75 / 104
第三章 二人の聖女編
3-23.エドワードとドラム、再び
しおりを挟む
3ー23.エドワードとドラム、再び
精神攻撃を逆に返されて無様にも気絶をしてしまったラエルロットはテファの手厚い快方を受け、何事も無かったかのように直ぐに復活する。
だが少し罰が悪いのか守ると意気込みながらも二回もテファの前で無様な醜態をさらしてしまったラエルロットは自分の不甲斐なさに情けなく思いながらも明るく励ますテファに導かれながら、もと来た道を戻る。
道中、カラクス鳥のピコちゃんが無事に返ってきた事と、その捜索の為に多大な迷惑を掛けたと頭を下げて謝るテファだったが、そんなテファの愛くるしい言動を見つめていたラエルロットはある一つの疑問に内心困惑する。その疑問とは言わずと知れた、黒神子・天足のアトリエの事である。
いくらテファが侮れない強敵だったとはいえ、あの天足のアトリエが何もすること無くそのまま大人しく撤退したとはどうしても思えなかったからだ。
ひどく警戒しながらも慎重にもと来た道を歩くラエルロットは通路を歩いている最中、黒神子・天足のアトリエがなぜ自分達を見逃したのかを聞くため話すタイミングを計るが。思いを察した暁の聖女テファが先に事情を説明する。
この先にある実験室の正確な位置と研究員達が寝泊まりしている生活区域の場所を教える代わりに、この研究所を出るまでは一時的に休戦という形の猶予を貰った事を説明する。
だが実際はその話自体が真っ赤な嘘であり、実のところはテファを含めたサンプル体の少女達の命が後持って一日だけだという驚愕の事実を知った天足のアトリエがあえて今ここで危険を犯してまでテファと命を賭けて戦う事は無いとそう結論づけたからだ。
そんな天足のアトリエと共に実験室のフロアに行く事を承諾したテファは、その過程で聖女を作る為に重要な機材の全てをその場で破壊するその手伝いを積極的にするという事で話が纏まったのだが、もしかしたらサンプル体の少女達の哀れな境遇に流石の天足のアトリエも哀れと思い今回は見逃してくれたのかも知れない。
今この場で見逃そうがどうしようが彼女たちの命はどうあがいても後一日だけという残酷な事実は変わらないからだ。
しかもこの後の戦いの中でもしもテファがまたあの暁の聖女の力を長時間フルに使ってしまったら当然その分の彼女の寿命は更に短くなりその場で光の塵へと分解して死んでしまうかも知れない。だがその事実をまだ知らないラエルロットはテファが語る嘘の話を鵜呑みにしながら、上で待つ蛾の妖精のルナ・小撃砲使いのミランシェ・そしてサンプル体の少女・通称ツインちゃんの元へと急ぐ。
カラクス鳥のピコちゃんが先に前へと飛び立ち、その後を追うかのように古いコンクリートの階段を上るラエルロットとテファが見た物は、二人の男と対峙し睨み合う、おびえながらも強気で立ち向かうツインテール頭のツインと、いざという時は隠し持つ古代の遺物の一つ・邪妖精の衣を展開させようとしている蛾の妖精のルナの二人だった。
そのいかにも怪しげな耳長族の優男と小太りの豚人族の二人を前に激しくにらみ合っていたツインと蛾の妖精のルナだったが、下から戻ってきたラエルロットとテファの接近に気づくと、まるで逃げるようにしながら、直ぐさま二人の元へと駆け寄る。
最初に声を掛けたのは物凄く怯えた表情を見せるツインである。
「95657番のお姉様に、ラエルロットのお兄さん、一体どこまでピコちゃんを探しに行っていたんですか。中々返ってこないからやはり私達も下水道の下に降りようかどうしようかと話し合っていたら、変な奴らと遭遇してしまったじゃないですか。頼みの綱のミランシェさんは尿が漏れそうだからトイレに行ってくるとか言って直ぐに下へと降りていっちゃうし、そこにいる二人組の亜人種には素早く下水道に通じる退路を塞がれるし、お姉様達は中々帰って来ないし、もうとても怖かったですよ。なんとかにらみ合って互いに牽制していたから少しの間だけ時間を稼げましたけど、このままお姉様とラエルロットのお兄さんが来なかったらどうなっていたか分かりません!」
それに続いて今度は割と冷静な蛾の妖精のルナが話に補足を加える。
「もっと正確に言うとミランシェがトイレに行ってくると言って下水道の下へと降り、その後数秒してから上の非常階段の方から誰かが下に降りて来る気配を感じましたので、だれが降りて来るんだろうと身構えていると、あれよあれよという間にいつの間にか下水道の入り口の階段を彼らに塞がれてしまいました。なので私達は直に逃げることができませんでした。そして途方に暮れあたふたしていた私達にその亜人種の二人は対話を求めて来ましたので、どうしようかと一瞬悩んだのですが、この状況でここへと現れた怪しさマックスの彼らに非常に警戒をした私達はこのまま黙秘を貫きながら膠着状態を維持していました。と言うのがいきさつです」
「いきさつって、いくら相手が得体の知れない奴らとはいえ初対面の人を相手にそれはちょっと失礼なんじゃないのか。初めて会った人には取りあえずは挨拶くらいはしようぜ。それに状況の変化と相手の出方次第で臨機応変に対応を変えればいいだけの話なんだからさ、最初から敵意剥き出しは流石にどうかと」
一応は相手にも聞こえるようにと、こちらには敵意は全くない事をそれとなく遠回しに伝えたラエルロットだったが、耳長族の優男と豚人族の小太りの男の反応はイマイチ素っ気ないようだ。何かに警戒しながら見つめるその視線はラエルロットにではなく、ツインちゃんとテファの二人に向けられていた。
(なんだ、こいつら。さっきっから一言も話さずにテファとツインちゃんの二人だけを見つめて。まさかツインちゃんの人見知りとルナの人間不信気味がここに来てモロに出てしまい、その事であいつらも気を悪くしてしまったのかな?)
いきなり上から降りてきた相手が敵か見方かという考えをすっ飛ばしてこちらの非を心配するラエルロットに、話を聞いていた暁の聖女・テファが怪しげな二人の姿を分析すると落ち着いた声で話し出す。
「ラエルロットさん、まずは相手が何者で、一体何をしにここに来たのかを聞くのが先じゃないでしょうか。先ほどの会話と見た感じではラエルロットさんもルナさんもあの二人のことは知らないみたいですし、当然私達も彼らのことは知らない訳ですから、彼らは十中八九、外から来た部外者と言う事になります。それは即ちそのまま私達の敵である可能性が極めて高いです!」
「いや、高いですって、まだそうと決まった訳じゃないだろ。もしかしたら俺達に敵意を持ってはいない、この研究所に出入りをしているただの清掃員か何かかも知れないじゃないか。だとするのならサンプル体の少女達の事や、様々な事情は全く知らないのかも」
「彼らはこの研究所で働いている人達では無いようです。なぜならダクト所長は人間族以外の亜人種の存在は基本的には認めてはいませんから。なのでこの研究所内で亜人種の人を働かせている可能性は極めて低いです」
「と言うことは異世界召喚者達の仲間か何かか。だが異世界召喚者達が絡んでいるのなら、亜人種を仲間にしている事事態がそれこそあり得ないか。あいつらは基本的にはこの世界の人種や生物達を見下していて下等な者と思っている節があるから、それが亜人種なら尚更仲間にはしないか。と言うことはノシロノ王国側が送り込んだ刺客という線も考えられるが、そもそももう既にギルドの神聖・白百合剣魔団の冒険者がこの研究所内に潜り込んで来ているんだから彼女達の仲間では無いと言う事は明らかだ。それにあのギルドは隊長の破滅天使のリザイア以外は全てが女性で構成が出来ている仲間達だったはずだ。そんな彼らの仲間に男の亜人が入れるとは流石に考えにくい。と言うことは、残る可能性は……?」
「やはり第四勢力と言う事でしょうか。ダクト所長が率いる研究員や作業員でもなけねば、異世界召喚者達に導かれてここへと来た捨て駒的な存在でもないみたいですし、ましてやノシロノ王国側の刺客として送り込まれた亜人種という訳でもないようです。と言うことは彼らはお金や何かの条件で誰かに雇われた傭兵や賞金稼ぎ的な存在なのかも知れません。まあ考えられるのは、外の国の方から調査と依頼を受けてこの地に来た、トレジャーハンター的な人達なのかも。後考えられるのは、この研究所内に来ていた黒神子・天足のアトリエの関係者という可能性でしょうか」
「黒神子・天足のアトリエの仲間の可能性か」
そんな様々な懸念と疑惑に思いをはせていたラエルロットは、まずは対照的な姿形をしている二人の服装を見る。
耳長族の優男は長身のモデル体型をしており、見た感じは美男の青年といった感じだ。服装は布製で出来た丈夫な旅人の服にその上から軽量感ある軽そうな鎖カタビラを身に着けている。そして腰には異様な魔力が感じられる、そりが深い形状をした三日月型の長い一振りの長剣を下げている事からこの耳長族の男は異質な剣士であることが一目で想像ができる。
一方その隣にいる豚人族の小太りの男は見るからに品の無い下品な笑みをニヤニヤとこぼしている事からかなり粗暴な性格である事が直ぐに想像ができる。その服装はまるで山賊のような薄汚れた姿をしており、ひどく古めかしい革製の鎧を着込んでいる事から不調法差が嫌でも目立つ、そんな感じだ。
その訝しむ二人の男の視線は何れも目の前にるテファに向けられており、明らかに友好的な者達では無い雰囲気を漂わせる。
ラエルロットはそのいかにも怪しげな二人の男に対し不安と危機感を感じながらも一歩前へと出るが、そんなラエルロットに後ろから声を掛けた暁の聖女・テファが前にいる二人を見つめながら、あの亜人達がなぜ信用できないのかを淡々と語る。
「でも一番信用ができないその理由はやはりあの二人から漂って来る血のにおいでしょうか。それもつい最近どこかで大量の人間を切りつけ、そして殺してきた血の臭いがします。そして彼らが血の臭いを体中からただよわせているにも拘わらず何食わぬ顔をしながらこちらの様子を揖斐かしげに窺っていると言う事は、彼らは割と平気で人を殺害する事ができる戦士である事が軽く想像できます。更にはあの豚人族の男はともかくとして、耳長族の男の方はかなり高い高レベルの力を持つ人物のようです。おそらくはレベル90くらいの力はあるかと」
「れ、レベル90だとう、それはもう聖戦士や勇者の位の力を持つ英雄クラスの領域の人物じゃないか……そんなあり得ない力を持つ奴ともしも戦ったら絶対に勝てない事は明らかだ。そんな英雄級のレベルを持つ剣士がなぜこんな所にいるんだ。とても理解ができないんだが!」
「そして当然ですが、サンプル体である私達を助けてくれる戦士は(ラエルロットさん達を除き)この世界には何処にもいません。と言う事は彼らの目的は……恐らくは……」
ラエルロットの後ろで淡々と呟くテファの言葉を同じく聞いていた耳長族の男と豚人族の男は、もう頃合いだとばかりにまるで答え合わせをするかのようにいきなり話に割って入る。
話し出したのは、耳長族の青年の方だ。
「ああ、そうとも、お察しの通りだ。そこのサンプル体の二名の女、俺達は聖女であるお前達を始末しに来た者だ。だがここに来るまでは実際半信半疑だったが、まさか本当に聖女の力を宿すまがい物の人形と遭遇してしまうとは正直思わなかったぞ。と言う事はただ単にこの研究所にある聖女の製造に関わる設備やデータを破壊すればいいだけの話では無いようだ」
「待ってください。あなた達は一体何者ですか。それにあなたが腰に下げているその三日月型の長剣は一体……なんですか。何やら異質で恐ろしい異様な魔力を感じるのですが」
「ホ~ウわかるのかい、黄金色の髪を持つお嬢さん。この剣の恐ろしさが……ならばお前はどうやら相当に強い神聖力を持つ聖女のようだな。つまりは高レベルの聖女だ。これは、この地下に降りる際に上のフロアで捕まえて尋問をした研究員の話もまんざら嘘ではなかったと言う事か」
「あなたは、一体……?」
「俺が何者なのかを頻りに気にしているようだが、そんなに気になるのなら一応は言える範囲で教えといてやるぜ。俺の名はエドワード、耳長族のエドワードだ。どうぞお見知りおきを、そしてさよならだ!」
淡々と短く言うと耳長族の男は腰に下げてある三日月型の長剣に手を掛けるが、その姿を見ていた豚人族の男が邪悪に笑みを浮かべると声高らかに言う。
「やるんですかい、エドワード様。こんな女子供が集まった、少人数の男女を相手に……今ここで!」
「ああ、ここで仕留める。ツインテールの頭をした小さな少女と蛾の妖精の嬢ちゃんだけなら大した力は持ってはいなそうだから話を聞いたらそのまま見逃してやってもいいと考えていたんだが、この目の前にいる聖女だけは駄目だ。この女は恐らくはAランク以上の聖女だ。そんな奴と今この場で遭遇してしまったんだからここで退くわけにはいかないだろ。なんとしても彼女を今この場で叩き潰すぞ。そんな訳だから豚人族のドラムよ、お前は後ろに下がっていろ。あの有名だった神聖・白百合剣魔団に所属をしていたAランクの聖女、超重力使いのミレーヌはその能力もその人となりの性格も事前にわかっていたからなんとか倒して仲間にする事が出来たが、こいつはどんな能力を持ち、そしてどんな考えの人なのかが全く分からないから下手な攻撃をして対応を誤れば直ぐさま命取りになる恐れがある。だからまずは距離を置いて様子を見るんだ!」
「くっそぉぉぉ、せっかくの上玉だから早く手に入れて仲間にしたい所なのに、本当に歯がゆいぜ。エドワード様が持つチャームブレードで(あの聖女ミレーヌと同じように)その命を奪う事ができれば、俺の今後のモチベーションもかなり上がるんだが、家の主様が今現在不在な以上、無理はできないか。もしも下手を打ってエドワード様が死んでしまったらそれこそ大ピンチですからね!」
その不用意に発した豚人族のドラムの言葉に、暁の聖女ことテファはエドワードが持つその魔剣の正体と彼が一体何者なのかという仮説に気づく。
「ラエルロットさん、お願いがあります。私と蛾の妖精のルナさんとツインちゃんの三人で下の下水道で用を足しているというミランシェさんを呼んで再び戻って来ますから、その約三分間ほどあの二人の足止めをお願いできないでしょうか。あの二人はどうやら私とツインちゃんの命を……つまりはサンプル体の少女の命を率先して狙っているみたいですから直接ラエルロットさんには関係の無い話ではありますが、どうか私達を助けると思って三分間だけ踏みとどまって下さい」
申し訳なさそうに言うテファが発した無理ゲーとも言うべき死の宣告に近い言葉に、ラエルロットはまるでその悲嘆を受け入れた殉教者のようにはっきりとした口調で答える。
「レベル90の敵を相手に約三分間の時間稼ぎか、勿論テファに言われなくとも俺はこの場にとどまってあの二人と戦うつもりだが、だが仮に俺が彼らの足止めに成功したとしてそれが一体何になると言うんだ。たとえミランシェが加勢に来てもこの絶望的な状況を覆す事はまずできないぞ。ここは俺が一人で時間をできるだけ稼いでみせるから、どうかお前達だけでもここから逃げてくれ。この下へと続く石階段は大きな下水道へと繋がっているから、その通路を通って行けさえすれば、どうにか逃げ切る事ができるはずだ。ここでお前達とは別れるが、テファ、それにツインちゃん、君たちが無事にこの研究所から出られることを心の底から祈っているよ。という訳で早く行け。もう問答をしている暇はないぞ。ルナ、彼女達の道案内はお前に託す。無事に二人を、あるべき場所に誘導するんだ。頼んだぞ!」
(ラエルロット、何を言うの。ラエルロットも一緒に逃げようよ!)と本当は言いたい蛾の妖精のルナだったが、誰かがここで足止めをしないと誰一人として助からないことを蛾の妖精のルナは知っているので、気丈に振る舞いながらも元気な口調で答える。
「うん、わかったわ。テファとツインの事は私に任せて頂戴。だからラエルロットも頑張ってね。二人を安全な所に移動をさせたら私は必ず戻ってくるから!」
「いや、戻ってこなくていい。たとえ来てもこの状況を覆すことは絶対に出来ないからだ。だから絶対に戻って来るんじゃないぞ。いいな、わかったな!」
きつい口調で叫ぶラエルロットに、今度はテファがラエルロットの手を握り絞めながら至近距離であることを言う。
「ラエルロットさん、希望は捨てないでください。三分後に必ず私が助けに来ます。なのでどうにかして踏みとどまってください。あの耳長族の青年は私が必ず倒してごらんに入れますから!」
「テファ……お前は一体何を考えているんだ。経ったの三分間だけ身を隠した所で一体何ができると言うんだ?」
「ラエルロットさん……私を信じて下さい。では失礼します」
捨て身の覚悟に近いラエルロットの諦めの言葉に、決して希望は捨てるなと助言をした暁の聖女テファは、蛾の妖精のルナと同じく聖女の力を持つツインちゃんの二人を伴いながら一目散に石階段を降りて下水道の下へとくだるが、その様子を少し透かした感じで見ていた耳長族のエドワードは腰に下げている聖剣チャームブレード・またの名は『色欲による欲と真実の愛を永遠に追い求める剣』を抜き放つと、下水道へと続く石階段の入り口を背に立つラエルロットにその剣の刃の先を向ける。
「見た感じ君のレベルは恐らくはレベル1であり、まだ戦士としての誇りや戦う覚悟を持たないただの民間人だろ。そんな戦士としての技術や覚悟の無い君を殺すのは非常に後ろめたい物があるが、それでも立ち向かって来ると言うのなら下手に苦しまないように一撃の元に殺してやるよ。覚悟しろ、愚かな人間族の青年。だがもしも逃げたいと言うのなら別に止めはしないぞ。見逃してやるからとっととこの場所から消えるんだな!」
「ふざけるな、俺は彼女達を見捨てて逃げたりはしないぞ。こい、耳長族の青年、エドワードとやら、俺が必ずお前の行く手をできるだけ阻止して見せる。みんなが……テファが逃げ切るだけの時間は必ず稼いでみせる。今度こそ、使命を全うしてみせるぜ!」
「全く……馬鹿な奴だ。圧倒的な力の差と、身の程を教えてやるよ!」
ラエルロットの自己犠牲的な覚悟を目の当たりにした耳長族の青年エドワードは深くため息をつくと、ラエルロットが反応できないくらいの素早い動きでその手に持つ三日月型の長剣の刃をラエルロットに目がけて切りつけようとするが、突然『落とせぇぇ!』と聞こえたある少女の可愛らしい声と共に耳長族の青年エドワードは、手に持つ三日月型の長剣をなぜか下へと落としてしまう。
ズルズル……ドガシャン!
何かの拍子に手元が狂い、力強く持っていたはずの魔剣の柄をつい離してしまったエドワードは信じられないという顔をしながら通路の床へと転がる聖剣チャームブレードを不思議そうに数秒ほど見つめる。
だがその疑問を振り払うかのようにまた直ぐに聖剣チャームブレードを拾い上げると、再びラエルロットに向けてその長剣を構える。
「なんだ、今の声は、もしかして君が発したのか。今の声でどうやら心ならずも手にしっかり持っていたはずの長剣を偶然にも落としてしまった。全く、奇妙な偶然も、思いがけない不幸な不運も、この長い人生にはたまにあるようだ。そうは思わないかい、そこにいる黒い不格好な木刀を持つ青年の後ろにいる、小さな娘よ!」
ラエルロットの後ろから現れたのは、ツインテールの髪型をしたおませが特徴的な通称ツインちゃんである。
ツインは再び聖剣チャームブレードを構え直す耳長族の青年エドワードを睨みつけると、小柄な体を小刻みに震わせながらも勇気を出し、決意の隠った声で話し出す。
「ラエルロットのお兄さん、微力ながらも私もお兄さんの援護に回ります。95657番のテファ姉さんが戻るまでの約三分間は、私がCランクの力を持つ聖女として、その能力を行使します!」
「ツインちゃんの聖女としての能力だって。確かにこの土壇場で聖女の援護は正直ありがたいが、聞いた話じゃツインちゃんはCランクの聖女だから、あのレベル90の耳長族のエドワードを相手にその力を行使するのはいくらなんでも危険が大き過ぎる。一体どのような能力で俺を援護してくれるのかは正直分からないが、もしもその能力があのエドワードとかいう耳長族の青年を止める事のできない中途半端な力なら、俺に構わずここから逃げるんだ!」
「大丈夫です、私を信じて下さい、ラエルロットのお兄さん。確かに私の能力は他の研究員達に馬鹿にされるくらいに取るに足らない下らない能力ですが、三分くらいの足止めはどうにかできると思います。いいえ必ず成し遂げて見せます。そしてこの希望のバトンは必ず後に続くテファお姉さんにつないで見せます!」
何やら決意を固めた目で高らかにそう宣言したCランクの聖女・通称ツインちゃんは両手を胸の当たりで組むと、目を堅く閉じながらラエルロットに叫ぶ。
「ラエルロットのお兄さん、迷わず戦って下さい。相手が武器を持つ敵なら必ず私の能力は相手の意表を突く事ができます!」
「相手の意表を突くか、ならお前のその能力に期待しているぞ。ツインちゃん。お前に俺の命を預けたぞ。いくぞ、耳長族の青年、エドワードとやら!」
「こい、レベル1の愚かな人間!」
黒い不格好な木刀を構えながら、あらん限りの素早い動きで迫るラエルロットだったが、そんな怒濤の動きにも全くひるむ様子の無い耳長族の青年エドワードは大きく落胆の溜息をつく。
「遅い、悲しくなるくらいに遅すぎるぞ。どんなに頑張ってもお前の実力はレベル1のままだという事実にそろそろ気づいたらどうだ。でないと本当にお前の命をこの剣で奪ってしまうかもしれんぞ!」
「黙れ、俺は何が何でも諦めない、諦めるもんかぁぁぁぁ!」
ガッキン、ガッキン、ガシャコン、ガッシャンゴッキーーン、グッシャン!
諦めずに両手構えから繰り出す怒濤の打ち込みをいろんな角度から解き放つラエルロットだったが、何食わぬ顔で全てを片手だけで難なく防いで見せたエドワードは剣で相手との間合いを計ると、素早い横薙ぎをラエルロットの体にたたき込もうとその手に持つ三日月型の長剣を一閃する。
「なら今度こそこの一撃を受けて倒れろ、無力な人間族の青年!」
「き、斬られる、切られてしまう。うわあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁーーぁぁ!」
その瞬間またしてもツインの声が飛ぶ。
『お、落とせぇぇ!』
同時に横に一振りしたはずのエドワードの手にはその持っていたはずの聖剣・チャームブレードの姿は無く、またしても床へと転がる長剣をその目で捉える。
「ば、ばかな……?」
そう耳長族の青年・エドワードは、ツインちゃんの「落とせ!」という言葉の通りに、またしても手に持つ聖剣チャームブレードを落としてしまったのだ。
精神攻撃を逆に返されて無様にも気絶をしてしまったラエルロットはテファの手厚い快方を受け、何事も無かったかのように直ぐに復活する。
だが少し罰が悪いのか守ると意気込みながらも二回もテファの前で無様な醜態をさらしてしまったラエルロットは自分の不甲斐なさに情けなく思いながらも明るく励ますテファに導かれながら、もと来た道を戻る。
道中、カラクス鳥のピコちゃんが無事に返ってきた事と、その捜索の為に多大な迷惑を掛けたと頭を下げて謝るテファだったが、そんなテファの愛くるしい言動を見つめていたラエルロットはある一つの疑問に内心困惑する。その疑問とは言わずと知れた、黒神子・天足のアトリエの事である。
いくらテファが侮れない強敵だったとはいえ、あの天足のアトリエが何もすること無くそのまま大人しく撤退したとはどうしても思えなかったからだ。
ひどく警戒しながらも慎重にもと来た道を歩くラエルロットは通路を歩いている最中、黒神子・天足のアトリエがなぜ自分達を見逃したのかを聞くため話すタイミングを計るが。思いを察した暁の聖女テファが先に事情を説明する。
この先にある実験室の正確な位置と研究員達が寝泊まりしている生活区域の場所を教える代わりに、この研究所を出るまでは一時的に休戦という形の猶予を貰った事を説明する。
だが実際はその話自体が真っ赤な嘘であり、実のところはテファを含めたサンプル体の少女達の命が後持って一日だけだという驚愕の事実を知った天足のアトリエがあえて今ここで危険を犯してまでテファと命を賭けて戦う事は無いとそう結論づけたからだ。
そんな天足のアトリエと共に実験室のフロアに行く事を承諾したテファは、その過程で聖女を作る為に重要な機材の全てをその場で破壊するその手伝いを積極的にするという事で話が纏まったのだが、もしかしたらサンプル体の少女達の哀れな境遇に流石の天足のアトリエも哀れと思い今回は見逃してくれたのかも知れない。
今この場で見逃そうがどうしようが彼女たちの命はどうあがいても後一日だけという残酷な事実は変わらないからだ。
しかもこの後の戦いの中でもしもテファがまたあの暁の聖女の力を長時間フルに使ってしまったら当然その分の彼女の寿命は更に短くなりその場で光の塵へと分解して死んでしまうかも知れない。だがその事実をまだ知らないラエルロットはテファが語る嘘の話を鵜呑みにしながら、上で待つ蛾の妖精のルナ・小撃砲使いのミランシェ・そしてサンプル体の少女・通称ツインちゃんの元へと急ぐ。
カラクス鳥のピコちゃんが先に前へと飛び立ち、その後を追うかのように古いコンクリートの階段を上るラエルロットとテファが見た物は、二人の男と対峙し睨み合う、おびえながらも強気で立ち向かうツインテール頭のツインと、いざという時は隠し持つ古代の遺物の一つ・邪妖精の衣を展開させようとしている蛾の妖精のルナの二人だった。
そのいかにも怪しげな耳長族の優男と小太りの豚人族の二人を前に激しくにらみ合っていたツインと蛾の妖精のルナだったが、下から戻ってきたラエルロットとテファの接近に気づくと、まるで逃げるようにしながら、直ぐさま二人の元へと駆け寄る。
最初に声を掛けたのは物凄く怯えた表情を見せるツインである。
「95657番のお姉様に、ラエルロットのお兄さん、一体どこまでピコちゃんを探しに行っていたんですか。中々返ってこないからやはり私達も下水道の下に降りようかどうしようかと話し合っていたら、変な奴らと遭遇してしまったじゃないですか。頼みの綱のミランシェさんは尿が漏れそうだからトイレに行ってくるとか言って直ぐに下へと降りていっちゃうし、そこにいる二人組の亜人種には素早く下水道に通じる退路を塞がれるし、お姉様達は中々帰って来ないし、もうとても怖かったですよ。なんとかにらみ合って互いに牽制していたから少しの間だけ時間を稼げましたけど、このままお姉様とラエルロットのお兄さんが来なかったらどうなっていたか分かりません!」
それに続いて今度は割と冷静な蛾の妖精のルナが話に補足を加える。
「もっと正確に言うとミランシェがトイレに行ってくると言って下水道の下へと降り、その後数秒してから上の非常階段の方から誰かが下に降りて来る気配を感じましたので、だれが降りて来るんだろうと身構えていると、あれよあれよという間にいつの間にか下水道の入り口の階段を彼らに塞がれてしまいました。なので私達は直に逃げることができませんでした。そして途方に暮れあたふたしていた私達にその亜人種の二人は対話を求めて来ましたので、どうしようかと一瞬悩んだのですが、この状況でここへと現れた怪しさマックスの彼らに非常に警戒をした私達はこのまま黙秘を貫きながら膠着状態を維持していました。と言うのがいきさつです」
「いきさつって、いくら相手が得体の知れない奴らとはいえ初対面の人を相手にそれはちょっと失礼なんじゃないのか。初めて会った人には取りあえずは挨拶くらいはしようぜ。それに状況の変化と相手の出方次第で臨機応変に対応を変えればいいだけの話なんだからさ、最初から敵意剥き出しは流石にどうかと」
一応は相手にも聞こえるようにと、こちらには敵意は全くない事をそれとなく遠回しに伝えたラエルロットだったが、耳長族の優男と豚人族の小太りの男の反応はイマイチ素っ気ないようだ。何かに警戒しながら見つめるその視線はラエルロットにではなく、ツインちゃんとテファの二人に向けられていた。
(なんだ、こいつら。さっきっから一言も話さずにテファとツインちゃんの二人だけを見つめて。まさかツインちゃんの人見知りとルナの人間不信気味がここに来てモロに出てしまい、その事であいつらも気を悪くしてしまったのかな?)
いきなり上から降りてきた相手が敵か見方かという考えをすっ飛ばしてこちらの非を心配するラエルロットに、話を聞いていた暁の聖女・テファが怪しげな二人の姿を分析すると落ち着いた声で話し出す。
「ラエルロットさん、まずは相手が何者で、一体何をしにここに来たのかを聞くのが先じゃないでしょうか。先ほどの会話と見た感じではラエルロットさんもルナさんもあの二人のことは知らないみたいですし、当然私達も彼らのことは知らない訳ですから、彼らは十中八九、外から来た部外者と言う事になります。それは即ちそのまま私達の敵である可能性が極めて高いです!」
「いや、高いですって、まだそうと決まった訳じゃないだろ。もしかしたら俺達に敵意を持ってはいない、この研究所に出入りをしているただの清掃員か何かかも知れないじゃないか。だとするのならサンプル体の少女達の事や、様々な事情は全く知らないのかも」
「彼らはこの研究所で働いている人達では無いようです。なぜならダクト所長は人間族以外の亜人種の存在は基本的には認めてはいませんから。なのでこの研究所内で亜人種の人を働かせている可能性は極めて低いです」
「と言うことは異世界召喚者達の仲間か何かか。だが異世界召喚者達が絡んでいるのなら、亜人種を仲間にしている事事態がそれこそあり得ないか。あいつらは基本的にはこの世界の人種や生物達を見下していて下等な者と思っている節があるから、それが亜人種なら尚更仲間にはしないか。と言うことはノシロノ王国側が送り込んだ刺客という線も考えられるが、そもそももう既にギルドの神聖・白百合剣魔団の冒険者がこの研究所内に潜り込んで来ているんだから彼女達の仲間では無いと言う事は明らかだ。それにあのギルドは隊長の破滅天使のリザイア以外は全てが女性で構成が出来ている仲間達だったはずだ。そんな彼らの仲間に男の亜人が入れるとは流石に考えにくい。と言うことは、残る可能性は……?」
「やはり第四勢力と言う事でしょうか。ダクト所長が率いる研究員や作業員でもなけねば、異世界召喚者達に導かれてここへと来た捨て駒的な存在でもないみたいですし、ましてやノシロノ王国側の刺客として送り込まれた亜人種という訳でもないようです。と言うことは彼らはお金や何かの条件で誰かに雇われた傭兵や賞金稼ぎ的な存在なのかも知れません。まあ考えられるのは、外の国の方から調査と依頼を受けてこの地に来た、トレジャーハンター的な人達なのかも。後考えられるのは、この研究所内に来ていた黒神子・天足のアトリエの関係者という可能性でしょうか」
「黒神子・天足のアトリエの仲間の可能性か」
そんな様々な懸念と疑惑に思いをはせていたラエルロットは、まずは対照的な姿形をしている二人の服装を見る。
耳長族の優男は長身のモデル体型をしており、見た感じは美男の青年といった感じだ。服装は布製で出来た丈夫な旅人の服にその上から軽量感ある軽そうな鎖カタビラを身に着けている。そして腰には異様な魔力が感じられる、そりが深い形状をした三日月型の長い一振りの長剣を下げている事からこの耳長族の男は異質な剣士であることが一目で想像ができる。
一方その隣にいる豚人族の小太りの男は見るからに品の無い下品な笑みをニヤニヤとこぼしている事からかなり粗暴な性格である事が直ぐに想像ができる。その服装はまるで山賊のような薄汚れた姿をしており、ひどく古めかしい革製の鎧を着込んでいる事から不調法差が嫌でも目立つ、そんな感じだ。
その訝しむ二人の男の視線は何れも目の前にるテファに向けられており、明らかに友好的な者達では無い雰囲気を漂わせる。
ラエルロットはそのいかにも怪しげな二人の男に対し不安と危機感を感じながらも一歩前へと出るが、そんなラエルロットに後ろから声を掛けた暁の聖女・テファが前にいる二人を見つめながら、あの亜人達がなぜ信用できないのかを淡々と語る。
「でも一番信用ができないその理由はやはりあの二人から漂って来る血のにおいでしょうか。それもつい最近どこかで大量の人間を切りつけ、そして殺してきた血の臭いがします。そして彼らが血の臭いを体中からただよわせているにも拘わらず何食わぬ顔をしながらこちらの様子を揖斐かしげに窺っていると言う事は、彼らは割と平気で人を殺害する事ができる戦士である事が軽く想像できます。更にはあの豚人族の男はともかくとして、耳長族の男の方はかなり高い高レベルの力を持つ人物のようです。おそらくはレベル90くらいの力はあるかと」
「れ、レベル90だとう、それはもう聖戦士や勇者の位の力を持つ英雄クラスの領域の人物じゃないか……そんなあり得ない力を持つ奴ともしも戦ったら絶対に勝てない事は明らかだ。そんな英雄級のレベルを持つ剣士がなぜこんな所にいるんだ。とても理解ができないんだが!」
「そして当然ですが、サンプル体である私達を助けてくれる戦士は(ラエルロットさん達を除き)この世界には何処にもいません。と言う事は彼らの目的は……恐らくは……」
ラエルロットの後ろで淡々と呟くテファの言葉を同じく聞いていた耳長族の男と豚人族の男は、もう頃合いだとばかりにまるで答え合わせをするかのようにいきなり話に割って入る。
話し出したのは、耳長族の青年の方だ。
「ああ、そうとも、お察しの通りだ。そこのサンプル体の二名の女、俺達は聖女であるお前達を始末しに来た者だ。だがここに来るまでは実際半信半疑だったが、まさか本当に聖女の力を宿すまがい物の人形と遭遇してしまうとは正直思わなかったぞ。と言う事はただ単にこの研究所にある聖女の製造に関わる設備やデータを破壊すればいいだけの話では無いようだ」
「待ってください。あなた達は一体何者ですか。それにあなたが腰に下げているその三日月型の長剣は一体……なんですか。何やら異質で恐ろしい異様な魔力を感じるのですが」
「ホ~ウわかるのかい、黄金色の髪を持つお嬢さん。この剣の恐ろしさが……ならばお前はどうやら相当に強い神聖力を持つ聖女のようだな。つまりは高レベルの聖女だ。これは、この地下に降りる際に上のフロアで捕まえて尋問をした研究員の話もまんざら嘘ではなかったと言う事か」
「あなたは、一体……?」
「俺が何者なのかを頻りに気にしているようだが、そんなに気になるのなら一応は言える範囲で教えといてやるぜ。俺の名はエドワード、耳長族のエドワードだ。どうぞお見知りおきを、そしてさよならだ!」
淡々と短く言うと耳長族の男は腰に下げてある三日月型の長剣に手を掛けるが、その姿を見ていた豚人族の男が邪悪に笑みを浮かべると声高らかに言う。
「やるんですかい、エドワード様。こんな女子供が集まった、少人数の男女を相手に……今ここで!」
「ああ、ここで仕留める。ツインテールの頭をした小さな少女と蛾の妖精の嬢ちゃんだけなら大した力は持ってはいなそうだから話を聞いたらそのまま見逃してやってもいいと考えていたんだが、この目の前にいる聖女だけは駄目だ。この女は恐らくはAランク以上の聖女だ。そんな奴と今この場で遭遇してしまったんだからここで退くわけにはいかないだろ。なんとしても彼女を今この場で叩き潰すぞ。そんな訳だから豚人族のドラムよ、お前は後ろに下がっていろ。あの有名だった神聖・白百合剣魔団に所属をしていたAランクの聖女、超重力使いのミレーヌはその能力もその人となりの性格も事前にわかっていたからなんとか倒して仲間にする事が出来たが、こいつはどんな能力を持ち、そしてどんな考えの人なのかが全く分からないから下手な攻撃をして対応を誤れば直ぐさま命取りになる恐れがある。だからまずは距離を置いて様子を見るんだ!」
「くっそぉぉぉ、せっかくの上玉だから早く手に入れて仲間にしたい所なのに、本当に歯がゆいぜ。エドワード様が持つチャームブレードで(あの聖女ミレーヌと同じように)その命を奪う事ができれば、俺の今後のモチベーションもかなり上がるんだが、家の主様が今現在不在な以上、無理はできないか。もしも下手を打ってエドワード様が死んでしまったらそれこそ大ピンチですからね!」
その不用意に発した豚人族のドラムの言葉に、暁の聖女ことテファはエドワードが持つその魔剣の正体と彼が一体何者なのかという仮説に気づく。
「ラエルロットさん、お願いがあります。私と蛾の妖精のルナさんとツインちゃんの三人で下の下水道で用を足しているというミランシェさんを呼んで再び戻って来ますから、その約三分間ほどあの二人の足止めをお願いできないでしょうか。あの二人はどうやら私とツインちゃんの命を……つまりはサンプル体の少女の命を率先して狙っているみたいですから直接ラエルロットさんには関係の無い話ではありますが、どうか私達を助けると思って三分間だけ踏みとどまって下さい」
申し訳なさそうに言うテファが発した無理ゲーとも言うべき死の宣告に近い言葉に、ラエルロットはまるでその悲嘆を受け入れた殉教者のようにはっきりとした口調で答える。
「レベル90の敵を相手に約三分間の時間稼ぎか、勿論テファに言われなくとも俺はこの場にとどまってあの二人と戦うつもりだが、だが仮に俺が彼らの足止めに成功したとしてそれが一体何になると言うんだ。たとえミランシェが加勢に来てもこの絶望的な状況を覆す事はまずできないぞ。ここは俺が一人で時間をできるだけ稼いでみせるから、どうかお前達だけでもここから逃げてくれ。この下へと続く石階段は大きな下水道へと繋がっているから、その通路を通って行けさえすれば、どうにか逃げ切る事ができるはずだ。ここでお前達とは別れるが、テファ、それにツインちゃん、君たちが無事にこの研究所から出られることを心の底から祈っているよ。という訳で早く行け。もう問答をしている暇はないぞ。ルナ、彼女達の道案内はお前に託す。無事に二人を、あるべき場所に誘導するんだ。頼んだぞ!」
(ラエルロット、何を言うの。ラエルロットも一緒に逃げようよ!)と本当は言いたい蛾の妖精のルナだったが、誰かがここで足止めをしないと誰一人として助からないことを蛾の妖精のルナは知っているので、気丈に振る舞いながらも元気な口調で答える。
「うん、わかったわ。テファとツインの事は私に任せて頂戴。だからラエルロットも頑張ってね。二人を安全な所に移動をさせたら私は必ず戻ってくるから!」
「いや、戻ってこなくていい。たとえ来てもこの状況を覆すことは絶対に出来ないからだ。だから絶対に戻って来るんじゃないぞ。いいな、わかったな!」
きつい口調で叫ぶラエルロットに、今度はテファがラエルロットの手を握り絞めながら至近距離であることを言う。
「ラエルロットさん、希望は捨てないでください。三分後に必ず私が助けに来ます。なのでどうにかして踏みとどまってください。あの耳長族の青年は私が必ず倒してごらんに入れますから!」
「テファ……お前は一体何を考えているんだ。経ったの三分間だけ身を隠した所で一体何ができると言うんだ?」
「ラエルロットさん……私を信じて下さい。では失礼します」
捨て身の覚悟に近いラエルロットの諦めの言葉に、決して希望は捨てるなと助言をした暁の聖女テファは、蛾の妖精のルナと同じく聖女の力を持つツインちゃんの二人を伴いながら一目散に石階段を降りて下水道の下へとくだるが、その様子を少し透かした感じで見ていた耳長族のエドワードは腰に下げている聖剣チャームブレード・またの名は『色欲による欲と真実の愛を永遠に追い求める剣』を抜き放つと、下水道へと続く石階段の入り口を背に立つラエルロットにその剣の刃の先を向ける。
「見た感じ君のレベルは恐らくはレベル1であり、まだ戦士としての誇りや戦う覚悟を持たないただの民間人だろ。そんな戦士としての技術や覚悟の無い君を殺すのは非常に後ろめたい物があるが、それでも立ち向かって来ると言うのなら下手に苦しまないように一撃の元に殺してやるよ。覚悟しろ、愚かな人間族の青年。だがもしも逃げたいと言うのなら別に止めはしないぞ。見逃してやるからとっととこの場所から消えるんだな!」
「ふざけるな、俺は彼女達を見捨てて逃げたりはしないぞ。こい、耳長族の青年、エドワードとやら、俺が必ずお前の行く手をできるだけ阻止して見せる。みんなが……テファが逃げ切るだけの時間は必ず稼いでみせる。今度こそ、使命を全うしてみせるぜ!」
「全く……馬鹿な奴だ。圧倒的な力の差と、身の程を教えてやるよ!」
ラエルロットの自己犠牲的な覚悟を目の当たりにした耳長族の青年エドワードは深くため息をつくと、ラエルロットが反応できないくらいの素早い動きでその手に持つ三日月型の長剣の刃をラエルロットに目がけて切りつけようとするが、突然『落とせぇぇ!』と聞こえたある少女の可愛らしい声と共に耳長族の青年エドワードは、手に持つ三日月型の長剣をなぜか下へと落としてしまう。
ズルズル……ドガシャン!
何かの拍子に手元が狂い、力強く持っていたはずの魔剣の柄をつい離してしまったエドワードは信じられないという顔をしながら通路の床へと転がる聖剣チャームブレードを不思議そうに数秒ほど見つめる。
だがその疑問を振り払うかのようにまた直ぐに聖剣チャームブレードを拾い上げると、再びラエルロットに向けてその長剣を構える。
「なんだ、今の声は、もしかして君が発したのか。今の声でどうやら心ならずも手にしっかり持っていたはずの長剣を偶然にも落としてしまった。全く、奇妙な偶然も、思いがけない不幸な不運も、この長い人生にはたまにあるようだ。そうは思わないかい、そこにいる黒い不格好な木刀を持つ青年の後ろにいる、小さな娘よ!」
ラエルロットの後ろから現れたのは、ツインテールの髪型をしたおませが特徴的な通称ツインちゃんである。
ツインは再び聖剣チャームブレードを構え直す耳長族の青年エドワードを睨みつけると、小柄な体を小刻みに震わせながらも勇気を出し、決意の隠った声で話し出す。
「ラエルロットのお兄さん、微力ながらも私もお兄さんの援護に回ります。95657番のテファ姉さんが戻るまでの約三分間は、私がCランクの力を持つ聖女として、その能力を行使します!」
「ツインちゃんの聖女としての能力だって。確かにこの土壇場で聖女の援護は正直ありがたいが、聞いた話じゃツインちゃんはCランクの聖女だから、あのレベル90の耳長族のエドワードを相手にその力を行使するのはいくらなんでも危険が大き過ぎる。一体どのような能力で俺を援護してくれるのかは正直分からないが、もしもその能力があのエドワードとかいう耳長族の青年を止める事のできない中途半端な力なら、俺に構わずここから逃げるんだ!」
「大丈夫です、私を信じて下さい、ラエルロットのお兄さん。確かに私の能力は他の研究員達に馬鹿にされるくらいに取るに足らない下らない能力ですが、三分くらいの足止めはどうにかできると思います。いいえ必ず成し遂げて見せます。そしてこの希望のバトンは必ず後に続くテファお姉さんにつないで見せます!」
何やら決意を固めた目で高らかにそう宣言したCランクの聖女・通称ツインちゃんは両手を胸の当たりで組むと、目を堅く閉じながらラエルロットに叫ぶ。
「ラエルロットのお兄さん、迷わず戦って下さい。相手が武器を持つ敵なら必ず私の能力は相手の意表を突く事ができます!」
「相手の意表を突くか、ならお前のその能力に期待しているぞ。ツインちゃん。お前に俺の命を預けたぞ。いくぞ、耳長族の青年、エドワードとやら!」
「こい、レベル1の愚かな人間!」
黒い不格好な木刀を構えながら、あらん限りの素早い動きで迫るラエルロットだったが、そんな怒濤の動きにも全くひるむ様子の無い耳長族の青年エドワードは大きく落胆の溜息をつく。
「遅い、悲しくなるくらいに遅すぎるぞ。どんなに頑張ってもお前の実力はレベル1のままだという事実にそろそろ気づいたらどうだ。でないと本当にお前の命をこの剣で奪ってしまうかもしれんぞ!」
「黙れ、俺は何が何でも諦めない、諦めるもんかぁぁぁぁ!」
ガッキン、ガッキン、ガシャコン、ガッシャンゴッキーーン、グッシャン!
諦めずに両手構えから繰り出す怒濤の打ち込みをいろんな角度から解き放つラエルロットだったが、何食わぬ顔で全てを片手だけで難なく防いで見せたエドワードは剣で相手との間合いを計ると、素早い横薙ぎをラエルロットの体にたたき込もうとその手に持つ三日月型の長剣を一閃する。
「なら今度こそこの一撃を受けて倒れろ、無力な人間族の青年!」
「き、斬られる、切られてしまう。うわあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁーーぁぁ!」
その瞬間またしてもツインの声が飛ぶ。
『お、落とせぇぇ!』
同時に横に一振りしたはずのエドワードの手にはその持っていたはずの聖剣・チャームブレードの姿は無く、またしても床へと転がる長剣をその目で捉える。
「ば、ばかな……?」
そう耳長族の青年・エドワードは、ツインちゃんの「落とせ!」という言葉の通りに、またしても手に持つ聖剣チャームブレードを落としてしまったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
「え、俺なんかしました?」無自覚チート《概念編集》で石ころを魔石に、なまくらを聖剣に書き換えて、国を追われた聖女様と世界を救う
黒崎隼人
ファンタジー
◆◇◆完結保証◆◇◆
◆◇◆毎日朝7時更新!◆◇◆
「え、俺なんかしました?」
ごく普通の大学生、朝霧 海(あさぎり かい)が迷い込んだのは、剣と魔法が息づく異世界エーテルディア。右も左も分からぬままモンスターに襲われた彼を救ったのは、聖なる光を操る謎の美少女、ルミナだった。
彼女は言った。『あなた、一体何者なの?』と。
カイ自身も知らない、触れたモノの”理”を書き換えるチート能力《概念編集(リアライター)》。
「ただの石」が「爆ぜる魔石」に? 「なまくらの剣」が「伝説級の聖剣」に!?
無自覚に規格外の力を振るうカイは、やがて国を追われる訳ありの少女ルミナと共に、巨大な陰謀に立ち向かう運命に巻き込まれていく。
これは、一人の平凡な青年が、大切な人を守るために世界の理すら書き換えて最強へと至る、王道異世界ファンタジー!
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる