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3 斎賀 虹
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3 斎賀 虹
僕は男の情報が何もない状態でいることが怖かった。冷静になってきて、考えてみればおかしな点がいくつもある。
今日になって、様々なことが頭の中に入ってきて混乱している僕は見知らぬ男に着いてきた馬鹿な高校生のようだった。
僕は義父母と男の会話の内容を何一つ理解することは出来なかった。
"支援金" "あの女" "契約"
そして男から告げられた
"約束" "こっちの世界"
理解が追いつかないまま、17年間育ての親となっていた義父母から逃げたい欲から男にノコノコと着いてきてしまったのだ。
そもそも、アパートの2階からとてつもない速さで降りて、僕の横に立っていたこと、義父の腕をまるで操り人形のように動かしたこの男は普通の人間ではないように思う。
見た目は高身長で肌の白い、20代くらいであるが、ホントに20代なのかも分からない。
……そして、僕を知っている。
親戚で、昔記憶のない頃に出会っていたのか? いや、僕と親戚をあの義父母が会わせるはずがない。じゃあ、この男は誰だ…いつ、僕を知った?
そもそも、なんで今僕の前に現れた。
「虹、そこを右だよ」
また、分かれ道に差し掛かると男はそう言った。
謎の違和感、しかし僕は言われるがままに歩き続ける。そうするしかないのだ。
「アンタらといたくない」
こんな事を言って、あの家に帰ることはできない。幸い、部屋に僕のものと言えるものはなかった。
お金すら学校の昼食用に義母が500円玉を毎朝渡すだけだった。
スマートフォンなんてものも持ち歩かせてはくれなかった。
部屋にあるのは、寝る用の布団、教科書、机くらいだった。残しておいて困るものはなかった。
男は道を指示するだけで、それ以外話すこともなく、いつの間にか車も通れない細い道に入り込んでいた。
2人の足音だけが、細道の中で響く。
「……アンタの名前………」
沈黙から一言発したのは僕の方だった。人のことに興味はないが、この男のことは知っておいた方が良い気がした。
「朝霧だよ、やっと話してくれた。頭の整理は追いついたかい」
!この朝霧という男は僕のグルグルと混乱していたのを分かっていて、何も話さずにいたのか……。
「……追いついてない、意味がわからない事だらけだ」
「そうだろうね、虹は何も知らないからね」
少し馬鹿にされた気がしてムッとなったが、事実、僕は何も知らないのだ。
「……じゃあ、教えて欲しいんだけど」
そう言うと、朝霧は両手を合わせてパンッ!と大きな音を鳴らした。
「うん、でも、先に虹のことについて聞いてもいいかな」
僕のこと………?
「虹、君の名前は?」
心の中では?っと思った。僕の名前を呼びながらその質問はおかしいだろう。既に名前を知っているじゃないか
「……斎賀、虹」
恐る恐るそう答えると、男は「うん」と1つ頷いた。
「そう。でも、『斎賀』はあの夫妻の苗字であって君の本当の苗字じゃないだろ? 自分の本当の名前は?」
男にそう言われて、自分が馬鹿だと思った。
どうしてそんなことに今まで気づかなかったのだろう。いや、気づきながらも興味がなかったのか…自分自身の本名なんて。
これからも『斎賀 虹』として生きていくのだと思い、過去については何も興味を持てなかった。知ったところで僕に利益は何も無い。知っていようが、誰に教える訳でもない。
「……それ、は……」
「そもそも、自分の名前が『虹』なんだって思う? あの2人が勝手に決めただけで違う名前だったのかもしれないよ?」
朝霧は変な感性の持ち主だ。本人が自分を「斎賀 虹」だと言うのに、彼は僕の名前を疑ってくる。
けれど、彼の言うことは確かだ。僕の名付け親が誰かなんて知らないし、あの2人が適当につけただけで、最初に名前をつけたのは別人だったのかもしれない。
勝手に周りが僕を『斎賀 虹』として扱うから僕は自身を『斎賀 虹』だと思い込んでいるのかもしれない。
「じゃあ、君の誕生日はいつ? 今何歳?」
誕生日、なんてものを気にしたことは無かった。特別祝われることも無かった。しかし、学校生活をする中で、使うこともあったから義父母に聞いてみたら、2人は口を揃えて「好きな日にちを選べば」なんて言う。
「自分の誕生日なんて知らない、でも17歳……だと思う」
「……そっか、虹は自分を何も知らないんだね」
そう言われた途端自分が惨めになった。他人に興味を失うどころか、初めから自分自身にさえ興味がなかった。
今存在している、歩いている、寝ている、それさえ分かっていればよかったんだ。
自分の好きな物、嫌いな物、僕は、どうしたい……? 僕の本当の親は? 名前は??
「……ハハ、ホントだ」
乾いた笑い方に掠れた声が出た。
どうでもいいんだ、こんな僕のことなんて。皆から嫌われて、いらないと思われて、僕にすら興味を持たれない僕は……存在しないのと同じだ。
幼いながらに意味も分からず嫌われることに泣き喚いたことが1度だけあった。それ以来、泣くことはなかった。
「そうか、またか。」これで済ませてしまっていた。
この朝霧という男に言われて気づいた。
「……僕って誰なんだろ、何なんだろうなぁ……」
掠れて途切れ途切れにこの言葉を呟くと自然と涙が落ちてきた。
頬を伝って、そのまま落ちていくとアスファルトを黒く染める。
足が動かなくなり、両手の甲と腕で必死に顔を拭う。高校生にもなって恥ずかしくも、泣いてしまった。
自分の存在意義を見い出せないことを理解すると同時に目の奥のリミッターが外れて、せき止めていた涙が溢れてくる。
もっと早く気づきたかった。そうすれば大声で喚くこともできた。勝手に歳を重ねて、泣きたくても泣けない風貌になってしまった。
けど、この歳にならないとこんな考えに至ることも出来なかったのだろう。 小学生が自分の存在意義を考えるわけもなかった。
朝霧の顔が見れない、恥ずかしさと涙ぐんだ目で揺れて見える。
「君は、最悪な底辺の人生を歩んでたんだよ」
朝霧はまた意味の分からない言葉でそう言う。
けれど、これは僕を励ましているのか…?
「虹、君はよく頑張ったんだよ」
生きていた中で、誰よりも1番優しく『虹』の名前を呼ばれた気がして、また涙が出てきた。
朝霧は僕の頭を撫でた。黒くストレートな僕の髪の毛の形が少しボサボサになるまで撫で続けた。
相変わらず体温は感じられなかったけど、父親がいたらこんなものなのかな、と思った。
「……さっきから思ってたんだけどさ、アンタ、手冷たすぎ」
少し笑いながら言うと、朝霧は優しく撫でていた手に少し力をいれて強めに僕の頭を押し込んだ。
「もとから、私の手は冷たいんだよ。 心が温かいからね」
作り笑いのような目の笑っていない笑い方ではなく、少し穏やかに笑いながら僕にそう言った。
僕はこの時間が今まで生きていた中で1番楽しいと感じているのかもしれない。
さっきまで知らない男と話すだけで、楽しさを感じてしまう程に僕の今までの人生が最悪だったことを知る。
「……人とこんなに話したり、触ったりするの初めてだな……」
ボソッと一言呟くと、一瞬だけ朝霧が顔を歪める。
「……もっと早く迎えに来れば良かったなぁ」
そう言って、僕の頭から手を離す。
この人は何を考えてるか分からないし、笑う顔が怖い時もある。きっと普通の人間ではない。それでも悪い人ではないのだと思いたい僕がいる。
「…さて、と。この辺でいいかな」
朝霧はその言葉と同時に両手を開き、手のひらを上に向ける。
「虹、こちらの世界にようこそ」
朝霧はフッと笑いながら僕にそう言った。
僕は男の情報が何もない状態でいることが怖かった。冷静になってきて、考えてみればおかしな点がいくつもある。
今日になって、様々なことが頭の中に入ってきて混乱している僕は見知らぬ男に着いてきた馬鹿な高校生のようだった。
僕は義父母と男の会話の内容を何一つ理解することは出来なかった。
"支援金" "あの女" "契約"
そして男から告げられた
"約束" "こっちの世界"
理解が追いつかないまま、17年間育ての親となっていた義父母から逃げたい欲から男にノコノコと着いてきてしまったのだ。
そもそも、アパートの2階からとてつもない速さで降りて、僕の横に立っていたこと、義父の腕をまるで操り人形のように動かしたこの男は普通の人間ではないように思う。
見た目は高身長で肌の白い、20代くらいであるが、ホントに20代なのかも分からない。
……そして、僕を知っている。
親戚で、昔記憶のない頃に出会っていたのか? いや、僕と親戚をあの義父母が会わせるはずがない。じゃあ、この男は誰だ…いつ、僕を知った?
そもそも、なんで今僕の前に現れた。
「虹、そこを右だよ」
また、分かれ道に差し掛かると男はそう言った。
謎の違和感、しかし僕は言われるがままに歩き続ける。そうするしかないのだ。
「アンタらといたくない」
こんな事を言って、あの家に帰ることはできない。幸い、部屋に僕のものと言えるものはなかった。
お金すら学校の昼食用に義母が500円玉を毎朝渡すだけだった。
スマートフォンなんてものも持ち歩かせてはくれなかった。
部屋にあるのは、寝る用の布団、教科書、机くらいだった。残しておいて困るものはなかった。
男は道を指示するだけで、それ以外話すこともなく、いつの間にか車も通れない細い道に入り込んでいた。
2人の足音だけが、細道の中で響く。
「……アンタの名前………」
沈黙から一言発したのは僕の方だった。人のことに興味はないが、この男のことは知っておいた方が良い気がした。
「朝霧だよ、やっと話してくれた。頭の整理は追いついたかい」
!この朝霧という男は僕のグルグルと混乱していたのを分かっていて、何も話さずにいたのか……。
「……追いついてない、意味がわからない事だらけだ」
「そうだろうね、虹は何も知らないからね」
少し馬鹿にされた気がしてムッとなったが、事実、僕は何も知らないのだ。
「……じゃあ、教えて欲しいんだけど」
そう言うと、朝霧は両手を合わせてパンッ!と大きな音を鳴らした。
「うん、でも、先に虹のことについて聞いてもいいかな」
僕のこと………?
「虹、君の名前は?」
心の中では?っと思った。僕の名前を呼びながらその質問はおかしいだろう。既に名前を知っているじゃないか
「……斎賀、虹」
恐る恐るそう答えると、男は「うん」と1つ頷いた。
「そう。でも、『斎賀』はあの夫妻の苗字であって君の本当の苗字じゃないだろ? 自分の本当の名前は?」
男にそう言われて、自分が馬鹿だと思った。
どうしてそんなことに今まで気づかなかったのだろう。いや、気づきながらも興味がなかったのか…自分自身の本名なんて。
これからも『斎賀 虹』として生きていくのだと思い、過去については何も興味を持てなかった。知ったところで僕に利益は何も無い。知っていようが、誰に教える訳でもない。
「……それ、は……」
「そもそも、自分の名前が『虹』なんだって思う? あの2人が勝手に決めただけで違う名前だったのかもしれないよ?」
朝霧は変な感性の持ち主だ。本人が自分を「斎賀 虹」だと言うのに、彼は僕の名前を疑ってくる。
けれど、彼の言うことは確かだ。僕の名付け親が誰かなんて知らないし、あの2人が適当につけただけで、最初に名前をつけたのは別人だったのかもしれない。
勝手に周りが僕を『斎賀 虹』として扱うから僕は自身を『斎賀 虹』だと思い込んでいるのかもしれない。
「じゃあ、君の誕生日はいつ? 今何歳?」
誕生日、なんてものを気にしたことは無かった。特別祝われることも無かった。しかし、学校生活をする中で、使うこともあったから義父母に聞いてみたら、2人は口を揃えて「好きな日にちを選べば」なんて言う。
「自分の誕生日なんて知らない、でも17歳……だと思う」
「……そっか、虹は自分を何も知らないんだね」
そう言われた途端自分が惨めになった。他人に興味を失うどころか、初めから自分自身にさえ興味がなかった。
今存在している、歩いている、寝ている、それさえ分かっていればよかったんだ。
自分の好きな物、嫌いな物、僕は、どうしたい……? 僕の本当の親は? 名前は??
「……ハハ、ホントだ」
乾いた笑い方に掠れた声が出た。
どうでもいいんだ、こんな僕のことなんて。皆から嫌われて、いらないと思われて、僕にすら興味を持たれない僕は……存在しないのと同じだ。
幼いながらに意味も分からず嫌われることに泣き喚いたことが1度だけあった。それ以来、泣くことはなかった。
「そうか、またか。」これで済ませてしまっていた。
この朝霧という男に言われて気づいた。
「……僕って誰なんだろ、何なんだろうなぁ……」
掠れて途切れ途切れにこの言葉を呟くと自然と涙が落ちてきた。
頬を伝って、そのまま落ちていくとアスファルトを黒く染める。
足が動かなくなり、両手の甲と腕で必死に顔を拭う。高校生にもなって恥ずかしくも、泣いてしまった。
自分の存在意義を見い出せないことを理解すると同時に目の奥のリミッターが外れて、せき止めていた涙が溢れてくる。
もっと早く気づきたかった。そうすれば大声で喚くこともできた。勝手に歳を重ねて、泣きたくても泣けない風貌になってしまった。
けど、この歳にならないとこんな考えに至ることも出来なかったのだろう。 小学生が自分の存在意義を考えるわけもなかった。
朝霧の顔が見れない、恥ずかしさと涙ぐんだ目で揺れて見える。
「君は、最悪な底辺の人生を歩んでたんだよ」
朝霧はまた意味の分からない言葉でそう言う。
けれど、これは僕を励ましているのか…?
「虹、君はよく頑張ったんだよ」
生きていた中で、誰よりも1番優しく『虹』の名前を呼ばれた気がして、また涙が出てきた。
朝霧は僕の頭を撫でた。黒くストレートな僕の髪の毛の形が少しボサボサになるまで撫で続けた。
相変わらず体温は感じられなかったけど、父親がいたらこんなものなのかな、と思った。
「……さっきから思ってたんだけどさ、アンタ、手冷たすぎ」
少し笑いながら言うと、朝霧は優しく撫でていた手に少し力をいれて強めに僕の頭を押し込んだ。
「もとから、私の手は冷たいんだよ。 心が温かいからね」
作り笑いのような目の笑っていない笑い方ではなく、少し穏やかに笑いながら僕にそう言った。
僕はこの時間が今まで生きていた中で1番楽しいと感じているのかもしれない。
さっきまで知らない男と話すだけで、楽しさを感じてしまう程に僕の今までの人生が最悪だったことを知る。
「……人とこんなに話したり、触ったりするの初めてだな……」
ボソッと一言呟くと、一瞬だけ朝霧が顔を歪める。
「……もっと早く迎えに来れば良かったなぁ」
そう言って、僕の頭から手を離す。
この人は何を考えてるか分からないし、笑う顔が怖い時もある。きっと普通の人間ではない。それでも悪い人ではないのだと思いたい僕がいる。
「…さて、と。この辺でいいかな」
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