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うつけ村編

39 5日後

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39 5日後


「志賀内 萬は今までの人生で私が会ってきた誰よりも怖かったよ」


朝霧は僕にそう言った。朝霧の思い出話を聞きながら、確かに普通の人とは考え方が違うのかなとは思った。 他人に興味を持つよりも、研究の方が大事……。 でもそんな人は他にもいると思うし、怖いという言葉が当てはまるとは思えなかった。



「……怖い、そう、私はあの男が怖かった。 それはホラーとかの怖いではないんだ。 だって、あの男の行動はいつだって私の予想を超えていた。 でも、あの男以外に私に納得出来る道の歩み方を教えてくれる人はいなかった。 だから、あの男の言う自分の欲を満たすためにここに来た」



僕はその志賀内という男が本当に朝霧に心からその言葉をかけたのか、それとも彼を国家機関に入れるためにわざとそんな物言いをしたのか分からなかった。

僕は朝霧がその志賀内 萬という男に似ている、いや彼自身が無意識のうちにその男に似せようとしているような気がしてならなかった。
別に人に似せようとして悪いとは思わないが、なんでそんなことをするのだろうか。 過去の朝霧は、こんな口調ではなかったようだ。 そして、今はその志賀内という男の口調によく似ている。



「……咲と同じで歳上の男だった。 昔の私は人を尊敬するなんてことは無かった。 だって大人だって私の能力や魔法を超える者はいなかったから。 萬……アイツもそうだった、超えていた訳じゃない……。 なのに、どうしてかアイツといると気が楽だった、それだけの理由で少しアイツに依存していた」



思い出しながら話す朝霧はどんどん僕の分からない話を始める。依存……ってなんだ……?



「……親元を離れ、ここに来てすぐの頃は、攻撃部隊の誰とも馴染もうせずに咲と萬といたんだ。 どうにも他は私を特別視する感じがして、そんな視線が嫌で……。 だから楽だったのかもしれない、期待の目を向けて来ないあの二人の近くだから」



この世界の人間のどのくらいの確率かは分からないが、生まれ持つ魔法や能力で持たない人に羨ましがられるだろう、けどそれ以上に期待をされる。朝霧が他の人が言うように誰よりも恵まれていた人物であればその期待も増える。
親も国も全員が既に生まれたばかりの朝霧 奏斗にすら期待したのかもしれない。



「……でも、なんでその人はーーーーーー」


"今はここにいないんですか"、その質問を投げかけようとした瞬間に耳の奥から耳鳴りがする。ジンジンと音が聞こえてきた、僕はすぐに察した。何かが、流れてくる、聞こえてくる……!
頭のうちからガンガンと痛みが走ってきた。


「っっ、! いっ……」


今までよりも頭痛が酷い。 何も聞こえていないのに既に意識が飛びそうな程だ。ガンガンと痛むのに、何故かグワンと響くような音に変わっていく。まだ、まだ……何も聞こえてこない……。






『……………ダイジョウブダヨ、……ダッテアソコノヒトタチハミンナ、シンダデショ? 』



『……イツカゴ、ヒサビサニアノムラデパーティーダ、…………アノヒノアクニンタチヲコラシメナキャ………』





ズザザザ  ザァー   ザザァー


砂嵐が頭の中で鳴り響く。痛い、うるさい、頭が重たくなったみたいだ。
だが、聞こえた……、どうしてか分からないけど、聞こえる頻度はバラバラなのか……全く聞こえない期間もあれば……、1日に2回なんて……。



僕は朝霧の話が途中だったのを忘れ、ソファに崩れるように横たわる。朝霧の心配する声がする。
痛い、痛い痛い……なんで、これは能力なんかじゃない。 ただの拷問のような時間だ。 聞こえるのはいい話では無い、きっとこの世界を脅かす人間の仕組んだ事の話、そして近くにいるのに叫ぶような悲しい心の声ばかりを拾う。 極めつけは、頭痛も酷く、そのせいか身体もダルさがあるように感じる。



朝霧は恵まれすぎた、それは良いのか悪いのか……、でも僕のこれは良いには入らない。 確かにこの世界を人を守れるかもしれない、けどその為に僕がこんな苦痛を味わう。
僕は偽善者にはなれない、正義のヒーローにもなれない。 
ただ、神か悪魔かが選んだ最悪な役割を与えたんだ。そんなふうに考えてしまうような男だ。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うつけ村でやるのは、単なる復讐に過ぎないよ。 僕はね、家族を虐める人が大嫌いだからね。H大学では、街の人間を沢山殺せば、国も騒いで混乱していく中を段々と侵食していくはずだったんだけど、想定外なことに失敗しちゃったしね……。 兄さんを責めてはいないよ、朝霧 奏斗がいたのは僕も見抜けなかった。 それに……あの子、虹みたいな子がいるのも知らなかった。
 街に可愛い新種のペットちゃん達を放出するにはまだまだ準備が必要だからね、先に僕達にとっての復讐相手から片付けることにしよう」


男は暗闇の中で歩き回りながら、不気味な男、兄さんと呼ばれる男に話す。



「……人が寄り付かないなら、拠点を置くのにも最適だ。 今は国の奴らもあの村には中々来ない。 ……でも、僕はね、H大学のことから考えて来る気がするんだ、虹が。 来てくれるかな、そしたら嬉しいなぁ……、でも計画を壊されるのは困るなぁ、朝霧 奏斗も来ちゃうよなぁ……。 ……兄さん、着いてきてくれる? 同じ家族の復讐のためにさ……手を貸してよ」


男はそう言って手を差し出す。



「……お前の言うことに逆らうわけないだろう、もちろん一緒に行こう。 俺は何をすれば良い」

 
男の手を取り、不気味な男は笑いながらそう言った。



「…………5日後、それまでに奴隷オークションをしていた参加者、主催者…、あの時に殺せなかった奴らを見つけて……捕まえておいて欲しい」


男はニコニコとしながら、話していた雰囲気を変え、怒りに満ちたようで、それを隠すかのような冷たい声で不気味な男にそう言った。



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