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第二章 黒神子・妖精喰いのヨーミコワ編
2-16.対決の地へ
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2-16.対決の地へ
結局狼魔族達のボス・ザドはここにいる黒神子レスフィナが本物かどうかを確認する事は出来なかったが、代わりにこの恐ろしい現状と結末をリアルタイムで直接見ていた者達がいた。黒神子レスフィナと狼魔族のボス・ザドとの戦いの一部始終を見ていた第八級冒険者の資格を持つ四人の人間達である。
四人の男性冒険者達はたった今目の前で起きた出来事が信じられないとばかりにいろいろと頭の中で体のいい言い訳を考えていたが、レスフィナが近づき「気分が優れない物を見せてしまって本当にすいません」というおどけた言葉を聞いた瞬間、現実逃避をしていた四人の思考はあまりの恐怖に直ぐに現実へと引き戻される。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃーー、本物だ……本物の黒神子レスフィナだ!」
「と、年上の先輩達が時々話して聞かせてくれているように、黒神子レスフィナの姿は牛の姿を模した恐ろしい異形の姿形をしていると言っていたが、話と大分違って物凄く可愛らしい姿をしている。だが……その無慈悲な能力と基本的な中身は恐らくは同じだ。こいつは本物の黒神子レスフィナだぁぁぁ!」
あまりの恐怖の為か囈言のように呟く者や取り乱し絶叫する者もいたが、黒神子レスフィナに「少し静かにして下さい」と穏やかにお願いされると、四人の冒険者達は皆恐れおののきピタリと騒ぐのをやめる。
捕虜となった四人の冒険者達を見つめながら皆が一息つく中、草木を描き分け森の中から勢いよく出て来たのは犬人族の女性のシャクティである。
シャクティは黒神子レスフィナの足の下に広がるドス黒い液体に注意を払うと、その血液の液体の中に溶けていくザドの体の残骸を厳しい目で見つめる。
「まさか、殺したのですか。狼魔族達のボスでもあるザドという山賊を」
「ええ、結果的にはそうなってしまいました。食べられる前に一応は強く警告はしたのですが、その警告を無視したのは彼自身です」
「その話は本当ですか。ラエルロットさんに、ゴンタさん」
「ああ、本当だぜ。レスフィナは食べられる前にちゃんと相手に警告をしていたよ」
「そうだな、ウチのボスはレスフィナの姉さんの警告にも関わらず、無謀にもその左腕に噛みついて旨そうに食べていたな。なぜ黒神子レスフィナの体を食べてみようなどと言う恐ろしい発想に至ったのかは分からないが、その愚行のお陰でウチのボスは内部から食い破られて、逆にその命を落とす結果になってしまった。だからレスフィナの姉さんは特に悪くは無いぜ。正式に最後通告もしていたからな」
「そうですか、なら仕方が無いですね。相手もレスフィナさんを殺すために無慈悲にも攻撃を仕掛けてきたみたいですし、その正当性は皆に認められていると言う事ですね。でもレスフィナさんの力ならもっと穏便に、相手を無駄に殺す事無く沈黙させることも容易に出来たのではありませんか」
「ええ、恐らくは簡単にできたでしょうね。でもシャクティさんは知らないとは思いますが、あの狼魔族のボス・ザドという人物は、蛾の妖精のルナさんの尊厳をこれでもかと言うくらいに馬鹿にし蔑んだ挙げ句に、自分の部下の命も平気で踏みにじるような最低な輩です。なので一度だけ警告と言う名のチャンスを与えて、もしも従わなかった時はその命を貰うことにしました。だって下手な情けを掛けてこの先あのザドという人を生かしておいたら他の狼魔族達や蛾の妖精達も、もっともっと死ぬ人が増えるかも知れませんからね。だから彼にはここで消えて貰うことにしたのです。私は優しい人でも聖人でもありませんから、私の友人を馬鹿にした者は誰であろうと許せなかったのです!」
「友人ですか……たった一日、一緒に過ごしただけなのに」
「黒神子でもある私は、蛾の妖精達が受けている迫害のつらさは誰よりもよく理解しているつもりです。そんな彼らがこんな私と一者に和やかに笑いながら夕食を食べてくれた。その日暮らしの旅をしている私に取っては人の優しさは何よりも尊くそして嬉しい物なのです。大体の人達は黒神子レスフィナの過去の噂話が広がっている事から、私の姿形と名前を聞いただけで直ぐに門前払いをくらう事もそう珍しくはなかったですからね。なのでその優しく出迎えてくれた蛾の妖精達を馬鹿にする言葉を発していた者達はどうしても許せなかった。でもまあ確かに感情的に熱くなってしまった事については少し反省をしなけねばなりませんね。少し大人げなかったでしょうか」
「いいえ、そんな深い思いと経緯があるのなら特にあなたを責める訳には行きませんね。確かに自分に優しくしてくれた良き友人を馬鹿にされたらかなり頭に来ますからね、その気持ちは分かります。何を隠そう私達犬人族も低級種族だと普段から人間達には馬鹿にされていますからね。だから蛾の妖精達の苦労は当然知っているつもりです」
「そう言ってくれるとありがたいです」
「そんな事よりも狼魔族のボス・ザドの体の何処かに宝石が括りつけてあるネックレスのような物を見つけませんでしたか。ザドさんが持っていた物はどうやら古代の遺物の一つでもある賢者の魔石らしいのですが、知りませんか」
「古代の遺物の一つ、賢者の魔石ですか……なるほどね、話が見えてきましたわ。一年前の異世界勇者や高レベルの冒険者達との三つ巴の戦いでその賢者の魔石にその体ごと封印された黒神子ヨーミコワは文字通り身動きができないでいたのですね。だからこの一年間は蛾の妖精達に直接ちょっかいを出すことが出来なかった。と言うわけですか」
「でも、人間並みの知識を持つ知性を持った生き物を殺して食べればその殺した分だけの僅かな時間だけ外に出られる事に気づいたようです。そしてその時間を獲得する為に、もう既に味方のはずの狼魔族が三十人と……その後に現れた冒険者側の人間達もあらかた彼女に食べられてしまいました」
「つまり黒神子ヨーミコワさんは狼魔族のザドさんから賢者の魔石を受け取り、そのまま蛾の妖精達がいる隠れ里の方に一人で向かったと言う事ですね」
「そうみたいです。隠れ里にいる蛾の妖精達が心配です」
「フフフフ、なるほど、なるほど、そうですか、この案件には賢者の魔石が絡んでいるのですね。つまり黒神子ヨーミコワさんの力の大半はあの賢者の魔石の中に封じられている。それは是が非でも私には会いたくはないはずです。納得がいきましたわ」
「あの賢者の魔石は絶対に私達が手に入れなけねばなりません。あの魔石を使って再び封印し直せば、今は中途半端に外に体現している黒神子ヨーミコワさんに勝つ事が出来ますからね」
互いに意見を述べあうと犬人族のシャクティと黒神子レスフィナの二人は緊張感溢れるその眼差しを互いに向けあっていたが、視線の先を今度はそのまま木下に腰を下ろしている四人の人間の冒険者達に向ける。
「「……。」」
その無言の威圧に冒険者Aが直ぐさま反応する。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃーーぃぃ、わかった、分かったから、命だけは助けてくれ。一体なにが望みだ。命を助けてくれるんならなんだってやるよ。だから助けてくれ。もう絶対に他の種族達を馬鹿にしたりはしないから!」
その怯えを利用するかのように犬人族のシャクティが冒険者達に話し掛ける。
「ならあなた方四人は直ぐさまノシロノ王国に戻り、狼魔族達の山賊の事は、狼魔族三十名の死とそのボスでもあるザドが死亡した事により、任務はほぼ達成された事を冒険者組合に報告して下さい。それと荷馬車から盗まれた数々の物資は近いウチにノシロノ王国に持って行くとそのクライアントにも告げて下さい。私の……シャクティの名を出せば、その雇い主も顧客も恐らくは納得をするはずです」
「わかった、冒険者のシャクティだな。ノシロノ王国に戻ったら必ず報告するよ。それで、あの黒神子ヨーミコワに襲われた……百数十名程いた冒険者達は……俺の仲間達はどのくらい生きているんだ?」
「残念ながら全滅です。冒険者側の人間は、あなた方四人を残して全てが死に絶えました。心臓を黒神子ヨーミコワに全て抜き取られて絶命しています」
「そんなバカな、生き残ったのが俺達だけだなんて……有り得ない……あり得ないよ!」
「ですがそれが現実です。なのであなた方はついでに冒険者組合に今起こっている事の現状を事細かく報告して、黒神子ヨーミコワの討伐を促して下さい。恐らくは第一級冒険者から~第三級冒険者達の協力とAランククラスの聖女達数人の力が必要になるかも知れません。勿論私はこの後も、一年前に異世界召喚者の勇者斉藤が持っていたと言う古代の遺物……賢者の魔石に封じられてその行方が不明になっていた黒神子ヨーミコワの後を追います!」
「犬人族のシャクティ……あんたもどうやら冒険者の端くれみたいだが、本当は何者なんだ。狼魔族のボスの話だと、迫り来る狼魔族達をバッタバッタと素手だけで見事に倒していたみたいだが……」
「フフフフ、私は第八級冒険者のクラスの資格を持ち、職業は神官見習いのまだ駆け出しの初心者で……薬品を使った数々の薬玉を作るのが趣味な、ただのお気楽な犬人族の女性ですよ。ただそれだけの者です」
「わかった、この事は必ず伝える。あんな化け物がこの辺りに住み着いていた事が分かった以上、絶対にノシロノ王国の冒険者組合も重い腰を上げるはずだ。他の種族達にだけではなく、人間にも害を及ぼすと言うのなら当然第一級冒険者も動くはずだからな!」
事の重大さに立ち上がる冒険者Aを見ていた冒険者Bがまだ疑っているのか恐る恐る黒神子レスフィナを見る。
「黒神子レスフィナ……あんたが本物かどうかは正直俺にはまだ分からないが、少なくとも物凄く強いと言う事だけは嫌でも分かるぜ。その呪いの血を動かす黑血食の術や自己再生能力は目を見張る物があるが、それだけではまだ黒神子レスフィナと決め付けるのは証拠が乏しいからな。命も助けて貰う事だし、今はあんたの事を見逃してやるよ!」
「見逃してやる……ですか」
「す、すいません、少し調子に乗りすぎました。許して下さい!」
「別に怒ってはいませんけど」
「そ、そんな訳でじゃあな、ヘンテコなパーティー共。人間に・黒神子に・犬人族に・狼魔族に・蛾の妖精族にと……その集まりは多種多様でヘンテコな奴らばかりだが、この後あの黒神子ヨーミコワに挑むつもりなら精々気をつけるんだな。奴が飛ぶ飛行速度は物凄く速いぞ!」
「ええ、肝に銘じておきますわ」
続いて冒険者Cがラエルロットに話しかける。
「お前、確かラエルロットとか言っていたよな。ラエルロット、お前は本当に黒神子ヨーミコワに戦いを挑むつもりなのか。あの迫害されているあの蛾の妖精達の為に……」
「ああ、そのつもりだ」
「あの蛾の妖精の少女は、お前は必ず勇者になれると信じていたな」
「ああ、そうみたいだな。笑いたきゃ笑ってもいいぞ。それでも俺は夢を……勇者を目指すために頑張るつもりだからよ」
「別に馬鹿にしたりはしないさ、お前の蛾の妖精達を助けようとする決意に、思いに、正義に、優しさに、少しだけお前のことを認めてやろうと思ったまでのことだよ。まあこの後、その信念を抱いたまま黒神子ヨーミコワと戦うことになるみたいだが、そこまできれい事の啖呵を切ったからにはもう逃げる訳にも行かなくなったな」
「そうみたいだな、だが後悔はないぜ。必ず俺の力で蛾の妖精達は助けてみせる。必ずだ!」
その決意あるラエルロットの言葉を聞いた冒険者Cは、わはははーーと清々しく笑い出す。
「いい、いいね、ラエルロット、お前は凄く冒険者を……勇者をやっているじゃないか。あの恐怖の対象とも言うべき妖精喰いの黒神子ヨーミコワとこの後否応なしに戦う事になると言うのに、そんな格好いい言葉を堂々と恥ずかしげも無く吐けるだなんて正直お前が羨ましいよ。相手の強さや、自分の生死や、守るべき者の忖度をしない、もしくは恐れない、そんな奴がもしかしたら本当の勇者になれるのかもしれないな。こんな無謀な戦いにわざわざ身を投じるだなんて、俺には絶対に出来ない事だ!」
「お前達からそんな言葉が聞けるだなんてな……正直驚いたよ」
「ああ、俺も自分自身の言葉で驚いてるよ。そんな訳で、もしも生きて帰ってきたらお前達に一杯奢らせてくれ。人間代表としてお前が蛾の妖精達を助けに行くんだろ。ならそんな勇気ある言葉と行動を示す事のできる奴は当然尊敬に値するし、そんな人間は俺達も決してキライでは無いからな。その時は勿論あの蛾の妖精の嬢ちゃんも一緒だ。もしも生きて帰ったらその時は俺達四人は正式に蛾の妖精の嬢ちゃんに浴びせてしまった侮辱と非礼の数々を心から謝罪させてもらうよ。なあ、みんな!」
「「「ああ、その言葉に二言はないぜ!」」」
冒険者Cがそういうと、同時にA・B・Dの冒険者達が皆一斉に頭を下げる。
どうやらラエルロットと蛾の妖精のルナとの会話や、その後に出て来た狼魔族のボス・ザドの余りにも酷い迫害の言葉に、流石の冒険者の四人も何かを考えさせられる物があったようだ。
そんな思いを抱きながら少しだけ心を入れ替えた第八級冒険者の人間の四人は、その場にいる者達に挨拶をしながら速やかにその場を後にするのだった。
*
四人の冒険者達が去った後、狼魔族のゴンタが直ぐさま犬人族のシャクティに話しかける。
「お前、俺がルナの奴を連れて逃げたあの後、一人で家の同胞達と戦ったようだがまさかみんな殺したのか」
「いいえ、殺してはいませんよ。確かに私の繰り出す掌底突きや素早い蹴り技で皆さん面白いくらいに吹っ飛んで行きましたが、当然私は相手が大怪我をしないように手加減をして最小限の力で戦っていましたので死人はいませんでしたし、怪我人も最小限で済んでいると思います。それに狼魔族は昔からしぶとく頑丈な体を持つ種族ですから、そう簡単には大怪我もしないと思いますよ。みんな打ち身や擦り傷程度になるように加減しましたからね」
「フ、さすがはトロ女だぜ。いいや、もうトロ女なんて悪口は言えなくなったか。犬人族のシャクティ……お前にはどうやらでかい借りができたようだな」
「やっと名前で呼んでくれたようですね。でもゴンタさんまだ礼を言うのは早いですよ。私が彼らに手加減をしたのは、戦っている狼魔族の人達に明らかな迷いと戸惑いが見えたからです。彼らが無理矢理に悪事に荷担させられているのならまだ助ける価値があると、そう思ったからです。それに彼らにはまだやって貰いたい事もありますから。そんな訳で狼魔族の皆さん、お願いします!」
「「おおぉぉーーう!」」
そのシャクティの言葉に従うかのように森の木々の中から生き残った二十数名もの狼魔族達がその姿を現す。その手には手綱と共に連れて来た荷馬車につながれていた三匹のウマウマと呼ばれる馬によく似た六本足の生き物が堂々とラエルロット達の前まで歩いてくる。
ラエルロットはそのウマウマと呼ばれている生物の頭にそっと手を添えると、シャクティがここにウマウマを連れて来た訳をなんとなく理解する。
「この荷馬車につながれていたウマウマの背に乗って山の向こう側にある蛾の妖精の隠れ里に向かうと言う事か」
「はい、そういう事です。あの黒神子ヨーミコワとこれから戦うというのなら出来るだけ我々の体力を温存しないといけませんし、私とゴンタさんはともかくとして、ラエルロットさんとレスフィナさんの足では、隠れ里に着く頃には午後になってしまいますからね。だからこそのウマウマなのです。ラエルロットさんとレスフィナさんはどうやら長距離の移動は体力的に苦手のようですからね」
「確かに、ウマウマがあったらかなりの体力の温存になるから正直助かるぜ」
それでは最後にラエルロットさんとレスフィナさんに改めて聞かなけねばなりません。ラエルロットさんは本当に蛾の妖精達を……ルナさんを救いだす為に、あの邪悪な黒神子ヨーミコワと戦いますか?」
「ああ、ルナの奴に本当の勇者はこの世界には必ずいると大見栄を切ってしまったからな。なら本当の勇者に合わせてやるその時まで、まだルナの奴を死なせる訳にはいかないだろ。その正真正銘の誰もが認めて憧れる本物の勇者に会わせてやるまでは……俺がその役目を買って出ないといけないだろ。俺が本物の勇者の代行として、在り方を・教示を・熱い正義の使命をルナの奴に見せてやるぜ!」
「ラエルロットさんの想いの言葉はなんだか熱いですね。いいでしょう、ではレスフィナさんはどうでしょうか。レスフィナさんからはラエルロットさんのような熱い思い入れはそれほどないと思うのですが」
「そんな事はありませんよ、先ほども言ったように蛾の妖精達にはそれなりにいい好感を持っていますからね。別に助けてもいいと思っています。黒神子ヨーミコワさんとも直接会って、お話ししなくてはならない事もありますからね」
「黒神子ヨーミコワと、お話ししたい事ですか……」
「それに、私は基本的に優しい人には私にできる事なら何かと協力をして差し上げたいと思っていますから、そのやる気充分なラエルロットさんに協力をするのはむしろ当然であり、私の願いでもあります。なので特に言う事はないかと。ただその事で起きるであろうラエルロットさんへの今後のリスクとペナルティーの方が心配です」
「遙か闇なる世界の黒神子の眷属になった者への神様からの理不尽なご神託ですか。その必ずやって来る死の試練にラエルロットさんは一体どう応えるのでしょうか。その事を考えたら確かに心配ですね。そして……」
話の最後とばかりにシャクティは当然のように狼魔族のゴンタにその視線を向けるが、ゴンタはさも当たり前のように蛾の妖精達のいる隠れ里のある山の方へと堂々と歩き出す。
「さあ、行こうぜ。蛾の妖精達を助けに……黒神子ヨーミコワの元へ!」
「いいのですか、ゴンタさん。もうあなたがこの戦いに参加をする理由は全くないと言うのに。まだ私達に協力をしてくれると言うのですか。別にこの件から降りてもいいのですよ。あなたが例えこの件から降りても今まで共に行動してくれたことに感謝こそすれ、罵倒する者はここには一人もいませんよ。もうあなたは充分に私達に協力をしてくれたのですから、仲間達と再会もできた事ですし、共に里に帰ってもかまいませんよ」
「そうだぞ、ゴンタ、せっかく運良く助かった命なんだから、この件からは手を引いてトンズラしようぜ!」
「どうやら俺達のボスのザドは死に……黒神子ヨーミコワはこの近くにはいないようだな。なら今がチャンスなんじゃないのか。今までは俺達の家族がいる集落を人質に取られていたからみんな仕方なくボスや黒神子ヨーミコワにいやいや従っていたが、今急いで帰れば、黒神子ヨーミコワに気付かれる前に村に残されている家族達を皆避難させて何処かに身を隠す時間もあるんじゃないのか!」
「そうだぜ、ゴンタ、黒神子ヨーミコワが蛾の妖精達の隠れ里を襲っていると言うのなら今がその時だぜ。みんなで今すぐに家族のいる里に戻って逃げる準備をするんだ。ゴンタ、急げよ!」
そのシャクティの逃げてもいいと言う言葉と、狼魔族達の避難を促す必死の言葉に静かに沈黙をしていたゴンタだったが、行き成りむっとした顔をするとその思いを口にする。
「ああ、確かに仲間達とは帰らせて貰うが、それは蛾の妖精達も含めての話だ。それにシャクティお前も、俺のことを黒神子ヨーミコワには叶わないと……狼魔族は足手まといになると考えているのか。だとしたら、あまり狼魔族を馬鹿にするなよ。ここを飛び立つ時にルナにも言われたが、俺は黒神子ヨーミコワには叶わないから別に助けに来なくてもいいと抜かしやがった。ふざけるな、ふざけるなよ。家族を人質に取られてさえいなければ狼魔族は果敢に命と誇りを賭けて戦うし、例え勝てない相手だからと言って怖じ気づく者は狼魔族の中には誰一人としていないんだ。誰一人としてな。その言葉を、思いをあの蛾の妖精のルナに分からせるまではあいつを見捨てる訳にはいかないぜ。それに……あいつももう既に俺達の大事な友であり、憎まれ口を叩き合える友人の一人なのだからな!」
「ゴンタさん……あなたは」
「そうだろう、シャクティ、レスフィナの姉さん、それに正義馬鹿の似非勇者。俺達の手でルナを……いいや蛾の妖精達を助けるんだ!」
そんなゴンタの熱い意気込みに仲間の狼魔族達は正直狼狽する。
「ゴンタ……お前は、蛾の妖精達を気に掛けるようなそんな熱い心を持つ漢じゃないだろ。狼魔族の家族達をほおって置いて蛾の妖精達を助けに行くだなんて、お前はどうかしているぞ!」
「狼魔族の家族の避難の方はお前らに任せた。この救出には狼魔族の種族の誇りとその在り方が掛かっているんだ。しかも人間代表の似非勇者と犬人族の代表が共に戦いに挑もうとしているんだから、ここで狼魔族が引くわけにはいかないだろ。もしもここで臆病風に吹かれて身を引いたら、この先俺達は犬人族や人間にも劣る種族だと証明してしまうような物だ。だからこそそんな事は絶対に認める訳にはいかないし、たとえ相手がどんなに強大な力を持つ化け物であろうとも、俺は気持ちで負ける訳には行かないんだ!」
「ゴンタ……お前は己の正義を振りかざすようなそんな熱い勇敢な男だったか。少し見ない間に人が変わったかのようだ。この短い間に一体何があった?」
「別になにもありはしないさ。ただ絶対に負けたくない相手がいるんだ。ラエルロット、そうだ正義馬鹿の似非勇者が諦めない限り、この俺が先に諦める訳には行かないんだ。この男にだけはどうしても負ける訳にはいかないからな!」
いつの間にか芽生えたライバル心バリバリの熱い言葉を小声で呟いた狼魔族のゴンタは、まるで新たな心の高みを目指すかのように、本当の勇者を志すラエルロットを強く意識する。
そんなゴンタの熱い思いなどは知る由もないラエルロットは決意を新たに、レスフィナ・シャクティ・ゴンタに向けて出発の合図を送る。
「よし、では行こうか。蛾の妖精のルナを助けに……妖精喰いの黒神子・ヨーミコワがいる、蛾の妖精達の住まう封印されし隠れ里へ!」
犬人族のシャクティ、狼魔族の残党達と戦うの図です。
結局狼魔族達のボス・ザドはここにいる黒神子レスフィナが本物かどうかを確認する事は出来なかったが、代わりにこの恐ろしい現状と結末をリアルタイムで直接見ていた者達がいた。黒神子レスフィナと狼魔族のボス・ザドとの戦いの一部始終を見ていた第八級冒険者の資格を持つ四人の人間達である。
四人の男性冒険者達はたった今目の前で起きた出来事が信じられないとばかりにいろいろと頭の中で体のいい言い訳を考えていたが、レスフィナが近づき「気分が優れない物を見せてしまって本当にすいません」というおどけた言葉を聞いた瞬間、現実逃避をしていた四人の思考はあまりの恐怖に直ぐに現実へと引き戻される。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃーー、本物だ……本物の黒神子レスフィナだ!」
「と、年上の先輩達が時々話して聞かせてくれているように、黒神子レスフィナの姿は牛の姿を模した恐ろしい異形の姿形をしていると言っていたが、話と大分違って物凄く可愛らしい姿をしている。だが……その無慈悲な能力と基本的な中身は恐らくは同じだ。こいつは本物の黒神子レスフィナだぁぁぁ!」
あまりの恐怖の為か囈言のように呟く者や取り乱し絶叫する者もいたが、黒神子レスフィナに「少し静かにして下さい」と穏やかにお願いされると、四人の冒険者達は皆恐れおののきピタリと騒ぐのをやめる。
捕虜となった四人の冒険者達を見つめながら皆が一息つく中、草木を描き分け森の中から勢いよく出て来たのは犬人族の女性のシャクティである。
シャクティは黒神子レスフィナの足の下に広がるドス黒い液体に注意を払うと、その血液の液体の中に溶けていくザドの体の残骸を厳しい目で見つめる。
「まさか、殺したのですか。狼魔族達のボスでもあるザドという山賊を」
「ええ、結果的にはそうなってしまいました。食べられる前に一応は強く警告はしたのですが、その警告を無視したのは彼自身です」
「その話は本当ですか。ラエルロットさんに、ゴンタさん」
「ああ、本当だぜ。レスフィナは食べられる前にちゃんと相手に警告をしていたよ」
「そうだな、ウチのボスはレスフィナの姉さんの警告にも関わらず、無謀にもその左腕に噛みついて旨そうに食べていたな。なぜ黒神子レスフィナの体を食べてみようなどと言う恐ろしい発想に至ったのかは分からないが、その愚行のお陰でウチのボスは内部から食い破られて、逆にその命を落とす結果になってしまった。だからレスフィナの姉さんは特に悪くは無いぜ。正式に最後通告もしていたからな」
「そうですか、なら仕方が無いですね。相手もレスフィナさんを殺すために無慈悲にも攻撃を仕掛けてきたみたいですし、その正当性は皆に認められていると言う事ですね。でもレスフィナさんの力ならもっと穏便に、相手を無駄に殺す事無く沈黙させることも容易に出来たのではありませんか」
「ええ、恐らくは簡単にできたでしょうね。でもシャクティさんは知らないとは思いますが、あの狼魔族のボス・ザドという人物は、蛾の妖精のルナさんの尊厳をこれでもかと言うくらいに馬鹿にし蔑んだ挙げ句に、自分の部下の命も平気で踏みにじるような最低な輩です。なので一度だけ警告と言う名のチャンスを与えて、もしも従わなかった時はその命を貰うことにしました。だって下手な情けを掛けてこの先あのザドという人を生かしておいたら他の狼魔族達や蛾の妖精達も、もっともっと死ぬ人が増えるかも知れませんからね。だから彼にはここで消えて貰うことにしたのです。私は優しい人でも聖人でもありませんから、私の友人を馬鹿にした者は誰であろうと許せなかったのです!」
「友人ですか……たった一日、一緒に過ごしただけなのに」
「黒神子でもある私は、蛾の妖精達が受けている迫害のつらさは誰よりもよく理解しているつもりです。そんな彼らがこんな私と一者に和やかに笑いながら夕食を食べてくれた。その日暮らしの旅をしている私に取っては人の優しさは何よりも尊くそして嬉しい物なのです。大体の人達は黒神子レスフィナの過去の噂話が広がっている事から、私の姿形と名前を聞いただけで直ぐに門前払いをくらう事もそう珍しくはなかったですからね。なのでその優しく出迎えてくれた蛾の妖精達を馬鹿にする言葉を発していた者達はどうしても許せなかった。でもまあ確かに感情的に熱くなってしまった事については少し反省をしなけねばなりませんね。少し大人げなかったでしょうか」
「いいえ、そんな深い思いと経緯があるのなら特にあなたを責める訳には行きませんね。確かに自分に優しくしてくれた良き友人を馬鹿にされたらかなり頭に来ますからね、その気持ちは分かります。何を隠そう私達犬人族も低級種族だと普段から人間達には馬鹿にされていますからね。だから蛾の妖精達の苦労は当然知っているつもりです」
「そう言ってくれるとありがたいです」
「そんな事よりも狼魔族のボス・ザドの体の何処かに宝石が括りつけてあるネックレスのような物を見つけませんでしたか。ザドさんが持っていた物はどうやら古代の遺物の一つでもある賢者の魔石らしいのですが、知りませんか」
「古代の遺物の一つ、賢者の魔石ですか……なるほどね、話が見えてきましたわ。一年前の異世界勇者や高レベルの冒険者達との三つ巴の戦いでその賢者の魔石にその体ごと封印された黒神子ヨーミコワは文字通り身動きができないでいたのですね。だからこの一年間は蛾の妖精達に直接ちょっかいを出すことが出来なかった。と言うわけですか」
「でも、人間並みの知識を持つ知性を持った生き物を殺して食べればその殺した分だけの僅かな時間だけ外に出られる事に気づいたようです。そしてその時間を獲得する為に、もう既に味方のはずの狼魔族が三十人と……その後に現れた冒険者側の人間達もあらかた彼女に食べられてしまいました」
「つまり黒神子ヨーミコワさんは狼魔族のザドさんから賢者の魔石を受け取り、そのまま蛾の妖精達がいる隠れ里の方に一人で向かったと言う事ですね」
「そうみたいです。隠れ里にいる蛾の妖精達が心配です」
「フフフフ、なるほど、なるほど、そうですか、この案件には賢者の魔石が絡んでいるのですね。つまり黒神子ヨーミコワさんの力の大半はあの賢者の魔石の中に封じられている。それは是が非でも私には会いたくはないはずです。納得がいきましたわ」
「あの賢者の魔石は絶対に私達が手に入れなけねばなりません。あの魔石を使って再び封印し直せば、今は中途半端に外に体現している黒神子ヨーミコワさんに勝つ事が出来ますからね」
互いに意見を述べあうと犬人族のシャクティと黒神子レスフィナの二人は緊張感溢れるその眼差しを互いに向けあっていたが、視線の先を今度はそのまま木下に腰を下ろしている四人の人間の冒険者達に向ける。
「「……。」」
その無言の威圧に冒険者Aが直ぐさま反応する。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃーーぃぃ、わかった、分かったから、命だけは助けてくれ。一体なにが望みだ。命を助けてくれるんならなんだってやるよ。だから助けてくれ。もう絶対に他の種族達を馬鹿にしたりはしないから!」
その怯えを利用するかのように犬人族のシャクティが冒険者達に話し掛ける。
「ならあなた方四人は直ぐさまノシロノ王国に戻り、狼魔族達の山賊の事は、狼魔族三十名の死とそのボスでもあるザドが死亡した事により、任務はほぼ達成された事を冒険者組合に報告して下さい。それと荷馬車から盗まれた数々の物資は近いウチにノシロノ王国に持って行くとそのクライアントにも告げて下さい。私の……シャクティの名を出せば、その雇い主も顧客も恐らくは納得をするはずです」
「わかった、冒険者のシャクティだな。ノシロノ王国に戻ったら必ず報告するよ。それで、あの黒神子ヨーミコワに襲われた……百数十名程いた冒険者達は……俺の仲間達はどのくらい生きているんだ?」
「残念ながら全滅です。冒険者側の人間は、あなた方四人を残して全てが死に絶えました。心臓を黒神子ヨーミコワに全て抜き取られて絶命しています」
「そんなバカな、生き残ったのが俺達だけだなんて……有り得ない……あり得ないよ!」
「ですがそれが現実です。なのであなた方はついでに冒険者組合に今起こっている事の現状を事細かく報告して、黒神子ヨーミコワの討伐を促して下さい。恐らくは第一級冒険者から~第三級冒険者達の協力とAランククラスの聖女達数人の力が必要になるかも知れません。勿論私はこの後も、一年前に異世界召喚者の勇者斉藤が持っていたと言う古代の遺物……賢者の魔石に封じられてその行方が不明になっていた黒神子ヨーミコワの後を追います!」
「犬人族のシャクティ……あんたもどうやら冒険者の端くれみたいだが、本当は何者なんだ。狼魔族のボスの話だと、迫り来る狼魔族達をバッタバッタと素手だけで見事に倒していたみたいだが……」
「フフフフ、私は第八級冒険者のクラスの資格を持ち、職業は神官見習いのまだ駆け出しの初心者で……薬品を使った数々の薬玉を作るのが趣味な、ただのお気楽な犬人族の女性ですよ。ただそれだけの者です」
「わかった、この事は必ず伝える。あんな化け物がこの辺りに住み着いていた事が分かった以上、絶対にノシロノ王国の冒険者組合も重い腰を上げるはずだ。他の種族達にだけではなく、人間にも害を及ぼすと言うのなら当然第一級冒険者も動くはずだからな!」
事の重大さに立ち上がる冒険者Aを見ていた冒険者Bがまだ疑っているのか恐る恐る黒神子レスフィナを見る。
「黒神子レスフィナ……あんたが本物かどうかは正直俺にはまだ分からないが、少なくとも物凄く強いと言う事だけは嫌でも分かるぜ。その呪いの血を動かす黑血食の術や自己再生能力は目を見張る物があるが、それだけではまだ黒神子レスフィナと決め付けるのは証拠が乏しいからな。命も助けて貰う事だし、今はあんたの事を見逃してやるよ!」
「見逃してやる……ですか」
「す、すいません、少し調子に乗りすぎました。許して下さい!」
「別に怒ってはいませんけど」
「そ、そんな訳でじゃあな、ヘンテコなパーティー共。人間に・黒神子に・犬人族に・狼魔族に・蛾の妖精族にと……その集まりは多種多様でヘンテコな奴らばかりだが、この後あの黒神子ヨーミコワに挑むつもりなら精々気をつけるんだな。奴が飛ぶ飛行速度は物凄く速いぞ!」
「ええ、肝に銘じておきますわ」
続いて冒険者Cがラエルロットに話しかける。
「お前、確かラエルロットとか言っていたよな。ラエルロット、お前は本当に黒神子ヨーミコワに戦いを挑むつもりなのか。あの迫害されているあの蛾の妖精達の為に……」
「ああ、そのつもりだ」
「あの蛾の妖精の少女は、お前は必ず勇者になれると信じていたな」
「ああ、そうみたいだな。笑いたきゃ笑ってもいいぞ。それでも俺は夢を……勇者を目指すために頑張るつもりだからよ」
「別に馬鹿にしたりはしないさ、お前の蛾の妖精達を助けようとする決意に、思いに、正義に、優しさに、少しだけお前のことを認めてやろうと思ったまでのことだよ。まあこの後、その信念を抱いたまま黒神子ヨーミコワと戦うことになるみたいだが、そこまできれい事の啖呵を切ったからにはもう逃げる訳にも行かなくなったな」
「そうみたいだな、だが後悔はないぜ。必ず俺の力で蛾の妖精達は助けてみせる。必ずだ!」
その決意あるラエルロットの言葉を聞いた冒険者Cは、わはははーーと清々しく笑い出す。
「いい、いいね、ラエルロット、お前は凄く冒険者を……勇者をやっているじゃないか。あの恐怖の対象とも言うべき妖精喰いの黒神子ヨーミコワとこの後否応なしに戦う事になると言うのに、そんな格好いい言葉を堂々と恥ずかしげも無く吐けるだなんて正直お前が羨ましいよ。相手の強さや、自分の生死や、守るべき者の忖度をしない、もしくは恐れない、そんな奴がもしかしたら本当の勇者になれるのかもしれないな。こんな無謀な戦いにわざわざ身を投じるだなんて、俺には絶対に出来ない事だ!」
「お前達からそんな言葉が聞けるだなんてな……正直驚いたよ」
「ああ、俺も自分自身の言葉で驚いてるよ。そんな訳で、もしも生きて帰ってきたらお前達に一杯奢らせてくれ。人間代表としてお前が蛾の妖精達を助けに行くんだろ。ならそんな勇気ある言葉と行動を示す事のできる奴は当然尊敬に値するし、そんな人間は俺達も決してキライでは無いからな。その時は勿論あの蛾の妖精の嬢ちゃんも一緒だ。もしも生きて帰ったらその時は俺達四人は正式に蛾の妖精の嬢ちゃんに浴びせてしまった侮辱と非礼の数々を心から謝罪させてもらうよ。なあ、みんな!」
「「「ああ、その言葉に二言はないぜ!」」」
冒険者Cがそういうと、同時にA・B・Dの冒険者達が皆一斉に頭を下げる。
どうやらラエルロットと蛾の妖精のルナとの会話や、その後に出て来た狼魔族のボス・ザドの余りにも酷い迫害の言葉に、流石の冒険者の四人も何かを考えさせられる物があったようだ。
そんな思いを抱きながら少しだけ心を入れ替えた第八級冒険者の人間の四人は、その場にいる者達に挨拶をしながら速やかにその場を後にするのだった。
*
四人の冒険者達が去った後、狼魔族のゴンタが直ぐさま犬人族のシャクティに話しかける。
「お前、俺がルナの奴を連れて逃げたあの後、一人で家の同胞達と戦ったようだがまさかみんな殺したのか」
「いいえ、殺してはいませんよ。確かに私の繰り出す掌底突きや素早い蹴り技で皆さん面白いくらいに吹っ飛んで行きましたが、当然私は相手が大怪我をしないように手加減をして最小限の力で戦っていましたので死人はいませんでしたし、怪我人も最小限で済んでいると思います。それに狼魔族は昔からしぶとく頑丈な体を持つ種族ですから、そう簡単には大怪我もしないと思いますよ。みんな打ち身や擦り傷程度になるように加減しましたからね」
「フ、さすがはトロ女だぜ。いいや、もうトロ女なんて悪口は言えなくなったか。犬人族のシャクティ……お前にはどうやらでかい借りができたようだな」
「やっと名前で呼んでくれたようですね。でもゴンタさんまだ礼を言うのは早いですよ。私が彼らに手加減をしたのは、戦っている狼魔族の人達に明らかな迷いと戸惑いが見えたからです。彼らが無理矢理に悪事に荷担させられているのならまだ助ける価値があると、そう思ったからです。それに彼らにはまだやって貰いたい事もありますから。そんな訳で狼魔族の皆さん、お願いします!」
「「おおぉぉーーう!」」
そのシャクティの言葉に従うかのように森の木々の中から生き残った二十数名もの狼魔族達がその姿を現す。その手には手綱と共に連れて来た荷馬車につながれていた三匹のウマウマと呼ばれる馬によく似た六本足の生き物が堂々とラエルロット達の前まで歩いてくる。
ラエルロットはそのウマウマと呼ばれている生物の頭にそっと手を添えると、シャクティがここにウマウマを連れて来た訳をなんとなく理解する。
「この荷馬車につながれていたウマウマの背に乗って山の向こう側にある蛾の妖精の隠れ里に向かうと言う事か」
「はい、そういう事です。あの黒神子ヨーミコワとこれから戦うというのなら出来るだけ我々の体力を温存しないといけませんし、私とゴンタさんはともかくとして、ラエルロットさんとレスフィナさんの足では、隠れ里に着く頃には午後になってしまいますからね。だからこそのウマウマなのです。ラエルロットさんとレスフィナさんはどうやら長距離の移動は体力的に苦手のようですからね」
「確かに、ウマウマがあったらかなりの体力の温存になるから正直助かるぜ」
それでは最後にラエルロットさんとレスフィナさんに改めて聞かなけねばなりません。ラエルロットさんは本当に蛾の妖精達を……ルナさんを救いだす為に、あの邪悪な黒神子ヨーミコワと戦いますか?」
「ああ、ルナの奴に本当の勇者はこの世界には必ずいると大見栄を切ってしまったからな。なら本当の勇者に合わせてやるその時まで、まだルナの奴を死なせる訳にはいかないだろ。その正真正銘の誰もが認めて憧れる本物の勇者に会わせてやるまでは……俺がその役目を買って出ないといけないだろ。俺が本物の勇者の代行として、在り方を・教示を・熱い正義の使命をルナの奴に見せてやるぜ!」
「ラエルロットさんの想いの言葉はなんだか熱いですね。いいでしょう、ではレスフィナさんはどうでしょうか。レスフィナさんからはラエルロットさんのような熱い思い入れはそれほどないと思うのですが」
「そんな事はありませんよ、先ほども言ったように蛾の妖精達にはそれなりにいい好感を持っていますからね。別に助けてもいいと思っています。黒神子ヨーミコワさんとも直接会って、お話ししなくてはならない事もありますからね」
「黒神子ヨーミコワと、お話ししたい事ですか……」
「それに、私は基本的に優しい人には私にできる事なら何かと協力をして差し上げたいと思っていますから、そのやる気充分なラエルロットさんに協力をするのはむしろ当然であり、私の願いでもあります。なので特に言う事はないかと。ただその事で起きるであろうラエルロットさんへの今後のリスクとペナルティーの方が心配です」
「遙か闇なる世界の黒神子の眷属になった者への神様からの理不尽なご神託ですか。その必ずやって来る死の試練にラエルロットさんは一体どう応えるのでしょうか。その事を考えたら確かに心配ですね。そして……」
話の最後とばかりにシャクティは当然のように狼魔族のゴンタにその視線を向けるが、ゴンタはさも当たり前のように蛾の妖精達のいる隠れ里のある山の方へと堂々と歩き出す。
「さあ、行こうぜ。蛾の妖精達を助けに……黒神子ヨーミコワの元へ!」
「いいのですか、ゴンタさん。もうあなたがこの戦いに参加をする理由は全くないと言うのに。まだ私達に協力をしてくれると言うのですか。別にこの件から降りてもいいのですよ。あなたが例えこの件から降りても今まで共に行動してくれたことに感謝こそすれ、罵倒する者はここには一人もいませんよ。もうあなたは充分に私達に協力をしてくれたのですから、仲間達と再会もできた事ですし、共に里に帰ってもかまいませんよ」
「そうだぞ、ゴンタ、せっかく運良く助かった命なんだから、この件からは手を引いてトンズラしようぜ!」
「どうやら俺達のボスのザドは死に……黒神子ヨーミコワはこの近くにはいないようだな。なら今がチャンスなんじゃないのか。今までは俺達の家族がいる集落を人質に取られていたからみんな仕方なくボスや黒神子ヨーミコワにいやいや従っていたが、今急いで帰れば、黒神子ヨーミコワに気付かれる前に村に残されている家族達を皆避難させて何処かに身を隠す時間もあるんじゃないのか!」
「そうだぜ、ゴンタ、黒神子ヨーミコワが蛾の妖精達の隠れ里を襲っていると言うのなら今がその時だぜ。みんなで今すぐに家族のいる里に戻って逃げる準備をするんだ。ゴンタ、急げよ!」
そのシャクティの逃げてもいいと言う言葉と、狼魔族達の避難を促す必死の言葉に静かに沈黙をしていたゴンタだったが、行き成りむっとした顔をするとその思いを口にする。
「ああ、確かに仲間達とは帰らせて貰うが、それは蛾の妖精達も含めての話だ。それにシャクティお前も、俺のことを黒神子ヨーミコワには叶わないと……狼魔族は足手まといになると考えているのか。だとしたら、あまり狼魔族を馬鹿にするなよ。ここを飛び立つ時にルナにも言われたが、俺は黒神子ヨーミコワには叶わないから別に助けに来なくてもいいと抜かしやがった。ふざけるな、ふざけるなよ。家族を人質に取られてさえいなければ狼魔族は果敢に命と誇りを賭けて戦うし、例え勝てない相手だからと言って怖じ気づく者は狼魔族の中には誰一人としていないんだ。誰一人としてな。その言葉を、思いをあの蛾の妖精のルナに分からせるまではあいつを見捨てる訳にはいかないぜ。それに……あいつももう既に俺達の大事な友であり、憎まれ口を叩き合える友人の一人なのだからな!」
「ゴンタさん……あなたは」
「そうだろう、シャクティ、レスフィナの姉さん、それに正義馬鹿の似非勇者。俺達の手でルナを……いいや蛾の妖精達を助けるんだ!」
そんなゴンタの熱い意気込みに仲間の狼魔族達は正直狼狽する。
「ゴンタ……お前は、蛾の妖精達を気に掛けるようなそんな熱い心を持つ漢じゃないだろ。狼魔族の家族達をほおって置いて蛾の妖精達を助けに行くだなんて、お前はどうかしているぞ!」
「狼魔族の家族の避難の方はお前らに任せた。この救出には狼魔族の種族の誇りとその在り方が掛かっているんだ。しかも人間代表の似非勇者と犬人族の代表が共に戦いに挑もうとしているんだから、ここで狼魔族が引くわけにはいかないだろ。もしもここで臆病風に吹かれて身を引いたら、この先俺達は犬人族や人間にも劣る種族だと証明してしまうような物だ。だからこそそんな事は絶対に認める訳にはいかないし、たとえ相手がどんなに強大な力を持つ化け物であろうとも、俺は気持ちで負ける訳には行かないんだ!」
「ゴンタ……お前は己の正義を振りかざすようなそんな熱い勇敢な男だったか。少し見ない間に人が変わったかのようだ。この短い間に一体何があった?」
「別になにもありはしないさ。ただ絶対に負けたくない相手がいるんだ。ラエルロット、そうだ正義馬鹿の似非勇者が諦めない限り、この俺が先に諦める訳には行かないんだ。この男にだけはどうしても負ける訳にはいかないからな!」
いつの間にか芽生えたライバル心バリバリの熱い言葉を小声で呟いた狼魔族のゴンタは、まるで新たな心の高みを目指すかのように、本当の勇者を志すラエルロットを強く意識する。
そんなゴンタの熱い思いなどは知る由もないラエルロットは決意を新たに、レスフィナ・シャクティ・ゴンタに向けて出発の合図を送る。
「よし、では行こうか。蛾の妖精のルナを助けに……妖精喰いの黒神子・ヨーミコワがいる、蛾の妖精達の住まう封印されし隠れ里へ!」
犬人族のシャクティ、狼魔族の残党達と戦うの図です。
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