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第三章 二人の聖女編
3-49.第三の試練が発動する
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3ー49.第三の試練が発動する
コンクリートでできた大きな建物に類似するように聳え立つぶ厚い鉄の引き戸がゴォォォォーーという重そうな音を立てながらゆっくりと開いていく。
この錆れた鉄の腐蝕具合からして数か月は開かれてはいなかったのか鈍い音を立てながら開かれていくその鉄の引き戸は鉄が擦れる耳障りな音を空気に響かせると引き戸の外壁は軋み、大量の土煙が宙へと舞う。
そんな大きな建屋の鉄の引き戸の中からラエルロット達一行が姿を現す。
いち早く外の様子と安全の確認の為にみんなよりも先に前を歩くラエルロットは、山々の奥にゆっくりと隠れようとしている鮮やかな茜色に染まる綺麗な夕焼けの空を見ながら落ち着いた安堵の心で眺める。
もう直ぐ闇が訪れるであろう外の世界に広がる美しい光景に安堵の溜息をつくのも無理はない。なぜならバスでの移動の道中、言い知れぬ緊張と不安が常に頭をよぎっていたからだ。
実験管理室のあるエリアからバスで移動したラエルロット達一行は外へと出られるエレベーターがある通路まで来るとその場でバスを乗り捨て、付属のエレベーターでそのまま一気に地上へと上がる。
ゴオオォォォォォォォォォォォォーーン、キイィィィィィィーーン、ゴトン!
「地下三十階から一気に地上へと来たが、ここが地上一階か。まずは安全の為に俺が前を歩くぞ。それでいいな。では行くぞ」
地上一階では外へと続く通路をゆっくりと歩いてこの建屋の入り口付近の引き戸の前まで来たが、そこでダクト所長から奪ったカードキーを使い、電子ロックで施錠されている鉄の引き戸の鍵を開ける。
「これだな……」
ピィー、ガシャリ!
ピィー、ガシャリという音が辺りに響き、決して開くことのない鉄の引き戸が鈍い音を立てながら重そうに開く。
その引き戸がゆっくりと徐々に開かれていく事で、茜色に色づく暖かな眩しい光を目の当たりにしたラエルロットは明るさ溢れる外の世界に歓喜の喜びを上げていたが、よくは分からない嫌な予感が徐々に頭をもたげる。
なぜならまだ敵の残党が不意打ちとばかりにどこかに隠れて潜んでいる可能性だってあるし、テファやツインの瀕死の状態を治せる明確な治療や手段もまだなにもわかってはいないからだ。
いつテファやツインの体が砕け散り死んでも可笑しくはないこの状況に希望を見いだせないでいるラエルロットは、テファや他のサンプル体の少女達の要望をできるだけ叶える為に、皆で一度は見たいと話していた研究所の外へと足を運ぶ。
そしてついに念願叶って外の世界にようやく辿り着く事ができたのだ。
そんなラエルロットが一歩外へと足を出した瞬間、緑溢れる大自然とその山々を幻想的に照らす美しい夕焼けが全ての不安を一瞬で忘れさせる。それだけ心奪われる光景をラエルロット達一行は目にしていたのだ。
建屋からどこまでも周りに広がる草原に咲き乱れる美しい花や緑豊かな木々を揺らす清らかな風の息吹を感じながらラエルロットは更に一歩前へと出ると、赤みがかった金色に照らす夕焼けを見ながら後方にいる者たちに声を掛ける。
「みんな来てみろよ、まるで俺達の勝利と無事に外へと出られた門出を祝うかのように、綺麗な夕焼けの太陽が顔を出しているぞ。どうだ綺麗だろ。この自然溢れる草原に合うかのような、豪快で、綺麗で、清々しさを感じさせるいい景色だ。山々を照らす綺麗な夕焼けがここからは拝めるみたいだから『特にサンプル体の少女達は』じっくりとこの光景を見て行くといい。朝方からこの研究所内に飛ばされてからはいろんな苦難と厳しい出来事が幾つもあったが、いろんな人達の出会いと、その人達と一緒に力を合わせて苦難を乗り越えたかいもあり、どうにか完全な夜になる前に日が照らす太陽をみんなで拝む事ができたようだ。本当は暁の聖女が放つ光のような、美しい朝日の光を見せてやりたかったが、夕焼けに染まる幻想的な太陽の光もこれはこれで乙だし綺麗だから、見ていて損はないと俺は思うぜ!」
一番最初に外へと出たラエルロットは危険がない事を確認すると建屋の奥にいる他の仲間たちに合図を送る。するとその合図を待っていたかのようにサンプル体の少女達が皆一斉に万遍の笑顔と喜びを体全体で表しながら元気よく外へと出ると、我先にと行き成り走り出す。
その喜び溢れる初々しい姿はまさに子供その者で、前にいるラエルロットを追い越し、少し遠くに見える草原に走りよると、野に咲く綺麗な花へと到着する。
皆一心不乱にその花を積んで眺めたり、寝転んでみたりと、皆で和気あいあいとたわむれたりしながら外に出れた喜びを体全体で表していたが、その花園の中にいるサンプル体の少女の一人が笑顔でお礼と感謝の言葉を言う。
「こんなに一杯、見たこともない花が咲いているだなんてとても信じられないわ。やっぱりお姉さまの言っていた事は本当だった。私たちの知らない外の世界にはこんなにもいっぱいの色鮮やかな綺麗な世界が広がっていた。そしてついに私達はその美しい花たちを自由に鑑賞できるくらいの、ごく当たり前の権利をようやく手に入れる事ができた。これも全ては私達をこの研究所から逃がす為に奮闘し、戦ってくれたラエルロットさん達と、一度は外の世界を見せてあげたいという希望ある夢を叶える為に行動し、日頃から私達に勇気ある言葉を言い聞かせてくれた95657番のお姉さまのお陰だわ。お姉さま、そしてラエルロットのお兄さん、本当にありがとう!」
「まあ見て、綺麗なお花よ。お姉さま、ありがとう!」
「お姉さま、本当にありがとう!」
「もうその肝心なお姉さまは一体何をしているのかしら。早くお姉さまとこの景色を一緒に見たいのに……」
皆何かを含みながらも満遍の笑顔で暁の聖女テファに向けて感謝をするサンプル体の少女達にラエルロットは何か違和感を感じていたが、気のせいだと自分に言い聞かせると後から必ず来ると言っていた暁の聖女テファの方に顔を向ける。
するといつの間にか近づいて来ていた暁の聖女テファは生き絶え絶えになりながらもミランシェに左脇を抱えられながらゆっくりとその歩みを進めていたが、ラエルロットの目の前でその足をピタリと止める。
「ハア、ハア、ハア、ようやくラエルロットさんに……追い付く事が出来ました。それにしてもみんな歩くのが早いですね。こっちはもう息切れが酷いですよ」
「おいテファ、本当に大丈夫なのか。無理して外に出てこなくてもいいんだぞ。体の調子が悪いんなら大人しく建屋の中で寝ていた方がいいんじゃないのか。そんなに無理して動いたりなんかしたら体の具合がもっと悪くなるだろ。神聖力の負担にその体が耐えられないと言うのなら尚更だ。もう何度も死にかけているんだから、お前のその体を治せる研究員達を見つけ出して来るまではどこか安全な所で大人しく休んでいてくれ。わかったな!」
真剣な顔を向けながら本気で心配するラエルロットに暁の聖女テファは小さく笑顔を向けると、その優しい思いに応える。
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。せっかくラエルロットさん達が命を賭けて私達の自由の為に勝ち取って見せてくれたこの景色を、お願いした当事者であるこの私が見ない訳にはいかないじゃないですか。この夢焦がれた美しい貴重な景色を見るが為に皆希望を信じてここまで来たのですから、最後はみんなが喜ぶ姿を見ながらあの世に行かせて頂きますわ」
感謝を込めて言った暁の聖女テファの言葉に、ラエルロットは泣きそうな表情を隠すかのように顔を歪めると激しく激怒する。
「ふ、ふざけた事を言うなよ、特Aランクの特別な称号を持つ、女神様の祝福を受けている暁の聖女がこんな所で死ぬ訳がないだろ。悪い冗談はよせよ!」
「フフフ、聖女と言っても女神様の祝福も受けられずに人工的に作られた、偽物の聖女ですし、何よりこの体はもういつ崩れ落ちても可笑しくはないくらいに瀕死の状態です。ラエルロットさんも薄々は気づいているとは思いますが、どうあがいてももうこの体は持たないのです。非常に残念ですがそれが現実です」
「そんな事は、絶対にそんな事はないはず。絶対になにか方法があるはずだ。だからテファも希望を捨てずに最後まで頑張るんだ。俺がすぐにでもその体を治せる研究員達を連れて戻ってくるからよ」
もちろんテファの体の容態がかなり悪いのはラエルロットも理解してはいたが、心のどこかであの暁の聖女がそう簡単に死ぬはずがないと勝手に思い込んでいたラエルロットは、テファの体の容態がかなり深刻なのだと言う事に、ここに来てようやく理解する。
根拠のない自信に希望を抱き、テファは必ず助かると現実逃避をしていたラエルロットは、まるで厳しい現実にはじかれたかのように再び研究施設内に急ぎ戻ろうとする。
だがその行為をいつの間にか目の前に現れた言霊の聖女ツインが止める。
能力の使い過ぎで、その小さな体に限界が来ているはずの言霊の聖女ツインは、あれだけの大怪我を負いながらもまるで何事もなかったかのように元気よく健気に振る舞う。
だがそれは言霊の聖女ツインの残り少ない僅かな命を削り取るかのような命の灯火を消す行為だ。
それでも言霊の聖女ツインはラエルロットに自分の思いを告げる為に、最後の力を振り絞るとラエルロットの前へと立つ。
「こんな時に一体どこに行くつもりですか、ラエルロットのお兄さん。テファお姉さんが無理をしてでもお兄さんとこの美しい景色を共にみたいと激烈にお誘いしているというのに、まさかその好意を無視して研究所内に戻るつもりですか。それは流石に空気読めないにも程があるでしょ。それにお兄さんがいない間にお姉さまがお亡くなりになったら一体どうするつもりですか。お姉さまはラエルロットのお兄さんと一緒にこの綺麗な夕焼けの景色を共に見ていたいと切願しているんですから、その夢だけは最後に叶えてあげてください。お互いに後悔が残らないように……」
「ツイン、お前、いつ目を覚ましたんだ。いや、今はそんな事はどうだっていいか。あれだけの怪我をしたんだから、安静にしていなきゃ駄目だろ。それなのになんでここにいるんだ。体の方は大丈夫なのか。起き上がっても平気なのか!」
「まったく、今度は私の心配ですか。今言った私の言葉をちゃんと聞いていましたか。当てもないのに今どこかに逃げ去っている数少ない生き残りの研究員達を探し出すのはかなり困難ですし、あれだけ広い研究施設なんですから時間が掛かると言っているのですよ。ならここでお姉さまの望みを……お話を聞いて上げた方がいいのではありませんか。いつ容態が急変するか分からない命なのですから」
まるで年上のような態度で諭すように言う言霊の聖女ツインはどこから持って来たのかよく分からない大きな黒い日傘を杖代わりに使うと、ふらつく体をどうにか支えていたが、その日傘を隣にいる暁の聖女テファの頭上にそっと掲げる。
「はい、お姉さま、この日傘……お姉さまにあげます」
そう言うとツインは日傘の柄の部分を暁の聖女の右手にそっと握らせる。
「あ、ありがとう……?」
「お姉さま……夕焼けとはいえ、日の光はお肌の大敵ですよ。最後のその時までサンプル体の仲間たちを見ていたいというのなら……この日傘をお使いください」
「99754番……いいえツイン……あなた……」
「フフフ、お姉さま、今までありがとう。ではお先に行きますね!」
そうテファの耳元で小さく囁くと言霊の聖女ツインは、物凄く不安な顔をするラエルロットの手を半ば強引に強く引きながら歩くとサンプル体の少女達の皆が元気よくはしゃぎたわむれる野の花が咲く中へと急ぎ誘導する。
スタ・スタ・スタ・スタ・スタ・スタ……!
「ハア、ハア、ハア、ラエルロットのお兄さん、早くみんなのいる所まで来てください!」
「おい、いい加減に手を離せよ、ツイン一体どういうつもりだ。この忙しい時になんでこんな所にわざわざ俺を連れて来るんだ。今はお前たちと共にはしゃいでいる時間はないんだが!」
物悲しくも優しい日の光が夕焼けとなり山の下へ隠れようとしているそんな広い草原の中で何かを悟った言霊の聖女ツインは静かにある事をラエルロットに言う。
「ラエルロットのお兄さん、私からも改めてお礼を言わせてください。見ず知らずの私達の為に命を賭けて力を貸して下さり本当にありがとうございました。ついに本来の目的を果たす事のできたお姉さまも心の底から喜び安堵をしている事でしょう。これでやっと楽になれます。私達も笑顔でここから旅立つ事ができます」
神妙に語るツインの言葉にラエルロットは訳が分からないとばかりに大いに焦る。
「な、何を言っているんだ。悪い冗談はよせよ。そ、そうだ、俺が研究施設から奪ってきた栄養生成剤はもう飲んだのか。あれを飲めば少しは体の具合も気分も良くなるかも。確かバスの中で配っただろ。あれをまた飲むんだ!」
「あれは体の調整を維持する為に一日一回飲む薬ですし、もう体の崩壊が始まっている私たちがいくら飲んでももうその進行を止めることは最初から出来ません。そう全てが手遅れなのです」
「それは一体どういう事だ。話が違うじゃないか。栄養生成剤を飲めば体の崩壊も容態も治るんじゃなかったのかよ!」
サンプル体の少女達の体は最初から死へと徐々に進んでいるという残酷な事実にラエルロットは信じられないとばかりに思わず詰め寄るが、そんなラエルロットにツインは真っ直ぐに見つめながら本当の真実を語りだす。
「ごめんなさい、ラエルロットのお兄さん、私達はあなたに噓をついていました。この研究施設にノシロノ王国側の密偵が入り込んでいるという情報が流れた時からダクト所長はその証拠隠滅を図る為に一週間前から一日一回は常に飲まないといけないと言われている栄養生成剤を人知れず止めて、私達の誰もが摂取ができないようにされていたのです。この薬は一日でも欠かさずに飲まないと一週間から二週間以内にこの体は朽ちて死亡してしまうという命に関わるお薬なので、私達が死亡したのを確認してから、後に研究員達が私達の七色魔石を回収する算段だったのでしょう。そして理不尽にも直ぐに私達を殺さなかったのは、その事を知ったお姉さまが暁の力を暴走させてこの研究施設一帯を消滅させかねないという懸念があったからです。だからダクト所長は、自然死という形で私達を静かに葬りたかったのだと思います。恐らくダクト所長はここではもう人工的に聖女を作る研究はできないと思っていた節がありますから、私達の七色魔石と研究データを回収後はどこかの国に逃げ込んで、また新たに研究をするつもりだったのでしょう。でもその計画はお姉さまには筒抜けでしたから、憤ったお姉さまの提案で今回みんなで勇気を出してお外に出て見ようというお話となったのです。ここにいるみんなは生まれてから一度もお外に出たことも見た事もないサンプル体の少女達ですから、お外に出てその大自然の息吹く風に当たったり、花の生命あふれる匂いを嗅いだり、暖かなお日様の光を肌で感じたりする事が唯一の希望でありそして夢でした。だから最後はここに来られて本当によかったと、ここにいる皆が思っているはずです。最後の最後に死に場所がここで本当によかった。これで私達はなんの悔いもなく笑顔で死んで行けます。だからラエルロットのお兄さんが悲嘆にくれたり後悔をして悲しむ必要はありません。何度も言いますが、ラエルロットのお兄さんに出会う前から私達は最初から死ぬ運命だったのです」
しみじみと語るツインの衝撃的な言葉にラエルロットの頭の中は理解が追いつかず真っ白になる。
「そんな馬鹿な話があって溜まる物か。俺はまだ絶対に諦めないぞ、きっとまだ対策があるはずだ。今から研究所に戻ってそれを見つけ出して来てやるから、それまで踏ん張るんだ。わかったな!」
「ラエルロットのお兄さん、まだ話は終わってはいませんよ。最後に私の話を聞いてください……」
「最後だとう?」
嫌な不安を抱きながらも思わず声に出たラエルロットの目に、夕焼けに照らされて伸びる黒い影が不気味に映る。
お互いに見つめ合いながら思わず一瞬動きが止まったラエルロットとツインの二人だったが、その二人の回りを一人のサンプル体の少女が元気よく走り回る。
だがそのサンプル体の少女は何かにつまずいたのか行き成りコケると、そのまま地面へと倒れる。
「きゃあぁ!」
ドサリ!
なんだと思い心配しながら顔を向けるラエルロットの目に飛び込んで来たのは、黒い炭となり崩れ落ちた両足を失った一人の少女の姿だった。
「あれ、おかしいな、どうしたんだろう……ああ、そうか、両足を失ったんだ。せっかく気持ちよく草原を走っていたのに……これじゃもう走れないか……ほんと残念です……」
死期が迫っていたのは分かっていたのか、自分の身に起きた事実を素直に認めたそのサンプル体の少女は特に驚くことなく冷静に今の現状を呟くが、その恐ろしい現象を間近で見てしまったラエルロットは両足を失った少女に近づくと、周りに助けをこいながら大きな声で叫ぶ。
「うわあぁぁーーぁぁ、この子の足がぁぁ、両足が黒い炭となって行き成り崩れ落ちてしまった。まさかこれが限界が来たという事なのか。だが一体なぜだ、なぜ行き成りこの子の両脚は黒い炭となって崩れ落ちたんだ。一体なぜだぁぁ。は、まさか?」
そう言いながらラエルロットは思わず茜色に空を染め上げる山々の上に浮かぶ夕焼けを見る。その太陽の光が何らかの悪い影響をサンプル体の少女達の体に与えている事にようやく気付く。
「太陽の光……そうか、だからサンプル体の少女達は常に暁の聖女の光に直接当たらないように気をつけていたのか。もしも曲がり間違ってその太陽の光を浴びてしまったら、サンプル体の少女達の体は光の粒子や灰や砂や炭といった物となって朽ちて無くなってしまうから。だからこそ研究員達はサンプル体の少女達はたとえ何があってもこの施設からは絶対に逃げられないと高をくくっていたのか。そう言えばテファも他のサンプル体の少女達の前では無暗にその暁の能力を絶対に使わなかったよな。だからか、ちくしょう、ここに来たのは失敗だった!」
その驚愕の事実を知ったラエルロットは大きな声で叫ぶ。
「みんな早く来てくれ。少女が……ここに倒れている少女がかなりやばい事になっているんだ。だからとにかく来てくれ。もう両足を失っているんだ。早く、早くこの子を誰か助けてくれ。だれか、だれかぁぁぁ!」
涙目となり酷く焦り驚きながらも、直ぐにその少女を抱きかかえようとしたラエルロットだったが、抱きかかえようとした瞬間、両足を失った少女の体は真っ黒な消し炭となり、その場から一気に消滅する。
「馬鹿な……馬鹿な……こんな事があって溜まる物か。ついさっきまで元気に夕焼けが広がるこの草原を楽しそうに走り回っていたのに……ウソだ、こんな事は噓に決まってる」
驚き焦りながらも今度は周りに目をやると今まで花を摘んだり、楽しげに会話をしていたはずのサンプル体の少女達は皆地べたへと倒れ込み、その体は段々黒い消し炭へと変わりじわじわと消滅していく。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁーー、少女達が、少女達の体が消し炭になっていく、消滅していく……みんな一体何をしているんだ。彼女たちが……サンプル体の少女達が大変なんだ。早く少女達を太陽の届かない建屋の中に隠さないと。レスフィナ、タタラ、ミランシェ、早く来てくれ。一体何をしているんだ!」
消滅していく少女達を目の当たりにしながら何もできないでいるラエルロットはただ呆然とうわごとのように叫びながら黒神子レスフィナに助けを求めて振り返るが、レスフィナを始めとしたエマニュエ大神官・ダグラス試験官・蛾の妖精のルナ・白魔法使いのタタラ・そして異世界召喚者の池口里子を入れた六人は建屋の入り口付近でただ黙って押し黙ると、その少女達の身に起きている悲惨な事実を静かに見ているだけだ。
その何とも言えない悲しげな表情でただ黙って見ているだけのみんなの行動にラエルロットは、なぜみんなは直ぐに動いてくれないのかと正直苛立ちと歯がゆさを感じていたが、考える暇すら与えないとばかりに今度が近くにいるはずの言霊の聖女ツインが力なくその場へと倒れる。
ドサリ!
その倒れる音に気付いたラエルロットは直ぐに駆け寄りうつ伏せに倒れている言霊の聖女ツインの容体を見るが、その両足と両腕はいつの間にか黒く変色し、まるで壊れた人形のようにひび割れた体のいたる所からは細かい消し炭が崩れ落ちる。
「そうか、もう私はここで死ぬんですね。どうやらここが私の終着地点のようです。でもここまでこれて……本当に良かった」
「ツ、ツイン、大丈夫か。うわぁぁあぁーーもう手足が崩れて消し炭になっている。一体どうしたらいいんだ。そうだ、早くツインを日陰に……建物の中に連れて行けば体の崩壊は止まるかも知れない。早く、早く、ツインを建屋の中に連れて行かなくては!」
そんな事を叫びながらラエルロットはツインの体をそっと持ち上げようとすると、まるで壊れやすい麩菓子のように上半身と下半身が腰から真っ二つに折れる。
「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁーー、ツインの、ツインの体がぁぁぁぁ!」
「ラエルロットのお兄さん、色々とありがとう。この後私が死んでもお兄さんは平気だよね」
「え?」
「だって弱い人々の為に戦う正義を志す勇者だもん、きっと悪い事を考えている神様にだって絶対に負けないよね。だからあなたはこんな所では、絶対に死ねないはず……そうでしょ。私達の死はお兄さんにとってはただの通過点に過ぎないんだから気にしなくてもいいんだからね。私達は元々死ぬ運命だったただの人形のような物なんだから。だからラエルロットのお兄さんは何も気にしなくてもいいの。それにもう私達はお兄さんに救われたから」
「一体何を救ったって言うんだ。俺はまだお前たちを何一つ救ってはいないぞ」
ついに泣き崩れるラエルロットに、言霊の聖女ツインは優しい声で言う。
「救ったじゃない……みんなお兄さんには感謝をしてる。お兄さんの頑張りがあったからこそ、私達はこんな沢山の花のある綺麗な場所で笑顔で死を迎えることができるんだから。だから感謝をしているの」
「俺は……俺はこんな結末を望んだんじゃない。サンプル体の少女達が望む外の世界へお前たちを連れ出して、ひと目……お日様を見せてあげたかったから、だからここに連れて来たんだ。でもまさかこんな事になってしまうとは夢にも思わなかった。俺はただお前たちには笑顔を絶やす事なく生きていて欲しかっただけなのに……それなのに……」
「もう充分だよ。それにもう夢は叶ったから」
「死んでしまったら何にもならないだろ!」
誰にもはばかる事なく泣きながら叫ぶラエルロットに、言霊の聖女ツインは満遍の笑顔を作ると力を込めて言う。
「ラエルロットのお兄さん、私は信じてるから。あなたが誰もが認める勇者になって、いつか私のような不遇の者たちを救える勇者になれる日が必ず訪れる事を……絶対信じているから、これからも何があろうと絶対に負けないでね。この世界にはラエルロットのお兄さんのような、人々を思いやれる優しい勇者は絶対に必要だから……だから負けないで。あ、それと、この後の事なんだけど、何があっても絶対に絶望だけはしないでね。それでも罪の意識から後悔と悲しみにその体が闇に引きずられそうになった時は……私が守ってあげるから……お兄さんももがきにもがいて絶対に諦めないでね。絶対に守ってみせるから……絶対に……!」
「うううぅ、ツイン……死ぬな、死んじゃ駄目だ、みんなも死なないでくれ、お願いだから……」
「さ、最後に、もしも私のオリジナルに出会う事があったら伝えてください。私の分まで強く生きて幸せになってほしいって。ああ~あ、本当はもっと長く生きていろんな事がしたかったな。本当に残念です」
そうはにかみながら言うと言霊の聖女ツインの体はその場から静かに消滅し、悲しみに暮れるラエルロットの両手の中から消えて無くなるのだった。
コンクリートでできた大きな建物に類似するように聳え立つぶ厚い鉄の引き戸がゴォォォォーーという重そうな音を立てながらゆっくりと開いていく。
この錆れた鉄の腐蝕具合からして数か月は開かれてはいなかったのか鈍い音を立てながら開かれていくその鉄の引き戸は鉄が擦れる耳障りな音を空気に響かせると引き戸の外壁は軋み、大量の土煙が宙へと舞う。
そんな大きな建屋の鉄の引き戸の中からラエルロット達一行が姿を現す。
いち早く外の様子と安全の確認の為にみんなよりも先に前を歩くラエルロットは、山々の奥にゆっくりと隠れようとしている鮮やかな茜色に染まる綺麗な夕焼けの空を見ながら落ち着いた安堵の心で眺める。
もう直ぐ闇が訪れるであろう外の世界に広がる美しい光景に安堵の溜息をつくのも無理はない。なぜならバスでの移動の道中、言い知れぬ緊張と不安が常に頭をよぎっていたからだ。
実験管理室のあるエリアからバスで移動したラエルロット達一行は外へと出られるエレベーターがある通路まで来るとその場でバスを乗り捨て、付属のエレベーターでそのまま一気に地上へと上がる。
ゴオオォォォォォォォォォォォォーーン、キイィィィィィィーーン、ゴトン!
「地下三十階から一気に地上へと来たが、ここが地上一階か。まずは安全の為に俺が前を歩くぞ。それでいいな。では行くぞ」
地上一階では外へと続く通路をゆっくりと歩いてこの建屋の入り口付近の引き戸の前まで来たが、そこでダクト所長から奪ったカードキーを使い、電子ロックで施錠されている鉄の引き戸の鍵を開ける。
「これだな……」
ピィー、ガシャリ!
ピィー、ガシャリという音が辺りに響き、決して開くことのない鉄の引き戸が鈍い音を立てながら重そうに開く。
その引き戸がゆっくりと徐々に開かれていく事で、茜色に色づく暖かな眩しい光を目の当たりにしたラエルロットは明るさ溢れる外の世界に歓喜の喜びを上げていたが、よくは分からない嫌な予感が徐々に頭をもたげる。
なぜならまだ敵の残党が不意打ちとばかりにどこかに隠れて潜んでいる可能性だってあるし、テファやツインの瀕死の状態を治せる明確な治療や手段もまだなにもわかってはいないからだ。
いつテファやツインの体が砕け散り死んでも可笑しくはないこの状況に希望を見いだせないでいるラエルロットは、テファや他のサンプル体の少女達の要望をできるだけ叶える為に、皆で一度は見たいと話していた研究所の外へと足を運ぶ。
そしてついに念願叶って外の世界にようやく辿り着く事ができたのだ。
そんなラエルロットが一歩外へと足を出した瞬間、緑溢れる大自然とその山々を幻想的に照らす美しい夕焼けが全ての不安を一瞬で忘れさせる。それだけ心奪われる光景をラエルロット達一行は目にしていたのだ。
建屋からどこまでも周りに広がる草原に咲き乱れる美しい花や緑豊かな木々を揺らす清らかな風の息吹を感じながらラエルロットは更に一歩前へと出ると、赤みがかった金色に照らす夕焼けを見ながら後方にいる者たちに声を掛ける。
「みんな来てみろよ、まるで俺達の勝利と無事に外へと出られた門出を祝うかのように、綺麗な夕焼けの太陽が顔を出しているぞ。どうだ綺麗だろ。この自然溢れる草原に合うかのような、豪快で、綺麗で、清々しさを感じさせるいい景色だ。山々を照らす綺麗な夕焼けがここからは拝めるみたいだから『特にサンプル体の少女達は』じっくりとこの光景を見て行くといい。朝方からこの研究所内に飛ばされてからはいろんな苦難と厳しい出来事が幾つもあったが、いろんな人達の出会いと、その人達と一緒に力を合わせて苦難を乗り越えたかいもあり、どうにか完全な夜になる前に日が照らす太陽をみんなで拝む事ができたようだ。本当は暁の聖女が放つ光のような、美しい朝日の光を見せてやりたかったが、夕焼けに染まる幻想的な太陽の光もこれはこれで乙だし綺麗だから、見ていて損はないと俺は思うぜ!」
一番最初に外へと出たラエルロットは危険がない事を確認すると建屋の奥にいる他の仲間たちに合図を送る。するとその合図を待っていたかのようにサンプル体の少女達が皆一斉に万遍の笑顔と喜びを体全体で表しながら元気よく外へと出ると、我先にと行き成り走り出す。
その喜び溢れる初々しい姿はまさに子供その者で、前にいるラエルロットを追い越し、少し遠くに見える草原に走りよると、野に咲く綺麗な花へと到着する。
皆一心不乱にその花を積んで眺めたり、寝転んでみたりと、皆で和気あいあいとたわむれたりしながら外に出れた喜びを体全体で表していたが、その花園の中にいるサンプル体の少女の一人が笑顔でお礼と感謝の言葉を言う。
「こんなに一杯、見たこともない花が咲いているだなんてとても信じられないわ。やっぱりお姉さまの言っていた事は本当だった。私たちの知らない外の世界にはこんなにもいっぱいの色鮮やかな綺麗な世界が広がっていた。そしてついに私達はその美しい花たちを自由に鑑賞できるくらいの、ごく当たり前の権利をようやく手に入れる事ができた。これも全ては私達をこの研究所から逃がす為に奮闘し、戦ってくれたラエルロットさん達と、一度は外の世界を見せてあげたいという希望ある夢を叶える為に行動し、日頃から私達に勇気ある言葉を言い聞かせてくれた95657番のお姉さまのお陰だわ。お姉さま、そしてラエルロットのお兄さん、本当にありがとう!」
「まあ見て、綺麗なお花よ。お姉さま、ありがとう!」
「お姉さま、本当にありがとう!」
「もうその肝心なお姉さまは一体何をしているのかしら。早くお姉さまとこの景色を一緒に見たいのに……」
皆何かを含みながらも満遍の笑顔で暁の聖女テファに向けて感謝をするサンプル体の少女達にラエルロットは何か違和感を感じていたが、気のせいだと自分に言い聞かせると後から必ず来ると言っていた暁の聖女テファの方に顔を向ける。
するといつの間にか近づいて来ていた暁の聖女テファは生き絶え絶えになりながらもミランシェに左脇を抱えられながらゆっくりとその歩みを進めていたが、ラエルロットの目の前でその足をピタリと止める。
「ハア、ハア、ハア、ようやくラエルロットさんに……追い付く事が出来ました。それにしてもみんな歩くのが早いですね。こっちはもう息切れが酷いですよ」
「おいテファ、本当に大丈夫なのか。無理して外に出てこなくてもいいんだぞ。体の調子が悪いんなら大人しく建屋の中で寝ていた方がいいんじゃないのか。そんなに無理して動いたりなんかしたら体の具合がもっと悪くなるだろ。神聖力の負担にその体が耐えられないと言うのなら尚更だ。もう何度も死にかけているんだから、お前のその体を治せる研究員達を見つけ出して来るまではどこか安全な所で大人しく休んでいてくれ。わかったな!」
真剣な顔を向けながら本気で心配するラエルロットに暁の聖女テファは小さく笑顔を向けると、その優しい思いに応える。
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。せっかくラエルロットさん達が命を賭けて私達の自由の為に勝ち取って見せてくれたこの景色を、お願いした当事者であるこの私が見ない訳にはいかないじゃないですか。この夢焦がれた美しい貴重な景色を見るが為に皆希望を信じてここまで来たのですから、最後はみんなが喜ぶ姿を見ながらあの世に行かせて頂きますわ」
感謝を込めて言った暁の聖女テファの言葉に、ラエルロットは泣きそうな表情を隠すかのように顔を歪めると激しく激怒する。
「ふ、ふざけた事を言うなよ、特Aランクの特別な称号を持つ、女神様の祝福を受けている暁の聖女がこんな所で死ぬ訳がないだろ。悪い冗談はよせよ!」
「フフフ、聖女と言っても女神様の祝福も受けられずに人工的に作られた、偽物の聖女ですし、何よりこの体はもういつ崩れ落ちても可笑しくはないくらいに瀕死の状態です。ラエルロットさんも薄々は気づいているとは思いますが、どうあがいてももうこの体は持たないのです。非常に残念ですがそれが現実です」
「そんな事は、絶対にそんな事はないはず。絶対になにか方法があるはずだ。だからテファも希望を捨てずに最後まで頑張るんだ。俺がすぐにでもその体を治せる研究員達を連れて戻ってくるからよ」
もちろんテファの体の容態がかなり悪いのはラエルロットも理解してはいたが、心のどこかであの暁の聖女がそう簡単に死ぬはずがないと勝手に思い込んでいたラエルロットは、テファの体の容態がかなり深刻なのだと言う事に、ここに来てようやく理解する。
根拠のない自信に希望を抱き、テファは必ず助かると現実逃避をしていたラエルロットは、まるで厳しい現実にはじかれたかのように再び研究施設内に急ぎ戻ろうとする。
だがその行為をいつの間にか目の前に現れた言霊の聖女ツインが止める。
能力の使い過ぎで、その小さな体に限界が来ているはずの言霊の聖女ツインは、あれだけの大怪我を負いながらもまるで何事もなかったかのように元気よく健気に振る舞う。
だがそれは言霊の聖女ツインの残り少ない僅かな命を削り取るかのような命の灯火を消す行為だ。
それでも言霊の聖女ツインはラエルロットに自分の思いを告げる為に、最後の力を振り絞るとラエルロットの前へと立つ。
「こんな時に一体どこに行くつもりですか、ラエルロットのお兄さん。テファお姉さんが無理をしてでもお兄さんとこの美しい景色を共にみたいと激烈にお誘いしているというのに、まさかその好意を無視して研究所内に戻るつもりですか。それは流石に空気読めないにも程があるでしょ。それにお兄さんがいない間にお姉さまがお亡くなりになったら一体どうするつもりですか。お姉さまはラエルロットのお兄さんと一緒にこの綺麗な夕焼けの景色を共に見ていたいと切願しているんですから、その夢だけは最後に叶えてあげてください。お互いに後悔が残らないように……」
「ツイン、お前、いつ目を覚ましたんだ。いや、今はそんな事はどうだっていいか。あれだけの怪我をしたんだから、安静にしていなきゃ駄目だろ。それなのになんでここにいるんだ。体の方は大丈夫なのか。起き上がっても平気なのか!」
「まったく、今度は私の心配ですか。今言った私の言葉をちゃんと聞いていましたか。当てもないのに今どこかに逃げ去っている数少ない生き残りの研究員達を探し出すのはかなり困難ですし、あれだけ広い研究施設なんですから時間が掛かると言っているのですよ。ならここでお姉さまの望みを……お話を聞いて上げた方がいいのではありませんか。いつ容態が急変するか分からない命なのですから」
まるで年上のような態度で諭すように言う言霊の聖女ツインはどこから持って来たのかよく分からない大きな黒い日傘を杖代わりに使うと、ふらつく体をどうにか支えていたが、その日傘を隣にいる暁の聖女テファの頭上にそっと掲げる。
「はい、お姉さま、この日傘……お姉さまにあげます」
そう言うとツインは日傘の柄の部分を暁の聖女の右手にそっと握らせる。
「あ、ありがとう……?」
「お姉さま……夕焼けとはいえ、日の光はお肌の大敵ですよ。最後のその時までサンプル体の仲間たちを見ていたいというのなら……この日傘をお使いください」
「99754番……いいえツイン……あなた……」
「フフフ、お姉さま、今までありがとう。ではお先に行きますね!」
そうテファの耳元で小さく囁くと言霊の聖女ツインは、物凄く不安な顔をするラエルロットの手を半ば強引に強く引きながら歩くとサンプル体の少女達の皆が元気よくはしゃぎたわむれる野の花が咲く中へと急ぎ誘導する。
スタ・スタ・スタ・スタ・スタ・スタ……!
「ハア、ハア、ハア、ラエルロットのお兄さん、早くみんなのいる所まで来てください!」
「おい、いい加減に手を離せよ、ツイン一体どういうつもりだ。この忙しい時になんでこんな所にわざわざ俺を連れて来るんだ。今はお前たちと共にはしゃいでいる時間はないんだが!」
物悲しくも優しい日の光が夕焼けとなり山の下へ隠れようとしているそんな広い草原の中で何かを悟った言霊の聖女ツインは静かにある事をラエルロットに言う。
「ラエルロットのお兄さん、私からも改めてお礼を言わせてください。見ず知らずの私達の為に命を賭けて力を貸して下さり本当にありがとうございました。ついに本来の目的を果たす事のできたお姉さまも心の底から喜び安堵をしている事でしょう。これでやっと楽になれます。私達も笑顔でここから旅立つ事ができます」
神妙に語るツインの言葉にラエルロットは訳が分からないとばかりに大いに焦る。
「な、何を言っているんだ。悪い冗談はよせよ。そ、そうだ、俺が研究施設から奪ってきた栄養生成剤はもう飲んだのか。あれを飲めば少しは体の具合も気分も良くなるかも。確かバスの中で配っただろ。あれをまた飲むんだ!」
「あれは体の調整を維持する為に一日一回飲む薬ですし、もう体の崩壊が始まっている私たちがいくら飲んでももうその進行を止めることは最初から出来ません。そう全てが手遅れなのです」
「それは一体どういう事だ。話が違うじゃないか。栄養生成剤を飲めば体の崩壊も容態も治るんじゃなかったのかよ!」
サンプル体の少女達の体は最初から死へと徐々に進んでいるという残酷な事実にラエルロットは信じられないとばかりに思わず詰め寄るが、そんなラエルロットにツインは真っ直ぐに見つめながら本当の真実を語りだす。
「ごめんなさい、ラエルロットのお兄さん、私達はあなたに噓をついていました。この研究施設にノシロノ王国側の密偵が入り込んでいるという情報が流れた時からダクト所長はその証拠隠滅を図る為に一週間前から一日一回は常に飲まないといけないと言われている栄養生成剤を人知れず止めて、私達の誰もが摂取ができないようにされていたのです。この薬は一日でも欠かさずに飲まないと一週間から二週間以内にこの体は朽ちて死亡してしまうという命に関わるお薬なので、私達が死亡したのを確認してから、後に研究員達が私達の七色魔石を回収する算段だったのでしょう。そして理不尽にも直ぐに私達を殺さなかったのは、その事を知ったお姉さまが暁の力を暴走させてこの研究施設一帯を消滅させかねないという懸念があったからです。だからダクト所長は、自然死という形で私達を静かに葬りたかったのだと思います。恐らくダクト所長はここではもう人工的に聖女を作る研究はできないと思っていた節がありますから、私達の七色魔石と研究データを回収後はどこかの国に逃げ込んで、また新たに研究をするつもりだったのでしょう。でもその計画はお姉さまには筒抜けでしたから、憤ったお姉さまの提案で今回みんなで勇気を出してお外に出て見ようというお話となったのです。ここにいるみんなは生まれてから一度もお外に出たことも見た事もないサンプル体の少女達ですから、お外に出てその大自然の息吹く風に当たったり、花の生命あふれる匂いを嗅いだり、暖かなお日様の光を肌で感じたりする事が唯一の希望でありそして夢でした。だから最後はここに来られて本当によかったと、ここにいる皆が思っているはずです。最後の最後に死に場所がここで本当によかった。これで私達はなんの悔いもなく笑顔で死んで行けます。だからラエルロットのお兄さんが悲嘆にくれたり後悔をして悲しむ必要はありません。何度も言いますが、ラエルロットのお兄さんに出会う前から私達は最初から死ぬ運命だったのです」
しみじみと語るツインの衝撃的な言葉にラエルロットの頭の中は理解が追いつかず真っ白になる。
「そんな馬鹿な話があって溜まる物か。俺はまだ絶対に諦めないぞ、きっとまだ対策があるはずだ。今から研究所に戻ってそれを見つけ出して来てやるから、それまで踏ん張るんだ。わかったな!」
「ラエルロットのお兄さん、まだ話は終わってはいませんよ。最後に私の話を聞いてください……」
「最後だとう?」
嫌な不安を抱きながらも思わず声に出たラエルロットの目に、夕焼けに照らされて伸びる黒い影が不気味に映る。
お互いに見つめ合いながら思わず一瞬動きが止まったラエルロットとツインの二人だったが、その二人の回りを一人のサンプル体の少女が元気よく走り回る。
だがそのサンプル体の少女は何かにつまずいたのか行き成りコケると、そのまま地面へと倒れる。
「きゃあぁ!」
ドサリ!
なんだと思い心配しながら顔を向けるラエルロットの目に飛び込んで来たのは、黒い炭となり崩れ落ちた両足を失った一人の少女の姿だった。
「あれ、おかしいな、どうしたんだろう……ああ、そうか、両足を失ったんだ。せっかく気持ちよく草原を走っていたのに……これじゃもう走れないか……ほんと残念です……」
死期が迫っていたのは分かっていたのか、自分の身に起きた事実を素直に認めたそのサンプル体の少女は特に驚くことなく冷静に今の現状を呟くが、その恐ろしい現象を間近で見てしまったラエルロットは両足を失った少女に近づくと、周りに助けをこいながら大きな声で叫ぶ。
「うわあぁぁーーぁぁ、この子の足がぁぁ、両足が黒い炭となって行き成り崩れ落ちてしまった。まさかこれが限界が来たという事なのか。だが一体なぜだ、なぜ行き成りこの子の両脚は黒い炭となって崩れ落ちたんだ。一体なぜだぁぁ。は、まさか?」
そう言いながらラエルロットは思わず茜色に空を染め上げる山々の上に浮かぶ夕焼けを見る。その太陽の光が何らかの悪い影響をサンプル体の少女達の体に与えている事にようやく気付く。
「太陽の光……そうか、だからサンプル体の少女達は常に暁の聖女の光に直接当たらないように気をつけていたのか。もしも曲がり間違ってその太陽の光を浴びてしまったら、サンプル体の少女達の体は光の粒子や灰や砂や炭といった物となって朽ちて無くなってしまうから。だからこそ研究員達はサンプル体の少女達はたとえ何があってもこの施設からは絶対に逃げられないと高をくくっていたのか。そう言えばテファも他のサンプル体の少女達の前では無暗にその暁の能力を絶対に使わなかったよな。だからか、ちくしょう、ここに来たのは失敗だった!」
その驚愕の事実を知ったラエルロットは大きな声で叫ぶ。
「みんな早く来てくれ。少女が……ここに倒れている少女がかなりやばい事になっているんだ。だからとにかく来てくれ。もう両足を失っているんだ。早く、早くこの子を誰か助けてくれ。だれか、だれかぁぁぁ!」
涙目となり酷く焦り驚きながらも、直ぐにその少女を抱きかかえようとしたラエルロットだったが、抱きかかえようとした瞬間、両足を失った少女の体は真っ黒な消し炭となり、その場から一気に消滅する。
「馬鹿な……馬鹿な……こんな事があって溜まる物か。ついさっきまで元気に夕焼けが広がるこの草原を楽しそうに走り回っていたのに……ウソだ、こんな事は噓に決まってる」
驚き焦りながらも今度は周りに目をやると今まで花を摘んだり、楽しげに会話をしていたはずのサンプル体の少女達は皆地べたへと倒れ込み、その体は段々黒い消し炭へと変わりじわじわと消滅していく。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁーー、少女達が、少女達の体が消し炭になっていく、消滅していく……みんな一体何をしているんだ。彼女たちが……サンプル体の少女達が大変なんだ。早く少女達を太陽の届かない建屋の中に隠さないと。レスフィナ、タタラ、ミランシェ、早く来てくれ。一体何をしているんだ!」
消滅していく少女達を目の当たりにしながら何もできないでいるラエルロットはただ呆然とうわごとのように叫びながら黒神子レスフィナに助けを求めて振り返るが、レスフィナを始めとしたエマニュエ大神官・ダグラス試験官・蛾の妖精のルナ・白魔法使いのタタラ・そして異世界召喚者の池口里子を入れた六人は建屋の入り口付近でただ黙って押し黙ると、その少女達の身に起きている悲惨な事実を静かに見ているだけだ。
その何とも言えない悲しげな表情でただ黙って見ているだけのみんなの行動にラエルロットは、なぜみんなは直ぐに動いてくれないのかと正直苛立ちと歯がゆさを感じていたが、考える暇すら与えないとばかりに今度が近くにいるはずの言霊の聖女ツインが力なくその場へと倒れる。
ドサリ!
その倒れる音に気付いたラエルロットは直ぐに駆け寄りうつ伏せに倒れている言霊の聖女ツインの容体を見るが、その両足と両腕はいつの間にか黒く変色し、まるで壊れた人形のようにひび割れた体のいたる所からは細かい消し炭が崩れ落ちる。
「そうか、もう私はここで死ぬんですね。どうやらここが私の終着地点のようです。でもここまでこれて……本当に良かった」
「ツ、ツイン、大丈夫か。うわぁぁあぁーーもう手足が崩れて消し炭になっている。一体どうしたらいいんだ。そうだ、早くツインを日陰に……建物の中に連れて行けば体の崩壊は止まるかも知れない。早く、早く、ツインを建屋の中に連れて行かなくては!」
そんな事を叫びながらラエルロットはツインの体をそっと持ち上げようとすると、まるで壊れやすい麩菓子のように上半身と下半身が腰から真っ二つに折れる。
「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁーー、ツインの、ツインの体がぁぁぁぁ!」
「ラエルロットのお兄さん、色々とありがとう。この後私が死んでもお兄さんは平気だよね」
「え?」
「だって弱い人々の為に戦う正義を志す勇者だもん、きっと悪い事を考えている神様にだって絶対に負けないよね。だからあなたはこんな所では、絶対に死ねないはず……そうでしょ。私達の死はお兄さんにとってはただの通過点に過ぎないんだから気にしなくてもいいんだからね。私達は元々死ぬ運命だったただの人形のような物なんだから。だからラエルロットのお兄さんは何も気にしなくてもいいの。それにもう私達はお兄さんに救われたから」
「一体何を救ったって言うんだ。俺はまだお前たちを何一つ救ってはいないぞ」
ついに泣き崩れるラエルロットに、言霊の聖女ツインは優しい声で言う。
「救ったじゃない……みんなお兄さんには感謝をしてる。お兄さんの頑張りがあったからこそ、私達はこんな沢山の花のある綺麗な場所で笑顔で死を迎えることができるんだから。だから感謝をしているの」
「俺は……俺はこんな結末を望んだんじゃない。サンプル体の少女達が望む外の世界へお前たちを連れ出して、ひと目……お日様を見せてあげたかったから、だからここに連れて来たんだ。でもまさかこんな事になってしまうとは夢にも思わなかった。俺はただお前たちには笑顔を絶やす事なく生きていて欲しかっただけなのに……それなのに……」
「もう充分だよ。それにもう夢は叶ったから」
「死んでしまったら何にもならないだろ!」
誰にもはばかる事なく泣きながら叫ぶラエルロットに、言霊の聖女ツインは満遍の笑顔を作ると力を込めて言う。
「ラエルロットのお兄さん、私は信じてるから。あなたが誰もが認める勇者になって、いつか私のような不遇の者たちを救える勇者になれる日が必ず訪れる事を……絶対信じているから、これからも何があろうと絶対に負けないでね。この世界にはラエルロットのお兄さんのような、人々を思いやれる優しい勇者は絶対に必要だから……だから負けないで。あ、それと、この後の事なんだけど、何があっても絶対に絶望だけはしないでね。それでも罪の意識から後悔と悲しみにその体が闇に引きずられそうになった時は……私が守ってあげるから……お兄さんももがきにもがいて絶対に諦めないでね。絶対に守ってみせるから……絶対に……!」
「うううぅ、ツイン……死ぬな、死んじゃ駄目だ、みんなも死なないでくれ、お願いだから……」
「さ、最後に、もしも私のオリジナルに出会う事があったら伝えてください。私の分まで強く生きて幸せになってほしいって。ああ~あ、本当はもっと長く生きていろんな事がしたかったな。本当に残念です」
そうはにかみながら言うと言霊の聖女ツインの体はその場から静かに消滅し、悲しみに暮れるラエルロットの両手の中から消えて無くなるのだった。
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