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微かに記憶に残っているものと違う香に鼻をくすぐられ、期待とも恐れとも分からない感情に動かされて目を開けた。
永美ちゃんの部屋は、シンプルな机や書棚のある遼平くんの書斎と化していて、もう見る影もなかった。
たった一つ、あの日、私が受け取るのを拒否したエンゲージリングを除いて。
神聖な場所にでも踏み入るかのように、ゆっくりと歩を進める。
書類やビジネス書が山積みになっている机上の一角。
リングは、写真立ての中で微笑む詠美ちゃんの前に、捧げるように置かれていた。
部屋はなくなっても、未来に向かって歩き出しても、遼平くんの心はずっと永美ちゃんと共にあるー。
その現実を見せつけられた。
胸が張り裂けそうって、こういうことだ。
永美ちゃん。
どうして遼平くんを遺して死んでしまったの?
永美ちゃんが生きてさえいてくれれば、遼平くんが孤独な人生を歩むことはなかったのに。
私だって、遼平くんを好きになったりしなかったのに。
「ちーちゃん?」
虚無感と嫉妬心が、涙になって零れ落ちそうになった寸前、背後から遼平くんに声をかけられ、慌てて目頭を拭った。
背後で声をかけてきた遼平くんは、机にコーヒーを置くために、私の前方に回ると、驚いた声を出した。
「え?もしかして、泣いてー?」
しまった。
涙は溢れなかったけれど、目は潤んだままだった、
咄嗟に言い訳が口をついて出る。
「あ…ごめんなさい。ちょっと、びっくりしちゃって。前に来たときと全然違うお部屋になってたから」
「…永美のことを思って泣いてくれたの?」
そうだけど、そうじゃない。
「ちーちゃんは、優しいね」
そんなことない。
全然違う。
一番無念なのは、愛する人を遺して逝った永美ちゃんなのに、私、心の中で永美ちゃんを責めてしまっていた。
酷い罪悪感に、再び涙がこみ上げる。
ダメ。
今溢れたらー
「…ありがとう」
遼平くんはふわりと私の頭を包み込むように抱きしめた。
―ほら、また遼平くんが勘違いしてしまった。
ごめんなさい。
永美ちゃん。
ごめんなさい。
遼平くん。
私は優しい子なんかじゃない。
もしかしたら、咄嗟の言い訳も、タイミングの良い涙も、無意識の計算によるものかもしれない。
その証拠に、頭では早く涙を止めないといけないと分かっているのに、私の目からは逆に勢いよく涙が溢れてくる。
遼平くんの腕の中が暖かくて、心地よくて。
『涙が溢れているうちは、ずっとこうしていてもらえる』
心の奥底の、自分では制御しきれないものが、そう言っているみたいだった。
永美ちゃんの部屋は、シンプルな机や書棚のある遼平くんの書斎と化していて、もう見る影もなかった。
たった一つ、あの日、私が受け取るのを拒否したエンゲージリングを除いて。
神聖な場所にでも踏み入るかのように、ゆっくりと歩を進める。
書類やビジネス書が山積みになっている机上の一角。
リングは、写真立ての中で微笑む詠美ちゃんの前に、捧げるように置かれていた。
部屋はなくなっても、未来に向かって歩き出しても、遼平くんの心はずっと永美ちゃんと共にあるー。
その現実を見せつけられた。
胸が張り裂けそうって、こういうことだ。
永美ちゃん。
どうして遼平くんを遺して死んでしまったの?
永美ちゃんが生きてさえいてくれれば、遼平くんが孤独な人生を歩むことはなかったのに。
私だって、遼平くんを好きになったりしなかったのに。
「ちーちゃん?」
虚無感と嫉妬心が、涙になって零れ落ちそうになった寸前、背後から遼平くんに声をかけられ、慌てて目頭を拭った。
背後で声をかけてきた遼平くんは、机にコーヒーを置くために、私の前方に回ると、驚いた声を出した。
「え?もしかして、泣いてー?」
しまった。
涙は溢れなかったけれど、目は潤んだままだった、
咄嗟に言い訳が口をついて出る。
「あ…ごめんなさい。ちょっと、びっくりしちゃって。前に来たときと全然違うお部屋になってたから」
「…永美のことを思って泣いてくれたの?」
そうだけど、そうじゃない。
「ちーちゃんは、優しいね」
そんなことない。
全然違う。
一番無念なのは、愛する人を遺して逝った永美ちゃんなのに、私、心の中で永美ちゃんを責めてしまっていた。
酷い罪悪感に、再び涙がこみ上げる。
ダメ。
今溢れたらー
「…ありがとう」
遼平くんはふわりと私の頭を包み込むように抱きしめた。
―ほら、また遼平くんが勘違いしてしまった。
ごめんなさい。
永美ちゃん。
ごめんなさい。
遼平くん。
私は優しい子なんかじゃない。
もしかしたら、咄嗟の言い訳も、タイミングの良い涙も、無意識の計算によるものかもしれない。
その証拠に、頭では早く涙を止めないといけないと分かっているのに、私の目からは逆に勢いよく涙が溢れてくる。
遼平くんの腕の中が暖かくて、心地よくて。
『涙が溢れているうちは、ずっとこうしていてもらえる』
心の奥底の、自分では制御しきれないものが、そう言っているみたいだった。
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