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第八章 『白面の鬼女』 大雪が降る北海道の山頂で繰り広げられる生き残りを賭けたシリアルキラーとの推理戦に白黒探偵が挑む!
8-24.白面の鬼女の真の正体
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緊張感漂う三階の食堂でその場にいる誰もが注目する中、両手に打ち刃物の包丁を携えた羊野は精巧に作られた不気味な羊のマスクから覗かせる赤い眼光を目の前に立つ白面の鬼女に向ける。
その今にも飛びかからんばかりの威圧的な態度に当然白面の鬼女も殺意を剥き出しにしながらこれに応じる。
その異質な二人の狂人同志の激しいにらみ合いにその場にいる皆が凍り付き、食堂内を嵐の前の静けさのような状態に包み込んで行くが、そんな一心即発しかねない状況の中、先に話しかけてきたのは以外にも白面の鬼女の方からだった。
白面の鬼女は威嚇をしながら両手に持つ鎖鎌の刃を前に突き出すと、目の前に立つ白い腹黒羊と呼ばれている狂人に向けて話しかける。
「ナゼ……なぜ……オレノショウタイガ……江田俊一ダト分かった。タトエ正体ガバレてもイイヨウニト……キサラギ栄子に疑惑の目がイクヨウニわざと証拠をノコシ……ユウドウモしたハズダ。なのにイッタイなぜだ!」
「簡単な事ですよ。私達は白面の鬼女……あなたの歩いた痕跡を追って、ついに如月栄子さん自身が白面の鬼女だと正体が分かる所まで到達する事が出来ました。ですが、そうなると少し可笑しな事に気付いたのですよ。白面の鬼女の正体が如月栄子さんだとバレてしまったら、その後白面の鬼女はどう動くのか……とね。そう考えるのなら必ずあなたは、不足の事態の時の事を考えて、脱出する為の逃げ道を必ず作っているはずだと考えました。なぜなら如月栄子さんという人物をこの場で白面の鬼女だと誤認させる事が、この殺人計画の一つだったはずですからね。そうですよね。あんな大掛かりな仕掛けをこの山頂に施してあるあなたのことです。きっとその仕掛けが見破られた時の事を考えて逃げ道として江田俊一さんという架空の人物を作り上げて、一人二役として再びこの山荘ホテルに舞い戻ったのでしょうが、それが私の不信を買う事になりました。それに、あの如月栄子さんの声を真似て簡単な受け答えができるAIロボットをアリバイ作りに利用するという発想と意外性には流石の私も一時期はすっかり騙されましたが、地下の抜け道から如月栄子さんの部屋の中にたどり着いてあのAIロボットを発見した時に……こんな大掛かりな仕掛けが見つかったら芋ずる式に全てのトリックが暴かれてしまうというのに白面の鬼女はこの後どうするつもりなのだろうと少し考えを変えてみました。このままウムも言わさずにどこかに隠れて、ただ闇雲に殺戮を繰り返すだけなのか……それとも誰かになりすましてこの狂人ゲームを継続して行くのか。そう考えたのなら、如月栄子さんは山頂に上がってきたあの三人の中に必ずいるという事になります。そしてその三人とは江田俊一さん・宮鍋功さん・島田リリコさんであり、この三人の中に白面の鬼女が新たに役を演じなけねばならない人物が必ずいると想像をしてみました。でもそうなるとこの中の誰かになりすまして山頂まで上がってきた白面の鬼女は必ずどこかのタイミングで如月栄子さんに戻らないといけませんよね。でもいきなり知らない人が如月栄子さんの部屋に入っていくところを誰かに見られでもしたら、それこそ本末転倒です。なら白面の鬼女は一体どうしたのでしょうか。そう考えた時に自ずとこの三人の中の誰が白面の鬼女なのかがわかったのですよ。そして如月栄子さんが白面の鬼女の正体だとわかった時にはその考えは確信へと変わりました」
「ホウ……どうワカッタト……イウノダ?」
「だって私が調べた所、如月栄子さんの部屋の窓の鍵は開いていたんですよ。二階に部屋が割り当てられた宮鍋功さんと島田リリコさんは階段を降りないと如月栄子さんの部屋には行けませんが……江田俊一さんは違いますよね。だって隣に如月栄子さんの部屋があるんですから。でも部屋から部屋へと鍵を使ってドアを開けて出入りをしていたら、もしかしたら何かの拍子に誰かに目撃されてしまうかも知れない。だからこそお互いに隣にある部屋の窓は施錠はされずに常に開いていたのですよ。この窓から移動したのなら、誰にも見つかる事無く江田俊一さんの部屋と隣にある如月栄子さんの部屋を行き来する事ができますからね。しかも小リスクで。つまり二人の部屋の窓は二つとも開いていてそこから壁を伝って出入りをしていたと言う事です。窓の下に積もっている雪には足跡が当然ないのでまさか二人が一人二役だという発想には至らないでしょうし安心しきっていたのでしょうが、如月栄子さんが崖から落ちて死んだと誤認させるトリックを一刻も早く完成させようと急いでいたのでしょうか。あなたはその時に恐らく重大な証拠を残しています。如月栄子さんと江田俊一さんが同一人物であるという重大な証拠を」
「ダカラそれは……イッタイなんだト……イウノダ?」
「如月栄子さんの部屋の窓枠と江田俊一さんの部屋の窓枠の横の部分に僅かに何かの土のような汚れがこびりついていたのですよ。そしておそらくそれは、この山荘ホテルへと繋がる秘密の地下通路から移動をして来た時についてしまった土塊だと推察されます。おそらく白面の鬼女の衣装は、いつもはあの地下通路の一角に密かに隠していたのではありませんか。そしてこの地下通路で隠れて着替えをしていたからこそ、私達は神出鬼没な白面の鬼女がいる痕跡をどうしても見つける事ができませんでした。ですが、何かの拍子にその汚れが目立つ土壁に衣服を擦ってしまった事でそこから証拠が浮上し。白面の鬼女の衣装から江田俊一さんの衣服へと早く替えをしている時に、汚れが目立つ土壁に着ている衣服の一部を擦ってしまい、そのまま汚れが衣服へと付着をしてしまった」
「服にツイタ僅かな汚れダト……そんなバカナ……ソンナ些細なモノから探り当てタとイウノカ!」
「そして如月栄子さんの部屋から隣の部屋に移動をする時にあなたは当然窓枠からの移動を選んだはずです。ですが、その時に無意識的に泥がついてしまった衣服を窓枠にこすりつけてしまった。一つの窓枠のみならず、二つの窓枠の同じ位置にその土塊がこびりついていたと言う事は、恐らくあなたの衣服の肩の辺りにでも汚れが付着していて、窓枠を伝いながら移動をした際にその窓枠に無意識的に寄りかかったのではありませんか。そしてそんな証拠を残してしまったのは、その窓枠に肩を預けるのがあなたの癖だからです。そうですよね。だからこそ私は、同じ土の汚れが二つの部屋の窓枠に付着をしていた事に気づけたのですよ。後は壁を伝った時に這わせたゴムの破片ですかね。おそらくこのゴムの破片は白面の鬼女が全身に装着している寒さに強い水中ダイバー用のウエットスーツの厚手のゴムの破片のようですが、ウエットスーツを着たまま部屋を壁伝いに移動したとは流石に考えづらいので、恐らくはゴム手袋のような物を装着して壁伝いに移動をしたのでしょう。理由は勿論この山荘ホテルの壁にできるだけ指紋を残さないようにする為です。いつの時期に残した痕跡かは分かりませんが、このゴツゴツとした岩壁を移動した時にでもそのゴム手袋をどこかに引っかけて破ってしまった時期があるはずです、その時に岩壁に僅かに付いたゴムの破片の痕跡もこの壁を伝ったという証拠に充分になりましたから、あなたが如月栄子さんを演じている江田俊一さんだと言う事がわかったのですよ。その口元が見えないくらいに立派な口髭も……表情が見えないように掛けてある真っ黒なサングラスも……印象をがらりと変えるスキンヘッドも……そして野性味溢れるワイルドなあの服装も……如月栄子さんの清楚な女性から少しでも掛け離れるように見せる為の変装だったのですね。印象だけでは無く、まさか性別すらも変えて正反対の人物を平然と演じていただなんて、もうすっかり騙されてしまいましたわ。本当に見事でした!」
「先ほど……厨房で……俺とイッショニいた時……敢えてキヅカナイふりをしていたのか。ソノコトニ俺が気付いたら……そのショウコヲ隠滅してしまうかもシレナイから。ダカラこそ……江田俊一を演じてイタ時の衣服ノ肩に、ワズカナ汚れがツイテイタ事を敢えて黙っていたのか。既にモウ……確認ズミだったカラ」
「ええ、あなたを捕まえてから、江田俊一に扮していた時の衣服の汚れを調べる事ができれば、地下の通路にある土塊と同じ成分だと言う事が実証できると思いましたからね」
「ギギぃ……シロイ腹黒羊……やはりオマエはクエナイ奴だよ。ソノ噂にタガワヌくらいに腹黒なヤツダゼ。完全に我がトリックも……そしてその正体すらも……ミヌイタわけだな。ソウイウことだな!」
「ええ、あなたの本当の正体にも……当然気付いていますわ。白面の鬼女さん。でも、それを語るのはあなたを倒してからです。まだあなたには聞きたいことがあります。本当の如月栄子さんはどうなったのかをね。少なくともあなたにこの依頼をしてきたのは間違いなく本物の如月栄子さんのはずですから最後に本当の如月栄子さんの安否を確認しておかないと、後でウチの上司が口うるさく言うでしょうからね」
「ギギギィィ……いいだろう……オレニカツコトガデキタラ……その時は……オシエテやるヨ。俺も、シロイ腹黒羊……お前に一つだけドウシテモ聞きたいコトガあるカラな!」
そう言いながら二人が互いに持つ得物を構えたその時、周りにいる男達が皆、手にツルハシやスコップ、トンカチといった武器を持ちながら白面の鬼女を取り囲む。
「羊の女探偵さん、まずは俺達にやらせてくれ。こいつには俺達登山サークル部の仲間が二人も殺されているからな。ここで二人の敵を討ってやるぜ。よ~く考えたらこれだけの男達が揃っているんだから、みんなで囲んで袋にしてしまえば、例え凶悪な殺人鬼でも敵ではないぜ!」
そう言いながら前に出たのは、腕にはそれなりに自信がある宮鍋功である。その回りには田代まさや・一ノ瀬九郎・二井枝玄の三人が続く。
空手三段の宮鍋功は拳を固く握り締めると、白面の鬼女を見据えながら堂々と構える。
「いくぞ、江田さん……いいや、白面の鬼女。俺達が相手だ!」
「ギギぃ……イイだろう……こいや……ギイー!」
「でっやあぁぁぁーーぁぁぁ!」
気迫を込めた掛け声と共に放たれた右の拳が白面の鬼女の顔面へと放たれるが、その右手首を素早く取ると白面の鬼女はまるで前進する力をいなすかのように軌道をそらしながら相手の懐へと入り込む。
その瞬間宮鍋功の体は高らかに上がり、物凄い勢いと早さで床へと叩きつけられる。
「ぐっわっはあぁぁぁぁぁ! ば、馬鹿な……一体なにが……起きたと言うんだ?」
投げ飛ばされた当の本人も気付いてはいないが、どうやら物凄い速さで懐へと入られた挙げ句に、柔道の一本背負い投げで床へと叩きつけられたようだ。
悶絶しながら立ち上がれないでいる宮鍋功を見下ろしていた白面の鬼女だったが、背後から攻撃してきた田代まさやがスコップを振り下ろしながら白面の鬼女の後頭部を狙う。
だがその頭上から迫る田代まさやの攻撃は、両腕の力でピーンと張られた白面の鬼女が持つ鎖鎌の鎖で簡単に防がれてしまう。
ガッキィィィーン! ガリガリガリガリ……ン!
「ば、ばかな!」
田代まさやの振り下ろしたスコップの一撃を白面の鬼女は寸前の所で止めるが、そんな白面の鬼女の隙を突いて一ノ瀬九郎と二井枝玄の二人が、ツルハシとスコップを持ち上げながら物凄い勢いで襲いかかる。
「や、やめろ、お前ら。白面の鬼女を殺すつもりか!」
そう勘太郎が叫んだその瞬間。白面の鬼女を囲んでいた田代まさや・一ノ瀬九郎・二井枝玄の三人が行き成り勢いよく後ろへと豪快に吹き飛ばされる。
「「ぐわああぁぁぁぁぁーぁ!」」
一体なにが起きたんだとばかりに勘太郎は白面の鬼女の方を見てみると、そこにはいつの間にか両手に持つ鎖鎌の鎖付きの分銅を振り回しながら堂々と立つ白面の鬼女の姿があった。
「ギギぃ……ギイィィィィィィィーっ……ギィィィィィィィ!」
ブンブンーービューン、ビューンーーグルグルグルグルグルグルグルグル!
物凄い速さで振り回される遠心力を利用した鎖鎌の凄まじい鎖の回転が、近くにいた田代まさや・一ノ瀬九郎・二井枝玄の三人をまたも追い打ちとばかりに悉くなぎ倒し、吹き飛ばしていく。
「「ぐっわあぁぁぁーーーーっ!」」
そしてトドメとばかりに下で倒れている宮鍋功の腹部に何度も蹴りを入れながら白面の鬼女は、再び白い腹黒羊こと羊野瞑子の方を見る。
「ゼンザの邪魔モノ達ハ……これで消えタゾ。では……ハジメヨウカ!」
そう言うと白面の鬼女は、更に手に持つ鎖鎌の鎖の回転速度を上げながら攻撃に移るチャンスを伺う。
そんな攻防一体の鎖鎌の凄まじい回転による迫力ある鎖の結界に羊野は迂闊に近づくこともできないでいるようだったが、何かを思いついたのか近くにある椅子を持ち上げると、その椅子を白面の鬼女に目がけて豪快に投げつける。
その投げつけられた椅子を白面の鬼女は余裕で交わすが、手当たり次第に次から次へと投げつけられる椅子についには白面の鬼女の回りは椅子だらけになってしまう。勿論その障害物とも言うべき椅子に当たって回転する鎖鎌の鎖の速度は完全に失速し、ついには完全に止まってしまう。
「し、シロイ腹黒ヒツジぃぃぃぃ!」
「ほほほほ、確かにあの鎖鎌の鎖の回転の間合いの中には迂闊に近づくことはできませんが、その回転速度が生かせる環境を壊してしまえばいいだけの話ですわ。なのでもう大振りの遠心力による高速回転はできないと思いますよ。よく下を見て鎖を回さないと床に落ちている椅子に当たってしまいますからね。そしてその僅かな隙を私は決して見逃しません! そうですその鎖鎌の鎖による回転は、障害物が落ちていない間合いでのみ初めて効果が発揮される武器なのですよ。なので回りに障害物が落ちていたら安心して鎖を回すことができないのです。まあ素人が相手なら手に持つ鎖の長さを瞬時に調節したりして対応もできますが、この私が相手ではそうも行きませんよね。なにせ戦闘中にもしも下に落ちている椅子に鎖が当たってしまったら回転の邪魔になるかも知れませんし、その僅かな隙を突かれたら、それは即ち……速自分の死に繋がりますからね!」
「ぐグ……イスをナゲつけルとは……シンプルナ……手ダガ……中々にユウコウな手では……ないか。ならセッキン戦でイクゾ!」
「望むところですわ!」
互いに言葉を掛け合うと白面の鬼女と白い腹黒羊の二人は、互いの得物を構えながらその殺意と狂気をぶつけ合う。
*
ガッキィィィーン! ガッシャアアァァァァーン! シャッキィィィィーン!
その三分後。激しく動く事で響く壮絶なまでの激しい足音と、二つの刃物がぶつかり合う事で響く金属音が緊迫した衝撃となって三階の食堂内を激しく揺らす。
まるでネコ科の猛獣のようなしなやかで素早い動きで攻撃を繰り返す白い腹黒羊に対し、白面の鬼女は闘志溢れる手に負えない暴れ牛のように羊野の攻撃を防ぎながら一撃のもとにその首をへし折る、その僅かなチャンスを狙う。
そして案の定……やはり長期戦は不利なのか……少しづつ疲れが見え出した羊野の動きに僅かな隙とタイミングを見つけた白面の鬼女は物凄い速さとタイミングで羊野の細い首元をがっしりと掴むと、そのまま右手の指に渾身の力を入れながら羊野の首を力強くくびり潰そうとする。
その余りの苦しさに両手に持っていた打ち刃物の包丁を床へと落としてしまった羊野は、ゴホゴホと激しく咳き込みながらも震える手で白面の鬼女の右腕を掴む。
「が、が……ゴホゴホ……ゲホッ……ぁぁ……」
「ギギぃ……ギイィィィィィィィーーーーっ、ようやくツカマエタぞ。もうコノ……手は絶対にハナサナイ。後はコノママ……首をシメアゲテ……殺すダケダ!」
「ひ、羊野、今いくぞ!」
羊野瞑子のピンチに勘太郎が思わず声を上げたその時「ギイィィィーっ、い、痛いぃ!」と叫びながら何かにはじかれたかのように羊野の首から右手を離す。その思いがけない痛みについ手を離してしまった白面の鬼女は、防御体勢を取るために反射的に後ろへと飛び跳ねる。
そんな白面の鬼女の思わぬ行動を見て一体なにが起きたのかとよ~く観察して見ると、先ほど羊野の首に手を掛けていた白面の鬼女の右腕からは真っ赤な血が下へと滴り落ちていた。
「シロイ腹黒ヒツジぃぃぃぃ……やってクレタナ。俺に捕まったトキノために、ソンナモノを腕にカクシ持ってイタノカ!」
その白面の鬼女の言葉に勘太郎は直ぐに羊野の方を見てみると、その右手には真っ赤な血で染まった鋭いシャープペンシルが力強く握りしめられていた。
「ゴホゴホ……ゲホゲホ……捕まった時のことを……ゴホゴホ、考えてですって……ゴホッ……違いますわね。わざと隙を作ってあなたを負傷させるように誘導したんですよ。引っかかりましたね!」
「フフフフ……つよガリを……いいヤガッテ。この負けずぎライが!」
「まあ、いずれにせよです。僅かではありますが、負傷もさせましたし……今のであなたのやる気は大分削がれたはずですから、ここからが本番ですわ!」
そう言い放つと羊野は着込んでいるウエアの背中に両手を回すと、長く白い後ろ髪をかき分けながら背中から大きな一振りの大鉈を取り出す。
そのずっしりとした重い大鉈の刃先を床に擦り付けながら羊野は赤く不気味に光る白い羊のマスクから見える野獣の眼光を白面の鬼女に向ける。
「それでは任務を遂行させていただきますわ!」
「任務……ダト?」
困惑しながらも防御態勢を取る白面の鬼女に羊野は豪快に手に持つ大鉈を振り下ろす。当然その一撃を両手の握力でピーンと張られた鎖鎌の鎖で防ぐつもりの白面の鬼女だったが、羊野の狙いは白面の鬼女自身の体ではなく、白面の鬼女が持つ鎖鎌の柄の部分だった。つまり鎖鎌の柄の部分に繋がっている鎖の付け根を見事に破壊し、分断する事に成功したのだ。
ガッキィィィーーーーーーーーン! という豪快な破壊音を響かせながら鎖鎌とその先に付いていた鎖が見事に分断された事に一瞬たじろぐ白面の鬼女だったが、邪魔になった鎖の方を投げ捨てながら直ぐに手持ちの片手鎌の刃先を羊野に向ける。
「ギギぃ……その大鉈の一撃によるハカイは……ワタシが持つ鎖鎌の持ち手のエト……クサリトヲ……分断するタメニ、ヨウイシタものダッタのか。ぬ……ヌカッタわ!」
「ほほほほ、最初にその鎖鎌を見た時、その変幻自在の鎖鎌がどうしても邪魔だと思いましたからね。なので、この戦いにおいてはどうしても先にその片手鎌と鎖とを分断して起きたかったのですよ。この後のあなたとの戦いには、ウチの上司が控えていますからね」
「ウチの上司だと……?」
「もうお膳立ての仕事もしましたし……前座も務めましたから、そろそろいいですよね。時間稼ぎは終わりました。黒鉄さん、そちらの準備はできましたか!」
「ああ、いいぜ。いつでもいけるぜ!」
「というやる気満々な黒鉄さんの返事が聞こえましたので、わたしはもうこれで後ろへと下がらせていただきますわ。本来ならせっかくの好敵手ですし、血しぶき溢れる血と狂気の共演を心ゆくまで楽しみたかったのですが、麓で敗退を帰した黒鉄さんのリベンジも控えていますからね、なのでここは大人しく上司の顔を立てて差し上げますわ」
「上司……クロガネさんダト……マサか?」
まさかとばかりに白面の鬼女が振り向いてみるとその先には、左手に黒鉄の警棒を携えて前に立つ、黒鉄勘太郎の姿があった。
勘太郎は直ぐさま後ろへと下がる羊野に「ご苦労!」と声をかけると、目の前に立つ白面の鬼女を見据えながら激しく睨みつける。
「白面の鬼女……まさかあんたが依頼人の如月栄子であり、麓で途中から上へと上がってきた、あの江田俊一だったんだな。流石に予想外過ぎてすっかり騙されてしまったぜ。そしてそんなお前にはもう何度も煮え湯を飲まされて来ているからな。最初にあった廃別荘のある森の中では初顔合わせにも関わらず、豪快に威嚇をされるし……。山荘ホテル内では臨時の管理人の小林さんが殺されるし……。下に降りた麓では抵抗して見たものの、健闘空しく完膚なきまでに叩きのめされた上に陣内朋樹が犠牲になるし……。山荘ホテルの前の外では人質に取られそうになった上に斉藤健吾を殺されるし……。流石にもうあんな無様な失態は二度とごめんだぜ!」
そこで勘太郎は自分が発していた一つの言葉の矛盾に気付く。
(あれ、どこか今の話の中で、若干可笑しな所があるぞ。最初に白面の鬼女と遭遇したのは確かに……廃別荘のある森の中だったが、あの時俺の近くには確かに如月栄子がいたはずだ。なら俺と如月栄子の前に現れたあの白面の鬼女は一体だれだったんだ?)
「おい、ここまで来たんなら、もう本当の事を話せよ。白面の鬼女……お前に協力者は本当にいないのか?」
「ああ、イナイ……オレハ……一人だ……ヒトリでこの犯行をジツゲンさせてイル」
「一人だと、そんな訳がないだろう。じゃ一体あの最初にお前と一緒に会った、あの白面の鬼女はどう説明をするつもりなんだよ。あの時お前は如月栄子として確かに俺の隣にいたんだから、お前が白面の鬼女になれる訳がないだろう。そうだよな!」
その勘太郎の言葉を聞いてようやく勘太郎が言おうとしていることを白面の鬼女は理解する。
「ああ、アノ廃別荘のアル森のナカデ現れた白面の鬼女ノことカ。タシカニあれは不可解で……アリエナイことダッタな。でもマア……今となっては……ナントナク見当がツクガナ」
「見当が付くだと、それは一体どう言う事だ?」
勘太郎は更なる質問で話を返そうとしたが、そんな疑問や質問を遮るかのように白面の鬼女が片手鎌の刃先を勘太郎に向ける。
「そのハナシは……アトデ後ろにいる羊のキョウジンにデモ聞くんだナ。まあソレモこのワタシを倒すことがデキタらの話だガナ!」
「そうだな。ならボチボチ始めようか」
「ギギぃ……ドウヤラまだ懲りないヨウダナ。麓でワタシにボコボコにされたコトヲもうワスレタのか。アノトキハいろいろとアッテ見逃してヤッタガ……もうテカゲンハしないぞ!」
「あの時のリベンジを見事果たしてやるぜ。こい、白面の鬼女!」
そう凄みながら渾身の一撃とばかりに左手に持つ黒鉄の警棒を白面の鬼女の右肩に叩き込もうとした勘太郎だったが、寸前の所で白面の鬼女が持つ片手鎌の刃で受け止められてしまう。
そのはじかれた黒鉄の警棒を左手で難なくキャッチした白面の鬼女は勘太郎が持つ警棒による攻撃を封じた事を確認すると、今度は勘太郎の左の首元を目がけて片手鎌の一撃を素早く叩き込む。
「「探偵さん!」」
勘太郎の無駄な抵抗にも見える絶対絶命的な状況に皆が驚愕し、流石にもう駄目かと思われていたが、その鋭い刃による一撃を勘太郎は左の腕を盾代わりにしてどうにか凌いだようだ。
当然のように勘太郎が左腕で受け止めた片手鎌の刃は深々とウエアの左腕のナイロン繊維の生地の中に消え。中から飛びでた綿の繊維の他に、謎の茶色い液体が片手鎌の刃先から柄を伝って……白面の鬼女が持つ左手へと流れ落ちる。
「な、ナンダ……コレは?」
「さあ、何かな。なんだと思う」
質問を質問で返した勘太郎は、白面の鬼女の片手鎌の攻撃により今現在突き刺さっている左腕の切り口を刃先を白面の鬼女の顔に向ける。その瞬間更に切口が大きくなった勘太郎の左腕からは大量の液体が漏れ、白面の鬼女の全身に浴びせ掛かる。
「なんだ、このネバネバ……ツルツルとした液体はイッタイなんだ。このよーく嗅いだコトノあるニオイは……マサか!」
「そうだよ、油だよ、油。まあ、油と言っても厨房の台所にあったサラダ油だがな。左腕に分厚い雑誌をかぶせるようにロール状に巻き付けて。その雑誌を丸めた上にサラダ油のボトルをガムテープでグルグル巻きにして、更にその上に厚手のスキーウエアを着込めばそれで完成さ。今の片手鎌の刃の一撃はサラダ油のボトルと小手と化した雑誌でどうにか防ぐ事ができたみたいだし。その左腕に同時に仕込んでおいたサラダ油の液体の方もどうにか白面の鬼女の全身に降り掛けて浴びせる事ができたみたいだから……もう自慢の握力を生かした攻撃も自由には使えないと思うぜ!」
「ナニをばかなコトヲ……イッテいル……そのアタマ……ニギリ潰して……クレルワ!」
勢い任せに勘太郎の頭を左手でわしづかみにする白面の鬼女だったが、もう既に白面の鬼女の左手がサラダ油まみれになっているのか、アイアンクローのように強い握力で頭を握り潰そうとしても、簡単にその指から逃げる事ができてしまう。それだけ手先が油で滑りやすくなっていて、相手の頭を上手く掴む事が出来ないのだ。
白面の鬼女は勘太郎を思うように掴む事が出来ない事を知ると今度は右手に持つ片手鎌を勘太郎に目がけて振り下ろそうとする。だがその展開はもう既に読めていたのか勘太郎は突然着ていたウエアを白面の鬼女に投げつけてその視界を一瞬奪うと、素早くポケットからチャッカマンを取り出し「熱さは平気かい。少しだけ熱くなるぜ!」と言いながら迷うこと無く白面の鬼女が着ている赤いワンピースの袖に火を着火する。
「ギギぃ……ギイィィィィィィィー! な、火ヲ付けるダナンテ……ナンテコトヲ……おまえ……追い詰めラレテ……イカレテいるノか!」
ボッオオォォォーーーーッ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォ!
「燃える……カラだが……モエルゥゥゥゥ!」
衣服にサラダ油の液体を掛けられるだけではなく、まさか火まで付けられるとは思ってもいなかった白面の鬼女は条件反射的に手に持つ片手鎌を捨てると、素早く床へと寝そべり、激しく転げ回る。
ゴロゴローーゴロゴローーーーゴロゴロゴロゴロ!
黒い煙を上げながら燃え広がろうとしている白面の鬼女の着ている赤いワンピースにどこからともなく消火器の消火剤が白い泡となって噴射される。その噴射液で燃えている火が消えた事を確認した白面の鬼女はその消火剤を掛けてくれた人物に視線を向ける。
その先にいたのは、赤い消火器を持った羊野瞑子だった。羊野は空になった消火器を持ち上げながら白面の鬼女に言う。
「ほほほほ、火遊びも結構ですが、こんな所で派手にお二人だけで燃え上がってしまったら私達までその被害を被らないといけませんからね。それは流石に勘弁してくださいな。こんな雪山の山頂で暖かな家を失うのはごめんですからね」
まるで床に倒れている白面の鬼女の行動を分析するかのように物欲しそうに後ろへと下がる羊野瞑子だったが、そんな羊野と交差する勘太郎が堂々と前へと出る。
「ほらよ、幾多の人々を切りつけて来た自慢の片手鎌が落ちているぞ。流石に丸腰の相手を狙い撃ちするのは気が引けるからな。と言いたい所だが、本音を言うと、下手に近づいて寝技にでも持ち込まれたら正直かなり危ないからな。武器は渡しておくぜ。つまり互いに立って最後は渾身の一撃で勝敗を決しようと誘っているんだよ。どうだ白面の鬼女、この挑戦、受けてみる気は無いか。互いにもう疲れているし、そろそろ頃合いかと思うんだ。もうこの戦いにも終止符を打とうぜ!」
「イイだろう、相手にナッテヤル!」
白面の鬼女は勘太郎が床を滑らせて渡してくれた自慢の片手鎌を手に取ると、少し焦げ跡が目立つ赤いワンピースのスカートの裾を翻しながら勘太郎の前に立つ。そんな白面の鬼女を激しくにらみつけていた勘太郎もまた、サラダ油の液体で汚れた手をタオルで拭きながら相手の動向を静かに伺う。
そう二人の間合いには緊張感溢れる静けさが辺りを包む。余りの緊迫感に人が息を吸うのさえ躊躇われる中、勘太郎が突如相手を挑発するかのように話し出す。
「どうした白面の鬼女、そんなに警戒なんかして、いい加減掛かってこないのか。武器もちゃんと渡してやったし、火も消してやったんだから、もう何回も俺に勝っているお前に俺を恐れる理由はないだろう。いい加減俺も体中サラダ油まみれになっているし、流石に気持ち悪いからな。風呂にも入りたいし、直ぐにでも勝負を始めようぜ!」
「サラダ油に火ヲカケルトハ……下手をシタラ自分も火だるまにナルとはカンガエナかったのか」
「サラダ油は意外にも直接火をつけてもそう簡単には火は付きにくいらしいぜ。でも、白面の鬼女お前のようにいかにも燃えやすい布地の赤いワンピースなんかを着ていたら、サラダ油の液体に直接火が付かなくても、その燃えやすそうな布地にサラダ油の液体が付着をしたら、火の熱を近づけた時にその表面に染みついた液体が気化をして、その気体から火が付きやすくなるらしいぜ。だから長いノズルになっているチャッカマンを使ったんだよ。あれなら少し離れた位置からでも安全に着火ができるからな」
「オノレ……そんな計算ヲシテイタのか。姑息なマネを……ユルサン……ゆるさんゾ……黒鉄のタンテイ!」
「一体どう許さないと言うんだ!」
「このワタシに……火ヲ使ったコトヲ……後悔サセテやる。この山に伝わる白面の鬼女の伝説によれば、その昔……どこかの豪族の姫君が……自分の部下達のウラギリニあって……金品を奪われた挙げ句に……証拠隠滅のタメニ……顔を無残にも焼かれテ……殺されたのだよ! ナラその焼かれた顔を伝説の通りに……モウ一度オマエに見せてヤルよ。この思わず目を背けたくなるような姿を見ながら……死ンデイケ!」
「いや、死ぬのはごめんこうむるぜ。いくぞ、白面の鬼女!」
大きな声を上げながら全速力でダッシュをする勘太郎に向けて、白面の鬼女は被ってある白面のマスクを外しながらその素顔を不気味に、そして勢いよく晒す。その見せつけた顔は重度の火傷の為か酷く炭化をしていて、とても生きていられるとは思えない程の黒いひび割れた顔していた。
その黒炭と化した恐ろしい顔が周りにいる他の人達の目にも嫌でも入り、その驚きの為か皆が不安と恐怖で騒ぎ出す。
白面の鬼女の酷たらしい顔を見た他の人達は皆条件反射的にその視線を外し、女子に至っては「きゃあぁぁ、いやー、見せないで、きゃあぁぁ!」と悲鳴を上げながらパニックになる者もいる始末だ。
当然白面の鬼女が仮面を外した狙いもそこにあったのだが、全く目を逸らす事無く真っ直ぐに見据える勘太郎は白面の鬼女の炭化した火傷の顔を真剣な眼差しで見つめながら堂々と迫る。
「ナゼ、なぜだ、ナゼオマエはこの顔カラ目をソラサナイ。このカオが怖くはナイのか?」
「その顔を見るのはもう二度目だし、もう慣れているからな。その顔で俺の戦意と視線を瞬間的に外させてその隙を狙って片手鎌の刃の一撃を繰り出すつもりなんだろうが、どうせその炭化した火傷の顔も偽物なんだろ。なら恐れる必要はないよな。なら安心してその顔面に俺の拳を叩き込む事が出来るぜ!」
「ギギぃ……ギイィィィィィー、イイ覚悟だ、ならやってみろ、黒鉄のタンテイ!」
勘太郎は手に持っている黒鉄の警棒を白面の鬼女の体に目がけて叩き込もうとするが、当然白面の鬼女は難なくその攻撃を交わす。だがその瞬間二人の足下でバキーンと大きな音がなる。
なぜかは知らないが勘太郎が振りかぶりざまに持っていた黒鉄の警棒を床へと叩き落としたからだ。
(一体何だ……なぜ黒鉄の探偵は手持ちの警棒を自分から床へと落としたんだ?)
そんな事を考えながら白面の鬼女は手に持つ片手鎌を勘太郎の右首筋から左の心臓に目がけて勢いよく振り下ろす。
「死ねぇぇ……黒鉄のタンテイぇぇぇ!」
ガッーツン!
するとその瞬間、勘太郎の右の首筋に振り下ろしたはずの片手鎌の刃が首の皮の筋肉にはじかれて、柄の部分から鎌の刃が勢いよくすっぽ抜け、高速回転をしながら高らかに宙へと舞う。
「バ、バカナ……えの……柄の部分カラ、刃がスッポ抜けタ……だと。アリエナイ。こんなコトハ、サスガニあり得ない。そんなバカナ?」
大きく前のめりになりながらも激しく振りかぶってしまった為か、直ぐには態勢を戻すことが出来ない。そんな動作が後手へと回っている白面の鬼女の耳に、勘太郎の凄みのある声が覚悟と勇気と共に届く。
「歯を食いしばれ、白面の鬼女!」
その声にはっとした白面の鬼女が勘太郎の方に顔を向けた瞬間、勘太郎の豪快且つ渾身の右ストレートが白面の鬼女の顔に叩き込まれる。
「うっりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーぁぁぁ!」
その熱き気合いと共に勘太郎の右ストレートは白面の鬼女の顔面へとめり込み、顔を覆っていた炭化した黒いひび割れた顔は大きく崩れ落ち。黒炭と化した皮膚の表面がボロボロと壊れるように崩れ出す。
「ぐっはぁーーーぁぁぁ!」
思わぬ出来事が起きたとはいえ、不意に顔に拳を叩き込まれた白面の鬼女は、そのまま体勢を大きく崩しながら、後ろに置いてある椅子と机の間へと勢いよく倒れ落ちる。
勘太郎はそこで白面の鬼女と間合いを取りながら再び立ち上がるのをずっと待ち続けていたが、余裕を見せているのか白面の鬼女はその場から直ぐには立ち上がる気はないようだ。
その証拠に白面の鬼女は半分崩れ落ちている黒ずみと化した仮面の間から見える、本当の素顔を覗かせながら、目の前に立つ勘太郎を見上げる。
「まさか、お前が何気に渡したあの片手鎌に……鎌の刃がすっぽ抜けるような仕掛けが施されていようとは、正直だまされたぜ。あのサラダ油を使った放火の流れは……俺を焼き殺そうとしたのでは無く、この鎌を俺に持たせる為にわざわざ作り上げた伏線だったのか。100パーセント俺に且つ為に……」
「まだ勝ってはいないがな」
「しかも、よーく見たら鎌の刃も潰してあるようだな。あのどさくさじゃ刃を確認している余裕は当然なかったし、これじゃ何も切れっこないぜ!」
「そのお前が振り下ろした片手鎌は……麓に降りた時に俺に闇喰い狐が投げつけてきた時の片手鎌だ。その時に下から持ってきた片手鎌の刃と、柄の部分をつないである留め金の部分を外して分からないようにして、見た目では宛もくっついているように見せかけていたのさ。後は放火の時に慌てて投げ捨てた片手鎌を素早く回収して、人知れず俺が予め用意して置いた、細工をした片手鎌をお前に渡して、渾身の一撃をお前の顔面にたたき込む最大のチャンスを密かに狙っていたのだよ。上手く決まってくれて良かったと言った所か!」
「そんな姑息な手を考えていたのか……。それに、くそ、お前の拳のお陰で、ついにボイス変換機能も壊れてしまったか。これじゃ声も変える事が出来ないぜ」
「もうあの片言の機械的な言葉も言えなくなったな」
「それにしても、お前はまだ俺と……とことん戦う気のようだな」
「そりゃそうさ。お前には出会った当初から負けっぱなしだったからな。力の差も、その戦闘の経験も、技術においても、お前の方が圧倒的に上だからな。だけど……だからこそ、例えどんな手を使ってでも一度くらいはお前にまともな攻撃をたたき込みたかったんだよ。その解があったと言った所かな!」
「なるほど……努力と工夫の結果、俺に一撃を浴びせる事ができたと言う訳か。流石は黒鉄の探偵だな。絶望的な恐怖とトラウマ的な敗北から問題点を探って……この俺に再び挑む為に勇気を振り絞って何度も……何度も立ち上がって来るとは……正直驚いたぜ。やはりお前は俺が最初に思った通りの凄い奴だったな。その絶望的な恐怖に……自分の弱さに打ちのめされながらも人のために動く勇気を……俺はこの目で直に見させてもらったぜ。君はやはり俺が思っていた通りの凄い探偵だったよ。例えどんなに無様で惨めでも希望と自分の信念を信じて必死にもがき足掻く、そんな黒鉄の探偵の勇気ある行動を見せつけられたら、嫌でもその誇りある勇気を認めない訳にはいかないだろ。麓では登山サークル部の人達に見捨てられてその場に置き去りにされたにも関わらず、その人達を守るために敢えてお前は負けると分かっていながらも自らの意思で俺達の足止めをしていたよな。その恐怖に挑む崇高な精神と勇気に……俺は無意識にお前を殺すのをためらっていたのかも知れない。それに誰かのために命をはれる人間を俺は殺したくは無いと言うのも本音だからな。フフフフ、人を非常にも殺すシリアルキラーの殺し屋が今更何を甘いことを言っているかと思うだろうが、お前をついには殺せなかった本当の理由はつまりはそこさ。狂人ゲームのルール上、先に探偵を殺してしまったら壊れた天秤の怒りを買ってしまうだとか……謎解きをする探偵は最後に殺さなけねばならないだとか……いろいろとお前を殺さない理由や理屈をこねてはいたが、とどのつまりはお前のように人を助けるために動く正義馬鹿は嫌いではないと言う事だ。そしておめでとう……この狂人ゲームは間違いなくお前の勝ちだ!」
突然、白面の鬼女にそんな事を言われて、勘太郎は思わず拍子抜けをする。流石にもう一戦くらいはあると考えていたからだ。
勘太郎は中々立ち上がらないでいる白面の鬼女に疑いの目を向けながらその真意を注意深く探る。
「一体どう言う事だ。確かに俺の渾身の右ストレートを顔面に受けて見事に吹き飛んだとはいえ、まだまだやれるだろう。そんな大したダメージはくらってはいないはずだ。火だって直ぐに羊野の奴が消火器で消したから火傷だってしてはいないだろうし」
「いいや、どうやら先ほど豪快に転んだ拍子に足をひねったらしくてな。どうやら立ち上がってもまともに戦えないどころか歩くこともままならないようだ。だからこそお前の勝ちなのだよ。黒鉄の探偵……お前はどうやら運にも恵まれているようだな。そんな勝利者たるお前に俺がなぜ今回の狂人ゲームに……いいや如月栄子さんの闇の依頼を受ける事を承諾したのか……その経緯を教えてやるよ」
そう静かに言うと白面の鬼女は片手で口元を押さえながら、今回の殺しの依頼の経緯を話す。
「もう知っているとは思うが、俺は江田俊一でも……本当の依頼人の如月栄子ですらない。この山の山頂の何処かで行方不明になっている如月妖子の遺体の捜索と……その犯人を見つけ出して殺す依頼を受けた、円卓の星座の……狂人だ。そしてこの山一帯を納める地主であり、山荘ホテルの正式な所有者だ。つまりはこの山荘ホテルのオーナーだよ。だからこそロープウェイの改造や山荘ホテル一帯の地下に繋がる抜け穴を見た時、俺が犯人だと直ぐに分かったんだろ。なにせ無断でこんな大掛かりな仕掛けを作れるのは、この山荘ホテルを所有している持ち主以外には考えられないからな。そうだろう、白い腹黒羊!」
その白面の鬼女の呼びかけに後ろに控えていた羊野が羊のマスクを脱ぎながら笑顔で返す。
白面の鬼女は話を続ける。
「本物の如月栄子は末期の肺癌を患っていて、今は呼吸器に繋がれてICUの集中治療室で病院のベットの上にいるよ。その彼女が一~二ヶ月前に私に言ったんだよ。あなたの縄張りでもあるこの山頂で、一年半前に不可解な行方不明を遂げた……私の最愛の妹をどうか見つけ出して欲しいと。そしてその行方不明には恐らく、あの登山サークルの部員達の誰かが関わっているだろうから、その人物も見つけ出して必ず妹の復讐をしてくれと……そして叶うのなら如月妖子の遺体も見つけ出して欲しいと、依頼人である如月栄子は意識がある時にそんな事を俺に言っていたんだよ。だがそんな事を言われても正直、俺は殺しが専門だし、人探しは苦手というか専門外だったんで、一体どうしようかと思っていたんだが。それからしばらく経ったその矢先に、行き成りあの壊れた天秤から連絡が来て。この山頂で『白い羊と黒鉄の探偵』を相手に狂人ゲームをして推理対決をしてくれたら、人員とトリックに使う資金援助は無限に出すし、勝負に勝ったさいの報酬も当然約束をすると言われたから、お前達や今回のターゲットでもある大学の登山サークル部の部員達をこの山荘ホテルに誘き出すついでに、如月妖子の遺体探しの場所も調べさせようと思ったんだよ」
「そうか、だから今は集中治療室にいて身動きが取れない本当の如月栄子さんに成り代わって……白面の鬼女、お前が偽者の如月栄子になりすまして依頼をしに、わざわざ北海道から~関東県内に来てまで依頼を受理させに来ていたのか。全ては妹の如月妖子さんの死体の在りかを探らせる為と、俺達を確実にこの北海道の地に誘導し誘き出す為に。俺達をこの狂人ゲームの舞台に上がらせ巻き込む事が、壊れた天秤からの条件であり要求だっただろうからな!」
「まあ、そういうことなんだが……その思惑すらも、お前の所にいる……あの白い羊の狂人に、まんまと利用されたのかもな。本当に食えない奴だぜ」
そう言いながら白面の鬼女は羊野の方をマジマジと見る。
そんな白面の鬼女の意味ありげな視線に羊野は「さあ、一体なんの事ですかね」といいながらしらばっくれていたが、白面の鬼女を演じていたこの山荘ホテルのオーナーが小さく苦笑をしながら、口元から行き成りゲホゲホと大量の血を吐き出す。
「えっげぇぇ……ゲホゲホ……ゲホゲホ……ゲホッ!」
その光景を見た勘太郎は慌てふためきながら、思わず白面の鬼女の元へと駆け寄る。
「あんた、まさか……さっき口に片手を置いた時に毒物を口に含んでいたのか。もうどうあがいても逃げられないと思って……自殺を選んだんだな。ちくしょう、吐け、今すぐに毒物を全部、口から吐き出すんだ!」
そう必死に声を掛ける勘太郎に向けて白面の鬼女はもう手遅れだと首を横に振りながら、静かに微笑む。
「黒鉄の探偵……あなたも知ってのとおり、狂人ゲームに負けて正体を知られた狂人は、人知れず組織に抹殺される運命にあることは知っているはずだ。だったら私はここであなたの見てる前で死にたい……この私が真に求めた勇気ある探偵の前で……」
「な、何を勝手なことを言っているんだ。あんたは生きて罪を償わなきゃ駄目に決まっているだろ。まさか今までに犯した罪から逃げるつもりか。そんな勝手な事は絶対にさせねえぞ!」
如月栄子の偽物に顔を近づけて言う勘太郎に、白面の鬼女は死が迫る中もう殆ど出ない声を振り絞りながらあらん限りの声で言う。
「た、探偵さん、虫のいい話ですが、一つお願いがあります。如月栄子の妹……如月妖子の遺体を見つけ出したら、その報告にはあなたが直接お姉さんでもある如月栄子さんの元に報告をしに行ってはくれませんか」
「なぜだ、なぜあんたはそこまでして如月栄子さんに協力をするんだ。ただ依頼を受けたからと言う訳ではないだろ」
「さあ~何故でしょうね。幼い昔、私にも亡くなった妹がいたからでしょうか。今までどんな殺しの依頼をこなしても、こんな気持ちは決して抱かなかったのに……今回は一体なぜでしょうね。実は自分でもよく分からないのですよ。ただ、必死に泣きじゃくりながら頼む如月栄子さんの妹を思う姿に……私は忘れていた何かを感じたのかも知れません。だからこそこの事件の結末の最後のけじめの報告だけは、あなたの言葉を返して直接、如月栄子さんに知らせに行って貰いたいのですよ。一年半前……行方不明になった妹さんを探して……まるで痩せ衰えた幽霊のように山頂中を探し回る如月栄子さんの哀れな姿をみて私は、毎日この山頂に来ては当てもなく探し回る彼女をとても見てはいられませんでした。しかも彼女は末期の癌を持っていてそう長くはないと医者にも宣告をされていたようです。そしてそんな私が真に我慢ができなかったのは、この私が管理をするこの山頂のテリトリー内で、私の預かり知らぬ所で起きた事件であり犯罪だと言う事です。この山の根城で幾多の殺しを実行して来た狂人としてはその誇りと意地に賭けても、この山で勝手に殺人事件を犯した犯人達に対して、必ず見つけ出して血の制裁をくれてやらなけねばと思いましてね。今回この狂人ゲームに参加をする事にしたのですよ」
「そんな、身勝手な理屈が通じるとでも思っているのか。自分の罪はちゃんと逮捕されて継ぐなえよ。死んで逃げるだなんて卑怯だぞ!」
「フフフフ、狂人は皆誰だって自分勝手で卑怯な者なのですよ。あなたはその事をよ~く知っているはずじゃないですか。さ、さ、最後の最後に私はあなたに負けはしましたが、妹の……如月妖子さんの遺体の在りかも見つかって……最後は結果オーライと言った所でしょうか。まあ、殺人鬼の私が言うことでは無いのですがね……ふふふふ!」
小さな荒い息を吐きながら既に息絶え絶えのこの山荘ホテルのオーナーは最後の懇願とばかりに勘太郎を見つめていたが、そんな白面の鬼女の思いに応えるかのように勘太郎は胸を張りながら大きな声で言う。
「ああ、ああ、分かったよ。仕方が無いな。姉の如月栄子さんへの報告は俺に任せろ。この山を降りたら一早くその如月栄子さんのいる病院に行って、妹さんの遺体が見つかった事を直ぐにでも報告に行ってやるぜ。妹さんの遺体を手厚く弔ってやる事が如月栄子さんの遺志であり願いだと思うからな。お前もそう思っていたからこそ、如月栄子さんの命が消える前に、妹さんの遺体が見つかった事をどうしても報告がしたかった……そうなんだろう」
「ひ……否定は……しない……さ」
「乗りかかった船だからな。いいぜその大役、俺が引き受けてやるよ!」
そんな勘太郎の精一杯の心遣いに白面の鬼女は如月栄子の声の真似をしながら、優しい声で「お願いね、黒鉄の探偵さん……」といいながら声を発すると、静かに息を引き取るのだった。
*
その数十秒後……。
「白面の鬼女……」
もう既に息をしていない白面の鬼女を見ながら壮絶な戦いの終焉に浸る勘太郎だったが、食堂の端付近で怪我の手当をしていた田代まさやが何かに気付いたかのように大きな声で叫ぶ。
「あああ、大石学部長と飯島有の二人がいつの間にかいないぞ。きっとICレコーダーや赤いワンピースとかの証拠隠滅に向かったんだ。早く慰霊碑の所に行かないと証拠を全て消されてしまうぞ!」
「し、しまった。このどさくさ紛れに、あいつら慰霊碑の所に行きやがったな。急がねばなるまい。いくぞ、羊野!」
白面の鬼女に扮していた、この山荘ホテルのオーナーでもある(まだ本当の名前も解らない)男性の死亡を確認した勘太郎は死体に軽く手を合わせると、直ぐさま下に降りようと走り出そうとする。
だが慌てふためくそんな勘太郎の様子を見ていた羊野は極めて冷静な態度を取りながら落ち着いた声で言う。
「あ、大丈夫ですよ。恐らく大石学部長は証拠となる物は何一つとして持ち出せないかと。て言うか、もうそんな悪あがきをしても無駄ですのに」
羊野は大きく溜息をつきながら、同じく何か言いたげな顔をしている田口友子にその視線を向けるのだった。
緊張感漂う三階の食堂でその場にいる誰もが注目する中、両手に打ち刃物の包丁を携えた羊野は精巧に作られた不気味な羊のマスクから覗かせる赤い眼光を目の前に立つ白面の鬼女に向ける。
その今にも飛びかからんばかりの威圧的な態度に当然白面の鬼女も殺意を剥き出しにしながらこれに応じる。
その異質な二人の狂人同志の激しいにらみ合いにその場にいる皆が凍り付き、食堂内を嵐の前の静けさのような状態に包み込んで行くが、そんな一心即発しかねない状況の中、先に話しかけてきたのは以外にも白面の鬼女の方からだった。
白面の鬼女は威嚇をしながら両手に持つ鎖鎌の刃を前に突き出すと、目の前に立つ白い腹黒羊と呼ばれている狂人に向けて話しかける。
「ナゼ……なぜ……オレノショウタイガ……江田俊一ダト分かった。タトエ正体ガバレてもイイヨウニト……キサラギ栄子に疑惑の目がイクヨウニわざと証拠をノコシ……ユウドウモしたハズダ。なのにイッタイなぜだ!」
「簡単な事ですよ。私達は白面の鬼女……あなたの歩いた痕跡を追って、ついに如月栄子さん自身が白面の鬼女だと正体が分かる所まで到達する事が出来ました。ですが、そうなると少し可笑しな事に気付いたのですよ。白面の鬼女の正体が如月栄子さんだとバレてしまったら、その後白面の鬼女はどう動くのか……とね。そう考えるのなら必ずあなたは、不足の事態の時の事を考えて、脱出する為の逃げ道を必ず作っているはずだと考えました。なぜなら如月栄子さんという人物をこの場で白面の鬼女だと誤認させる事が、この殺人計画の一つだったはずですからね。そうですよね。あんな大掛かりな仕掛けをこの山頂に施してあるあなたのことです。きっとその仕掛けが見破られた時の事を考えて逃げ道として江田俊一さんという架空の人物を作り上げて、一人二役として再びこの山荘ホテルに舞い戻ったのでしょうが、それが私の不信を買う事になりました。それに、あの如月栄子さんの声を真似て簡単な受け答えができるAIロボットをアリバイ作りに利用するという発想と意外性には流石の私も一時期はすっかり騙されましたが、地下の抜け道から如月栄子さんの部屋の中にたどり着いてあのAIロボットを発見した時に……こんな大掛かりな仕掛けが見つかったら芋ずる式に全てのトリックが暴かれてしまうというのに白面の鬼女はこの後どうするつもりなのだろうと少し考えを変えてみました。このままウムも言わさずにどこかに隠れて、ただ闇雲に殺戮を繰り返すだけなのか……それとも誰かになりすましてこの狂人ゲームを継続して行くのか。そう考えたのなら、如月栄子さんは山頂に上がってきたあの三人の中に必ずいるという事になります。そしてその三人とは江田俊一さん・宮鍋功さん・島田リリコさんであり、この三人の中に白面の鬼女が新たに役を演じなけねばならない人物が必ずいると想像をしてみました。でもそうなるとこの中の誰かになりすまして山頂まで上がってきた白面の鬼女は必ずどこかのタイミングで如月栄子さんに戻らないといけませんよね。でもいきなり知らない人が如月栄子さんの部屋に入っていくところを誰かに見られでもしたら、それこそ本末転倒です。なら白面の鬼女は一体どうしたのでしょうか。そう考えた時に自ずとこの三人の中の誰が白面の鬼女なのかがわかったのですよ。そして如月栄子さんが白面の鬼女の正体だとわかった時にはその考えは確信へと変わりました」
「ホウ……どうワカッタト……イウノダ?」
「だって私が調べた所、如月栄子さんの部屋の窓の鍵は開いていたんですよ。二階に部屋が割り当てられた宮鍋功さんと島田リリコさんは階段を降りないと如月栄子さんの部屋には行けませんが……江田俊一さんは違いますよね。だって隣に如月栄子さんの部屋があるんですから。でも部屋から部屋へと鍵を使ってドアを開けて出入りをしていたら、もしかしたら何かの拍子に誰かに目撃されてしまうかも知れない。だからこそお互いに隣にある部屋の窓は施錠はされずに常に開いていたのですよ。この窓から移動したのなら、誰にも見つかる事無く江田俊一さんの部屋と隣にある如月栄子さんの部屋を行き来する事ができますからね。しかも小リスクで。つまり二人の部屋の窓は二つとも開いていてそこから壁を伝って出入りをしていたと言う事です。窓の下に積もっている雪には足跡が当然ないのでまさか二人が一人二役だという発想には至らないでしょうし安心しきっていたのでしょうが、如月栄子さんが崖から落ちて死んだと誤認させるトリックを一刻も早く完成させようと急いでいたのでしょうか。あなたはその時に恐らく重大な証拠を残しています。如月栄子さんと江田俊一さんが同一人物であるという重大な証拠を」
「ダカラそれは……イッタイなんだト……イウノダ?」
「如月栄子さんの部屋の窓枠と江田俊一さんの部屋の窓枠の横の部分に僅かに何かの土のような汚れがこびりついていたのですよ。そしておそらくそれは、この山荘ホテルへと繋がる秘密の地下通路から移動をして来た時についてしまった土塊だと推察されます。おそらく白面の鬼女の衣装は、いつもはあの地下通路の一角に密かに隠していたのではありませんか。そしてこの地下通路で隠れて着替えをしていたからこそ、私達は神出鬼没な白面の鬼女がいる痕跡をどうしても見つける事ができませんでした。ですが、何かの拍子にその汚れが目立つ土壁に衣服を擦ってしまった事でそこから証拠が浮上し。白面の鬼女の衣装から江田俊一さんの衣服へと早く替えをしている時に、汚れが目立つ土壁に着ている衣服の一部を擦ってしまい、そのまま汚れが衣服へと付着をしてしまった」
「服にツイタ僅かな汚れダト……そんなバカナ……ソンナ些細なモノから探り当てタとイウノカ!」
「そして如月栄子さんの部屋から隣の部屋に移動をする時にあなたは当然窓枠からの移動を選んだはずです。ですが、その時に無意識的に泥がついてしまった衣服を窓枠にこすりつけてしまった。一つの窓枠のみならず、二つの窓枠の同じ位置にその土塊がこびりついていたと言う事は、恐らくあなたの衣服の肩の辺りにでも汚れが付着していて、窓枠を伝いながら移動をした際にその窓枠に無意識的に寄りかかったのではありませんか。そしてそんな証拠を残してしまったのは、その窓枠に肩を預けるのがあなたの癖だからです。そうですよね。だからこそ私は、同じ土の汚れが二つの部屋の窓枠に付着をしていた事に気づけたのですよ。後は壁を伝った時に這わせたゴムの破片ですかね。おそらくこのゴムの破片は白面の鬼女が全身に装着している寒さに強い水中ダイバー用のウエットスーツの厚手のゴムの破片のようですが、ウエットスーツを着たまま部屋を壁伝いに移動したとは流石に考えづらいので、恐らくはゴム手袋のような物を装着して壁伝いに移動をしたのでしょう。理由は勿論この山荘ホテルの壁にできるだけ指紋を残さないようにする為です。いつの時期に残した痕跡かは分かりませんが、このゴツゴツとした岩壁を移動した時にでもそのゴム手袋をどこかに引っかけて破ってしまった時期があるはずです、その時に岩壁に僅かに付いたゴムの破片の痕跡もこの壁を伝ったという証拠に充分になりましたから、あなたが如月栄子さんを演じている江田俊一さんだと言う事がわかったのですよ。その口元が見えないくらいに立派な口髭も……表情が見えないように掛けてある真っ黒なサングラスも……印象をがらりと変えるスキンヘッドも……そして野性味溢れるワイルドなあの服装も……如月栄子さんの清楚な女性から少しでも掛け離れるように見せる為の変装だったのですね。印象だけでは無く、まさか性別すらも変えて正反対の人物を平然と演じていただなんて、もうすっかり騙されてしまいましたわ。本当に見事でした!」
「先ほど……厨房で……俺とイッショニいた時……敢えてキヅカナイふりをしていたのか。ソノコトニ俺が気付いたら……そのショウコヲ隠滅してしまうかもシレナイから。ダカラこそ……江田俊一を演じてイタ時の衣服ノ肩に、ワズカナ汚れがツイテイタ事を敢えて黙っていたのか。既にモウ……確認ズミだったカラ」
「ええ、あなたを捕まえてから、江田俊一に扮していた時の衣服の汚れを調べる事ができれば、地下の通路にある土塊と同じ成分だと言う事が実証できると思いましたからね」
「ギギぃ……シロイ腹黒羊……やはりオマエはクエナイ奴だよ。ソノ噂にタガワヌくらいに腹黒なヤツダゼ。完全に我がトリックも……そしてその正体すらも……ミヌイタわけだな。ソウイウことだな!」
「ええ、あなたの本当の正体にも……当然気付いていますわ。白面の鬼女さん。でも、それを語るのはあなたを倒してからです。まだあなたには聞きたいことがあります。本当の如月栄子さんはどうなったのかをね。少なくともあなたにこの依頼をしてきたのは間違いなく本物の如月栄子さんのはずですから最後に本当の如月栄子さんの安否を確認しておかないと、後でウチの上司が口うるさく言うでしょうからね」
「ギギギィィ……いいだろう……オレニカツコトガデキタラ……その時は……オシエテやるヨ。俺も、シロイ腹黒羊……お前に一つだけドウシテモ聞きたいコトガあるカラな!」
そう言いながら二人が互いに持つ得物を構えたその時、周りにいる男達が皆、手にツルハシやスコップ、トンカチといった武器を持ちながら白面の鬼女を取り囲む。
「羊の女探偵さん、まずは俺達にやらせてくれ。こいつには俺達登山サークル部の仲間が二人も殺されているからな。ここで二人の敵を討ってやるぜ。よ~く考えたらこれだけの男達が揃っているんだから、みんなで囲んで袋にしてしまえば、例え凶悪な殺人鬼でも敵ではないぜ!」
そう言いながら前に出たのは、腕にはそれなりに自信がある宮鍋功である。その回りには田代まさや・一ノ瀬九郎・二井枝玄の三人が続く。
空手三段の宮鍋功は拳を固く握り締めると、白面の鬼女を見据えながら堂々と構える。
「いくぞ、江田さん……いいや、白面の鬼女。俺達が相手だ!」
「ギギぃ……イイだろう……こいや……ギイー!」
「でっやあぁぁぁーーぁぁぁ!」
気迫を込めた掛け声と共に放たれた右の拳が白面の鬼女の顔面へと放たれるが、その右手首を素早く取ると白面の鬼女はまるで前進する力をいなすかのように軌道をそらしながら相手の懐へと入り込む。
その瞬間宮鍋功の体は高らかに上がり、物凄い勢いと早さで床へと叩きつけられる。
「ぐっわっはあぁぁぁぁぁ! ば、馬鹿な……一体なにが……起きたと言うんだ?」
投げ飛ばされた当の本人も気付いてはいないが、どうやら物凄い速さで懐へと入られた挙げ句に、柔道の一本背負い投げで床へと叩きつけられたようだ。
悶絶しながら立ち上がれないでいる宮鍋功を見下ろしていた白面の鬼女だったが、背後から攻撃してきた田代まさやがスコップを振り下ろしながら白面の鬼女の後頭部を狙う。
だがその頭上から迫る田代まさやの攻撃は、両腕の力でピーンと張られた白面の鬼女が持つ鎖鎌の鎖で簡単に防がれてしまう。
ガッキィィィーン! ガリガリガリガリ……ン!
「ば、ばかな!」
田代まさやの振り下ろしたスコップの一撃を白面の鬼女は寸前の所で止めるが、そんな白面の鬼女の隙を突いて一ノ瀬九郎と二井枝玄の二人が、ツルハシとスコップを持ち上げながら物凄い勢いで襲いかかる。
「や、やめろ、お前ら。白面の鬼女を殺すつもりか!」
そう勘太郎が叫んだその瞬間。白面の鬼女を囲んでいた田代まさや・一ノ瀬九郎・二井枝玄の三人が行き成り勢いよく後ろへと豪快に吹き飛ばされる。
「「ぐわああぁぁぁぁぁーぁ!」」
一体なにが起きたんだとばかりに勘太郎は白面の鬼女の方を見てみると、そこにはいつの間にか両手に持つ鎖鎌の鎖付きの分銅を振り回しながら堂々と立つ白面の鬼女の姿があった。
「ギギぃ……ギイィィィィィィィーっ……ギィィィィィィィ!」
ブンブンーービューン、ビューンーーグルグルグルグルグルグルグルグル!
物凄い速さで振り回される遠心力を利用した鎖鎌の凄まじい鎖の回転が、近くにいた田代まさや・一ノ瀬九郎・二井枝玄の三人をまたも追い打ちとばかりに悉くなぎ倒し、吹き飛ばしていく。
「「ぐっわあぁぁぁーーーーっ!」」
そしてトドメとばかりに下で倒れている宮鍋功の腹部に何度も蹴りを入れながら白面の鬼女は、再び白い腹黒羊こと羊野瞑子の方を見る。
「ゼンザの邪魔モノ達ハ……これで消えタゾ。では……ハジメヨウカ!」
そう言うと白面の鬼女は、更に手に持つ鎖鎌の鎖の回転速度を上げながら攻撃に移るチャンスを伺う。
そんな攻防一体の鎖鎌の凄まじい回転による迫力ある鎖の結界に羊野は迂闊に近づくこともできないでいるようだったが、何かを思いついたのか近くにある椅子を持ち上げると、その椅子を白面の鬼女に目がけて豪快に投げつける。
その投げつけられた椅子を白面の鬼女は余裕で交わすが、手当たり次第に次から次へと投げつけられる椅子についには白面の鬼女の回りは椅子だらけになってしまう。勿論その障害物とも言うべき椅子に当たって回転する鎖鎌の鎖の速度は完全に失速し、ついには完全に止まってしまう。
「し、シロイ腹黒ヒツジぃぃぃぃ!」
「ほほほほ、確かにあの鎖鎌の鎖の回転の間合いの中には迂闊に近づくことはできませんが、その回転速度が生かせる環境を壊してしまえばいいだけの話ですわ。なのでもう大振りの遠心力による高速回転はできないと思いますよ。よく下を見て鎖を回さないと床に落ちている椅子に当たってしまいますからね。そしてその僅かな隙を私は決して見逃しません! そうですその鎖鎌の鎖による回転は、障害物が落ちていない間合いでのみ初めて効果が発揮される武器なのですよ。なので回りに障害物が落ちていたら安心して鎖を回すことができないのです。まあ素人が相手なら手に持つ鎖の長さを瞬時に調節したりして対応もできますが、この私が相手ではそうも行きませんよね。なにせ戦闘中にもしも下に落ちている椅子に鎖が当たってしまったら回転の邪魔になるかも知れませんし、その僅かな隙を突かれたら、それは即ち……速自分の死に繋がりますからね!」
「ぐグ……イスをナゲつけルとは……シンプルナ……手ダガ……中々にユウコウな手では……ないか。ならセッキン戦でイクゾ!」
「望むところですわ!」
互いに言葉を掛け合うと白面の鬼女と白い腹黒羊の二人は、互いの得物を構えながらその殺意と狂気をぶつけ合う。
*
ガッキィィィーン! ガッシャアアァァァァーン! シャッキィィィィーン!
その三分後。激しく動く事で響く壮絶なまでの激しい足音と、二つの刃物がぶつかり合う事で響く金属音が緊迫した衝撃となって三階の食堂内を激しく揺らす。
まるでネコ科の猛獣のようなしなやかで素早い動きで攻撃を繰り返す白い腹黒羊に対し、白面の鬼女は闘志溢れる手に負えない暴れ牛のように羊野の攻撃を防ぎながら一撃のもとにその首をへし折る、その僅かなチャンスを狙う。
そして案の定……やはり長期戦は不利なのか……少しづつ疲れが見え出した羊野の動きに僅かな隙とタイミングを見つけた白面の鬼女は物凄い速さとタイミングで羊野の細い首元をがっしりと掴むと、そのまま右手の指に渾身の力を入れながら羊野の首を力強くくびり潰そうとする。
その余りの苦しさに両手に持っていた打ち刃物の包丁を床へと落としてしまった羊野は、ゴホゴホと激しく咳き込みながらも震える手で白面の鬼女の右腕を掴む。
「が、が……ゴホゴホ……ゲホッ……ぁぁ……」
「ギギぃ……ギイィィィィィィィーーーーっ、ようやくツカマエタぞ。もうコノ……手は絶対にハナサナイ。後はコノママ……首をシメアゲテ……殺すダケダ!」
「ひ、羊野、今いくぞ!」
羊野瞑子のピンチに勘太郎が思わず声を上げたその時「ギイィィィーっ、い、痛いぃ!」と叫びながら何かにはじかれたかのように羊野の首から右手を離す。その思いがけない痛みについ手を離してしまった白面の鬼女は、防御体勢を取るために反射的に後ろへと飛び跳ねる。
そんな白面の鬼女の思わぬ行動を見て一体なにが起きたのかとよ~く観察して見ると、先ほど羊野の首に手を掛けていた白面の鬼女の右腕からは真っ赤な血が下へと滴り落ちていた。
「シロイ腹黒ヒツジぃぃぃぃ……やってクレタナ。俺に捕まったトキノために、ソンナモノを腕にカクシ持ってイタノカ!」
その白面の鬼女の言葉に勘太郎は直ぐに羊野の方を見てみると、その右手には真っ赤な血で染まった鋭いシャープペンシルが力強く握りしめられていた。
「ゴホゴホ……ゲホゲホ……捕まった時のことを……ゴホゴホ、考えてですって……ゴホッ……違いますわね。わざと隙を作ってあなたを負傷させるように誘導したんですよ。引っかかりましたね!」
「フフフフ……つよガリを……いいヤガッテ。この負けずぎライが!」
「まあ、いずれにせよです。僅かではありますが、負傷もさせましたし……今のであなたのやる気は大分削がれたはずですから、ここからが本番ですわ!」
そう言い放つと羊野は着込んでいるウエアの背中に両手を回すと、長く白い後ろ髪をかき分けながら背中から大きな一振りの大鉈を取り出す。
そのずっしりとした重い大鉈の刃先を床に擦り付けながら羊野は赤く不気味に光る白い羊のマスクから見える野獣の眼光を白面の鬼女に向ける。
「それでは任務を遂行させていただきますわ!」
「任務……ダト?」
困惑しながらも防御態勢を取る白面の鬼女に羊野は豪快に手に持つ大鉈を振り下ろす。当然その一撃を両手の握力でピーンと張られた鎖鎌の鎖で防ぐつもりの白面の鬼女だったが、羊野の狙いは白面の鬼女自身の体ではなく、白面の鬼女が持つ鎖鎌の柄の部分だった。つまり鎖鎌の柄の部分に繋がっている鎖の付け根を見事に破壊し、分断する事に成功したのだ。
ガッキィィィーーーーーーーーン! という豪快な破壊音を響かせながら鎖鎌とその先に付いていた鎖が見事に分断された事に一瞬たじろぐ白面の鬼女だったが、邪魔になった鎖の方を投げ捨てながら直ぐに手持ちの片手鎌の刃先を羊野に向ける。
「ギギぃ……その大鉈の一撃によるハカイは……ワタシが持つ鎖鎌の持ち手のエト……クサリトヲ……分断するタメニ、ヨウイシタものダッタのか。ぬ……ヌカッタわ!」
「ほほほほ、最初にその鎖鎌を見た時、その変幻自在の鎖鎌がどうしても邪魔だと思いましたからね。なので、この戦いにおいてはどうしても先にその片手鎌と鎖とを分断して起きたかったのですよ。この後のあなたとの戦いには、ウチの上司が控えていますからね」
「ウチの上司だと……?」
「もうお膳立ての仕事もしましたし……前座も務めましたから、そろそろいいですよね。時間稼ぎは終わりました。黒鉄さん、そちらの準備はできましたか!」
「ああ、いいぜ。いつでもいけるぜ!」
「というやる気満々な黒鉄さんの返事が聞こえましたので、わたしはもうこれで後ろへと下がらせていただきますわ。本来ならせっかくの好敵手ですし、血しぶき溢れる血と狂気の共演を心ゆくまで楽しみたかったのですが、麓で敗退を帰した黒鉄さんのリベンジも控えていますからね、なのでここは大人しく上司の顔を立てて差し上げますわ」
「上司……クロガネさんダト……マサか?」
まさかとばかりに白面の鬼女が振り向いてみるとその先には、左手に黒鉄の警棒を携えて前に立つ、黒鉄勘太郎の姿があった。
勘太郎は直ぐさま後ろへと下がる羊野に「ご苦労!」と声をかけると、目の前に立つ白面の鬼女を見据えながら激しく睨みつける。
「白面の鬼女……まさかあんたが依頼人の如月栄子であり、麓で途中から上へと上がってきた、あの江田俊一だったんだな。流石に予想外過ぎてすっかり騙されてしまったぜ。そしてそんなお前にはもう何度も煮え湯を飲まされて来ているからな。最初にあった廃別荘のある森の中では初顔合わせにも関わらず、豪快に威嚇をされるし……。山荘ホテル内では臨時の管理人の小林さんが殺されるし……。下に降りた麓では抵抗して見たものの、健闘空しく完膚なきまでに叩きのめされた上に陣内朋樹が犠牲になるし……。山荘ホテルの前の外では人質に取られそうになった上に斉藤健吾を殺されるし……。流石にもうあんな無様な失態は二度とごめんだぜ!」
そこで勘太郎は自分が発していた一つの言葉の矛盾に気付く。
(あれ、どこか今の話の中で、若干可笑しな所があるぞ。最初に白面の鬼女と遭遇したのは確かに……廃別荘のある森の中だったが、あの時俺の近くには確かに如月栄子がいたはずだ。なら俺と如月栄子の前に現れたあの白面の鬼女は一体だれだったんだ?)
「おい、ここまで来たんなら、もう本当の事を話せよ。白面の鬼女……お前に協力者は本当にいないのか?」
「ああ、イナイ……オレハ……一人だ……ヒトリでこの犯行をジツゲンさせてイル」
「一人だと、そんな訳がないだろう。じゃ一体あの最初にお前と一緒に会った、あの白面の鬼女はどう説明をするつもりなんだよ。あの時お前は如月栄子として確かに俺の隣にいたんだから、お前が白面の鬼女になれる訳がないだろう。そうだよな!」
その勘太郎の言葉を聞いてようやく勘太郎が言おうとしていることを白面の鬼女は理解する。
「ああ、アノ廃別荘のアル森のナカデ現れた白面の鬼女ノことカ。タシカニあれは不可解で……アリエナイことダッタな。でもマア……今となっては……ナントナク見当がツクガナ」
「見当が付くだと、それは一体どう言う事だ?」
勘太郎は更なる質問で話を返そうとしたが、そんな疑問や質問を遮るかのように白面の鬼女が片手鎌の刃先を勘太郎に向ける。
「そのハナシは……アトデ後ろにいる羊のキョウジンにデモ聞くんだナ。まあソレモこのワタシを倒すことがデキタらの話だガナ!」
「そうだな。ならボチボチ始めようか」
「ギギぃ……ドウヤラまだ懲りないヨウダナ。麓でワタシにボコボコにされたコトヲもうワスレタのか。アノトキハいろいろとアッテ見逃してヤッタガ……もうテカゲンハしないぞ!」
「あの時のリベンジを見事果たしてやるぜ。こい、白面の鬼女!」
そう凄みながら渾身の一撃とばかりに左手に持つ黒鉄の警棒を白面の鬼女の右肩に叩き込もうとした勘太郎だったが、寸前の所で白面の鬼女が持つ片手鎌の刃で受け止められてしまう。
そのはじかれた黒鉄の警棒を左手で難なくキャッチした白面の鬼女は勘太郎が持つ警棒による攻撃を封じた事を確認すると、今度は勘太郎の左の首元を目がけて片手鎌の一撃を素早く叩き込む。
「「探偵さん!」」
勘太郎の無駄な抵抗にも見える絶対絶命的な状況に皆が驚愕し、流石にもう駄目かと思われていたが、その鋭い刃による一撃を勘太郎は左の腕を盾代わりにしてどうにか凌いだようだ。
当然のように勘太郎が左腕で受け止めた片手鎌の刃は深々とウエアの左腕のナイロン繊維の生地の中に消え。中から飛びでた綿の繊維の他に、謎の茶色い液体が片手鎌の刃先から柄を伝って……白面の鬼女が持つ左手へと流れ落ちる。
「な、ナンダ……コレは?」
「さあ、何かな。なんだと思う」
質問を質問で返した勘太郎は、白面の鬼女の片手鎌の攻撃により今現在突き刺さっている左腕の切り口を刃先を白面の鬼女の顔に向ける。その瞬間更に切口が大きくなった勘太郎の左腕からは大量の液体が漏れ、白面の鬼女の全身に浴びせ掛かる。
「なんだ、このネバネバ……ツルツルとした液体はイッタイなんだ。このよーく嗅いだコトノあるニオイは……マサか!」
「そうだよ、油だよ、油。まあ、油と言っても厨房の台所にあったサラダ油だがな。左腕に分厚い雑誌をかぶせるようにロール状に巻き付けて。その雑誌を丸めた上にサラダ油のボトルをガムテープでグルグル巻きにして、更にその上に厚手のスキーウエアを着込めばそれで完成さ。今の片手鎌の刃の一撃はサラダ油のボトルと小手と化した雑誌でどうにか防ぐ事ができたみたいだし。その左腕に同時に仕込んでおいたサラダ油の液体の方もどうにか白面の鬼女の全身に降り掛けて浴びせる事ができたみたいだから……もう自慢の握力を生かした攻撃も自由には使えないと思うぜ!」
「ナニをばかなコトヲ……イッテいル……そのアタマ……ニギリ潰して……クレルワ!」
勢い任せに勘太郎の頭を左手でわしづかみにする白面の鬼女だったが、もう既に白面の鬼女の左手がサラダ油まみれになっているのか、アイアンクローのように強い握力で頭を握り潰そうとしても、簡単にその指から逃げる事ができてしまう。それだけ手先が油で滑りやすくなっていて、相手の頭を上手く掴む事が出来ないのだ。
白面の鬼女は勘太郎を思うように掴む事が出来ない事を知ると今度は右手に持つ片手鎌を勘太郎に目がけて振り下ろそうとする。だがその展開はもう既に読めていたのか勘太郎は突然着ていたウエアを白面の鬼女に投げつけてその視界を一瞬奪うと、素早くポケットからチャッカマンを取り出し「熱さは平気かい。少しだけ熱くなるぜ!」と言いながら迷うこと無く白面の鬼女が着ている赤いワンピースの袖に火を着火する。
「ギギぃ……ギイィィィィィィィー! な、火ヲ付けるダナンテ……ナンテコトヲ……おまえ……追い詰めラレテ……イカレテいるノか!」
ボッオオォォォーーーーッ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォ!
「燃える……カラだが……モエルゥゥゥゥ!」
衣服にサラダ油の液体を掛けられるだけではなく、まさか火まで付けられるとは思ってもいなかった白面の鬼女は条件反射的に手に持つ片手鎌を捨てると、素早く床へと寝そべり、激しく転げ回る。
ゴロゴローーゴロゴローーーーゴロゴロゴロゴロ!
黒い煙を上げながら燃え広がろうとしている白面の鬼女の着ている赤いワンピースにどこからともなく消火器の消火剤が白い泡となって噴射される。その噴射液で燃えている火が消えた事を確認した白面の鬼女はその消火剤を掛けてくれた人物に視線を向ける。
その先にいたのは、赤い消火器を持った羊野瞑子だった。羊野は空になった消火器を持ち上げながら白面の鬼女に言う。
「ほほほほ、火遊びも結構ですが、こんな所で派手にお二人だけで燃え上がってしまったら私達までその被害を被らないといけませんからね。それは流石に勘弁してくださいな。こんな雪山の山頂で暖かな家を失うのはごめんですからね」
まるで床に倒れている白面の鬼女の行動を分析するかのように物欲しそうに後ろへと下がる羊野瞑子だったが、そんな羊野と交差する勘太郎が堂々と前へと出る。
「ほらよ、幾多の人々を切りつけて来た自慢の片手鎌が落ちているぞ。流石に丸腰の相手を狙い撃ちするのは気が引けるからな。と言いたい所だが、本音を言うと、下手に近づいて寝技にでも持ち込まれたら正直かなり危ないからな。武器は渡しておくぜ。つまり互いに立って最後は渾身の一撃で勝敗を決しようと誘っているんだよ。どうだ白面の鬼女、この挑戦、受けてみる気は無いか。互いにもう疲れているし、そろそろ頃合いかと思うんだ。もうこの戦いにも終止符を打とうぜ!」
「イイだろう、相手にナッテヤル!」
白面の鬼女は勘太郎が床を滑らせて渡してくれた自慢の片手鎌を手に取ると、少し焦げ跡が目立つ赤いワンピースのスカートの裾を翻しながら勘太郎の前に立つ。そんな白面の鬼女を激しくにらみつけていた勘太郎もまた、サラダ油の液体で汚れた手をタオルで拭きながら相手の動向を静かに伺う。
そう二人の間合いには緊張感溢れる静けさが辺りを包む。余りの緊迫感に人が息を吸うのさえ躊躇われる中、勘太郎が突如相手を挑発するかのように話し出す。
「どうした白面の鬼女、そんなに警戒なんかして、いい加減掛かってこないのか。武器もちゃんと渡してやったし、火も消してやったんだから、もう何回も俺に勝っているお前に俺を恐れる理由はないだろう。いい加減俺も体中サラダ油まみれになっているし、流石に気持ち悪いからな。風呂にも入りたいし、直ぐにでも勝負を始めようぜ!」
「サラダ油に火ヲカケルトハ……下手をシタラ自分も火だるまにナルとはカンガエナかったのか」
「サラダ油は意外にも直接火をつけてもそう簡単には火は付きにくいらしいぜ。でも、白面の鬼女お前のようにいかにも燃えやすい布地の赤いワンピースなんかを着ていたら、サラダ油の液体に直接火が付かなくても、その燃えやすそうな布地にサラダ油の液体が付着をしたら、火の熱を近づけた時にその表面に染みついた液体が気化をして、その気体から火が付きやすくなるらしいぜ。だから長いノズルになっているチャッカマンを使ったんだよ。あれなら少し離れた位置からでも安全に着火ができるからな」
「オノレ……そんな計算ヲシテイタのか。姑息なマネを……ユルサン……ゆるさんゾ……黒鉄のタンテイ!」
「一体どう許さないと言うんだ!」
「このワタシに……火ヲ使ったコトヲ……後悔サセテやる。この山に伝わる白面の鬼女の伝説によれば、その昔……どこかの豪族の姫君が……自分の部下達のウラギリニあって……金品を奪われた挙げ句に……証拠隠滅のタメニ……顔を無残にも焼かれテ……殺されたのだよ! ナラその焼かれた顔を伝説の通りに……モウ一度オマエに見せてヤルよ。この思わず目を背けたくなるような姿を見ながら……死ンデイケ!」
「いや、死ぬのはごめんこうむるぜ。いくぞ、白面の鬼女!」
大きな声を上げながら全速力でダッシュをする勘太郎に向けて、白面の鬼女は被ってある白面のマスクを外しながらその素顔を不気味に、そして勢いよく晒す。その見せつけた顔は重度の火傷の為か酷く炭化をしていて、とても生きていられるとは思えない程の黒いひび割れた顔していた。
その黒炭と化した恐ろしい顔が周りにいる他の人達の目にも嫌でも入り、その驚きの為か皆が不安と恐怖で騒ぎ出す。
白面の鬼女の酷たらしい顔を見た他の人達は皆条件反射的にその視線を外し、女子に至っては「きゃあぁぁ、いやー、見せないで、きゃあぁぁ!」と悲鳴を上げながらパニックになる者もいる始末だ。
当然白面の鬼女が仮面を外した狙いもそこにあったのだが、全く目を逸らす事無く真っ直ぐに見据える勘太郎は白面の鬼女の炭化した火傷の顔を真剣な眼差しで見つめながら堂々と迫る。
「ナゼ、なぜだ、ナゼオマエはこの顔カラ目をソラサナイ。このカオが怖くはナイのか?」
「その顔を見るのはもう二度目だし、もう慣れているからな。その顔で俺の戦意と視線を瞬間的に外させてその隙を狙って片手鎌の刃の一撃を繰り出すつもりなんだろうが、どうせその炭化した火傷の顔も偽物なんだろ。なら恐れる必要はないよな。なら安心してその顔面に俺の拳を叩き込む事が出来るぜ!」
「ギギぃ……ギイィィィィィー、イイ覚悟だ、ならやってみろ、黒鉄のタンテイ!」
勘太郎は手に持っている黒鉄の警棒を白面の鬼女の体に目がけて叩き込もうとするが、当然白面の鬼女は難なくその攻撃を交わす。だがその瞬間二人の足下でバキーンと大きな音がなる。
なぜかは知らないが勘太郎が振りかぶりざまに持っていた黒鉄の警棒を床へと叩き落としたからだ。
(一体何だ……なぜ黒鉄の探偵は手持ちの警棒を自分から床へと落としたんだ?)
そんな事を考えながら白面の鬼女は手に持つ片手鎌を勘太郎の右首筋から左の心臓に目がけて勢いよく振り下ろす。
「死ねぇぇ……黒鉄のタンテイぇぇぇ!」
ガッーツン!
するとその瞬間、勘太郎の右の首筋に振り下ろしたはずの片手鎌の刃が首の皮の筋肉にはじかれて、柄の部分から鎌の刃が勢いよくすっぽ抜け、高速回転をしながら高らかに宙へと舞う。
「バ、バカナ……えの……柄の部分カラ、刃がスッポ抜けタ……だと。アリエナイ。こんなコトハ、サスガニあり得ない。そんなバカナ?」
大きく前のめりになりながらも激しく振りかぶってしまった為か、直ぐには態勢を戻すことが出来ない。そんな動作が後手へと回っている白面の鬼女の耳に、勘太郎の凄みのある声が覚悟と勇気と共に届く。
「歯を食いしばれ、白面の鬼女!」
その声にはっとした白面の鬼女が勘太郎の方に顔を向けた瞬間、勘太郎の豪快且つ渾身の右ストレートが白面の鬼女の顔に叩き込まれる。
「うっりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーぁぁぁ!」
その熱き気合いと共に勘太郎の右ストレートは白面の鬼女の顔面へとめり込み、顔を覆っていた炭化した黒いひび割れた顔は大きく崩れ落ち。黒炭と化した皮膚の表面がボロボロと壊れるように崩れ出す。
「ぐっはぁーーーぁぁぁ!」
思わぬ出来事が起きたとはいえ、不意に顔に拳を叩き込まれた白面の鬼女は、そのまま体勢を大きく崩しながら、後ろに置いてある椅子と机の間へと勢いよく倒れ落ちる。
勘太郎はそこで白面の鬼女と間合いを取りながら再び立ち上がるのをずっと待ち続けていたが、余裕を見せているのか白面の鬼女はその場から直ぐには立ち上がる気はないようだ。
その証拠に白面の鬼女は半分崩れ落ちている黒ずみと化した仮面の間から見える、本当の素顔を覗かせながら、目の前に立つ勘太郎を見上げる。
「まさか、お前が何気に渡したあの片手鎌に……鎌の刃がすっぽ抜けるような仕掛けが施されていようとは、正直だまされたぜ。あのサラダ油を使った放火の流れは……俺を焼き殺そうとしたのでは無く、この鎌を俺に持たせる為にわざわざ作り上げた伏線だったのか。100パーセント俺に且つ為に……」
「まだ勝ってはいないがな」
「しかも、よーく見たら鎌の刃も潰してあるようだな。あのどさくさじゃ刃を確認している余裕は当然なかったし、これじゃ何も切れっこないぜ!」
「そのお前が振り下ろした片手鎌は……麓に降りた時に俺に闇喰い狐が投げつけてきた時の片手鎌だ。その時に下から持ってきた片手鎌の刃と、柄の部分をつないである留め金の部分を外して分からないようにして、見た目では宛もくっついているように見せかけていたのさ。後は放火の時に慌てて投げ捨てた片手鎌を素早く回収して、人知れず俺が予め用意して置いた、細工をした片手鎌をお前に渡して、渾身の一撃をお前の顔面にたたき込む最大のチャンスを密かに狙っていたのだよ。上手く決まってくれて良かったと言った所か!」
「そんな姑息な手を考えていたのか……。それに、くそ、お前の拳のお陰で、ついにボイス変換機能も壊れてしまったか。これじゃ声も変える事が出来ないぜ」
「もうあの片言の機械的な言葉も言えなくなったな」
「それにしても、お前はまだ俺と……とことん戦う気のようだな」
「そりゃそうさ。お前には出会った当初から負けっぱなしだったからな。力の差も、その戦闘の経験も、技術においても、お前の方が圧倒的に上だからな。だけど……だからこそ、例えどんな手を使ってでも一度くらいはお前にまともな攻撃をたたき込みたかったんだよ。その解があったと言った所かな!」
「なるほど……努力と工夫の結果、俺に一撃を浴びせる事ができたと言う訳か。流石は黒鉄の探偵だな。絶望的な恐怖とトラウマ的な敗北から問題点を探って……この俺に再び挑む為に勇気を振り絞って何度も……何度も立ち上がって来るとは……正直驚いたぜ。やはりお前は俺が最初に思った通りの凄い奴だったな。その絶望的な恐怖に……自分の弱さに打ちのめされながらも人のために動く勇気を……俺はこの目で直に見させてもらったぜ。君はやはり俺が思っていた通りの凄い探偵だったよ。例えどんなに無様で惨めでも希望と自分の信念を信じて必死にもがき足掻く、そんな黒鉄の探偵の勇気ある行動を見せつけられたら、嫌でもその誇りある勇気を認めない訳にはいかないだろ。麓では登山サークル部の人達に見捨てられてその場に置き去りにされたにも関わらず、その人達を守るために敢えてお前は負けると分かっていながらも自らの意思で俺達の足止めをしていたよな。その恐怖に挑む崇高な精神と勇気に……俺は無意識にお前を殺すのをためらっていたのかも知れない。それに誰かのために命をはれる人間を俺は殺したくは無いと言うのも本音だからな。フフフフ、人を非常にも殺すシリアルキラーの殺し屋が今更何を甘いことを言っているかと思うだろうが、お前をついには殺せなかった本当の理由はつまりはそこさ。狂人ゲームのルール上、先に探偵を殺してしまったら壊れた天秤の怒りを買ってしまうだとか……謎解きをする探偵は最後に殺さなけねばならないだとか……いろいろとお前を殺さない理由や理屈をこねてはいたが、とどのつまりはお前のように人を助けるために動く正義馬鹿は嫌いではないと言う事だ。そしておめでとう……この狂人ゲームは間違いなくお前の勝ちだ!」
突然、白面の鬼女にそんな事を言われて、勘太郎は思わず拍子抜けをする。流石にもう一戦くらいはあると考えていたからだ。
勘太郎は中々立ち上がらないでいる白面の鬼女に疑いの目を向けながらその真意を注意深く探る。
「一体どう言う事だ。確かに俺の渾身の右ストレートを顔面に受けて見事に吹き飛んだとはいえ、まだまだやれるだろう。そんな大したダメージはくらってはいないはずだ。火だって直ぐに羊野の奴が消火器で消したから火傷だってしてはいないだろうし」
「いいや、どうやら先ほど豪快に転んだ拍子に足をひねったらしくてな。どうやら立ち上がってもまともに戦えないどころか歩くこともままならないようだ。だからこそお前の勝ちなのだよ。黒鉄の探偵……お前はどうやら運にも恵まれているようだな。そんな勝利者たるお前に俺がなぜ今回の狂人ゲームに……いいや如月栄子さんの闇の依頼を受ける事を承諾したのか……その経緯を教えてやるよ」
そう静かに言うと白面の鬼女は片手で口元を押さえながら、今回の殺しの依頼の経緯を話す。
「もう知っているとは思うが、俺は江田俊一でも……本当の依頼人の如月栄子ですらない。この山の山頂の何処かで行方不明になっている如月妖子の遺体の捜索と……その犯人を見つけ出して殺す依頼を受けた、円卓の星座の……狂人だ。そしてこの山一帯を納める地主であり、山荘ホテルの正式な所有者だ。つまりはこの山荘ホテルのオーナーだよ。だからこそロープウェイの改造や山荘ホテル一帯の地下に繋がる抜け穴を見た時、俺が犯人だと直ぐに分かったんだろ。なにせ無断でこんな大掛かりな仕掛けを作れるのは、この山荘ホテルを所有している持ち主以外には考えられないからな。そうだろう、白い腹黒羊!」
その白面の鬼女の呼びかけに後ろに控えていた羊野が羊のマスクを脱ぎながら笑顔で返す。
白面の鬼女は話を続ける。
「本物の如月栄子は末期の肺癌を患っていて、今は呼吸器に繋がれてICUの集中治療室で病院のベットの上にいるよ。その彼女が一~二ヶ月前に私に言ったんだよ。あなたの縄張りでもあるこの山頂で、一年半前に不可解な行方不明を遂げた……私の最愛の妹をどうか見つけ出して欲しいと。そしてその行方不明には恐らく、あの登山サークルの部員達の誰かが関わっているだろうから、その人物も見つけ出して必ず妹の復讐をしてくれと……そして叶うのなら如月妖子の遺体も見つけ出して欲しいと、依頼人である如月栄子は意識がある時にそんな事を俺に言っていたんだよ。だがそんな事を言われても正直、俺は殺しが専門だし、人探しは苦手というか専門外だったんで、一体どうしようかと思っていたんだが。それからしばらく経ったその矢先に、行き成りあの壊れた天秤から連絡が来て。この山頂で『白い羊と黒鉄の探偵』を相手に狂人ゲームをして推理対決をしてくれたら、人員とトリックに使う資金援助は無限に出すし、勝負に勝ったさいの報酬も当然約束をすると言われたから、お前達や今回のターゲットでもある大学の登山サークル部の部員達をこの山荘ホテルに誘き出すついでに、如月妖子の遺体探しの場所も調べさせようと思ったんだよ」
「そうか、だから今は集中治療室にいて身動きが取れない本当の如月栄子さんに成り代わって……白面の鬼女、お前が偽者の如月栄子になりすまして依頼をしに、わざわざ北海道から~関東県内に来てまで依頼を受理させに来ていたのか。全ては妹の如月妖子さんの死体の在りかを探らせる為と、俺達を確実にこの北海道の地に誘導し誘き出す為に。俺達をこの狂人ゲームの舞台に上がらせ巻き込む事が、壊れた天秤からの条件であり要求だっただろうからな!」
「まあ、そういうことなんだが……その思惑すらも、お前の所にいる……あの白い羊の狂人に、まんまと利用されたのかもな。本当に食えない奴だぜ」
そう言いながら白面の鬼女は羊野の方をマジマジと見る。
そんな白面の鬼女の意味ありげな視線に羊野は「さあ、一体なんの事ですかね」といいながらしらばっくれていたが、白面の鬼女を演じていたこの山荘ホテルのオーナーが小さく苦笑をしながら、口元から行き成りゲホゲホと大量の血を吐き出す。
「えっげぇぇ……ゲホゲホ……ゲホゲホ……ゲホッ!」
その光景を見た勘太郎は慌てふためきながら、思わず白面の鬼女の元へと駆け寄る。
「あんた、まさか……さっき口に片手を置いた時に毒物を口に含んでいたのか。もうどうあがいても逃げられないと思って……自殺を選んだんだな。ちくしょう、吐け、今すぐに毒物を全部、口から吐き出すんだ!」
そう必死に声を掛ける勘太郎に向けて白面の鬼女はもう手遅れだと首を横に振りながら、静かに微笑む。
「黒鉄の探偵……あなたも知ってのとおり、狂人ゲームに負けて正体を知られた狂人は、人知れず組織に抹殺される運命にあることは知っているはずだ。だったら私はここであなたの見てる前で死にたい……この私が真に求めた勇気ある探偵の前で……」
「な、何を勝手なことを言っているんだ。あんたは生きて罪を償わなきゃ駄目に決まっているだろ。まさか今までに犯した罪から逃げるつもりか。そんな勝手な事は絶対にさせねえぞ!」
如月栄子の偽物に顔を近づけて言う勘太郎に、白面の鬼女は死が迫る中もう殆ど出ない声を振り絞りながらあらん限りの声で言う。
「た、探偵さん、虫のいい話ですが、一つお願いがあります。如月栄子の妹……如月妖子の遺体を見つけ出したら、その報告にはあなたが直接お姉さんでもある如月栄子さんの元に報告をしに行ってはくれませんか」
「なぜだ、なぜあんたはそこまでして如月栄子さんに協力をするんだ。ただ依頼を受けたからと言う訳ではないだろ」
「さあ~何故でしょうね。幼い昔、私にも亡くなった妹がいたからでしょうか。今までどんな殺しの依頼をこなしても、こんな気持ちは決して抱かなかったのに……今回は一体なぜでしょうね。実は自分でもよく分からないのですよ。ただ、必死に泣きじゃくりながら頼む如月栄子さんの妹を思う姿に……私は忘れていた何かを感じたのかも知れません。だからこそこの事件の結末の最後のけじめの報告だけは、あなたの言葉を返して直接、如月栄子さんに知らせに行って貰いたいのですよ。一年半前……行方不明になった妹さんを探して……まるで痩せ衰えた幽霊のように山頂中を探し回る如月栄子さんの哀れな姿をみて私は、毎日この山頂に来ては当てもなく探し回る彼女をとても見てはいられませんでした。しかも彼女は末期の癌を持っていてそう長くはないと医者にも宣告をされていたようです。そしてそんな私が真に我慢ができなかったのは、この私が管理をするこの山頂のテリトリー内で、私の預かり知らぬ所で起きた事件であり犯罪だと言う事です。この山の根城で幾多の殺しを実行して来た狂人としてはその誇りと意地に賭けても、この山で勝手に殺人事件を犯した犯人達に対して、必ず見つけ出して血の制裁をくれてやらなけねばと思いましてね。今回この狂人ゲームに参加をする事にしたのですよ」
「そんな、身勝手な理屈が通じるとでも思っているのか。自分の罪はちゃんと逮捕されて継ぐなえよ。死んで逃げるだなんて卑怯だぞ!」
「フフフフ、狂人は皆誰だって自分勝手で卑怯な者なのですよ。あなたはその事をよ~く知っているはずじゃないですか。さ、さ、最後の最後に私はあなたに負けはしましたが、妹の……如月妖子さんの遺体の在りかも見つかって……最後は結果オーライと言った所でしょうか。まあ、殺人鬼の私が言うことでは無いのですがね……ふふふふ!」
小さな荒い息を吐きながら既に息絶え絶えのこの山荘ホテルのオーナーは最後の懇願とばかりに勘太郎を見つめていたが、そんな白面の鬼女の思いに応えるかのように勘太郎は胸を張りながら大きな声で言う。
「ああ、ああ、分かったよ。仕方が無いな。姉の如月栄子さんへの報告は俺に任せろ。この山を降りたら一早くその如月栄子さんのいる病院に行って、妹さんの遺体が見つかった事を直ぐにでも報告に行ってやるぜ。妹さんの遺体を手厚く弔ってやる事が如月栄子さんの遺志であり願いだと思うからな。お前もそう思っていたからこそ、如月栄子さんの命が消える前に、妹さんの遺体が見つかった事をどうしても報告がしたかった……そうなんだろう」
「ひ……否定は……しない……さ」
「乗りかかった船だからな。いいぜその大役、俺が引き受けてやるよ!」
そんな勘太郎の精一杯の心遣いに白面の鬼女は如月栄子の声の真似をしながら、優しい声で「お願いね、黒鉄の探偵さん……」といいながら声を発すると、静かに息を引き取るのだった。
*
その数十秒後……。
「白面の鬼女……」
もう既に息をしていない白面の鬼女を見ながら壮絶な戦いの終焉に浸る勘太郎だったが、食堂の端付近で怪我の手当をしていた田代まさやが何かに気付いたかのように大きな声で叫ぶ。
「あああ、大石学部長と飯島有の二人がいつの間にかいないぞ。きっとICレコーダーや赤いワンピースとかの証拠隠滅に向かったんだ。早く慰霊碑の所に行かないと証拠を全て消されてしまうぞ!」
「し、しまった。このどさくさ紛れに、あいつら慰霊碑の所に行きやがったな。急がねばなるまい。いくぞ、羊野!」
白面の鬼女に扮していた、この山荘ホテルのオーナーでもある(まだ本当の名前も解らない)男性の死亡を確認した勘太郎は死体に軽く手を合わせると、直ぐさま下に降りようと走り出そうとする。
だが慌てふためくそんな勘太郎の様子を見ていた羊野は極めて冷静な態度を取りながら落ち着いた声で言う。
「あ、大丈夫ですよ。恐らく大石学部長は証拠となる物は何一つとして持ち出せないかと。て言うか、もうそんな悪あがきをしても無駄ですのに」
羊野は大きく溜息をつきながら、同じく何か言いたげな顔をしている田口友子にその視線を向けるのだった。
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