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第三章 二人の聖女編
3-19.束の間の休憩、そしてテファの思い
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3ー19.束の間の休憩、そしてテファの思い
「最下層だと思っていた少女達が住む居住フロアから更に階段を降りて、長い廊下を先ほどからズーと歩いているんだが一体この通路はどこまで続いているんだ。やはりさっきのカラクリの乗り物で移動をした方が良かったんじゃないのか。階段を降りた所に後、4、5台は止まっていたみたいだし、今からでも戻って乗り込んでも差し支えは無いだろ」
「でもあの乗り物を動かすには登録されてある顔認証コードが必要ですし操作方法も分からないので運転することは出来ませんよ」
「テファの話だと先ほど帰った他の研究員達やテファニアはそのカラクリの乗り物を使って研究ブロックがあるフロアまで移動をしたとの話だが、俺達はこの無駄に広く長い通路を歩いて目的地まで行かないといけないのか、なんとも気の遠くなる用な話だな」
「仕方がありませんよ、私達の顔認証コードは当然登録されてはいませんし、運転もしたことがありませんからね」
「カラクリの機械は流石に動かせないか。でもこの長い通路をただひたすらに歩いて行くのはいいとして、その目的地に着くのは一体いつになる事やら」
手を貸す事を渋るダグラス試験官に他のサンプル体の少女達を任せ、95657番ことテファの血液から生成された新薬を奪い取りに行く為に、ラエルロット、蛾の妖精のルナ、95657番のテファ、小撃砲使いのミランシェ、そして99754番の少女ことツインちゃんの五人は最下層にあるとされる研究室の保管庫へと歩みを進める。
途中、最下層の階段下にあるカラクリの機械で動く謎の乗り物でいち早く目的地まで先に進みたかったが、認証コードが必要な乗り物の機械を動かす事はどうやらできないようなので、仕方なく五人は徒歩でどこまでも続く長い長い通路をひたすらに歩く。
その薄暗い通路は割と広く、10トン大型トラックが二台分くらいは交差ができる程に幅があるようだが、その何も無い無機質な空間を歩くラエルロット達の心は逆に不安を覚える。
先程会った、盲目的に与えられた仕事を淡々とこなす他の研究員達や。第三級冒険者にしてこの研究所の責任者でもあり、女神生体工学と魔道生物学を絶えず研究している天才魔道生物工学者のダクト所長。そして聖女の力と美しい若さを手に入れた大富豪でもあるマダム・ナターリア。更には同じくテファの命と引き換えに特Aランクの聖女の力を手に入れようと画策し野望を燃やす神聖・白百合剣魔団のメンバーにして第七級冒険者の冷酷な剣士・テファニア。そんな邪な私欲と野望の虜となっている沢山の人達は皆一体どこまで進み、そしてその目的の場所で何をしているのか、それは今後の結末で知る事となる。?
テファの話では、ダクト所長が管理をする研究室内の保管庫にテファの血液から生成された新薬の液体が厳重に保管されてあるとの事だが、新薬だけでは無く、ダクト所長が常に持ち歩いている外へと繋がる鉄の扉を開ける事ができるカードキーもどうにかして強奪しなくてはならない。
その無謀極まりない新たなミッションを嫌でも行わなくてはならなくなったラエルロット達一行は、それぞれの思いと目的を胸に、更に先へ先へと歩く。
「……。」
しばらく歩くこと約一時間、ラエルロット達一行は丁度通路の中間地点へと差し掛かる。そこにこじんまりとした広くなった空間がある事で少し風景を変えてはいたが、テファが話してくれた情報と事前に調べた見取り図から察するに、どうやらこの場所が通路の中間地点である事を皆が理解したようだ。
その証拠に奥に入った右側には(非常階段なのか)上へと続く階段が長々と続き、電球が切れかかっているのか所々の明かりが時々消えたり付いたりと点滅を繰り返す。
そんな古臭くも不気味な空間が広がるこぢんまりとした場所で前を歩くテファがいきなりラエルロット達に向けて話しかける。
「後もう一時間程歩くと実験施設に到着しますが、この辺で小休憩にしましょう。この施設に来てから皆さん、まだ食事は済ませてはいないですよね。ここから先への後半の移動はそのままダクト所長がいるエリアへ乗り込む形になると思いますから、ここらで休憩は必要です。でないともう休める時間と場所がないと思われますからね」
「そうなのか?」
「はい、敵アジトのど真ん中ですし、多分この先はもう気を休める所はありません。実験室の管理部屋に行って生成された新薬とお外に出られるカードキーをダクト所長の手から盗み出す事ができたら、待機してある私の妹達がダグラス試験官と共に向かったと思われる外へと続く扉の前へとそのまま急がないといけません。ですので私達はここいらで英気を養う為にも腹ごなしをするのが賢明だと思います。何をするにしてもお腹がすいていてはいざという時に行動ができませんからね。腹が減っては戦はできぬとも言いますし。実は私、お外に逃げるに当たり簡単なお弁当をこしらえて持って来ましたから、そのお弁当を今ここで、みんなで食べましょう!」
テファは満遍の笑顔でその場にシートを広げると、背中に背負っていたリュックの中から持参して来た大きなランチボックスと水筒を取り出す。
そのランチボックスの中には手作りのサンドイッチが綺麗に収められており、ハム野菜サンドや卵ツナサンドといった数多くの品がラエルロット達の食欲をかき立てる。
あまりの空腹の為にお腹を鳴らすラエルロットは、朝から軽い朝食を食べたきりその後はなにも食べてはいない事に気づく。
「そういえば朝からこの実地試験に参加してからは、ツインちゃんが持ってきてくれた紅茶以外はなにも口に入れてはいなかったな。この実地試験に参加してからはいろいろと動き回り、数々の苦難と強敵達との緊迫した攻防のお陰で水分とカロリーをかなり消費している事をすっかり忘れてしまっていたよ。だからこそ、ここへ来ての食事の提供と気遣いはかなり嬉しいし正直助かるぜ。テファ、いろいろと気を遣ってくれて本当にありがとな」
当然のように言うラエルロットの心からの感謝の言葉に照れくさそうに笑うテファは、顔を赤らめながらもうれしそうにうなずく。
まるで男性にまったく免疫が無いかのような初々しい仕草を見せるテファの様子を見ていた99754番の少女ことツインちゃんは何かを察したのか、まるで何かを見守るかのようにニッと笑うと、ラエルロット、蛾の妖精のルナ、ミランシェに向けてサンドイッチと紅茶を取り分けていく。
「このサンドイッチ、全て95657番のお姉さんの手作りなんですよ。凄く美味しいんですから食べてみて下さい。特にラエルロットのお兄さんはよ~く味わって食べるように!」
「なんで俺限定なんだよ。て、いうか言われんでもよ~く味わって食べるわ。それにしても本当にこのサンドイッチはお世辞抜きで旨いな。具を包んである小麦粉のパン生地が上物なのかな? それにいい匂いもするし外側はこんがりと焼けているのに内側はしっとりとしていて、柔らかで歯ごたえがなんとも言えないぜ。そして口に入れて咀嚼する度に広がる甘みと歯触りが更なる食欲をかき立てずにはいられないと言ったところか。そして口の渇きを癒やす高品質の紅茶もかなり洗練されていて上手いし、これは何個でも食べられるよ!」
「このサンドイッチはラエルロットのお兄さんに食べて貰いたくて95657番のお姉さんが愛情と丹精を込めて作った一品なんですから美味しくない訳がないですよ」
ブウウゥゥゥゥゥゥーーゥ!
そのどさくさ紛れに話す99754番の少女・通称ツインちゃんの言葉に、思わず飲んでいた紅茶を全て口から勢いよく吐いてしまった95657番のお姉さんことテファは、狼狽しているのかかなりドギマギしながら慌てて弁解と否定の言葉を述べる。
「ちょ、ちょっと、どさくさ紛れになに変な事を言っているのよ、99754番、私はただみんなが道中お腹がすくかもと思ってサンドイッチを少し軽食程度にこしらえただけなんだからあまり変な事は言わないで下さい!」
「その割には朝から、ラエルロットのお兄さんがこの研究所内に来るかも知れないとか言って、ウキウキ気分で作っていたように見えたんだけど、私の気のせいかな」
「もう、お姉さんをあまりからかう物じゃなくてよ!」
そんな浮かれた二人の少女のやり取りを見つめていたミランシェは目の前に出されたサンドイッチに手を伸ばすと、不思議そうに見ながらそのサンドイッチを一口頬ばる。
モグモグ……モグモグ……モグモグ……ゴクリ!
「そうですか……なるほど……人間が作る食べ物にしては中々に旨いですね……こんな食べ物が世の中に……いいいえこの打つ世にあるのですね。いい経験になりましたわ」
差し出されたサンドイッチを黙々と食べるミランシェの何げない感想の言葉に疑問を抱いていた蛾の妖精のルナは思っていた事を口にする。
「なに言ってんのよミランシェ、その言い方じゃまるであなたが人間じゃないみたいじゃない。天足のアトリエに七色魔石を取り返して貰ったとはいえ、その影響のせいでまだ若干錯記憶障害を起こしているみたいね。記憶の喪失の為にあなたがまだ錯乱しているのはわかるけど。その言葉からは人間族達を俯瞰的に見る第三者の声にしか聞こえないわ。もうしっかりしてよね!」
「そう……そうですか。そんな風に聞こえていましたか。一応は気をつけていたのですが……これは更に気を引き締めないといけませんね。ルナさん……ご忠告ありがとうございます!」
「いえ、別にいいんだけどね?」
なにやら意味ありげにミランシェは蛾の妖精のルナに向けて不気味ににんまりと笑うと、何事も無かったかのようにまたサンドイッチを黙々と食べ始める。
*
軽食を食べ始めてから、五分後。
よほどお腹がすいていたのかラエルロットは目の前にあるサンドイッチを口いっぱいに頬ばり、蛾の妖精のルナは自前のマイストローを持ち出すと紅茶をうまそうに啜り上げ、サンドイッチを食べ終えたミランシェもまた目の前に置かれた紙コップを持ち上げながら紅茶を味わい始める。そんな三人の様子を穏やかな目で見ていたおませなツインちゃんだったが、いきなり紅茶とサンドイッチを取り分けながら立ち上がるテファの謎の行動に思わず首を傾げる。
「お姉様、いきなりサンドイッチと紅茶を取り分けて、その品々を一体どこに持って行くつもりですか?」
「ええ、ちょっとこのサンドイッチと紅茶をお供えにね。私達を陰ながらに見守ってくれている彼女もまた当然お腹がすいている物と思うから、これを食べて貰って元気になって貰おうと思って」
「彼女……一体誰のことですか?」
テファの謎の言動に更に首を傾げるツインちゃん・ラエルロット・蛾の妖精のルナの三人だったが、何気に闇が広がる通路の先を鋭い目つきで見つめていた小撃砲使いのミランシェが目を大きく見開くと何かを納得したかのようにいきなり小さく笑う。
「なるほど……そういう事ですか。近くにいるのはわかってはいましたが、まさか一定の距離を取りながら私達の後をピッタリとついてきていたとは正直意外でした。それにしても目視も音すらも遮断する事のできるその追跡能力はやはり馬鹿にはできませんね。そして私とはとことん相性が悪い能力みたいです。この私が彼女の存在をその臭いからしか判別ができないのですから、ほんと厄介な特性を生かした魔法能力です。でもそんな彼女の見えざる存在に気づいているテファは……やはり恐るべき聖女です。本当に凄い才能と未知なる可能性と力を感じるでちゅ。これは事を慎重に運ばないといけないようですね」
誰にも聞こえないように独り言を言うミランシェの警戒心を余所に、紙皿に乗る二・三個のサンドイッチと紙コップに入れた紅茶を持参したテファは闇が広がる通路の五十メートルくらいまで近づくと、その手に持つ品々を床に置き始める。
サンドイッチと紅茶の入った紙コップを床へと置いたテファは、優しげな声で暗闇に向けて言葉をかける。
「見守りありがとう御座います。でもあまり無理はしないでくださいね!」
「……。」
サンドイッチを床に置いたテファがみんなの元に戻るといつの間にか回りはちょっとした騒動になっていた。
食事をしているラエルロット達の元に何処からともなく現れた黒い翼を持つお馴染みのカラクス鳥がラエルロットから奪い取ったサンドイッチを黙々と食べていたからだ。そのサンドイッチを取り返そうと手を伸ばすラエルロットだったが、カラクス鳥は食べかけのサンドイッチを嘴で押さえながら空中へと飛び上がるとまるで相手をからかうかのようにラエルロットの頭上を優雅に舞う。
「カアァァ、カアァァァァァ、カアァァァァァ!!」
「ちくしょう、俺のサンドイッチを奪いやがって、捕まえて取り返してやる!」
「もういいじゃない一つくらい、まだサンドイッチは沢山あるんだし。ラエルロット少し心が狭いわよ!」
「そんな問題じゃないだろ。ルナ、俺はあのカラクス鳥に馬鹿にされているんだぞ。見ろよあのカラクス鳥のまるで相手を馬鹿にするかのようないけ好かない行動を。あの微妙な間合いを計りながら距離を取る行いは、取れる物なら俺から取ってみろという意思をヒシヒシと感じるぜ。ちくしょう、ちくしょう、鳥こうの分際で俺のサンドイッチに手をつけるとは許さないぞ!」
「まったく、カラクス鳥にからかわれてムキになっているようじゃ先が思いやられるわね。ツインちゃん、ミランシェ、それにテファ……ラエルロットの事は放っといて、私達はせっかくの食事を楽しみましょう」
ラエルロットとカラクス鳥の攻防を見ながら蛾の妖精のルナがため息交じりに話していると、なにやら申し訳なさそうにテファがラエルロットに向けて頭を下げる。
「ラエルロットさん、お食事中の所なのに申し訳ありません。うちのピコちゃんがどうやらご迷惑をお掛けしてしまったみたいです。ピコちゃんもどうやらお腹がすいていたようでつい皆さんのサンドイッチに手をつけてしまった用です。ですが普段は私の言う事をよく聞くいい子なのであまり叱らないでおいてあげて下さい。後で私からよ~く言って聞かせて皆さんのご迷惑にならないように務めますから」
本気で謝るテファの態度に不味いと思ったのかラエルロットはわざとらしく大袈裟に頭を掻きながら明るい笑顔を向ける。
「冗談、冗談に決まっているだろ。カラクス鳥にサンドイッチを取られたくらいでこの俺が本気で怒る訳無いじゃないか。ちょっと食後の運動にからかって遊んでいただけだよ。そうだよな、カラクス鳥のピコちゃん。俺達はもう友達だよな!」
テファのペットでもあるカラクス鳥の名前がピコちゃんだと言う事実をたった今知ったラエルロットは、頭上から飛んで来たカラクス鳥のピコちゃんに無抵抗にも髪の毛を引っ張られると苦笑いを浮かべながら親指を立てる。
「グッと。しかしこの厳重な施設内でよくカラクス鳥を飼えた物だな」
「二年前にこのカラクス鳥が怪我をしてダクトの中に迷い込んで出て来た所を私が保護をしたのです。怪我を直してからこっそりとお外に逃がす算段だったのですが、なぜか私に懐いてしまいましてね、元気になるまで研究員達の目を盗んで密かに飼う事にしたんですよ。それ以来の付き合いです」
「このカラクス鳥に意識を……魂を乗り移らせる技術はどこで習ったんだ。ていうか、あれは聖女の力を使った魔法か何かの類いの力なのか?」
古代の遺物、空蝉の杯の存在を知らないラエルロットはテファがなぜカラクス鳥の体を借りて外の世界の状況を共有できるのかが引っかかっているようだったが、そんなラエルロットにテファはまるでお茶を濁すような曖昧な態度でのらりくらりと核心に迫る会話を躱す。
「これは私の……聖女としての力です。私はその気になったら動物たちと心を通わせる事ができ、その体と意識を一時的に乗っ取る事ができるのです!」
「すげぇーー、そんな事ができるのか。テファ、おまえすげえーーな!」
「え、ええ、すごいでしょ。動物たちは皆、私のお友達ですからね、当然ですよ」
(まあ、全て嘘なんですがね。でもラエルロットさんにはまだ私が持つ古代の遺物の事を言う訳にはいきませんし、同じく秘密を共有している蛾の妖精のルナさんとミランシェさんには事前に前もって口止めもした訳ですから、ここはなんとしても私が隠し持つ古代の遺物の事は絶対に隠しきらないといけません。そう遠くない……近いウチにラエルロットさんと行動を共にするかも知れない、あの子の為にも!)
何かを確信し思い詰めるような表情を見せたテファを見つめながらラエルロットは紙コップにつがれたお茶を飲む。
「なるほどな、動物さえも思いやれるテファならではの優しい能力だな。お前の本体でもある人の痛みや悲しみをなんとも思わないあのテファニアとはえらい違いだぜ!」
なにげに言ったラエルロットのテファニアに対する非難の言葉に、テファは悲しげな顔をしながらまた頭を下げる。
「ごめんなさい、私の本体がいつもご迷惑をかけて。でもそんなに彼女の事を嫌わないであげてください。彼女はただ完璧であり続けたいが為に陰ながらに常に努力をし、強い願望で地位や名誉を熱望し、自分の存在を価値を周りに認めさせたいが為に、あえて人に強く出ているだけですから。本当はとても臆病で不安なくせに自信過剰に振る舞って常に目下の者達を見下しているのは、弱い自分を見透かされないように気を張っている証拠です。自分で言うのも何ですが、確かに彼女は容姿端麗で稀に見る才女で家柄もいい領家のお嬢さんではありますが、その過度な自信の裏には物凄い努力を陰ながらにしている事も忘れないで置いてあげて下さい。元々全てに対して完璧を目指し尚且つ才能のある彼女が、そのさらに上を行く為に絶えず努力をしている訳ですから、周りがちんけに見えてしまっても仕方が無いのかも知れません。私としては、もっと気を抜いて周りの人達と背比べする事もなく、気軽に生きた方が幸せだと思うのですが、私とテファニアさんはまさに油と水の関係なのか私の言葉には一切耳を傾けないのです。なぜか私にはいつも恨みがましい視線を向ける始末です『あなたには永遠に私の気持ちはわからないわよ!』といつも罵声を浴びせられるのですが、一体誰に憧れて……誰と張り合っているのかが未だに謎のままです」
それはテファ、お前と張り合っているからじゃないのかと一瞬言いかけたラエルロットだったが直ぐに口を押さえる。今ここで憶測で物事を言ってまたテファの心を不安にさせることはないと考えたからだ。
そんなラエルロットに向けてテファはテファニアに対する自分の思いを語る。
「彼女はおそらく幼い頃から全てにおいて美貌や才能に恵まれていてそれでいて生粋の箱入り娘だったが為に人と関わる世界が極端に狭く、その為に歪んだ世界観を持ってしまっている用です。ですが自分の弱さを素直に受け入れ、尚且つその経験をバネにこれから出会うであろう未来の人達と語らい、いろんな冒険と経験を共に積んで行けば……いつかは必ず人の優しさや思いを共に理解し合える日が必ず来ると私は信じています。いえ絶対に彼女にもそんな日が必ず来るはずです。そんな日が来る事を私は信じます。だって彼女は私の分身のような……いいえ姉のような存在の人なのですから、ほおっては置けませんよ」
「姉妹か……確かにそうなのかも知れないな」
「それに私は同じ境遇の幾多の妹たちと出会う事で、いろんな悲しみや笑いや夢や希望や絶望といった思いを共に共有し、人を慈しみ、思いやれる大切さを知ったのですから、今度はテファニアさんにも、やがて現れるであろう人の運命すらも変えるきっかけとなり得る大切な仲間達と共に、この世界に広がる広大な生命の繋がりを……人々の心の絆を見てきてもらいたいのです」
「仲間か。でもあいつは確か、神聖・白百合剣魔団というギルドに所属をしていて、おそらく仲間は沢山いるはずだ。だからこの上今さら新たな仲間なんか本当に必要なのか?」
「そう言う仲間ではありません、話を続けます。そして……その世界に住む数多くの他種族達が抱える悩みや差別や貧富の格差や理不尽な暴力が蔓延るこの混沌とした滅びつつある世界で、人はなぜそれでも強く生き、運命にすらもあらがい、そしてその果てに他人に対し限りなく優しくなれるのか。共に手を携えながら協力し合い互いに弱さや欠点を克服しながら生きる事ができるのか。その答えを意味を、僅かでも感じて来てもらいたいのです!」
「人に優しくなれるきっかけか」
「そうです、人の優しさに触れ、時には騙され裏切られながらもいろんな経験を積み、その旅の中でできた沢山の大切な友人達との触れ合いから共に充実たる友情と親交を重ね、そしてその事を踏まえた上でこの土地で、神聖なるマナと悪の呪いが溢れる広大な大地で生かされているこの世界の大切さを知れば、いつかはこの世界にある矛盾や謎の意味がわかるはずです。そしてなぜ女神様から作られた聖女という存在は聖女たらしめるのかを、その理由に……いいえその使命に真の意味で気づけたのなら、きっとテファニアさんの未来はいい意味で変わるはずです」
「聖女がこの世界に存在しうる真の意味か」
「そしてテファニアさんが人の思いの大切さや優しさに気づき、彼女もまた人に優しくなれる日が来るのなら……その時は必ず私の言葉の意味を、思いを、そして願いを分かってくれるはずです。私はそう信じています。それが私がテファニアさんに対して思う、本当の思いです!」
「テファ……お前、そこまでテファニアの事を心配しているのか。やはりお前らは姉妹だよ。その気性や考え方や心根は正反対だが、その根幹でもある譲れない信念や頑固で一本気な所は一緒なんだな」
テファの決意ある言葉を聞き改めて生きてきた環境は違えどテファニアとテファは同じ人物のような者なのだと自覚をしたラエルロットは今更ながらにその事に気づかされる。そんな二人をなにやら不思議そうに見ていたミランシェはフと何かに気づいたのかその視線を非常階段がある下の床へと向ける。
「ん、何かしら、あれ?」
その気づいた何かを確かめる為にミランシェはゆっくりとした足取りでその非常階段がある床の位置を確かめる為に歩み寄るが、その疑問が確信に変わるとミランシェはラエルロットに向けて大きな声を上げる。
「ラエルロットのお兄さん、今まで階段の陰になっていて暗くて気づきませんでしたが、どうやらこの非常階段の真下には下水に通ずる下水口があるみたいです。このドブ川のような汚物の臭いは絶対に地下に流れる下水の匂いです。一体何を垂れ流しているのかは知りませんが汚いですし、酷い匂いです」
「そうか、確かにこの辺りは臭いくさいとは思ってはいたが、そこから臭いが流れてきていたのか。道理でくさい訳だ」
「それで、一体どうするんですか。このまま見ないふりをして先に進みますか!」
「上は各階に通じる非常階段の入り口だとして、下は本当に下水道の淵なのかを調べないといけないんだが、何が待ち受けているかも分からないし、入るには当然リスクが伴うよな。やはりみんなの安全性を考えて入るのはやめておくか」
調べてみたい気持ちはあるがラエルロットはみんなの安全を考えて下水道があるとされる地下室に入るのを断念する。そんなラエルロットの決断とは裏腹に空中を飛んでいたカラクス鳥のピコちゃんがなぜかその下水道のある地下の方へと低空飛行をしながら素早く入っていく。
「カアァァ、カアァァ!」
バサバサバサッ!
「ピコちゃん……ちくしょう、なんてこった。美味しそうな虫でも飛んでいたのか、或いは残飯でも落ちていたのか、心ならずもカラクス鳥のピコちゃんが勝手に下水道のある地下の方に飛んでいってしまった。どうしようか。カラクス鳥の習性だろうし空を飛べるピコちゃんがそう易々と危険に遭遇することは無いとは思うが、入り口がここしかないのなら、ピコちゃんが返ってくるのをここでしばらく待ってみるか」
待つ結論を出したラエルロットだったが、そんなラエルロットに背を向けるとテファは炎が灯るランプを持ち上げながら下水道のある石階段をゆっくりと静かに降りていく。
「心配なんで私、下の方をちょっと見てきます!」
「ちょ、ちょっと、勝手な行動は困るよ」と言葉を掛けたラエルロットだったが聞こえていないのかテファは勝手に地下に続く石階段をスタスタと降りていく。そんな彼女を追いかけようかどうしようかと悩むラエルロットに三人の言葉が飛ぶ。
「ラエルロット、まさかこのままテファを一人で行かせる気じゃないでしょうね。当然あんたも行くんでしょ、心ある真の勇者を目指すのなら、そんな彼女を見捨てはしないわよね!」
「ルナ……」
「ラエルロットのお兄さん、早くテファの後を追ってください。この地下からはなにやら多くの汚れた悪意を感じます。取り返しの付かない内に彼女を連れ戻した方がいいと思いますよ」
「ミランシェ……」
そんな二人の厳しい意見とは裏腹に99754番の少女ことツインちゃんはなぜかニコニコしながらラエルロットに一人でテファの後を追うようにと促す。
「そんなに心配しなくても恐らくは多分大丈夫ですよ。あの95657番のお姉さんに危害を加えられる魔物は私が知る限りこの研究所には一匹もいないと思われますから。でもまだうら若い女性を一人で行かせたのは勇気ある男性としてはかなりの失態ですよね。という訳でラエルロットのお兄さん、ここはあなたが一人で地下へと降りて95657番のお姉さんことテファのお姉さんを連れて戻ってきて下さい。大丈夫です、いざという時は彼女がラエルロットのお兄さんの身を守ってくれますから」
「テファが俺の身を守るだとう」
「はい、そうです。テファのお姉さんが必ずラエルロットのお兄さんの身を守ってくれます。もう私達はここでは聖女の力を思う存分使えるのですから、必ずラエルロットのお兄さんのお役に立てるはずです。それにもしもこの地下で危険な魔物と遭遇することがあるのなら、ラエルロットのお兄さんは95657番のお姉さんの真の力をその目で垣間見る事ができるはずです。あの誰もがあらがうことすらも許されない最強かつ純粋な始まりの起源たらしめる真の聖女の力を!」
「純粋な真の聖女の力だとう、それは一体どういった物なんだ。ツインちゃんはその彼女の力を見たことがあるのか」
「いいえ、見たことはありません。ですが話は95657番のお姉さんから聞いてはいます。あの力は本来聖女達が持つとされる聖女の力の源であり、原型なのだという話です。人を思いやり、慈しみ愛し敬う、純粋な真の正義の心がそのまま大きな力になるのだとか言っていました。まったく、95657番のお姉さんらしい力です」
自慢げに語る99754番ことツインの話を聞いていたラエルロットは尚更頭を横へと傾げる。
「話を聞いているだけじゃテファの聖女としての力が一体どんな物かまったく分からないな」
「フフフ、なら下に降りて見てきてください。もしかしたらお兄さんの納得する物が見れるかも知れませんよ」
「そう言うお前らは行かないのかよ」
「ええ、行きません。野暮なことは聞かないでください。ラエルロットのお兄さんにしても彼女の更なる信頼を勝ち取るチャンスなんですから一人で言って格好いい所を見せてあげた方がいいと思いますよ。きっと地下に降りてきてくれることを95657番のお姉さんも密かに望んでいるはずです」
「まあやはり一人は心細いだろうからな」
「まあ、そういう意味ではないのですがね、まあいいでしょう。行けば分かりますよ。ほんとラエルロットのお兄さんは勘が鈍いですね」
「なんだかよくわからんがとにかく行ってくるよ」
左手には炎が灯るランプを持ち、右手には思いを具現化する苗木を宿す黒い木刀を携えるとラエルロットは暗闇が広がる石階段をスタスタと降りていく。そんなラエルロットの後ろ姿を見送りながら99754番の少女ことツインちゃんはボソリと呟く。
「せっかく二人っきりになれるシチュエーションを作って上げているというのに、ほんと世話が焼けるしラエルロットのお兄さんは勘が鈍いですよね。まああの感じじゃ女性に、特に美女にモテた事は生涯なかったでしょうから意識すらしてはいないと言ったところでしょうか。でも、せっかくあの95657番のお姉さんがこんなにハッキリと思いを寄せているんですから、もしもラエルロットのお兄さんにその気があるのならもっと積極的にせめて欲しいです。それにもし、仮にラエルロットのお兄さんが95657番のお姉さんに告白する事態にでもなれば、その成功確率はほぼ100パーセントなのはまず間違いはないのですから、それをフイにするのはほんと勿体ないです。95657番のお姉さんはかなりの美人さんですし、気立てもいいし、尚且つ料理上手で(クローン体の偽物とはいえ)更には特Aランクの力を宿す特別な聖女様なんですから、はっきり言ってラエルロットのお兄さんには不釣り合いですし、高嶺の花の存在です。だからこそラエルロットのお兄さんには是が非でもここで男を見せてくれる事を願っているのです。ラエルロットのお兄さん、ほんと頑張って下さい。密かに一途な思いを寄せる95657番のお姉さんの為にも!」
なにやら興奮しながら話すツインちゃんの言葉に話を聞いていた蛾の妖精のルナがビックリした様子で鋭く反応する。
「え、まじ、テファってラエルロットのことが好きだったの。まあ薄々は感づいてはいたけど、そういうことだったのね。だからツインちゃんはあえてラエルロットを一人で行かせたと、そういうことね。それにしてもまだ幼い姿を宿す少女とはいえ、なんておませな事をする幼女なのかしら、腐女子気質にも程があるでしょ。ほんと恐ろしい子!」
二人で盛り上がるツインと蛾の妖精のルナとは裏腹に、話を聞いていたミランシェが誰にも聞こえない声でボソリと呟く。
「テファの聖女としての力の源は、愛や希望を主体とした人を思いやれる正義の力が本幹にあると言う事でしょうか。だとしたならば、これはかなり油断ならない力のようですし、まさに強敵となり得る能力なのかも知れませんね。しかもその彼女が内に秘めているとされる聖女としての力の埋蔵量のそこがどうしても見えないです。まさかとは思いますが、人を思う心の数だけ彼女の神聖力は無限に生産されていくと言う事なのでしょうか。だとしたならば、たとえ超再生と不老不死の力を持つ我らが相対をする事があったとしても、その戦いの果ての結果はかなり厳しい事態を強いられるのかも知れませんね。サンプル体95657番のテファ……まったく彼女は恐ろしい聖女です!」
「それじゃあたし達は二人と一匹が戻ってくるまでここで三人で雑談でもしていますか。下世話な恋バナに花を咲かせながらね。あ、今紅茶のお代わりを次ぎますね」
「恋バナって一体何よ、そんなのは私たちには当然まだないわよ。ねえミランシェ!」
「恋バナ……なにそれ……もしかしてそれって美味しいの?」
どこか浮かれ気味に語るツインちゃんの説明と思いに対し、蛾の妖精のルナとミランシェは互いに顔を見合わせながら、地下へと降りたラエルロットとテファを静かに見守るのだった。
「最下層だと思っていた少女達が住む居住フロアから更に階段を降りて、長い廊下を先ほどからズーと歩いているんだが一体この通路はどこまで続いているんだ。やはりさっきのカラクリの乗り物で移動をした方が良かったんじゃないのか。階段を降りた所に後、4、5台は止まっていたみたいだし、今からでも戻って乗り込んでも差し支えは無いだろ」
「でもあの乗り物を動かすには登録されてある顔認証コードが必要ですし操作方法も分からないので運転することは出来ませんよ」
「テファの話だと先ほど帰った他の研究員達やテファニアはそのカラクリの乗り物を使って研究ブロックがあるフロアまで移動をしたとの話だが、俺達はこの無駄に広く長い通路を歩いて目的地まで行かないといけないのか、なんとも気の遠くなる用な話だな」
「仕方がありませんよ、私達の顔認証コードは当然登録されてはいませんし、運転もしたことがありませんからね」
「カラクリの機械は流石に動かせないか。でもこの長い通路をただひたすらに歩いて行くのはいいとして、その目的地に着くのは一体いつになる事やら」
手を貸す事を渋るダグラス試験官に他のサンプル体の少女達を任せ、95657番ことテファの血液から生成された新薬を奪い取りに行く為に、ラエルロット、蛾の妖精のルナ、95657番のテファ、小撃砲使いのミランシェ、そして99754番の少女ことツインちゃんの五人は最下層にあるとされる研究室の保管庫へと歩みを進める。
途中、最下層の階段下にあるカラクリの機械で動く謎の乗り物でいち早く目的地まで先に進みたかったが、認証コードが必要な乗り物の機械を動かす事はどうやらできないようなので、仕方なく五人は徒歩でどこまでも続く長い長い通路をひたすらに歩く。
その薄暗い通路は割と広く、10トン大型トラックが二台分くらいは交差ができる程に幅があるようだが、その何も無い無機質な空間を歩くラエルロット達の心は逆に不安を覚える。
先程会った、盲目的に与えられた仕事を淡々とこなす他の研究員達や。第三級冒険者にしてこの研究所の責任者でもあり、女神生体工学と魔道生物学を絶えず研究している天才魔道生物工学者のダクト所長。そして聖女の力と美しい若さを手に入れた大富豪でもあるマダム・ナターリア。更には同じくテファの命と引き換えに特Aランクの聖女の力を手に入れようと画策し野望を燃やす神聖・白百合剣魔団のメンバーにして第七級冒険者の冷酷な剣士・テファニア。そんな邪な私欲と野望の虜となっている沢山の人達は皆一体どこまで進み、そしてその目的の場所で何をしているのか、それは今後の結末で知る事となる。?
テファの話では、ダクト所長が管理をする研究室内の保管庫にテファの血液から生成された新薬の液体が厳重に保管されてあるとの事だが、新薬だけでは無く、ダクト所長が常に持ち歩いている外へと繋がる鉄の扉を開ける事ができるカードキーもどうにかして強奪しなくてはならない。
その無謀極まりない新たなミッションを嫌でも行わなくてはならなくなったラエルロット達一行は、それぞれの思いと目的を胸に、更に先へ先へと歩く。
「……。」
しばらく歩くこと約一時間、ラエルロット達一行は丁度通路の中間地点へと差し掛かる。そこにこじんまりとした広くなった空間がある事で少し風景を変えてはいたが、テファが話してくれた情報と事前に調べた見取り図から察するに、どうやらこの場所が通路の中間地点である事を皆が理解したようだ。
その証拠に奥に入った右側には(非常階段なのか)上へと続く階段が長々と続き、電球が切れかかっているのか所々の明かりが時々消えたり付いたりと点滅を繰り返す。
そんな古臭くも不気味な空間が広がるこぢんまりとした場所で前を歩くテファがいきなりラエルロット達に向けて話しかける。
「後もう一時間程歩くと実験施設に到着しますが、この辺で小休憩にしましょう。この施設に来てから皆さん、まだ食事は済ませてはいないですよね。ここから先への後半の移動はそのままダクト所長がいるエリアへ乗り込む形になると思いますから、ここらで休憩は必要です。でないともう休める時間と場所がないと思われますからね」
「そうなのか?」
「はい、敵アジトのど真ん中ですし、多分この先はもう気を休める所はありません。実験室の管理部屋に行って生成された新薬とお外に出られるカードキーをダクト所長の手から盗み出す事ができたら、待機してある私の妹達がダグラス試験官と共に向かったと思われる外へと続く扉の前へとそのまま急がないといけません。ですので私達はここいらで英気を養う為にも腹ごなしをするのが賢明だと思います。何をするにしてもお腹がすいていてはいざという時に行動ができませんからね。腹が減っては戦はできぬとも言いますし。実は私、お外に逃げるに当たり簡単なお弁当をこしらえて持って来ましたから、そのお弁当を今ここで、みんなで食べましょう!」
テファは満遍の笑顔でその場にシートを広げると、背中に背負っていたリュックの中から持参して来た大きなランチボックスと水筒を取り出す。
そのランチボックスの中には手作りのサンドイッチが綺麗に収められており、ハム野菜サンドや卵ツナサンドといった数多くの品がラエルロット達の食欲をかき立てる。
あまりの空腹の為にお腹を鳴らすラエルロットは、朝から軽い朝食を食べたきりその後はなにも食べてはいない事に気づく。
「そういえば朝からこの実地試験に参加してからは、ツインちゃんが持ってきてくれた紅茶以外はなにも口に入れてはいなかったな。この実地試験に参加してからはいろいろと動き回り、数々の苦難と強敵達との緊迫した攻防のお陰で水分とカロリーをかなり消費している事をすっかり忘れてしまっていたよ。だからこそ、ここへ来ての食事の提供と気遣いはかなり嬉しいし正直助かるぜ。テファ、いろいろと気を遣ってくれて本当にありがとな」
当然のように言うラエルロットの心からの感謝の言葉に照れくさそうに笑うテファは、顔を赤らめながらもうれしそうにうなずく。
まるで男性にまったく免疫が無いかのような初々しい仕草を見せるテファの様子を見ていた99754番の少女ことツインちゃんは何かを察したのか、まるで何かを見守るかのようにニッと笑うと、ラエルロット、蛾の妖精のルナ、ミランシェに向けてサンドイッチと紅茶を取り分けていく。
「このサンドイッチ、全て95657番のお姉さんの手作りなんですよ。凄く美味しいんですから食べてみて下さい。特にラエルロットのお兄さんはよ~く味わって食べるように!」
「なんで俺限定なんだよ。て、いうか言われんでもよ~く味わって食べるわ。それにしても本当にこのサンドイッチはお世辞抜きで旨いな。具を包んである小麦粉のパン生地が上物なのかな? それにいい匂いもするし外側はこんがりと焼けているのに内側はしっとりとしていて、柔らかで歯ごたえがなんとも言えないぜ。そして口に入れて咀嚼する度に広がる甘みと歯触りが更なる食欲をかき立てずにはいられないと言ったところか。そして口の渇きを癒やす高品質の紅茶もかなり洗練されていて上手いし、これは何個でも食べられるよ!」
「このサンドイッチはラエルロットのお兄さんに食べて貰いたくて95657番のお姉さんが愛情と丹精を込めて作った一品なんですから美味しくない訳がないですよ」
ブウウゥゥゥゥゥゥーーゥ!
そのどさくさ紛れに話す99754番の少女・通称ツインちゃんの言葉に、思わず飲んでいた紅茶を全て口から勢いよく吐いてしまった95657番のお姉さんことテファは、狼狽しているのかかなりドギマギしながら慌てて弁解と否定の言葉を述べる。
「ちょ、ちょっと、どさくさ紛れになに変な事を言っているのよ、99754番、私はただみんなが道中お腹がすくかもと思ってサンドイッチを少し軽食程度にこしらえただけなんだからあまり変な事は言わないで下さい!」
「その割には朝から、ラエルロットのお兄さんがこの研究所内に来るかも知れないとか言って、ウキウキ気分で作っていたように見えたんだけど、私の気のせいかな」
「もう、お姉さんをあまりからかう物じゃなくてよ!」
そんな浮かれた二人の少女のやり取りを見つめていたミランシェは目の前に出されたサンドイッチに手を伸ばすと、不思議そうに見ながらそのサンドイッチを一口頬ばる。
モグモグ……モグモグ……モグモグ……ゴクリ!
「そうですか……なるほど……人間が作る食べ物にしては中々に旨いですね……こんな食べ物が世の中に……いいいえこの打つ世にあるのですね。いい経験になりましたわ」
差し出されたサンドイッチを黙々と食べるミランシェの何げない感想の言葉に疑問を抱いていた蛾の妖精のルナは思っていた事を口にする。
「なに言ってんのよミランシェ、その言い方じゃまるであなたが人間じゃないみたいじゃない。天足のアトリエに七色魔石を取り返して貰ったとはいえ、その影響のせいでまだ若干錯記憶障害を起こしているみたいね。記憶の喪失の為にあなたがまだ錯乱しているのはわかるけど。その言葉からは人間族達を俯瞰的に見る第三者の声にしか聞こえないわ。もうしっかりしてよね!」
「そう……そうですか。そんな風に聞こえていましたか。一応は気をつけていたのですが……これは更に気を引き締めないといけませんね。ルナさん……ご忠告ありがとうございます!」
「いえ、別にいいんだけどね?」
なにやら意味ありげにミランシェは蛾の妖精のルナに向けて不気味ににんまりと笑うと、何事も無かったかのようにまたサンドイッチを黙々と食べ始める。
*
軽食を食べ始めてから、五分後。
よほどお腹がすいていたのかラエルロットは目の前にあるサンドイッチを口いっぱいに頬ばり、蛾の妖精のルナは自前のマイストローを持ち出すと紅茶をうまそうに啜り上げ、サンドイッチを食べ終えたミランシェもまた目の前に置かれた紙コップを持ち上げながら紅茶を味わい始める。そんな三人の様子を穏やかな目で見ていたおませなツインちゃんだったが、いきなり紅茶とサンドイッチを取り分けながら立ち上がるテファの謎の行動に思わず首を傾げる。
「お姉様、いきなりサンドイッチと紅茶を取り分けて、その品々を一体どこに持って行くつもりですか?」
「ええ、ちょっとこのサンドイッチと紅茶をお供えにね。私達を陰ながらに見守ってくれている彼女もまた当然お腹がすいている物と思うから、これを食べて貰って元気になって貰おうと思って」
「彼女……一体誰のことですか?」
テファの謎の言動に更に首を傾げるツインちゃん・ラエルロット・蛾の妖精のルナの三人だったが、何気に闇が広がる通路の先を鋭い目つきで見つめていた小撃砲使いのミランシェが目を大きく見開くと何かを納得したかのようにいきなり小さく笑う。
「なるほど……そういう事ですか。近くにいるのはわかってはいましたが、まさか一定の距離を取りながら私達の後をピッタリとついてきていたとは正直意外でした。それにしても目視も音すらも遮断する事のできるその追跡能力はやはり馬鹿にはできませんね。そして私とはとことん相性が悪い能力みたいです。この私が彼女の存在をその臭いからしか判別ができないのですから、ほんと厄介な特性を生かした魔法能力です。でもそんな彼女の見えざる存在に気づいているテファは……やはり恐るべき聖女です。本当に凄い才能と未知なる可能性と力を感じるでちゅ。これは事を慎重に運ばないといけないようですね」
誰にも聞こえないように独り言を言うミランシェの警戒心を余所に、紙皿に乗る二・三個のサンドイッチと紙コップに入れた紅茶を持参したテファは闇が広がる通路の五十メートルくらいまで近づくと、その手に持つ品々を床に置き始める。
サンドイッチと紅茶の入った紙コップを床へと置いたテファは、優しげな声で暗闇に向けて言葉をかける。
「見守りありがとう御座います。でもあまり無理はしないでくださいね!」
「……。」
サンドイッチを床に置いたテファがみんなの元に戻るといつの間にか回りはちょっとした騒動になっていた。
食事をしているラエルロット達の元に何処からともなく現れた黒い翼を持つお馴染みのカラクス鳥がラエルロットから奪い取ったサンドイッチを黙々と食べていたからだ。そのサンドイッチを取り返そうと手を伸ばすラエルロットだったが、カラクス鳥は食べかけのサンドイッチを嘴で押さえながら空中へと飛び上がるとまるで相手をからかうかのようにラエルロットの頭上を優雅に舞う。
「カアァァ、カアァァァァァ、カアァァァァァ!!」
「ちくしょう、俺のサンドイッチを奪いやがって、捕まえて取り返してやる!」
「もういいじゃない一つくらい、まだサンドイッチは沢山あるんだし。ラエルロット少し心が狭いわよ!」
「そんな問題じゃないだろ。ルナ、俺はあのカラクス鳥に馬鹿にされているんだぞ。見ろよあのカラクス鳥のまるで相手を馬鹿にするかのようないけ好かない行動を。あの微妙な間合いを計りながら距離を取る行いは、取れる物なら俺から取ってみろという意思をヒシヒシと感じるぜ。ちくしょう、ちくしょう、鳥こうの分際で俺のサンドイッチに手をつけるとは許さないぞ!」
「まったく、カラクス鳥にからかわれてムキになっているようじゃ先が思いやられるわね。ツインちゃん、ミランシェ、それにテファ……ラエルロットの事は放っといて、私達はせっかくの食事を楽しみましょう」
ラエルロットとカラクス鳥の攻防を見ながら蛾の妖精のルナがため息交じりに話していると、なにやら申し訳なさそうにテファがラエルロットに向けて頭を下げる。
「ラエルロットさん、お食事中の所なのに申し訳ありません。うちのピコちゃんがどうやらご迷惑をお掛けしてしまったみたいです。ピコちゃんもどうやらお腹がすいていたようでつい皆さんのサンドイッチに手をつけてしまった用です。ですが普段は私の言う事をよく聞くいい子なのであまり叱らないでおいてあげて下さい。後で私からよ~く言って聞かせて皆さんのご迷惑にならないように務めますから」
本気で謝るテファの態度に不味いと思ったのかラエルロットはわざとらしく大袈裟に頭を掻きながら明るい笑顔を向ける。
「冗談、冗談に決まっているだろ。カラクス鳥にサンドイッチを取られたくらいでこの俺が本気で怒る訳無いじゃないか。ちょっと食後の運動にからかって遊んでいただけだよ。そうだよな、カラクス鳥のピコちゃん。俺達はもう友達だよな!」
テファのペットでもあるカラクス鳥の名前がピコちゃんだと言う事実をたった今知ったラエルロットは、頭上から飛んで来たカラクス鳥のピコちゃんに無抵抗にも髪の毛を引っ張られると苦笑いを浮かべながら親指を立てる。
「グッと。しかしこの厳重な施設内でよくカラクス鳥を飼えた物だな」
「二年前にこのカラクス鳥が怪我をしてダクトの中に迷い込んで出て来た所を私が保護をしたのです。怪我を直してからこっそりとお外に逃がす算段だったのですが、なぜか私に懐いてしまいましてね、元気になるまで研究員達の目を盗んで密かに飼う事にしたんですよ。それ以来の付き合いです」
「このカラクス鳥に意識を……魂を乗り移らせる技術はどこで習ったんだ。ていうか、あれは聖女の力を使った魔法か何かの類いの力なのか?」
古代の遺物、空蝉の杯の存在を知らないラエルロットはテファがなぜカラクス鳥の体を借りて外の世界の状況を共有できるのかが引っかかっているようだったが、そんなラエルロットにテファはまるでお茶を濁すような曖昧な態度でのらりくらりと核心に迫る会話を躱す。
「これは私の……聖女としての力です。私はその気になったら動物たちと心を通わせる事ができ、その体と意識を一時的に乗っ取る事ができるのです!」
「すげぇーー、そんな事ができるのか。テファ、おまえすげえーーな!」
「え、ええ、すごいでしょ。動物たちは皆、私のお友達ですからね、当然ですよ」
(まあ、全て嘘なんですがね。でもラエルロットさんにはまだ私が持つ古代の遺物の事を言う訳にはいきませんし、同じく秘密を共有している蛾の妖精のルナさんとミランシェさんには事前に前もって口止めもした訳ですから、ここはなんとしても私が隠し持つ古代の遺物の事は絶対に隠しきらないといけません。そう遠くない……近いウチにラエルロットさんと行動を共にするかも知れない、あの子の為にも!)
何かを確信し思い詰めるような表情を見せたテファを見つめながらラエルロットは紙コップにつがれたお茶を飲む。
「なるほどな、動物さえも思いやれるテファならではの優しい能力だな。お前の本体でもある人の痛みや悲しみをなんとも思わないあのテファニアとはえらい違いだぜ!」
なにげに言ったラエルロットのテファニアに対する非難の言葉に、テファは悲しげな顔をしながらまた頭を下げる。
「ごめんなさい、私の本体がいつもご迷惑をかけて。でもそんなに彼女の事を嫌わないであげてください。彼女はただ完璧であり続けたいが為に陰ながらに常に努力をし、強い願望で地位や名誉を熱望し、自分の存在を価値を周りに認めさせたいが為に、あえて人に強く出ているだけですから。本当はとても臆病で不安なくせに自信過剰に振る舞って常に目下の者達を見下しているのは、弱い自分を見透かされないように気を張っている証拠です。自分で言うのも何ですが、確かに彼女は容姿端麗で稀に見る才女で家柄もいい領家のお嬢さんではありますが、その過度な自信の裏には物凄い努力を陰ながらにしている事も忘れないで置いてあげて下さい。元々全てに対して完璧を目指し尚且つ才能のある彼女が、そのさらに上を行く為に絶えず努力をしている訳ですから、周りがちんけに見えてしまっても仕方が無いのかも知れません。私としては、もっと気を抜いて周りの人達と背比べする事もなく、気軽に生きた方が幸せだと思うのですが、私とテファニアさんはまさに油と水の関係なのか私の言葉には一切耳を傾けないのです。なぜか私にはいつも恨みがましい視線を向ける始末です『あなたには永遠に私の気持ちはわからないわよ!』といつも罵声を浴びせられるのですが、一体誰に憧れて……誰と張り合っているのかが未だに謎のままです」
それはテファ、お前と張り合っているからじゃないのかと一瞬言いかけたラエルロットだったが直ぐに口を押さえる。今ここで憶測で物事を言ってまたテファの心を不安にさせることはないと考えたからだ。
そんなラエルロットに向けてテファはテファニアに対する自分の思いを語る。
「彼女はおそらく幼い頃から全てにおいて美貌や才能に恵まれていてそれでいて生粋の箱入り娘だったが為に人と関わる世界が極端に狭く、その為に歪んだ世界観を持ってしまっている用です。ですが自分の弱さを素直に受け入れ、尚且つその経験をバネにこれから出会うであろう未来の人達と語らい、いろんな冒険と経験を共に積んで行けば……いつかは必ず人の優しさや思いを共に理解し合える日が必ず来ると私は信じています。いえ絶対に彼女にもそんな日が必ず来るはずです。そんな日が来る事を私は信じます。だって彼女は私の分身のような……いいえ姉のような存在の人なのですから、ほおっては置けませんよ」
「姉妹か……確かにそうなのかも知れないな」
「それに私は同じ境遇の幾多の妹たちと出会う事で、いろんな悲しみや笑いや夢や希望や絶望といった思いを共に共有し、人を慈しみ、思いやれる大切さを知ったのですから、今度はテファニアさんにも、やがて現れるであろう人の運命すらも変えるきっかけとなり得る大切な仲間達と共に、この世界に広がる広大な生命の繋がりを……人々の心の絆を見てきてもらいたいのです」
「仲間か。でもあいつは確か、神聖・白百合剣魔団というギルドに所属をしていて、おそらく仲間は沢山いるはずだ。だからこの上今さら新たな仲間なんか本当に必要なのか?」
「そう言う仲間ではありません、話を続けます。そして……その世界に住む数多くの他種族達が抱える悩みや差別や貧富の格差や理不尽な暴力が蔓延るこの混沌とした滅びつつある世界で、人はなぜそれでも強く生き、運命にすらもあらがい、そしてその果てに他人に対し限りなく優しくなれるのか。共に手を携えながら協力し合い互いに弱さや欠点を克服しながら生きる事ができるのか。その答えを意味を、僅かでも感じて来てもらいたいのです!」
「人に優しくなれるきっかけか」
「そうです、人の優しさに触れ、時には騙され裏切られながらもいろんな経験を積み、その旅の中でできた沢山の大切な友人達との触れ合いから共に充実たる友情と親交を重ね、そしてその事を踏まえた上でこの土地で、神聖なるマナと悪の呪いが溢れる広大な大地で生かされているこの世界の大切さを知れば、いつかはこの世界にある矛盾や謎の意味がわかるはずです。そしてなぜ女神様から作られた聖女という存在は聖女たらしめるのかを、その理由に……いいえその使命に真の意味で気づけたのなら、きっとテファニアさんの未来はいい意味で変わるはずです」
「聖女がこの世界に存在しうる真の意味か」
「そしてテファニアさんが人の思いの大切さや優しさに気づき、彼女もまた人に優しくなれる日が来るのなら……その時は必ず私の言葉の意味を、思いを、そして願いを分かってくれるはずです。私はそう信じています。それが私がテファニアさんに対して思う、本当の思いです!」
「テファ……お前、そこまでテファニアの事を心配しているのか。やはりお前らは姉妹だよ。その気性や考え方や心根は正反対だが、その根幹でもある譲れない信念や頑固で一本気な所は一緒なんだな」
テファの決意ある言葉を聞き改めて生きてきた環境は違えどテファニアとテファは同じ人物のような者なのだと自覚をしたラエルロットは今更ながらにその事に気づかされる。そんな二人をなにやら不思議そうに見ていたミランシェはフと何かに気づいたのかその視線を非常階段がある下の床へと向ける。
「ん、何かしら、あれ?」
その気づいた何かを確かめる為にミランシェはゆっくりとした足取りでその非常階段がある床の位置を確かめる為に歩み寄るが、その疑問が確信に変わるとミランシェはラエルロットに向けて大きな声を上げる。
「ラエルロットのお兄さん、今まで階段の陰になっていて暗くて気づきませんでしたが、どうやらこの非常階段の真下には下水に通ずる下水口があるみたいです。このドブ川のような汚物の臭いは絶対に地下に流れる下水の匂いです。一体何を垂れ流しているのかは知りませんが汚いですし、酷い匂いです」
「そうか、確かにこの辺りは臭いくさいとは思ってはいたが、そこから臭いが流れてきていたのか。道理でくさい訳だ」
「それで、一体どうするんですか。このまま見ないふりをして先に進みますか!」
「上は各階に通じる非常階段の入り口だとして、下は本当に下水道の淵なのかを調べないといけないんだが、何が待ち受けているかも分からないし、入るには当然リスクが伴うよな。やはりみんなの安全性を考えて入るのはやめておくか」
調べてみたい気持ちはあるがラエルロットはみんなの安全を考えて下水道があるとされる地下室に入るのを断念する。そんなラエルロットの決断とは裏腹に空中を飛んでいたカラクス鳥のピコちゃんがなぜかその下水道のある地下の方へと低空飛行をしながら素早く入っていく。
「カアァァ、カアァァ!」
バサバサバサッ!
「ピコちゃん……ちくしょう、なんてこった。美味しそうな虫でも飛んでいたのか、或いは残飯でも落ちていたのか、心ならずもカラクス鳥のピコちゃんが勝手に下水道のある地下の方に飛んでいってしまった。どうしようか。カラクス鳥の習性だろうし空を飛べるピコちゃんがそう易々と危険に遭遇することは無いとは思うが、入り口がここしかないのなら、ピコちゃんが返ってくるのをここでしばらく待ってみるか」
待つ結論を出したラエルロットだったが、そんなラエルロットに背を向けるとテファは炎が灯るランプを持ち上げながら下水道のある石階段をゆっくりと静かに降りていく。
「心配なんで私、下の方をちょっと見てきます!」
「ちょ、ちょっと、勝手な行動は困るよ」と言葉を掛けたラエルロットだったが聞こえていないのかテファは勝手に地下に続く石階段をスタスタと降りていく。そんな彼女を追いかけようかどうしようかと悩むラエルロットに三人の言葉が飛ぶ。
「ラエルロット、まさかこのままテファを一人で行かせる気じゃないでしょうね。当然あんたも行くんでしょ、心ある真の勇者を目指すのなら、そんな彼女を見捨てはしないわよね!」
「ルナ……」
「ラエルロットのお兄さん、早くテファの後を追ってください。この地下からはなにやら多くの汚れた悪意を感じます。取り返しの付かない内に彼女を連れ戻した方がいいと思いますよ」
「ミランシェ……」
そんな二人の厳しい意見とは裏腹に99754番の少女ことツインちゃんはなぜかニコニコしながらラエルロットに一人でテファの後を追うようにと促す。
「そんなに心配しなくても恐らくは多分大丈夫ですよ。あの95657番のお姉さんに危害を加えられる魔物は私が知る限りこの研究所には一匹もいないと思われますから。でもまだうら若い女性を一人で行かせたのは勇気ある男性としてはかなりの失態ですよね。という訳でラエルロットのお兄さん、ここはあなたが一人で地下へと降りて95657番のお姉さんことテファのお姉さんを連れて戻ってきて下さい。大丈夫です、いざという時は彼女がラエルロットのお兄さんの身を守ってくれますから」
「テファが俺の身を守るだとう」
「はい、そうです。テファのお姉さんが必ずラエルロットのお兄さんの身を守ってくれます。もう私達はここでは聖女の力を思う存分使えるのですから、必ずラエルロットのお兄さんのお役に立てるはずです。それにもしもこの地下で危険な魔物と遭遇することがあるのなら、ラエルロットのお兄さんは95657番のお姉さんの真の力をその目で垣間見る事ができるはずです。あの誰もがあらがうことすらも許されない最強かつ純粋な始まりの起源たらしめる真の聖女の力を!」
「純粋な真の聖女の力だとう、それは一体どういった物なんだ。ツインちゃんはその彼女の力を見たことがあるのか」
「いいえ、見たことはありません。ですが話は95657番のお姉さんから聞いてはいます。あの力は本来聖女達が持つとされる聖女の力の源であり、原型なのだという話です。人を思いやり、慈しみ愛し敬う、純粋な真の正義の心がそのまま大きな力になるのだとか言っていました。まったく、95657番のお姉さんらしい力です」
自慢げに語る99754番ことツインの話を聞いていたラエルロットは尚更頭を横へと傾げる。
「話を聞いているだけじゃテファの聖女としての力が一体どんな物かまったく分からないな」
「フフフ、なら下に降りて見てきてください。もしかしたらお兄さんの納得する物が見れるかも知れませんよ」
「そう言うお前らは行かないのかよ」
「ええ、行きません。野暮なことは聞かないでください。ラエルロットのお兄さんにしても彼女の更なる信頼を勝ち取るチャンスなんですから一人で言って格好いい所を見せてあげた方がいいと思いますよ。きっと地下に降りてきてくれることを95657番のお姉さんも密かに望んでいるはずです」
「まあやはり一人は心細いだろうからな」
「まあ、そういう意味ではないのですがね、まあいいでしょう。行けば分かりますよ。ほんとラエルロットのお兄さんは勘が鈍いですね」
「なんだかよくわからんがとにかく行ってくるよ」
左手には炎が灯るランプを持ち、右手には思いを具現化する苗木を宿す黒い木刀を携えるとラエルロットは暗闇が広がる石階段をスタスタと降りていく。そんなラエルロットの後ろ姿を見送りながら99754番の少女ことツインちゃんはボソリと呟く。
「せっかく二人っきりになれるシチュエーションを作って上げているというのに、ほんと世話が焼けるしラエルロットのお兄さんは勘が鈍いですよね。まああの感じじゃ女性に、特に美女にモテた事は生涯なかったでしょうから意識すらしてはいないと言ったところでしょうか。でも、せっかくあの95657番のお姉さんがこんなにハッキリと思いを寄せているんですから、もしもラエルロットのお兄さんにその気があるのならもっと積極的にせめて欲しいです。それにもし、仮にラエルロットのお兄さんが95657番のお姉さんに告白する事態にでもなれば、その成功確率はほぼ100パーセントなのはまず間違いはないのですから、それをフイにするのはほんと勿体ないです。95657番のお姉さんはかなりの美人さんですし、気立てもいいし、尚且つ料理上手で(クローン体の偽物とはいえ)更には特Aランクの力を宿す特別な聖女様なんですから、はっきり言ってラエルロットのお兄さんには不釣り合いですし、高嶺の花の存在です。だからこそラエルロットのお兄さんには是が非でもここで男を見せてくれる事を願っているのです。ラエルロットのお兄さん、ほんと頑張って下さい。密かに一途な思いを寄せる95657番のお姉さんの為にも!」
なにやら興奮しながら話すツインちゃんの言葉に話を聞いていた蛾の妖精のルナがビックリした様子で鋭く反応する。
「え、まじ、テファってラエルロットのことが好きだったの。まあ薄々は感づいてはいたけど、そういうことだったのね。だからツインちゃんはあえてラエルロットを一人で行かせたと、そういうことね。それにしてもまだ幼い姿を宿す少女とはいえ、なんておませな事をする幼女なのかしら、腐女子気質にも程があるでしょ。ほんと恐ろしい子!」
二人で盛り上がるツインと蛾の妖精のルナとは裏腹に、話を聞いていたミランシェが誰にも聞こえない声でボソリと呟く。
「テファの聖女としての力の源は、愛や希望を主体とした人を思いやれる正義の力が本幹にあると言う事でしょうか。だとしたならば、これはかなり油断ならない力のようですし、まさに強敵となり得る能力なのかも知れませんね。しかもその彼女が内に秘めているとされる聖女としての力の埋蔵量のそこがどうしても見えないです。まさかとは思いますが、人を思う心の数だけ彼女の神聖力は無限に生産されていくと言う事なのでしょうか。だとしたならば、たとえ超再生と不老不死の力を持つ我らが相対をする事があったとしても、その戦いの果ての結果はかなり厳しい事態を強いられるのかも知れませんね。サンプル体95657番のテファ……まったく彼女は恐ろしい聖女です!」
「それじゃあたし達は二人と一匹が戻ってくるまでここで三人で雑談でもしていますか。下世話な恋バナに花を咲かせながらね。あ、今紅茶のお代わりを次ぎますね」
「恋バナって一体何よ、そんなのは私たちには当然まだないわよ。ねえミランシェ!」
「恋バナ……なにそれ……もしかしてそれって美味しいの?」
どこか浮かれ気味に語るツインちゃんの説明と思いに対し、蛾の妖精のルナとミランシェは互いに顔を見合わせながら、地下へと降りたラエルロットとテファを静かに見守るのだった。
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【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
追放された最弱村人、実は世界最強でした 〜神々に愛された無自覚チート、気づいたら聖女も魔王も嫁希望だった件〜
uzura
ファンタジー
「お前なんて役立たずだ」
そう言われて勇者パーティーを追放された平凡な村人リオ。
だが彼は知らなかった――幼少期に助けた白猫こそ、全知の神の化身だったことを。
神々に祝福されし彼の能力は、世界の理さえ書き換える本物のチート。
呪いを解いた聖女、復讐を誓う女勇者、忠誠を誓う魔族の姫。
彼女たちは皆、同じ男に惹かれていた。
運命を知らぬ“最弱”が、笑われ、裏切られ、やがて世界を救う――。
異世界無自覚最強譚、ここに開幕!
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