白い羊と黒鉄の探偵 ~狂人達が暗躍し掲げる不可能犯罪に白い羊と黒鉄の探偵が挑む~

藤田作磨

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第五章 『喰人魔獣』 東京内で襲う正体不明の魔獣が人々を恐怖のどん底に突き落とす。黒いライオンを操る狂人・暴食の獅子との推理対決です!

5-21.人に恐怖を植え付ける暴食の悪癖

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「うっ、首筋が痛え……ここは一体どこだ。俺……どうしてこんな所にいるんだっけ?」


 薄暗い牢獄のような所で勘太郎は唐突に目を覚ます。

 一体どのくらい意識を失っていたのかは知らないが、この牛舎のような作りと室内から漂う動物の糞尿の臭いから察するにどうやら勘太郎は地下に作られた家畜小屋を改造した牢獄に捕らえられているようだ。
 今もヒリヒリと痛む首筋をさすりながら今自分が置かれている状況を確認しようと個室のトイレや鉄格子の隙間を調べる勘太郎だったが当然トイレには外に通ずる窓は無く、鉄格子の間からはとてもじゃないが体を出して通り抜ける事は出来ない作りになっていた。

 加えて自分の持ち物でもある柄系の携帯電話が無い事に気付いた勘太郎は何故自分の持ち物がないのかと一瞬焦るが、自分が舎人公園内で暴食の獅子に不意を突かれて失神させられたことを思い出すと、この空間に強制的に閉じ込められている理由を今更ながらにその肌で実感する。それほどまでに彩られた絶望的な恐怖が勘太郎の身に今まさに起きているのだ。

 視界が暗闇に慣れて来た事もありふと薄汚れたコンクリートの壁を見てみると、壁のあらゆる場所には石をこすりつけて書いたと思われる『助けて……ここから出して!』と言う文字が勘太郎の眼前に恐怖となって広がる。
 その文字の数はおびただしく、その助けを求める言葉を目にしただけで勘太郎の心は激しく乱れ、心臓の鼓動と脈拍がまるで荒波のように波打つ。
 その石や血文字で書かれたと思われる殴り書きはもはや恐怖でしか無く、以前この牢屋に閉じ込められていた人達の末路が一体どうなったのかを嫌でも想像してしまう。

 そんな事を考えながら他にこの牢屋からでられる所はないのかと必死に探し回った勘太郎は、壁に書かれた嘆きの文字と、牢屋に備え付けてある個室のトイレ以外は何も無いことを確認する。

「ここからは出られないのか」

 そう呟いた勘太郎は今度は鉄格子に捕まりながら外の様子を確かめようとするが、牢屋の中から見える室内には夥しいカラのお菓子の袋がゴミとなって至る所に散らかっている現状が嫌でも目に入る。

 鉄格子の中から外を見た感じではこの物凄く広く大きな部屋は四角形のような作りになっていて、その四つの角にはそれぞれ牢屋が一つずつ存在するのが見て取れる。そしてその四つの牢獄の中から見える中央の広場には円形にして約300センチくらいの大きな穴が不気味にその口を開けており、その地の底から上へと登り漂ってくる血と何かの腐敗臭の臭いが勘太郎の嫌な予想を絶対的な確信へと変えていた。
 そんな恐怖に飲まれそうな心を無理矢理に奮い立たせながら、勘太郎は自分の牢屋の位置から見える一番奥の右側の正面と、その左側の端の角に見える二つの牢屋をマジマジと見る。
 その牢屋のいずれかの中にもしかしたら自分と同じような境遇の人が捕らわれているかも知れないと思ったからだ。

 それらを確かめるために勘太郎は目を細めるが、残念ながら勘太郎のいる位置からは左側の牢屋の中に人がいるかどうかを確認する事は出来ない。だがもし、自分と同じように城島茂雄が殺されずに捕らえられているのだとしたら、この部屋の牢屋の中にいる確率がかなり高いと言う事になる。
 勘太郎は城島茂雄がまだ生きている事を心の底から願いながら、その安否を確認する為に彼の名を呼ぶ。

「城島さん、城島さんはいますか。もしいたら返事をして下さい!」

 その勘太郎の呼び掛けに(勘太郎から見て)目の前の一番奥右端の牢屋から、城島茂雄がのそのそと鉄格子の前にその姿を現す。
 だがその姿は物凄く憔悴しきっていて、まるで何かを悟ったかのように何もかもを諦めた……そんな雰囲気を漂わせていた。
 自分が気絶をしている間に一体ここで何があったのかは知らないが、少しでも有益な情報を聞き出す為、勘太郎は目と声の届く範囲に現れた城島茂雄に向けて話し掛ける。

「城島さん、大丈夫ですか。舎人公園で倒れている城島さんを見た時はその安否を確認する事は出来ませんでしたが、どうやら無事だったようですね。良かった」

「いい訳がないだろう。俺も気がついたらこの薄汚い密室の馬小屋のような所に監禁されていたんだからな。臭うし・汚いし・変な虫が飛んでるし、俺としては早くここからおさらばしてこの場所を警察に早く通報したいと思っているんだが、この鉄格子に掛かっている錠前を開ける事が出来なくてな、途方に暮れている所だよ。休みの時はいつも持ち歩いているリュックや一眼レフカメラもあの暴食の獅子に全て取られてしまったようだからそのまま紛失してしまったらどうしようと思っている所だよ」

「この命に関わる大事な時に、持ち物を紛失したらどうしようって……そういう問題ですか」

「ああ、そう言う問題だよ。何故なら俺のリュックには今までに取り貯めて現像した数々の動物の写真がアルバムとしてコンプリートされていて、その資料はこの世に二つと無い代物になっているし。データ保存機能のある最新の一眼レフカメラの方は、もうデータとしてかなりの枚数を保存しているから、そのデータを犯人に消されやしないかと心配で心配でならないんだよ!」

「自分の同僚を目の前で殺され、今は自分の命すらも危ないと言うのに、一眼レフデジタルカメラの……保存してある写真のデータの心配ですか」

「いいだろう別に。俺にとっては動物の生き生きとした生命の輝きをこのデジタルカメラに収めるのも立派な仕事なんだよ。まあ、趣味が高じた副業だがな!」

「そ、そうですか……まあいいでしょう。それで、俺は一体どのくらいの時間、気を失っていたんですか?」

 その勘太郎の問いかけに城島茂雄は、右腕に巻かれている腕時計を見ながら直ぐさま答える。

「そうだな、俺が舎人公園で最後に誰かにやられて気絶したのが22時くらいだから約8時間くらいは経っていると言った所だろうか。だから今は、狂人ゲーム四日目の朝の六時丁度と言った所だ」

「今は朝の六時で……あれから約8時間くらいは寝ていただってぇぇぇ!」

 結構長い時間の間気を失っていた事に勘太郎は驚きと不安を見せる。何故なら自分は暴食の獅子にその身を捕らえられて、今もその命を握られている事を今更ながらに実感したからだ。
 勘太郎はその事実を受け止めながらも更に話を聞き出す。

「それで、城島さんはいつ頃目覚めたんですか」

「そうだな、目覚めたのが深夜の2時くらいだから約4時間前くらいには目を覚ましたんじゃないかな。その後は色々と脱出を試みては見たんだが、どの手段も上手くはいかなくてね。もう疲れ果てている所だよ」

「そうですか、どの手段も上手くはいきませんでしたか。ついでに不思議に思ったんで聞きますが、その腕時計は犯人に没収されなかったんですか。僕は携帯電話を没収されたと言うのに?」

「はい、没収されなかったみたいです。腕時計くらいはいいと犯人がそう判断したのではないでしょうか。普通に外部と連絡が取れる携帯電話とただ時間を見る腕時計とじゃその危険度は明らかに違いますからね」

「まあ、確かに。それで、この部屋にいるのは俺と城島さんの二人だけですか」

「いいや、俺達の他に、後二人ほどこのフロアーに捕らえられている人がいるみたいです。おい、他の隅の牢屋にいる獣医師の貝島浩一さんと犬のブリーダーの犬飼剛さん、出て来て返事をしろよ!」

 その城島茂雄の言葉に、勘太郎から見て左側の両方の角に貝島浩一と犬飼剛がその姿を鉄格子越しに現す。どうやら二人はそれぞれ一人ずつ各角に設置されている牢屋に閉じ込められているみたいだったが、勘太郎はその姿を一人しか確認することが出来ない。
 何故なら左斜めの牢屋にいる貝島浩一の姿はどうにか確認する事はできたが、犬飼剛の方は勘太郎から見て左側の牢屋に閉じ込められている為その姿を確認する事は出来ないからだ。その現状を踏まえたとしても今現在この部屋にいるのは4人の人質だけと言う事になる。
 当然の事ながら獣医師の貝島浩一や犬のブリーダーの犬飼剛とは初対面の勘太郎はこの二人が重要な容疑者として警察署で取り調べを受けていた事を当然知るよしも無いが、その事実を知っている城島茂雄が二人の名前やその素性を代わりに話し出す。

「黒鉄さんこの二人は、昨日の昼頃に事件の容疑者として本庁までわざわざ来て貰った獣医師の貝島浩一さんと犬のブリーダーの犬飼剛さんという二人です。昨日は、ず~と取り調べ室から出して貰えずまだ警察署の中で監禁状態でいるはずなのですが、なぜこの二人がこの密室に捕らえられているのかが分かりません。いつ警察署を出てその後は暴食の獅子に捕まったのか、その経緯が今も分からないのですよ」

「分からないって、今この部屋の中にいるんだから二人に直接聞けばいいじゃないか?」

「聞ける物ならとっくにそうしていますよ。どうやら二人は両手を後ろ手に縛られて、しかも口には猿ぐつわを噛まされて喋れないようにされているらしいです」

「二人とも両手と口を同時に封じられていると言う事か。俺と城島さんはそんな事はまだ無いのに」

「俺達2人を空室だった牢獄に閉じ込めたにも関わらず忙しくてその姿をまだ現してはいないようですが、どうやら暴食の獅子の方は今は余程余裕がないようですね。何せ貝島浩一さんや犬飼剛さんの口や手を縛っていく余裕があったにも関わらず、俺達2人をここに連れて来た時にはもう既にその余裕は無かったのですからね。それだけ犯人も見えないところで警察に追い詰められているのかも知れませんね」

「追い詰められているか、確かにそうなのかも知れないな。あの黒いライオンの正体も本当は本物のライオンに似せて作られた……ライオンの本革を被ったただの犬だったからな」

「その何気なく呟いた勘太郎の言葉に話を聞いていた城島茂雄がビックリした顔を鉄格子に向けながら話し掛ける。

「あの黒いライオンの正体がただの犬だと言うのですか……それは本当ですか。見たのですか、あの喰人魔獣の正体を……間近で!」

「ああ、見たよ。確かに大きいし見た目は物凄くおっかないが、中々愛嬌のあるいい犬だったぞ。物を食べる姿も豪快で気持ち良かったしな」

「そ……そうですか。あの世間を騒がせていたあの黒いライオンの正体はただの犬でしたか……そいつは凄い情報を掴む事が出来ましたね」

「ああ、あの時、ゴロ助の方から俺に近づいて来てくれて本当に助かったぜ。もしそうしてくれなかったら今も俺はあの黒いライオンの正体に気付かなかったからな」

「ゴロ助……ああ、そのライオンもどきの犬のことですね。そうですか。なら下田七瀬刑事はその大きな犬に噛み殺されたのでしょうか?」

「いいや、違うな。あの下田七瀬刑事の首筋に残っていた大きな噛み跡はもっと大きな口と牙で一噛みの元に頸動脈と喉の気道を潰されて、その後は物凄い力でそのまま食い破られている。そんな芸当は例えあのライオンに似せて作られたゴロ助にも出来ない芸当だぜ。何故なら犬の噛む力とライオンの噛む力とじゃ全く比較にならないからな。それに顎の作りや筋肉や骨格だって違うだろうしな。例え外見や姿形を真似ても流石にその身体的中身までは変えられないと言うことさ。それに俺は昨夜ゴロ助の口の中を見てみたが、牙は普通の犬の大型犬より少しでかいだけで、本物のライオンの牙には遠く及ばなかったぞ」

「じゃ昨夜は、下田七瀬刑事は一体何に喉を噛み切られたんだ。あの下田七瀬刑事が襲われたあの現場には黒いライオンもどきの他に本物のライオンもいたと言う事なのか?」

「城島さん……」

「だってそう考えなかったら流石に説明がつかないだろう。仮に黒鉄さんの言う用にその黒いライオンの正体がただの犬だったとしても、昨夜あの晩に確実に下田七瀬刑事の喉笛を食い破ったライオンがその場にいた事は確実だからだ。その死体に残されている歯形やライオンの毛や糞尿がその証拠だ。一体暴食の獅子はどんな方法で本物のライオンを舎人公園に出現させて、人を襲わせ……その後は姿を眩ませているんだ?」

「それこそが見えざるライオンを操る暴食の獅子の魔獣トリックの最大の要であり、正体の全貌だとあの羊野が言っていたが、そう考えるとやはり俺達は知らず知らずの内にあの暴食の獅子を追い込んでいるのかも知れないな」

「まあ、現実には俺達の方があの暴食の獅子にかなり追い詰められていますがね。このままじゃ本当にあの暴食の獅子に殺されちゃいますよ。早くなんとかしてここから抜け出さないといけませんね。そう、あの暴食の獅子が帰ってくる前に!」

 その城島茂雄の話を聞いていた貝島浩一と犬飼剛の二人はまるで狂ったかのようにウガウガと騒ぎ出すが、距離が遠いうえに両腕と口を封じられているので何を言いたいのかが今一伝わって来ない。

「この二人が警察署を出て今ここにいると言う事は、昨日の内に誰かの手により警察署から密かに連れ出された可能性が非常に高いな。だからこそその口や手を封じられているのかも知れないな」

 そう自分の考えを勘太郎が口にした時、お腹を押さえながら行き成り城島茂雄が訴える。

「行き成りこんな事を言うのもなんですが、俺は今……物凄く大きい方をしたくなったから、ちょっとトイレに駆け込ませて貰うよ。やはり昨日の十九時過ぎに食べた、あの焼き肉の食い放題が腹に当たったのかな。今にして思えばあの時、生で馬刺しも食べたから……それがもしかしたら腹に当たったのかも知れないな。と言うわけで話の途中だがちょっとトイレに行かせて貰うよ」

「と、トイレって……城島さん」

「す、すまん。話はまた後でな!」

 そう言うと城島茂雄はお腹を押さえながら直ぐに後ろにある個室のトイレへと駆け込んで行く。


 その五分後。

 全くしょうが無いな、これからどうするかは城島さんがトイレからでて来た時にでも決めるか。

 城島茂雄のトイレ待ちをしながらそんな事を考えていると、勘太郎が閉じ込められている牢屋の左壁を隔てた外側から、誰かが階段を降りてくる音がギシギシと聞こえて来る。
 その階段を軋ませながら降りてくる音に左の壁の先に地上に出られる階段があることを初めて知った勘太郎は、そのずっしりとした足取りで降りてくる人物の登場に思わず体を震わせる。
 その緊張が伝わったのか、ついさっきまで鉄格子の前で何やら必死に騒いでいた貝島浩一と犬飼剛の声がいつの間にかピタリと止み、その気配を感じられない程にその気配は静寂をはらんでいた。恐らくは犯人の気配を察知して牢屋の一番奥に逃げ込んでいるのだろうと勘太郎は推察するが、まるで二人は最初からこの場にいなかったかのようにその存在は見事にかき消えていた。

 一体どうしたんだ。貝島浩一さんと犬飼剛さんの声や気配が全く感じられなくなったぞ。もしや今このフロアーに向けて階段を降りてきている人物に心当たりがあるから牢屋の奥にその身を引っ込めたのか。それほどまでに二人が恐れるその人物とは一体誰なんだ。やはり俺達をここに閉じ込めた犯人なのか?

 一段一段ゆっくりと階段を降りてくるその謎の人物の靴音を聞きながら勘太郎は、その未知なる恐怖に心を震わせながらただひたすらに待つ。

 カツン……カツン……カツン……カツン……カツン……カツン……バタン!

 つ、ついに来たか。俺を気絶させた奴とは……暴食の獅子の姿とは……一体どんな奴なんだ?

 緊張しながら考える勘太郎の視界の左側には、大きな布袋を担いだ大柄の男がその姿を現す。

 生活感溢れる様々なゴミが散らかるこの広いフロアーに堂々と立つその男は、精巧に作られたライオンのマスクを深々と被りながら、その異様な迫力と不気味な姿をその場にいる勘太郎に見せ付ける。
 体には汚らしい作業着のような繋ぎを着こなし、腰には電気警棒をぶら下げていることから、勘太郎はその電気警棒で気絶させられた事を軽く想像する。

 その特質すべき姿を一目見た勘太郎はこの男が暴食の獅子である事を直ぐに理解すると、今度はその男が肩に担いでいる白い布きれを巻いた物体に注目する。
 何故なら暴食の獅子が肩に担いでいる白い布きれが巻かれた物体は何故か小刻みに動いていたからだ。
 その形からしてその物体の中身はどうやら人間である事を直ぐに見抜いた勘太郎は、フロアーの中央に向けて再び歩き出す暴食の獅子の行動に警戒をしながらその姿を目で必死に追う。

 暴食の獅子がゆっくりとした足取りで中央に空いている大きな穴の前まで来ると、その担いできた物体を下に置きながら巻いている布きれを豪快に取り外す。
 その布きれの中から姿を現したのは神奈川県にある市の保健所で働く磯谷令一と言う男なのだが、勿論勘太郎は彼とは初対面なので彼の事は何も知らないようだ。だがこれから何かが起こることは確実なので勘太郎は生唾を呑みながら鉄格子越しに犯人と人質となっているその男を見守ることにしたようだ。が……そのつもりだったが、その人質になっているその男の怯えきった現状を見た勘太郎は無謀にもつい犯人に向けて啖呵を切ってしまう。

「おい、こっちを向け! 行き成り出て来て俺を無視してんじゃねぇよ。お前が喰人魔獣を操る円卓の星座の狂人・暴食の獅子だな。こんな所に人を連れて来て、その担いで来た人に対して一体これから何をするつもりだ!」

 震えながら発した勘太郎の強めの言葉に、暴食の獅子は被ってあるライオンのマスクを向けながら荒々しい言葉で答える。

「クククク、ようやく目覚めたようだな、黒鉄の探偵。この目の前にいる男をどうするかだって、勿論この下にいるライオンの餌になって貰うんだよ」

「な、なんだって。だってあの黒いライオンは偽物だろう。だったら本物のライオンなんてここにいるわけがないじゃないか」

「果たしてそうかな。よ~く考えて見ろよ、黒鉄の探偵。俺がどこからか運んで来た死体には必ずライオンに食われた歯形や爪痕や毛や唾液が付いていたんじゃないのか。そしてそれらを調べた結果、その噛み跡といった証拠は全て本物だったと警察は認めていたよな」

「そ……それじゃ……」

「ああそうさ。お前が偶然にも暴いたようにあの黒いライオンは確かに俺が丹精を込めて作り上げた偽物のライオン……つまりはただの大型犬の犬だが、この下にいる奴は偽物とは違うぞ。俺が五年前に闇のルートで買った嘘偽りのない本物のライオンだ。そのライオンに今から餌を与えるのだよ」

「え、餌だとう。まさかそこにいるその男を下にいるライオンに生きた餌として与えるつもりじゃないだろうな!」

「ああ、まさしく餌として今から与えるつもりだよ!」

「なっ、なにぃぃぃぃぃ!」

 暴食の獅子が発した驚愕の答えに勘太郎は心の底から恐怖を覚える。内心では泣いてしまいそうな心を何とか押し殺し、勘太郎は足をガタガタと震わせながらも暴食の獅子の行動を止めようと話し掛ける。

「よ、よせ、警察の資料によれば、黒いライオンが各公園にその痕跡を残して行った証拠の中には足跡や毛や糞尿と言った類いの物があったが、その下で飼っている本物のライオンの毛や糞尿を回収してそれらを使っていたのか。だからこそ人間の骨があの糞には混じっていたんだな。だとするならば同時に犬の骨も見つかっているんだから犬もライオンの餌として与えていたはずだ。ならそこにいる人間をわざわざ餌として与える事はないんじゃないのか。保健所やブリーダーから闇で仕入れた犬の死体を餌として与えていたとも最新の資料には書いてあったぞ。だったらその犬を餌として与えたらいいじゃないか!」

「フフフフ、何を言うかと思えばそんな事か。俺は何もライオンが腹を空かしているからこの男を餌として与えようとしているのではないのだよ。この男は俺との繋がりをゲロりやがったからその罰としてライオンの餌になって貰うんだよ。要はこれ以上余計な事を話させない為の口封じをするつもりなのだよ。後個人的に人がライオンに食われる姿が好きなんだよ。泣き叫びながら体を引き裂かれ肉食動物に捕食されるその姿はまさに生死を賭けた人が絶望へと至る姿を描いた芸術品と言ってもいいだろう。だから俺はその食われる瞬間を逃すまいとデジタルビデオやカメラでその瞬間の一部始終をいつも記録しているのだよ。最初は犬や豚といった生きた動物を餌にしてライオンがどうやって獲物を襲い喰らうのかを見て楽しんでいたんだがそれだけでは楽しめなくなってな。更なる刺激を求めて仕方なく生きた人間を餌にして楽しむ事にしたのだよ。やはり生きた人間を誘拐してきてライオンの餌として与えるのが一番スリリングで楽しいぜ。何せ人間は他の動物たちと違って、表情豊かで死にゆく際は無様で絶望的な様々な表情を俺に見せてくれるからな。これはもう絶対に辞められない娯楽だぜ!」

「暴食の獅子……貴様と言う奴は……」

「そう怒るなよ、黒鉄の探偵。これは俺の趣味趣向であり、辞められない性癖なのだよ。果たしてこの磯谷令一と言う男はライオンに捕食される時は一体どんな声で泣いてくれるのかな。今から楽しみでならないぜ!」

「それがお前がこの五年間の間に人をライオンに食わせて殺害した動機の全てか。くだらない……そんなお前の下らない怒れた趣味趣向や悪癖の為になんの罪のない無関係な人間が死んでいったのか。許さない、許さないぞ、狂人・暴食の獅子!」

「ハハハハ、俺をどう許さないと言うのだ、黒鉄の探偵。今現在囚われの身のお前の命を握っているのはこの俺なんだぜ。俺の機嫌を損ねるような発言はしない方が身のためだな。もしそれを怠れば次のライオンの餌は間違いなくお前になるのだからな。まあ、少しでも長生きをしたくばお前よりも先に捕らえられている男達のように物陰に隠れてブルブルと震えているんだな。こいつらも最初は威勢がよかったが、捕まえていた人間を一人ライオンに食わせてその断末魔の悲鳴を聞かせてやったらすっかり大人しくなったよ」

「この異常者め。人が肉食動物に食われる姿を見て興奮を覚えるだなんて、ハッキリ言ってお前は病気だよ。一度精神科に行って見て貰った方がいいんじゃないのか!」

「ハハハハ、こんな楽しい興奮を、生き甲斐を何故辞められる。俺はこの狂人ゲームに勝ってあの狂人・壊れた天秤から特別な権利を獲得するんだ!」

「特別な権利だとう?」

「この狂人ゲームで警察側がもし負けたらそのペナルティーとして他の狂人達の手により凡そ100人くらいの人間が無差別に殺されるのだが、その殺しを全て俺にやらしてくれると言う特約を得られる予定なのだよ。もしそうなったら俺は人間を毎日このライオンに襲わせて殺す事が出来るという特権を得られるのだからな。そして当然のことながら警察にこの行為を止める手段はないのだよ。なにせこの狂人ゲームに俺が勝ったら日本各地にいる他の狂人達が生きた人間を俺のアジトまで絶えず連れて来てくれる契約になっているからな。これ程面白いことはないぜ。だからこそ俺は白い羊と黒鉄の探偵、お前達に狂人ゲームを挑む事に決めたのだよ。まああの白い羊の狂人に関わる事はかなりリスキーで正直厄介な事だが、お前を人質に出来た事でこれからの転回をかなり有利に運ぶ事が出来るかも知れないから正直助かっているよ。黒鉄の探偵というカードを手に入れた時点であの白い腹黒羊と交渉が出来るだろうからな。もしも俺がビンチになったらその時はお前を人質の切り札として使わせてもらうよ!」

 その暴食の獅子が何気に発した言葉の意味を勘太郎は考える。

 なるほど、羊野が俺を一人で舎人公園に行かせたのは、例え俺が暴食の獅子に捕まっても直ぐには殺されない事を羊野自身が知っていたからだ。だから安心して俺を一人で行かせたんだな。だとするならば緑川を車に置いてきたのは正解だったな。羊野の奴は緑川の身の安全までは考えてはいないだろうからな。いや違うな……もしかしたら俺が保険のために緑川を駐車場に残して一人で行動する事も羊野は予測していたのかも知れないな。それにあの緑川が用意したリュックサックのふざけた中身だって、もしかしたら緑川ではなく、羊野の奴が緑川に任せて遠回し的に俺に持たせた品物なのかも知れない。何故ならあいつは最初からあの黒いライオンを犬かも知れないと疑っていたからな。だからこそあのGPS機能付きのアプリの入ったスマホを俺に送ったのか。もしかしたら金にがめつい俺がそのスマホを見たら必ずポケットに入れるか、もしくは黒いライオンに接触したらそのスマホをその黒いライオンの体の何処かに入れるだろうと、俺の性格や考えからそう導き出したのだろう。あの思慮深い羊野の奴が考えそうな事だぜ。それにこの緊急事態に気付いた緑川が当然車で尾行をして羊野の奴にも当然知らせているはずだから、俺が今ここにいることは知っているはずだ。だから心配は無いと思うんだが、このままでは目の前にいるあの男の命が危ない。あの男を助けるには一体どうしたらいいんだ。

 そんな事を考えながら勘太郎がジタバタしていると、暴食の獅子が行き成り電気警棒を腰から抜き放ちながら勘太郎のいる鉄格子に向けて叩き付ける。その瞬間激しい電流のスパーク音と激しい閃光がほとばしり、勘太郎は思わずコンクリートの地面へと倒れてしまう。

「うわあぁぁぁ、な、何をする!」

 ガッキィィィィーン。バチバチ……ビリビリ……バチバチ……ビリビリ!

「ハハハハ、何を考えているのかは知らんが無駄だぞ。この男は今からライオンの餌になるのだ。その絶望的な悲鳴を黒鉄の探偵、お前にも聞かせてやるよ。共に死にゆく者が奏でる断末魔のハーモニーを堪能しようぜ!」

「やめろ、やめるんだ。暴食の獅子!」

 その勘太郎の必死な叫びに自分の今置かれている状況を理解したのか磯谷令一は猿ぐつわ越しに「うぐうぐうううううう! うぐ、うぐうううううう!」と叫びながら必死にジタバタと暴れるが、その抵抗を暴食の獅子は電気警棒の一撃で止める。

「うるさいな、大人しく下にいるライオンに食われろや!」

 バッチン……バチバチバチ……ビリビリ!

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ついに猿ぐつわが外れたのか、磯谷令一の声が悲鳴となって辺り一面にこだまする。その絶叫は恐怖と絶望を誘い、これから訪れるであろう残酷な死に取り乱し錯乱をしているようだ。

「お願いだ! 助けて、助けて下さいぃぃぃぃ、ライオンの餌にはしないで下さいぃぃぃ、お願いだよ。何でもするから、命ばかりは助けて下さいぃぃぃ!」

「ハハハハ、ダメダメ、お前はここで死なないといけないんだ。このフロアーにいる他の生存者達にも俺に逆らったら一体どうなるかと言う見せしめもかねてな」

「そんな、そんな、嫌だ、死にたくない。誰か、誰か助けてくれ! 誰かあぁぁぁ!」

「うるさいな、とっとと食われろや!」

 そうぶっきらぼうに言い放つと暴食の獅子は下で待ち構えているライオンに向けて磯谷令一を下へと突き落とす。

 ドン。

「うわあぁぁぁ、嫌だぁぁぁぁ! 」

「やめろおぉぉぉぉ!」

 ついに落とされた磯谷令一の声が下で待ち構えているライオンのいる穴の中へと消えて行く。
 その1~2秒後、ドスンという地面に落ちる音を聞いたかと思うと、勘太郎は直ぐに磯谷令一が叫ぶ大絶叫を嫌でも聞くハメになる。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁーぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあっぁあああぁぁぁあぁあああぁあっぁぁぁぁあぁあっぁあっぁぁあぁぁぁあぁ!、痛い、痛いよ。食べない……食べないでぇ! うぎゃあぁぁぁぁぁ……だ……誰か……助け……ぇ……ぅぅ!」

「ガルルルル!」

 バリボリ……バキバキ……グチャ、ブッチン……ガリガリ……ボリボリ……ガリガリガリガリ……グッシャ……ボリバキ……バクバク……ゴックン。

 肉を引き裂き骨を噛み砕く音が壁に反響し穴の底から聞こえてくると、磯谷令一の悲鳴はついに全く聞こえなくなる。その下から上へと空気に乗って漂う血の臭いで磯谷令一の死を確信した勘太郎は中央の穴の前にいる暴食の獅子を激しく睨み付けるが、当の暴食の獅子の方は穴の方にデジタルビデオを向けながらその凄惨な死に様を保存機能に収めていた。

「すげぇー、すげぇー、すげぇーぞ、俺のライオンよ。なんて迫力のある食いっぷりだ。あの磯谷令一とかいう生きのいい餌のお陰で、また新たな捕食シーンがこのデジタルビデオに撮れたぜ。これは保存のしがいがあるという物だぜ!」

「おまえは本当にこんなことを繰り返しているのか。殺した者達に対してすまないとか言う罪悪感はないのか!」

「ないな、そんな物は。第一なんで餌となる物達に罪悪感を抱かないといけないんだ。この世は野生動物の世界と同じで弱肉強食なんだから、弱い奴は……いいや、俺に騙された奴は当然死んでもいいんだよ。その強者の権利を俺はあの壊れた天秤から貰っている。俺が円卓の星座の狂人になることによって俺の強者たる最高の権利は認められているのだよ。この暴食の獅子と言う二つ名も……黒いライオンをいかにも操っているように見せ掛ける魔獣トリックも全ては俺が百獣の王と呼ばれているライオンに少しでも近づき、そしてそのライオンに成り切る為だ。その為だったら俺はいくらでも非情な人間になるぜ!」

「わからん? お前の言っている理屈が思考が全く理解が出来ないぜ。お前のその自己中で自分勝手な望みのために今までにもいろんな数多くの人が、何故自分がこんな死に方をしなけねばならないのかと思いながら、お前が飼っているそのライオンに無残にも食い殺されていったのか。その中には当然今も行方不明になっている人間がもしかしたらいるのかも知れない。そんな人達の無念を晴らすためにももうこれ以上、お前に人は一切殺させはしないぞ! 勿論下にいるライオンにももう人の肉は一口たりとも食べさせはしないぜ!」

「ハハハハ、威勢はいいようだが今のお前に何が出来ると言うんだ。お前には何も出来やしないさ。まさか自分は何を言っても食われないと思って安心しているようだが、だがお前の口を黙らせる方法なんぞいくらでもあるぞ。例えばだ、お前の発言に気を悪くした俺がついでにもう一人、人質をお前の目の前で食い殺すと言ったらどうする」

「な、なんだとう……」

 その暴食の獅子の脅しの言葉に勘太郎が顔を青ざめながら絶句していると、階段を降りてきた一匹の黒いライオンがその姿を現す。
 黒いライオン擬きこと喰人魔獣はいそいそと暴食の獅子の前まで来ると、何やら怯えながらも主人でもある暴食の獅子の足へと頬ずりをする。

「ク~ン、クゥゥ~ン……」

 その喰人魔獣の行為に暴食の獅子は目を血走らせながら烈火の如く怒り出す。

「このクソ犬が、俺の邪魔をしているんじゃねえよ。今は大事な人の捕食シーンの撮影の真っ最中だぞ!」

 そう激しく激高すると暴食の獅子は、黒いライオンもどきの犬をなんの躊躇も無く豪快に蹴り飛ばす。
 その暴食の獅子の蹴りを腹部に受けた喰人魔獣は後ろへと吹き飛び、その倒れた犬に目がけてついでとばかりに手に持っている電気警棒の電流を流し込む。。

 ビリビリ……バチバチ……ビリビリ……バチバチ!

「ク~ン!」

「ク~ンじゃねえよ。いつも本物のライオンになりきれと言っているだろうが、何故分からないんだこのボケナスがあぁぁ! 『 喰人魔獣56号』大体お前があの時、黒鉄の探偵に近づきすぎたからそのライオンの秘密も黒鉄の探偵にバレてこんな面倒くさい事になっているんじゃないか。こうなったのは全部お前の失態だ。56号、お前が忠実で頭のいい犬じゃなかったらとっくの昔にライオンの餌になっている所だ。お前よりも最初の番号を持つ犬達のようにただの餌になりたくなかったらしっかりと黒いライオンをこれからも演じるんだな。例えお前が壊れてもその代わりなどいくらでも作れるのだからな!」

 その血も涙もない暴食の獅子の言葉に流石の勘太郎も思わず食ってかかる。

「お前の私利私欲の為に必死で頑張っているゴロ助に向かってなんだその態度と言い草は。大体その喰人魔獣はお前の相棒であり、しかもかけがえのない仲間じゃないのかよ!」

「いいや、こいつは俺が仕掛ける魔獣トリックを成功させる為に使っているただの道具だよ。俺はこの五年間の間に喰人魔獣シリーズを1号から70号まで育成し作ったが、56号からしたの番号を持つ犬達は全て処分してしまったよ。だから今現役で使える喰人魔獣は56号から~60号くらいまでと言った所かな。61号から~70号まではまだ教育と過激な肉体強化による訓練で育成中だから使えないし、本当に黒いライオンを作り出すのは手間と時間が掛かるぜ!」

「あの首輪の番号は……そうか、お前はその犬達に名前を与えてはいないんだな」

「わざわざこの犬達にそんな上等な物を与える必要はないだろ。この犬達はこの俺の欲望と快楽を実現させてくれるただの道具であり、そして手段だ。だからその飼い主でもある俺がこの犬達をどう扱おうと誰も文句は言えないという事さ。そうだろう黒鉄の探偵。それなのにお前は……確かゴロ助だっけ。この喰人魔獣がクビに付けている首輪の番号からその安直な名前を思いついたのだろうが、敵の……いや犯人の所有物にわざわざ名前を付けてやるとはお前もけったいな事をする奴だな。こんな甘い奴にあの白い腹黒羊がなぜ黙って従っているのかは知らないが、逆にそんなお前を利用してあの白い腹黒羊や日本の警察の目を欺いてこの狂人ゲームを制限時間まで逃げ切ってやるぜ!」

「逃げ切れる訳がないだろう。俺を人質に出来たからと言ってそれは変わらないぞ。暴食の獅子、お前はここで捕まるんだ!」

「ふん、無駄な負け惜しみをいいおって、俺の正体やこのアジトの場所はまだ見つかってはいないんだぞ。それなのになぜそんななんの根拠もないハッタリを噛ませるんだ。その希望あふれる勇気は一体どこから出て来る! 確かにこの56号がお前に近づきすぎてその正体を見破られたが……」

「その自分が発した言葉に暴食の獅子は思わずはっとする。

「近づきすぎただとう。一体56号と黒鉄の探偵はどのくらいの距離まで近づいたんだ? ま、まさか!」

 そう思った暴食の獅子は咄嗟に喰人魔獣56号の腹の辺りを弄る。そのライオンの毛皮の中から出て来たスマートフォンを見た時、暴食の獅子の体はナワナワと震え出す。

「56号……きさまぁぁぁ、こんな通信機器を仕込まれるくらいに人に接近を許しているんじゃねえよ!」

 そう激高しながら電気警棒が振り下ろされ、首筋に当たった喰人魔獣56号の体は感電しながらもコンクリートの地面へと倒れ込む。

「ク……オン……」

「クオンじゃねえよ。ライオンがそんな泣き方をするかよ。この馬鹿犬があぁぁぁぁぁ!」

 そう叫びながら再び電気警棒の一撃を振り下ろそうとする暴食の獅子に勘太郎が更に大きな声で叫ぶ。

「いい加減にしろ。自分を主人と慕ってこれまで尽くしてくれた犬に、なぜそんな酷いことが出来るんだ。俺は今までいろんな狂人達と出会って事件を解決に導いて来たが、お前ほど自己中で残酷な狂人は見たことが無いぜ。だがその異常なお遊びも今日で終わりだ!」

「く、黒鉄の探偵、してやられたわ。まさか喰人魔獣56号の纏うライオンの毛皮の中にスマートフォンが隠されていたとはな、これは油断をしていたよ。まさかこの犬の正体がまだハッキリとしない状況下の中でこのライオンそっくりの喰人魔獣56号に接触する事が出来る距離まで近づく事が出来ただなんて、黒鉄の探偵……お前の勇気を少し過小評価していたよ。本当に恐れいったぜ! そんな訳で俺もお客さんが仰山来る前にいろいろと準備をしなくてはならない事が増えてしまったな。ここに来る警察共は精々二十数人と言った所か。狂人ゲームの真っ最中だからこれ以上の数の警察の応援は当然来ないだろうし、他の気性の荒い喰人魔獣達を使って一斉に襲えば、この場は何とか切り抜けられるはずだ。後はこのアジトを捨てて身を隠せばこの狂人ゲームは俺の勝ちになるのだ。その為にももう一人くらいは人質の間引きをして置かないとな。流石に人質4人は多すぎるからな。はははは、なら一体誰にしようかな」

「やめろ、暴食の獅子。もうこれ以上無駄に罪を増やすのはやめるんだ!」

「うるせえぞ、黒鉄の探偵。俺はその気になったらこの下にいるライオンをも自由に動かすことが出来るんだぜ!」

「この期に及んでまだそんな嘘を言っているのか。お前の魔獣トリックはそこにいるゴロ助の正体が見破られた事によって全てが明らかになったんじゃないのか」

「果たして本当にそうかな。1日目に葛西臨海公園であの三匹の警察犬達が黒いライオンの追跡中に三匹ともその場で首を食い破られているだろうがよ。3日目の昨夜に女の刑事の首をその場で噛み砕だかれた事は一体どう説明がつくのかな。この場所にその3匹の警察犬やその女刑事を連れて来たら死亡推定時間や状況証拠といったアリバイが合わないからな。と言う事はこの下にいるライオンを直に動かして外に連れ出す以外に道はないだろう。そうさこの俺は本物のライオンをも実は操れるのだよ!」

「それが……羊野が言っていたもう一つの魔獣トリックの謎か!」

「なんだとう?」

「羊野の奴が言っていたんだ。この魔獣トリックにはもう一つの側面があるって!」

「白い腹黒羊……羊野瞑子……本当に食えない狂人だぜ。なるほど、あの壊れた天秤がその手腕を高く買っているのも頷ける。なら早く事を急いだ方がいいようだな。よし決めたぜ。口減らしの為の次のライオンの餌は警察関係者の警察犬の訓練士、城島茂雄に決めたぜ!」

 そう言い放つと暴食の獅子は急ぎ足で城島茂雄のいる牢屋の鉄格子を開けると、その姿を堂々と探す。

 いない……奴はどこだ?

「やめろ、やめるんだ。人質なら俺一人がいれば十分だろう。他の関係の無い人達は見逃してくれ。そうすれば人質を解放したお前の株は上がるだろうし、この場から逃げる際のその身だって随分と軽くなるはずだ!」

「残念ながら今更世間や警察の目なんて気にしてはいないさ。人質を解放してもしも捕まった際は少しでもその罪を軽くしようだなんて最初から思ってもいないし、考えてもいないよ。て言うかもう既に五十数人くらいは殺しているから今更罪を軽くしようだなんて思わないさ」

「なら、だったら最初に俺をライオンの餌にすればいいだろう!」

 その勘太郎の自己犠牲とも言える無謀な言葉に暴食の獅子は思わずせせら笑う。

「ハハハハ、いい、いいね、黒鉄の探偵。つい思わず言ってしまったにしては勇気ある無謀な発言だと俺は思うぜ。だが自分の命ももしかしたら危ないかも知れないと言うこの緊迫した状況でその言葉が出るだなんてまさにこの狂人ゲームの主人公に相応しい台詞だな。流石は黒鉄の探偵と言った所か。だがそんなお前の勇気や努力もその無力さと共に無駄になるのだ。その誰も助けられない無力さと責任を感じながらもだえ苦しむといい! 城島茂雄はこの奥にあるトイレの中だな。トイレに入ったはいいが、この俺の出現にビビってトイレの個室から出てこれないでいると言った所か」

 まるで獲物をもて遊ぶかのように散々焦らした暴食の獅子は牢屋の一番奥に行き個室トイレのドアを勢いよく開けるとそのまま中に入り、トイレの個室に隠れていると思われる城島茂雄に向けて電気警棒の電流を流し込む。

「そんな所に隠れて逃げおおせるとでも思っているのか。往生際の悪い奴め。今この電流の一撃をくれてやるぜ!」

「ひぃぃぃぃぃ、助けて……助けて下さい!」

「いや許さん、お前は直ぐにライオンの餌にしてくれるわ。俺は卑怯な臆病者は嫌いだからな!」

「そんな、いやだぁぁぁぁ、いやだぁぁぁぁ、誰か助けてくれ! 黒鉄の探偵ぇぇぇー助けてぇぇ!」

「うるさいぞ。これでも食らえや!」

 ビリビリ……バチバチ……ビリビリ!

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」

 トイレの個室の中にいるのでその姿は全く見えないが、城島茂雄の必死な叫び声が勘太郎の耳にも恐怖となって伝わってくる。その必死な叫びも虚しくその個室トイレの中から激しい電流音が聞こえると、その瞬間城島茂雄の声は嘘のようにピタリと鳴り止む。

 一体城島さんはどうなったんだ?

「城島さん!」

 流石に心配になった勘太郎が城島茂雄の名前を呼ぶと、その声に応えるかのように個室のトイレから出て来たのは布袋に包まれた城島茂雄だった。暴食の獅子は布袋に包んだ城島茂雄を肩に担ぎながら堂々と勘太郎のいる鉄格子の方に向けて歩いてくるのだが、その袋からブラブラと出ている二つの足を見た勘太郎はその足が城島茂雄の履いているジーンズと靴だと言う事を直ぐに理解をする。

「暴食の獅子、当然城島さんは生きているんだろうな」

「ああ、気絶をしたようだがな。まだ殺してはいない。まだ今はな。それに今し方こいつにも重要な役割が出来てしまったようだ」

「重要な役割だとう、それはどう言うことだよ?」

「どうやらあの西園寺長友警部補佐がここの場所を嗅ぎつけたようだ。なので例えお前を人質として連れて行ってもあの西園寺長友警部補佐はお前を見捨てるかも知れないからな。だからこそ同じ警察関係者でもあるこの城島茂雄を体のいい人質として利用させてもらう事にするよ」

「あの西園寺長友警部補佐がここに来ただとう。まさか一人でか?」

 暴食の獅子は手に持つスマートフォンの画面を見ながら、今置かれている現状を話し出す。

「ああ、玄関の監視カメラに無線で接続しているスマホの画面に映っているのはあの西園寺長友警部補佐、一人だけだ。奴は一人で、人が誰も寄り付かない廃墟となったこの牧場の跡地にその足を踏み入れたようだ。なら喰人魔獣達をけしかけて数で囲んで奴を襲い、そのまま西園寺長友警部補佐もライオンの餌にしてやるぜ。この地下にいるライオンの檻の隣の部屋から他の喰人魔獣を3匹程連れて行くから、56号お前はここで黒鉄の探偵を見張っているんだ。いいな、わかったな。お前は他の喰人魔獣よりも遙かに賢いが如何せん獰猛な攻撃性が全くないからな、ガチの戦いには全然使えない。だからこその留守番だよ。人に噛みつく事もろくに出来ない臆病者の犬は戦闘では全く役に立たないし使えないからだ。全くお前は本当に根性無しの駄目犬だぜ。しかもそんなお前が何故かあの黒鉄の探偵に懐くとはな。一体どう言うつもりかは知らんが、いつかお前が本当に使えなくなったら真っ先にライオンの餌にしてやるぜ!」

「主人の命令にも反して……人に危害を与えることを頑なに拒む犬か。暴食の獅子……その犬はお前が思っているような根性無しの犬ではないと俺は思うぞ。ゴロ助は賢くて、勇気もあって……人をいや、生き物を思いやれる優しい心を持った犬だ。そのゴロ助の誇りある行為を行いを馬鹿にする奴は俺が許さないぞ!」

「ハハハハ、黒鉄の探偵、犬コロに信念とか人を思いやれる心なんて有るわけがないだろう。ただ犬はオオカミのように社会性のある動物だから、その上下関係にはうるさいんだよ。と言う事は犬の上下関係でもこの56号は最弱と言う事になるな。なにせ勝ち残る為にその牙を他の仲間の犬達にも向けられないのだからな。となればやはりこの56号は仲間を蹴落として上を取ることの出来ない。惨めな負け犬と言う事になるのかな。ハハハ!」

「もういい、お前にはゴロ助の素晴らしさはわからないよ」

「はははは、では西園寺長友警部補佐を噛み殺す事が出来たらまたここに戻ってくるよ。それまで大人しくしているんだぞ。黒鉄の探偵!」

 そう小馬鹿にしながら暴食の獅子は城島茂雄を担いだまま地上に続く階段を登って行くが、勘太郎は暴食の獅子が再びこの地下フロアーに帰って来る前にこの絶望すべき状況からどうにかぬけだそうと思案を巡らすのだった。
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