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中原さんが会議室のドアを静かに閉め終わるなり、晴臣は指で弾くようにドアの鍵をかけた。
その隙を突いて、私は長机の向こう側目指して猛ダッシュで逃げる。

「あ、おい、待て千歳!逃げるな!!」

上手くいった。
晴臣が追いかけて来ても机を挟んでいるのですぐには掴まらない。
何周か追いかけっこをしたところで諦めてくれたのか、晴臣が足を止めた。

「逃げるってことは、やっぱ他にも何か隠してるんだな」

「ち、違っ!晴臣がそんな、今にも人殺しそうな顔してるからでしょ!?」

「当たり前だろう?あの場で俺だけが何も知らなかったんだぞ?」

「わ、私だって遼平くんが飲み会に来るなんて、居酒屋に現れるまで知らなかったもん」

「男の家に…あのひとのマンションに一人で行くなってあれほど言ってあっただろう!」

「次の撮影の前にこれまでの宣材資料見ておいて欲しいって言われたから…」

「業務時間外だろうが!会社に持ってこさせろよ!!大体ストーカー被害に遭ってるのに、何で次の撮影まで引き受けたんだよ!あれっきりのはずだっただろうが!!!」

正論すぎて、何も言えないでいると、晴臣はため息を吐き切ってから深呼吸をし、ちょっと息を止めてから静かな声で切り出した。

「…それで、酔ったあのひとに何されたんだよ?」

「なっ、何もされてな…」

「されてないわけないだろう!?おじさんに『酔ったあのひとに何かされたんじゃないか』って聞かれた時、千歳飛び上がっただろーが!!」


ま…まさかそんなところまで見られていたなんて。
でも、白を切り通すしかない。
遼平くんの首がかかっているんだから。

「おっ、お父さんがあんまり突拍子もないこと言うから驚いただけよ!!」

「嘘つけ!あのひとがテンパったお陰で飛び上がったことがおじさんにバレなかったからって、ほっとしてただろ」

いくら何でも見過ぎでしょーーー!!

ああ、ダメだ。
晴臣には勝てない。
こうなったら残された手段は黙秘だけ。
目を合わせて気圧されないよう、じっと床とにらめっこをする。

「黙ってないで何とか言えよ」

固く口を結んだまま、ブンブンと左右に首を振る。

「黙秘する気か…」

今度は上下に首を振って意思表示をすると、晴臣は苛立ちを隠さずに言い放った。

「あっそう。分かった。なら、千歳の体に聞く」

私がそのセリフの意味を理解することができないうちに、晴臣が再び私を捉えようと勢い良く駆け出した。
さっきと同じようにぐるぐると机の周りを回って、足を止めた晴臣に尋ねる。

「いっ、今、私の体に聞くって言った?」

「言った」

「な!?晴臣!?正気!!?」

「残念ながら俺は至ってまともだ」

かなりおかしなことを言っていると分かっていながら、自分はマトモだと言う人間ほど危険なものはない。

でも大丈夫。
二人を隔てるこの長机がある限り、私が晴臣に捕まることはない。
そのうち騒ぎに気付いて父が助けに来てくれるだろうと呑気なことを考えていたらー

ダンッ!!

という音とともに晴臣が長机を飛び越えて、ストンと私の目の前に立った。

「はい、確保」
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