社長の×××

恩田璃星

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偶然の運命 1

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✳︎唯人目線です✳︎

 『真田のお姫様』を最初に見たのは、礼美に連れて行かれた財界関係者の集まるパーティー。

 見たと言っても、存在を認識した程度だ。
 姫は壁際で、殺気溢れる美麗な騎士ナイトの背に隠れるように立っていたので、顔は見えなかった。

 それが騎士ではなく真田の若殿であることを礼美から聞かされると、その時は姫より若殿の方が気になった。

 真田律。
 真田グループの次期会長になる予定の男。
 俺とは違う、正真正銘のサラブレッド。

 「…ちょっとぉ、唯人、まさか真田のお姫様が気になるの?」

 しまった。
 ジッと見過ぎた。
 また礼美の勘違いから来る嫉妬が始まる。
 面倒臭いのでそれは避けたい。

 「いや。真田の若殿、俺と同じ年くらいに見えるけど、実際いくつかなと思って」

 「確か唯人より一つ下くらいじゃなかった?まさか、唯人、男もイケるとか言わないでよ?」

 心の中で盛大なため息を吐きながら、『礼美しか見てないよ』と腰を引き寄せ額にキスしてやると、礼美は満足気に微笑み大人しくなった。





 正直、俺はこの婚約者礼美のことなんてこれっぽっちも愛していない。
 正確には誰も好きになったことがない。

 生い立ちのせいから、愛とか恋とかいうものが信じられないんだろう。

 まぁ、可愛い女の子は普通に好きだ。
父親譲りらしいタレ目に母性本能をくすぐられるとかで、放っておいても寄って来て、快楽を共有してくれるし。

 誤解のないように言っておきたいのは、特定の相手がいる時は、誠意を持って付き合って来たということだ。
 礼美も例外ではない。

 ただ、結婚には一生縁のない人生だと思っていた。

 それでもこのワガママなお嬢様と婚約したのは、礼美が東雲家の娘だからだ。

 俺の母、橘利加子は、17歳で俺を生んだ後、大学まで進学して経営学を学び、祖父が創業した株式会社アクティブの代表となった。

 エネルギッシュなひとで、勉強や仕事に忙しくてほとんど家には居らず、俺は祖母に育てられたようなものだった。
 それでも利加子のことは尊敬していた。
 母親としてというより、父親としてという感覚に近かったかもしれない。





 利加子は、飲食店を数軒経営する橘さんと、5年前再婚し、44歳にして妊娠した。

 不妊治療などはしておらず、この歳でできるわけないだろうと高を括っていたらしい。
 報告を受けた時は、俺という前例があるのに、いい大人が何をやってるんだと呆れた。

 おまけに俺の社長就任が20年以上繰り上がってしまったし。

 でも、今回の妊娠も予定外だったにも関わらず、少しずつ膨らんでいくお腹を愛おしそうに撫でる利加子を見て、自分もこんな風に育まれてきたのかと思うと、柄にもなく胸が熱くなった。

 だから、育ててくれた祖父母や、利加子が大事にしている会社を俺が守ると決めた。

 礼美と出会ったのは、その頃だ。

 7センチはあろうかというヒールがバッキリ折れて、立てなくなったところを助けたら、運命だと思い込んでしまったらしい。

 凄まじい行動力で、翌日にはお礼と称して食事に誘われ、2回目に会った時には両親に紹介され、あっという間に婚約が成立した。

 追い払うこともできたが、それをしなかった理由は、既述のとおりだ。

 このまま礼美と結婚まで漕ぎ着ければ、経営者の一族というだけで、若く、何の実績もない俺でも、東雲グループとの契約を手土産に会社の経営を盤石なものにできるはず、だった。




 「礼美との結婚はなかったことにしてくれ」

 結婚の撤回はたった一本の電話により通知された。

 形だけとは言え、結納まで済ませておいて態度。
 それだけで、何が理由かピンと来た。

 『あんたなんて、存在自体がけがらわしいのよ!!』

 一度しか会ったことのない義姉の言葉が脳裏に木霊した。

 屈辱で電話を持つ手が震える。
 意地でも理由は聞かなかった。

 少しずつ怒りが収まって来ると、真っ先に考えたのは
「このままお飾りみたいなヤツが社長になったら、株式会社アクティブうちの会社は潰れてしまう」ということだった。

 あんなに俺を慕ってくれていた礼美のことを、一瞬たりとも考えることなしに。
 家柄や財産で打算的に判断していたのは、俺も同じだったことに気づき、ショックを受けた。

 だからと言って、俺に何ができる?
 20年かけて培うはずだった経験と実績が、あと数ヶ月で得られる術なんてあるわけがない。

 焦りと不安だけが募る中、利加子から社長のバトンを正式に渡される日は刻一刻と迫っていた。
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