社長の×××

恩田璃星

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偶然の運命 6

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 昼食後、いくつか葵様に仕事の指示を出して、自分の仕事に取り掛かると、集中しすぎてしまったらしく、気付けば定時をとっくに過ぎていた。

 「お疲れ。今日はもう上がっていいよ」

 葵様がフロアを出たタイミングで、自宅まで送れば良かったと気付いた。

 自分のPCの電源を落とし、慌てて後を追う。

 エントランスを出たところに、葵様の背中を見つけ、声を掛けようとしたが、グッとブレーキがかかった。

 葵様の向こう側に誰か居る。

 しかも…話している内容までは聞こえないが、声の低さから、間違いなく相手は男だ。
 総務部の人間だろうか?

 建物の陰に回って二人の会話を聞けば、相当親密な感じで

『アオ』
『りっちゃん』

と呼び合っている。

 ーやはり恋人が居たのか。

 嫌な動悸と、激しい焦燥感。
 噴き出す黒い靄が頭の中を支配していく感覚。

 一体どんな奴が彼女の全てを独占しているのか。

 居ても立っても居られなくなり、足音を忍ばせて支柱の反対側に回る。

 葵様の隣に立つ凛とした美しい顔を見て、息が止まりそうになった。







 葵様が『りっちゃん』と呼んだ男は、あの真田律だった。

 顔を引っ込めて、二人が立ち去るギリギリまで盗み聞きを続けると、バラバラだったパズルのピースが、頭の中で急速に組み上がっていくような感覚に陥った。
 
 間違いない。
 葵様は、礼美と行ったパーティーで、顔を見逃した『真田のお姫様』だ。

 礼美の話だと、『真田のお姫様』は、真田本家に住まい、娘と同等の扱いを受けているということだったので、真田翁が直々に縁談に関与してもおかしくない。

 『環境には恵まれていた』という葵様の言葉にもぴったり当てはまる。

 でも、何故?

 あの日も今日も、二人が揃うと、醸し出す空気感は独特で、葵様も真田律も、相手に特別な感情を抱いていることは、柱の陰ここからでも分かる程だ。
それも、ただの恋愛感情ではない。
絶対的な信頼、忠誠、深い庇護といった類の感情も入り混じっている。

 他を寄せ付けない、強い絆で結ばれているこの二人を、真田翁は何故俺なんかに引き裂かせようとするのか。

 ごく自然な様子で連れ立って、駐車場に消えていく二人の背中を見送りながら、俺は頭の中でいつまでもパズルのラスト1ピースを探し続けていた。




 
 家に着いた途端、玄関から動けないくらいの疲労感に襲われた。
もちろん肉体的な疲労感ではなく、精神的な疲労感。

 真田翁が俺をけしかけた理由を探す間中、頭の端には、さっき見た二人の背中がチラついている。
これだけで相当神経を摩耗させられる。

 「くそっ」

 ドアに後頭部を強めにぶつけても消えてはくれない。

 俺には嘘を吐かないことの他に、もう一つポリシーがある。

 『他人ひとものは盗らない』

 もちろん、義姉から父親を、義姉の母から夫を奪って生まれたという負い目によるものだ。

 なのに…。

 真田翁に紹介された葵様。
 株式会社アクティブに勤める真田葵。
 真田律と想い合う真田のお姫様。

 いっそこの三人が別人なら良かったのに。
 いや、せめて『真田のお姫様』でさえなければ…。

 こんなことを考えてしまうのは、恋敵ライバルが手強過ぎるから。

 そして、必死になって真田翁が俺をけしかけた理由を探したのは、そこにこそ真田律に勝つヒントがある気がしたからだ。



 そう。
 とっくに気付いている。
 これは俺の遅すぎる初恋。
 しかも、実る確率はほとんど0に等しい。

 それでも、既に引き返せないくらい強く惹かれてる。

 仮に出会う前から、葵様が真田律のものだと知っていたとしても、止められなかっただろう。

 どうしても、彼女が欲しい。

 例え誰のものであっても。
 長年の信条に背く想いでも。

 ここまで何かを欲したのは初めてで、自分の中に眠っていた激しい感情に戸惑いを覚えるほどだ。


 抜群の容姿。
 華麗な経歴。
 高貴な血統。
 約束された将来。


 全てを兼ね備えた、あの男から、葵様を…『葵』を奪うにはどうすればいい?

 葵に近づいた当初の目的なんて、とっくに頭から消え去っていた。

 ただの『天澤唯人』として、真田律に勝って葵を自分のものにしたい。

 どうすればー?

 シャワーを浴びても、ベッドに入っても考えることを止められず、やっと微睡み始めたのは空が白み始めた頃だった。
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