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第三章 二人の聖女編
3-22.逃れる事のできないテファの秘密
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3ー22.逃れる事のできないテファの秘密
どれくらい時間が過ぎたのかは分からないが、頭を抱えて必死に目をつぶっていたラエルロットはもう周りが騒がしくないことに気づくとゆっくりとその瞼を開ける。その視界に飛び込んできたのはまるで神秘的な、なんとも言えない美しい光景だった。
不思議なことにあんなに暗かった下水道内にはなぜか幻想的な光の粒子が仄かではあるが拡散し今も空中を漂っており、その光の塵の明かりで下水道内の状況が手に取るようにわかる。
その有り得ない光景にあからさまに戸惑い驚いたラエルロットは、変わり果てた下水道内の状況に思わず歓喜の声を上げる。
「す、すげえーーぇぇ。なんだこれは?」
あれだけコンクリートの壁にへばり付いていたヘドロがまるで水拭きで磨き上げられたかのように綺麗に無くなり、石畳の通路に蓄積していた汚れも。清らかな激流で洗い流したかのように隅々まで磨き上げられている。
もうこの下水道内は出来上がったばかりの新築の建造物を思わせるくらいに綺麗な場所へと変貌を遂げていた。
当然悪臭はおろか、ちり一つ無い洗練された下水道へと変わった事で淀んでいた空気はすがすがしい新鮮な空気へと変わり、先程までこの場所にあった汚れた空間は、嫌悪感や不快感を一切感じさせない、穏やかで安心ができる澄み切った空間へと生まれ変わる。
ラエルロットは、綺麗な下水道へとその姿を変えてしまったテファの聖女としての力に戸惑いながらも、その能力の全貌を認識する。
「まさに暁の光だな……そう言えばツインの奴が彼女の聖女としての呼び名を確か言っていたっけな。確か【暁の聖女】だったか。なるほど、確かにその名に相応しい聖女としての力だ!」
(テファの聖女としての力……それは過去に、テファの事を力尽くで強姦しようとした男性研究員達が皆一斉に悉く失明したという話を聞いた時点でその力は光に関係している物だと直ぐに連想ができたが、どうやらそれだけではないようだな。その真実に至る真相はもっと恐ろしい物だ。実際に目の当たりにしてわかった事だが、確かにこの力は物凄く危険で恐ろしい力のようだ!)
汚れが一切無くなった事でまるでテファが心がけている正しさや誠実差をその能力で見せられたラエルロットは、先ほどまでいた大型のネズミ達や害虫たちが一体どうなったのかを想像し考える。
(つい先ほど、あれだけ回りを取り囲んでいた大型のネズミ達や怪しげな謎の害虫達が物凄く殺気だちながら闇に紛れて俺達を襲おうとその牙を向けて来たようだが、大型のネズミの群れがテファに目がけて一斉に飛びかかろうとした次の瞬間、テファの体から発した聖女の力が強烈な暁の光となって一気に発動し、その強烈な光を浴びてしまった大型のネズミ達はその強烈な光の衝撃を前に皆が吹き飛び、その直後直ぐさまその体を光の塵へと変えてしまったのだと軽く想像ができる。そうあの貪食な大型のネズミ達は皆、テファの体から発せられたその強烈な光を浴びて、瞬く間に消滅してしまったのだ……恐らくはそうだ。故に聖女の光の原型たるその光を浴びた悪食のネズミ達はその存在自体がまるでこの世に存在していなかったかのようにその場から綺麗に掻き消えて無くなり、光の粒子となってこの場所からその命ごと綺麗に消されたのだ。それが本来のテファの能力だ。呪いを有するような不浄なる物の浄化と……そして敵意ある物のその存在の排除、それこそが暁の聖女が持つ、テファの真の能力だ!)
そう結論づけたラエルロットは、今度はフと下水道内を流れる下水の方を見る。
下水道内を流れる下水の水質からは濁りはおろか汚れは全く見えず、まるで雪山から流れる自然が作り出した新鮮で綺麗な天然水を感じさせる程の高い透明度だ。
そんなにわかには信じられない美しい光景に驚愕するラエルロットだったが、その驚愕の事実に恐れ驚いていたのは、テファの前から少し離れた場所にいるネズミの頭部を持つ亜人の男も同じだった。
ネズミ顔のその亜人は今もその場から動けないのか体をピクピクと痙攣させると、まるで未知なる恐怖と絶望でその体をがんじがらめにさせられているかのように棒立ちの体勢を取る。
「な、なんだ、人間族の女のその力は……有り得ない……あり得ないよ、こんなのは。俺が今まで見て感じて来た住み慣れた光景は一体どこに消えてしまったんだ。さっきのあの眩い程の光の輝きで……全てが吹き飛び……一瞬にして状況が変化してしまった。これも全てはそこにいるその女の力が原因と言う事なのか。そしてこの出来事で一体何が変わってしまったと言うんだ。ただ眩しい光を発して回りを綺麗に浄化しただけでは絶対にないだろ。明らかに俺の体にも何かをしたよな。くそぉぉぉ、こんな力は……理解が、理解ができないよ。一体その女は何者なんだ。恐ろしい……恐ろし過ぎるぜ!」
野生の本能でこの光の恐ろしさを理解しているのか震えながら立ち尽くしているネズミ顔の亜人はやがて来る何かの恐怖に必死に耐えていたが、よく見るとネズミ顔の亜人の体からは黄金色の光の粒子がまるできらびやかな蒸気となって立ち上り、そのまま空中へとかき消えていく光景が見える。
その立ち上る光の粒子の流れは更に大きくなり、ネズミ顔の亜人の存在を徐々にかき消すかのように、その薄汚れた体をきらびやかな光が物凄いスピードで浸食していく。
「消える、他のネズミ達と同じように、俺の体も光の粒子の塵となって崩れ落ちてしまう。嫌だ、まだ生きていたい。この世から消えていなくなってしまうのは嫌だ。死にたくない、死にたくないよぉぉぉぉ!」
無様にも泣き叫ぶネズミ顔の亜人の男に、祈りの姿勢を崩したテファが悲しそうな顔を向けながら穏やかな口調で言う。
「こんな結果になってしまって本当にすいません。この絶体絶命の状況からラエルロットさんを守るには他に他の手段が思いつきませんでした。それは裏を返せばそれだけあなたが私達の事を追い詰めていたと言う事に他なりません。まだ名も知れぬネズミ顔の亜人さん、あなたは確かにラエルロットさんがトラウマになるくらいに手強い相手でしたよ」
「助けて、助けてくれ。死にたく、死にたくはないよ!」
「あの膨大な神聖力たる聖女の光のエネルギーを直に見て認識し、その体に多く取り入れ、更には浴びてしまったのですからもう助かるすべはありません。後は光の粒子の塵となってこの世から消え去るだけです。ですがその体に痛みや苦しみは無いですよね。この力は相手のエンドルフィンを上手く刺激して痛覚を遮断する事もできます。なので痛みは感じないはずです。せめてもの情けであなたのお腹の満腹中枢を満たしてから、光の塵となって下さい。本当のあなたの心の乾きはそんな物では癒やせない事は当然私もわかってはいます。ですがその過酷な境遇から誰からも愛情を受けられない以上、あなたがここで生きている限りは絶対にその空虚の心を満たすことは生涯ないでしょう」
「そんな……俺は一体なんの為にこの世に生を受け……そして生まれてきたんだ。いいやこんな掃溜め以上の薄汚れた所に物心ついた時から普通にいたんだから、きっと親にいらない子として捨てられたのだろう。本当に俺は誰にも愛される事の無い……不必要な……糞にも劣る存在だぜ!」
徐々に死にゆく安らぎの中で今までの過酷な人生を激しく悲観したネズミ顔の亜人は、浅ましくもいつも生きるのに必死だった自分の人生を後悔しながら、自分を激しく下げ済み項垂れるが、そんな彼に向けてテファはまるで諭すように優しい言葉を掛ける。
「確かにあなたの今までの人生はお世辞にも幸せだったとはとてもじゃありませんが言う事はできませんが、それでもあなたは最後に巡りに巡って私達に出会う事が出来たじゃないですか。そして互いに命を賭けて戦った末に、私達は互いの過去を見る事によって互いに分かり合い、そしてあなたをこの世につなぎ止めていた過酷なカルマの輪から消滅という形であなたに安らかな死を与える事ができました。この消滅によって私はあなたの満たされなかった魂を救う事ができたと信じています。そして次に生まれ変わる事が叶うのなら、その時はあなたの人生が少しでも好転した状態で生まれて来る事を心の底から祈っています!」
「こ、これが俺が最後に挑んだ……本当の、せ、聖女の力か……光の聖女様……いいや暁の聖女様か……なんて……なんて美しく……暖かで……そして神々しいんだ。死にゆく最後の最後は……いつかは掃溜めの中で、誰にも知られること無く無様な最後を迎えるとばかり思っていたんだが……まさかこんな安らかな人生の終わりが用意されていようとは……正直思わなかった。俺は最後に彼女に出会えて運がよかったと言う事なのか。そうか、俺はもしかしたら彼女とここで出会う為に今日まで生きて来たのかも知れない。ありがとう……こんな地獄のような現世から俺を救い出してくれて……罪深い俺の悪行を優しく正してくれて……そして最後は安らかな死を与えてくれて……本当にありがとう……ぅ」
涙を流しながらそう言うとネズミ顔の亜人は笑顔のまま、光の塵へとなり、静かに消えていくのだった。
ネズミ顔の亜人がその場所から消え再び静けさを取り戻した下水道の通路では、何やら意気消沈のラエルロットが体の異変を心配しながら今考えている事をそばにいるテファに聞く。
「テファの……聖女としての力の形はなんとなくわかったが、この能力って俺も結構な至近距離で直接その光を浴びていたよな。それで俺はこの光を直に浴びても大丈夫なのか。まさか俺も光の塵となってこの場所から消えて無くなるんじゃ無いだろうな!」
「まあ正直、大丈夫ではありませんね。直接この光を目で見てしまったら失明は免れませんし、ネズミ顔の亜人さんのように一気に高質量の光の力を浴びてその体に光の粒子を大量に取り入れてしまったら、その内側から光に侵食されて光の塵となって全てを放出し、その魂と肉体は天に召し上げられてしまいますからね」
「つまりは死ぬって事か」
「はい、簡単に言うとそういう事です。ですがラエルロットさんは大丈夫です。目も硬くつぶっていましたし、後ろも向いていましたから」
「それでも強烈なその光は否応がしにもその背中でビンビン感じてはいたがな」
「それに私が敵じゃないと認識した人にはそもそもこの光の能力は通りにくいですからね。なので恐らくは大丈夫かと」
「その言い方じゃ安全性は100パーセントでは無いとも聞こえるぞ。少なからずもその得体の知れない光の能力を浴び続けていたらその肉体は光の塵となって崩壊してしまう事が既に正銘されてしまったからな。あのツインちゃんが言っていたように、その一方的な力の前では誰もがあらがう事も、ましてや一度発動してしまったら逃げる事も許されない、そんな光に起因した特別な能力と言う事か。全く恐ろしい能力だぜ!」
「大丈夫です、この光の能力はラエルロットさんを傷つける事は絶対にありません。そしてこの研究所から出るまではラエルロットさんの身は私がこの力で必ずお守りします。なのでどうか安心して私に頼ってください!」
「て、テファ……うわぁぁっと!」
ドタン!
その優しげなテファの言葉に一瞬ドギマギしたラエルロットはつい石畳の角に躓き無様にもその場に倒れるが、テファはぬくもりあるしなやかな手を差し伸べると、膝を突き倒れるラエルロットをさも当然のように助け起こす。
「大丈夫ですか、ラエルロットさん」
「ありがとう、テファ……」
「いえいえ、どういたしまして……」
助け起こされた後も数秒ほど気づかずに手をつないでいたラエルロットとテファだったが、その事に気づくとお互いに真っ赤な顔をしながら直ぐに手を離す。
「す、すまない……」
「いいえ、こちらこそすいません……」
どこか気恥ずかしいのか、赤面しながらもお互いに無言になるラエルロットとテファだったが、そんな二人の間にまるで割って入るかのように思いもよらない訪問者がいきなり顔を出す。
「お取り込み中の所、申し訳ないでチュ。少し私もあなた達、二人のお話に混ぜて貰ってもよろしいでしょうか。な~に用事は直ぐに済みます。用が済んだらそこにいる聖女さんには即座に死んで貰いますから、それなりに覚悟を決めて置いて下さい。私がこの研究所に来た本来の目的は聖女を作れる設備とデータのあるこの研究所の破壊と女神の血液が含まれている新薬の消滅だったのですがもう一つ破壊する物が増えました、それはオリジナルの女性が聖女になる為にどうしても必要な物。拒否反応を無くす為に必要不可欠とも言うべき存在、そうクローン体でもあるサンプル体の少女達です。そしてそのサンプル体の中でも唯一の成功例でもある特Aランクの聖女・95657番の少女テファ、この研究所で……いいや、この世界にいる聖女と呼ばれる者達の中で数少ない特Aランクの位を持つお前は絶対に……是が非でも破壊しなけねばならない存在でチュ。暁の聖女……たとえその存在が偽物だったとしてもその力は充分に本物以上なのですから、我々遙か闇なる世界の黒神子・達にとって最大の脅威の一つに将来必ずなるかも知れない。たった今ここでお前がこの下水道で見せた力の片鱗を見ればその恐ろしさは嫌でもわかるという物だ。なのでお前には今ここで死んで貰うでチュ!」
その情け容赦の無い無慈悲な言葉を投げ掛ける恐ろしいネズミ顔の魔女を前に、ラエルロットは直ぐさまテファの前に立つと彼女を守るようにしながら、手に持つ黒い不格好な木刀を直ぐさま構える。だがその黒い者と化した絶対なるネズミ顔の超越者はラエルロットの威嚇などはお構いなしに、後ろにいるテファに向けて話の続きを語り出す。
「ですがその前に、そのサンプル体の少女達の現状と確認の為にも、そのサンプル体の少女達の代表とも言うべき95657番の少女ことテファ、あなたとは一度ゆっくりと会って話しをしてみたかったのでチュよ。よろしいでしょうか!」
ラエルロットが警戒する中、そこに当然のように現れたのは、逃げ去った残党の異世界召喚者達を追って研究所の外へと出たはずの、遙か闇なる世界の黒神子・天足のアトリエだった。
天足のアトリエは不気味にそのネズミ顔の頭部をラエルロットとテファに向けると、少し間合いを取りながらその場に足を止める。
話の流れからして天足のアトリエはテファとこの場でじっくりと話をする気ではあるが、いつでも攻撃ができる体勢を取っているようだ。そんな恐ろしい相手を前に逃げる事もましてや攻撃することもできないでいるラエルロットは、この絶体絶命の状況からどうやってテファを助けたらいいのかを考えながら天足のアトリエの姿に注目する。
ネズミ顔の大きな頭部と華奢な体に羽織る黒い黒衣のローブをなびかせながら悠然と立つその姿は、先ほど塵となって消えたネズミ顔の亜人とはえらい違いだ。
どこか気高さと凛々しさを感じる事のできるその表情からもわかるように高い知性と豊富な経験から来る絶対的な自信を感じる。そしてその姿は地味でシンプルだが綺麗に整えられたその毛並みは艶やかで柔らかな羽毛を連想させ、まるで毛繕いをしたかのような清潔感を漂わせる。
そんな身だしなみにも気を遣う余裕のある恐ろしいネズミ顔の強敵を前に、ラエルロットは極度に緊張した心を震わせると驚愕の目を天足のアトリエに向ける。
(な、なにぃぃぃぃ、天足のアトリエがなぜここに……近づいてくる気配は一切感じられなかったぞ。不味い、この至近距離は絶対に不味い。この距離は最速の黒神子・天足のアトリエがその力をフルに使える有利な距離であり、瞬間的な攻撃を生かせる天足のアトリエだけが持つ専売特許だ。でもたとえ圧倒的なレベルの差があるのだとしても、テファだけはなんとしてでも守らないといけない!)
そう瞬時に結論づけたラエルロットは(古代の遺物、思いを具現化する苗木を宿す)黒い不格好な木刀を持ち直すと、その最速の一撃を天足のアトリエに向けて一線する。
「くらえぇぇーーぇぇ、天足のアトリエ。テファは俺が必ず守る!」
覚悟を決めたのかラエルロットは勢いよくそう叫ぶと目の前にいる天足のアトリエに向けて黒い不格好な木刀を振るうがその刹那、ラエルロットは自分の決意を頭の中で考える。
(この一撃を何としてでも当てて、お前の心の中を読んでやる。そうすれば少しはお前の追撃から逃げ切る事のできる弱点を見つける事ができるはずだ。それにもうこれ以上、俺はテファの前で格好悪い所は見せられない。あのネズミ顔の亜人との戦いの際には恐怖に飲まれて思わず半べそを掻いてしまったが、だからこそもう二度とあんな惨めな醜態をさらす訳にはいかないんだ。俺はテファを絶対に守ると心の中で決めたのだから、今度こそその使命を果たしてみせるぜ!)
強い決意と意思を示しながら黒い不格好な木刀の一撃を黒神子・天足のアトリエの首元に目がけて叩き込もうとするラエルロットだったが、その解き放たれた渾身の一撃は天足のアトリエが何気に出した左手で難なくキャッチされる。
「遅い、あくびが出るくらいに遅すぎるでチュ!」
ガッシリ!
「くそ、やはり防がれたか、だがいい流れだ。あいつは黒い不格好な木刀の先に不用心にも触れて、尚且つ握り締めてしまった。なら後は思いを具現化する苗木の呪いの効力をフルに使って、制限なしにこのままあいつの心の中に侵入してやるぜ。心の中を読み取って絶対に勝機を掴んでみせる!」
いきなり訪れた最大のチャンスを逃すまいと、思いを具現化する苗木の呪いの効力を発動させたラエルロットだったが、そんなラエルロットに向けてネズミ顔の頭部を持つ天足のアトリエが大きく溜息を付くとボソリと呟く。
「フフフフ、確かラエルロットが苦しんだのは……こんなイメージだったでしょうか」
天足のアトリエが黒い木刀の先を強く握った瞬間、ラエルロットの脳裏に強烈なビジョンとなって恐ろしい映像が送り込まれる。そのビジョンとは、ラエルロットが無数のネズミ達に体を喰われるというおぞましくも悲惨な、見るに耐え難い光景だった。そのリアル的な光景をラエルロットは視覚でだけではなく触覚・嗅覚・聴覚・味覚・と言った五感全てで追体験する。
その瞬間、顔面蒼白となったラエルロットは驚きの余りに豪快にその場で後ずさると、足を滑らせたのかそのまま石畳に頭をぶつけて倒れてしまう。
「うっわあぁぁぁぁーーぁぁ、ネズミがぁぁぁ、大量のネズミがぁぁ、俺の体を食い破って来る。来るなぁぁ。来るなぁぁぁぁぁぁ!」
ズコーーン、ドカン!
「ぐへぇ……がが……」
「フフフフ、驚きの余りに倒れて気絶をしてしまいましたか。暁の聖女を守ると言った矢先に倒れて気絶をしてしまうとは、全く情け無いでチュね。このざまでは誰も守れないでチュ!」
「ら、ラエルロットさん!」
ラエルロットが倒れるが否やテファは直ぐに近づき彼の無事を確認すると、持参して来ている包帯と傷薬を直ぐさま取り出す。
「今、傷の具合を見ますね」
倒れた際に頭部をぶつけたのか切り傷を作ったラエルロットはそこから少量の出血をしていたが、無事を確認したテファの手厚い看護で傷薬が塗られ、そのまま手際よく包帯の処置が施される。
一通りの処置が終わったのかテファは気絶をし倒れるラエルロットをそのまま石畳の上にゆっくりと寝かせると、目の前にいる黒神子・天足のアトリエにその視線を向ける。
「これでよしと、では話をお聞きしましょうか。黒神子・天足のアトリエさん……今はそうお呼びした方がよろしいでしょうか」
「お前が一体なにを言っているのか、私には全く分からないのだが……まあ好きに呼ぶがいいでチュ」
「それにしても、ラエルロットさんの弱り切った心の状態を一度見ただけで把握をし、そのまま逆にそのトラウマを上手く転用するだなんて、流石にやり過ぎですし、明らかに酷い行いです。まだラエルロットさんの心のトラウマが癒えてはいないと言うのに」
「人の心を土足で覗き見ようとするからでチュ。生死を賭けた戦いとはいえ精神攻撃で私を攻撃しようとして来たのですから、これは当然の報いでチュ」
「全くあなたという人は、仕方がありませんね。後でラエルロットさんにそれとなく謝ってくださいね」
「私が人間に謝る……意味が分からないでチュ?」
「天足のアトリエさん……それでお話とは一体何ですか?」
黒神子・天足のアトリエを前にしても全く恐れる様子を見せない聖なる光を操る暁の聖女・テファは、相も変わらぬ笑顔を振りまきながらその細い首を整った頭部と共に可愛らしく傾げる。
そんなテファの様子を見つめる天足のアトリエは、自分が彼女の前に現れた訳を語り出す。
「この研究所で密かに行われているという、女性なら誰もが聖女になる事ができるという禁断の人体実験の情報を聞いた私はまさかと思いながらも何気にこの研究所を訪れて見たのでチュが、その現状と事実を確認する事ができて正直本当によかったです。それは女神の血液を取り入れた聖女になれる新薬の存在を知ったからでもなけねば、そのサンプル体でもある不幸な少女達の存在を知ったからでもありません。テファ、あなたという極めて危険な存在がこの世にいる事を知る事ができたからでチュ。そしてさきほどテファが得意げに使っていたあの巨大過ぎる底無しの聖なる光の埋蔵量を見て、お前がいかに遙か闇なる世界の黒神子達にとって危険な存在なのかを痛感したでチュ。聖女と呼ばれる者達は皆その呼び名の通りに、誰かを強く守りたいと思う強い心がそのままその聖女の神聖力に繋がるでチュ。そんな聖女達に格差的なランクがあるのは単純に神聖力を溜めて置ける器の量が各聖女で違うからでチュ」
「聖女が持つ……器の量……ですか」
「Cランクの聖女の器が基本的な池の大きさだとしたならば、Bランクの聖女のその埋蔵量は湖の大きさに相当するでチュ。そしてAランクの聖女に至ってはその大きさは大河の広さに並んでしまうのでチュ。ならその更に上をいく数こそ少ない希少種たる特Aランクの聖女が持つ器の埋蔵量は一体どのくらいなのでしょうか。あんたがあ得意げにその力を行使ししている姿を見た時、私にはあんたの力の大きさが、まるで地平線へと広がる大きくて深い海を連想してしまったでチュ。そうです、その膨大な神聖力の埋蔵量こそが、聖女の格差を決める決定打なのでチュ。そして更に私が最も懸念を感じているのは、あなたが持つその特殊な光の能力です。もしも私がその光の力を直に浴びてそのまま消滅してしまったら、不老不死とはいえその復活には約一年の年月を費やす事になるでしょう。その間に強力な封印などをされてしまったら恐らくは活動その物ができなくなる恐れがあるでチュ。だからこそ私はお前のその光の能力を極めて危険な物だと認識しているのでチュよ。なにせ発動時の速さは恐らくは光速の速度で広がるでしょうから、もしもそうなったらたとえ私と言えどもその光速の早さからは逃げ切る事はできません。しかもその光の大きさによって、その射程範囲も相当な物でチュ。だからこそ、もしもこのまま戦闘が始まったら、お前がその光の能力を発動させる前に、そのか細い首を瞬時にへし折らないといけないのでチュ!」
淡々と語る天足のアトリエの言葉を黙って聞いていたテファだったが、今度は目の前にわざわざその姿を現したその真意を聞く。
「それでわざわざその姿を現してまで、一体あなたは私に何が言いたいのですか。ただ単に私が危険な存在だと言う事を伝える為だけにこの場を設けた訳ではないでしょ」
「もちろんでチュ。私はただ偽物の聖女でありながらも、ここまでの力を持つあんたに一つの疑問を抱いているだけでチュ。この世に御座す女神から選ばれた本物の聖女ならともかく、どんなに強大な力を持つ聖女でもお前はただの偽物でチュ。それは即ち、お前がその聖女の力を行使する度に絶対に何らかの負荷があると考えるのが普通でチュ。だからこそズバリ聞くでチュ、暁の聖女の偽物テファ、お前は一体なにを代償にその強大な神聖力を振るっているのでチュか。たとえその器が海のように広く大きくとも、その強大な神聖力を溜めておけないほどに脆い欠陥品の器では、その時が来たらいずれ亀裂から徐々に崩壊を招き、いずれは完全に壊れてしまうのではないのでチュか。そうでチュ、いくら完璧な聖女を装ってはいても私の目はごまかせないでチュ。お前達、サンプル体の少女達はその力を振るう度にその体に膨大な負荷を掛けているでチュ、そうではありませんか!」
「それを確かめる為にあなたは、わざわざ私の前にその姿を現したのですか」
「変身したかりそめのあの体でお前にこの話を振っても、おそらくお前は話をはぐらかしてその秘密を教えてはくれないだろうからな」
「だから直接会ってその秘密を聞くためにここに来たのですね。でも弱点となり得るそんな大事な情報をなぜ私があなたに教えると思うのですか。その可能性は限りなく低いと言うのに。それともその弱点となり得るその可能性を知った上で、このまま私と戦うつもりですか」
急に真剣な目を向けるテファの心情を探るかのように天足のアトリエはゆっくりと傍まで来ると、鼻をピクピクと動かしながらテファの美しい顔を不気味に覗き込む。
「なるほど、やはり私の目に狂いはなかったと言う事でチュか。なら私も少し考え方を変えないといけないようでチュね」
「それは一体どういうことですか?」
「危険なリスクはわざわざ取らないと言う事でチュ」
慎重に振る舞う天足のアトリエの異常なほどの用心深さにクスリと笑ったテファは、まるで相手を挑発するかのようにその真意を探る。
「あなたにとって私を殺す事は余りにも簡単で、造作も無い事のはずです。それなのに何をそんなに警戒しているのですか。少し私のことを過大評価し過ぎです。そこまで私達サンプル体の事を熟知し想像しているのなら、その弱点となる真相を探る為にもこの私の首をもぎ取ってしまえばいいだけの話じゃないですか。そうすればあなたの懸念ももしかしたら晴れるかも知れませんよ」
「フフフフ、それも悪くはないのですが、力の使いすぎでもう直ぐ死ぬかも知れない欠陥品の聖女とやり合うのは掛ける時間も流石に勿体ないですし無駄骨だと思いましてね。その確認次第ではこのままあんたを泳がせてもいいと思っているのでチュよ。このまま戦って私に勝てないと思ったあんたが、ラエルロットを守る為だけに相打ち覚悟でその力を一気に解放して自害を選んでしまったら、その辺り一帯が光の力で消し去ってしまう恐れがありますからね。その可能性がある以上むやみに戦いを挑むのはなるべくは避けたいと言うのが本音でチュ」
そこまで言うと天足のアトリエはテファに向けて更に重大な事を聞く。
「偽物であるが故にこの研究所での調整も無くその力を使い続けたらいつかはその力を溜めている器は粉々に壊れて、お前達サンプル体の少女達は皆遅かれ早かれ壮絶な死を迎えるのはもう決まっている事と、そう解釈をするのですが、それとは別にお前が密かに隠しているもう一つの秘密についてぶっちゃけ聞くでチュ、あなた達が生きられる寿命は後どのくらいなのでチュか。一日一回は必ず飲まないといけないと言われている、その体を維持する為に必要な栄養生成剤とやらのストックは一体どこにあるのですか。そもそもそんな物が本当にあるのですか。飲んでいる所を見てもいませんし、甚だ疑問でチュ!」
「そ、それは……今日の分はもう飲んでしまっているからですよ。ですのでその後の分は今はないのです。この研究所内から出ている栄養生成剤はこの研究所の制圧が始まればその時点でもう確保は望めなくなります。ですがお外にさえ出られれば、その後の栄養生成剤のストックはその予てより助けてくれるという人権保護団体の人達から提供していただく算段になっています」
「この研究所で作られているサンプル体の少女達の存在ははっきり言って非公認ですしその存在を知ったのは私もこの研究所に来てからです。それにそんな危険な存在を他の国に存在し活動をしている人権保護団体の人達がそうおいそれと助けてくれるはずがありません。なぜならそこに介入してしまったら国同士の思惑ややっかいごとに巻き込まれる恐れが充分にあるからです。なのでそうおいそれとあなた達に関わろうとする保護団体はいないはずです。それにあなた達が毎日飲んでいるとされるその栄養生成剤だってこの研究所でしか作られてはいない特別な薬のはずですから、ここ以外で入手はできないと考えるのが自然です」
「そ、そう考えますか……天足のアトリエ、やはりあなたは侮れない人物のようです」
「更には、この国の王族や貴族達がサンプル体の少女達を危険と見なしてこの研究所ごと、全てを廃棄処分にしようと動き出しているのですから、この研究所内から動けないテファが他の国の人権保護団体と密かに接触する事はまずできない物と考えます。その事実を踏まえた上でもう一度あなたに聞きます。テファ、栄養生成剤のストックが大量にあるという事も……人権保護団体が助けに来てくれるという話も全てが全くの嘘でチュね」
その天足のアトリエの質問に、テファは物凄く悲しそうな顔をすると無言でコクリと頷く。
「やはりそうでチュか、今日の分を飲んだだけと言う事でチュか。ならテファ……その栄養生成剤のストックが全くないその状態で、お前達サンプル体の少女達はこの研究所を出て一体何をするつもりなのでチュか、答えるでチュ!」
天足のアトリエから語られる憶測と推理に暗い顔でしばらく黙りこくっていた暁の聖女ことテファだったが、何やら覚悟を決めたような表情をしながら天足のアトリエの前にそのか細い首を下げて差し出す。
「黒神子・天足のアトリエ、もう少しだけ私のわがままに付き合ってはくれないでしょうか。もしサンプル体の少女達をこの研究所の外に連れ出してくれたなら、その時はこの私の命をあなたに奪わせて差し上げますから」
「命を奪わせてあげるか。また随分と潔い事だな。抵抗もなしに時期が来たらこの私に大人しく殺されると言うのでチュか」
「はい、事をなしたら私はもう満足ですから、その時は迷わずこの命をあなたに差し上げます。そして私のこの切ない数々の想いや葛藤はその後に続く彼女がきっと引き継いでくれる物と信じていますから、今はそうあってくれることを願うばかりです」
「引き継いでくれる者だとう……それはあの高慢ちきで高飛車なお前のオリジナルの少女の事を言っているのか。言っておくがたとえあれが聖女になったとしてもその力はお前の100分の1も使えはしないぞ。その意味が分からぬお前ではあるまい」
「確かに今は自分の事しか考えられない欲深な性格でも、いつかは必ずその意味に気づく時が来るはずです……いいえ、私が必ず彼女を、人々を愛することのできる正しさと優しさを合わせ持つ真の聖女に変えて見せます。必ずです!」
「フフフフ、そんな事には絶対にならないでチュ。お前のオリジナルたるあのテファニアという愚かしい少女は自分の事しか考えない、極めて醜悪で傲慢な心の持ち主でチュ。そんな人間が心を入れ替えて変わることなど到底できやしないよ、なぜならその人の性格は環境や出会った人間達の対応次第で大きく変わるからだ。その傲慢で人を見下す性格はあのテファニアという娘が獲得した経験と自我から来る答えであり、甘やかされ、もてはやされた挙げ句、自分は特別な存在だと勘違いをしたその強い思いがあの性格を形作っている。彼女は、お前と張り合うことで更に高見に行きたいといつもそう強く願っている節があるが、いつもテファに負けているという被害妄想と劣等感が常にあるでチュ。その為かは分からないでチュが、いつも願望と欲望を叶える為に彼女はあらゆる手段を使ってでも自分が生まれ持つ美貌を、誰もが羨む完璧な才能を、そして大きな土地の地主でもある両親の意向と貴族の令嬢たる地位や多額の資金を使いながら、それらを獲得しようといつももがいている」
「そしてその過程で、本来は絶対になることが許されないとされる聖女になるという途方もない夢を叶える為にも……どうしても私の命を手に入れたいと思っている。それが彼女の今の本心のようです」
「どうやらそのようだな。人の犠牲の果てに……姉妹の生け贄の果てに得られる聖女の誕生を、あの偽善者たる女神がそうおいそれと許すはずがないのでチュがね。そこを人間達は誰もわかってはいないでチュ。だからこそ、その欲深な汚れた魂を持つあのテファニアという少女が、誠実で正しい心を持つテファと魂が釣り合う事は絶対にないのでチュ。そうたとえテファとテファニアが瓜二つの遺伝子を持つ者だったとしても、その性格や想いまでは決して伝わる事は絶対にないのでチュ。なぜならテファニアとテファは考え方も性格も違う、別の存在なのでチュから!」
「それでも、それでも、いつか訪れるであろう彼女の前途多難な過酷な運命とその奇跡に……そしてラエルロットさんの勇者としての無謀な夢と誇り高い挑戦に……私も賭けてみたいのです。いつか必ずラエルロットさんはこの滅び行く世界を救う一つの因果になると信じて!」
「クククク、人間が持つ心の弱さを常に軽んじているこのアトリエと、人間の心の強さを常に信じているテファが……自分の分身とも言うべきテファニアという少女の心の成長を賭けて……この天足のアトリエと賭けをすると言うのですか。人間が持つ希望たる可能性と……絶望たる現実性をぶつけ合うと、そう言うのでチュね。その持論のぶつかり合いは非常に面白いです。いいでしょう、ならその果てしない望みと夢の果てに何を見せてくれるのか。その答えをこの天足のアトリエがしっかりと見届けてやるでチュ!」
「天足のアトリエさん、今回は見逃してくれるのですね。正直ありがたいです」
「フフフフ、しかしその願望を叶える為にはテファ、お前は必ず何かを仕組み、そして密かに何かを企んでいるはずでチュ。有り得ない夢物語を語りながらその淡い想いをただ語っているようにも見えるが、性格は違えど、その本質はあの醜悪なテファニアと基本は全く一緒だからだ。お前の言葉をそのまま鵜呑みにする事は流石にできんよ。お前がただ単に見た目通りのお優しいだけの夢見るただの愚かな美しいだけの小娘なら私もそれ程お前を脅威には思わなかったのでチュがね。そのいつでも人の為に命を投げ出せるその行動力といつも正しくあろうとするその偽善的な考えは真の聖女なら誰もが持つ極当たり前の行動だが、その望む結果を獲得する為に是が非でも手に入れようと藻掻く決して諦めない狡猾さと機転は他の聖女達にはまず絶対に無い力の一つだからだ。聖女の力を振るいながらも愛と正義の為に自分の理念を追求するその卓越した(歪んだ)強い愛の形に、今まで感じた事の無いその脅威を今はヒシヒシと感じるでチュ。もうこうなったら後々のことを考えて、今この場でその首を即座に刈ってしまおうかしら。その方が絶対に楽ですからね!」
「……。」
邪悪な笑いを浮かべると天足のアトリエは今も頭を下げ続けるテファの首元に両手を這わせながらその細いうなじを頻りになぞる仕草を見せるが、直ぐにその手を引っ込める。
「やはりやめて置くでチュ。フフフフ、なに食わぬ顔をして澄ましてはいるがこの私が気づかないとでも思ったか。その首を仮にもぎ取ったらその瞬間お前の内に溜まっている神聖力の底の蓋が完全に抜け落ち、そのまま自動的に私だけを滅する膨大な光の力を光速で解き放つつもりでいたのだろ。全く油断のならない牝狐でチュ!」
「天足のアトリエさん、あなたには友として……親しい数少ない戦友として、その気高い孤高たる誇りを見込んで一つだけお願いがあります」
「願いでチュか、それはどんな物なのでしょうか。その答えによっては聞き届けない事もないのですが」
「そのお願いごととは、この先にある実験施設の管理部屋に到着したら、その時に改めてあなたに私の本当の望みを聞いて貰いますわ」
「本当の望みでチュか」
「はい、本当の望みです。その望みを聞き届けてくれるのなら、その約束を守ってくれる褒美として、この私が持つこの古代の遺物の一つ、空蝉の杯を今ここであなたに差し上げますわ。これでどうでしょうか」
「テファ……こんな大事な物を簡単に手放すと言うのでチュか。そこまでしてお前は一体何を企んでいるというのでチュか。なんだか末恐ろしいでチュ?」
「そして私が聖女の神聖力を使う時に受けるペナルティーの事ですが……まだ誰にも言わないでください。特にラエルロットさんにだけは知られたくはないです」
そう言うとテファは左肩を隠してある服の裾をめくり上げると、その露出した左肩を天足のアトリエに見せつける。
その左肩のきめ細かい白い皮膚はなぜか亀裂のようにひび割れており、その亀裂からは血が流れる事は無く、代わりに外を照らすかのような微かな黄金色の光がその亀裂の傷口から光り輝いて見える。
「この左肩に刻まれている光の亀裂がテファ、お前のペナルティーか」
「はい、そういう事です。私は聖女の力を使う度にこの光の亀裂を体のどこかに受ける事になります。そしてこの亀裂の光は徐々に私の全身を覆い尽くしていき、やがてはこの光の亀裂は光が漏れるくらいに大きくなり、そして最後は光の亀裂と共に私の命はそのまま光の粒子となってこの世から消えて無くなるのです。これが私がこの光の力を使う度に受けるペナルティーであり、寿命たるカウントダウンです」
「そうか、その光の力を実験で使っている時は、その度にダクト所長の管理下の元、治療ポットで体の調整をしながらその光の亀裂の広がりを強制的に直していたが、この研究所が閉鎖、もしくは破壊でもされよう物なら、その体に再び光の亀裂が走ったとしても、もう二度とその体を直す事は叶わないと言う事でチュか。全く……歯がゆくて、理不尽な現実でチュね」
そう何気に語った黒神子・天足のアトリエの脳裏に、ある可能性が浮上する。その可能性とはこのままでは確実に訪れるであろうサンプル体の少女達の身に起こる理不尽にも絶対に逃れられない死と、その事実をまだ知らない、今現在気絶をしているラエルロットの試練に起因する物だ。そしてその思いは確信へと変わる。
(そうか、まさか……遙か闇なる世界の神たるお母様は、サンプル体の少女達を利用して……その絶対に逃れる事の出来ない試練と絶望をラエルロットに突きつけるつもりなのでチュね。確か今現在ラエルロットが受けている第三の試練のお題目は【決して逃れる事のできない宿命と闇】でしたね。全くお母様は恐ろしくも情け容赦の無い、残酷な試練を相変わらず突きつけてくるでチュ。流石にラエルロットが可哀想になってきたでチュ。こんな絶望に至る試練は、ただの弱い人間であるラエルロットには、まず絶対に乗り越える事のできない壮絶な試練でチュ。そしてこの試練はいくら黒神子の眷属を維持する試練だったとしても流石に有り得ないし厳し過ぎるでチュ。一体お母様は何を考えているのでしょうか。このままラエルロットを精神的に追い込んで、その罪の意識と絶望の重さから本当に潰す気なのでしょうか?)
今のこの現状とテファが語った隠された驚愕の真実から事実を知った天足のアトリエは、テファから差し出された古代の遺物の一つ・空蝉の杯を貰い受けると、この後に必ず訪れるであろう絶望的な結果に内心憂鬱になる。
そんな三人の頭上には何処からともなく現れたカラクス鳥のピコちゃんが、カア・カア・カアと鳴き声を上げながら綺麗に浄化された下水道の中を元気よく飛び回っていたが、何気に上を見上げる二人の女性の存在に気づくと、そのまま静かに下へと舞い降りて行くのだった。
どれくらい時間が過ぎたのかは分からないが、頭を抱えて必死に目をつぶっていたラエルロットはもう周りが騒がしくないことに気づくとゆっくりとその瞼を開ける。その視界に飛び込んできたのはまるで神秘的な、なんとも言えない美しい光景だった。
不思議なことにあんなに暗かった下水道内にはなぜか幻想的な光の粒子が仄かではあるが拡散し今も空中を漂っており、その光の塵の明かりで下水道内の状況が手に取るようにわかる。
その有り得ない光景にあからさまに戸惑い驚いたラエルロットは、変わり果てた下水道内の状況に思わず歓喜の声を上げる。
「す、すげえーーぇぇ。なんだこれは?」
あれだけコンクリートの壁にへばり付いていたヘドロがまるで水拭きで磨き上げられたかのように綺麗に無くなり、石畳の通路に蓄積していた汚れも。清らかな激流で洗い流したかのように隅々まで磨き上げられている。
もうこの下水道内は出来上がったばかりの新築の建造物を思わせるくらいに綺麗な場所へと変貌を遂げていた。
当然悪臭はおろか、ちり一つ無い洗練された下水道へと変わった事で淀んでいた空気はすがすがしい新鮮な空気へと変わり、先程までこの場所にあった汚れた空間は、嫌悪感や不快感を一切感じさせない、穏やかで安心ができる澄み切った空間へと生まれ変わる。
ラエルロットは、綺麗な下水道へとその姿を変えてしまったテファの聖女としての力に戸惑いながらも、その能力の全貌を認識する。
「まさに暁の光だな……そう言えばツインの奴が彼女の聖女としての呼び名を確か言っていたっけな。確か【暁の聖女】だったか。なるほど、確かにその名に相応しい聖女としての力だ!」
(テファの聖女としての力……それは過去に、テファの事を力尽くで強姦しようとした男性研究員達が皆一斉に悉く失明したという話を聞いた時点でその力は光に関係している物だと直ぐに連想ができたが、どうやらそれだけではないようだな。その真実に至る真相はもっと恐ろしい物だ。実際に目の当たりにしてわかった事だが、確かにこの力は物凄く危険で恐ろしい力のようだ!)
汚れが一切無くなった事でまるでテファが心がけている正しさや誠実差をその能力で見せられたラエルロットは、先ほどまでいた大型のネズミ達や害虫たちが一体どうなったのかを想像し考える。
(つい先ほど、あれだけ回りを取り囲んでいた大型のネズミ達や怪しげな謎の害虫達が物凄く殺気だちながら闇に紛れて俺達を襲おうとその牙を向けて来たようだが、大型のネズミの群れがテファに目がけて一斉に飛びかかろうとした次の瞬間、テファの体から発した聖女の力が強烈な暁の光となって一気に発動し、その強烈な光を浴びてしまった大型のネズミ達はその強烈な光の衝撃を前に皆が吹き飛び、その直後直ぐさまその体を光の塵へと変えてしまったのだと軽く想像ができる。そうあの貪食な大型のネズミ達は皆、テファの体から発せられたその強烈な光を浴びて、瞬く間に消滅してしまったのだ……恐らくはそうだ。故に聖女の光の原型たるその光を浴びた悪食のネズミ達はその存在自体がまるでこの世に存在していなかったかのようにその場から綺麗に掻き消えて無くなり、光の粒子となってこの場所からその命ごと綺麗に消されたのだ。それが本来のテファの能力だ。呪いを有するような不浄なる物の浄化と……そして敵意ある物のその存在の排除、それこそが暁の聖女が持つ、テファの真の能力だ!)
そう結論づけたラエルロットは、今度はフと下水道内を流れる下水の方を見る。
下水道内を流れる下水の水質からは濁りはおろか汚れは全く見えず、まるで雪山から流れる自然が作り出した新鮮で綺麗な天然水を感じさせる程の高い透明度だ。
そんなにわかには信じられない美しい光景に驚愕するラエルロットだったが、その驚愕の事実に恐れ驚いていたのは、テファの前から少し離れた場所にいるネズミの頭部を持つ亜人の男も同じだった。
ネズミ顔のその亜人は今もその場から動けないのか体をピクピクと痙攣させると、まるで未知なる恐怖と絶望でその体をがんじがらめにさせられているかのように棒立ちの体勢を取る。
「な、なんだ、人間族の女のその力は……有り得ない……あり得ないよ、こんなのは。俺が今まで見て感じて来た住み慣れた光景は一体どこに消えてしまったんだ。さっきのあの眩い程の光の輝きで……全てが吹き飛び……一瞬にして状況が変化してしまった。これも全てはそこにいるその女の力が原因と言う事なのか。そしてこの出来事で一体何が変わってしまったと言うんだ。ただ眩しい光を発して回りを綺麗に浄化しただけでは絶対にないだろ。明らかに俺の体にも何かをしたよな。くそぉぉぉ、こんな力は……理解が、理解ができないよ。一体その女は何者なんだ。恐ろしい……恐ろし過ぎるぜ!」
野生の本能でこの光の恐ろしさを理解しているのか震えながら立ち尽くしているネズミ顔の亜人はやがて来る何かの恐怖に必死に耐えていたが、よく見るとネズミ顔の亜人の体からは黄金色の光の粒子がまるできらびやかな蒸気となって立ち上り、そのまま空中へとかき消えていく光景が見える。
その立ち上る光の粒子の流れは更に大きくなり、ネズミ顔の亜人の存在を徐々にかき消すかのように、その薄汚れた体をきらびやかな光が物凄いスピードで浸食していく。
「消える、他のネズミ達と同じように、俺の体も光の粒子の塵となって崩れ落ちてしまう。嫌だ、まだ生きていたい。この世から消えていなくなってしまうのは嫌だ。死にたくない、死にたくないよぉぉぉぉ!」
無様にも泣き叫ぶネズミ顔の亜人の男に、祈りの姿勢を崩したテファが悲しそうな顔を向けながら穏やかな口調で言う。
「こんな結果になってしまって本当にすいません。この絶体絶命の状況からラエルロットさんを守るには他に他の手段が思いつきませんでした。それは裏を返せばそれだけあなたが私達の事を追い詰めていたと言う事に他なりません。まだ名も知れぬネズミ顔の亜人さん、あなたは確かにラエルロットさんがトラウマになるくらいに手強い相手でしたよ」
「助けて、助けてくれ。死にたく、死にたくはないよ!」
「あの膨大な神聖力たる聖女の光のエネルギーを直に見て認識し、その体に多く取り入れ、更には浴びてしまったのですからもう助かるすべはありません。後は光の粒子の塵となってこの世から消え去るだけです。ですがその体に痛みや苦しみは無いですよね。この力は相手のエンドルフィンを上手く刺激して痛覚を遮断する事もできます。なので痛みは感じないはずです。せめてもの情けであなたのお腹の満腹中枢を満たしてから、光の塵となって下さい。本当のあなたの心の乾きはそんな物では癒やせない事は当然私もわかってはいます。ですがその過酷な境遇から誰からも愛情を受けられない以上、あなたがここで生きている限りは絶対にその空虚の心を満たすことは生涯ないでしょう」
「そんな……俺は一体なんの為にこの世に生を受け……そして生まれてきたんだ。いいやこんな掃溜め以上の薄汚れた所に物心ついた時から普通にいたんだから、きっと親にいらない子として捨てられたのだろう。本当に俺は誰にも愛される事の無い……不必要な……糞にも劣る存在だぜ!」
徐々に死にゆく安らぎの中で今までの過酷な人生を激しく悲観したネズミ顔の亜人は、浅ましくもいつも生きるのに必死だった自分の人生を後悔しながら、自分を激しく下げ済み項垂れるが、そんな彼に向けてテファはまるで諭すように優しい言葉を掛ける。
「確かにあなたの今までの人生はお世辞にも幸せだったとはとてもじゃありませんが言う事はできませんが、それでもあなたは最後に巡りに巡って私達に出会う事が出来たじゃないですか。そして互いに命を賭けて戦った末に、私達は互いの過去を見る事によって互いに分かり合い、そしてあなたをこの世につなぎ止めていた過酷なカルマの輪から消滅という形であなたに安らかな死を与える事ができました。この消滅によって私はあなたの満たされなかった魂を救う事ができたと信じています。そして次に生まれ変わる事が叶うのなら、その時はあなたの人生が少しでも好転した状態で生まれて来る事を心の底から祈っています!」
「こ、これが俺が最後に挑んだ……本当の、せ、聖女の力か……光の聖女様……いいや暁の聖女様か……なんて……なんて美しく……暖かで……そして神々しいんだ。死にゆく最後の最後は……いつかは掃溜めの中で、誰にも知られること無く無様な最後を迎えるとばかり思っていたんだが……まさかこんな安らかな人生の終わりが用意されていようとは……正直思わなかった。俺は最後に彼女に出会えて運がよかったと言う事なのか。そうか、俺はもしかしたら彼女とここで出会う為に今日まで生きて来たのかも知れない。ありがとう……こんな地獄のような現世から俺を救い出してくれて……罪深い俺の悪行を優しく正してくれて……そして最後は安らかな死を与えてくれて……本当にありがとう……ぅ」
涙を流しながらそう言うとネズミ顔の亜人は笑顔のまま、光の塵へとなり、静かに消えていくのだった。
ネズミ顔の亜人がその場所から消え再び静けさを取り戻した下水道の通路では、何やら意気消沈のラエルロットが体の異変を心配しながら今考えている事をそばにいるテファに聞く。
「テファの……聖女としての力の形はなんとなくわかったが、この能力って俺も結構な至近距離で直接その光を浴びていたよな。それで俺はこの光を直に浴びても大丈夫なのか。まさか俺も光の塵となってこの場所から消えて無くなるんじゃ無いだろうな!」
「まあ正直、大丈夫ではありませんね。直接この光を目で見てしまったら失明は免れませんし、ネズミ顔の亜人さんのように一気に高質量の光の力を浴びてその体に光の粒子を大量に取り入れてしまったら、その内側から光に侵食されて光の塵となって全てを放出し、その魂と肉体は天に召し上げられてしまいますからね」
「つまりは死ぬって事か」
「はい、簡単に言うとそういう事です。ですがラエルロットさんは大丈夫です。目も硬くつぶっていましたし、後ろも向いていましたから」
「それでも強烈なその光は否応がしにもその背中でビンビン感じてはいたがな」
「それに私が敵じゃないと認識した人にはそもそもこの光の能力は通りにくいですからね。なので恐らくは大丈夫かと」
「その言い方じゃ安全性は100パーセントでは無いとも聞こえるぞ。少なからずもその得体の知れない光の能力を浴び続けていたらその肉体は光の塵となって崩壊してしまう事が既に正銘されてしまったからな。あのツインちゃんが言っていたように、その一方的な力の前では誰もがあらがう事も、ましてや一度発動してしまったら逃げる事も許されない、そんな光に起因した特別な能力と言う事か。全く恐ろしい能力だぜ!」
「大丈夫です、この光の能力はラエルロットさんを傷つける事は絶対にありません。そしてこの研究所から出るまではラエルロットさんの身は私がこの力で必ずお守りします。なのでどうか安心して私に頼ってください!」
「て、テファ……うわぁぁっと!」
ドタン!
その優しげなテファの言葉に一瞬ドギマギしたラエルロットはつい石畳の角に躓き無様にもその場に倒れるが、テファはぬくもりあるしなやかな手を差し伸べると、膝を突き倒れるラエルロットをさも当然のように助け起こす。
「大丈夫ですか、ラエルロットさん」
「ありがとう、テファ……」
「いえいえ、どういたしまして……」
助け起こされた後も数秒ほど気づかずに手をつないでいたラエルロットとテファだったが、その事に気づくとお互いに真っ赤な顔をしながら直ぐに手を離す。
「す、すまない……」
「いいえ、こちらこそすいません……」
どこか気恥ずかしいのか、赤面しながらもお互いに無言になるラエルロットとテファだったが、そんな二人の間にまるで割って入るかのように思いもよらない訪問者がいきなり顔を出す。
「お取り込み中の所、申し訳ないでチュ。少し私もあなた達、二人のお話に混ぜて貰ってもよろしいでしょうか。な~に用事は直ぐに済みます。用が済んだらそこにいる聖女さんには即座に死んで貰いますから、それなりに覚悟を決めて置いて下さい。私がこの研究所に来た本来の目的は聖女を作れる設備とデータのあるこの研究所の破壊と女神の血液が含まれている新薬の消滅だったのですがもう一つ破壊する物が増えました、それはオリジナルの女性が聖女になる為にどうしても必要な物。拒否反応を無くす為に必要不可欠とも言うべき存在、そうクローン体でもあるサンプル体の少女達です。そしてそのサンプル体の中でも唯一の成功例でもある特Aランクの聖女・95657番の少女テファ、この研究所で……いいや、この世界にいる聖女と呼ばれる者達の中で数少ない特Aランクの位を持つお前は絶対に……是が非でも破壊しなけねばならない存在でチュ。暁の聖女……たとえその存在が偽物だったとしてもその力は充分に本物以上なのですから、我々遙か闇なる世界の黒神子・達にとって最大の脅威の一つに将来必ずなるかも知れない。たった今ここでお前がこの下水道で見せた力の片鱗を見ればその恐ろしさは嫌でもわかるという物だ。なのでお前には今ここで死んで貰うでチュ!」
その情け容赦の無い無慈悲な言葉を投げ掛ける恐ろしいネズミ顔の魔女を前に、ラエルロットは直ぐさまテファの前に立つと彼女を守るようにしながら、手に持つ黒い不格好な木刀を直ぐさま構える。だがその黒い者と化した絶対なるネズミ顔の超越者はラエルロットの威嚇などはお構いなしに、後ろにいるテファに向けて話の続きを語り出す。
「ですがその前に、そのサンプル体の少女達の現状と確認の為にも、そのサンプル体の少女達の代表とも言うべき95657番の少女ことテファ、あなたとは一度ゆっくりと会って話しをしてみたかったのでチュよ。よろしいでしょうか!」
ラエルロットが警戒する中、そこに当然のように現れたのは、逃げ去った残党の異世界召喚者達を追って研究所の外へと出たはずの、遙か闇なる世界の黒神子・天足のアトリエだった。
天足のアトリエは不気味にそのネズミ顔の頭部をラエルロットとテファに向けると、少し間合いを取りながらその場に足を止める。
話の流れからして天足のアトリエはテファとこの場でじっくりと話をする気ではあるが、いつでも攻撃ができる体勢を取っているようだ。そんな恐ろしい相手を前に逃げる事もましてや攻撃することもできないでいるラエルロットは、この絶体絶命の状況からどうやってテファを助けたらいいのかを考えながら天足のアトリエの姿に注目する。
ネズミ顔の大きな頭部と華奢な体に羽織る黒い黒衣のローブをなびかせながら悠然と立つその姿は、先ほど塵となって消えたネズミ顔の亜人とはえらい違いだ。
どこか気高さと凛々しさを感じる事のできるその表情からもわかるように高い知性と豊富な経験から来る絶対的な自信を感じる。そしてその姿は地味でシンプルだが綺麗に整えられたその毛並みは艶やかで柔らかな羽毛を連想させ、まるで毛繕いをしたかのような清潔感を漂わせる。
そんな身だしなみにも気を遣う余裕のある恐ろしいネズミ顔の強敵を前に、ラエルロットは極度に緊張した心を震わせると驚愕の目を天足のアトリエに向ける。
(な、なにぃぃぃぃ、天足のアトリエがなぜここに……近づいてくる気配は一切感じられなかったぞ。不味い、この至近距離は絶対に不味い。この距離は最速の黒神子・天足のアトリエがその力をフルに使える有利な距離であり、瞬間的な攻撃を生かせる天足のアトリエだけが持つ専売特許だ。でもたとえ圧倒的なレベルの差があるのだとしても、テファだけはなんとしてでも守らないといけない!)
そう瞬時に結論づけたラエルロットは(古代の遺物、思いを具現化する苗木を宿す)黒い不格好な木刀を持ち直すと、その最速の一撃を天足のアトリエに向けて一線する。
「くらえぇぇーーぇぇ、天足のアトリエ。テファは俺が必ず守る!」
覚悟を決めたのかラエルロットは勢いよくそう叫ぶと目の前にいる天足のアトリエに向けて黒い不格好な木刀を振るうがその刹那、ラエルロットは自分の決意を頭の中で考える。
(この一撃を何としてでも当てて、お前の心の中を読んでやる。そうすれば少しはお前の追撃から逃げ切る事のできる弱点を見つける事ができるはずだ。それにもうこれ以上、俺はテファの前で格好悪い所は見せられない。あのネズミ顔の亜人との戦いの際には恐怖に飲まれて思わず半べそを掻いてしまったが、だからこそもう二度とあんな惨めな醜態をさらす訳にはいかないんだ。俺はテファを絶対に守ると心の中で決めたのだから、今度こそその使命を果たしてみせるぜ!)
強い決意と意思を示しながら黒い不格好な木刀の一撃を黒神子・天足のアトリエの首元に目がけて叩き込もうとするラエルロットだったが、その解き放たれた渾身の一撃は天足のアトリエが何気に出した左手で難なくキャッチされる。
「遅い、あくびが出るくらいに遅すぎるでチュ!」
ガッシリ!
「くそ、やはり防がれたか、だがいい流れだ。あいつは黒い不格好な木刀の先に不用心にも触れて、尚且つ握り締めてしまった。なら後は思いを具現化する苗木の呪いの効力をフルに使って、制限なしにこのままあいつの心の中に侵入してやるぜ。心の中を読み取って絶対に勝機を掴んでみせる!」
いきなり訪れた最大のチャンスを逃すまいと、思いを具現化する苗木の呪いの効力を発動させたラエルロットだったが、そんなラエルロットに向けてネズミ顔の頭部を持つ天足のアトリエが大きく溜息を付くとボソリと呟く。
「フフフフ、確かラエルロットが苦しんだのは……こんなイメージだったでしょうか」
天足のアトリエが黒い木刀の先を強く握った瞬間、ラエルロットの脳裏に強烈なビジョンとなって恐ろしい映像が送り込まれる。そのビジョンとは、ラエルロットが無数のネズミ達に体を喰われるというおぞましくも悲惨な、見るに耐え難い光景だった。そのリアル的な光景をラエルロットは視覚でだけではなく触覚・嗅覚・聴覚・味覚・と言った五感全てで追体験する。
その瞬間、顔面蒼白となったラエルロットは驚きの余りに豪快にその場で後ずさると、足を滑らせたのかそのまま石畳に頭をぶつけて倒れてしまう。
「うっわあぁぁぁぁーーぁぁ、ネズミがぁぁぁ、大量のネズミがぁぁ、俺の体を食い破って来る。来るなぁぁ。来るなぁぁぁぁぁぁ!」
ズコーーン、ドカン!
「ぐへぇ……がが……」
「フフフフ、驚きの余りに倒れて気絶をしてしまいましたか。暁の聖女を守ると言った矢先に倒れて気絶をしてしまうとは、全く情け無いでチュね。このざまでは誰も守れないでチュ!」
「ら、ラエルロットさん!」
ラエルロットが倒れるが否やテファは直ぐに近づき彼の無事を確認すると、持参して来ている包帯と傷薬を直ぐさま取り出す。
「今、傷の具合を見ますね」
倒れた際に頭部をぶつけたのか切り傷を作ったラエルロットはそこから少量の出血をしていたが、無事を確認したテファの手厚い看護で傷薬が塗られ、そのまま手際よく包帯の処置が施される。
一通りの処置が終わったのかテファは気絶をし倒れるラエルロットをそのまま石畳の上にゆっくりと寝かせると、目の前にいる黒神子・天足のアトリエにその視線を向ける。
「これでよしと、では話をお聞きしましょうか。黒神子・天足のアトリエさん……今はそうお呼びした方がよろしいでしょうか」
「お前が一体なにを言っているのか、私には全く分からないのだが……まあ好きに呼ぶがいいでチュ」
「それにしても、ラエルロットさんの弱り切った心の状態を一度見ただけで把握をし、そのまま逆にそのトラウマを上手く転用するだなんて、流石にやり過ぎですし、明らかに酷い行いです。まだラエルロットさんの心のトラウマが癒えてはいないと言うのに」
「人の心を土足で覗き見ようとするからでチュ。生死を賭けた戦いとはいえ精神攻撃で私を攻撃しようとして来たのですから、これは当然の報いでチュ」
「全くあなたという人は、仕方がありませんね。後でラエルロットさんにそれとなく謝ってくださいね」
「私が人間に謝る……意味が分からないでチュ?」
「天足のアトリエさん……それでお話とは一体何ですか?」
黒神子・天足のアトリエを前にしても全く恐れる様子を見せない聖なる光を操る暁の聖女・テファは、相も変わらぬ笑顔を振りまきながらその細い首を整った頭部と共に可愛らしく傾げる。
そんなテファの様子を見つめる天足のアトリエは、自分が彼女の前に現れた訳を語り出す。
「この研究所で密かに行われているという、女性なら誰もが聖女になる事ができるという禁断の人体実験の情報を聞いた私はまさかと思いながらも何気にこの研究所を訪れて見たのでチュが、その現状と事実を確認する事ができて正直本当によかったです。それは女神の血液を取り入れた聖女になれる新薬の存在を知ったからでもなけねば、そのサンプル体でもある不幸な少女達の存在を知ったからでもありません。テファ、あなたという極めて危険な存在がこの世にいる事を知る事ができたからでチュ。そしてさきほどテファが得意げに使っていたあの巨大過ぎる底無しの聖なる光の埋蔵量を見て、お前がいかに遙か闇なる世界の黒神子達にとって危険な存在なのかを痛感したでチュ。聖女と呼ばれる者達は皆その呼び名の通りに、誰かを強く守りたいと思う強い心がそのままその聖女の神聖力に繋がるでチュ。そんな聖女達に格差的なランクがあるのは単純に神聖力を溜めて置ける器の量が各聖女で違うからでチュ」
「聖女が持つ……器の量……ですか」
「Cランクの聖女の器が基本的な池の大きさだとしたならば、Bランクの聖女のその埋蔵量は湖の大きさに相当するでチュ。そしてAランクの聖女に至ってはその大きさは大河の広さに並んでしまうのでチュ。ならその更に上をいく数こそ少ない希少種たる特Aランクの聖女が持つ器の埋蔵量は一体どのくらいなのでしょうか。あんたがあ得意げにその力を行使ししている姿を見た時、私にはあんたの力の大きさが、まるで地平線へと広がる大きくて深い海を連想してしまったでチュ。そうです、その膨大な神聖力の埋蔵量こそが、聖女の格差を決める決定打なのでチュ。そして更に私が最も懸念を感じているのは、あなたが持つその特殊な光の能力です。もしも私がその光の力を直に浴びてそのまま消滅してしまったら、不老不死とはいえその復活には約一年の年月を費やす事になるでしょう。その間に強力な封印などをされてしまったら恐らくは活動その物ができなくなる恐れがあるでチュ。だからこそ私はお前のその光の能力を極めて危険な物だと認識しているのでチュよ。なにせ発動時の速さは恐らくは光速の速度で広がるでしょうから、もしもそうなったらたとえ私と言えどもその光速の早さからは逃げ切る事はできません。しかもその光の大きさによって、その射程範囲も相当な物でチュ。だからこそ、もしもこのまま戦闘が始まったら、お前がその光の能力を発動させる前に、そのか細い首を瞬時にへし折らないといけないのでチュ!」
淡々と語る天足のアトリエの言葉を黙って聞いていたテファだったが、今度は目の前にわざわざその姿を現したその真意を聞く。
「それでわざわざその姿を現してまで、一体あなたは私に何が言いたいのですか。ただ単に私が危険な存在だと言う事を伝える為だけにこの場を設けた訳ではないでしょ」
「もちろんでチュ。私はただ偽物の聖女でありながらも、ここまでの力を持つあんたに一つの疑問を抱いているだけでチュ。この世に御座す女神から選ばれた本物の聖女ならともかく、どんなに強大な力を持つ聖女でもお前はただの偽物でチュ。それは即ち、お前がその聖女の力を行使する度に絶対に何らかの負荷があると考えるのが普通でチュ。だからこそズバリ聞くでチュ、暁の聖女の偽物テファ、お前は一体なにを代償にその強大な神聖力を振るっているのでチュか。たとえその器が海のように広く大きくとも、その強大な神聖力を溜めておけないほどに脆い欠陥品の器では、その時が来たらいずれ亀裂から徐々に崩壊を招き、いずれは完全に壊れてしまうのではないのでチュか。そうでチュ、いくら完璧な聖女を装ってはいても私の目はごまかせないでチュ。お前達、サンプル体の少女達はその力を振るう度にその体に膨大な負荷を掛けているでチュ、そうではありませんか!」
「それを確かめる為にあなたは、わざわざ私の前にその姿を現したのですか」
「変身したかりそめのあの体でお前にこの話を振っても、おそらくお前は話をはぐらかしてその秘密を教えてはくれないだろうからな」
「だから直接会ってその秘密を聞くためにここに来たのですね。でも弱点となり得るそんな大事な情報をなぜ私があなたに教えると思うのですか。その可能性は限りなく低いと言うのに。それともその弱点となり得るその可能性を知った上で、このまま私と戦うつもりですか」
急に真剣な目を向けるテファの心情を探るかのように天足のアトリエはゆっくりと傍まで来ると、鼻をピクピクと動かしながらテファの美しい顔を不気味に覗き込む。
「なるほど、やはり私の目に狂いはなかったと言う事でチュか。なら私も少し考え方を変えないといけないようでチュね」
「それは一体どういうことですか?」
「危険なリスクはわざわざ取らないと言う事でチュ」
慎重に振る舞う天足のアトリエの異常なほどの用心深さにクスリと笑ったテファは、まるで相手を挑発するかのようにその真意を探る。
「あなたにとって私を殺す事は余りにも簡単で、造作も無い事のはずです。それなのに何をそんなに警戒しているのですか。少し私のことを過大評価し過ぎです。そこまで私達サンプル体の事を熟知し想像しているのなら、その弱点となる真相を探る為にもこの私の首をもぎ取ってしまえばいいだけの話じゃないですか。そうすればあなたの懸念ももしかしたら晴れるかも知れませんよ」
「フフフフ、それも悪くはないのですが、力の使いすぎでもう直ぐ死ぬかも知れない欠陥品の聖女とやり合うのは掛ける時間も流石に勿体ないですし無駄骨だと思いましてね。その確認次第ではこのままあんたを泳がせてもいいと思っているのでチュよ。このまま戦って私に勝てないと思ったあんたが、ラエルロットを守る為だけに相打ち覚悟でその力を一気に解放して自害を選んでしまったら、その辺り一帯が光の力で消し去ってしまう恐れがありますからね。その可能性がある以上むやみに戦いを挑むのはなるべくは避けたいと言うのが本音でチュ」
そこまで言うと天足のアトリエはテファに向けて更に重大な事を聞く。
「偽物であるが故にこの研究所での調整も無くその力を使い続けたらいつかはその力を溜めている器は粉々に壊れて、お前達サンプル体の少女達は皆遅かれ早かれ壮絶な死を迎えるのはもう決まっている事と、そう解釈をするのですが、それとは別にお前が密かに隠しているもう一つの秘密についてぶっちゃけ聞くでチュ、あなた達が生きられる寿命は後どのくらいなのでチュか。一日一回は必ず飲まないといけないと言われている、その体を維持する為に必要な栄養生成剤とやらのストックは一体どこにあるのですか。そもそもそんな物が本当にあるのですか。飲んでいる所を見てもいませんし、甚だ疑問でチュ!」
「そ、それは……今日の分はもう飲んでしまっているからですよ。ですのでその後の分は今はないのです。この研究所内から出ている栄養生成剤はこの研究所の制圧が始まればその時点でもう確保は望めなくなります。ですがお外にさえ出られれば、その後の栄養生成剤のストックはその予てより助けてくれるという人権保護団体の人達から提供していただく算段になっています」
「この研究所で作られているサンプル体の少女達の存在ははっきり言って非公認ですしその存在を知ったのは私もこの研究所に来てからです。それにそんな危険な存在を他の国に存在し活動をしている人権保護団体の人達がそうおいそれと助けてくれるはずがありません。なぜならそこに介入してしまったら国同士の思惑ややっかいごとに巻き込まれる恐れが充分にあるからです。なのでそうおいそれとあなた達に関わろうとする保護団体はいないはずです。それにあなた達が毎日飲んでいるとされるその栄養生成剤だってこの研究所でしか作られてはいない特別な薬のはずですから、ここ以外で入手はできないと考えるのが自然です」
「そ、そう考えますか……天足のアトリエ、やはりあなたは侮れない人物のようです」
「更には、この国の王族や貴族達がサンプル体の少女達を危険と見なしてこの研究所ごと、全てを廃棄処分にしようと動き出しているのですから、この研究所内から動けないテファが他の国の人権保護団体と密かに接触する事はまずできない物と考えます。その事実を踏まえた上でもう一度あなたに聞きます。テファ、栄養生成剤のストックが大量にあるという事も……人権保護団体が助けに来てくれるという話も全てが全くの嘘でチュね」
その天足のアトリエの質問に、テファは物凄く悲しそうな顔をすると無言でコクリと頷く。
「やはりそうでチュか、今日の分を飲んだだけと言う事でチュか。ならテファ……その栄養生成剤のストックが全くないその状態で、お前達サンプル体の少女達はこの研究所を出て一体何をするつもりなのでチュか、答えるでチュ!」
天足のアトリエから語られる憶測と推理に暗い顔でしばらく黙りこくっていた暁の聖女ことテファだったが、何やら覚悟を決めたような表情をしながら天足のアトリエの前にそのか細い首を下げて差し出す。
「黒神子・天足のアトリエ、もう少しだけ私のわがままに付き合ってはくれないでしょうか。もしサンプル体の少女達をこの研究所の外に連れ出してくれたなら、その時はこの私の命をあなたに奪わせて差し上げますから」
「命を奪わせてあげるか。また随分と潔い事だな。抵抗もなしに時期が来たらこの私に大人しく殺されると言うのでチュか」
「はい、事をなしたら私はもう満足ですから、その時は迷わずこの命をあなたに差し上げます。そして私のこの切ない数々の想いや葛藤はその後に続く彼女がきっと引き継いでくれる物と信じていますから、今はそうあってくれることを願うばかりです」
「引き継いでくれる者だとう……それはあの高慢ちきで高飛車なお前のオリジナルの少女の事を言っているのか。言っておくがたとえあれが聖女になったとしてもその力はお前の100分の1も使えはしないぞ。その意味が分からぬお前ではあるまい」
「確かに今は自分の事しか考えられない欲深な性格でも、いつかは必ずその意味に気づく時が来るはずです……いいえ、私が必ず彼女を、人々を愛することのできる正しさと優しさを合わせ持つ真の聖女に変えて見せます。必ずです!」
「フフフフ、そんな事には絶対にならないでチュ。お前のオリジナルたるあのテファニアという愚かしい少女は自分の事しか考えない、極めて醜悪で傲慢な心の持ち主でチュ。そんな人間が心を入れ替えて変わることなど到底できやしないよ、なぜならその人の性格は環境や出会った人間達の対応次第で大きく変わるからだ。その傲慢で人を見下す性格はあのテファニアという娘が獲得した経験と自我から来る答えであり、甘やかされ、もてはやされた挙げ句、自分は特別な存在だと勘違いをしたその強い思いがあの性格を形作っている。彼女は、お前と張り合うことで更に高見に行きたいといつもそう強く願っている節があるが、いつもテファに負けているという被害妄想と劣等感が常にあるでチュ。その為かは分からないでチュが、いつも願望と欲望を叶える為に彼女はあらゆる手段を使ってでも自分が生まれ持つ美貌を、誰もが羨む完璧な才能を、そして大きな土地の地主でもある両親の意向と貴族の令嬢たる地位や多額の資金を使いながら、それらを獲得しようといつももがいている」
「そしてその過程で、本来は絶対になることが許されないとされる聖女になるという途方もない夢を叶える為にも……どうしても私の命を手に入れたいと思っている。それが彼女の今の本心のようです」
「どうやらそのようだな。人の犠牲の果てに……姉妹の生け贄の果てに得られる聖女の誕生を、あの偽善者たる女神がそうおいそれと許すはずがないのでチュがね。そこを人間達は誰もわかってはいないでチュ。だからこそ、その欲深な汚れた魂を持つあのテファニアという少女が、誠実で正しい心を持つテファと魂が釣り合う事は絶対にないのでチュ。そうたとえテファとテファニアが瓜二つの遺伝子を持つ者だったとしても、その性格や想いまでは決して伝わる事は絶対にないのでチュ。なぜならテファニアとテファは考え方も性格も違う、別の存在なのでチュから!」
「それでも、それでも、いつか訪れるであろう彼女の前途多難な過酷な運命とその奇跡に……そしてラエルロットさんの勇者としての無謀な夢と誇り高い挑戦に……私も賭けてみたいのです。いつか必ずラエルロットさんはこの滅び行く世界を救う一つの因果になると信じて!」
「クククク、人間が持つ心の弱さを常に軽んじているこのアトリエと、人間の心の強さを常に信じているテファが……自分の分身とも言うべきテファニアという少女の心の成長を賭けて……この天足のアトリエと賭けをすると言うのですか。人間が持つ希望たる可能性と……絶望たる現実性をぶつけ合うと、そう言うのでチュね。その持論のぶつかり合いは非常に面白いです。いいでしょう、ならその果てしない望みと夢の果てに何を見せてくれるのか。その答えをこの天足のアトリエがしっかりと見届けてやるでチュ!」
「天足のアトリエさん、今回は見逃してくれるのですね。正直ありがたいです」
「フフフフ、しかしその願望を叶える為にはテファ、お前は必ず何かを仕組み、そして密かに何かを企んでいるはずでチュ。有り得ない夢物語を語りながらその淡い想いをただ語っているようにも見えるが、性格は違えど、その本質はあの醜悪なテファニアと基本は全く一緒だからだ。お前の言葉をそのまま鵜呑みにする事は流石にできんよ。お前がただ単に見た目通りのお優しいだけの夢見るただの愚かな美しいだけの小娘なら私もそれ程お前を脅威には思わなかったのでチュがね。そのいつでも人の為に命を投げ出せるその行動力といつも正しくあろうとするその偽善的な考えは真の聖女なら誰もが持つ極当たり前の行動だが、その望む結果を獲得する為に是が非でも手に入れようと藻掻く決して諦めない狡猾さと機転は他の聖女達にはまず絶対に無い力の一つだからだ。聖女の力を振るいながらも愛と正義の為に自分の理念を追求するその卓越した(歪んだ)強い愛の形に、今まで感じた事の無いその脅威を今はヒシヒシと感じるでチュ。もうこうなったら後々のことを考えて、今この場でその首を即座に刈ってしまおうかしら。その方が絶対に楽ですからね!」
「……。」
邪悪な笑いを浮かべると天足のアトリエは今も頭を下げ続けるテファの首元に両手を這わせながらその細いうなじを頻りになぞる仕草を見せるが、直ぐにその手を引っ込める。
「やはりやめて置くでチュ。フフフフ、なに食わぬ顔をして澄ましてはいるがこの私が気づかないとでも思ったか。その首を仮にもぎ取ったらその瞬間お前の内に溜まっている神聖力の底の蓋が完全に抜け落ち、そのまま自動的に私だけを滅する膨大な光の力を光速で解き放つつもりでいたのだろ。全く油断のならない牝狐でチュ!」
「天足のアトリエさん、あなたには友として……親しい数少ない戦友として、その気高い孤高たる誇りを見込んで一つだけお願いがあります」
「願いでチュか、それはどんな物なのでしょうか。その答えによっては聞き届けない事もないのですが」
「そのお願いごととは、この先にある実験施設の管理部屋に到着したら、その時に改めてあなたに私の本当の望みを聞いて貰いますわ」
「本当の望みでチュか」
「はい、本当の望みです。その望みを聞き届けてくれるのなら、その約束を守ってくれる褒美として、この私が持つこの古代の遺物の一つ、空蝉の杯を今ここであなたに差し上げますわ。これでどうでしょうか」
「テファ……こんな大事な物を簡単に手放すと言うのでチュか。そこまでしてお前は一体何を企んでいるというのでチュか。なんだか末恐ろしいでチュ?」
「そして私が聖女の神聖力を使う時に受けるペナルティーの事ですが……まだ誰にも言わないでください。特にラエルロットさんにだけは知られたくはないです」
そう言うとテファは左肩を隠してある服の裾をめくり上げると、その露出した左肩を天足のアトリエに見せつける。
その左肩のきめ細かい白い皮膚はなぜか亀裂のようにひび割れており、その亀裂からは血が流れる事は無く、代わりに外を照らすかのような微かな黄金色の光がその亀裂の傷口から光り輝いて見える。
「この左肩に刻まれている光の亀裂がテファ、お前のペナルティーか」
「はい、そういう事です。私は聖女の力を使う度にこの光の亀裂を体のどこかに受ける事になります。そしてこの亀裂の光は徐々に私の全身を覆い尽くしていき、やがてはこの光の亀裂は光が漏れるくらいに大きくなり、そして最後は光の亀裂と共に私の命はそのまま光の粒子となってこの世から消えて無くなるのです。これが私がこの光の力を使う度に受けるペナルティーであり、寿命たるカウントダウンです」
「そうか、その光の力を実験で使っている時は、その度にダクト所長の管理下の元、治療ポットで体の調整をしながらその光の亀裂の広がりを強制的に直していたが、この研究所が閉鎖、もしくは破壊でもされよう物なら、その体に再び光の亀裂が走ったとしても、もう二度とその体を直す事は叶わないと言う事でチュか。全く……歯がゆくて、理不尽な現実でチュね」
そう何気に語った黒神子・天足のアトリエの脳裏に、ある可能性が浮上する。その可能性とはこのままでは確実に訪れるであろうサンプル体の少女達の身に起こる理不尽にも絶対に逃れられない死と、その事実をまだ知らない、今現在気絶をしているラエルロットの試練に起因する物だ。そしてその思いは確信へと変わる。
(そうか、まさか……遙か闇なる世界の神たるお母様は、サンプル体の少女達を利用して……その絶対に逃れる事の出来ない試練と絶望をラエルロットに突きつけるつもりなのでチュね。確か今現在ラエルロットが受けている第三の試練のお題目は【決して逃れる事のできない宿命と闇】でしたね。全くお母様は恐ろしくも情け容赦の無い、残酷な試練を相変わらず突きつけてくるでチュ。流石にラエルロットが可哀想になってきたでチュ。こんな絶望に至る試練は、ただの弱い人間であるラエルロットには、まず絶対に乗り越える事のできない壮絶な試練でチュ。そしてこの試練はいくら黒神子の眷属を維持する試練だったとしても流石に有り得ないし厳し過ぎるでチュ。一体お母様は何を考えているのでしょうか。このままラエルロットを精神的に追い込んで、その罪の意識と絶望の重さから本当に潰す気なのでしょうか?)
今のこの現状とテファが語った隠された驚愕の真実から事実を知った天足のアトリエは、テファから差し出された古代の遺物の一つ・空蝉の杯を貰い受けると、この後に必ず訪れるであろう絶望的な結果に内心憂鬱になる。
そんな三人の頭上には何処からともなく現れたカラクス鳥のピコちゃんが、カア・カア・カアと鳴き声を上げながら綺麗に浄化された下水道の中を元気よく飛び回っていたが、何気に上を見上げる二人の女性の存在に気づくと、そのまま静かに下へと舞い降りて行くのだった。
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