社長の×××

恩田璃星

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葵の罪 5

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 眉ひとつ動かさない律を見て、おじさんは笑みを浮かべて言った。

 「葵のことは、今まで娘同然に育てて来たんだ。手塩にかけた娘に手を出した男にこれくらいするのは、当たり前だろう?」

 みるみる左の頬が腫れ上がっていくのに、少しだけ律の空気が緩んだ。

 「アオ、ベッドの横のチェストに着るもの入ってるから、着替えたらこっちにおいで」

 突然こちらに話を振られて、一人、ベッドの上で飛び上がる。
 これでは今私が何も着てないことが元おじさんにバレバレだ。

 言われた通りチェストから新品の衣類を取り出して身につけたものの、どんな顔をして二人の所に行っていいのか分からない。

 異物感の残る下半身をひきずるようにして、柱の影からダイニングにいる二人の様子を覗き見た。

 コーヒーを淹れて、話を始めるところらしい。
 律は頬に氷の入った袋を当てている。


 「ずいぶん早かったですね」

 「それは嫌味かな?お前が派手に葵を攫って行ったせいで、混乱を収めるのが大変だったよ。それに、お前の車に付いてる盗難防止用のGPSを追跡するよう警察を動かすのに、思ったより時間がかかってね」

 「いえ、嫌味じゃなく。もっとゆっくり来てくれれば良かったのに」





 「お前に積年の思いをぶつけられて、葵が無茶をさせられてるんじゃないかと、気が気じゃなかったよ」
 
 ボッと顔が熱くなった。
 おじさんは、律が私を好きな事に気付いてたんだ。
 じゃあ当然、私が律を好きだったことも…?


 「…天澤あいつは?てっきりここで乱闘にでもなるかと思ってたのに」


 唯人の名前を聞いて、一気に現実に引き戻され、胃のあたりが縮み上がる。
 車でここに来る間は、何度となく私に電話をかけてきていたのに。
 おじさんと一緒にここまで追いかけて来ていないということはー。


 「彼には…手を引かせたよ」


 『手を引かせた』という表現に、ショックを受ける自分と、『やっぱり』と納得する自分が居た。
 いや、私にはショックを受ける資格なんてない。
 唯人を裏切って、さっきまで律との行為に溺れていたのだから。

 「そんなあっさり手を引いたってことは、天澤が葵に近づいたのは、やはり裏が…天澤と真田側お祖父様の間で何かしら取引があった、ということですね?」

 「うん、まぁ…そんなところかな。葵、そんな所に立ってないで、こっちにきて座りなさい」





 おじさんが言葉を濁したのは、私への配慮だろうか。
 相変わらず心も頭も、とっ散らかったままダイニングスペースに入った。


 律と瑠美さんの縁談をぶち壊してしまったこと。
 お爺様のお祝いのパーティーを台無しにしてしまったこと。
 律とこんな関係になってしまったこと。

 どれも恩を仇で返す行為で、おじさんの前に立つ足が震える。


 そんな私の手を、元おじさんはぎゅっと握って言った。

 「葵…私はお前のことを本当の娘のように思っているよ。だから、お前の幸せを何より祈ってる。色々と片付けなければならない問題はあるけれど、落ち着いたら正式に私たちの娘になって欲しい」

 まったく想定していなかった言葉を、一言一言頭の中で噛み砕いて理解しようとした。

 つまり、それって…もしかして。

 混乱している私から、律がおじさんの手を払い除けた。

 「いくら父さんでも、気安く葵に触らないでもらえますか。それに、今のセリフだと父さんが葵にプロポーズしてるみたいに聞こえます。俺だってまだしてないのに」

 「はいはい。全く律は本当に嫉妬深いね」

 律は更に、私の肩を引き寄せて、元おじさんに宣言した。

 「こうなったからには、何があっても、俺はもう一生葵を手離す気はありませんから。父さんもそのつもりでいてください」

 「分かってる。協力は惜しまないつもりだよ」

 微笑み合う二人の口ぶりを聞けば、私が律と結婚するのは決定事項のようだ。

 嬉しくないとかそういうことではない。

 でも、律の気持ちを含め今日初めて知った事実が多すぎて、気持ちが全く追いついていかない私は、どこか遠い世界の話のように感じていた。


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