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第七章 『狂人・壊れた天秤からの挑戦状』 短い制限時間の中で繰り広げられるオルゴールが関わる奇っ怪な密室殺人に白い羊と黒鉄の探偵が挑む!
7-8.未だに解らない密室トリックの謎
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8
「丸谷英字を殺した犯人の正体も気になるが、一番の謎はやはりこの部屋の密室殺人をどうやって実現可能にしているかだ。スペアーの合鍵は大屋さんでもある管理人の戸田幸夫が持っているのと、丸谷英字の死体の傍に落ちていたこの部屋の鍵だけだ。あの壊れた天秤の事だから事前に何処かの鍵屋で合鍵を作っていただなんて事は、自らの誇りとトリック使いのプライドに賭けて、先ず絶対にやらないだろうからな。だとするならば丸谷英字を殺したこの犯人は死体の傍に落ちていたこの部屋の鍵を使って、まだ俺達が思いもしない方法で部屋の中に入ったか……或いはこの部屋の何処かに仕掛けられていたかも知れない仕掛けを使って窓や天井裏から侵入したとも考えられるな。いずれにせよこの密室トリックの仕掛けが解らない限り、俺達はここから前には一歩も進めないと言う事だ。だからこそこの謎だけはなんとしてでも解くんだ。解ったな、羊野!」
時刻は七時丁度。タイムリミットまで後一時間。
勘太郎と羊野は、今も尚、丸谷英字の死体がある305号室の部屋のドアの外に来ていた。
玄関前で密室トリックの仕掛けや謎を必死で考える勘太郎だったが当然のように何も思い浮かばず、行き成り捜査は暗礁へと乗り上げる。
頭を抱えながら思い悩むそんな勘太郎を尻目に鉄のドアの隙間やその隣の3メートルの高さに設置してある換気扇を調べていた羊野はどこからともなく小型の脚立を持ち出すとその上に登り、汚れた風を清浄し音も軽減させる為に取り付けてある換気扇のフィルターカバーを丹念に調べ始める。
「羊野、何気に換気扇を調べている用だが、なにか解ったか」
「いいえ、なにも。ただ換気扇に設置されている下側のフィルターカバーが少し剥がれていましたのでちょっと調べているだけですわ。なるほど、手でこじ開けると大凡十ミリくらいの隙間ができますね。この隙間を使って犯人が何か仕掛けを施した形跡があるかも知れません」
「十ミリくらいの隙間か。だがたった十ミリくらいの隙間が出来たからと言って一体何が出来ると言うんだ。実際なにもできないだろう。しかもこの部屋に通ずる換気扇までの高さは約3メートルもあるんだぞ。普通の平均的な背の高さを持つ大人の日本人は手が届かないんじゃないかな。なのでその換気扇のフィルターは誰かの手で人為的に外された物ではなく、単なる不具合か突風か地震とかで自然と外れたに過ぎないと思うぜ」
「そうでしょうか。私はこのフィルターカバーは人為的に外された物であると考えます」
「ならその換気扇のフィルターカバーの裏側に、何か決定的な証拠となる痕跡や指紋のような物は残されているのか」
「いいえ、今の所はそう言った物は何も無いみたいです」
「ならこの密室殺人事件と換気扇のフィルターカバーが外れていた事とは特に何も関係は無いんじゃないかな。それにもし仮に犯人が何らかの仕掛けを施した可能性があったのだとしても、事件当時はその換気扇は音を立てながら勢いよく動いていたそうだから、外でドアを施錠した鍵をそのまま換気扇のプロペラの間から勢いよく投げ込み。その勢いのままに鍵をリビングから洋間に戻す事はまず不可能だと思うぜ。何故なら回っている換気扇に鍵なんかを投げ込んだら絶対に鍵ははじかれてしまうからだ。それに305号室の部屋の鍵は扉を一枚隔てた洋間の中に落ちていたんだから、どんな仕掛けを施しても洋間の前にあるその木製の扉が全ての障害物を遮ってしまうはずなんだがな。なのに305号室の鍵は何故か丸谷英字の死体の傍にあった。可笑しな事もある物だぜ。第一発見者の戸田幸夫の話によれば、その木製の扉は間違いなく閉じていたと言う証言も得ているのにだ?」
「まあ、換気扇の高さは3メートルもありますし、カバーも付いていて、しかも事件の当時は換気扇のプロペラは動いていた訳ですから、鍵を投げ込む事は先ずできなかったでしょうね。でも鍵を投げ込むことは不可能でもその換気扇の傍に鍵を置く事は出来ますよね。この換気扇のフィルターカバーの裏側にそっと引っかけてその場に鍵を置く事は出来るのではないでしょうか」
「鍵を換気扇のフィルターカバーの裏側に引っ掛けて置いて、その後はどうするんだよ。まさかその鍵には予め細い紐が結び付けてあって、そのまま何かの動力を使ってその鍵を丸谷英字の死体がある洋間の中まで引っ張ったとでも言いたいのか。まあ、俺も一度はそんな仕掛けを考えては見たが、でもその紐を使った仕掛けにはいくつかの矛盾があるぜ」
「いくつかの矛盾ですか。参考程度に黒鉄さんの仮説とその紐を使ったトリックの矛盾を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか」
「いいぜ、話してやるよ。305号室の部屋の鍵に紐を括り付けたトリックの一つ目の矛盾は、動いている換気扇のプロペラの間は通れないという矛盾だ。もし紐で部屋の中から鍵を引っ張ったらその鍵は間違いなくそのプロペラと接触する恐れがあるはずだ!」
その自信満々に言う勘太郎の言葉をまるで否定するかのように羊野が付属の言葉を付け加える。
「でもよく見るとこの換気扇のプロペラ、枠から約十五ミリくらいは離れていると思いますよ。と言う事はたとえ換気扇のプロペラが勢いよく回っていたとしても何の問題も無いと言う事ですよね。なにせこのアパートの鍵は全て横に寝かせたらその厚みは僅か二ミリ程度なんですからね。プロペラの下をゆっくりと移動すれば恐らくは通れますよ」
「そ、そうか。通れるか」
「ええ、下側の隙間を這うようにして通れば、おそらくは……」
「まあ、仮に換気扇の隙間から鍵が通れたとしても、問題はその紐付きの鍵を引く動力は一体何かと言う事だな。もしも仮に犯人が部屋の外から鍵を使いドアを施錠したのだとしたらもう誰も部屋の中には入れないからだ。なら人の手では無く、動く機械や何かの動力を上手く使って鍵に括り付けてある紐を引っ張ったと考えるのが妥当ではないかな。でもそんな機械のような物は今の所はなにも見つかってはいないがな!」
「その答えを探る為にも今から丸谷英字の部屋にもう一度お邪魔をして、トリックの仕掛けを一から探してみることにしましょう。今現在赤城文子刑事も何らかの物的証拠を見つける為に部屋の中を必死に探し回っているでしょうからね。なので私達もこの話合いが終わったら一度赤城文子刑事と合流する事にしましょう。もしかしたらなにか新たな発見や証拠が見つかっているかも知れませんしね」
「新たな証拠か。もし仮にその鍵が括り付けられてある紐を引っ張っていた動力が見つかったとして、一体どうやってその鍵を丸谷英字の顔の前に都合良く落とす事が出来るんだよ。それにその細く長いと思われる紐だっていつまでもこの部屋の中に置いておく事は出来ないんだから速やかに回収をしないといけないはずだ。だが今の所はそのトリックの仕掛けに使っていたと思われる紐や仕掛けらしき物は一切見つかってはいないがな。その紐を使ったトリックの仮説を証明したいのならなんとしてでもその証拠と痕跡を見つけないとな。これが二つ目の謎だ!」
「その305号室の部屋の証拠集めは目下、赤城文子刑事が今必死で捜索中ですからね。彼女の頑張りに期待したい所ですわ」
「そして三つ目の謎は、205号室に住む、残業帰りの原本欽一が家路に帰る際に、一時五十分から二時までの間に丸谷英字が住む305号室の部屋の電気が約十分間ほど消えていたと言う証言をしている事と。306号室の住人でもあるアマチュアミュージシャンの工藤茂雄が言っていた、二時から~二時四十五分までの間に(隣の部屋の)305号室から聞こえて来たと言う白鳥の湖の音色を奏でるシリンダーオルゴールの不可思議な謎の事だ。しかもその工藤茂雄と原本欽一の二人の証言のお陰で、304号室に住む骨董品好きの阿部美香子が二時くらいに謎の男に襲われたという証言が真実である可能性が出て来た」
「なら少なくとも丸谷英字さんを殺害したというこの犯人は間違いなく深夜の一時から~二時までは確実に305号室の部屋の中にいたと言う事になりますね。丸谷英字さんの死亡推定時刻は深夜の一時から三時までの間ですから、その間に犯人は丸谷英字さんの部屋の中で一体何をしていたのでしょうね?」
「何って……ゴッホの絵の書かれてあるシリンダー型のアンティークオルゴールでも探していたか、或いはトリックの仕掛けでも仕掛けていたんじゃないのか」
「部屋の中の電気を約十分間ほど消してですか。一早くその場から逃げなけねばいけないと言う時にわざわざ部屋の電気を消さなけねばいけない理由など果たしてあるのでしょうか。それに丸谷英字さんの部屋から立ち去る際に、白鳥の湖の音色を奏でる偽物のオルゴールをその場にわざわざ置いてきた意味が解りませんわ」
「偽物って、丸谷英字の部屋の中から聞こえてきたという白鳥の湖の音色を奏でるオルゴールの事だな。だがそのオルゴールがなぜ偽物だと分かるんだよ?」
「何故って、阿部美香子さんの証言によれば、深夜の二時に白鳥の湖の音色が聞こえて来た事で丸谷英字さんの部屋を訪れた阿部美香子さんは玄関前で偶然にもその謎の犯人と遭遇をしています。その際に阿部美香子さんは犯人が持っていたというB4サイズの封筒とゴッホの絵が描かれてあるというアンティークオルゴールを目撃しています。つまりその犯人の手によりそのアンティークオルゴールは丸谷英字さんの部屋の中から持ち出されたと言う事です。にも関わらずその白鳥の湖の音色は、犯人がもう既にその場を後にしたにも関わらず二時から~二時四十五分ごろまで何故か聞こえています。でもこれって可笑しいですよね。もうその場には無いはずのゴッホの絵が書かれてあるシリンダーオルゴールの音色が何故か回りに住む他の住人達には苦情が来るくらいにしっかりと聞こえているのですから。その状況を踏まえて私の考えでは、丸谷英字さんの部屋には白鳥の湖の音色を奏でるシリンダーオルゴールは少なくとももう一つあると考えています。勿論偽物でしょうけどね」
「なに、白鳥の湖の音色を奏でるオルゴールがもう一つあるだとう。まあ、考えられない事ではないがな」
「そしてまるで人の目を欺くかのように奏でる白鳥の湖の音色の各欄にはなにか理由があると思うのですよ。そう犯人側からしたら極めて重要な理由がね」
「その理由とは一体なんだよ、羊野!」
「勿論、時間差トリックを使って、もう等に犯人の手により盗み出されているはずのアンティークオルゴールがまだ305号室の部屋の中にあると他の人達に錯覚させる為ですわ。なぜそんな事をしたのかは大体の予想は出来ますが、この謎の犯人は偶然にも遭遇した阿部美香子さんにアンティークオルゴールを持っている所を見られてしまっていますので、その事によりもしかしたらこの密室殺人の計画その物に思わぬ穴が空く事になるかも知れませんね。まあ、この犯人がその事に気付かずにアンティークオルゴールに関わる次なる行動を起こしてしまったらの話ですがね」
「アンティークオルゴールに関わる次なる行動だと?」
まるで犯人が起こす次なる行動を読んでいるかのような羊野の言葉に勘太郎が考え込んでいると、行き成り306号室の部屋のドアが開き、その中から大きなゴミ袋を抱えた工藤茂雄が現れる。
可燃ゴミと書かれてある燃えるゴミが入った透明な袋を持っていることから、今からそのゴミ袋を外にあるゴミ置き場に捨てに行くのだと直ぐに理解をした勘太郎は、会釈をしながら二人の傍を通り過ぎようとする工藤茂雄に思わず声を掛ける。
「あ、工藤茂雄さん、先ほどは部屋の中にまで上がらせて貰ってご協力のほどを感謝します。燃えるゴミを持っていると言う事は、今からゴミ出しですか」
「あ、お仕事ご苦労様です。部屋の中にある可燃物のゴミが溜まったので今からゴミを外のゴミ置き場に出しに行く所ですよ。それで捜査の方は何か進展はありましたか」
「まあ、いろいろとありましたが、私達にも守秘義務と言う物がありますからね。捜査の経過を一般人に話す訳にはいきません。すいませんがそこの所はご了承下さい」
「そうですか……そうですよね。言えないことを聞いてしまってすいません。ちょっと丸谷英字さんを殺した犯人が一体誰なのか気になった物ですからね。ちょっと捜査の進行具合を聞いてみたのですよ」
「まあ、工藤茂雄さんの部屋は丸谷英字さんの部屋の隣でもある事ですし、気にならないと言う方が嘘になりますか。ならそれは気にはなりますよね。その気持ちは解ります」
「丸谷英字さんを殺した犯人が捕まらない以上、俺も安心して眠ることができないので一早く犯人が捕まる事を祈っています。と言うわけで捜査の方は是非とも頑張って下さい。では俺はこれで失礼します」
そう言いながらゴミ置き場の方に立ち去ろうとした工藤茂雄に、白い羊のマスクを被る羊野が話しかける。
「いいじゃないですか、黒鉄さん、今から彼にもある品物を貸して貰うんですから、話せる所まで話してしまいましょうよ。別に大した情報でもないのですから」
「まあ、お前がそう言うのなら別に止めはしないが、俺に迷惑が掛からないようにしろよ」
「そこは上司であるあなたが、全責任は俺が取る! とか言うのが普通でしょ。相変わらず矮小で気の小さな男ですわね」
「ほっとけよ。お前がトラブルメーカー的に動くからだろう!」
尚も抗議をする勘太郎を無視しながら、羊野が工藤茂雄に話を聞く。
「工藤茂雄さん、実はあなたの証言を受けてあれから阿部美香子さんに会っていろいろと彼女のアリバイを聞かせて貰ったのですが、そこで新たに犯人と思われる人物が浮上して来ましてね。その男のことを調べているのですよ。その謎の男と遭遇した阿部美香子さんの話によればその男は、手には中身の詰まったB4サイズの封筒とアンティークオルゴールを持っていたとの事です」
「B4サイズの封筒とアンティークオルゴールですか。でもそれはあくまでも阿部美香子さんがそう言っているだけでその犯人の姿はまだ誰も見てはいないんですよね。なら阿部美香子さんが咄嗟についた嘘の話と言う可能性も考えられるのではありませんか。激しい口論の末に突発的に丸谷英字さんを殺してしまったか、計画的に殺したかは分かりませんが。阿部美香子さんがその犯行を隠すために居もしない犯人をでっち上げたとも考えられますよ」
「所が阿部美香子さんの証言と、工藤茂雄さん……あなたの丸谷英字さんの部屋の中から白鳥の湖のオルゴールの音色が聞こえて来たという二時から二時四十五分の証言と、205号室に住む原本欽一さんの一時五十分から二時までの間に起きた丸谷英字さんの部屋の電気が消えたという話を総合して、私達はこの犯人が本当にいた人物と考えています。いくら阿部美香子さんが嘘の証言を言っていたとしても、鍵が掛かっている丸谷英字さんの部屋に潜入して部屋の電気を消したり、白鳥の湖のオルゴールを鳴らすと言うハイリスクな事は先ずしないと思いますからね。それに一応は皆さんが話してくれた話の辻褄も合ってはいるようですし、取りあえずは第三者でもある、その謎の犯人を探してみたいと思っています」
「そうですか。俺はゴッホの絵が書かれてあるアンティークオルゴールを丸谷英字さんに盗まれた、阿部美香子さんが最も怪しいと思っています」
「工藤茂雄さんは、随分と阿部美香子さんの事を疑うんですね。確かに芸術性の高い高値の絵を丸谷英字さんに盗まれたのですからその動機は充分にあるとは思うのですが、いまいち腑に落ちないのですよ」
「なぜですか?」
「おそらくこの犯人は丸谷英字さんを突発的に殺したのでは無く、計画的に殺しているからです。もしも阿部美香子さんが丸谷英字さんを殺した犯人だったのだとしたら、まるで付き纏うかのように何度も丸谷英字さんの部屋を訪問したり、そのいざこざの光景を他の住人達に見られるような事は先ず絶対にしないと思うからです。何故なら今回のように丸谷英字さんが誰かに殺害されてしまった時には、先ず真っ先に疑われてしまいますからね。計画的に人を殺した犯人の心理としては、できるだけ殺しの動機は見えないように努めるのが普通です。でも阿部美香子さんと丸谷英字さんのいざこざはこのアパートに住んでいる住人なら誰もが知っていた」
「なるほど、だからこそ羊の女探偵さんは阿部美香子さんは犯人ではないと思っているのですね。それも一つの考えです。でも俺はシンプルに今も阿部美香子さんが丸谷英字さんを殺した犯人だと疑っています。なぜなら彼女は命よりも大事にしているアンティークオルゴールを奪い返す為だったらおそらくは手段は選ばない、そんな性格の人です。あの丸谷英字さんとの激しい喧嘩を毎回見せ付けられていたら二人の大体の性格は嫌でも分かります。それだけ彼女はゴッホの絵が書かれてあるアンティークオルゴールを大事にしていると言う事です」
「まあ、確かに阿部美香子さんの自作自演という線も考えられなくはありませんが、それは皆さんも同じですよね。だって工藤茂雄さん、あなたには自らのアリバイを証明してくれる人は誰もいない訳ですから」
態とらしくまるで疑うかのように話す羊野の言葉に、工藤茂雄は頭を掻きながら言い返す。
「まあ、確かに俺には一時から三時までの間のアリバイどころか一晩のアリバイすらもありません。ですがそれと同じように丸谷英字さんを殺す明確な動機もありませんよ。それに俺は独身の一人暮らしなんですから、アリバイを証明してくれる人がいないのはむしろ仕方が無いことだと思います」
「そうですか。やはりアリバイはないですか。じゃ疑われても仕方がありませんよね。むしろ阿部美香子さんよりも工藤茂雄さん、貴方の方が状況からして疑わしいのですが」
「はあ、全く、白い羊の女探偵さんは手厳しいな。俺は犯人ではないと言うのに。それで……最初に言っていた、白い羊の探偵さんが俺に頼みたい事とは一体なんですか。そっちの方が気になるのですが?」
「ええ、簡単な頼み事ですわ。犯人と遭遇した阿部美香子さんの証言によれば、その犯人は両手にアンティークオルゴールとB4サイズの封筒を持っていたとの事なので、あなたの部屋にもあるB4サイズの封筒を全て提示して貰おうと思いましてね、そのお願いを今からしに行こうと思っていた所だったのですよ。あなたは作詞の原稿を応募する為にB4サイズの封筒を勿論使っていますよね。その封筒を全て見せて下さい」
「そのB4サイズの封筒を全て提示して貰う為に俺の部屋を再び訪れようとしていたのか。まあ、いいさ。そのB4サイズの封筒に俺の指紋と丸谷英字さんの指紋が見つかったら、俺が犯人である可能性が出て来ると考えているのだろ。まあ、その封筒から丸谷英字さんの指紋が見つかればの話だがな」
「ふふふふ、でもあなたとここで会うことが出来てその手間が省けましたわ」
「それは構いませんが、でも俺の部屋には今までに書いた作詞の原稿が沢山あります。勿論それと平行してB4サイズの封筒も沢山ありますので、それを全部となるとかなりの枚数になると思いますよ。それでも構いませんか」
「そんなにあるのですか。夢を追う心とは中々に凄まじい物ですね。では後ほどあなたのお部屋にお伺いしてお借りするB4サイズの封筒を選ばせて貰いますので、あなたはその持っているゴミ袋をゴミ置き場に出してきて下さい」
「分かりました。取りあえずはこの燃えるゴミをゴミ置き場に出して来ますね。あ……それとB4サイズの封筒と聞いて思い出したのですが、最近は良く大屋の戸田幸夫さんもB4サイズの封筒を持ち歩いていますよ。大屋さんがこのアパートの外の草むしりや、何かの貼り紙を掲示板に貼り付けている時に何度か見ましたからね。まず間違いないです。まあ、その封筒の中身が一体何なのかは知りませんがね」
そう言うと工藤茂雄は重そうにゴミ袋を持ち上げると、そそくさとゴミ置き場の方へと歩いて行く。そんな工藤茂雄の後ろ姿を見つめていた勘太郎はある疑問を羊野に聞く。
「また、新たに出て来た工藤茂雄の証言によれば、最近大屋の戸田幸夫もまたB4サイズの封筒を絶えずこのアパート内で持ち歩いているとの事だ。つまりは戸田幸夫も容疑者候補として充分に怪しいと言う事になる」
「そうみたいですね。それに工藤茂雄さんと原本欽一さんの二人もB4サイズの封筒を持っているとの事なので、今の段階ではどちら側も充分に怪しいと思いますよ」
「だが305号室の玄関先で阿部美香子と遭遇した犯人がB4サイズの封筒を持っていたからと言って、そんなのが犯人に繋がる証拠になるのか。その犯人がゴッホの絵が書かれてあるアンティークオルゴールを持っていた理由は何となく解るが、逆にB4サイズの封筒の中身が一体何なのかが未だに謎だな。一体犯人はなぜB4サイズの封筒をわざわざ持ち歩いていたのか、気になる所だぜ。おそらくお前の考えでは、そのB4サイズの封筒から丸谷英字の指紋が出て来るのを期待しての回収なのだろうが、俺はそう上手くは行かないと思うぜ。犯人が持つB4サイズの封筒を見つけることだってかなり難しいのに、たとえ奇跡的にその封筒が見つかったとしても、その封筒は前に丸谷英字さんが触った事のある封筒だと彼らが主張をすればいくらでも言い逃れは出来るんじゃないのか。それにもう既に狂人ゲームのタイムリミットが後一時間くらいしか無いみたいだから、その間に指紋鑑定でこのアパート内にいる住人が持つB4サイズの封筒を全て調べ尽くすつもりなのだろうが余りにも時間がなさ過ぎるぜ!」
「でもこのアパートの住人達が持つB4サイズの封筒から丸谷英字さんの指紋がもし出て来たら、犯人候補はかなり絞り込めますよね。その為の篩ですわ」
赤い眼光をギラギラとさせながらその不気味さこの上ない白い羊のマスクの視線を勘太郎に向けると、羊野はポケットから直ぐさま携帯電話を取り出すのだった。
「丸谷英字を殺した犯人の正体も気になるが、一番の謎はやはりこの部屋の密室殺人をどうやって実現可能にしているかだ。スペアーの合鍵は大屋さんでもある管理人の戸田幸夫が持っているのと、丸谷英字の死体の傍に落ちていたこの部屋の鍵だけだ。あの壊れた天秤の事だから事前に何処かの鍵屋で合鍵を作っていただなんて事は、自らの誇りとトリック使いのプライドに賭けて、先ず絶対にやらないだろうからな。だとするならば丸谷英字を殺したこの犯人は死体の傍に落ちていたこの部屋の鍵を使って、まだ俺達が思いもしない方法で部屋の中に入ったか……或いはこの部屋の何処かに仕掛けられていたかも知れない仕掛けを使って窓や天井裏から侵入したとも考えられるな。いずれにせよこの密室トリックの仕掛けが解らない限り、俺達はここから前には一歩も進めないと言う事だ。だからこそこの謎だけはなんとしてでも解くんだ。解ったな、羊野!」
時刻は七時丁度。タイムリミットまで後一時間。
勘太郎と羊野は、今も尚、丸谷英字の死体がある305号室の部屋のドアの外に来ていた。
玄関前で密室トリックの仕掛けや謎を必死で考える勘太郎だったが当然のように何も思い浮かばず、行き成り捜査は暗礁へと乗り上げる。
頭を抱えながら思い悩むそんな勘太郎を尻目に鉄のドアの隙間やその隣の3メートルの高さに設置してある換気扇を調べていた羊野はどこからともなく小型の脚立を持ち出すとその上に登り、汚れた風を清浄し音も軽減させる為に取り付けてある換気扇のフィルターカバーを丹念に調べ始める。
「羊野、何気に換気扇を調べている用だが、なにか解ったか」
「いいえ、なにも。ただ換気扇に設置されている下側のフィルターカバーが少し剥がれていましたのでちょっと調べているだけですわ。なるほど、手でこじ開けると大凡十ミリくらいの隙間ができますね。この隙間を使って犯人が何か仕掛けを施した形跡があるかも知れません」
「十ミリくらいの隙間か。だがたった十ミリくらいの隙間が出来たからと言って一体何が出来ると言うんだ。実際なにもできないだろう。しかもこの部屋に通ずる換気扇までの高さは約3メートルもあるんだぞ。普通の平均的な背の高さを持つ大人の日本人は手が届かないんじゃないかな。なのでその換気扇のフィルターは誰かの手で人為的に外された物ではなく、単なる不具合か突風か地震とかで自然と外れたに過ぎないと思うぜ」
「そうでしょうか。私はこのフィルターカバーは人為的に外された物であると考えます」
「ならその換気扇のフィルターカバーの裏側に、何か決定的な証拠となる痕跡や指紋のような物は残されているのか」
「いいえ、今の所はそう言った物は何も無いみたいです」
「ならこの密室殺人事件と換気扇のフィルターカバーが外れていた事とは特に何も関係は無いんじゃないかな。それにもし仮に犯人が何らかの仕掛けを施した可能性があったのだとしても、事件当時はその換気扇は音を立てながら勢いよく動いていたそうだから、外でドアを施錠した鍵をそのまま換気扇のプロペラの間から勢いよく投げ込み。その勢いのままに鍵をリビングから洋間に戻す事はまず不可能だと思うぜ。何故なら回っている換気扇に鍵なんかを投げ込んだら絶対に鍵ははじかれてしまうからだ。それに305号室の部屋の鍵は扉を一枚隔てた洋間の中に落ちていたんだから、どんな仕掛けを施しても洋間の前にあるその木製の扉が全ての障害物を遮ってしまうはずなんだがな。なのに305号室の鍵は何故か丸谷英字の死体の傍にあった。可笑しな事もある物だぜ。第一発見者の戸田幸夫の話によれば、その木製の扉は間違いなく閉じていたと言う証言も得ているのにだ?」
「まあ、換気扇の高さは3メートルもありますし、カバーも付いていて、しかも事件の当時は換気扇のプロペラは動いていた訳ですから、鍵を投げ込む事は先ずできなかったでしょうね。でも鍵を投げ込むことは不可能でもその換気扇の傍に鍵を置く事は出来ますよね。この換気扇のフィルターカバーの裏側にそっと引っかけてその場に鍵を置く事は出来るのではないでしょうか」
「鍵を換気扇のフィルターカバーの裏側に引っ掛けて置いて、その後はどうするんだよ。まさかその鍵には予め細い紐が結び付けてあって、そのまま何かの動力を使ってその鍵を丸谷英字の死体がある洋間の中まで引っ張ったとでも言いたいのか。まあ、俺も一度はそんな仕掛けを考えては見たが、でもその紐を使った仕掛けにはいくつかの矛盾があるぜ」
「いくつかの矛盾ですか。参考程度に黒鉄さんの仮説とその紐を使ったトリックの矛盾を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか」
「いいぜ、話してやるよ。305号室の部屋の鍵に紐を括り付けたトリックの一つ目の矛盾は、動いている換気扇のプロペラの間は通れないという矛盾だ。もし紐で部屋の中から鍵を引っ張ったらその鍵は間違いなくそのプロペラと接触する恐れがあるはずだ!」
その自信満々に言う勘太郎の言葉をまるで否定するかのように羊野が付属の言葉を付け加える。
「でもよく見るとこの換気扇のプロペラ、枠から約十五ミリくらいは離れていると思いますよ。と言う事はたとえ換気扇のプロペラが勢いよく回っていたとしても何の問題も無いと言う事ですよね。なにせこのアパートの鍵は全て横に寝かせたらその厚みは僅か二ミリ程度なんですからね。プロペラの下をゆっくりと移動すれば恐らくは通れますよ」
「そ、そうか。通れるか」
「ええ、下側の隙間を這うようにして通れば、おそらくは……」
「まあ、仮に換気扇の隙間から鍵が通れたとしても、問題はその紐付きの鍵を引く動力は一体何かと言う事だな。もしも仮に犯人が部屋の外から鍵を使いドアを施錠したのだとしたらもう誰も部屋の中には入れないからだ。なら人の手では無く、動く機械や何かの動力を上手く使って鍵に括り付けてある紐を引っ張ったと考えるのが妥当ではないかな。でもそんな機械のような物は今の所はなにも見つかってはいないがな!」
「その答えを探る為にも今から丸谷英字の部屋にもう一度お邪魔をして、トリックの仕掛けを一から探してみることにしましょう。今現在赤城文子刑事も何らかの物的証拠を見つける為に部屋の中を必死に探し回っているでしょうからね。なので私達もこの話合いが終わったら一度赤城文子刑事と合流する事にしましょう。もしかしたらなにか新たな発見や証拠が見つかっているかも知れませんしね」
「新たな証拠か。もし仮にその鍵が括り付けられてある紐を引っ張っていた動力が見つかったとして、一体どうやってその鍵を丸谷英字の顔の前に都合良く落とす事が出来るんだよ。それにその細く長いと思われる紐だっていつまでもこの部屋の中に置いておく事は出来ないんだから速やかに回収をしないといけないはずだ。だが今の所はそのトリックの仕掛けに使っていたと思われる紐や仕掛けらしき物は一切見つかってはいないがな。その紐を使ったトリックの仮説を証明したいのならなんとしてでもその証拠と痕跡を見つけないとな。これが二つ目の謎だ!」
「その305号室の部屋の証拠集めは目下、赤城文子刑事が今必死で捜索中ですからね。彼女の頑張りに期待したい所ですわ」
「そして三つ目の謎は、205号室に住む、残業帰りの原本欽一が家路に帰る際に、一時五十分から二時までの間に丸谷英字が住む305号室の部屋の電気が約十分間ほど消えていたと言う証言をしている事と。306号室の住人でもあるアマチュアミュージシャンの工藤茂雄が言っていた、二時から~二時四十五分までの間に(隣の部屋の)305号室から聞こえて来たと言う白鳥の湖の音色を奏でるシリンダーオルゴールの不可思議な謎の事だ。しかもその工藤茂雄と原本欽一の二人の証言のお陰で、304号室に住む骨董品好きの阿部美香子が二時くらいに謎の男に襲われたという証言が真実である可能性が出て来た」
「なら少なくとも丸谷英字さんを殺害したというこの犯人は間違いなく深夜の一時から~二時までは確実に305号室の部屋の中にいたと言う事になりますね。丸谷英字さんの死亡推定時刻は深夜の一時から三時までの間ですから、その間に犯人は丸谷英字さんの部屋の中で一体何をしていたのでしょうね?」
「何って……ゴッホの絵の書かれてあるシリンダー型のアンティークオルゴールでも探していたか、或いはトリックの仕掛けでも仕掛けていたんじゃないのか」
「部屋の中の電気を約十分間ほど消してですか。一早くその場から逃げなけねばいけないと言う時にわざわざ部屋の電気を消さなけねばいけない理由など果たしてあるのでしょうか。それに丸谷英字さんの部屋から立ち去る際に、白鳥の湖の音色を奏でる偽物のオルゴールをその場にわざわざ置いてきた意味が解りませんわ」
「偽物って、丸谷英字の部屋の中から聞こえてきたという白鳥の湖の音色を奏でるオルゴールの事だな。だがそのオルゴールがなぜ偽物だと分かるんだよ?」
「何故って、阿部美香子さんの証言によれば、深夜の二時に白鳥の湖の音色が聞こえて来た事で丸谷英字さんの部屋を訪れた阿部美香子さんは玄関前で偶然にもその謎の犯人と遭遇をしています。その際に阿部美香子さんは犯人が持っていたというB4サイズの封筒とゴッホの絵が描かれてあるというアンティークオルゴールを目撃しています。つまりその犯人の手によりそのアンティークオルゴールは丸谷英字さんの部屋の中から持ち出されたと言う事です。にも関わらずその白鳥の湖の音色は、犯人がもう既にその場を後にしたにも関わらず二時から~二時四十五分ごろまで何故か聞こえています。でもこれって可笑しいですよね。もうその場には無いはずのゴッホの絵が書かれてあるシリンダーオルゴールの音色が何故か回りに住む他の住人達には苦情が来るくらいにしっかりと聞こえているのですから。その状況を踏まえて私の考えでは、丸谷英字さんの部屋には白鳥の湖の音色を奏でるシリンダーオルゴールは少なくとももう一つあると考えています。勿論偽物でしょうけどね」
「なに、白鳥の湖の音色を奏でるオルゴールがもう一つあるだとう。まあ、考えられない事ではないがな」
「そしてまるで人の目を欺くかのように奏でる白鳥の湖の音色の各欄にはなにか理由があると思うのですよ。そう犯人側からしたら極めて重要な理由がね」
「その理由とは一体なんだよ、羊野!」
「勿論、時間差トリックを使って、もう等に犯人の手により盗み出されているはずのアンティークオルゴールがまだ305号室の部屋の中にあると他の人達に錯覚させる為ですわ。なぜそんな事をしたのかは大体の予想は出来ますが、この謎の犯人は偶然にも遭遇した阿部美香子さんにアンティークオルゴールを持っている所を見られてしまっていますので、その事によりもしかしたらこの密室殺人の計画その物に思わぬ穴が空く事になるかも知れませんね。まあ、この犯人がその事に気付かずにアンティークオルゴールに関わる次なる行動を起こしてしまったらの話ですがね」
「アンティークオルゴールに関わる次なる行動だと?」
まるで犯人が起こす次なる行動を読んでいるかのような羊野の言葉に勘太郎が考え込んでいると、行き成り306号室の部屋のドアが開き、その中から大きなゴミ袋を抱えた工藤茂雄が現れる。
可燃ゴミと書かれてある燃えるゴミが入った透明な袋を持っていることから、今からそのゴミ袋を外にあるゴミ置き場に捨てに行くのだと直ぐに理解をした勘太郎は、会釈をしながら二人の傍を通り過ぎようとする工藤茂雄に思わず声を掛ける。
「あ、工藤茂雄さん、先ほどは部屋の中にまで上がらせて貰ってご協力のほどを感謝します。燃えるゴミを持っていると言う事は、今からゴミ出しですか」
「あ、お仕事ご苦労様です。部屋の中にある可燃物のゴミが溜まったので今からゴミを外のゴミ置き場に出しに行く所ですよ。それで捜査の方は何か進展はありましたか」
「まあ、いろいろとありましたが、私達にも守秘義務と言う物がありますからね。捜査の経過を一般人に話す訳にはいきません。すいませんがそこの所はご了承下さい」
「そうですか……そうですよね。言えないことを聞いてしまってすいません。ちょっと丸谷英字さんを殺した犯人が一体誰なのか気になった物ですからね。ちょっと捜査の進行具合を聞いてみたのですよ」
「まあ、工藤茂雄さんの部屋は丸谷英字さんの部屋の隣でもある事ですし、気にならないと言う方が嘘になりますか。ならそれは気にはなりますよね。その気持ちは解ります」
「丸谷英字さんを殺した犯人が捕まらない以上、俺も安心して眠ることができないので一早く犯人が捕まる事を祈っています。と言うわけで捜査の方は是非とも頑張って下さい。では俺はこれで失礼します」
そう言いながらゴミ置き場の方に立ち去ろうとした工藤茂雄に、白い羊のマスクを被る羊野が話しかける。
「いいじゃないですか、黒鉄さん、今から彼にもある品物を貸して貰うんですから、話せる所まで話してしまいましょうよ。別に大した情報でもないのですから」
「まあ、お前がそう言うのなら別に止めはしないが、俺に迷惑が掛からないようにしろよ」
「そこは上司であるあなたが、全責任は俺が取る! とか言うのが普通でしょ。相変わらず矮小で気の小さな男ですわね」
「ほっとけよ。お前がトラブルメーカー的に動くからだろう!」
尚も抗議をする勘太郎を無視しながら、羊野が工藤茂雄に話を聞く。
「工藤茂雄さん、実はあなたの証言を受けてあれから阿部美香子さんに会っていろいろと彼女のアリバイを聞かせて貰ったのですが、そこで新たに犯人と思われる人物が浮上して来ましてね。その男のことを調べているのですよ。その謎の男と遭遇した阿部美香子さんの話によればその男は、手には中身の詰まったB4サイズの封筒とアンティークオルゴールを持っていたとの事です」
「B4サイズの封筒とアンティークオルゴールですか。でもそれはあくまでも阿部美香子さんがそう言っているだけでその犯人の姿はまだ誰も見てはいないんですよね。なら阿部美香子さんが咄嗟についた嘘の話と言う可能性も考えられるのではありませんか。激しい口論の末に突発的に丸谷英字さんを殺してしまったか、計画的に殺したかは分かりませんが。阿部美香子さんがその犯行を隠すために居もしない犯人をでっち上げたとも考えられますよ」
「所が阿部美香子さんの証言と、工藤茂雄さん……あなたの丸谷英字さんの部屋の中から白鳥の湖のオルゴールの音色が聞こえて来たという二時から二時四十五分の証言と、205号室に住む原本欽一さんの一時五十分から二時までの間に起きた丸谷英字さんの部屋の電気が消えたという話を総合して、私達はこの犯人が本当にいた人物と考えています。いくら阿部美香子さんが嘘の証言を言っていたとしても、鍵が掛かっている丸谷英字さんの部屋に潜入して部屋の電気を消したり、白鳥の湖のオルゴールを鳴らすと言うハイリスクな事は先ずしないと思いますからね。それに一応は皆さんが話してくれた話の辻褄も合ってはいるようですし、取りあえずは第三者でもある、その謎の犯人を探してみたいと思っています」
「そうですか。俺はゴッホの絵が書かれてあるアンティークオルゴールを丸谷英字さんに盗まれた、阿部美香子さんが最も怪しいと思っています」
「工藤茂雄さんは、随分と阿部美香子さんの事を疑うんですね。確かに芸術性の高い高値の絵を丸谷英字さんに盗まれたのですからその動機は充分にあるとは思うのですが、いまいち腑に落ちないのですよ」
「なぜですか?」
「おそらくこの犯人は丸谷英字さんを突発的に殺したのでは無く、計画的に殺しているからです。もしも阿部美香子さんが丸谷英字さんを殺した犯人だったのだとしたら、まるで付き纏うかのように何度も丸谷英字さんの部屋を訪問したり、そのいざこざの光景を他の住人達に見られるような事は先ず絶対にしないと思うからです。何故なら今回のように丸谷英字さんが誰かに殺害されてしまった時には、先ず真っ先に疑われてしまいますからね。計画的に人を殺した犯人の心理としては、できるだけ殺しの動機は見えないように努めるのが普通です。でも阿部美香子さんと丸谷英字さんのいざこざはこのアパートに住んでいる住人なら誰もが知っていた」
「なるほど、だからこそ羊の女探偵さんは阿部美香子さんは犯人ではないと思っているのですね。それも一つの考えです。でも俺はシンプルに今も阿部美香子さんが丸谷英字さんを殺した犯人だと疑っています。なぜなら彼女は命よりも大事にしているアンティークオルゴールを奪い返す為だったらおそらくは手段は選ばない、そんな性格の人です。あの丸谷英字さんとの激しい喧嘩を毎回見せ付けられていたら二人の大体の性格は嫌でも分かります。それだけ彼女はゴッホの絵が書かれてあるアンティークオルゴールを大事にしていると言う事です」
「まあ、確かに阿部美香子さんの自作自演という線も考えられなくはありませんが、それは皆さんも同じですよね。だって工藤茂雄さん、あなたには自らのアリバイを証明してくれる人は誰もいない訳ですから」
態とらしくまるで疑うかのように話す羊野の言葉に、工藤茂雄は頭を掻きながら言い返す。
「まあ、確かに俺には一時から三時までの間のアリバイどころか一晩のアリバイすらもありません。ですがそれと同じように丸谷英字さんを殺す明確な動機もありませんよ。それに俺は独身の一人暮らしなんですから、アリバイを証明してくれる人がいないのはむしろ仕方が無いことだと思います」
「そうですか。やはりアリバイはないですか。じゃ疑われても仕方がありませんよね。むしろ阿部美香子さんよりも工藤茂雄さん、貴方の方が状況からして疑わしいのですが」
「はあ、全く、白い羊の女探偵さんは手厳しいな。俺は犯人ではないと言うのに。それで……最初に言っていた、白い羊の探偵さんが俺に頼みたい事とは一体なんですか。そっちの方が気になるのですが?」
「ええ、簡単な頼み事ですわ。犯人と遭遇した阿部美香子さんの証言によれば、その犯人は両手にアンティークオルゴールとB4サイズの封筒を持っていたとの事なので、あなたの部屋にもあるB4サイズの封筒を全て提示して貰おうと思いましてね、そのお願いを今からしに行こうと思っていた所だったのですよ。あなたは作詞の原稿を応募する為にB4サイズの封筒を勿論使っていますよね。その封筒を全て見せて下さい」
「そのB4サイズの封筒を全て提示して貰う為に俺の部屋を再び訪れようとしていたのか。まあ、いいさ。そのB4サイズの封筒に俺の指紋と丸谷英字さんの指紋が見つかったら、俺が犯人である可能性が出て来ると考えているのだろ。まあ、その封筒から丸谷英字さんの指紋が見つかればの話だがな」
「ふふふふ、でもあなたとここで会うことが出来てその手間が省けましたわ」
「それは構いませんが、でも俺の部屋には今までに書いた作詞の原稿が沢山あります。勿論それと平行してB4サイズの封筒も沢山ありますので、それを全部となるとかなりの枚数になると思いますよ。それでも構いませんか」
「そんなにあるのですか。夢を追う心とは中々に凄まじい物ですね。では後ほどあなたのお部屋にお伺いしてお借りするB4サイズの封筒を選ばせて貰いますので、あなたはその持っているゴミ袋をゴミ置き場に出してきて下さい」
「分かりました。取りあえずはこの燃えるゴミをゴミ置き場に出して来ますね。あ……それとB4サイズの封筒と聞いて思い出したのですが、最近は良く大屋の戸田幸夫さんもB4サイズの封筒を持ち歩いていますよ。大屋さんがこのアパートの外の草むしりや、何かの貼り紙を掲示板に貼り付けている時に何度か見ましたからね。まず間違いないです。まあ、その封筒の中身が一体何なのかは知りませんがね」
そう言うと工藤茂雄は重そうにゴミ袋を持ち上げると、そそくさとゴミ置き場の方へと歩いて行く。そんな工藤茂雄の後ろ姿を見つめていた勘太郎はある疑問を羊野に聞く。
「また、新たに出て来た工藤茂雄の証言によれば、最近大屋の戸田幸夫もまたB4サイズの封筒を絶えずこのアパート内で持ち歩いているとの事だ。つまりは戸田幸夫も容疑者候補として充分に怪しいと言う事になる」
「そうみたいですね。それに工藤茂雄さんと原本欽一さんの二人もB4サイズの封筒を持っているとの事なので、今の段階ではどちら側も充分に怪しいと思いますよ」
「だが305号室の玄関先で阿部美香子と遭遇した犯人がB4サイズの封筒を持っていたからと言って、そんなのが犯人に繋がる証拠になるのか。その犯人がゴッホの絵が書かれてあるアンティークオルゴールを持っていた理由は何となく解るが、逆にB4サイズの封筒の中身が一体何なのかが未だに謎だな。一体犯人はなぜB4サイズの封筒をわざわざ持ち歩いていたのか、気になる所だぜ。おそらくお前の考えでは、そのB4サイズの封筒から丸谷英字の指紋が出て来るのを期待しての回収なのだろうが、俺はそう上手くは行かないと思うぜ。犯人が持つB4サイズの封筒を見つけることだってかなり難しいのに、たとえ奇跡的にその封筒が見つかったとしても、その封筒は前に丸谷英字さんが触った事のある封筒だと彼らが主張をすればいくらでも言い逃れは出来るんじゃないのか。それにもう既に狂人ゲームのタイムリミットが後一時間くらいしか無いみたいだから、その間に指紋鑑定でこのアパート内にいる住人が持つB4サイズの封筒を全て調べ尽くすつもりなのだろうが余りにも時間がなさ過ぎるぜ!」
「でもこのアパートの住人達が持つB4サイズの封筒から丸谷英字さんの指紋がもし出て来たら、犯人候補はかなり絞り込めますよね。その為の篩ですわ」
赤い眼光をギラギラとさせながらその不気味さこの上ない白い羊のマスクの視線を勘太郎に向けると、羊野はポケットから直ぐさま携帯電話を取り出すのだった。
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