白い羊と黒鉄の探偵 ~狂人達が暗躍し掲げる不可能犯罪に白い羊と黒鉄の探偵が挑む~

藤田作磨

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第八章 『白面の鬼女』 大雪が降る北海道の山頂で繰り広げられる生き残りを賭けたシリアルキラーとの推理戦に白黒探偵が挑む!

8-23.事件の真相、そして対決の幕開け

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 時刻は十五時丁度。勘太郎と羊野は三階にある食堂の奥の厨房の中にいた。

 厨房ではみんなに簡単な料理を振る舞う為に山岳カメラマンを仕事とする江田俊一が炭火と薪でご飯を炊く。

 保存が聞く缶詰やレトルト食品ではあるがこの山荘ホテルの食料庫には食料が一週間分はある為、食事の心配はそんなにしなくてもいいようだ。そんな熱気が漂う炭火と厨房にこびりついた香辛料の臭いが充満する厨房では本来の料理人でもある小林さんの代わりをしようとする者が誰もいないこともあり、救助隊が来るまでの間は山岳での料理経験がある江田俊一がその役目を買って出る。

 その江田俊一は如月栄子のいた部屋の隣に部屋を借りた人物だが、昨日の夜から食事とトイレ以外は部屋に引きこもり山岳関係のコラムの記事を書く仕事に集中していたと記憶している。だが自分の部屋にいる気配は全くしなかったので何処に行ったのかと不思議に思っていたのだが、まさかみんなの為に料理を作っていた事に勘太郎は感謝の気持ちで一杯になる。

「江田さん、みんなの為に夕食を作ってくれてすいません」

「いいって事よ。俺の物書きの仕事も一通りは終わったからな。俺も気分転換がてらに料理を振る舞って、立て続いている不幸で不安がっているみんなに少しでも元気になって貰いたいからな。飯を食って満腹になれば気分も少しは落ち着くし、ここを脱出するいいアイデアも浮かぶかも知れないからな!」

「ええ、きっと登山サークル部の皆さんや、宮崎さんと島田さんも喜びますよ」

「だといいがな」

 たわわに生えている口髭に手を当てながら江田俊一は真っ黒な黒縁のサングラスの奥から見つめる視線を勘太郎に送っていたが、そんな二人のやり取りを静かに見ていた羊野は話に割り込むような形で直ぐさま話を進める。

「フフフフ、では夕ご飯の支度は江田俊一さんに任せて、私達はこの厨房内から突如として消えた、白面の鬼女の脱出トリックについての真相と……そして臨時の管理人の小林さんがなぜ白面の鬼女に真っ先に殺されなけねばならなかったのか、その訳についてもお話ししますわ」

「ああ、よろしく頼むぜ、羊野!」

 大きな鍋でご飯を炊きながら炭火の調節をする江田俊一がいる中で、羊野は勘太郎に向けて、昨日三階の食堂に現れた白面の鬼女が一体どこから現れて……そしてどうやって厨房から逃げたのかを説明する。

「昨日の十九時頃にこの山荘ホテルの厨房に行き成り現れた白面の鬼女の移動トリックの出入り口ですが、白面の鬼女はここから出入りをしていたのですよ」

 そう言いながら羊野は目の前にある一つの窓ガラスを指差す。その答えを見るなり勘太郎は思わず落胆の溜息をつく。

「その窓ガラスの事なら知っているよ。て言うか昨日白面の鬼女を追いかけている時にこの厨房内でこの窓ガラスは調べたはずだよな。いくら力を入れても……押しても引いても全く開ける事ができなかったじゃないか。窓ガラスの冊子が変形しているか、或いは引き戸その物が凍りついているのかは知らないが、この窓から白面の鬼女が逃げることは実質上不可能だという結論に至ったんじゃないのか!」

「それがそうでもなかったのですよ。て言うかこのトリックの秘密を知ってしまったからこそ、恐らく小林さんは殺される羽目になったのだと思います」

「それは一体どういうトリックだよ。一体小林さんは何を知ってしまったと言うんだ。早く説明しろよ、羊野!」

「これですわ」

 そう言いながら羊野は窓ガラスの隣に置いてある冷蔵庫から伸びているプラグ線を(壁に設置してある)コンセントから抜くと、近くにいる勘太郎にもう一度窓ガラスを開けて見るようにと促す。

「では黒鉄さん、もう一度窓ガラスを開けてみて下さい。今度はスムーズに開くと思いますよ」

「そんな訳がないだろう。さっきまでどう頑張っても全く開かなかったんだからな」

「まあ、そう言わずに」

「仕方ないな。ならもう一度だけ試してみるか。でやぁぁぁぁあぁーぁぁ!」

 大きな掛け声と共に気合いを入れ過ぎたのか力任せに開けた窓ガラスは勢いよく開き、その勢いと衝撃にスムーズに開いた窓ガラスは割れんばかりにガタガタと大きな音を立てて激しく揺れる。

 ガタガタガタガターン!

「おおぉぉ、危ねえー、余りの勢いに窓ガラスが割れるかと思ったぜ。でもまさかこんなにスムーズにあのビクともしなかった窓ガラスが行き成り開くようになるだなんて、一体どう言う事だ。羊野、一体何をした!」

「何をしたって、ただ単に壁に設置してあるコンセントからプラグの線を抜いただけですよ」

「だけどそれは冷蔵庫のプラグ線だよな。なぜ冷蔵庫のプラグ線をコンセントから抜いただけでこの冊子の窓ガラスがスムーズに開くようになったんだ?」

「この壁に設置してあるコンセントに差し込まれていた冷蔵庫のプラグ線は冷蔵庫に電気を送っていただけではなく、冊子と窓枠に仕込んでいる電気磁石のスイッチにもなっていたのですよ。だから冷蔵庫のプラグ線が壁付けのコンセントに差し込まれている時はこの窓ガラスを開ける事ができなかった。その証拠に冷蔵庫のプラグ線を抜いたら窓ガラスは開きますし、その冷蔵庫の下からはもう一つの謎の線が壁の中に消えていますからね。そして恐らく小林さんは何かの拍子にこの事に気付いたのかも知れませんね。そしてそのトリックの仕掛けを見られた事を白面の鬼女に知られてしまった。だから小林さんは真っ先に殺されたのですよ。もしも小林さんが生きていたら、白面の鬼女がこの移動トリックを使って逃げても、小林さんがこの事を直ぐに思い出して私達に知らせる恐れがありますからね」

「もしそんな事になれば、白面の鬼女は逃げている最中に俺達に追いつかれるかも知れないと考えた訳か。だからこのトリックの仕掛けを知っている小林さんが真っ先に殺されたと言う訳だな。まあ小林さんはこの日の為に雇われた料理人兼用のただの臨時の管理人だからこの山荘ホテルのことはよくは知らなかったのかも知れないが、厨房の中で仕込みの仕事をしている時にでもこの窓ガラスのトリックに気付いた可能性も充分に考えられるな。て言うかそれ以外にこの事件に全く関係のない小林さんが真っ先に殺される意味がないからな!」

「まあ、あくまでも昨日、黒鉄さんが麓に降りている内にこの厨房内を事細かく調べていた時に思った事ですけどね。そしてこの電気磁石のトリックの仕掛けを発見した時に小林さんがなぜ真っ先に殺されなけねばならなかったのかを軽く想像して見たのですよ。なら白面の鬼女がこれから逃げる通路を前もって知っている小林さんを真っ先に殺してから逃げるのがごく普通だと思いましてね。そのような結論に至ったのですよ」

「でもそれはお前の推論だけで、証拠は何もないだろ」

「まあ、そうなのですが、この窓が開かないことを一番気にしていたのは厨房に一番立つ事になる小林さんだと思った物ですから是が非でも何とかしてこの窓ガラスを開けたいと思ったはずです。なぜならいくらこの厨房内に換気扇があるとは言え、炭火や臭いのきつい香辛料を使っているのですから、一酸化炭素中毒にならないように煙をできるだけ外に逃がしたかったでしょうからね」

「そして、何かの拍子にコンセントから冷蔵庫のプラグ線を抜くことで窓ガラスが開くことに気付いてしまった。そしてその瞬間を『如月栄子さん』に見られていたと言うことか。でもお前はなんで気付いたんだ?」

「さっきも言ったように冷蔵庫の下にコンセントに刺さっているプラグ線とは別に壁に消えている別の線を見つけたからですよ」

「なるほどな。でもよこの窓ガラスを開けたとして、白面の鬼女はここから一体どうやって逃げたんだ。下は雪とは言え、ここは山荘ホテルの三階の高さにあるんだぞ!」

「簡単ですよ。先ずはコンセントから冷蔵庫のプラグ線を抜いて窓ガラスを開けてから、またコンセントにプラグ線を再度差し込みます。後は壁伝いに外へと出て再び窓ガラスを閉めれば電気磁石の磁力の力で窓枠と冊子がくっついて離れなくなります。後はこの山荘ホテルの特徴でもある壁に石が石垣のように埋まっている岩肌を利用して……まるで腕力と脚力を使うボルダリングのように石を伝って降りて一階の窓から中へと入って人知れず自分の部屋へと戻ったのです。窓は電気磁石のお陰で開きませんし、私達をこの三階にある厨房内に足止めをさせている内に下へと降りて逃げる時間くらいは余裕で稼げたと思いますよ」

「でもあの窓ガラスを開けられていたらその逃げる時間すら稼げないと思ったから、その秘密を偶然にも知ってしまった小林さんを真っ先に殺したと言う訳だな。それにこの山荘ホテルの暖房には地下から汲み上げている温泉水を使っているんだったな。その温泉水の熱を利用してパイプを通して各部屋を暖めているから電力は最小限で済むし、その熱はこの岩肌のような壁にも使われている。だからこそ凍り付く氷点下の外の気温でも壁に食い込んでいる石の岩肌は凍らないし雪も貼り付かない。そしてその壁を伝って白面の鬼女は自由に山荘ホテルの各階の窓から上り下りができる訳だな」

「はい、今も尚、岩壁が凍り付かないのはその為です」

 何やら得意げに話す羊野瞑子と見事な相槌を打ちながら答えを聞く黒鉄勘太郎の二人の説明に何気に話を聞いていた江田俊一が細長い眉をピクピクと動かしながら驚きの表情を見せる。

「なんだ、その話振りじゃ、あの如月栄子って女の人がその白面の鬼女とか言う殺人鬼なのか。その人は確か俺の部屋の隣にいた女性だよな?」

「いえ、まだそうと決まった訳ではないのですが……」

「でもそうなんだろ。この一連の殺人事件を実行し企てた殺人鬼の隣の部屋にいた俺は殺されなかっただけでも幸運に思わないといけないようだが、もしも夜更けにそいつに襲われていたらと思うと正直ゾッとするぜ!」

 小刻みに体をガタガタと震わせながら江田俊一が沸かしたお湯にレトルトの食材を入れていると、食堂の方から人の騒ぎ声が聞こえてくる。

「食堂の方が何やら騒がしいな。一体何事だ?」

「さあ、なにか合ったのでしょうか」

「ちょっと様子を見に行くか」

 何気に勘太郎が食堂に向かおうとすると、羊野が何かを確認するかのようにその行く手を止める。

「あ、時に黒鉄さん、先ほどお部屋で、古い雑誌とガムテープとサラダ油と工具を持ち出して何かをしていましたが、一体何をしていたのですか?」

 その羊野の質問に勘太郎は少しの間考えていたが、直ぐに笑顔を作りながら短く返答を返す。

「気にするな。今は食堂で起こっている騒ぎがなんなのかを確認する事の方が先だろ!」

 そう突っぱねると勘太郎は早足で食堂へと続くドアを開ける。

 ガッチャリ!

            *

 突然始まった余りの騒がしさに一体何の騒ぎかと急ぎ食堂に行ってみるとそこには登山サークル部の先輩でもある大石学部長・飯島有の二人とその回りを取り囲むかのように田代まさやと田口友子を始めとした一ノ瀬九郎・二井枝玄・佐面真子の五人がズラリと並ぶ。そしてそこから少し離れたテーブルには何やら不穏な目で事の成り行きを見守る宮鍋功と島田リリコの二人が静かに様子を伺っていた。

 そんな不穏漂う食堂の中で行き成り田代まさやの声が飛ぶ。

「大石学部長、分かっているんですよ。自分の罪を俺になすりつけようとしていた事は。如月妖子の殺しの罪を俺に着せて白面の鬼女の注意を俺に向けさせる算段だったんですね。姑息にも飯島有先輩と二人でそんな企てをしていただなんて、相変わらず汚ねぇ奴らだぜ。如月妖子の死体隠しにも仕方なく手伝った仲間である俺に対して、まさか本当に罠を仕掛けて切り捨てようとするだなんてな。この裏切りは絶対に許される事じゃ無いぜ!」

「一体なんの事だ、俺はそんな事はしてはいないぞ。それに変な事をみんなの前で口走るなよ。まるで俺が本当に如月妖子さんを殺したように聞こえるじゃないか」

「突発的な事故だったとは言え如月妖子を死なせたのは飯島有先輩だが、その直接的な原因を作った現況は大石学部長……あんただろ。あんたがこの山登りに乗じて影ながらにしつこく如月妖子にいいより更には陰湿なセクハラをしてほとほと彼女を困らせていたじゃないか。でもついに我慢が出来なくなった如月妖子が四~五年前に起きた大石学部長に関わる事件の事について説明を求められて珍しく激しい口論になっていたよな。確か……大石学部長が高校生時代にストーカー行為を起こして自殺に追いやった当時の女子生徒の話をしていたよな。そしてその騒ぎを聞きつけた飯島有先輩が大石学部長に加勢をして、女性同士で揉み合いになっていたらその勢いに足を滑らせた如月妖子がそのまま後ろに置いてあった椅子の角に後頭部を打ち付けて死亡したんだよな。その事故が起きた現場がこの食堂だぜ。一年半前の夏もその日の客は俺達しかいなかったはずだから死体をある場所に隠すのもそんなに難しくはなかったのを覚えているよ。でもその犯罪の片棒を担がされた俺達はこの一年半の間人知れず罪の意識にさいなまれながらも必死に秘密を隠して来たのに、この土壇場で俺を裏切るとはな。人を犯罪に巻き込んでおいてそれはねえーぜ。許せねーぇ、本当に許せないぜ!」

「俺と飯島さんがお前を裏切っただって……そんな事は絶対にしないしあり得ないだろ。一体誰がそんな事を言っているんだ。俺達がお前に責任をなすりつけようとしている証拠でもあるのかよ!」

「証拠ならあるぜ。俺のポケットに人知れず入れられていた如月妖子のスマートフォンだ。機種も色も一緒だし、登録されている電話番号もメールアドレスも本人の物だからまず間違いはないぜ。そしてその如月妖このスマートフォンを一年半前に死体とは別に遠くに捨ててくると言って持ち出したのは他ならぬあんただよな、大石学部長。ならそのスマートフォンが今ここにあると言う事は大石学部長がここに持ち込んだ以外には考えられないと言う事だ。違うか!」

 いきり立ちながら問い詰める田代まさやに大石学部長と飯島有は何やら渋い顔をしながら困惑と焦りの色を覗かせる。

「あのスマートフォンは壊して海に捨てたからここに戻ってくるなんてことは絶対に無いはずだ。それにそもそもそのスマートフォンは本当に如月妖子のスマートフォンだったのか? そしてそんな根も葉もないことを言っている奴とは一体だれだ。勿論、一ノ瀬九郎・二井枝玄・佐面真子・田口友子の四人の中にいるんだよな。教えろよ。俺がその嘘を問い詰めてやるぜ!」

「どうやら田代の奴はその心無い人物の妄言を信じて錯乱しているみたいだから、私も手伝うわよ。それと田代はこの山を降りたら一度精神科で見て貰った方がいいかもね。自分の妄想と現実の区別が付かないくらいに精神を病んでいただなんて知らなかったわ。この山で行方不明になった如月さんを案じて精神をすり減らしたのは分かるけど。その空想で作り上げられた事件の罪を私達になすりつけられても正直叶わないわ!」

「なんだとう、自分達の罪を棚に上げてまだそんな言い逃れをしようと言うのか。俺は如月妖子の死体の隠し場所を知っているんだぞ。それが何よりの証拠になるじゃないか!」

 ムキになって言う田代まさやの言葉に飯島有が大袈裟に驚きながら叫ぶ。

「えぇぇぇぇーーーーーーー、田代、あんた如月さんの居場所を知っているの? まさかあんたが殺してそこに如月妖子を埋めたんじゃないでしょうね。当然私達は知らないわよ。如月さんの居場所なんて。如月さんが死んでいる事を知っているって事は……田代、まさかあんたが殺したんじゃないの。そうじゃないとまず出て来ない台詞よね。殺しただなんて。そうよね、大石学部長。私達は何も知らないわよね」

「ああ、知らないな。如月さんの死体のありかなんて俺が知るわけが無いじゃないか。田代、まさかお前が何らかの理由で如月さんを殺してしまって……その罪を俺達にかぶせる為にそんな作り話をしているんじゃないだろうな。もしも如月さんを殺して、お前がどこかに埋めたのなら、素直にその罪を洗いざらい吐いた方がいいんじゃないのか」

「ちくしょう、やはり俺に全ての罪を被せる算段だったのか。化けの皮を剥いで正体を見せやがったな。大石学部長……飯島有先輩!」

「言っておくが陣内朋樹と斉藤健吾が死んだ今、証言者はお前しかいないし。お前に味方をしてくれる人は誰もいないぜ。ずる賢い犯人のお前の事だから……おそらく如月さんの死体のある場所には自分がいたという痕跡は一切残してはいないはずだ。そして如月さんが着ていたウエアには犯人の指紋がついているかも知れないから脱がして当然処分をしているだろうし。仮にあんたの証言道理に如月さんの死体が見つかっても犯人の指紋は一切出てはこないはずだ」

「そして私と大石学部長は互いにアリバイを主張すれば、疑いは晴れるけど、如月さんの死体の在処を知っていると言い張るあんたは違うわよね。なにせ私達が知らない……如月妖子さんの居場所をあんたは知っているんだから。と言う事はつまりよ……田代まさや、あんたが一人で如月妖子さんをこの食堂で殺して、その後彼女の死体をどこかに運んだとも考えられるわ。そしてその罪を今になって私達になすりつけようとしているのよ。そう、そう言う事なんでしょ。そうでしょう、田代!」

「ち、違う、俺じゃない!」

「いいや、お前が殺したんだよ。田代、いい加減に諦めろや。もしもお前が犯人なら、素直に自首をした方がいいんじゃないのか。下手な狂言と偽物のスマートフォンで罪をでっち上げて、如月妖子殺しの罪をなすりつけられても甚だ迷惑だぜ!」

 田代まさやが敵に回った事で大石学部長と飯島有は田代まさやに全ての罪を着せて知らぬ存ぜぬを突き通す事に決めたようだが、そんな修羅場と化した現場に勘太郎が緊張した面持ちでその輪の中へと入る。

「大石学部長・飯島有さん・それに田代まさやさんも落ち着いてください。今はその話でもめている時ではないでしょ。白面の鬼女の正体がまだ分からないのですからこの山を降りるまではみんなで協力をしないといけません。でないとどこかで俺達の様子を見ている白面の鬼女の術中に落ちてしまいますよ」

「田代の奴が俺と飯島さんを如月さんを殺した犯人だと言って妄言を吐くからですよ。でも『俺達の知らない』如月さんの居場所を知っているみたいですから、田代の奴が如月さんに関わる一連の事件の犯人だと思いますよ」

「ええ、私もそう思うわ。如月さんの行方不明にはきっと田代まさやの奴が関わっているのよ。きっとそうよ!」

「でも大石学部長、あなたは先ほど如月妖子さんのスマートフォンは壊して海に捨てたとか言ってはいませんでしたか。それはどう説明してくれるのですか」

「俺そんな事言ったかな。ああ、一年半前に起きた行方不明事件で山に登っている途中でその不注意から自分のスマートフォンを岩にぶつけて壊してしまいましてね、物凄い自己嫌悪に陥っていたのですが。その後海へと遊びに行った時にあの時の憤りがもたげてきましてね。訳もわからないままに物凄く腹がたったのでその腹いせにその壊れたスマートフォンを海に捨てたと言ったんですよ。行き成り田代の奴が変な事を言うからテンパって俺まで変な事を言ってしまったんですよ。ちょっと俺も田代の言動に動揺して錯乱をしていましたからね」

「そうよ、全部、田代の奴が悪いのよ。変な事を言うから!」

「くそぉぉぉー、お前達はなんて奴らなんだ。死体と化した如月さんの棺の中になぜか白面の仮面と赤いワンピースを入れて、顔にはその持ち込んだ仮面を……服の上からはその赤いワンピースを重ねて遊んでいたじゃないか。その姿を写メに撮りながらうっとりしているような異常な性癖を持った危ないストーカー男の癖に……人に自分の罪を押しつけるんじゃねえよ。許さねぇぇ、本当に許さねぇぇ!」

 怒りの表情で田代まさやがそう叫んでいると「田口さん……」と羊野に声を掛けられて田口友子が大石学部長の前に立つ。
 田口友子はまるで積年の恨みを爆発させるかのように大石学部長を激しくにらみつけながら静かに言葉を発する。

「田代まさや先輩、如月妖子さんをその棺に閉じ込める時に彼女の死亡確認はしましたか」

 その田口友子の言葉に田代まさやは直ぐさま答える。

「死亡確認も何も、この食堂で倒れて椅子の角に頭をぶつけて少しの出血をしてはいたが血はそんなには出てはいなかったと記憶している。でも飯島有先輩がいくら揺らしても全く動かない如月さんを見て頭蓋骨骨折と脳内出血を起こして死んでいると騒ぎ出した物だからそれに釣られてみんなパニック状態になって、仕方なく俺達は飯島有先輩と大石学部長に従った次第だ。あの時は飯島有先輩がもう死んでいると異常に言い張っていたからみんなも死亡確認はせずにそのまま飯島有先輩の言葉に従ったが……それが一体なんだと言うんだ。まさか如月妖子の奴は本当は生きていて、あの狭いところから這い出て、この一年半の間人知れずどこかに隠れて、俺達に復讐をする機会を伺っていたとか言わないよな。田口お前は、あの白面の鬼女の正体が本当に如月妖子かも知れないと思っているのか」

「そんな事を言っているんじゃないのですよ。聞きたいのはそんな事ではありません。田代まさや先輩、一年半前に大石学部長達と一緒に如月妖子さんをその棺とやらに入れたそうですが、その時如月さんの死体から剥ぎ取ったのは彼女の着ていたスキーウエアとスマートフォンだけですか」

「あの時はみんなパニック状態になっていて死体を隠して証拠隠滅を図る為に急いでいたからな。飯島有先輩と揉み合っている際についたと思われる指紋をかなり気にしていたからな。俺達はちゃんと手袋をはめて死体を運んだから指紋がつく心配は無かったけど、とにかく早く目撃者が現れない内に全てを終わらせたくて急いでいたから、如月さんからスキーウエアを脱がせて、スマートフォンを奪う事しか考えてはいなかったよ。スマートフォンを奪ったのは、もしも奇跡的に如月が息を吹き返したら助けを呼べないようにする為だと大石学部長は言っていたが、そもそも電波塔のないこの山の頂上じゃ携帯電話は使えないんだから、スマートフォンを奪う必要はないとあの時は思ったけどな」

「なるほど、スマートフォンをね……」

「しかもその後、如月妖子の死体の傍に(なぜそんな物を持って来ていたかは全くの謎だが)赤いワンピースを置いた大石学部長はその赤いワンピースを既に死体と化している如月の体に合わせるかのように体に重ねて笑顔で写真を撮ってかなり喜んでいるようだったが、内心俺達はその異常な光景が不気味でならなかったぜ。なにせ回りにはばかること無く奇行に走る大石学部長の異常な行動を見てみんなかなり引いていたからな。まあ人の性癖は様々だが大石学部長の個人的な死体を愛でる悪趣味には正直ついて行けないとあの時は本気で思った物だぜ」

「赤いワンピースをね……そうですか。でも大石学部長が壊したはずのスマートフォンがなぜか田代まさや先輩のスキーウエアのポケットの中から出て来ました。それは私が田代まさや先輩にそう証言をしたからです」

 その田口友子の言葉に大石学部長と飯島有が激しく睨みつける。

「田口友子、お前が有りもしないことを田代まさやに告げ口した張本人だったのか!」

「田口友子、あんた一体どういうつもりよ。私達が田代まさやを陥れる為に彼のスキーウエアの中に偽物のスマートフォンを忍ばせただなんて嘘の証言を話して!」

 激しく罵る飯島有を無視しながら田口友子は大石学部長と田代まさやに向けて話しかける。

「田代まさや先輩、ごめんなさい、あの如月妖子さんが持っていたというスマートフォンは確かに私が用意した真っ赤な偽物です。勿論大石学部長と飯島有先輩が二人で田代まさや先輩のスキーウエアのポケットの中にスマートフォンを忍ばせたという証言もみんな嘘です」

「な、なんだって!」

 その突然言われた田口友子の言葉に田代まさやは絶句する。

「でもこの話を聞いておかしいとは思いませんでしたか。一体なぜ大学一年生の私がまだ一度も出会った事のないはずの如月妖子さんが持つスマートフォンの機種やカラーの色や電話番号やメールアドレスを知っていたのか。これらの情報を知らなかったらそもそも如月さんが持っていた偽物のスマートフォンは絶対に用意は出来ませんからね。では一体私はなぜ如月妖子さんの偽物のスマートフォンを予め用意が出来たのでしょうか。て言うかそもそも私の目的は……その正体は一体何者なのでしょうか。そういう考えには至りませんか」

 その田口友子の意味ありげな言葉に話を聞いていた大石学部長・飯島有・田代まさやの三人が青い顔をしながら得体の知れない田口友子と距離を取る。

「お、お前は一体誰なんだ。なぜ如月妖子が持っていた同じ偽物のスマートフォンを持っているんだ。答えろよ、田口友子!」

「大石学部長、まだ気付きませんか。まあ、あなたは気付かないでしょうね。あなたがまだ高校生の時に陰湿なストーカー行為の末に崖から突き落として殺した女子高生の妹の存在なんて!」

「「な、なんだってぇぇぇぇぇーーーーーーーぇぇ!」」

 その田口友子の言葉にその場にいた全ての人が驚きの声を上げる。

「一年半前、まだ高校三年生だった私は、姉を殺したかも知れないというまだ疑惑と疑いのある大石学と言う男の身の回りを調べる為に、大石学と同じ大学に通い出したという当時大学一年生の如月妖子さんという女性とコンタクトを取る事が出来たんだけど、そこで彼女とは知り合う事になるわ。事前に如月妖子さんが大石学が入っている登山サークル部に加入した新人部員だと言う事を知っていた私は如月さんに近づく為に彼女がバイトで働いていた同じレストランにバイトとして就職して仲良くなり、登山に興味があるという話を口実に如月さんから大学の登山サークル部の活動内容を聞くついでにそれとなく今現在置かれている大石学に関する情報を聞き出す事ができたわ。でも登山サークル部の部員でもある大石学の話が進むにつれて、如月妖子さん自身が今現在酷い陰湿なストーカー行為に悩んでいるという話を聞き出すことになるわ。その話を聞いて居ても立ってもいられなくなった私は大石学が高校生の時に起こしたストーカー行為の事件とその末にウチの姉がノイローゼになって結果的には謎の転落事故で不幸にも死ぬことになった事を教えて、なぜ自分が大石学の事を調べているのかを詳しく説明したんだけど、その私の話に共感と仲間意識を持ってくれた如月妖子さんがいきなり私に協力すると言い出して、今度部活の活動で山に登った時に大石学のストーカー行為の証拠を掴む為にある証拠を録音する機械を持ってこの山に登ると言っていましたから、その機械も回収したのかと思いましてね」

「ある機械って一体なんの事だ。それにしてもお前があの死んだ田口礼子の妹だったとは正直驚いたぜ。名字が一緒だし、顔も何となくあの女に似ていたからもしかしたらと思ってはいたが、まさかあの田口礼子の妹が俺の周辺を密かに探っていたとは流石に思いもしなかったぜ」

 青い顔をしながら不安がる大石学部長に田口友子は更に話を続ける。

「一年半前にこの山に登る事が決まった時に、その翌日に私達二人はコンビニで待ち合わせをして、大石学の如月妖子さんにしている陰湿なセクハラとストーカー行為の証拠を掴む為に、如月さんは小型のICレコーダーと高地でも使える小型のトランシーバーの二つを持ってこの山に登っていたはずです。その機械類は必ず肌身離さず常に持ち歩くと言っていましたから、それらは回収したのかと思いましてね」

「そ、それは……」

「そうでしょうね。その反応からして回収してはいないですよね。恐らくはスマートフォンさえ奪えばたとえ棺の中で息を吹き返したとしてもそこから助けを呼ぶ連絡の手段はないと思ったのでしょうが、如月さんからのトランシーバーによる連絡が来て、数秒ですが彼女とお話しをする事ができましたから、そのまだ回収されてはいないトランシーバーと……事の顛末を……事件の一部始終を納めていると思われるあなた方の声の入ったICレコーダーも一緒に入っているはずですから、如月さんの死体を見つける事が出来たら全てが分かると思います」

「全てが分かると思いますって……ICレコーダーはともかくとして、トランシーバーの受信範囲は限られているだろ。精々長くても数百メートルだ。スマートフォンの電話じゃないんだから、そんな近くにお前はいなかったはずだ!」

 大声で叫ぶ大石学部長に田口友子は真剣な目を向けながらハッキリとした口調で答えを話す。

「簡単な事ですよ。一年半前にあの如月妖子さんがいなくなったこの山頂の山荘ホテルに、実は私も人知れず宿泊していたんですよ。事前に食料や携帯トイレを部屋に持ち込んで登山サークル部員の目を欺く為にね。どうしても私は如月さんへのストーカー行為の証拠を集めてあなたが犯している罪を認めさせたかったから。それと理不尽にも死んだ姉の無念を晴らす為にね!」

 田口友子の話を聞き、田代まさやが思わず唸る。

「なるほど、つまりは如月妖子を使って大石学部長に復讐をしようとしていたのか。全く恐ろしい女だぜ。そしてあの時この食堂で、如月さんが本来は知らないはずの田口礼子の死の真相を大石学部長に向けて激しく聞いていたのは、大石学部長に正論をぶつけて日和らせて、何とかして大石学の謝罪の言葉をその隠し持っているというICレコーダーに録音する為だったのか。でもそこに割り込んだ飯島有先輩に突き飛ばされて、その弾みで椅子に頭をぶつけて不幸にも死んでしまったがな」

 その田代まさやの言葉に、田口友子は否定の声を上げる。

「いいえ、如月妖子さんはその時はまだ死んではいませんでしたよ。先ほども言ったようにトランシーバーで数秒間だけ彼女とお話をしたと言ったじゃないですか。その一年半前に交わした如月さんとの会話がなかったら、今回お姉さんの如月栄子さんが主催したこの捜索にだって参加はしませんでしたからね」

「如月さんが実は、い、生きていただって……それは一体どう言うことだよ!」

「あなた達は如月妖子さんを死なせてしまったその死体を何処かに隠したようですが、その夜に、私が持つトランシーバーの呼び出しに息を吹き返した如月さんが出たんですよ。でも経ったの数秒間の会話でしたがね」

「数秒間の会話だって……それで彼女はなんて言っていたのですか」

 その勘太郎の問いに田口友子が静かに語り出す。

「片言の言葉だったけど……暗くて狭いところに閉じ込められていて身動きが取れないとか言っていたわ。でも自分が死んだと思っている大石学・飯島有・斉藤健吾・田代まさや・神内朋樹の五人のその後の死体隠しの音声を収録する事が出来たから、この証拠を突き出す事ができれば殺人未遂と証拠隠匿罪と監禁罪……それとストーカー行為の証拠で現行犯逮捕もできると如月さんは言っていたわ。でもどこかに閉じ困られているせいで電波状況が悪いのか、それとも内出血と寒さと酸欠の影響で事切れてしまったのかはわからないけど、その連絡を最後に如月妖子さんの応答は完全に途切れてしまったわ。その如月さんの危機を知った私は居ても立ってもいられず、直ぐに外に出て泣きべそを掻きながらも夜中に山荘ホテルの外を闇雲に探し回っていたんだけど、夜の山に慣れていない私は岩に足を滑らせて三メートルの崖から落ちてしまいそのまま気を失ってしまったわ。そして次に目を覚まして意識を取り戻した時にはもう既に二週間ほどの時間が過ぎていたんだけど、私は頭をぶつけていたせいか山頂での記憶を失っていて、そこから当時の記憶を取り戻すのに約半年も掛かったわ。記憶を取り戻した私は直ぐに未だに行方不明になっている如月妖子さんの捜索や登山サークル部の人達がこの事件には関わっている事を必死に話したんだけど、もう如月妖子さんの捜索は打ち切ったと言われて、もうどうすることも出来なくて、いつも後悔の日々を送っていたのよ。あの時私はなぜ直ぐに警察に連絡をしなかったのかと……なぜ一人でどこにいるかも知らない如月さんを探しに夜の山に探しに出てしまったのかとね。そして今に至るわ。私がこの大学に入ったのは……大石学部長……あなた達に殺された如月妖子さんの死体の在処を何としてでも聞き出す為よ。その為なら如月さんの持っていたスマートフォンの偽物だってどうにかして用意をして見せるわ。如月さんとはメールやツイッターで会話を交わしていたから当然如月さんが使っているスマートフォンの機種やカラーの色も知っていましたからね。後はその偽物のスマートフォンに彼女のメールアドレスと電話番号を入れて置けば彼女のスマートフォンが完成するわ。でももうとっくの昔にお姉さんの如月栄子さんの手によって如月妖子さんの電話番号は解約をされていたんだけど、この電波の届かない山頂では元々スマートフォンの電話機能やメールは使えないから、この偽物のスマートフォンが如月妖子さんのスマートフォンだと偽ることくらいには使えると判断したのですよ。そしてついに田代まさや先輩の口から、大石学部長・飯島有先輩の関与を聞き出す事ができた」

「田口……お前は……」

「大石学部長と飯島有先輩は、もしもバレても全ての罪を田代まさや先輩に被せればいいと思っているようですが、そのICレコーダーを回収していないのなら非常にまずいのではありませんか。いくら小型とはいえトランシーバーとICレコーダーを体の一体どこに隠し持っていたかは知らないけど……もし如月さんの死体が見つかったら証拠の品でもあるICレコーダーも一緒に見つかる事になりますよね。その事件の一部始終が録音されているそのおぞましい音声による証拠が」

「う、嘘よ、そんなのは嘘に決まっているわ。田口、あなたはハッタリを噛まして嘘を言っているのよ!」

「ふふふふ、私が大石学部長の起こしたストーカー行為による事件の事を追っている、今は亡き田口礼子の妹であり、この偽物のスマートフォンを事前に準備をして、今この場に私がいると言う事事態が何よりの証拠になるとは思いませんか。もし嘘だというのならその棺を田代まさや先輩の手で暴けばいいだけの話ですからね。これで田代まさや先輩が暴いても田代まさや先輩が主犯格になる心配はもうないですし、安心して死体の在処を暴けますよね。まあそのICレコーダーが見つかったら大石学部長と飯島有先輩はかなりやばいですけどね。なにせストーカー行為を実行していた主犯格の大石学部長と如月さんを不慮の事故とはいえ気絶をするくらいに負傷させてしまった飯島有先輩はどう言いつくろってもその罪からは言い逃れは出来ませんからね。しかも最後はみんなで、死んだ物と勘違いをしていた如月さんの体をそのまま棺のある場所に隠して閉じ込めて本当に死なせてしまった。そのあなた達の行為で実質上如月妖子さんは亡くなっているのですから、これはもう立派な殺人だと思いますよ」

 長々と話した田口友子に代わって今度は羊野瞑子がすかさず大石学部長と飯島有に向けて小馬鹿にした感じで言う。

「先ほど田代まさやさんから如月妖子さんの死体を隠してある所について聞いたのですが、あんな不始末な所に如月さんを隠してしまうから頑丈に閉ざされているにも関わらずトランシーバーの電波が山荘ホテルまで届いて仕舞うという失態を犯して仕舞うのですわ。仮にICレコーダーが見つかったらお二人は本当にかなりやばいことになりますよね。一体どうするんですか。もう物的証拠が見つかるのも時間の問題ですし、今の内に罪を認めた方がいいのではないでしょうか!」

「な、な、なにを言っているの。私はこの事件には無関係よ!」

「ふふふふ、ならいいのですが、もしも証拠の品のICレコーダーが本当に見つかったらかなり大変な事になりますよね。飯島有さん、あなたもまた四月からは大手の会社への就職が決まっているらしいじゃないですか。でも当然今回の事件の事がバレたら全てが白紙になりますよね。そして最悪あなたは逮捕されて刑務所行きです。そこの所は当然分かっていますわよね」

「それに大石学部長が趣味で入れたという赤いワンピースのことですが、もしも一年半前にどこかで買ったワンピースをそのまま棺の中に入れているのだとしたら、その襟首に付いているタグや種類からその製造元や販売元が分かると思いますよ。勿論その赤いワンピースを買った人のリストと時刻とを調べれば、その衣類を扱う店やデパートの洋服店の監視カメラから一体だれが買ったのかが分かるかも知れませんね。ねえ大石学部長」

「くっ……それは……」

 その羊野瞑子の言葉に絶望した飯島有が隣にいる大石学部長に怒り顔で喰ってかかる。

「大体あんたがあの如月なんかにずうっと言い寄っていたからいけないのよ。私と言う者がいながらあんな小娘に現を抜かしていただなんて絶対に許される事じゃないわ。それにあんな小娘なんかにあなたを取られるのは私の女としてのプライドが絶対に許さないわ。そんなあなたが如月の奴と珍しくも喧嘩をしていたから私があなたのミカタについてやったのに、あの時から全くついてないことばかりだわ。一体なんなのよ、このお粗末な転回は。この来たくもなかった雪山には無理やり来させられるし、正体不明の殺人鬼でもある白面の鬼女には追いかけ回されるし、一年半前にあなたをかばったお陰で如月は死ぬし、あなたに関わるとろくな事にならないわ!」

「飯島さん、落ち着いて、どうせ田口友子のハッタリだよ。あの時一通りは如月の体を探ったが他には何も無かったよ」

「あの切羽詰まった状態から、ちょっとだけ如月妖子の体を探っただけでそんな事が言えるの。見落としがあったかも知れないじゃない。だから私は山荘ホテルの近くに埋めるのは嫌だって言ったのよ!」

「ば、馬鹿お前、それ以上言うなって……俺達の立場がやばくなるだろ!」

「もうとっくの昔にやばいわよ。よりによって慰霊碑の石の下のスペースにもうけられている遺骨や言われのある品々を入れるスペースに如月の死体を閉じ込めるだなんて全く駄目だったじゃない。電波もなぜか漏れちゃってるし、だからあそこは駄目だって言ったのよ。あなたが入れたあの白面の仮面と赤いワンピースは一体なんなのよ。ハッキリ言って意味不明だわ。その行為自体が気持ち悪いのよ。しかもその赤いワンピースからあなたが買ったという証拠が出てしまうじゃないのよ。だからあの赤いワンピースを入れるのは反対したのに、あんたが無理に入れるからこんな事になっているんじゃないのよ!」

「馬鹿、お前、慰霊碑の事は言うなって!」

 ついに出た飯島有の言葉に、羊野瞑子を始めとした田口友子と田代まさやの三人の顔がにやりと笑顔になる。

「ついに言いましたね、その言葉を」

「へぇ?」

「飯島有さん、なんであなたが如月妖子の死体の隠し場所を知っているのですか。田代まさやや田口友子は棺の中ような所としか言ってはいないのに、なぜ慰霊碑の石の空間の下の中だと分かったのですか。その誰もが口にしていない答を口にしたあなた方がこの事件に直接関係しているという証です。そしてここにいる誰もが直接事の詳細を見た証人ですからもう知らぬ存ぜぬは通用しないと思いますよ。それに万が一のことを考えて今のやり取りの記録映像もちゃんと撮影しましたから、もう言い逃れはできません。そうですよね、田口友子さん」

「はい、お腹に隠しているビデオカメラと小型スコープレンズで密かに今のやり取りを撮影しましたからね。もう言い逃れは出来ませんよ」

「今までの会話を全て録音していたのか。田口友子……お前……」

「私は知らない……何も言ってないわ。そうよね。そうだと言ってよ、大石学部長!」

「ああ、後の事は警察に全て任せますので、大石学部長と飯島有先輩はもう何もしゃべらなくていいですよ。お疲れさまでした」

「「田口友子……きさまぁぁぁぁぁーーーーーーーぁぁ!」」

 往生際が悪いのか大石学部長と飯島有の二人は絶望しながら田口友子にあらん限りの声で叫んでいたが、そんな二人に「うるさい!」と一括しながら羊野瞑子が田口友子にお礼と賞賛の言葉を贈る。

「田口友子さん、長々とした説明による堂々とした演技、ご苦労様でした。それに田代まさやさんも、自分が不利になるというのに、今回の出来事の発端を作る噛ませ役を演じさせてしまってすいませんでした」

「いえいえ、何を言っているんですか。羊野さんが『大石学部長と飯島有先輩から慰霊碑という言葉を何としてでも引き出してみせるから、彼らをできる限り煽って追い詰めて、冷静な判断ができないように長々と話を引き伸ばして、それから最後は疑心暗鬼に陥らせて、そのまま思考を混乱させて下さい。お願いします』と、あなたが助言をしてくれたから先輩達に対してあれだけの事を言う事が出来たんですよ。全ては羊野さんの企みに乗っかる事ができたからできた事です」

「俺もそうですよ。『このままだとたとえ大石学部長と飯島有先輩を訴えても間違いなく田代まさやさんの方が負けてこのままだと全責任をなすりつけられるだろうからどうか協力をしてくれ』と言って来たから俺もあんたの企みに全てを賭けることにしたんだよ。それに元はと言えば大石学部長と飯島有先輩に加担をして如月さんの死体隠しの片棒を担いだ俺に責任があるからな。素直に罪を認めてありのままを警察に話すよ。田口友子……偽物のスマートフォンをネタに俺に嘘をついて先輩達と仲違いをさせたその行為にはむかついたが、お前が大学に入学した当時から大石学部長の動向を密かに探っていた事と、自分の姉の事で苦しんでいた事を考えたら、俺はここで捕まるのも悪くは無いと考えていたんだ。俺も俺なりに苦しんでいたからな。だから今ここでお前の嘘に引っかかって良かったと思っているよ。これで楽になれる」

「田代まさや先輩……」

 しみじみと言う田代まさやの懺悔にも似た、申し訳なかったという心からの謝罪の声に田口友子はついに積年の思いが叶ったとばかりに目に大粒の涙を溜める。だがそんな二人のやり取りになんだか納得がいかない勘太郎は、抗議の目を向けながら近くにいる羊野瞑子を見る。

「おい羊野、田口友子さんは田代まさやさんから慰霊碑の中に如月妖子さんの死体があることを聞かされていたみたいだけど当然お前も知っていたんだよな。なのになんで俺だけその話を一切聞いていないんだよ。俺がその如月さんの死体の在処を聞いたら、羊野、お前に(それを聞くのはまだ早い)と止められたからそれ以上は聞かなかったが、田口友子と田代まさやを使って大石学部長と飯島有から慰霊碑という言葉を喋らせる為に利用していたのか。そして最後はお前が切りのいいところで不安がる言葉で畳み掛けて慰霊碑という言葉を引き出す算段だったんだな。全く相変わらず回りくどくて、恐ろしい事を考える奴だぜ!」

「ほほほほ、せっかくのお褒めのお言葉ですが今回は私は何もしてはいませんよ。ただ影ながらにお膳立てをして、田口友子さんと田代まさやさんを暖かく見守っていただけですわ。でも最後は上手く行ってよかったです」

「上手く行ってねぇ……お前にはまだ聞きたいことが沢山あるが、今はこの場ではやめておくぜ。今は大石学部長と飯島有の拘束と、まだ未だに正体が分からない白面の鬼女の動向が気がかりだぜ。あの白面の鬼女の正体は本当に如月栄子さんなのか。俺は未だに信じられないんだが」

「その答えは近いうちに分かると思いますよ。如月妖子さんの死体の隠し場所がわかった今、白面の鬼女の方も一人ずつではなく、一気に皆殺しができる状態にあります。なのでもう死体の在処を私達に探らせる必要もなくなったかと。そうです、つまりはこの事件も大詰めに入ったと言う事です」

「ついに来るか……闇の秘密組織・不可能犯罪を掲げる円卓の星座の狂人が一人、瞬間移動トリックを操る神出鬼没な殺人鬼。この山に伝わる鬼女伝説を地で行く狂人・白面の鬼女が!」

 決意も新たに勘太郎がそう呟いたその時、いつの間にか階段の近くにある、一枚の大きな窓を見ていた江田俊一がナワナワと体を震わせながら突然大きな声を上げる。

「探偵さん、それにみんな、この大窓から外の様子を見てくれ。あの白面の鬼女が廃墟の別荘の方から怪しげな動きと瞬間移動を繰り返しながら、この山荘ホテルに向かって来ているぞ!」

「「な、なんだってぇぇぇーーーーーーーぇぇ!!」」

 勘太郎を始めとした登山サークル部の人達や、部外者でもある宮鍋功と島田リリコの二人が大きな窓ガラスを見ながら驚愕の声を上げる。
 なぜならあの白面の鬼女が廃別荘の方から滑らかな雪道の斜面を下りながら瞬間移動を繰り返し、そのゆっくりとした歩きでこの山荘ホテルへと向かってきているからだ。
 そのにわかには信じられない異様な光景に皆がパニックとなり、確実に近づいて来るその恐怖に勘太郎もまた心が落ち着かない状況ではあったが、それでも白面の鬼女が使う瞬間移動トリックの謎を必死で考える。

(くそおぉぉーー、分からん。いくら考えてもこの瞬間移動トリックの謎だけは全く分からないぜ。何しろ三階にある食堂から外の光景が一望できるその風景を大窓から見た限りでは白面の鬼女は確かに今現在こちらに向かって進行中である事が分かる。つまり白面の鬼女はこの三階の中にいる人達の中にはいないと言う事だ。と言う事は……やはり、如月栄子さんが白面の鬼女だと言う事なのか。この山で行方不明になった原因に登山サークル部の人達が関わっていると考えたから白面の鬼女になって登山サークル部の人達を襲っているのか?)

 とも考えたが勘太郎は一つの疑問に行き着く。

(だがだ、だとしたら可笑しいぞ。直接肉弾戦で戦ったから分かるが、あの白面の鬼女は筋金入りのプロの暗殺者であり殺人鬼なはずだ。そんな奴の妹がたまたま白面の鬼女の妹だったという筋書きはどう考えても出来過ぎているし、かなり無理がある話だ。と考えるのなら、やはりここは従来通りに如月栄子さんが白面の鬼女を雇った闇の依頼人だと言うのならこの転回もしっくり来る話なのだが、俺達の前に現れたあの如月栄子さんが真っ赤な偽物で……その正体が白面の鬼女だと言うのなら、その肝心な本当の如月栄子さんは一体どこにいるんだ。それともこの山で起きている犯行を白面の鬼女に全て任せて……自分はその結果を静かに何処かで待っていると言う事なのか。つまりは俺達探偵側には行方不明の妹の捜索とその妹の失踪に関わっていると思われる犯人の特定をさせて……一方白面の鬼女の方には疑わしい登山サークル部の人達への脅しと一人一人じっくりと殺害する事で、より恐怖を与えて妹の所在を聞き出してから皆殺しにする算段だったんだな。つまりは二十に依頼をして探偵と円卓の星座の狂人とを天秤に掛けていたと言う事だな。俺達が事件を解決して白面の鬼女に勝ったら、他に生き残った生存者達は助かるけど……逆を言えば行方不明事件やトリックの謎を何一つとして解決出来ずに生存者達が一人残らず白面の鬼女に殺される事になったら、当然俺達の負けとなり、日本中にいる罪のない一般市民達が数十人ほどペナルティーとして無残にも殺されると言うことか。だとしたならば、これから始まる白面の鬼女との対決には絶対に負ける訳にはいかないな。何としてでも……どんな手を使ってでも白面の鬼女の動きを止めて、その正体を拝まないとな。)

 勘太郎は大窓に映る白面の鬼女の動きを見ながら隣にいる羊野瞑子に言う。

「犯人は……白面の鬼女は……この中にいるんじゃなかったのか。やはり如月栄子さんが白面の鬼女なのか? どうなんだ、羊野!」

 その移動方法が分からないと言った感じで羊野にそのトリックの正体を聞くと、羊野は大窓に映る白面の鬼女の接近を見ながら大きく溜息をつく。

「はあ~、もう自分の正体や全てのトリックがばれるのも時間の問題だと知って、白面の鬼女が最後の大勝負に打って出たみたいですわね」

「打って出たって……他の生存者達を皆殺しにする為か」

「まあ、そう言う事です。妹さんの……如月妖子さんの死体の在処と犯人がわかった今、もう一人ずつ殺すような事はしなくても言い訳ですからね。全ての生存者達を皆殺しにしてこの狂人ゲームを早々に終わらせるつもりのようです」

「そうは行くかよ。そうだよな、羊野!」

「ほほほほ、白面の鬼女が動き出すのは夜になってからだとばかり思っていたのですが、一刻も早く私達と勝負をつけたいようですわね」

「余裕をかましている場合か。白面の鬼女がドンドンこの山荘ホテルの方に瞬間移動を繰り返しながら近づいてきているぞ。あの瞬間移動は一体どうなっているんだ。あんな動きはどんな仕掛けを施したってできる動きじゃないぞ!」

「フフフフ、どうやら向こうも覚悟を決めたようですわね。そろそろここに来ますよ、黒鉄さん、あの白面の鬼女が」

 勘太郎は羊野の言葉を信じ、この山荘ホテルに向かって来ている白面の鬼女を静かに待ち構える。

 だが、そんな勘太郎と羊野とは対照的に登山サークル部の人達や江田俊一・宮鍋功・島田リリコといった人達が恐怖と不安のためか大きな声で騒ぎ出す。


 一ノ瀬九郎。
「あれは間違いなく赤いワンピースを来た女性……白面の鬼女だ。来る、ここに来てしまう。あれが……俺が密かに愛した女性の姿なのか。だとしたなら余りにも恐ろしく……そして哀れだぜ!」

 二井枝玄。
「ああ、殺人鬼が……白面の鬼女がこの山荘ホテルに近づいて来る。みんなで力を合わせて食堂に籠城するんだ。みんな急いでそこら辺にある椅子と机を使ってバリケードを作るんだ。もうそれしかないぜ!」

 佐面真子
「うわあアア、あの白面の鬼女がここにやって来るわ。本当にあれが如月妖子先輩の成れの果てなの。とてもじゃないけど信じられないわ。神様……神様……悪霊と化した如月先輩の魔の手から私達を助けて下さい!」

 田口友子。
「如月さん……あなたがそんな姿になったのは私にも責任があるわ。もしも白面の鬼女の正体が本当に如月妖子さんなら、あなたにおとなしく殺されてあげるわ。だってあなたのお陰でウチの姉の無念を無事に晴らせたんだから、もう思い残す事はないし、私を殺す資格も十分にあるわ。だから来なさいここまで!」

 田代まさや。
「田口、馬鹿な事を言うなよ。お前の素性や魂胆を知りつつもそれでもお前に協力した如月妖子の奴が白面の鬼女な訳がないじゃないか。俺と大石学部長と飯島有先輩が白面の鬼女に殺されればその殺害行為は止まるはずだ。だから俺が殺されるまではお前の盾になって守ってやるよ。お前もどさくさ紛れに殺されたんじゃここに来た意味が無いだろう。どうにかして生きて帰って、死んだお姉さんの仏壇に無事に生きて帰った報告をしないといけないだろ。そしてもうお前はこの事件の事は忘れるんだな。あ、俺のことは気にするなよ。俺がお前の盾として死ぬのは俺の勝手な罪滅ぼしとただのエゴだからな」

 田口友子。
「田代まさや先輩……なんだかこの短い間に変わりましたね。凄く格好良く見えますよ。田代まさや先輩にはどうにかして生き残って自首をして欲しいです」

 田代まさや。
「当然生きて帰れたら真っ先に警察に自首をするつもりだよ!」

 飯島有。
「いやよ、あの白面の鬼女が……如月の奴がここに来るわ。もう私達の犯行もばれてしまったんだから、もういいじゃない。なのになぜまだここに来ようとしているの。私達を直接殺して復讐をしないとあなたの気持ちは晴れないとでもいうの。もう私も自分の罪を認めて自首でもなんでもするから、いい加減に助けてよ。命だけはどうか助けて下さい。私が悪かったから……あなたを殺すつもりは最初から無かったのよ。あれは突発的なただの事故だったから。だからいい加減に許してよ。許して下さい。お願いします。死にたくない……死にたくないよ。う・う・うえぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーん!」

 大石学。
「飯島さん、落ち着いて、あれは如月さんじゃないよ」

 飯島有。
「もうそんな事はどっちだっていいのよ。あの白面の鬼女の正体が誰であれ、私達の命を狙っている事に変わりは無いんだから。こうなったのは全部あなたのせいよ。あなたがいろんな女性にちょっかいを出すから……私が余計なヤキモチを焼いて……こうなってしまったのよ。全くなんで私はこんなどうしようもない男を好きになってしまったのか!」

 大石学。
「飯島さん……」

 宮鍋功。
「リリコさん、俺がお前を守ってやるよ。俺は空手三段の腕前なのをもう忘れたのか。だから不安に思うことは何も無いぜ。人もこんなにいる事出しな。いくら白面の鬼女が中々の手練れとはいえ、一人でこれだけの人数を相手にする事はできないだろう。みんなで袋叩きにしてそれで終わりさ!」

 島田リリコ。
「宮鍋さん、私、心配だわ。余り無理だけはしないでね」

 江田俊一。
「ちくしょう、来るなら来い殺人鬼め。俺がその白面の鬼女とかいうふざけた奴を叩きのめしてやるぜ!」


 雪山を下り、瞬間移動を繰り返しながら徐々に近づいてくる白面の鬼女の姿に皆が恐怖で固まっていると、大窓に映っていた白面の鬼女の姿が突如として消える。だがその数秒後ドカドカと一階にある表玄関の入り口の戸を叩く大きな音が聞こえた事から、白面の鬼女がもう既に表玄関の引き戸の前に来ている事を皆が音で認識する。

「きゃあああああああああーぁぁぁ、来る、白面の鬼女が……如月妖子がここに来てしまうわ。ちょっと、男達がこんなにいるんだから、あなたたちで何とかしてよ!」

 物凄く怯えている飯島有は立ち尽くしている男達に向けて半狂乱で叫ぶ。

 そんな飯島有の異常なまでの怯えを見かねたのか、「仕方ねえな……」と言いながら階段の近くにいた江田俊一が階段を下りながら走り出す。

「くそ、このままだと本当に表の引き戸を壊して白面の鬼女がここまで来てしまう。俺は表玄関の引き戸の前で時間を稼いで来るからその間にお前らはここでバリケードを作り上げてくれ。頼んだぞ!」

 そう力強く言うと江田俊一は階段を降りて一階にある表玄関へと向かうが、その後に続こうとする者は誰もいない。それだけ白面の鬼女という未知の存在に怖じ気づき、皆が恐怖で足がすくんで動けないでいるからだ。

(なんだ、みんな動こうとしないぞ。みんなビビっているんだな。仕方が無い、なら俺が江田俊一の後に続くか。流石に一人にする訳にはいかないからな。)

 大きく生唾を飲むと覚悟を決めたのか勘太郎は江田俊一の後を追おうと階段を降りようとする。だがそんな勘太郎の行く手を羊野瞑子が止める。

「なんだよ羊野、江田俊一さんを流石に一人にする訳にはいかないだろ!」

「黒鉄さん、今はここを動かないで下さい。あなたがここを動いたら、食堂にいる人達の何人かは確実に殺されてしまいますよ。まあ、個人的には私としてはどうでもいい事なんですけどね」

「な、なんだって……それは一体どう言う事だよ?」

「それに今からあの大窓に映る白面の鬼女が使っている瞬間移動トリックの種明かしをするんですから黒鉄さんに行かれたら正直困ります。大丈夫です、江田俊一さんが向かった一階の表玄関にはもう白面の鬼女はいませんから」

「いないってどう言う事だよ?」

「どう言う事もなにも、文字通り表玄関には誰もいないのですよ」

 そう言うと羊野は、その場にいる人達などはお構いなしに、瞬間移動トリックの種明かしを話し始める。

「では昨日の夜に続き、今し方見た白面の鬼女が使っていた最後の謎でもある廃別荘からこの山荘ホテルまでの移動が可能な瞬間移動トリックの種明かしについて説明しますね。とは言っても仕掛けは至って単純です。みんなの注目をこの大窓に集めて廃別荘からこの山荘ホテルまでの距離をあり得ない移動方法で近づく白面の鬼女の姿を見せればいいだけの話ですからね」

「姿を見せればいいだって、まるで白面の鬼女は最初から外にはいないような口ぶりじゃないか」

「ええ、本当はいないのですよ。ただ宛も、あの遠くにある廃別荘から~この山荘ホテルまで移動をして来ているように見せているだけです。言ったでしょ、この白面の鬼女が使う瞬間移動トリックは絶対に一人で行っていると。ならここまで白面の鬼女の姿がハッキリと見える以上、白面の鬼女の瞬間移動トリックの正体は一つしかありませんわ」

「一つだと……?」

「まだ分かりませんか。白面の鬼女はもう既にそのトリックの片鱗をロープウェイのゴンドラで使ったトリックに利用しているんですよ。この大窓に映る白面の鬼女のトリックはその応用です」

 そこまで言われて勘太郎も流石に気付く。

「そのトリックって、まさか!」

「ええ、そう言う事です。そしてこの窓から見えた白面の鬼女のトリックの仕掛けは……見ての通りですわ!」

 そう言うと羊野は近くにあったパイプ椅子を持ち上げると、遠くに見える廃別荘と外の雪景色が見える大枠の窓ガラスに向けて豪快にパイプ椅子を投げ付ける。その衝撃で大窓は勢いよく割れ、割れたガラス片がガラガラと下の階段へと崩れ落ちる。

 ガッシャーン!  ガラガラーーーーーーーパリン……バリン……ガタン!

「な、何やってんだよ。いくらトリックを見抜く為とは言えもうちょっと穏やかな解決方法があるだろう。あの壊した大窓ガラスを弁償する羽目になったらどうするんだよ!」

「そんな事よりあの大窓ガラスの方を見て下さいな」

 羊野の言葉に促され勘太郎が破壊された大窓をマジマジと見ると、その結果が出た光景に直ぐさま納得をする。

「そうか、やはりそうだったのか。これが……この大窓から見た瞬間移動トリックの答えか」

 外の景色が見えていたはずの大窓の空間には黒い大きな穴が空き、テレビの画面が突如として消えたかの用な景色が目の前に広がる。
 時折電流がショートをしているのかバチバチとなる電流の音が穴が開いた画面の周りから鳴り響く。そんな激しい光景に背を向けながら羊野は全く気にする様子も無いとばかりに静かに話を続ける。

「はい、そうです。答えは画面最大の液晶テレビの3Dディスプレイを縦に窓枠にはめ込んで、更にホテルの内窓には液晶画面と同じ大きさの大窓を使って二重窓にしていたのですよ。そして犯人の赴くままに白面の鬼女が移動をして来る映像を流していたのですよ。つまり予め外の風景を何パターンも撮影していた画像をふるいに掛けて選別し、白面の鬼女が山道を歩く映像処理を加えてから、今の季節に合う映像を選んであの大窓のガラスにピッタリな、本来の外の景色とそれ程大差が無い映像を選んで私達に見せたのです。それに今のご時世映像処理の技術も進化していますから、窓に顔を近づけて直接見ない限りは先ずばれる事は無いと思いますよ」

「そうか、だから大窓のガラスがはめ込まれているサッシの下は……下へと下る階段になっていたのか。これなら大窓が高すぎて覗く事は先ず出来ないし、三階を登り切った所からじゃないと外を見ることが出来ない訳だな。しかも下へと下る階段のせいで大窓のガラスからは距離がどうしても出来てしまうし、大窓の間近までは絶対に近づく事は出来ないということだな。大きな一枚窓のガラスだから直接窓を開けて確かめる事もできないしな」

「そういう事です。予め選んで用意して置いた映像を長時間たれ流し、終わったらリモコンのスイッチを切って自動で左の壁の中にディスプレイが収納される……そんな近代的な手の込んだ仕掛けのようです。そしてこの自在に横の壁の中へと収納できるディスプレイの映像を利用すれば、ここに居ながらにして白面の鬼女の瞬間移動の奇跡を可能にすることが出来ると言う訳です」

「でもこの仕掛けって大がかりだし、一人の狂人がおいそれとはできない仕掛けだよな。それに警察がこの山荘ホテル内にある仕掛けやロープウェイのゴンドラにある仕掛けを一つでも見抜いたら白面の鬼女の真の正体が分かってしまうんじゃないのか。なのになんで今回白面の鬼女は俺達に狂人ゲームを挑んで来たんだよ。何度も言うが登山サークル部の人達を追い詰めて殺すだけの殺人の依頼なら俺達の存在はただ邪魔なだけだろ!」

「フフフフ、その理由は直接白面の鬼女自身に聞いて見ないとハッキリとした事は正直分かりませんが、でもそのお陰で白面の鬼女の真の正体の方は分かったのではありませんか」

「そうだな……こうも様々な手の込んだトリックを見せられたら……流石に……な」

「ではそろそろ白面の鬼女さんを呼びましょうか。もう既に厨房にある窓から中へと潜入しているはずです。そうですよね、白面の鬼女さん。それとも如月栄子さんか……江田俊一さんと呼んだ方が正しいでしょうか!」

 その羊野の言葉に勘太郎は思わず絶句し、目を見開く。

「江田俊一さんに……如月栄子さんだって。それは一体どう言う事だよ?」

「つまり白面の鬼女の正体は犯人が偽物に成り済ました如月栄子さんであり、更に身元を隠して上へと戻るゴンドラに堂々と乗り込むために変装した姿が江田俊一さんと言う事です。まさか行きと同じように帰りもゴンドラの下のハッチに隠れて戻るには流石に無理がありますし、疲れてしまいますからね。下でしつこく食らい付く黒鉄さんと一戦を交えて来たのなら尚更です」

「あの江田俊一が……如月栄子さんだって。いや、どう見てもあの二人は全くの別人だし、二人はまさに美女と野獣じゃないか。変装にギャップがあり過ぎるだろ。その話は本当なんだろうな」

「はい、勿論本当です」

「つまり白面の鬼女は……三人一役をしていたと言うことか。つまり白面の鬼女は山荘ホテルの裏側にあるあの崖からは二回飛び降りたんだ。だから宛も如月栄子さんを巻き込んで白面の鬼女と共に谷底に落ちたように見えたんだな。いいや、そう見えるように偽装をしたと言うことか。そうなんだな、白面の鬼女。いいや、依頼人の如月栄子さん。それも違うか。ゴンドラの中で江田俊一さんのボディチェックをした時、彼は確かに男だったから、白面の鬼女の性別は男性だと言う事になるな。江田俊一さんの時はスキンヘッドで髭モジャの立派な口髭とサングラスを掛けていたから、髭は付け髭だとしてもスキンヘッドは本物と言うことか。でないと如月栄子さんに成り済ますさいにカツラをかぶれないからな。と言うわけでやはりあんたのことは江田俊一さんと呼ばせて貰うぜ!」

「でもその名前すらも……実は偽物なんですがね。あなたの真の正体は分かっていますよ。さあ、もういい加減、厨房の中から出て来てください!」

 羊野が厨房に向けて声を掛けたその時、厨房の扉がゆっくりと開き、両手に鈍く光る鎖鎌を持った白面の鬼女がその姿を現す。

「ギギぃ……ギギぃ……シロイ羊と……クロガネのタンテイ……」

 ボサボサの白髪の頭に返り血で汚れた汚いワンピースを着用し、その下には冬対応の水中用のウエットスーツを着ている。
 手にはゴムで出来たハンドカバーを付け・足には膝丈まである長いブーツを履きこなす。
 そして静かに呼吸音が漏れるその仮面のような真っ白な顔からは、目も・鼻も・口も無い能面のようなマスクが長い前髪の間から不気味に見え隠れする。

 その恐ろしくも不気味な姿をまたも現した白面の鬼女は殺気立つ闘志を向けながら白い羊と黒鉄の探偵にその異様な顔を向けるが、勘太郎と羊野は白面の鬼女を見ながら互いに声を掛け合う。

「ついに最後の戦いか。つまりここが正念場と言う訳だな」

『そう言うことですわ。白面の鬼女との生き残りを賭けた最後の戦いですわ。黒鉄さんもようやくリベンジが出来るのですから、ここは先ずは私から挑ませて貰いますわ」

「分かった、最初はお前に任せるから、手はず道理にしろよ」

「ええ、分かってますわ。黒鉄さんの美味しい見せ場はちゃんと残して起きますわ!」

 そう言うと羊野瞑子は精巧に作られた白い羊のマスクを被りながら、目の前にいる白面の鬼女の元へと歩み寄るのだった。
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