遥か闇なる世界 ~世界の絶望に立ち向かう黒神子の少女と、真の勇者になる事を夢見る心優しい青年の物語

藤田作磨

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第三章 二人の聖女編

3-16.欲望に翻弄される者達

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            3ー16.欲望に翻弄される者達


「三人分、お茶を飲んだ形跡があるが、まさかここに誰かが来ていたのか?」

 研究員達の中にいるリーダーと思われる初老の男が一歩前に足を踏み出すと目の前にいる95657番の番号を持つテファに事の事情を聞く。その僅かな疑問に疑いの眼差しを向ける研究員達だったが、そんな彼らにテファは特に臆する様子も無く堂々とした態度でその問いに答える。

「この紅茶のカップは先程まで他の妹達と一緒に休憩ついでに飲んでいた紅茶の後ですが、何か気になる事でもあるのですか」

 落ち着き払いながら堂々とした態度を見せるテファの答えに、白衣を着たその初老の男は意味深に笑いながらもフロアの周囲を見渡す。

「なるほど、確かにここには実験体以外は誰もいないようだ。今から一時間ほど前、この研究所内に異世界召喚者や、黒神子の一人でもあるあの天足のアトリエが侵入してきたという報告があったから、この場所を突き止められてはしないかと正直不安だったんだよ。外では神聖・白百合剣魔団の冒険者の面々やあの第一級冒険者にして、最強の十人の一人でもある破滅天使のリザイアが警備を固めていてくれているはずだから、ノシロノ王国からの更なる援軍が到着するまではなんとしてもこのフロアへの侵入だけは防がないとな。もしもお前達の何れかやその研究資料が他の国や反対勢力に奪われてしまったらこの研究所の存続もかなり危うい事になるだろうし、全世界の理を脅かしかねない大変な事になるかも知れない。だからそれだけは何としても防がないといけないのだよ!」

 まるで周りにいるサンプル体の少女達を威圧するかのように大きな声で叫ぶその初老の男の顔にラエルロットは何となく見覚えがある。
 そうラエルロットが数日前に初めてノシロノ王国に来た際に神聖教会を訪れた時に大神官のエマニュエと共にその場に現れた、とある研究員の所長を名乗る第三級冒険者の資格を持つダクトという初老の男である。

 この状況と不適な風貌から察するに、ダクトという男はこの研究所の責任者の役職を得ているであろう事は、奥にある倉庫の扉からのぞき見をしていたラエルロットにも直ぐに分かったようだ。

 木製のドアを少し開け静かに覗き見をするラエルロットの後ろに、研究員達がフロアに入って来るなり急ぎ倉庫の中へと逃げてきた蛾の妖精のルナと小撃砲使いのミランシェが、まるで食い入るような形でその緊迫した光景を遠目で見守る。

 ラエルロット達がフロアの倉庫の中に入り込んでいるとは全く思いもしていない研究所のリーダーのダクトは、フロアの隅に固まりながらも不安の顔を覗かせるまだ幼い少女達を見ながら不気味な笑みを見せる。

「どうやらこの施設内に潜入したという異世界召喚者達や天足のアトリエはまだこのフロアエリアの場所には辿り着いてはいないようだな。これなら滞りなくこの場で安心して商売の話ができる」

「商売の話ですって、一体誰とそんな話を?」

「勿論以前よりこの研究所に多額の資金を出して投資をしてくれている顧客達、つまりは契約しているクライアントの一人とだよ」

「クライアント……?」

「そうだ、クライアントだ。そしてその中の顧客の一人が既にここに来ている。もう出荷が待ちきれないとか言ってな。マダム・ナターリアさん、前へ」

 ダクトがそう紹介すると六十代くらいの裕福そうなおばさんが憮然とした態度を見せながら前へとでる。

 身につけているきらびやかな宝石や高そうな衣服からもわかるように中年太り気味のナターリアと名乗るそのおばさんはまるで少女達の中から誰かを探すような眼差しを向けながら、隣にいるダクトに話しかける。

「それで、若かりし姿を持つ私のクローンは一体どこにいるの……せっかく高いお金を払ってこの研究所に多額の寄付と投資をしていたんだから早く私の実験体に会わせて頂戴。そして私はそのクローン体の七色魔石と聖女の血液をこの老いさらばえた体に取り込んで朽ちない永遠の美を手に入れるの。フフフフ、そう考えたら居ても立ってもいられなくなって、つい研究所まで来てしまった。そんな訳で約束の出荷の日までなんてもう待てるはずが無いわ。それにいつノシロノ王国の行政がやって来てこの違法な禁呪の研究が廃止になるかわかった物じゃ無いから、だからできるだけ早く私は聖女という老いない存在になりたいの。本来は女神に選ばれた少女以外は絶対になれないとされる聖女にこの老いさらばえた私がまた以前のような美しい私を取り戻す事ができるんだからそれはどんな手段を使ってでも、何がなんでも絶対に聖女の力を手に入れるわよ。そして私はまた世間の男達の脚光を浴びる、美しかった以前の私に戻るの!」

 中年太りのお腹を抱えるナターリアは怯えて部屋の隅に固まる少女達を見ながら不気味に微笑むが、そんなナターリアを厳しくにらみつけるテファははっきりとした口調で抗議の言葉を言う。

「そんな事の為に……自分自身とも言うべきクローン体の命を吸収してまで聖女の力を求めるのですか。醜い……独善的で身勝手で、なんて欲深な事を。あなたは何か誤解をしています。聖女の力は世のため人のために行使する力であって自分の私利私欲の為に使っていい力ではありません。その力は困っている人々を助ける為に使う力なのです。それに自分の分身ともいうべき存在をそう簡単に殺せるあなたは聖女になる資格は最初からありません。そしてその力を受け継ぐ者は必ずその重大な使命とペナルティーも共に受け継ぐことになります。その覚悟はあなたにはあるのですか?」

「あるわけないじゃないそんなの、私はただ永遠の若さが欲しいだけよ、だから聖女としての人々を守る使命なんてどうだっていいのよ。そんなのは女神に選ばれた正規の聖女達にでも全て任せるわ!」

「そんな欲望まみれの志で聖女になろうとするだなんて、絶対に許されない事です。聖女の力をなんだと思っているのですか!」

「うるさい、人間もどきのホムンクルスのくせに本物の人間様に意見をしてるんじゃ無いわよ。たかだかクローン体の分際であなた生意気ね。あのくそ生意気な小娘のテファニアのコピー体なだけあって生意気なのはやはり一緒ね!」

 マダム・ナターリアが発した怒りの言葉にサンプル体のテファは思わず聞き返す。

「私の……本体のテファニアさんの事をあなたは知っているのですか?」

「ええ知っているわ。彼女もまた、私と同じく聖女になれる新薬を求めてこの研究所の門を叩いて晴れて被検体となった、欲深な思いと強欲の意思を持つ一人だからね。まだ若い艶も張りもある可愛らしい小娘が親の力を借りて聖女になれる特権を手に入れているだなんて全く不快この上ないわ。しかも特別な力を持つ特Aランクの聖女の力を宿したあなたを作り上げる事ができただなんて本当にむかつくわ。もし拒絶反応と耐性不一致がなかったらあなたの血と七色魔石を私の体に取り込んで特Aランクの聖女にこの私がなれたのに、ほんと嫌になるわ。そしてそんな欲深なテファニア嬢も私と同じように今この研究所内に来ているはずよ。何かの都合で少し遅れると言っていたけど、このままじゃあなたも今日でその命を失うことになるんじゃないかしら。あのテファニアという小娘、今日はあなたの命を吸収して必ず聖女になって帰ると言って息巻いていたからね。ほんと強欲で欲深な小娘だわ。同じ姿形でも愛情と正義感を振りかざすあなたとは正反対の性格よね。全く笑っちゃうわ、ついさっきまで欲望全開で特Aランクの聖女になれる事を鼻高らかに自慢をする小生意気なテファニアを見た後でコピー体のあなたに道徳の事で説教をされるだなんてなんとも可笑しな事よね!」

「そうですか、彼女がテファニアさんがこの研究所に来ているのですか」

「そういうことよ。そんな訳でそろそろ私は、自らのクローンの命を使って、この場で早々と誰もが羨むBランクの力を宿す聖女にならせて貰うわ。それでいいわね、ダクト所長!」

「仕方がないですね。まだデータも取りたいですし色々と実験段階ではありますが、調整も今の所は上手くいっているようですし、まあいいでしょう。そんな訳で97821番のナターリアさんの実験体、今すぐここに来なさい。今こそあなたが生まれてきた使命をここで果たすのです!」

 研究所の所長でもあるダクトは隅に固まる少女達に向けて高らかに呼びかけたが、その肝心の少女達は誰もが怯えるばかりで誰一人として前に出ては来ない。

「何をしているのです、そんな隅に固まっていないで早く来なさい。クライアントを待たせるんじゃない。当然お前ら実験体には人権は無いし本当の人間ではないのだから、そこら辺にある置物となんら変わりは無い事を覚えて置くんだな!」

 この状況になれているのか研究所の責任者でもある所長のダクトはズカズカと前に歩み出ると、部屋の隅に固まる少女達の中から一人のショートカットの頭をした少女を無理やり引きずり出す。

「97821番、お前だ。こっちに来い!」

「嫌やあぁぁぁぁぁ、誰か助けて、まだ死にたくないよ。お姉様ぁぁ、お姉様ぁぁ、助けてぇぇぇ!」

「97821番をどうする気ですか。97821番の手を離してください!」

「黙れ、邪魔をするな、95657番!」

 妹分の一人でもある97821番の助けを求める声に反応した95657番の番号を持つテファが必死に止めようとするが、このフロア内では聖女の力を使えない彼女達はあまりにも無力で、ダクトに簡単に叩きのめされてしまう。

 バキっ!

「あぐっ!」

「邪魔だ、どけ。何をしている。お前達、早く95657番の体を押さえつけろ!」

「「は、はい、分かりました。ダクト教授!」」

 ダクトの命令で二人の研究員が慌てて立ち塞がる95657番ことテファを押さえにかかる。

「離して、私を離しなさい。97821番、97821番、今助けるからね!」

「「こら、暴れるな。おとなしくしろ!」」

 その慌ただしい様子を見ていたマダム・ナターリアが剣呑の表情を浮かべると、同じ女性とは思えないほどの陰湿な言葉を言う。

「私に意見をしただけではなく、若返りの邪魔をするだなんてそのテファニアに似ているサンプル体の小娘、本体のテファニアと同じようにかなり生意気ね。ちょっとお灸を据えた方がいいようね。こんなに綺麗で若い子なんだし、大勢の男達にでももて遊んで貰ったらきっと大人しくなるんじゃないかしら。そうよそのくそ生意気な態度が二度と取れないように徹底的に辱めてもらいなさい。そんな訳であなた達、丁度このフロアの隅に倉庫らしき部屋があるから、あそこでこの子とちょっと遊んできなさいよ。私達に身分不相応にも逆らったその制裁も兼ねてね!」

 下劣にも卑猥な指示を出すマダム・ナターリアは、テファの黄金色の綺麗な髪を鷲掴みにすると、後ろに控える数人の研究員達のざわめきを後ろに感じながら強姦を煽る。
 だがそんな歪んだ色情を提案するマダム・ナターリアの思惑とは裏腹にいきなり動揺し固まる研究員の男達は、皆青い顔をしながら互いの顔を見合わせる。

「なによ根性無しね、あなた達これ程の上玉を前にして今まで誰一人として手は出さなかったと言うの、ほんと信じられないんだけど。どうせこの子達は人権のないただのお人形と何ら変わりはしないんだから、どんな無茶な事をしてもいいのよ。それで誰かが困る事は絶対に無いんだから。それにしてももう既に彼女達を使って何回ももてあそんでいる物とばかり思っていたんだけど、どうやらそうじゃないみたいね。まさかサンプル体とは言え一応は聖女だからと言う理由で、彼女達の処女性を守っているとか言わないわよね。処女を失ったら聖女の力も共に失う訳でもあるまいし、ちょっと過敏にビビりすぎなのよ。それとも今更この子達が持つ聖女の力が怖いとでも言うのかしら。このフロア内にさえ閉じ込めていれば誰一人として彼女達は聖女の力を使えないんだから何も恐れる必要はないじゃない。もしこの生意気な小娘を襲うきっかけが必要なら私がこの女をこの場で丸裸にしてあなた達の前に突き出してやるわ。そうすればあなた達も彼女を襲いやすいでしょうからね!」

 堂々と恥ずかしげもなく下劣な言葉を並べるマダム・ナターリアの言葉に隣で聞いていた研究所所長のダクトが何やら渋い顔をしながら彼女の提案をさも当然のように否定をする。

「マダム・ナターリアよ、めったなことは言う物ではない。そんな事をしたら本体でもあるテファニア嬢がここに乗り込んで来るだけではなく、そこにいる95657番の力がまた暴走して大惨事になりかねないぞ!」

「暴走ですって……それは一体どういう事。聖女の力はこのフロア内にいたら完全に封じられて使えないんじゃなかったの?」

「その認識で間違いはないが、何事にも例外はあるのだよ。特に特Aランクの聖女にはな。今から一年ほど前に95657番の可憐な美貌に邪な思いを抱いた幾人かの研究員達が徒党を組んで彼女の部屋に押入り強姦しようとしたらしいんだが、翌朝に彼らを発見した頃には皆なぜか激しい脱水症状で動けなくなっていたばかりか、目が痛い、何も見えない、と叫びながら床を転げ回る哀れな男達の姿が発見されたのだよ。そしてその部屋の中からは何事も無かったかのように現れた95657番が悲しげな目を向けながらその場に佇んでいたのを今もハッキリと覚えている。つまりその愚かな男達は皆眼球を失い、失明していたと言う事だ」

「まさか、そんな事が実際に起きたとでもいうの、そんな馬鹿な!」

「その後、失明した男達の証言では、どうやら95657番を速やかに襲おうと部屋に押し入ったまではよかったが彼女の激しい抵抗にあってしまい、極限までの緊張と恐怖心が限界を達した95657番はその精神の限界からその力を暴走させてしまい、部屋の周囲一帯をその力で瞬く間に覆い隠してしまったとの事だ。そしてその暴走の影響で男達は皆一瞬のうちに脱水症状を起こし、更にはその視力までをも永遠に失ってしまったとの事だ。まあその命ごと消されなくてよかったとは思うのだが、これじゃ身体的に、そして精神的にも殺されたのと一緒か。なんとも愚かしい話だがな」

「その場にいた男達が皆一斉にその視力を失ってしまうだなんて、一体95657番は何をしたというの。このフロアでは聖女の力は一切使えないんじゃなかったの?」

「それだけ特Aランクの聖女の力は特別だと言う事だ。普段は理性が効いているのかこのフロアの結界でも95657番の力は容易に抑えられているのだが、極限までに身の危険を感じて暴走した彼女の力を止めることは誰にもできやしないよ。だからこそ、その事件以降幾多の研究員達は皆95657番に畏怖の念を抱きながら、なるべく関わらないようにしている。それが本当の実態だ」

「へぇ~過去にそんな事があったんだ、ならうかつなことは出来ないわね。でもそれで本体でもあるテファニア嬢がなんで怒って来るのよ。この件を誰もがあ彼女にばらさなければ何も無かったことにできる話でしょ。それとも95657番が本体に告げ口でもしたのかしら?」

「いいや、そうではない。この95657番のもう一つの厄介な所は95657番の身に起きたすべての事柄を感覚として本体にも送る事ができるという点だ。つまり感覚の共有だよ」

「感覚の共有って、つまり彼女が男達に羽交い締めにされて体中を押さえつけられて強く触られた感覚をダイレクトに本体でもあるテファニア嬢にもリアルタイムに送ることができるという事かしら。だからテファニア嬢にもばれたと」

「そういうことだ。その事件が起きた翌朝、血相を変えたテファニア嬢がこの研究所に乗り込んできて、95657番を襲ったであろう視力を失った男達を手当たり次第に半殺しにして病院送りにしていたくらいだからな」

「95657番って、そんな事もできるの、流石は特Aランクの聖女と言った所かしら。なら研究員のあなた達はそのくそったれの特Aランクの聖女もどきを押さえて私の所にこれないようにして頂戴。これから私は私のクローンの命の灯火を使って念願の若さと美しさを聖女になる事によって実現させるんだから!」

「お姉様ぁぁ、助けてぇぇ!」

「そんな事は絶対にさせないわ!」

 泣きじゃくる97821番を助けようと必死の抵抗を見せる95657番のテファだったが、研究員達に無理矢理押さえつけられ、助けに行くことが出来ない。

 その身動き一つできない光景に醜悪な笑みを向けるマダム・ナターリアは、若かりし自分を見るかのような懐かしいクローン体の少女を見つめると、まだ汚れを知らない純粋無垢だった昔の自分を重ね合わせる。

(昔、私にもこんな時期があったのね……懐かしいわ)

 そんな事を思いながらもマダム・ナターリアは、まるで小動物のように怯える97821番のか細い腕を力強く引っ張り上げる。

「きゃあぁぁぁ、痛い、離して、離してください!」

「さあ始めるわよ。私の遺伝子から作り上げたクローン体のお嬢ちゃん、ではそろそろあなたの血と七色魔石を私の体に提供して頂戴。あなたはそのためだけにこの世に生まれてきたんだから、本体でもある私にその命を捧げるのは当然の事よ。そうでしょ!」

「いや、嫌です、私はまだ死にたくはないです。私はお姉様や他の仲間達と一緒にお外に出て、爽やかな微風をこの身で感じたり、木々の匂いや自然の生きているという感触を実体験したり、綺麗なお花畑を精一杯、力の限り駆けずり回るの。そして念願でもある暖かなお日様をこの目で見るんだからこんな所で死ぬ訳にはいかないわ。そうみんなとも約束をしたの……だからお願い、あなたが私の本体だと言うのならもう少しだけ私に時間を頂戴。せめてお外に出て一目だけでもお日様が見れる機会を私に与えて頂戴。その願いが叶ったのならこの命をあなたに捧げても構わないから!」

「駄目よ、駄目に決まっているじゃない。外に出たらあなたは聖女の力を使って必ず私に反撃してくるわ。そんな泣き脅しのような手には引っかからないわよ。あなたはただの私の所有物なんだから今すぐにこの私に聖女の力を与えてこの世からおさらばすることね。でも安心して、あなたの命の礎は私が決して無駄にはしないつもりだから」

 97821番の必死の懇願と命乞いに対しマダム・ナターリアは情け容赦の無い冷たい言葉を言い放つと、左手を97821番の胸にかざしながらある呪文の言葉を唱え始める。

「人体から七色魔石を取り出す魔法のスペルって、確かこうだったかしら。『偽りの魂で作られし傀儡の人形よ、その思いを、その宿りし命の灯火たる力を、本来の宿り木たる本体でもある宿主にその力の全てを譲渡せよ!』七色魔石剥奪魔法術式、展開開始!」

「いやあぁぁぁぁあぁぁぁぁーーぁぁ!」

 冷酷にもマダム・ナターリアが高らかに呪文の言葉を唱えると97821番の小さな体が術式の力で光り輝き、まるで電流で放電させられたかのように苦しみだした悲しき少女は何一つ報われる事無く、絶望と共に大絶叫する。

「や、やめてぇぇぇぇぇぇーーぎゃああぁぁあぁぁぁぁ!」

「このままじゃ97821番が死んじゃう。やめて、こんな酷い事は今すぐにやめさせてください。ダクト所長!」

「無駄だよ、お前らは絶望たるこの運命を受け入れなくてはならない。それが実験体のクローンとして産まれ作られたお前らに与えられた唯一の使命なのだ。そう全てを受け入れろ、そして絶望し諦めろ」

「そんな……こんな醜い人々の欲望を満たす為だけに私達は産まれたとでもいうの。こんなのひどすぎるよ!」

 どうあがいても97821番の少女を助けられない事に嘆く95657番のテファの様子をフロアの隅にある倉庫の中から見ていたラエルロットはもう我慢の限界とばかりに居ても立ってもいられず倉庫の扉を勢いよく開けて飛び出そうとするが、その行為を無表情の顔で見ていたミランシェに力強く止められる。

 何も考えないままに飛び出そうとするラエルロットの首の襟を下から片手だけでつかみ上げると、ミランシェは「行っては駄目です」と小声で言いながらラエルロットを床へと強引に叩き付ける。

 ズッシン!

(な、何をするんだ!)

 いきなりの妨害に抗議の声を上げようとしたラエルロットの口を今度は後ろからツインテールの髪型をした少女の99754番がそっと押さえる。

「仕方が無いんです、ラエルロットのお兄さん、今は耐えてください。もしもお兄さん達がいることがダクト所長にばれてしまったら私達の脱出計画も同時にばれてしまいます。そうなったら元の木阿弥です。私達実験体は数え切れない程の誰かの犠牲を踏み台にして今まで運良く生き残って来たんですから、ここでその計画を失敗させる訳にはいきません。今まで心半ばで死んでいった他の仲間達の為にもこの脱出計画は必ず成功させないといけないんです……だからお願いします、ここはどうか耐えてください。こうなる事は97821番の少女も内心では覚悟をしていたはずですから!」

(そうは言ってもこの無慈悲な救いのない光景は流石に見過ごせないだろ。人の命を犠牲にして得られる聖女の力とやらは欲望だらけの悪意しか感じることができない。それに当初言われていた聖女になれる新薬の話は一体どこにいったんだよ。薬のような物を飲めばそれで聖女になれるんじゃなかったのかよ。まさか自分自身とも言うべきクローン体の命を奪う事で念願の聖女になる力を得る事が条件だと言うのなら、こんな技術は無い方がいい。その目的や思いは違うがそれこそ黒神子・天足のアトリエにでも破壊して貰った方がいいのかも知れない。聖女の力を人工的に作り出せる技術を欲しがっている異世界召喚者達とは違い、黒神子・天足のアトリエの目的は確か聖女の力を作り出せるこの施設の破壊その物が目的だったはずだからな)

 ラエルロットは天足のアトリエの事を考えていたが、何かに気づいたのかフと自分の首根っこを押さえるミランシェの事について考える。

(そ、それにしてもミランシェの奴、なんて力だ。さっきからそのか細い片腕だけでこの俺の首を上から抑え込んでいるが、まるで万力で固定されたかのように床から体を起こすことが全く出来ない。まさかあの華奢な体を持つミランシェにこれ程の力があるとは正直思いもしなかった。本当に彼女は冒険者の資格を全く持ってはいないただの初心者なのだろうか。そうはとても思えないんだが。それにこの腕力による力はレベル90くらいは確実にある力だ。同じくレベル90の狂雷の勇者田中と戦った事があるからその感触だけで大体の実力は何となくわかる。それとも俺の思い過ごしか。初めてミランシェを見た時は臆病で内向的な少女の印象を強く受けたが、今は何年も生きている経験豊かな実力者にしか見えない。その度量と凄みが今のミランシェにはある。元々こういう性格だったのか、或いは七色魔石を一時は抜き取られた事によって生死の境を体験しその精神を急激に開花させて成長したと言う事なのか、どちらとも言い難いな。それに少し不気味な印象と違和感をヒシヒシと感じる事はあるが、今のミランシェはなんだか物凄く頼もしく感じるぜ!)

 ミランシェに押さえ込まれながらもそんな事を考えていたラエルロットの目の前に今度は蛾の妖精のルナが静かに飛び回りながら口元に人差し指を当てる。

「し、静かに、ラエルロット、気持ちは分かるけど、今は耐えるしか無いわ。ここでラエルロットが出て行ったら他の少女達に向けられる危険性も断然に高まるし何よりここからの脱出計画がより困難になるわ、それはわかっているわよね。頼みの綱のレスフィナがここに来るにはまだまだ時間がかかりそうだし、今のあなたじゃどう逆立ちしたってこの状況を覆せるだけの力も作戦もないわ。それともラエルロットにはこの絶望的な状況を覆せるだけの奇策があるのかしら。なにもないのならここでこの状況を黙って見届けるしかないわ。これからどう行動したらいいのかを見極める為にもね」

 蛾の妖精のルナの悲しそうな歯がゆい言葉を聞きながら歯を食いしばるラエルロットだったが、事態が新たに動いた事に扉の隙間から覗くラエルロットの視線はもだえ苦しむ97821番の少女に向けられる。

 その97821番の少女の近くでは生命吸収の術式を展開する事でその力を急激に吸収し続けるマダム・ナターリアが欲望にまみれた醜い歓声をあげながらクローン体の少女の心臓付近にある七色魔石を徐々に体内から外側へと引きずり出そうと最後の追い込みにかかる。

 バリバリバリバリバリバリーーバリバリバリバリ!

「もう少しよ、もう少しであなたの体の中から生命の源とも言うべき七色魔石を引っ張り出す事ができるわ。その七色魔石とあなたから作りし聖女の血液を私の体に取り入れれば晴れて私は念願の聖女になれるわ。昔のように若くて美しい体がまた手に入るの。こんなに喜ばしい事はないわ。ハハハ、ハハハハハハ、もう嬉しくって笑いが止まらないわ!」

 狂気とも言うべき執念が実ったのかマダム・ナターリアの術式の影響を受けた97821番の少女は諦めの境地に達し、その諦めの心とシンクロするかのように少女の体の中から七色魔石が抜き取られる。
 七色魔石が体から抜き取られるのと同時に97821番の少女が最後にか細い声で口にした言葉は「最後に念願のお外に出て……まだ実際に見たことのない太陽を……みんなと一緒に見てみたかった。みんな……お姉様……ごめんね……ごめんなさい……」だった。

「97821番、うわあぁぁぁぁぁーーぁぁ!」

 ついにその身体から七色魔石を抜き取られた97821番の少女はそのまま石になる事も無く、まるで黒ずんだ炭のようになり、その瞬間まるで炭化した脆い灰が消し炭になるかのようにその体は瞬く間に消えて無くなっていく。

(ば、馬鹿な、七色魔石を抜き取られた人の体は石になってその形をなすんじゃないのか。二十四時間以内に七色魔石を本人の体の中に返せばその人は元通りになるはずなのになんで七色魔石を抜き取られた瞬間に97821番の少女の体は消し炭になってしまうんだよ。これじゃもう助からないじゃないか。もしかしたらホムンクルスのコピー体でもある彼女達は直に七色魔石を抜かれるだけでその命を失ってしまうのかも知れない。もしもそうなら七色魔石を抜かれた時点で実験体の少女の命はそこでお終いと言う事になる。くそおぉぉぉぉ、この施設の責任者でもあるダクト所長と、97821番の少女の本体だと言うマダム・ナターリアとかいう奴め、自分の私利私欲に忠実で血も涙もないお前らは絶対に許しはしないからな。その名前と顔は覚えて置くぞ!)

 95657番のテファが嘆き叫ぶ光景をただ黙って見届けるしかないラエルロットは自分の無力さを呪いながら、その憤る歯がゆい気持ちを深く噛み締めるのだった。

 製造番号97821番ことマダム・ナターリアのサンプル体の少女と、本体でもある中年のマダム・ナターリアです。
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「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

追放された最弱村人、実は世界最強でした 〜神々に愛された無自覚チート、気づいたら聖女も魔王も嫁希望だった件〜

uzura
ファンタジー
「お前なんて役立たずだ」 そう言われて勇者パーティーを追放された平凡な村人リオ。 だが彼は知らなかった――幼少期に助けた白猫こそ、全知の神の化身だったことを。 神々に祝福されし彼の能力は、世界の理さえ書き換える本物のチート。 呪いを解いた聖女、復讐を誓う女勇者、忠誠を誓う魔族の姫。 彼女たちは皆、同じ男に惹かれていた。 運命を知らぬ“最弱”が、笑われ、裏切られ、やがて世界を救う――。 異世界無自覚最強譚、ここに開幕!

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