遥か闇なる世界 ~世界の絶望に立ち向かう黒神子の少女と、真の勇者になる事を夢見る心優しい青年の物語

藤田作磨

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第三章 二人の聖女編

3-17.テファニアの野望

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             3ー17.テファニアの野望


「やった、ついにやったわ。生前の少女のような若さと、類まれな聖女の力を手に入れたわ。これで私は第二の人生を堂々と歩むことができる。今度は人生を失敗しないようにやりたかった事を欲望のままにかなえてみせるわ。ハハハハ、フハハハハハハ!」

 生前の若い姿と聖女の力を手に入れたマダムナターリアは誰はばかる事無く大喜びをしながら意気揚々とその場を後にする。

 彼女の欲望のために死んでしまった97821番の事などは目もくれずただの灰の砂となったサンプル体の少女は塵となってその場に放置される。そんな悲しき定めを持つサンプル体の仲間の一人に悲しき視線を向けていたテファこと95657番だったが、そんな彼女に小馬鹿にしたような蔑みの声が飛ぶ。

「なんだかうるさいわね。一体何を泣いているのよ。高々モルモットの実験体の少女の一人が死んだくらいでいちいち落ち込んでんじゃないわよ。まったくあんたは少し大袈裟なのよ。フフフフ、そんな悲しい表情を見せて仲間の為に泣いているあなただけど本当はほっとしているんでしょ。今日も自分が出荷を免れた事に……贄に選ばれなかった事に内心では安堵しているに決まっているのよ。そうでしょ……きれい事はいいから正直に言いなさいよ。本当は怖かったんでしょ。他の仲間が贄となった事に内心では喜んでいるんでしょ……そうでしょ、私のクローン体でもある95657番!」

「テファニアさん……あなたやはりこの研究所に来ていたのね。でもまた随分と遅いご登場だったじゃない。この大変な時に一体どこで油を売っていたのかしら」

「厳重に管理されたこの最下層のエリアに入るにはいろんな手続きが必要だから時間がかかったのよ。それに今日はあのくそ生意気な中年女のマダムナターリアが先にこのエリアに入っていたから私をここに案内してくれるはずの研究員が一人もいなかった、だから遅れたのよ。でもあのクソマダムの若返った姿を見た限りじゃどうやら無事に聖女になることに成功したようね。あの醜悪なマダムナターリアが可愛らしい少女の姿に成り代わって私と擦れ違う際にはなぜか言い知れぬ不気味な物を感じたけど。よほど気分がよかったのかとくに絡まれる事も無く狂気の笑いを浮かべながら軽く挨拶を交わして行ったわ。私も人のことは言えないけどあんな欲望まみれの人が若さを取り返しただけではなく邪な心を持つ者には絶対になれないとされる聖女にもなれたんだから、まさに世も末よね。ほんとこの世は残酷で力のある者が得をする世界だと言う事がよくわかる事例だわ!」

「そうですか……だから私の前に現れる時間が少し遅れたのね。確か今日は三日後に行われるという聖女の力を宿す私から七色魔石とその血液を抜き取りその後はあなたに譲渡をするその術式の説明と安全性を確認する為にここに来たんだよね。その手続きを滞りなく行うついでに私の様子も見に来たと言う訳ね」

「まあ、そういう事よ。無事に成功を遂げて念願の聖女になったマダムナターリアの件もあるし、三日後に儀式が控えているあなたの健康状態を気にするのはむしろ当然のことでしょ。三日後にあなたの体の具合に何か重大な不手際があって拒否反応でも起こしてしまったら、聖女になれるその成功確率はグンと減るかも知れない。同じ遺伝子を持つあなたからの譲渡だからまず失敗はないとは思うけど、全くのゼロじゃないからね。もしもその聖女の力の譲渡に失敗してしまったら命の保証は無いとの話だし、だから時々あなたの様子を見に来ているのよ。あなたからの最善の譲渡を受ける日を見極める為にね。あなたを生み出し作り上げてからもう三年も待ったんだから、いい加減その力を私に渡しなさいよ。この日をどんなに待ちわびた事か!」

「その日にちが三日後と言う訳ですね」

「今まではあなたが特Aランクの聖女だという理由でダクト所長から中々出荷の合意が貰えずやきもきする日が約三年も続いていたけど、もう流石に待てないわ。三日後にあなたの聖女の力を確実に、私に譲渡してもらうから、覚悟しておく事ね!」

 三日後にその命を貰うと宣言したテファニアからの死の言葉についに来たかと覚悟を固めたテファは無言の抵抗とばかりに激しく睨みつける。

 互いに睨み合う二人の様子を見ていた研究所を率いるリーダーのダクト所長は他の研究員達にジェスチャーで合図を送ると、目の前にいるテファニアに声を掛ける。

「フ、三年前から時々顔を付き合わせているというのにお前達は相変わらず仲が悪いな。サンプル体に過剰な情けと同情を抱いて貰っては困るが、そこまで自分の分身を卑下しなくてもいいだろ」

「そんなのは私の勝手でしょ、あなたにとやかく言われる筋合いはないわ!」

「まあいいだろう。とにかくだ、用も済んだ事だし我々はこれで行くが、必要以上に95657番を追い詰めるような行動は慎むようにな。このフロア一帯は強力な結界の力で聖女の力を完全に押さえてはいるが、彼女を追い詰める事で95657番の力がまたいつ暴走するか分かったもんじゃないからな!」

 何やら心配そうに言うダクト所長は他の研究員達を伴いながらその場から出て行く。

 分厚い鉄でできた重そうな扉が一人でに閉まり、廊下を歩く研究員達の足音がこのフロア内から遠ざかって行くのが靴の音でわかる。人が誰もいなくなった事を確認した本体でもあるテファニアはめんどくさそうに溜息を付くと懐からある物を取り出す。

「もうダクト所長は行ったようね。はい、これが職員専用のカードキーよ。このカードキーがあれば難なく研究所の外に出る事ができるわ」

 テファニアから無造作に差し出されたそのカードキーを95657番のテファは何も疑うこと無く、さも当然のように受け取る。

「ありがとう、でもこのカードキーを手に入れるのは大変だったんじゃないの」

「ええ、大変だったわ。なにせここの職員を装った偽造カードだからね。事務課の職員の一人にお金を掴ませてわざわざ作らせた偽造カードだから今日一日は絶対にばれないはずよ。だからこの研究所を出るつもりなら今日しかないと言う事よ。当然もう準備はできているのよね」

「ええ、できているわ。いつでも逃げられるように今日という日に備えていたからね」

 互いに顔を見合わせながら不気味に笑い合うテファニアとテファの様子を遠目で見ていたラエルロット・ミランシェ・蛾の妖精のルナ・そしてツインテールの髪型をした少女の99754番の四人がそっと倉庫の扉を開ける。

「テファ、これは一体どういうことだ。テファニアが君に渡したそのカードキーはこの研究所内から外に出られる鍵だと言っていたが、まさかテファに協力してくれている協力者とはまさか自分の本体でもあるテファニアの事なのか。いやいや、かなり意外すぎるし絶対にあり得ない組み合わせなんだが。て言うか、あれだけ聖女の力を欲していたあのテファニアがよくテファが考えた無謀な脱出計画に加担をしてくれた物だな。どういう心境の変化だ?」

 まだ信じられないとばかりに怪しみの眼差しを送るラエルロットの存在に真顔になったテファニアは不思議そうな顔をしながらラエルロットの質問に答える。

「ラエルロット、なんであんたがここにいるのよ?」

「なぜって言われましても……まあ色々とございまして。そ、そんな事よりだ、テファニア、あんたがなぜ非常に仲が悪いとされるテファに……いいや、95657番のサンプル体にこの研究所のカードキーを渡すんだよ。流石に状況が掴めないんだが?」

 不思議がるラエルロットに一歩前に出たテファが慌てて説明をし始める。

「彼女とはある条件を取引に、この研究所からの脱出計画に加担をしてもらっていたんですよ。ダクト所長や他の研究員達もまさか仲の悪い私とテファニアが協力関係にあるだなんてまず夢にも思わないでしょうからね」

「夢にも思わないというか、テファニアは不老の力を……聖女の力を欲しているこの研究所の顧客なんだからそのサンプル体に加担する方が可笑しいだろ。この施設からの脱出を条件にテファと何らかの取引をした用だけど何が目的なんだ。どんな心境の変化とメリットがあってテファに協力をする。テファニア、お前が聖女の力を捨ててまでサンプル体の少女達に同情したとは思えないんだが?」

 そのラエルロットの疑問に今度は話を聞いていたテファニアがめんどくさそうに淡々と答える。

「私のクローン体である95657番を逃がす事は、私にとっては何のメリットも無いから本当は協力する気なんて全くなかったんだけど、他のサンプル体達を外に連れ出してくれたら自分の七色魔石とその血液はその場で大人しく引き渡すと言ってきたからこの脱出計画に加担したのよ。どうしても聖女の力が、不老の力が欲しかったからね」

「欲しかったって……話が全く見えてこないんだが。そんな取引に応じなくても黙って時期を待てば95657番の力は自ずとお前の元に譲渡されるんだろ。それなのにお前がやっている行為は明らかにダクト所長への裏切り行為だ。ダクト所長を裏切らなくても聖女の力は後三日も待てば確実に手に入るんだからこんなリスキーな事をしなくてもいいだろ。それなのになぜこんな無駄な事をしているのかが全く持って分からない。テファニア、欲深なお前の事だからダクト所長を裏切るにはそれだけの理由があるんだろ。この研究所に多額の寄付をしていたお前の親の利害もあるみたいだし、その被検体でもある顧客のお前がなぜ95657番が願い出たそのしなくてもいい取引にわざわざ応じ、更にはこの無謀な脱出計画に加担するに至ったのか、その真相を話してもらうぞ」

 更に詳しく本当の目的を聞こうとラエルロットは、不適に笑うテファニアの前に出る。真剣な眼差しを送るラエルロットを前にテファニアは少し小馬鹿にしたような態度を見せるが、仕方がないとばかりに話を続ける。

「仕方が無いわね、話してあげるわ。ダクト所長が長年の研究で得た知識と実験を元に完成させた聖女になれる新薬は選ばれた適正者  じゃなくても女性なら誰でも聖女になれるという特性があるわ。だからこそこの新薬にはノシロノ王国が陰ながらに国を挙げて協力をしていたんだけど、その危険性に危機感をおぼえた他の隣国の国々が警告をし出してね、もしその研究の成果を開示、もしくは新薬の生産の中止をしなけねば戦争も辞さない事態まで状況が悪化をしているとの事よ。その証拠に異世界召喚者達からも目をつけられて、その新薬の秘密を探る為に研究所内まで侵入して来たり、あの十二人いると言われている遙か闇なる世界の黒神子の一人、天足のアトリエが乗り込んで来るという災厄の状況にまで今まさに陥っている。そしてこの最悪な状況を重く見たノシロノ王国を支える上層部の貴族達は、大事な研究データを他の敵対勢力に奪われる前に、その秘密の全てを永遠に闇に葬る決断をしたわ。だからこそその任に当たる事になった私達、神聖・白百合剣魔団はこの研究所を異世界召喚者達から守るという名目で施設の内部に入り込み、秘密裏に研究所の破壊と研究データの回収を命じられていたのよ。でもね、あなた達も知っての通りこの研究所の顧客にはこの私も被検体として加入していたの。聖女になる為に多額の寄付もしていたし、その最適な時期にも備えていたわ。それなのにやっと聖女になれる時期が決って長年待たされた譲渡の日もついに間近だと思っていたのに、いきなりの研究所の破壊と研究データの回収を申しつけられるだなんていくらなんでもあんまりじゃない。後三日も待てば私も晴れて聖女になる事ができるというのに、このまま滞りなく事がうまく行ってしまったら秘密裏に研究所は破壊されて大事な研究データは回収されて新薬とも言うべきここにいるサンプル体の全てが今日中に冒険者達の手により始末されてしまうかも知れない。そうなる前にどうしても、今日中に、聖女の力を手に入れたかったのよ。研究データが白百合剣魔団の誰かに回収されてしまったらノシロノ王国から派遣された後方にいる第二の選抜隊がこの研究所に一斉攻撃をして全ての物的証拠を闇に葬る算段になっているらしいから、急ぎどうにかしたかったのよ」

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「そうよ、後三日も待てば私は念願の特Aランクの聖女になれるのにこんな事で全てを不意にすることはできなかったのよ。だからこそ本来なら絶対にあり得ない95657番の脱出計画にも従うほかなかった。95657番の話じゃ他のサンプル体の少女達をこの研究所から誰もいない外の世界に無事に連れて行く事ができたら無条件で自分の命を私に差し出してくれると約束をしてくれたし、彼女が裏切らないことは……嘘を言っていない事は長年の付き合いで何となくわかるわ。彼女は決して約束を違えたりはしない、その確信と信頼があるからこそ私は、他のサンプル体の少女達を研究所の外に連れ出す手助けをしたのよ」

「彼女は、95657番は裏切らないか。仲がすこぶる悪いのに物凄い信頼感だな。他のサンプル体の少女達を逃がしたその後で、お前はテファから七色魔石とその血液を抜き取り自分の体に取り込んで、そのDNAを書き変えるつもりだな」

「まあそういうことよ、私は聖女に慣れさえすればこの研究所なんかどうだっていいのよ。自分の利害に合うんだったら容赦なくサンプル体とも手を組むし二重三重のおとり捜査だってこなしてみせるわ!」

「テファニア、全くお前という奴は呆れて言葉も出ないぜ。そんな話を聞いて俺が大人しくテファをお前に渡すと思っているのか」

「あなたの意見なんて関係ないわ、これは私達二人の問題なんだから部外者は黙っていてくれないかしら。感情に流されてそれでも私の邪魔をするつもりならいつでもかかってくるといいわ。まだ第八級冒険者の資格すらないあなたと……第七級冒険者でもあるこの私との力の差をその体に徹底的に叩き込んであげるわ。もう二度とそんな生意気な偽善の言葉が言えない程に徹底的にぶちのめしてやるんだから、覚悟するといいわ。第七級冒険者の力がどれほどの物か、あなたに見せてあげる!」

「大事な友人を、友を救う為に、その時はテファニアお前に是非とも挑ませて貰うぞ、テファは絶対に殺させはしないぜ!」

「ラエルロットさん……」

 ラエルロットのはっきりとした決意たる強固な意思表明にその場を見ていたテファは感極まり涙目になりながらも敬愛の眼差しをラエルロットに送るが、そんな二人の態度に逆上したのかテファニアは金切り声をあげると侮辱とも言うべき罵声の言葉を叫ぶ。

「なによ、95657番。神からのご神託があったとか、近々勇者が現れるだとか、憧れの人に会えるとか言っていたけど、まさかそれってここにいるラエルロットの事じゃないわよね。毎年第八級冒険者試験を見事に落ちている落ちこぼれの冴えない田舎者のラエルロットが、あんたが恋い焦がれている勇者だと言うのならとんだお笑いぐさだわ。私はてっきり私達の団長でもある破滅天使のリザイア隊長の事だと思っていたんだけどどうやら違ったみたいね。それにしても同じDNAの遺伝子を持つ者同士とはいえ育った環境が違うだけで男の好みもこうもハッキリと分かれるだなんてなんだか滑稽よね。こんな弱くて、貧乏で、才能の欠けらも無いぶ男に思いを寄せるだなんてハッキリ言って可哀想で惨めだわ。きっと本当に素晴らしい選ばれた選りすぐりの高貴な殿方達を見たことがないから、そんなあり得ない思考になっているのね。本当に可哀想だわ」

 そのテファニアの歯に着せぬ辱めの言葉にラエルロットは思わずうっと唸る。

「それにラエルロットのそばを飛び回っている、あの蛾の妖精……なんであんな汚らしい害虫を連れ回しているのよ。いくらラエルロットに付き従う妖精がいないからって蛾の妖精は流石にないわよね。あの羽虫を連れ回す事で厄災を招くかも知れないし、なにか良くない病気が移っちゃうかも知れない。全く見ているだけで殺虫剤をまきたくなる心境だわ。本当にその存在自体が不快よね!」

 その心無い言葉に今度は蛾の妖精のルナが深く項垂れる。


「最後はラエルロットのそばにいるあのトロそうなお河童頭の小娘なんだけど……彼女もなんだか見た感じがパッとしないわね。見た目が地味というか田舎者の風情が抜けないというか。とにかく見た目が芋くさいのよ。臨時の第八級冒険者試験を急遽受けに来た用だけど、この試験を受けに来たと言う事はなにか訳ありな少女なんじゃないかしら。まああの落ちこぼれのラエルロットと共に行動をしているくらいだから彼女もまた劣等生なんでしょうけどね。ハハハハ、本当どれも馬鹿揃いで笑っちゃうわ!」

 自分の発した言葉に馬鹿笑いをするテファニアだったが、話を聞いていたミランシェは特に反応することも無く無表情の顔をしながら首を軽く傾げる。

 だがそんなミランシェとは違いテファニアの心無い言葉に内心かなり落ち込むラエルロットと蛾の妖精のルナは心のトラウマをひどくえぐられたのか内心ではかなり落ち込んでいたが、そんな陰気な雰囲気を吹き飛ばすかのような乾いた音が皆がいるフロア中に響き渡る。

 パッシィィーーーーン!

「テファニア、私の悪口は別に構いませんが、私の呼びかけにわざわざ来てくれた掛け替えのないお友達の悪口はやめてくれますか。あなたのなんの価値も無い罵詈雑言の心無い言葉は人を大いに傷つけますから!」

 いきなり95657番ことテファから放たれた豪快なビンタをその左頬にまともに食らったテファニアは何が起こったのかが分からず数秒間呆然としながらその場に固まっていたが、歯に当たって唇が切れたのか数滴の血が床へと滴り落ちる。

「あ、ごめんなさい、少し感情的になってつい強く叩いてしまいました。でもあなたがいけないんですよ。せっかく来てくれた私のお友達の前で彼らの悪口を平然と言ってのけるから。でも確かに少しやり過ぎましたね。いくら心無い言葉を浴びせかけられて我慢できなかったとはいえ、暴力はよくありませんでした。大いに反省していますわ。あ、今血を拭きますね」

 そう言いながら慌てて持参のハンカチでテファニアの唇から流れる血を拭ったテファだったが、そんな憤るテファの右頬にテファニアからの豪快な反撃のビンタが叩き込まれる。

「何するのよ、高々実験体のくせに、偽物のくせに、人間族様に意見した上に手なんか上げてんじゃないわよ。少し甘い顔をしたからって調子にのるな。この偽善者気取りの馬鹿女があぁぁ!」

 バッシィィィーーーーン! ドカッーーン! バキッ! ガラッポアーーン!

「きゃあぁぁぁーーぁぁ!」

「それによくも私の世界一美しい顔に傷をつけてくれたわね。もしも唇についた傷跡が残ってしまったらどうするつもりなのよ。この頬の痛みと心の怒りは倍返しにしてあなたに返してやるわ。覚悟しなさい!」

 ドカッーーン! バキッ、バキッ! ガッタン! グッキーーン!

「ぐっわあぁぁぁぁーーん、ぐっぎゃぁぁぁ!」

 ビンタだけでは無く続けて蹴りやグーパンチがテファの体に叩き込まれるが、その瞬間暴力をたたき込んでいたはずのテファニア自身も苦痛と苦悶の表情を浮かべながらなぜかその場に倒れ込む。

「ハア、ハア、ハア、うぐぐぐ、そう……そうだったわ。この95657番は自分が受けた体の感覚をそのまま私に送る事ができるんだったわ。聖女の力は封じられているはずなのに全く厄介な能力よね。ていうかこの感覚の共有の力は聖女の力とはなんの関係もないのかしら。ちくしょう、彼女の心が読めないから一体何を考えているのかがさっぱり分からないわ!」

 テファニアの暴力に蹲るテファの前にラエルロットと蛾の妖精のルナが慌てて近づく。

「テファ、テファ、大丈夫。返事をして!」

「テファ、大丈夫か。テファニア、お前、自分の姉妹のような者なのになんて事をするんだ!」

「さっきからテファ、テファって呼んでるけど、まさかその名前ってそこに惨めにうずくまっている95657番の事かしら。どうやら私の名前から抜き出した文字をそのまま与えた用だけど、紛らわしいからやめてくれないかしら。彼女は今日中に……他の実験体の少女達を研究所の外に連れ出したら、その時点で死ぬ運命にあるんだから名前なんかつけても意味なんて無いでしょ!」

「意味があるか無いかはお前が決めることじゃないだろ、俺達が名前で呼びたいからそうしているだけだ。なにか文句でもあるのか、テファニア!」

 さげすんだ眼差しで目の前に立つラエルロットを見ていたテファニアだったが、その後ろに今もうずくまっているテファになぜか注目する。
 なぜならその手には先程テファニアの唇から血を拭き取ったハンカチがしっかりと握られていたからだ。そのなんとも言えない光景に何か違和感を感じたテファニアは言い知れぬ不安を感じていたが、直ぐに気のせいだと自分に言い聞かせると後ろにある分厚い扉の前へと立つ。

「全くあなた達はむかつくわね、見ていてイライラするわ。仲良しごっこがしたいのならあなた達だけでやって頂戴。まあ精々95657番と短い最後の一時を過ごしたらいいわ。そんな訳で95657番には偽造カードもちゃんと渡したし、もう用は済んだからそろそろ行くわね。それとここに来る途中でダグラス試験官に出会ったからついでにここに連れてきたわ。そんな訳で後の脱出劇はそのダグラス試験官とで行って頂戴」

「なにぃぃぃ、ダグラス試験官がこの扉の外まで来ているのか」

「ええ、仕方が無いから連れてきたわ。今は研究員達に見つからないように近くに隠れているはずよ」

 何やらめんどくさそうに扉のパスワードの番号を押そうとしたテファニアに、今まで黙って話を聞いていた小撃砲使いのミランシェがいきなりあることを聞く。

「テファニアさんでしたか。あなたは聖女の力を手に入れたらその力は何に使いますか」

 ミランシェから突然話しかけられたテファニアはきょとんとした顔をしながらさも当然のように言葉を返す。

「そんなの……自分の利益や欲望の為に使うに決まっているじゃない。いずれ手に入る特Aランクの聖女の力で私は優秀な強者達を従えて、更には幾多の下民達から聖女様と崇められる絶対的な存在になるの。そう何が何でも絶対に私だけは幸せになってみせるわ。どうを、分かった。家柄も悪く、平民でなんの才能も持たないお嬢ちゃんには少し刺激が強すぎたかしら。現実という理不尽な絶望に打ちのめされて永遠にたどり着くことの無い高見の壁に打ちひしがれるがいいわ!」

「才能ですか、それが私達にはないとそう言いたいのですね。自分だけが特別な存在なのだと」

「ええそうよ、理不尽かも知れないけどそれが現実よ。私が神より賜りし、与えられた美と才能と絶対なる幸運に激しく嫉妬するといいわ。自分の見てくれの悪さと才能の無さに絶望しながら本当の強者の姿に恋い焦がれなさい。フフフフ、そうもう直ぐ私は誰もが敬愛し羨む特別な存在になるんだから、これはもう神に約束をされているようなものよね」

「はあ……そうですか。あなたがね……」

「そう私はその誰もが羨む特Aランクの聖女の力を必ず手に入れて、そして私は神話の時代に生きる女神のような存在になるの。ハハハハハハハ、そう、神、神よ。流石に女神は無理でもそれに近い聖女と呼ばれる特別な存在に私はなるわ。フフフフ、大事な事だからもう一度だけ言うわね。私は誰もが羨む特別な存在、特Aランクの聖女になるの。いい、わかった。田舎臭い惨めなお嬢ちゃん!」

 狂気じみた笑いを上げながら鉄の扉のパスワードを打ち込んだテファニアは重そうな鉄の扉が自動で開くと、鼻息を鳴らしながら意気揚々とこの場を後にする。

 興奮冷めあらぬ中で自慢げにその場を後にしたテファニアをミランシェは淡々とした表情で静かに見送っていたが、溜息を付きながら安堵の言葉を小さな声で呟く。

「ああ、よかった。テファではなく、あのテファニアさんが特Aランクの聖女になるのなら、特になにも恐れる必要は無いわ!」と。
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