遥か闇なる世界 ~世界の絶望に立ち向かう黒神子の少女と、真の勇者になる事を夢見る心優しい青年の物語

藤田作磨

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第三章 二人の聖女編

3-20.下水道の中での悪夢

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            3ー20.下水道の中での悪夢


「おおお~い、テファ、そこで待っていてくれ。俺も、俺も一緒に降りてこの下水道の中に迷い込んだカラクス鳥のピコちゃんの行方を捜すから。だから俺が下に降りるまでそこから勝手に動くんじゃないぞ。わかったな!」

 明かりが灯るランプを持ちながら汚れが目立つ石階段を降りるラエルロットは、同じくランプの明かりを向けながらラエルロットの姿を確認するテファの安心しきった顔が目に入る。

 やはり少し不安だったのか後を追ってきてくれたラエルロットの姿に少しホっとした表情を見せるテファは、うれしそうに笑顔を向けるとラエルロットの到着をひたすらに待つ。

「ラエルロットさん……来てくれたんですね」

 思わず感謝の言葉を漏らすテファの元に無事に到着すると、まずラエルロットの目に飛び込んで来たのは想像したように手入れがまったく行き届いていない凄まじい悪臭とヘドロのような汚れが目立つ汚らしい光景だった。

 如何にも人工的に作られたであろうその下水道の作りはかなり古い物で、出来上がってから軽く五十年から六十年は有に経っているそんな古くささを感じる。その証拠に何年も人の手が加えられていないのか石畳をつなぎ止めているコンクリートの施工は所々が剥がれ落ちており、外壁は風化と劣化と共に崩れやすく脆くなっていた。

 そんな不安しか残らない汚らしい場所だがそれだけではない。目が暗闇に慣れるにつれラエルロットの心を不快にさせたのは一直線に伸びるどこまでも続く通路と平行するかのように流れるドス黒いヘドロが入り交じった下水道の水の流れを見た時だ。

 下水道の汚物の水の中には当然のようにその状況下の中でも元気に生きて跳び跳ねている魚や虫の類いのような物がいるらしく、汚染水の水面から跳び跳ねる形の可笑しな魚や下水道の周りを飛び回る害虫の存在を確認する。
 その一瞬、目視で見た昆虫の大きさは蛾の妖精のルナに比べて三倍もでかい大きさを持ち、その異常なほど大きな虫の大きさにこれはかなり不味いという危機感を嫌でも掻き立てる。

 大きく、そして生きのいい生き餌がこんなにも沢山飛んでいると言う事はこの下水道の環境下で暮らす大型の魚や齧歯類や爬虫類を始めとした生物達の体のいい餌になっていると言う事だ。そんな想像をしながらラエルロットは、ここに蛾の妖精のルナを連れてこなくて本当に良かったと本気で思う。

 もし仮にこの下水道にルナを連れて来ていたならば闇夜に紛れた他の野生生物達に人知れず襲われる可能性が充分にある。なにせ奴らは思いのほか素早く、この暗闇ではどう考えても肉食害虫や小型の害獣生物達の方に部があるからだ。

 そんな最悪な想像と不安に内心ネガティブになりながらもラエルロットは自分が今置かれている状況を何度も確認する。

(ん、なんだ、あれは?)

 何かに見つめられているかのような不安と漠然としない悪寒が辺りを包む中、ランプの明かりが届かない奥の闇にこちらの動向をうかがいながら蠢く謎の存在を目視で確認する。

 思わず目を細め前方に注意を払っていると、暗闇が広がる通路の奥の方で正体を表したのは、猫くらいの大きさまで強大化したネズミのような生き物だった。

 そのおぞましい光景にここがそのネズミ達の縄張りであることを知ったラエルロットは細心の注意を払いながら素早くテファの前へと立つ。

「テファ、下がって。俺の後ろにいろ!」

「は、はい?」

 警戒しながらも下水道へと降り立ったラエルロットとテファの様子を一定の距離を取りながら不気味に見つめるそのネズミのような生き物は「キュウゥゥーーゥ、ギュウーーウゥゥゥゥ!」と不気味な威嚇音を鳴らすと、平面の壁や天井といった石壁を巧みに走り回る。

「こ、こわい、あの齧歯類の生き物は俺達の事を恐らくは迷い込んできた哀れな餌としか見ていないようだ」

「つまりあの生き物達にとって私達は、物凄く美味しそうなただの食料と対して変わらないと言う事なのでしょうか。それだけこの場所で生きると言うことは熾烈を極めると言う事ですね。何とも居た堪れない話です」

「野生動物に居た堪れないもくそもないだろ。あいつらは生まれたこの場所でただ逞しくその日その日を生きているだけだ。そこには善も悪もないし、弱肉強食しか存在はしない。彼らはただ生きる為だけに俺達を襲って食えるかどうかを観察しながらその隙を探っている。だから弱っている所や後ろは絶対に見せるなよ。自分達よりも弱いとわかったらあいつらは直ぐにでも攻撃に移るだろうからな」

「攻撃……ですか」

「あいつら、齧歯類の思考は至ってシンプルで単純だ。基本的に臆病な性格の奴らがわざわざ俺たちの前にその姿を現したと言うことは、よほど腹が減っていると言う事だ。そんな貪食めいた殺気が嫌でも感じるぜ!」

「そうですか、できることなら私はあの生物達とはなるべく戦いたくは無いので、襲ってこない事を祈るばかりです」

 テファは胸の辺りで両手を組むと、まるで神に祈るような仕草をしながら静かに目を瞑る。
 そんな彼女の優しげで可憐な姿に心ならずも目を一瞬奪われてしまったラエルロットはまるでその場の時間が止まったかのようについ釘付けになる。

(なるべく意識しないように努めていたけど、元々テファは美人だし、それでいて誰にでも優しいし、それに……か、可憐だ!)

 まだ童貞のラエルロットがそう思うのも無理は無い。

 テファが纏うその聖女を思わせる白い修道着はシンプルだがとても清潔感のある神秘的な衣服となっていて、本来の聖女とはこうあるべきだと思わせる程に今のテファの姿は神々しくも美しく、そして可憐で、本当の正統派の聖女の理想像を地で行っているようにも感じられる。
 それでもやはり最初の頃はあの意地悪なテファニアの面影を強く感じてしまうのか苦手意識もあり、話をする時もつい他人行儀の態度を取ってしまっていたが、テファの優しさや人となり、そして自分に向けられる好意に触れ彼女の好感度がグイグイ上がる。

 二年前に誰かの悪戯でテファニアに卑猥なラブレターを出した事にされ、謂れの無い濡れ衣を着せられてしまったラエルロットは弁明すら与えられず、事情を知らない生徒達にさげすみと疑いの目を向けられる。

 テファニアの手厳しい罵声と蔑みが続く中その付き人の従者にボコボコに叩きのめされたラエルロットはついに謂れの無い罪を認めてしまい、その後は他の生徒達の前で屈辱的な強制土下座をさせられた記憶がある。
 そんなきつい性格を持つテファニアのことをラエルロットが好きになるはずも無く、二度と会いたくないと思う程に未だに過度なトラウマとなっている。それだけ今のラエルロットは本体でもあるテファニアにだけはできるだけ関わりたくは無いと強く思っているのだ。
 そう頑なに考えていたラエルロットだったが、心根の優しいテファと出会った事でその考えは徐々に変わっていく。

 その美しい容姿や姿形はオリジナルのテファニアと瓜二つだが性格は全く違ったからだ。

 ただ優しいだけでは無く強い意志と信念を持ち、常に自分を正しくあろうとするその姿に緩い無き愛と正義を強く感じてしまう程だ。

 その完璧とも言うべきテファの凛々しくも美しい可憐な姿に自分の淡い思いを強く認識してしまったラエルロットはその甘酸っぱい思いを隠しながら、目の前で祈り続けるテファにぎこちなくも話かける。

「そ、それで、あのカラクス鳥のピコちゃんは見つかったのか」

「いいえ、それがよほど遠くに行っているのか、いくら呼び掛けても姿を見せないんですよ。ほんと、どこまで飛んで行ったのやら。いつもなら呼び掛ければ直ぐに戻ってきてくれるのに」

 闇が広がる暗闇にランプの光を当てながら本気で心配するサンプル体のテファは目が慣れてきたのか周りの状況を確認するとゆっくりと歩き出す。

「ラエルロットさん、もう少しだけ奥の方に行ってみましょう」

「行くって、どこまでだよ。それにこの石階段付近から離れるのは非常に危険だ。あのネズミのような生き物が俺達の間合いの範囲を警戒しながらも徐々に狭めつつある。もしも前後ろの逃げ道をその多大な数で塞がれていきなり襲われたら、俺達に勝ち目どころか逃げ道すらないぞ。それでも行くのか!」

「ええ、それでも行きます。ピコちゃんは鳥ですしお空を飛んで逃げられるので、あのネズミのような生き物に食べられる事はまずないとは思いますが、他にも恐ろしい未知なる飛行生物がもしかしたらいるかも知れません。ですので私がピコちゃんの保護にいそしまないといけないのです。それに今の私には……いいえ、この先『あの子』には絶対にピコちゃんが必要ですから」

「あの子って一体誰のことだよ。それにピコちゃんが必要とは、一体どういう事だ。話が見えてこないぞ」

 テファの意味不明な言葉に困惑しながらも必死に歩くラエルロットは、闇の中で徐々に間合いを狭めつつあるネズミを思わせる大型生物の追撃に内心かなりドギマギする。そんなラエルロットの不安な心境を察したのか前を歩くテファは小さくクスリと笑うと静かに話しかける。

「大丈夫ですよ、ラエルロットさんの身の安全だけは何があっても私が守りますから。それによほどのことが無い限りここにいる生き物達は私達を……いいえこの私に向けて危害を加えようとはまず思わないはずです。その野生の本能が正常に働いていたら私に勝てないことは直ぐにわかるでしょうから」

「テファを相手に、あのネズミのような生き物達はまず勝てない……か。見るからに凶暴で貪欲そうなあの野生の生き物達がか。また随分と強気なんだな。それだけ自分の能力に自信があると言う事か。まあ仮に一匹二匹くらいは倒せたとしてもこの暗闇に隠された足場は一本道が続く通路と言う事もあり、撤退できる逃げ場も前と後ろしか無いというのがきつい所だ。それに一番危惧している所はネズミ達のあの数だ。見た感じじゃざっと数百匹はいるぞ。その猫くらいの大きさの生物が徒党を組んで俺達を襲う機会を今か今かと伺っているのがなお始末に悪い。それに動きも素早そうだし、その数で押し切られたら反撃どころか逃げる暇もないぞ。偽物とはいえ仮にも聖女であるテファに一体どんな力があるのかは知らないが、その力はあの大群で迫るネズミのような生き物達を一層できる程の力なのか。もし仮に襲われても奴らを撃退できる、その認識で間違いは無いんだな!」

「勿論です、いざという時は私に頼ってください。ラエルロットさんだけは必ずお助けしますから」

「違うぞテファ、君は何か勘違いをしている。俺は最初からテファに守ってもらおうとは考えてはいない。その力は自分の身を守るためだけに使うんだ。そんでもって、俺はついででいい。勿論余裕があるのなら助けて貰うが、もしもテファの能力が効かない強敵が現れたらその時は俺のことは見捨てて一目散に逃げるんだ、わかったな」

「ラエルロットさんは考え方が後ろ向きですね、私の力を信じてはいないのですか」

「勿論信じてはいるが最悪な展開も考えておかないとな。もしも危機的な状況になったらその時は俺を見捨てて迷わず逃げてくれ。俺だけでは無くお前までここで死んでしまったら俺がわざわざこの下水道に降りて来た意味が無いからな。このままあのおぞましい獣に襲われて、目の前にいる女性も救えずに無残にも死んでしまったらこれ程格好悪い事はないからな!」

「確かにそうですが、あなたを見捨てて私だけ逃げる訳には……」

「テファ、その時が来たらどうか俺に格好つけさせてくれ。頼むよ!」

「ラエルロットさん……あなたが他の人達と違うのはそういう所ですよ。何の迷いも無く己の命を賭けて他者を救おうとする。その言葉に偽りが無いことはあなたと一緒にいた黒神子レスフィナさんもよ~く知っている事です。だからこそ私はあなたを信頼しているのですよ!」

 テファの口からいきなり出たレスフィナという見知った言葉にラエルロットは思わず言葉を返す。

「レスフィナだって、なんでまだあった事の無い黒神子・レスフィナのことをテファが知っているんだよ。テファはレスフィナとまだ会った事もなけねば面識もないだろ?」

「フフフ、カラクス鳥の体を借りてあなた達の事を以前からず~と見ていたと言っていたでしょ。なのであなた達のこれまでの活躍も当然知っていますし、ラエルロットさんの無謀な戦いの軌跡も(遠くからではありますが)当然目撃もしています。そしてあなたの主とも言うべき黒神子レスフィナさんの事も」

「な、なるほど……そういう事か」

 そんな他愛のない話をしながらも下水道の通路を歩く事、約五分。

 周りに警戒しながらも随分先に進んだラエルロットとテファの二人は明かりが灯るランプを掲げながら必死に周りを照らして見るが、その暗闇にカラクス鳥のピコちゃんの姿はどこにも無い。その鳴き声すらもまだ聞こえない事から一体どこまで飛んで行ったのかと内心心配し途方にくれる。

 こんなに呼び掛けても戻ってこないと言う事は遙か遠くまで飛んでいってしまったか、最悪何かの飛行生物にでも襲われて喰われてしまったかのどちらかだ。そんな最悪な可能性を心に秘めながら歩いていた二人はそれでも懸命に辺りを探し回るが、迫り来る何かの気配に気づいたテファは、周囲を飛び回る虫達に気を取られているラエルロットに向けてその場で止まるようにと声を掛ける。

「止まってください。前方の方にネズミ達よりも更に大きな物が……なにかがいます」

「なにかって、なんだよ。俺は暗くてよく見えないんだが?」

 まだ状況を飲み込めないでいるラエルロットの前にその姿を現したのは、ネズミの顔と子供の体をくっつけたかのような姿をした(まるで亜人種のような)謎の生き物だった。そのネズミ顔の謎の亜人種は周囲に大きなネズミの群れを引き連れながら堂々と前へと出る。

「お前らはなんだ。また久しぶりに美味しそうな肉が迷い込んできたな。しかも生きている大型の肉がこの下水道に来たのはしばらくなかった事だからかなりテンションが上がるぜ。見ろよ、生きた餌が喰いたくて俺の手下のネズミ達が物凄く興奮しているだろ。だがお前らを美味しくいただく前にお前らの正体とここに来た目的を教えろ。それを聞く為に俺はわざわざ食料とも言うべきお前らの前にその姿を表したんだからな!」

 勝手な事を言いながらネズミの頭部を持つその謎の生き物は二人がなぜこの下水道に来たのかを問いただす為にその醜悪な姿を晒すが、そんなネズミフェイスの男を目の前にしたラエルロットは瞬時に相手との間合いを計るとその亜人の特徴を考える。

(ネズミの顔を持つ醜悪な謎の生き物か。どうやら会話ができるくらいの知性はあるようだが、その服装はかなり汚れたボロ切れをただ体に纏っているだけのお粗末な物の用だ。しかも今の会話からしてその食生活はこの下水道に迷い込んだ生物を食らうか、下水の中に生息する生き物を主に食料としている用だ。そして普通の肉食獣のように生で食べていると想像がされる。更にはあの薄汚れた感じからして、この厳しい環境下で生活をしていると言う事は、少なくとも昨日今日この下水道に入り込んでいる追っ手では無いと言う事だ。つまりあいつは、あの黒神子の部下では……眷属では無いという事を意味している。その事実を今ここで確かめて置かなくては、どうしても安心はできないぜ!)

 ラエルロットが最初にそのネズミ顔の謎の生き物を見た時、内心かなり狼狽したが、その不安要素を確かめる為にネズミ顔の男にある事を聞く。

「おまえ、まさかあの天足のアトリエの仲間じゃないだろうな」

 かなり不安そうに言うラエルロットに、その謎のネズミ顔の亜人は頭をかしげながらその問いに答える。

「天足のアトリエ? なんだそれは、そんな奴は知らないぞ。可笑しな事を言う人間族だな。そんな事よりだ、もうお前らはここから逃げられないぞ。流石にもう気づいているとは思うが、後ろも前も既に逃げ道は全て封じてある。後ろの通路に戻っても、横に広がる下水道の水路に飛び込んでも、俺の部下達の餌食になる事に変わりは無いんだから無駄な抵抗はせずに大人しく俺のいる所まで来るんだな。そうすればお前達を痛み無く殺してからその後に、生きのいいその生肉を美味しく平らげてやるよ!」

 邪悪に口元をゆがめながら言うネズミ顔の亜人種を相手に、その後ろに天足のアトリエがいないことを知ったラエルロットは大きく溜息をつくと、テファを後ろに下がらせながら腰に下げている黒い不格好な木刀を勢いよく抜き放つ。

「そうか、最初から俺達を食べ物と認識してその姿を表したというのならもう戦うしかないようだな。だが最後に一度だけ聞いて置くぜ。ここで大人しく引く気は無いか。そうしてくれればお互いに血を流す事も無いんだが」

「ゲフゲフゲフ、それは遠回しな命乞いか。お前はともかくとしてその女だけは絶対にここに置いていけ。その女だけは是が非でも喰ってやる。その為に俺はわざわざここに来たのだからな。なにせその女からは喰い慣れたあの旨そうな独特の匂いが漂って来るからだ。そしてこの臭いには心当たりがある。そうだ、そうだ、たまに下水道に流れてくる少女の遺体の肉の臭いとその女の臭いは非常に似通っているから、俺はそれを確かめる為にここに来たのだ。あの腐敗した腐りかけの肉を持つ屍と化した少女達が一体何者なのか……それは知る由もないが、生きている当時の少女達の原形が一体どのような物で生きのいい生命に満ち溢れているのかは、新鮮でみずみずしい生きた血肉を持つその美しい少女を一目見ればそれが分かるという物だ。先程からその美しい少女を見ただけで俺の心は鷲掴みにされ、食欲と欲情を共にかき立てずにはいられなくなっているからだ。その欲望と独占欲を共に満たしてくれる生きた餌が今目の前にあるんだからその事実だけで、俺のテンションは今までにない程にうなぎ登りに上がっている。ああ、あのたまに食べている腐りかけの傷んだ死体では無く、念願の……生きた極上の美少女の血肉に早く食らい付きたいぜ!」

「ちょっとまて、この下水道に時々流れてくる少女の遺体って……まさか!」

 血走った目で叫ぶネズミ顔の亜人種のカミングアウトに、あることを想像したラエルロットはその事を口に出して言おうかと正直悩むが、そんなラエルロットの想像を代弁するかのように何やら悲痛な顔をするテファがその答えを口にする。

「恐らくは実験施設で廃棄処分にされたサンプル体の少女達の亡骸の一部をこの下水道に無断で流して捨てていたのでしょう。この下水道には死体を分解し処理してくれる菌類や昆虫、それに肉食生物達がいる事をここの研究員達は皆知っているでしょうから、焼却できない訳ありの死体を恐らくは下水の地下に捨てている物と考えます」

「サンプル体の少女達の訳ありの死体だって。厳しい実験に肉体と精神が付いてこれず壊れて死に至った少女達は廃棄処分として正式に焼却炉で焼かれるらしいとツインちゃんが言っていたが……」

「はい、普通の死体はそのような末路を辿るのですが、そうでない死体……つまりは卑猥な悪戯目的で殺されたり、過度な暴力行為で殺してしまった少女の亡骸は秘密裏にこの下水道に捨てられていた……という事になります。いいえ、そうとしか思えません。そう考えないといくらあの冷酷無比で実験狂いのダクト所長でも、その衛生面から考えてこんな薄汚れたドブ川のような所にサンプル体の少女達の死体を捨てるはずがありませんから」

「なるほど、ここの研究員の男子達は時々自分の憂さ晴らしと性欲を解消する為にそんな鬼畜めいた事を行っていたのか。この閉鎖された空間でなら何が起こっても外には漏れないからな、秘密は守られるか。なんとも酷い話だぜ。そしてこの用水路に流れてくるその訳ありの少女の死体をここにいるネズミのような生き物達が独占して食べていると言う事だな。だから同じ薬品と培養液から生まれたサンプル体のテファに同じ匂いを感じたのか。まったく浅ましくもおぞましい生き物達だぜ!」

 なんとも言えないやるせない気持ちになりながらも目の前にいるネズミ顔の亜人の生き物に視線を戻したラエルロットは何とかテファだけでも守ろうと黒い不格好な木刀を再び構え直すが、そんなラエルロットにいつの間にか近づいたネズミ顔の亜人がラエルロットに向けて手に持つ棍棒の一撃を豪快に繰り出す。

「グヘグヘグヘ、くらえぇぇ人間族、直ぐに挽き肉に変えてやるぜ!」

(は、早い。お、思ったより早いぞ!)

 いつの間にか懐付近まで接近していたそのネズミ顔の亜人は手に持つ棍棒をラエルロットの胴体部分に平行に叩きつけようと振り切るが、寸前のところでどうにか避ける。

 ブゥゥーーン!

(あ、あぶねぇぇ、実地試験前夜にレスフィナと行った模擬戦を生かした猛特訓がここに来て役に立ったぞ。もしも訓練を積んでいなければ今の攻撃はどう考えても避けようがなかった。恐らくあの亜人の推定レベルはレベル3くらいだと思われるが、復讐の鎧の力を借りて自分のステータスやレベルを上げる事のできない今の俺には荷が重すぎる相手だ。それにどうにか最初の一撃を躱したとはいえこのままでは防戦一方になるぞ。ちくしょう、受け身になっていては駄目だ。ここは、早く攻撃に移らないと!)

 走馬灯のようなこの一瞬でそう考えたラエルロットは手に持つ黒い不格好な木刀を強く握り直すと直ぐさま反撃に移る。

「うっりゃあぁぁぁぁぁーーぁぁ、俺達に近づくなあぁぁぁ!」

 気合いと共に放たれたラエルロットの激しい連続の打ち込みを全て当たる寸前の所で難なく躱して見せたネズミ顔の亜人種は、相手の実力が自分よりも劣っている事を知ると安心したのか邪悪にニンマリと笑う。

「ハハハハ、人間の雄の実力はこの程度か。用心を兼ねて警戒する程でもなかったな。もう少しいたぶり抜いてから殺してやりたい所だが、俺は今無性に腹が減っている、それにあの娘とも早く交尾がしたいと思っている。だから今すぐに殺してやるよ!」

「抜かせぇぇぇ、諦める物かあぁぁ。この一撃を必ずお前の体のどこかに叩き込んでやる。必ずだ。テファは俺が守る!」

「格好いい、格好いいねぇ、だが現実はそんなに甘くは無いぜ。力の無いお前に、その人間の雌は絶対に守れんよ!」

「婆ちゃん、ハル婆ちゃん、それにヒノのご神木よ、俺に奇跡を与えてくれ。古代の遺物、思いを具現化する苗木の力よ、その力の片鱗を今こそ俺に示せぇぇぇ。うっおおぉぉぉおぉぉぉーーぉぉ!」

 暗闇が辺りを包む中、互いの手に持つ二つの得物が何度もぶつかり合い、その度に幾度となく激しく交差をしていたが、その緊迫した均衡が破れる瞬間がいきなり訪れる。
 なぜかは分からないが、ぶつかり合った二つの得物がいきなり火花を散らし、激しい爆音と共に眩い光をスパークさせたからだ。

 バッシュン、ビリビリ、バリバリ、ピッカアァァァーーァ!!

 その眩い一瞬の光に、思わずその場で固まっていたラエルロットが先に驚く。

「うわああぁぁ、なんだ今の放電は、一瞬だけ激しい放電の音と共に強烈な光を発生させたぞ。だがネズミ顔の亜人が持つ木製の棍棒と俺が持つ黒い不格好な木刀は共に金属じゃないから、たとえぶつかり合っても本来なら絶対に火花なんかは発生しないはずなんだが?」

「うっわあぁぁぁぁーーぁぁ、なんだ、何なんだあの光はぁぁぁ。一体何が起こったと言うんだぁぁぁぁ。俺は今まで薄暗いこの下水道の中で生きてきたから、光が、光が怖いし苦手なんだよぉぉぉ。嫌だ、嫌だよぉぉぉ……眩しいよぉぉぉ……怖いよぉぉぉ!」

 突然起きた思わぬハプニングにいきなり取り乱したそのネズミ顔の亜人種は光に慣れていないのかその体は大きく後退する。だがその隙を見逃さなかったラエルロットは、思いを具現化する苗木を宿す黒い不格好な木刀を上段に構えると、頭上より繰り出す素早い一撃を相手の体に叩き付ける。

「お前の記憶を読んで、その弱点を探ってやるぜ。くらえぇぇぇ!」

 ラエルロットが持つ思いを具現化する苗木の木刀がネズミ顔の亜人種の体に叩き込まれた時、いきなり二人の意識と視界がこの場所から別の景色へと移動をする。

 そう禁断の古代の遺物、思いを具現化する苗木の呪いの効力が今発動したのだ。

 バリバリバリバリ、バッシューーン!

「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁーーぁぁぁ!!」

 下水道に住む、ネズミに似た異形の亜人です。凶悪凶暴でいつもお腹を空かせています。
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