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第三章 二人の聖女編
3-27.絶望を待ち望む亡者達
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3ー27.絶望を待ち望む亡者達
耳長族のエドワードが持つ聖剣チャームブレードで深々と心臓を刺し貫かれた暁の聖女・テファは小刻みに体をピクピクと震わせると至近距離にいるエドワードに抱きつきどうにか倒れるのを阻止していたが、その二人の足下には大量の夥しい真っ赤な血が流れ落ちる。
その戦慄が走る光景を遠巻きに見ていた豚人族のドラムは、「ついに決着がついたか……」と言いながら静かに目を伏せ、聖剣チャームブレードをテファの心臓に刺したままのエドワードは、自分に抱きつき項垂れるテファの頭部を見つめながらただ黙って沈黙を決め込む。
そんな緊迫と緊張が走るその場の空間には張り詰めた互いの思いと切ない空気が流れ、二人の戦いを少し離れた所で見ていたラエルロットに至っては「テファ、テファ、返事をしてくれ……死なないでくれぇぇ……」と言いながら懸命に声を掛けよろよろと動き出そうと前へと出る姿がその絶望感を物語る。
だが駆け寄ろうとしたその体に力は入らず、つい立ち止まってしまう。
なぜなら一番見たくはない光景を見てしまったそのショックから足がすくみ、どうしてもそれ以上前に進むことができないでいたからだ。
下水道内ではその圧倒的な力を見てしまった事で彼女の聖女としての力を信じ期待してしまっていたラエルロットは、特Aランクの聖女の力を持つテファは絶対に負けないと心のどこかでそう思い込んでしまっていた。
そんななんの根拠もない期待を心のどこかでしていた自分の認識の甘さに心臓を鷲掴みにされるくらいに激しく後悔をするが、もう後の祭りである。
圧倒的な力を持ち、レベル90の魅惑の剣士とも言われている耳長族のエドワードをどうにかできるのは現実的に特Aランクの聖女でもあるテファしかいないと内心では思っていた事が自分の甘えであり、彼女に全てを任そうとしたこと事態が自分の心の弱さだと気づいたからだ。
テファを守ると何度も決意を固めたはずなのに結局は何も守れなかった事にラエルロットは自分の圧倒的な力の弱さと不甲斐なさに涙を流しながら自分を呪い、心の中に諦めという文字と絶望がよどみ始める。
(うぅぅぅ、な、何が弱き人々を守る勇者になるだ。世界の謎を探求する冒険者になるだ。元から弱い俺がいくらあがいたって結局は何も守れないじゃないか。レスフィナがいなきゃ……不老不死じゃなきゃ……そしてあの世の亡者達から復讐の鎧の力を借りないと俺は、本当に何もできない無力な一般人の平民と、なにも変わらないじゃないか。全てはあの耳長族のエドワードの言っていた通りじゃないか。全く情けない話だ。でもこれで俺は本当に何もできないただの無力な存在なのだということをこの件を期に実感する事ができたよ。もしもテファが頼った人物が俺では無く、もっと知略のある頭のいい別の誰かだったら、もっと上手く立ち回って、エドワードを出し抜くことができたのではないだろうか。もしくはもっとレベル的に力のある誰かがこの場にいたら、テファやツインやミランシェと力を合わせて、あのエドワードを退ける事ができたのかも知れない。なのに俺が出しゃばってサンプル体の少女達を守るだなんてデキもしない頼みを引き受けてしまったばかりに彼女達に余計な希望を抱かせ、そして期待をさせてしまった。今までだって俺はテファを守ると言っておきながら何度もしくじり、逆に彼女に守られたりしていたが、今回はもっとも許されない大失態を犯してしまった。テファやツインを守ると言って追跡者のエドワードの足止めをしたにも関わらずあえなく彼の人質となり、俺を心配して戻ってきてくれたツインやテファの足手まといになってしまった。本来なら逃げようと思えば逃げれたかも知れないのに俺が余りにも情けないせいで余計に心配をさせ、結局はテファやツインも前に出て戦う羽目になってしまった。俺がいたせいで、足手まといであったせいで、彼女達は逃げられなかったような物だな。そうだテファが死んだのは俺のせいだ。本来聖女と呼ばれている者達は、最前線で戦う冒険者の後方支援や援護役に使うのが普通なのだが、超強力な達人級の剣士を相手に、俺は普通に、テファが前線に出て戦うのをつい許してしまった。今考えたら通常は絶対に有り得ない事なのに、こんなごく当たり前の簡単な事になぜ俺は気がつかなかったんだ。それだけ必死で余裕がなく、絶望的なまでに勝利の糸口が見当たらなかったから、つい彼女が起こす奇跡の力に頼り、期待をしてしまっていたと言う事か。くそ、結局俺は好きな女性一人すら助けることができなかった。俺は……俺は……絶望的に……勇者失格だな……)
「テファ……テファ……ごめん、また守ってやれなくて本当にごめんよ。た、頼むから、死なないで……死なないでくれ。頼むエドワード、一生のお願いだ……俺が代わりに殺されるからテファとツインはどうか今回は見逃してやってくれ……頼む、頼むよぉぉ!」
テファの元に急いで駆け寄ろうとしたラエルロットだったが足がよろめいたのかその場で転び、地面に四つん這いになりながらもそれでもテファの所に行こうと必死にもがくが、そんなラエルロットの無様な姿を映し出す影の中から、ゆっくりと真っ黒い幾つもの手が伸びていき、ラエルロットの体をがっしりと掴み始める。
ラエルロットがテファの死に絶望し全てを諦めようとしている意思を感じ取り、死の世界から現れた彼らは、第三の試練を乗り越える事ができないと判断した事で、ラエルロットをあの世に引きずり込もうと迎えに来たのだ。
不気味な魔力と負のオーラを回りにまき散らしながら、その長く伸びる黒い無数の手はラエルロットの体の様々な所を掴み上げると、地面の底から響くような声でラエルロットに叫ぶ。
『グッオオオォォォォォォォォォォォーーォォォォ、グッオオオォォォォォォォォォォォーーォォォォ、ラエルロットォォォォォ、ラエルロットォォォォォ、絶望したなぁぁぁぁ、試練を違えたなぁぁぁぁ、彼の者を救えなかった自らの罪の意識から、自分の不甲斐なさから、希望を見出す事に挫折し……再び立ち上がる勇気を示すことも出来ず……そのまま勇者になることを諦めようとしているなぁぁぁ……なら連れて行く……このまま絶望を受け入れて全てを諦めると言うのなら、お前の肉体を……魂を……このまま死の世界に持って行く……試練を乗り越えられないのなら持って行くぞぉぉぉぉぉぉ!』
「く、黒い腕が地面から沢山生えてきた。うわ、うっわあぁぁぁぁぁーーぁぁ!」
いきなり自分の影から出て来たその無数の黒い手の群衆に非常に驚き、最初こそ取り乱したラエルロットだったが、その無数の黒い手が一体何者で、なぜ出て来たのかを何日か前に蛾の妖精達が暮らす隠れ里の山で経験し知っていたラエルロットは直に暴れるのを辞める。
この者達は死の世界に住むあの世の亡者達で、絶望し勇者になるという夢を諦めつつあるラエルロットを死の世界に引きずり込もうとどこからとも無く再び出てきたのだ。
そして第三の試練で語られたご神託の通りに、サンプル体の少女・テファを救えなかった事に希望から絶望えと突き落とされたラエルロットは自分を激しく責め、その罪の意識から勇者として立ち上がる勇気を否定し、その思いを……希望を……夢を……未来を……今まさに諦めに変えようとしている。だからこそそんなラエルロットの心の弱さに反応して、テファの死を受け止めきれず再び立ち上がれないでいるラエルロットをあの世の亡者達は下へ下へと引きずり込もうと強引にその黒い死の腕を伸ばす。
(そうか、これが遙か闇なる世界の神様が出した第三の試練……【決して逃れられぬ宿命と闇】か。確かその内容は【数々の試練に挑みし者よ、神より授かりし祝福と様々な人達との関わりと思いが汝に力を与え一時は勝利の道へと向かわせるであろう。だが自惚れるなかれ、その僅かな隙と驕りが絶望を呼び、希望は諦めえと変わる。その犯した罪の重さに汝が絶望し立ち上がれなくなった時、絶対なる死がラエルロットの身に降りかかるであろう!】だったか。そうか、俺がこの出会いで好きになったテファが死ぬことによって、その彼女を守る事ができなかったから、その罪の意識と誰も救えない現実と絶望を俺に突きつける事によって俺に諦めの心を認めさせてから、あの世に引き込もうという算段か。でももうそんな事はどうだっていいや、実際俺はテファを救えなかったんだし、救うどころか逆に助けられてばかりいたんだから、彼女にとって俺はただの足手まといだったと言う事だろ。こんなに弱い俺がおこがましくも勇者になりたいと夢を語り、厚かましくもテファの助けになりたいなどと申し出るだなんて、テファも内心では密かに苦笑をしていたはずだ。誰にも必要とされてはいない、こんなにも弱い役立たずの俺はとっととこの世から消えて無くなってしまった方がいいのかも知れない。このまま生きていたって愛する者を一人として守れなかった俺はこの先も誰一人として守ることはできないだろうからな。なら一層の事、このままテファの元に……ハルばあちゃんの元に……旅立った方が幸せなのかも知れない……そうだ、俺はもう全てを諦めた方がいいのかも……テファ、守ってやれずに……死なせてしまって本当に済まなかった……俺は……俺は……)
テファを守り切れなかったその罪の意識から全てを諦めて絶望し、このまま死の世界に引きずり込まれようとしていたラエルロットのその体を……その意思を逆に否定するかのように温かな小さな手が、がっしりとその全ての行く手を止める。
「ラエルロットのお兄さん、地面に這いつくばって一体何をやっているんですか。テファさんがあの耳長族の青年に長剣で心臓を刺し貫かれて殺されたと勝手に勘違いをして悲しみの余りに絶望をするのは結構ですが、その彼女の生死の確認もせずに全てを諦めて、このままあの世に引きずり込まれるようなお間抜けな死は流石に興ざめで滑稽過ぎますのでやめた方がいいと思いますよ。それにラエルロットのお兄さんは自分の事を役に立たない弱い人間だと思っているようですが、テファさんはあなたがいるからこそ知恵と勇気を尽くしてあなたを守ろうとしているのですから、その思いを無駄にしない方がいいと思いますよ。せっかく彼女が奇策を弄してあの耳長族の青年に打ち勝つ事ができたのですから、ここで大きな勘違いをして勝手に死んでしまったらラエルロットのお兄さんはただのお間抜けな馬鹿だという事が確定してしまいますし、小細工をしてまで勝利したテファさんの苦労が報われないじゃないですか。テファさんの事を思い勝手に悲しむのも結構ですが、勝負の結果を確認し、そこから冷静に事の成り行きを判断してからでも遅くはないのではないでしょうか。まあ初見で、何も知らない状態であれをやられたら、いくらレベル90の力を持つ凄腕の剣士でも敗北は避けられず、戦う前からもう既に勝敗は決まっていたと言う事なのでしょうか。そしてそのアイデアを即座に取り入れて直に実行に移したテファお姉さんの発想力と行動力には正直頭が下がる思いです。流石は特Aランクの力を持つ、暁の聖女・テファさんです。先ほど戦わなかった私の判断は正しかったと言う事でしょうか。フフフフ、やはり彼女は侮れないです!」
「え、それって一体、どういう……」
「いいえ、こちらの話です」
そうしみじみと言いながら現れたのは、いつの間にかラエルロットの隣に来ていた小撃砲を手に持つ、小撃砲使いのミランシェである。
ミランシェはラエルロットの体を力強く掴み上げると、影の中に引きずり込もうとする黒い無数の手に向けて激しくにらみつける。
「という訳で、ラエルロットのお兄さんが絶望する理由はもう無くなったのですから、闇の亡者達はそのまま地団駄を踏みながら、今は大人しく闇の世界へまた引き返して下さい。今はまだその時ではないようですし、あなた達の出番はサンプル体の少女達がこの研究所の外から出たその時のようですから、今は場をわきまえて下さい。。少なくとも彼女たちが研究所の外に出るまでは、お前達に……ラエルロットのお兄さんの魂はまだやれないと言う事です。分かりましたか、この哀れなビチクソ野郎ども、まだお前達の出番では無いのだからとっととお母様の元に返りやがれ!」
暴言を吐いたミランシェのその言葉に従うかのようにその黒い無数の手は掴んでいたラエルロットの体を直ぐさま離すと、無念の声を上げながらそのまま元来た影の中へと再び入っていく。
『ゴッオォォォォォーーォォ、邪魔が……邪魔が……入ったか。もう少しだったのに……黙っていたら……早合点をしたラエルロットを……そのまま地獄へと導くことができたのに……まさか闇に連なる別の代行者に邪魔をされるとは思わなかったぞ。全くこの最速のネズミは、一体なにを考えている事やら……口惜しや……口惜しや……』
「俺の体から無数の黒い手が離れて行ったのはいいが……今の言葉は一体なんだ。代行者が……最速が……一体何だって……言葉の所々がよく聞き取れなかったんだが?」
「……。」
深き影が沈む暗き地面の底へとその姿を消していく黒い手を持つ無数の死霊達は嘲りと無念の声を上げるとラエルロットの足下から別の世界へと去っていく。
死霊達の死への誘いをどうにか退いたラエルロットはびっくりした顔を向けると隣に普通に立つミランシェに驚きと心配の声を上げる。
「ミランシェ、ミランシェなのか、お前今まで一体どこに行っていたんだ。それにテファは死んではいないってそれは本当なのか。でも見た感じは、あんなに大量の血が地面へと流れ落ちているし、耳長族のエドワードが持つあの長剣の刃の刃先だって全ての刃が見えなくなるくらいにテファの心臓に深々と突き刺さっているんだぞ。その現実を前にミランシェはなぜテファが生きていると……いいやそれどころかあのエドワードに勝っていると言えるんだよ?」
奇天烈かつ奇妙な事を言われた事で疑問を述べるラエルロットにミランシェは、今もエドワードと二人で抱き合う形となっているテファの背中の辺りを指さすと淡々とした口調で説明する。
「まだ分かりませんか、答えはもう目の前にはっきりと出ているのですがね。あの状況を見ていてまだ気がつきませんか」
そのミランシェのヒントに、同じく離れた所から見ていた白魔法使いのタタラと豚人族のドラムの二人は何かに気づいたのか、丁度同じタイミングで大きな声をあげる。
「こ、これは一体どうなっているの。なぜそうなっているのか、その理屈は……原理は全くわからないけど、あのサンプル体の暁の聖女が耳長族の青年に勝ったと言う事ね。恐ろしい、恐ろしい能力だわ」
「馬鹿な、馬鹿な、なんだよあれは、あれが、かあちゃんの……い、いいや、あの少女の能力なのか。あんな攻撃の返され方をされちゃ、いくら凄腕の剣士でもあるエドワード様だって、絶対に勝つことはできないじゃないか。一体何なんだよあれは、理解が、理解ができないよ?」
未だに信じられないという顔を向ける二人の会話に加えて、ミランシェが簡単な補足の言葉を述べる。
「今起きているあの奇跡の力は、ラエルロットのお兄さん、あなたが一番知っている能力じゃないですか。いや能力と言うよりは、あの小さな彼女が使う古代の道具と言った方がわかりやすいでしょうか」
「小さな彼女に……古代の道具だって。まさか古代の遺物の事か。は、それじゃ、まさか!」
そのアイテムの存在を知らない白魔法使いのタタラと豚人族のドラムの二人はその不可思議な現象に相変わらず首をかしげていたが、すべてを知っているラエルロットはようやくその真相に気づく。
暁の聖女・テファは生きていて、あの耳長族の青年・エドワードを相手に一体どうやって勝つ事ができたのかを想像し、そして確信する。
「そうか、そういう事だったのか。心配させるんじゃねえよ。あまりにも心配しすぎてそのまま本当にもう少しで死んでしまう所だったじゃねえか。全くお前らは、いろいろと策を巡らせる奴らだよ。テファ、それにルナぁぁぁ!」
一方耳長族の青年・エドワードと、暁の聖女・テファの方は二人で抱き合いながら互いに動けずにいた。なぜなら今現在耳長族のエドワードは暁の聖女・テファの策略にはまり、このままほおって置いたら確実に死んでしまうような大ダメージを負っていたからだ。その事実を踏まえた上で今自分に起きているその有り得ない謎に・真実に・不思議に思いながらも、エドワードは一体自分がなぜ敗北をしたのかを冷静に分析する。
「はあ~、全く、可笑しいと思っていたんだよ。こんなにも深々と長剣の刃の刃先をその心臓に刺し貫いているのに、その線の細いか細い背中からは一向に長剣の刃先が見えなかったからな。一体どこに消えたのかと不思議に思っていたんだよ。まさかお前の聖女としての能力は、空間を歪め、時空を操る力なのか?」
エドワードがそう思うのも無理はない。
エドワードが持つ長剣でテファの左側にある心臓付近に聖剣チャームブレードの刃を深々と差し込んだにも関わらずその先端の刃は左の背中からではなく、なぜかテファの腹部辺りから突き出て、更にはそのままエドワードの腹部に突き刺さっていたからだ。
その長剣の刃をテファの心臓に力強く突き立てれば突き立てる程にテファの腹部から伸びた長剣の刃先が至近距離で対峙をするエドワードの腹部にも容赦なく突き刺さる。その想わぬ致命傷のお陰で耳長族のエドワードはその刃先が臓器まで達した事でそのダメージは深刻な物となっていた。
この有り得ない状況からどうにか逃げようとエドワードは差し込んでいる聖剣チャームブレードの刃を強引に動かし、テファの心臓から抜き取ろうと精一杯力を込めるが、その刃はまるで強固な何かにがっしりと固定されているかのように全く動かす事もましてや引き抜く事もできない。
ならばと今度は手に持つ長剣の柄を離して後ろに下がろうとも思ったが、長剣の刃の先が腹部に深々と食い込んでいるばかりか、その場から逃すまいとテファが両手でがっしりとエドワードの体を押さえ込んでいたが為に、持っている長剣を離してその場所から逃げる事もできない。
よろめきながらもテファがエドワードの体に抱きついたように見えたのは、エドワードとできるだけお互いに体を密着させて、テファの心臓から入った刃先がそのまま時空の歪みで湾曲させた刃先をそのままテファの腹部へと移動をさせる為だ。
そのテファの腹部から伸びた長剣の刃先をエドワードの腹部に突き刺し、そのまま身動きができないようにする為だったのだと今更ながらに気づく。
胃液と共に込み上げてくる血を口から吐きながらもどうにかしてテファから離れようとレベル90の力をフルに使ってみるが、なぜか体に力が全く入らない。それどころか体に謎の痺れすら感じる。
(なんだ、先程から感じるこの脱力感と体の痺れは……?)
痺れて動けないでいる体の異変にエドワードが不思議がっていると、そんなエドワードの頭上にいきなり鱗粉をまき散らしながら物凄いスピードで何かが優雅に飛び回る。
「くそぉぉぉ、離れろ、離れろよ、聖女・テファぁぁ。それになんだこの羽虫は、一体なにを撒き散らしている。この体の痺れは、もしかして、お前の仕業か?」
「フフフフ、もう遅いですわ、あなたはもう私達からは絶対に逃げられません。そうですよね、蛾の妖精のルナさん!」
「勿論よ、この作戦を成功させる為に、私は約二時間もテファの衣服の中でジッと待たされていたんだから、あなたには是が非でもこの場で退場してもらうわ。それにあなた、間違っているわ。この力は聖女・テファの力じゃない。これはこの私の力よ!」
「蛾の妖精の力だとう、そんな馬鹿な事があって溜まる物か。そもそも蛾の妖精ごときにこんな大それた力はないはずだ。デタラメな事を言うなよ。仮にその話が本当だったとして、この小さな羽虫のような妖精が、聖女・テファの衣服の中で一体何をしていたというんだ?」
「答えはこれよ!」と言うと、今度は話を聞いていたテファが自分の腹部から布地を破り突き出ている長剣の刃を見せるかのようにお腹の辺りの衣服をいきなり巻くし上げる。
テファの衣服の中に隠れているその綺麗な裸体には真っ暗な闇へと続く亜空間が見え、その痩せ型の体にまるで吸い込まれるかのような広大な宇宙空間が永遠に広がる。
その宇宙の果てから伸びる剣の刃先がテファの腹部から突き出ており、そのままエドワードの腹部へとその刃先が続く。
その宇宙のような空間その物をまるで衣服のように体に纏うその衣はテファの能力による物ではなく、蛾の妖精のルナの力だと言う事が本人の口からようやく暴露される。
そしてルナが持つ古代の遺物の名は、邪妖精の衣、もしくは無限皇帝のマントと呼ばれている蛾の妖精のルナにしか持つことも触れることもできない禁断の遺物である。
その古代の遺物が作り出す宇宙のような空間は、物質は通すが生体は通さないという性質を持つ不思議な衣である。その邪妖精の衣をルナが自らの手でテファの体にサランラップを巻くかのように(頭部を除いて)綺麗に巻いた事によって、如何なる物質攻撃すらも通さない体を作り上げる事に成功したのだ。
故に剣での攻撃が一切通じない体となったテファは衣服の中に隠れている蛾の妖精のルナに守られながら、エドワードが致命傷になる一撃を仕掛けて来るそのベストタイミングをただじっと探っていたのだ。
その能力の答えを見た耳長族のエドワードは、してやられたといった顔をしながら、大きな声で叫ぶ。
「そ、それはまさか……その体に纏っている宇宙は……まさか古代の遺物か……そうか、その力は聖女としてのテファの能力ではなく、古代の遺物の力を操る事ができる、蛾の妖精のお嬢ちゃんの方の力だったのか。くそ、俺も古代の遺物のような物を持っているんだから、そちら側も持っているという可能性も常に頭に入れて置くべきだったぜ。だがそんな都合のいい物がそもそもあるはずは無いと内心では思ってしまっていたからな。だからこそ特Aランクの聖女の肩書きを持つその力にだけつい警戒をしてしまった。だがそれこそが……その常識と可能性で物事を考える慢心こそが、俺の隙をつく絶好の罠だったと言う事だろ……そういう事だろ」
「ええ、そうよ。私の聖女としての能力を知られていない事こそが、あなたに一矢を報いる事のできる最大にして最後の賭けだと考えました。だから絶対に私の能力を……そして蛾の妖精のルナさんが持つ邪妖精の衣の事を、あなたには絶対に知られる訳にはいかなかったのです。私のこの能力はあなたにとどめを刺す上で、最後の切り札にしたかったから」
「だから、そのコンボに繋げるが為に、様々な罠を張って俺に近づきこの長剣を至近距離で突き刺してくれるそのタイミングをズーと計って機会を伺っていたのか」
「はい、そういう事です。最初にあなたが持つその武器があの伝説の聖剣チャームブレードだと気づいた時からこの計画は始まっていました。まずは仲間のミランシェさんを探しに行くという名目でラエルロットさんには約三分間だけエドワードさんの足止めをして時間を稼いで下さいと無茶なお願いをしましたが、全てはこのアイデアを蛾の妖精のルナさんに話してこの計画を実行に移したかったからです。前もって蛾の妖精のルナさんには邪妖精の衣の事を聞いていましたから、その許可した物質の取り込みと更には外へと出す事ができるその性質を生かす事ができれば、もしかしたら聖剣チャームブレードの刃を封じることができるのでは無いかと思ったのです」
続いて鱗粉をまき散らしながら空を飛ぶ、蛾の妖精のルナが続きを話し出す。
「でもこの邪妖精の衣は私にしか触れる事ができないからテファが直接触ることはできないわ。だから私がテファの体にこの邪妖精の衣を巻いて聖剣チャームブレードの刃が当たらないようにしたんだけど、当然この邪妖精の衣は万能じゃないわ。まず物質の出し入れをするには私の精霊力がどうしても絡んで来るから、あなたがその聖剣チャームブレードの刃先をテファの心臓に突き刺した瞬間に私は透かさずその刃先をテファの腹部に出口を繋げないといけなかったわ。その間に私の精霊力が尽きちゃったら、邪妖精の衣の力は使えなくなるから、あなたと対峙をするその時だけ精霊力を使うようにしていたわ。そしてあなたにばれないように常に息を殺して、尚且つそっと痺れ粉の鱗粉を密かにまき散らしながらあなたの身体能力の封じ込めにゆっくりと勤しんでいたの。だからこそ結果的には空間を繋げて、出口を曲げて、耳長族のエドワード、あなたの体にその刃先を突き刺す事ができたという訳なのよ。でも少しでもタイミングがずれちゃったら、不信に思ったあなたにこの能力の秘密が簡単にばれちゃうでしょうし、致命傷となるこの一撃をもしも外してしまっていたら、あなたには逃げられてしまい、テファの能力の発動に支障が出ていたかも知れない。だからこの作戦を取り仕切るテファにはいろいろとお膳立てをして貰っていたのよ。あなたが確実にテファの心臓を狙ってその聖剣を突き刺してくるその瞬間をね」
「その瞬間だとう……そうか、あの全てがそうか。俺がなめきっているのを逆手にとって戦士としては全くの素人のラエルロットにしんがりの足止めをさせて時間を稼いだり……聖女の能力を隠す事によって自分の手の内を見せなかったり……不浄な思いを抱き近づくドラムを逆に利用して異常な人物を熱演して見せたり……約二時間もの無駄な時間を作ってこちらの緊張感をわざと壊して注意を散漫にさせたり……その過度な思想を抱かせる事で俺に異常な程の警戒心と疑心暗鬼を抱かせたり……そして俺の意表を突く為にあの白魔法使いをけしかけて隙を作ったりと……自分の身を守ってくれる蛾の妖精の存在をわざとかき消すために様々な葛藤を抱かせるプロセスを作って最終的には俺にお前の心臓を至近距離から刺し突かせるつもりでいたのか。全く冷静沈着で恐ろしい奴だ!」
「はい、その通りです。そしてこれが最後の切り札とも言うべき私の聖女としての能力、暁の能力です。しっかりとその体で受け止めて下さい。あなたは文字通りの強敵ですから勿論手加減は無しです。なのでどうか覚悟して下さい!」
「くそぉぉぉぉぉぉーーぉぉ、レベル90の力を舐めるなあぁぁぁぁぁーーぁぁ!」
エドワードはあらん限りの声を張り上げながらそう叫ぶと、仕方がないとばかりに死期を早める行動を取る覚悟を決める。
エドワードはありったけの力でお腹に刺さったままの自らの長剣を引き抜く為に動こうとするが体調が優れないのか体が痺れて力が入らない。
そんな絶対絶命的な状況に流石にこのままではまずいと感じたエドワードは、荒い息を吐きながらも空中を今も飛び回る蛾の妖精のルナを激しく睨みつける。
「もう一度聞くぞ。この体の痺れはやはりお前の仕業か、蛾の妖精の小娘ぇぇ!」
「フフフフ、流石にばれちゃいましたか。あなたがテファの心臓を一突きした時に便乗して人知れずあなたに向けて痺れ粉の鱗粉を羽の羽ばたきと爆風の流れに任せて拡散させていましたし、今し方もあなたの頭上を飛び回る際にも沢山の痺れ粉をばらまきましたからその効力がもう効いている頃だと思うんだけど、どうですか!」
「くそぉぉぉぉぉぉーーぉぉ、痺れて、痺れて、体に力が入らないぞ。これじゃ腹部に刺さった剣を引っこ抜くどころか、テファの聖女としての能力をまともに至近距離で浴びてしまう。まずい、これはかなり不味いぞ!」
「聞いた話だと、レベル90のレベルを持つ耳長族の剣士に、蛾の妖精が放つ鱗粉の痺れ粉による効力は経ったの10秒程でその効果が切れてしまうらしいから、私は今もあなたの頭上を絶えず飛び回って痺れ粉入りの鱗粉を連続で絶えずばらまいているんだけど、仮に約10秒間だけでもあんたを押さえつけられればテファの能力を発動させる時間くらいは充分に稼げるわよね。そうは思わないかしら」
頭上から無邪気に言う蛾の妖精のルナの言葉に事の重大さに気づいた耳長族のエドワードは大いに焦りながらもそれでも最後のあがきとばかりに激しく動き回る。だが痺れて本来の力が全く発揮できない今のエドワードはテファのか細い腕を振り払うことすらできずただ無様に力なくバタバタと暴れるだけだ。
長剣を引っこ抜くことも、ましてやその場から逃げる事もできないでいる耳長族のエドワードに対し暁の聖女・テファは、祈りを捧げながら自分の内なる光の力を増大させていく。
その瞬間、暁の能力が発動し、テファの体は眩い強烈な光を放つ黄金色のエネルギーの塊へと形を変え変化していく。
「ちくしょう、不味い、この光の力は本当に不味い。長年の経験と本能でそれはわかる。この光のエネルギーを直に浴びてしまったら、おそらく俺はもうこの世界でこの体を維持することが許されなくなる。彼女の理想とする世界から排除された物は、その生体や物体に問わず、この世から消し去ることのできる能力なのだ。それが暁の聖女・テファが使うこの能力の本質だ。これはもう流石に終わったかな……」
「耳長族のエドワードさん、ではそろそろ行きますね。覚悟はいいですか」
「くそ、最後は聖女・テファ、あんたの戦略勝ちだよ。人質を取り、明らかに有利のはずだった俺の戦略を見事に打ち砕き、そして俺をだまし抜いたお前の勝ちだ。その奥の手をひたすらに隠し、その絶好のチャンスが訪れるのを根気強くズーと待っていたからこその勝利と言った所か。どんなに厳しい状況下にあっても策を巡らせ考えて、諦めずに勇気を持って俺に挑んだその手腕、確かに見事だった。ただの美しいだけのお嬢さんかと思っていたが、やはり特Aランクの聖女はどいつもこいつも油断がならない奴らばかりだと言う事がこれで実感できたよ。家の主様に会えずに道半ばで倒れるのはほんと心苦しいが、最高の強敵手と愛まみれた事で最後は潔くこれでよしとしよう……」
「では、さよならです。聖剣チャームブレードを持つ凄腕の魅惑の剣士、耳長族のエドワードさん!」
そうテファが優しく送りの言葉を掛けながらあの世に旅立とうとするエドワードに至近距離から暁の力を送り込もうとしたその時、いきなりエドワードの右脇腹の辺りにいつの間にか隣まで接近していた小撃砲使いのミランシェが両手に持つ小撃砲を突き付ける。
「はい、そこまでです。テファさん、こんな所でその暁の聖女の力を使われると正直迷惑なんですよ。その光の粒子の謎の力をどのくらい体に浴びても平気なのかという確信たる証拠と根拠は今の所はまだどこにもないですし。それにこんな小物を相手にその貴重な力を事あるごとに使ってなんかいたら、後で困るのはテファさんの方じゃないのですか。この研究所から出るまでの道のりはまだ遠いみたいですから、その能力の乱用はできるだけ控えた方がいいと思いますよ。なぜならあなたにはこの後も幾多の試練と強敵達が恐らくは絶えず待ち受けている……そんな気がしてなりませんから。なのでこの耳長族の青年の相手は代わりにこの私が引き継ぎますね。それでよろしいですね!」
「ミランシェさん……?」
「こ、小物だとう……この俺がか……小娘が……勝手な事を言いやがって……」
何かを納得したのか暁の聖女・テファは今から解き放とうとしていた発動寸前だった暁の能力の解放を直ぐさま取りやめる。その力の輝きが急激に消えていく中で、情けにも見える不透明な中止に納得のいかないエドワードは激しく激怒し、最後の散りゆく時を邪魔してくれたミランシェに対し猛然たる怒りを突き付ける。
「おのれぇぇ、このおかっぱの小さき小娘が、よくも神聖なる真剣勝負とも言うべき俺と暁の聖女・テファとの最後のケジメに水を差してくれたな。この屈辱は、この無粋な横槍をしてくれた無礼は一体どう責任を取るつもりだ。どういうつもりでこの勝負を止めたのかは知らんが、ただ出しゃばって子供のような正義感をかざすつもりで出てきたのなら、その命でこの非礼を詫びてもらうぞ。俺に恥を掻かせてくれた事を後悔しながら死ぬがいい!」
悪態をつきながら怒る耳長族の青年・エドワードに対し、いきなりミランシェが両手に持つ小撃砲のトリガーを躊躇無く引く。
「うるさい、無様にも敗北した敵は敵らしく少し黙れ。お前に言われんでも今から豪華絢爛の名誉ある死とやらのフルコースを真心を込めてプレゼントしてやるよ。そしてそんなわがままが言えないほどに叩きのめして嬉しい悲鳴と絶叫を漏れなく与えてやるから、今から楽しみにしていろ!」
その瞬間、エドワードの右脇腹の辺りで大爆発が起こり、エドワードの体は本来の重力に逆らうかのように、物凄い勢いで少し遠くに見える通路の後ろの壁へと直線に飛ぶ。
(な、なんだとう?)
ドッカアァァァァァァァァーーン、バキン、ガラガラガラガラ!
「ぐっわはっ、な、なんだ今のは……一体何が起きた?」
物凄い爆風と同時に壁へと激突した耳長族のエドワードは、ぶつけて破損した壁の破片や瓦礫と共にゆっくりと床へとずり落ちていく。
そんな無様な醜態を見届けたミランシェは謎の不気味な笑顔をエドワードに見せつけると、手に持つ小撃砲の筒に新たな弾薬を素早く装填し直しながら、夥しい血を腹部から流し倒れるエドワードに向けてゆっくりと近づいていくのだった。
「フフフフ、無様に敗北を味わっている時間はありませんよ。さあ、第二ラウンドを始めましょうか。耳長族のエドワード……さん」
耳長族のエドワードが持つ聖剣チャームブレードで深々と心臓を刺し貫かれた暁の聖女・テファは小刻みに体をピクピクと震わせると至近距離にいるエドワードに抱きつきどうにか倒れるのを阻止していたが、その二人の足下には大量の夥しい真っ赤な血が流れ落ちる。
その戦慄が走る光景を遠巻きに見ていた豚人族のドラムは、「ついに決着がついたか……」と言いながら静かに目を伏せ、聖剣チャームブレードをテファの心臓に刺したままのエドワードは、自分に抱きつき項垂れるテファの頭部を見つめながらただ黙って沈黙を決め込む。
そんな緊迫と緊張が走るその場の空間には張り詰めた互いの思いと切ない空気が流れ、二人の戦いを少し離れた所で見ていたラエルロットに至っては「テファ、テファ、返事をしてくれ……死なないでくれぇぇ……」と言いながら懸命に声を掛けよろよろと動き出そうと前へと出る姿がその絶望感を物語る。
だが駆け寄ろうとしたその体に力は入らず、つい立ち止まってしまう。
なぜなら一番見たくはない光景を見てしまったそのショックから足がすくみ、どうしてもそれ以上前に進むことができないでいたからだ。
下水道内ではその圧倒的な力を見てしまった事で彼女の聖女としての力を信じ期待してしまっていたラエルロットは、特Aランクの聖女の力を持つテファは絶対に負けないと心のどこかでそう思い込んでしまっていた。
そんななんの根拠もない期待を心のどこかでしていた自分の認識の甘さに心臓を鷲掴みにされるくらいに激しく後悔をするが、もう後の祭りである。
圧倒的な力を持ち、レベル90の魅惑の剣士とも言われている耳長族のエドワードをどうにかできるのは現実的に特Aランクの聖女でもあるテファしかいないと内心では思っていた事が自分の甘えであり、彼女に全てを任そうとしたこと事態が自分の心の弱さだと気づいたからだ。
テファを守ると何度も決意を固めたはずなのに結局は何も守れなかった事にラエルロットは自分の圧倒的な力の弱さと不甲斐なさに涙を流しながら自分を呪い、心の中に諦めという文字と絶望がよどみ始める。
(うぅぅぅ、な、何が弱き人々を守る勇者になるだ。世界の謎を探求する冒険者になるだ。元から弱い俺がいくらあがいたって結局は何も守れないじゃないか。レスフィナがいなきゃ……不老不死じゃなきゃ……そしてあの世の亡者達から復讐の鎧の力を借りないと俺は、本当に何もできない無力な一般人の平民と、なにも変わらないじゃないか。全てはあの耳長族のエドワードの言っていた通りじゃないか。全く情けない話だ。でもこれで俺は本当に何もできないただの無力な存在なのだということをこの件を期に実感する事ができたよ。もしもテファが頼った人物が俺では無く、もっと知略のある頭のいい別の誰かだったら、もっと上手く立ち回って、エドワードを出し抜くことができたのではないだろうか。もしくはもっとレベル的に力のある誰かがこの場にいたら、テファやツインやミランシェと力を合わせて、あのエドワードを退ける事ができたのかも知れない。なのに俺が出しゃばってサンプル体の少女達を守るだなんてデキもしない頼みを引き受けてしまったばかりに彼女達に余計な希望を抱かせ、そして期待をさせてしまった。今までだって俺はテファを守ると言っておきながら何度もしくじり、逆に彼女に守られたりしていたが、今回はもっとも許されない大失態を犯してしまった。テファやツインを守ると言って追跡者のエドワードの足止めをしたにも関わらずあえなく彼の人質となり、俺を心配して戻ってきてくれたツインやテファの足手まといになってしまった。本来なら逃げようと思えば逃げれたかも知れないのに俺が余りにも情けないせいで余計に心配をさせ、結局はテファやツインも前に出て戦う羽目になってしまった。俺がいたせいで、足手まといであったせいで、彼女達は逃げられなかったような物だな。そうだテファが死んだのは俺のせいだ。本来聖女と呼ばれている者達は、最前線で戦う冒険者の後方支援や援護役に使うのが普通なのだが、超強力な達人級の剣士を相手に、俺は普通に、テファが前線に出て戦うのをつい許してしまった。今考えたら通常は絶対に有り得ない事なのに、こんなごく当たり前の簡単な事になぜ俺は気がつかなかったんだ。それだけ必死で余裕がなく、絶望的なまでに勝利の糸口が見当たらなかったから、つい彼女が起こす奇跡の力に頼り、期待をしてしまっていたと言う事か。くそ、結局俺は好きな女性一人すら助けることができなかった。俺は……俺は……絶望的に……勇者失格だな……)
「テファ……テファ……ごめん、また守ってやれなくて本当にごめんよ。た、頼むから、死なないで……死なないでくれ。頼むエドワード、一生のお願いだ……俺が代わりに殺されるからテファとツインはどうか今回は見逃してやってくれ……頼む、頼むよぉぉ!」
テファの元に急いで駆け寄ろうとしたラエルロットだったが足がよろめいたのかその場で転び、地面に四つん這いになりながらもそれでもテファの所に行こうと必死にもがくが、そんなラエルロットの無様な姿を映し出す影の中から、ゆっくりと真っ黒い幾つもの手が伸びていき、ラエルロットの体をがっしりと掴み始める。
ラエルロットがテファの死に絶望し全てを諦めようとしている意思を感じ取り、死の世界から現れた彼らは、第三の試練を乗り越える事ができないと判断した事で、ラエルロットをあの世に引きずり込もうと迎えに来たのだ。
不気味な魔力と負のオーラを回りにまき散らしながら、その長く伸びる黒い無数の手はラエルロットの体の様々な所を掴み上げると、地面の底から響くような声でラエルロットに叫ぶ。
『グッオオオォォォォォォォォォォォーーォォォォ、グッオオオォォォォォォォォォォォーーォォォォ、ラエルロットォォォォォ、ラエルロットォォォォォ、絶望したなぁぁぁぁ、試練を違えたなぁぁぁぁ、彼の者を救えなかった自らの罪の意識から、自分の不甲斐なさから、希望を見出す事に挫折し……再び立ち上がる勇気を示すことも出来ず……そのまま勇者になることを諦めようとしているなぁぁぁ……なら連れて行く……このまま絶望を受け入れて全てを諦めると言うのなら、お前の肉体を……魂を……このまま死の世界に持って行く……試練を乗り越えられないのなら持って行くぞぉぉぉぉぉぉ!』
「く、黒い腕が地面から沢山生えてきた。うわ、うっわあぁぁぁぁぁーーぁぁ!」
いきなり自分の影から出て来たその無数の黒い手の群衆に非常に驚き、最初こそ取り乱したラエルロットだったが、その無数の黒い手が一体何者で、なぜ出て来たのかを何日か前に蛾の妖精達が暮らす隠れ里の山で経験し知っていたラエルロットは直に暴れるのを辞める。
この者達は死の世界に住むあの世の亡者達で、絶望し勇者になるという夢を諦めつつあるラエルロットを死の世界に引きずり込もうとどこからとも無く再び出てきたのだ。
そして第三の試練で語られたご神託の通りに、サンプル体の少女・テファを救えなかった事に希望から絶望えと突き落とされたラエルロットは自分を激しく責め、その罪の意識から勇者として立ち上がる勇気を否定し、その思いを……希望を……夢を……未来を……今まさに諦めに変えようとしている。だからこそそんなラエルロットの心の弱さに反応して、テファの死を受け止めきれず再び立ち上がれないでいるラエルロットをあの世の亡者達は下へ下へと引きずり込もうと強引にその黒い死の腕を伸ばす。
(そうか、これが遙か闇なる世界の神様が出した第三の試練……【決して逃れられぬ宿命と闇】か。確かその内容は【数々の試練に挑みし者よ、神より授かりし祝福と様々な人達との関わりと思いが汝に力を与え一時は勝利の道へと向かわせるであろう。だが自惚れるなかれ、その僅かな隙と驕りが絶望を呼び、希望は諦めえと変わる。その犯した罪の重さに汝が絶望し立ち上がれなくなった時、絶対なる死がラエルロットの身に降りかかるであろう!】だったか。そうか、俺がこの出会いで好きになったテファが死ぬことによって、その彼女を守る事ができなかったから、その罪の意識と誰も救えない現実と絶望を俺に突きつける事によって俺に諦めの心を認めさせてから、あの世に引き込もうという算段か。でももうそんな事はどうだっていいや、実際俺はテファを救えなかったんだし、救うどころか逆に助けられてばかりいたんだから、彼女にとって俺はただの足手まといだったと言う事だろ。こんなに弱い俺がおこがましくも勇者になりたいと夢を語り、厚かましくもテファの助けになりたいなどと申し出るだなんて、テファも内心では密かに苦笑をしていたはずだ。誰にも必要とされてはいない、こんなにも弱い役立たずの俺はとっととこの世から消えて無くなってしまった方がいいのかも知れない。このまま生きていたって愛する者を一人として守れなかった俺はこの先も誰一人として守ることはできないだろうからな。なら一層の事、このままテファの元に……ハルばあちゃんの元に……旅立った方が幸せなのかも知れない……そうだ、俺はもう全てを諦めた方がいいのかも……テファ、守ってやれずに……死なせてしまって本当に済まなかった……俺は……俺は……)
テファを守り切れなかったその罪の意識から全てを諦めて絶望し、このまま死の世界に引きずり込まれようとしていたラエルロットのその体を……その意思を逆に否定するかのように温かな小さな手が、がっしりとその全ての行く手を止める。
「ラエルロットのお兄さん、地面に這いつくばって一体何をやっているんですか。テファさんがあの耳長族の青年に長剣で心臓を刺し貫かれて殺されたと勝手に勘違いをして悲しみの余りに絶望をするのは結構ですが、その彼女の生死の確認もせずに全てを諦めて、このままあの世に引きずり込まれるようなお間抜けな死は流石に興ざめで滑稽過ぎますのでやめた方がいいと思いますよ。それにラエルロットのお兄さんは自分の事を役に立たない弱い人間だと思っているようですが、テファさんはあなたがいるからこそ知恵と勇気を尽くしてあなたを守ろうとしているのですから、その思いを無駄にしない方がいいと思いますよ。せっかく彼女が奇策を弄してあの耳長族の青年に打ち勝つ事ができたのですから、ここで大きな勘違いをして勝手に死んでしまったらラエルロットのお兄さんはただのお間抜けな馬鹿だという事が確定してしまいますし、小細工をしてまで勝利したテファさんの苦労が報われないじゃないですか。テファさんの事を思い勝手に悲しむのも結構ですが、勝負の結果を確認し、そこから冷静に事の成り行きを判断してからでも遅くはないのではないでしょうか。まあ初見で、何も知らない状態であれをやられたら、いくらレベル90の力を持つ凄腕の剣士でも敗北は避けられず、戦う前からもう既に勝敗は決まっていたと言う事なのでしょうか。そしてそのアイデアを即座に取り入れて直に実行に移したテファお姉さんの発想力と行動力には正直頭が下がる思いです。流石は特Aランクの力を持つ、暁の聖女・テファさんです。先ほど戦わなかった私の判断は正しかったと言う事でしょうか。フフフフ、やはり彼女は侮れないです!」
「え、それって一体、どういう……」
「いいえ、こちらの話です」
そうしみじみと言いながら現れたのは、いつの間にかラエルロットの隣に来ていた小撃砲を手に持つ、小撃砲使いのミランシェである。
ミランシェはラエルロットの体を力強く掴み上げると、影の中に引きずり込もうとする黒い無数の手に向けて激しくにらみつける。
「という訳で、ラエルロットのお兄さんが絶望する理由はもう無くなったのですから、闇の亡者達はそのまま地団駄を踏みながら、今は大人しく闇の世界へまた引き返して下さい。今はまだその時ではないようですし、あなた達の出番はサンプル体の少女達がこの研究所の外から出たその時のようですから、今は場をわきまえて下さい。。少なくとも彼女たちが研究所の外に出るまでは、お前達に……ラエルロットのお兄さんの魂はまだやれないと言う事です。分かりましたか、この哀れなビチクソ野郎ども、まだお前達の出番では無いのだからとっととお母様の元に返りやがれ!」
暴言を吐いたミランシェのその言葉に従うかのようにその黒い無数の手は掴んでいたラエルロットの体を直ぐさま離すと、無念の声を上げながらそのまま元来た影の中へと再び入っていく。
『ゴッオォォォォォーーォォ、邪魔が……邪魔が……入ったか。もう少しだったのに……黙っていたら……早合点をしたラエルロットを……そのまま地獄へと導くことができたのに……まさか闇に連なる別の代行者に邪魔をされるとは思わなかったぞ。全くこの最速のネズミは、一体なにを考えている事やら……口惜しや……口惜しや……』
「俺の体から無数の黒い手が離れて行ったのはいいが……今の言葉は一体なんだ。代行者が……最速が……一体何だって……言葉の所々がよく聞き取れなかったんだが?」
「……。」
深き影が沈む暗き地面の底へとその姿を消していく黒い手を持つ無数の死霊達は嘲りと無念の声を上げるとラエルロットの足下から別の世界へと去っていく。
死霊達の死への誘いをどうにか退いたラエルロットはびっくりした顔を向けると隣に普通に立つミランシェに驚きと心配の声を上げる。
「ミランシェ、ミランシェなのか、お前今まで一体どこに行っていたんだ。それにテファは死んではいないってそれは本当なのか。でも見た感じは、あんなに大量の血が地面へと流れ落ちているし、耳長族のエドワードが持つあの長剣の刃の刃先だって全ての刃が見えなくなるくらいにテファの心臓に深々と突き刺さっているんだぞ。その現実を前にミランシェはなぜテファが生きていると……いいやそれどころかあのエドワードに勝っていると言えるんだよ?」
奇天烈かつ奇妙な事を言われた事で疑問を述べるラエルロットにミランシェは、今もエドワードと二人で抱き合う形となっているテファの背中の辺りを指さすと淡々とした口調で説明する。
「まだ分かりませんか、答えはもう目の前にはっきりと出ているのですがね。あの状況を見ていてまだ気がつきませんか」
そのミランシェのヒントに、同じく離れた所から見ていた白魔法使いのタタラと豚人族のドラムの二人は何かに気づいたのか、丁度同じタイミングで大きな声をあげる。
「こ、これは一体どうなっているの。なぜそうなっているのか、その理屈は……原理は全くわからないけど、あのサンプル体の暁の聖女が耳長族の青年に勝ったと言う事ね。恐ろしい、恐ろしい能力だわ」
「馬鹿な、馬鹿な、なんだよあれは、あれが、かあちゃんの……い、いいや、あの少女の能力なのか。あんな攻撃の返され方をされちゃ、いくら凄腕の剣士でもあるエドワード様だって、絶対に勝つことはできないじゃないか。一体何なんだよあれは、理解が、理解ができないよ?」
未だに信じられないという顔を向ける二人の会話に加えて、ミランシェが簡単な補足の言葉を述べる。
「今起きているあの奇跡の力は、ラエルロットのお兄さん、あなたが一番知っている能力じゃないですか。いや能力と言うよりは、あの小さな彼女が使う古代の道具と言った方がわかりやすいでしょうか」
「小さな彼女に……古代の道具だって。まさか古代の遺物の事か。は、それじゃ、まさか!」
そのアイテムの存在を知らない白魔法使いのタタラと豚人族のドラムの二人はその不可思議な現象に相変わらず首をかしげていたが、すべてを知っているラエルロットはようやくその真相に気づく。
暁の聖女・テファは生きていて、あの耳長族の青年・エドワードを相手に一体どうやって勝つ事ができたのかを想像し、そして確信する。
「そうか、そういう事だったのか。心配させるんじゃねえよ。あまりにも心配しすぎてそのまま本当にもう少しで死んでしまう所だったじゃねえか。全くお前らは、いろいろと策を巡らせる奴らだよ。テファ、それにルナぁぁぁ!」
一方耳長族の青年・エドワードと、暁の聖女・テファの方は二人で抱き合いながら互いに動けずにいた。なぜなら今現在耳長族のエドワードは暁の聖女・テファの策略にはまり、このままほおって置いたら確実に死んでしまうような大ダメージを負っていたからだ。その事実を踏まえた上で今自分に起きているその有り得ない謎に・真実に・不思議に思いながらも、エドワードは一体自分がなぜ敗北をしたのかを冷静に分析する。
「はあ~、全く、可笑しいと思っていたんだよ。こんなにも深々と長剣の刃の刃先をその心臓に刺し貫いているのに、その線の細いか細い背中からは一向に長剣の刃先が見えなかったからな。一体どこに消えたのかと不思議に思っていたんだよ。まさかお前の聖女としての能力は、空間を歪め、時空を操る力なのか?」
エドワードがそう思うのも無理はない。
エドワードが持つ長剣でテファの左側にある心臓付近に聖剣チャームブレードの刃を深々と差し込んだにも関わらずその先端の刃は左の背中からではなく、なぜかテファの腹部辺りから突き出て、更にはそのままエドワードの腹部に突き刺さっていたからだ。
その長剣の刃をテファの心臓に力強く突き立てれば突き立てる程にテファの腹部から伸びた長剣の刃先が至近距離で対峙をするエドワードの腹部にも容赦なく突き刺さる。その想わぬ致命傷のお陰で耳長族のエドワードはその刃先が臓器まで達した事でそのダメージは深刻な物となっていた。
この有り得ない状況からどうにか逃げようとエドワードは差し込んでいる聖剣チャームブレードの刃を強引に動かし、テファの心臓から抜き取ろうと精一杯力を込めるが、その刃はまるで強固な何かにがっしりと固定されているかのように全く動かす事もましてや引き抜く事もできない。
ならばと今度は手に持つ長剣の柄を離して後ろに下がろうとも思ったが、長剣の刃の先が腹部に深々と食い込んでいるばかりか、その場から逃すまいとテファが両手でがっしりとエドワードの体を押さえ込んでいたが為に、持っている長剣を離してその場所から逃げる事もできない。
よろめきながらもテファがエドワードの体に抱きついたように見えたのは、エドワードとできるだけお互いに体を密着させて、テファの心臓から入った刃先がそのまま時空の歪みで湾曲させた刃先をそのままテファの腹部へと移動をさせる為だ。
そのテファの腹部から伸びた長剣の刃先をエドワードの腹部に突き刺し、そのまま身動きができないようにする為だったのだと今更ながらに気づく。
胃液と共に込み上げてくる血を口から吐きながらもどうにかしてテファから離れようとレベル90の力をフルに使ってみるが、なぜか体に力が全く入らない。それどころか体に謎の痺れすら感じる。
(なんだ、先程から感じるこの脱力感と体の痺れは……?)
痺れて動けないでいる体の異変にエドワードが不思議がっていると、そんなエドワードの頭上にいきなり鱗粉をまき散らしながら物凄いスピードで何かが優雅に飛び回る。
「くそぉぉぉ、離れろ、離れろよ、聖女・テファぁぁ。それになんだこの羽虫は、一体なにを撒き散らしている。この体の痺れは、もしかして、お前の仕業か?」
「フフフフ、もう遅いですわ、あなたはもう私達からは絶対に逃げられません。そうですよね、蛾の妖精のルナさん!」
「勿論よ、この作戦を成功させる為に、私は約二時間もテファの衣服の中でジッと待たされていたんだから、あなたには是が非でもこの場で退場してもらうわ。それにあなた、間違っているわ。この力は聖女・テファの力じゃない。これはこの私の力よ!」
「蛾の妖精の力だとう、そんな馬鹿な事があって溜まる物か。そもそも蛾の妖精ごときにこんな大それた力はないはずだ。デタラメな事を言うなよ。仮にその話が本当だったとして、この小さな羽虫のような妖精が、聖女・テファの衣服の中で一体何をしていたというんだ?」
「答えはこれよ!」と言うと、今度は話を聞いていたテファが自分の腹部から布地を破り突き出ている長剣の刃を見せるかのようにお腹の辺りの衣服をいきなり巻くし上げる。
テファの衣服の中に隠れているその綺麗な裸体には真っ暗な闇へと続く亜空間が見え、その痩せ型の体にまるで吸い込まれるかのような広大な宇宙空間が永遠に広がる。
その宇宙の果てから伸びる剣の刃先がテファの腹部から突き出ており、そのままエドワードの腹部へとその刃先が続く。
その宇宙のような空間その物をまるで衣服のように体に纏うその衣はテファの能力による物ではなく、蛾の妖精のルナの力だと言う事が本人の口からようやく暴露される。
そしてルナが持つ古代の遺物の名は、邪妖精の衣、もしくは無限皇帝のマントと呼ばれている蛾の妖精のルナにしか持つことも触れることもできない禁断の遺物である。
その古代の遺物が作り出す宇宙のような空間は、物質は通すが生体は通さないという性質を持つ不思議な衣である。その邪妖精の衣をルナが自らの手でテファの体にサランラップを巻くかのように(頭部を除いて)綺麗に巻いた事によって、如何なる物質攻撃すらも通さない体を作り上げる事に成功したのだ。
故に剣での攻撃が一切通じない体となったテファは衣服の中に隠れている蛾の妖精のルナに守られながら、エドワードが致命傷になる一撃を仕掛けて来るそのベストタイミングをただじっと探っていたのだ。
その能力の答えを見た耳長族のエドワードは、してやられたといった顔をしながら、大きな声で叫ぶ。
「そ、それはまさか……その体に纏っている宇宙は……まさか古代の遺物か……そうか、その力は聖女としてのテファの能力ではなく、古代の遺物の力を操る事ができる、蛾の妖精のお嬢ちゃんの方の力だったのか。くそ、俺も古代の遺物のような物を持っているんだから、そちら側も持っているという可能性も常に頭に入れて置くべきだったぜ。だがそんな都合のいい物がそもそもあるはずは無いと内心では思ってしまっていたからな。だからこそ特Aランクの聖女の肩書きを持つその力にだけつい警戒をしてしまった。だがそれこそが……その常識と可能性で物事を考える慢心こそが、俺の隙をつく絶好の罠だったと言う事だろ……そういう事だろ」
「ええ、そうよ。私の聖女としての能力を知られていない事こそが、あなたに一矢を報いる事のできる最大にして最後の賭けだと考えました。だから絶対に私の能力を……そして蛾の妖精のルナさんが持つ邪妖精の衣の事を、あなたには絶対に知られる訳にはいかなかったのです。私のこの能力はあなたにとどめを刺す上で、最後の切り札にしたかったから」
「だから、そのコンボに繋げるが為に、様々な罠を張って俺に近づきこの長剣を至近距離で突き刺してくれるそのタイミングをズーと計って機会を伺っていたのか」
「はい、そういう事です。最初にあなたが持つその武器があの伝説の聖剣チャームブレードだと気づいた時からこの計画は始まっていました。まずは仲間のミランシェさんを探しに行くという名目でラエルロットさんには約三分間だけエドワードさんの足止めをして時間を稼いで下さいと無茶なお願いをしましたが、全てはこのアイデアを蛾の妖精のルナさんに話してこの計画を実行に移したかったからです。前もって蛾の妖精のルナさんには邪妖精の衣の事を聞いていましたから、その許可した物質の取り込みと更には外へと出す事ができるその性質を生かす事ができれば、もしかしたら聖剣チャームブレードの刃を封じることができるのでは無いかと思ったのです」
続いて鱗粉をまき散らしながら空を飛ぶ、蛾の妖精のルナが続きを話し出す。
「でもこの邪妖精の衣は私にしか触れる事ができないからテファが直接触ることはできないわ。だから私がテファの体にこの邪妖精の衣を巻いて聖剣チャームブレードの刃が当たらないようにしたんだけど、当然この邪妖精の衣は万能じゃないわ。まず物質の出し入れをするには私の精霊力がどうしても絡んで来るから、あなたがその聖剣チャームブレードの刃先をテファの心臓に突き刺した瞬間に私は透かさずその刃先をテファの腹部に出口を繋げないといけなかったわ。その間に私の精霊力が尽きちゃったら、邪妖精の衣の力は使えなくなるから、あなたと対峙をするその時だけ精霊力を使うようにしていたわ。そしてあなたにばれないように常に息を殺して、尚且つそっと痺れ粉の鱗粉を密かにまき散らしながらあなたの身体能力の封じ込めにゆっくりと勤しんでいたの。だからこそ結果的には空間を繋げて、出口を曲げて、耳長族のエドワード、あなたの体にその刃先を突き刺す事ができたという訳なのよ。でも少しでもタイミングがずれちゃったら、不信に思ったあなたにこの能力の秘密が簡単にばれちゃうでしょうし、致命傷となるこの一撃をもしも外してしまっていたら、あなたには逃げられてしまい、テファの能力の発動に支障が出ていたかも知れない。だからこの作戦を取り仕切るテファにはいろいろとお膳立てをして貰っていたのよ。あなたが確実にテファの心臓を狙ってその聖剣を突き刺してくるその瞬間をね」
「その瞬間だとう……そうか、あの全てがそうか。俺がなめきっているのを逆手にとって戦士としては全くの素人のラエルロットにしんがりの足止めをさせて時間を稼いだり……聖女の能力を隠す事によって自分の手の内を見せなかったり……不浄な思いを抱き近づくドラムを逆に利用して異常な人物を熱演して見せたり……約二時間もの無駄な時間を作ってこちらの緊張感をわざと壊して注意を散漫にさせたり……その過度な思想を抱かせる事で俺に異常な程の警戒心と疑心暗鬼を抱かせたり……そして俺の意表を突く為にあの白魔法使いをけしかけて隙を作ったりと……自分の身を守ってくれる蛾の妖精の存在をわざとかき消すために様々な葛藤を抱かせるプロセスを作って最終的には俺にお前の心臓を至近距離から刺し突かせるつもりでいたのか。全く冷静沈着で恐ろしい奴だ!」
「はい、その通りです。そしてこれが最後の切り札とも言うべき私の聖女としての能力、暁の能力です。しっかりとその体で受け止めて下さい。あなたは文字通りの強敵ですから勿論手加減は無しです。なのでどうか覚悟して下さい!」
「くそぉぉぉぉぉぉーーぉぉ、レベル90の力を舐めるなあぁぁぁぁぁーーぁぁ!」
エドワードはあらん限りの声を張り上げながらそう叫ぶと、仕方がないとばかりに死期を早める行動を取る覚悟を決める。
エドワードはありったけの力でお腹に刺さったままの自らの長剣を引き抜く為に動こうとするが体調が優れないのか体が痺れて力が入らない。
そんな絶対絶命的な状況に流石にこのままではまずいと感じたエドワードは、荒い息を吐きながらも空中を今も飛び回る蛾の妖精のルナを激しく睨みつける。
「もう一度聞くぞ。この体の痺れはやはりお前の仕業か、蛾の妖精の小娘ぇぇ!」
「フフフフ、流石にばれちゃいましたか。あなたがテファの心臓を一突きした時に便乗して人知れずあなたに向けて痺れ粉の鱗粉を羽の羽ばたきと爆風の流れに任せて拡散させていましたし、今し方もあなたの頭上を飛び回る際にも沢山の痺れ粉をばらまきましたからその効力がもう効いている頃だと思うんだけど、どうですか!」
「くそぉぉぉぉぉぉーーぉぉ、痺れて、痺れて、体に力が入らないぞ。これじゃ腹部に刺さった剣を引っこ抜くどころか、テファの聖女としての能力をまともに至近距離で浴びてしまう。まずい、これはかなり不味いぞ!」
「聞いた話だと、レベル90のレベルを持つ耳長族の剣士に、蛾の妖精が放つ鱗粉の痺れ粉による効力は経ったの10秒程でその効果が切れてしまうらしいから、私は今もあなたの頭上を絶えず飛び回って痺れ粉入りの鱗粉を連続で絶えずばらまいているんだけど、仮に約10秒間だけでもあんたを押さえつけられればテファの能力を発動させる時間くらいは充分に稼げるわよね。そうは思わないかしら」
頭上から無邪気に言う蛾の妖精のルナの言葉に事の重大さに気づいた耳長族のエドワードは大いに焦りながらもそれでも最後のあがきとばかりに激しく動き回る。だが痺れて本来の力が全く発揮できない今のエドワードはテファのか細い腕を振り払うことすらできずただ無様に力なくバタバタと暴れるだけだ。
長剣を引っこ抜くことも、ましてやその場から逃げる事もできないでいる耳長族のエドワードに対し暁の聖女・テファは、祈りを捧げながら自分の内なる光の力を増大させていく。
その瞬間、暁の能力が発動し、テファの体は眩い強烈な光を放つ黄金色のエネルギーの塊へと形を変え変化していく。
「ちくしょう、不味い、この光の力は本当に不味い。長年の経験と本能でそれはわかる。この光のエネルギーを直に浴びてしまったら、おそらく俺はもうこの世界でこの体を維持することが許されなくなる。彼女の理想とする世界から排除された物は、その生体や物体に問わず、この世から消し去ることのできる能力なのだ。それが暁の聖女・テファが使うこの能力の本質だ。これはもう流石に終わったかな……」
「耳長族のエドワードさん、ではそろそろ行きますね。覚悟はいいですか」
「くそ、最後は聖女・テファ、あんたの戦略勝ちだよ。人質を取り、明らかに有利のはずだった俺の戦略を見事に打ち砕き、そして俺をだまし抜いたお前の勝ちだ。その奥の手をひたすらに隠し、その絶好のチャンスが訪れるのを根気強くズーと待っていたからこその勝利と言った所か。どんなに厳しい状況下にあっても策を巡らせ考えて、諦めずに勇気を持って俺に挑んだその手腕、確かに見事だった。ただの美しいだけのお嬢さんかと思っていたが、やはり特Aランクの聖女はどいつもこいつも油断がならない奴らばかりだと言う事がこれで実感できたよ。家の主様に会えずに道半ばで倒れるのはほんと心苦しいが、最高の強敵手と愛まみれた事で最後は潔くこれでよしとしよう……」
「では、さよならです。聖剣チャームブレードを持つ凄腕の魅惑の剣士、耳長族のエドワードさん!」
そうテファが優しく送りの言葉を掛けながらあの世に旅立とうとするエドワードに至近距離から暁の力を送り込もうとしたその時、いきなりエドワードの右脇腹の辺りにいつの間にか隣まで接近していた小撃砲使いのミランシェが両手に持つ小撃砲を突き付ける。
「はい、そこまでです。テファさん、こんな所でその暁の聖女の力を使われると正直迷惑なんですよ。その光の粒子の謎の力をどのくらい体に浴びても平気なのかという確信たる証拠と根拠は今の所はまだどこにもないですし。それにこんな小物を相手にその貴重な力を事あるごとに使ってなんかいたら、後で困るのはテファさんの方じゃないのですか。この研究所から出るまでの道のりはまだ遠いみたいですから、その能力の乱用はできるだけ控えた方がいいと思いますよ。なぜならあなたにはこの後も幾多の試練と強敵達が恐らくは絶えず待ち受けている……そんな気がしてなりませんから。なのでこの耳長族の青年の相手は代わりにこの私が引き継ぎますね。それでよろしいですね!」
「ミランシェさん……?」
「こ、小物だとう……この俺がか……小娘が……勝手な事を言いやがって……」
何かを納得したのか暁の聖女・テファは今から解き放とうとしていた発動寸前だった暁の能力の解放を直ぐさま取りやめる。その力の輝きが急激に消えていく中で、情けにも見える不透明な中止に納得のいかないエドワードは激しく激怒し、最後の散りゆく時を邪魔してくれたミランシェに対し猛然たる怒りを突き付ける。
「おのれぇぇ、このおかっぱの小さき小娘が、よくも神聖なる真剣勝負とも言うべき俺と暁の聖女・テファとの最後のケジメに水を差してくれたな。この屈辱は、この無粋な横槍をしてくれた無礼は一体どう責任を取るつもりだ。どういうつもりでこの勝負を止めたのかは知らんが、ただ出しゃばって子供のような正義感をかざすつもりで出てきたのなら、その命でこの非礼を詫びてもらうぞ。俺に恥を掻かせてくれた事を後悔しながら死ぬがいい!」
悪態をつきながら怒る耳長族の青年・エドワードに対し、いきなりミランシェが両手に持つ小撃砲のトリガーを躊躇無く引く。
「うるさい、無様にも敗北した敵は敵らしく少し黙れ。お前に言われんでも今から豪華絢爛の名誉ある死とやらのフルコースを真心を込めてプレゼントしてやるよ。そしてそんなわがままが言えないほどに叩きのめして嬉しい悲鳴と絶叫を漏れなく与えてやるから、今から楽しみにしていろ!」
その瞬間、エドワードの右脇腹の辺りで大爆発が起こり、エドワードの体は本来の重力に逆らうかのように、物凄い勢いで少し遠くに見える通路の後ろの壁へと直線に飛ぶ。
(な、なんだとう?)
ドッカアァァァァァァァァーーン、バキン、ガラガラガラガラ!
「ぐっわはっ、な、なんだ今のは……一体何が起きた?」
物凄い爆風と同時に壁へと激突した耳長族のエドワードは、ぶつけて破損した壁の破片や瓦礫と共にゆっくりと床へとずり落ちていく。
そんな無様な醜態を見届けたミランシェは謎の不気味な笑顔をエドワードに見せつけると、手に持つ小撃砲の筒に新たな弾薬を素早く装填し直しながら、夥しい血を腹部から流し倒れるエドワードに向けてゆっくりと近づいていくのだった。
「フフフフ、無様に敗北を味わっている時間はありませんよ。さあ、第二ラウンドを始めましょうか。耳長族のエドワード……さん」
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