からなかった。
「ソフラを真似ただけよ。まだ来る……アッシュフォッグ――過失の付加!」
シンディラがイギギの向こうを狙う。ティンダルス二体が灰をかぶり、一体は目を眩ませ、もう一体は弓で狙撃しようとしていたのを中断させられた。弓に灰がまとわりついて固まり、使い物にならなくなる。
とりあえずビデガンは弓のほうを狙った。フェイクスターで詰め寄り、腹部と顔面を殴りつける。目眩ましを食らったほうには、
「ソイソファデナム!」
気絶効果の魔法を放つ。うぎゃあぁぁぁとビリビリしながら、そのティンダルスは沈黙した。ビデガンが二体のティンダルスを検分し、無力化したのを確認すると、シンディラはふぅと息を吐いた。それに合わせて灰が舞い、シンディラに戻ってくる。アニミス回収を終わらせると、
「フィア。先ほどの続きだけど、意味のない場所に伏兵は用意しないわ。この道で間違いないのよ。ただ……延々と続く廊下の先か、途中にあるドアかの選択肢はあるけどね」
「分かった。あの、でも、どうしてティンダルスが隠れてるのが?」
「進みながら話そう。というより、説明もいらないのだが……ソフラがアニミスを拡散させて策敵をしていたでしょう? あれを真似しただけなのよ。この廊下に着いたときからずっとやってるわ」
ビデガンがまた先頭につき、歩を進める。
シンディラの説明は分かるのだが、シエル送信は何気に難しい技である。アニミスの威力を極端に抑えなければならないし、そうしなければ威力のせいで誰彼構わず傷つけてしまう。それを拡散させてというのは、アニミスの扱いに慣れていなければならない。
「デッドプリズンに到着する前まで、アニミスの使い方に困ってたくらいじゃん」
「そうね。魔力はただ解放するだけで良かったわ。アニミスは操作が繊細なのよね……まあ、ソフラへのシエル送信が成功した時点で、あらかたの技は真似が出来るとは思っていたけど」
「俺はまだ使えねぇからな。魔力と一緒でバカスカ撃つほうが性に合ってらぁ」
「まったく……言葉を用いずに会話出来るのは有利だろうに。いまもそうだったろう」
ビデガンが手をヒラヒラとさせる。シンディラはそれに、まったく、と悪態を返した。
「ビデガンから説明を聞いてるときにシエル送信で合図して、ビデガンと足並みをそろえたってことかな?」
「そうよ。この廊下の見える範囲はアニミスを散らしてある。面白いのは自己アニミスが触れたほうが魔力を感知する精度が高いことね。だからティンダルスが隠れているのが分かった」
「奴らが姿を消すには異動をずぅっとやり続けてこの次元とずれてなきゃなんねぇ――だろ、イギギよ。シンディラが策敵アニミスを展開させてるあいだは、魔力を消せねぇ限り見つけられねぇ道理もねぇってわけだ、嬢ちゃん」
「ビデガンに送信した情報はふたつ。ティンダルス、場所を示す、だけよ」
「んで、照明の話ってわけだ。じゃあ上かってなぁ」
改めてふたりは強い――フィアはそう思った。攻撃力とかの話ではなく、対応する速さと力量が、自分とは桁違いである。
そもそも伏兵なんてフィアは考えてなかった。でもシンディラは想定していてこの廊下に着いた時点で策敵を開始していた。ビデガンはシンディラからの言葉少なな情報から、自分の役割を即座に判断して行動出来る。
なんなら、シンディラの技の切り換えも凄いことだ。目眩ましだけでは弓を持ったティンダルスも、矢を射ることが出来たろうが、瞬時に技の性質を変化させて武器を無効化した。
そしてビデガン。シンディラの考えを悟り、目眩ましを浴びたほうを後回しにして弓のほうを優先した。でも目眩ましを受けたティンダルスも、冷静になればなにかしらの攻撃を仕掛けられる――だから気絶させた。瞬時に効果が出るからだ。冷静にさせる暇も与えない。
(これぐらい強くなれなきゃダメかよ……?)
フィアはふたりの強さを目の当たりにして、一気に決意が揺らいでいった。これぐらい強くなきゃ、敵を倒さず止めることは出来ないと感じる。
(変わらなきゃダメだよ。本物の勇者になりたいって、ずうっと思ってたじゃんかよ)
変わるための強さが必要だった。シンディラやビデガンの強さは恐らく、経験などから生まれる自信だ。それと信念と誇り。シンディラは心が拘束されてしまうほどの後悔を背負っている。豆腐を恨み、裏切ってしまった後悔だと思う。だからきっと二度と間違わないという信念があるだろう。そして正しくいようとする誇りが、女神として護神としてあろうとする誇りがある。ビデガンには言わずもがな、死を前にしても揺るがない誇りがある。死への恐怖すら意に介さないほどの不屈の信念がある。
フィアはそれからすると弱い。アニミス量や技の威力は高いかもしれない。しかし未熟だ。この上なく未熟だ。
……豆腐もカノリも、強い。多分自分は誰にも敵わないんじゃないだろうか。人間然としたソヨギすら、雲の上のひとのように遠い。というか、いま思い至った存在のなかでは、ソヨギが一番強いと思う。
世界を救うなら、全部を救う気でやらなきゃダメっすよ。
そんな言葉、わたしは思いつかなかった。考えてはいたかもしれないが、どこか絵空事のように思っていたのかもしれない。でもソヨギはそう考えて生きているのだ。だからそんな言葉を発することが出来るのだ。迷いもなくスラスラと、護神王に向けて言える。
ソヨギがそれを実行出来る力を持っているかは不明だ。信じられないほどの霊級を持ってはいるが――霊級以上のなにかを持っていると感じるが……いや、そもそも、その強大な力を振るうつもりがないのだろう。だからこその強さかもしれない。ソヨギはきっと力に甘んじていないのだ。あるのはその、強い想いただひとつのみ。
(ソヨギさまこそ勇者の素質があるよ……)
認めるしかない。自分は未熟だ。自分が強くなるにはなにが必要かを考えなくちゃ。と、
「お、開くぜ」
いくつ目かの確認で、ビデガンが開くドアを発見した。イギギから魔言語を受け取り、その空間が安定していることを確認するが、ドアのサイズからしてひとりずつしか通過出来ない。
「わたしが行こう。物理攻撃ならば無効化出来る」
「時間差のことを忘れんなよ。次は俺が行くが、到着が遅くなる可能性もある」
「エキセントリックの支配下にあったらなんとかしてくれ。まあ、それはハートレイトかもしれないがな……では」
シンディラは言いながらも、あまり不安は感じていなそうだった。余韻も残さずに進もうとする。
「シンディラ……気をつけてね」
「大丈夫だ。仲間がいるのだからな」
シンディラはそう言ってドアの向こうに消えた。
「じゃ、行くかねぇ。長居は無用だ」
フィアはビデガンにも同じ言葉をかけたが、ビデガンは鼻で笑うだけだった。ドアの向こうに消える。
「次はわたし?」
『それが良い。この先がどうなっているか、わたしも見当はつかないが、すべて勇者のためにふたりは動いている。ならばわたしには背中は任せて欲しい。我ら種族は戦闘には向かないが、盾くらいにはなれる。時間は貴重だ。行くのだ勇者よ。恐れは仲間が消してくれる』
なんだか真に迫った言い方をされ、つくづく自分は未熟なのだなと思う。イギギには盾となる覚悟があるのだ。フィアの戦闘力はヒキュウ族を上回るが、イギギは自分よりも遥かに強い。
しかしごちゃごちゃと考えている暇はなかった。フィアはコクリと頷いてから、ドアへと歩いた。
「イギギも気をつけてね」
それだけ言い残してドアを通過する――瞬間的に体が揺れた。不安が一気に爆発するような喪失感を覚え、それが消えると、フィアの前方の風景が変わった。
「森? シンディラ? ビデガン?」
ドアを抜けるとそこには森が広がっていた。その森のなかのちょっとした空地に、次元門が置いてあったようだ。
森は深い。ただし動物の気配はないし、緑の匂いなども感じない。すべてが偽物なのだろう。
しかしそれより何より、ふたりの姿がなかった。次元ごとの時間差がどれほどかは分からないが、待機出来ないほどではないだろうに。
「イギギを待って、それからふたりを探す?」
ふたりがいないというのは不安でしかなかった。世界に取り残されたような感覚が、いっそう濃くなっていく。もしかしたら時間差は異常なほどに開いているのかもしれない。そうなれば……一日や二日ほどの時間差があったとしたら、ふたりはその異常性に気づいて、どうにかせねばと単独行動をしているのかも。
「でも急がないと! 現世界の時間にどれだけ影響するか分からないんだから、聖戦が終わってることだって……」
確信はないが、なくはない。こちらの世界とは違い、自分たちの世界では細かな時間など計測しない。『時』どころか『分』の概念もない。人々は太陽の位置で動く。ただ『日』と『年』の概念は存在し、それは神々が世界に伝えたりする。一番身近な感覚は『秒』だが、それは一瞬だったか数瞬だったかを判断する材料であり、正確な時間を計測するものとは微妙に異なる感覚である。つまりこの次元から出てみなければ、時間を自覚することなど出来なかった。
なんにせよ、フィアは動けなかった。どうすればいいのか分からない。イギギが来るまで待つことにはするが、時差がどれほどか分からないのなら、消極的すぎる判断である。
フィアの弱さが顕著に現れていた。仲間を頼りがちになる傾向。もしくは仲間を失いたくない気持ちが、積極的な判断の障害になっていた。まだ十歳ほどの子供が、戦術的な判断を下すのも、困難かつ酷なことではあるが。
フィアは周囲を警戒しながらイギギを待つ。風もないしなにもない。静けさだけの生気のない森をただ伺う。
「一度戻ってみるとか」
不安からそんな考えがよぎった。でもそれはやっちゃいけないことだ。ガデニデグを止めるためには進まなくてはいけない。
……だいぶ待った。しかしイギギは来ない。すぐにドアを通ればこんなに待つことにはならない――いや、時間差があるから当然か。それでもその当然は、現世界にはあり得ない当然である。
「待つのは現実的じゃないってことか。だからシンディラとビデガンもいないのかも」
フィアは森をぐるっと眺めた。ただ暗くて鬱蒼としている。空は晴天だったが、太陽はなかった。森に入るのはいいとして、どちらに向かったのか見失わないようにしないといけない。目印かなにかをつけて――目印?
フィアは警戒は解かないまま、手近な木に歩いていった。ふたりのどちらかが向かった方向を残してないだろうか。一本を選んで観察するが目印はない。とりあえず一周してみようと歩く。地面は土で草一本も生えていない。木と地面とを交互に見つつ進み、一周したところで気づく。
地面には足跡がなかった。フィアが歩いた跡が残っていない。となると、
「てや」
長剣で木を切りつけてみる。ギョインと間抜けな音がして、刃が弾かれた。目印を残すのは不可能だ。
「じゃあ……そうだ。シンディラがアニミスを残してるかも――天使と悪魔」
魔力とアニミスを交換する。そうしてから神経を研ぎ澄まし、周囲のアニミスを探ってみた。
「――あった! 微量のアニミス!」
笑みがこぼれた。嬉しさが勝り、強さや弱さの話はどうでもよくなる。
アニミスを持つ者が集中してようやく分かるアニミスは、次元門正面からまっすぐに森へと入っていた。シンディラが探知アニミスを展開し、そのまま進んだということだろう。確かに次元門から直進するだけならば、迷うことはない。なにかを思い立ったらすぐに引き返せばよいのだから。
フィアは長剣をしまってアニミスを追う。周囲の警戒は怠らない。木の影から敵が現れるかもしれないからだが、フィアはシンディラのように放出したアニミスを回収出来ないため、策敵アニミスの使用は控えるしかない。
時折、どこからか視線を感じて振り返ったりする。無音の世界は無音のために音を反響させるので通常の襲撃ならば問題ないが、先ほどのような襲撃を防ぐには、殺気や気配を逃さないことが必要になる。フィアはアニミスを走って追いたい衝動を抑えながら、木々の間を抜けていった。
歩いていくと森の切れ目が見えた。トンネルの出口のように光があふれているのが見える。
フィアは走り出していた。自分でもなぜそうするのか分からなかったが、早く森から出たい衝動から焦り始めていた。でもいくらなんでも突然すぎる感情だった。でも、その不自然さを自覚はしても、どうすることも出来ない。
森を抜けて光に飛びこんだ――すると、
「あれ?」
風景がまた変わった。海を一望出来る草原の丘に、自分は立っている。振り返ると森はなくなっていた。それと同時に焦りも消えている。
なにを急いでいたんだろうと、フィアは首を傾げた。かなり焦っていた自分だが、なんで急いでいたのだろう……。
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……? その通りだ。これからその冒険にわたしも参加することになった。これから破滅王を倒しに行くんだ。わたしはなにを言ってるんだろう。
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――さあ行こう。君の力があれば暗雲だって晴れるさ!
「それは勇者の力でしょ。わたしはただ、恩返しで同行するだけだよ……それにエクリプシオンは勇者になんてなれないんだから」
フィアはしかし、それでも良かった。魔族やエクリプシオンなどの肩書きを、勇者は無視した。わたしを受け入れてくれた。わたしそのものを受け入れてくれた。いつか――
いつかこの少年の温かさに、笑顔で応えられる日が来るだろうか。わたしに優しさがあると根拠も無く言い切る彼に、応えられる日が来るだろうか。そう……わたしはきっと、彼らに応えたいのだ。わたしでもいいと、わたし自身が信じたいだけなのかもしれないけど。
――おいお前ら、早く行こうぜ。
「戦士……」
――フィアさん。もう仲間なんですから、名前で呼びあいましょうよ。
「賢者……」
フィアの凍てついた心はどんどん溶けていく。彼らといると魔力以外のなにかがフィアを満たしていく。でも魔力を失うのがどうしようもなく不安で、勇者パーティーとなったいまでもエバントフロウが必要だった。
「そのうち、呼べるかもしれない……」
フィアは金髪の少年に手を引かれながら歩き始めた。止まることもあるだろうし、戻ることもあるだろう。でも進むのだろう。世界に光を取り戻すために――
――フィア! フィア! 目を醒まして!
冒険の途中で誰かの声がした。でもいまはオークたちとの戦いを終わらせなきゃいけない。
――あとにしろシンディラ。来る!
そう、局地的な大雨が来る。水の呪いにかかったこの町を、どうにかして救わなければいけない。そのためには呪いの源である水晶を破壊しなければ。
冒険の途中、疲れ果てて眠る。隣にはシーフがいた。いつの間にか手を握り合って眠ることが多くなった。シーフは口癖のように、友達なんだから、を連呼する。最初はちょっとムズがゆくて慣れなかったが、いまは手がなければ不安になることのほうが多かった。
冒険をしていると頭のなかで声が響いた。目覚めろと。まだ勇者になれないわたしに、神々の天啓が届いているのだと思った。いつか本物の勇者になれるだろうか。聖剣を与えられてもなにかが足りない気がした。破滅王を倒すための冒険は、同時に真の勇者になるための冒険にもなっていた。
いつか、なれるだろうか。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「どうにかならないのかビデガン!」
「とにかく走れ! ガデニデグの野郎、とんでもねぇもん造りやがってよぉ!」
ビデガンは走っていた。シンディラとだ。本当に洞窟かとツッコミたくなる広大な空間には、巨大な川が流れている。なぜか川には数えきれないほどの丸太が浮いていて、地面がない。丸太を跳んで走るしかなかった。
「なぜ飛べないんだこの空間は!」
「知るか! ダークフサルクで魔法を無効化してんだろ、多分な!」
「複雑な罠はないんじゃないのか!」
「ここは現世界なんだろうよ。つまりデッドプリズンの地下だ!」
とりあえずそんな感じである。ガデニデグがグランディリオン族を多く捕らえたのも、この地下空間を造るためだったのだろう。洞窟と呼ぶにはバカでかい。
「フィアはイギギに任せた! あいつをどうにかしろビデガン!」
「飛べねぇうえに足場がねぇのに戦えるかよ!」
一番の問題はだ。急流を泳いで迫り来る巨大な魔法生物である。ザッパンザッパンと川から出たり引っこんだりしながら、ものすごい速さで追ってきている。亀のようだがタコのような触手を持ち、その触手の何本かはクラゲのようであり、鮫のような凶悪な顎を持ち、普通の魚っぽい尾ビレで泳ぐ。あまつさえ、
「甲羅に水が集まっているぞ!」
「仕組みはデビロイドの魔装銃に近ぇ! タイミング合わせて横に跳べ!」
魔法生物の甲羅には銃眼が無数にあり、水を集中して放つことが可能なようだった。そのうち正面にあるふたつは大砲のような形状であり、それに大量の水が集まっている。そうなるともはや属性うんぬんのレベルではなく、高い水圧でバラバラにされる。
キュオゴギャアッ! と巨大な一撃が放たれた。二門の大砲から撃たれるデビロイドの光撃のような水は、ビデガンがいた付近を撃ち抜き、川の流れを寸断し、水底すら伺わせるほどの威力だった。
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シンディラは俊敏に着弾位置から離れるように丸太を渡って行く。水底を見せた位置に水が戻っていき、渦巻く流れのせいで丸太の動きが複雑化していた。ビデガンはしかし、
「レスギンティ・ウル・レギウス!」
神装銃を構え、その周囲には幾本もの蒼白の光が、川のなかから立ち昇っていた。魔力とアニミスには明確な扱いの違いはあったが、カノリの放った技が、ハイヴォルトの一閃へと繋がっていた。凝縮率に加えて研鑽する。だがビデガンが優先したのは純アニミスではなく雷属性である。それはハイヴォルトに速度を与えた。
「くたばりなぁ!」
超速攻かつ雷そのものと言っていい一撃が、魔法生物を撃ち抜いた。そして雷撃の乱舞が魔法生物を蹂躙する!
アオォォォォォォォォ――!
「怨むんなら親を怨みな……」
ビデガンはコートのポケットからボールペンの替え芯を取り出し、魔法生物の終わりを見届ける。巨大な亀はブスブスと焦げまくり、活動停止して川の水に沈んでいった。
大きな波が立つ。ビデガンはすかさず丸太を移動することを考えたが、その必要はなかった。一瞬で川そのものが消え失せたのである。
「大量の水がこいつの能力だったってぇわけだ」
「丸太もだ。なんの意味があったのかは知らないがな。とにかく水場での戦闘はもう嫌だわ」
シンディラは出現した地面を歩きながら、濡れている箇所がないかスカートを丁寧に調べていた。
川がなくなると、そこはただの巨大な空間になった。ひたすらに、天井すら遥か上空にある巨大な洞窟。なんのために造ったのか考えるのは愚かだろう。ガデニデグの意図は読めないから、とにかく無駄なことである。
「イギギは?」
「さぁな。安全な場所ってのを奴がどう解釈したか分からねぇ」
「フィアになにが起きたんだ。あれはまるで、ハートレイトの被技者のようだった。あれはただの魔装銃の一撃ではなかったのか?」
「ただのハートレイトなら嬢ちゃんは解除出来んだろ。俺たちがよけた光撃が門をくぐっちまった。嬢ちゃんは運が悪かった……」
「それだけですむのか? あの男はどう見てもデビロイドだった。貴様に関連がないと言い切れるのか!?」
「いいや……」
ビデガンは替え芯のインクを吹かし、適当な方向に歩き出した。来た門と逆に進むのは、間違った判断ではないだろう。
「最初の門を通る前に、一度言いかけてやめたな? 続きを話せ」
「……エキセントリックは、あるデビロイドが開発したトリックだ。まともに使える奴は数えるくれぇだ――おめぇが見たのはその開発者だよ。つまり」
ビデガンはインクを吹かした。間を置いたというより、苦々しく認めなければならないからだった。
「デビロイドのなかでも奇才と呼ばれた男。トリックスターだ」
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続く
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