forgive and forget

恩田璃星

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別離 2

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 父の事務所に来るのはかれこれ数年ぶり。

 「こんにちは。依子です」

 インターホンを鳴らすとベテラン事務員の原田さんが出て

 「まぁ!依子さん!?どうぞ!」

と明るく迎えてくれた。

 「お久しぶりねぇ…そちらは?」

 「あ。同級生の都築くんです。ちょっと訳あってここまで送ってもらったんです」

 「初めまして。都築和司です」

 「男性なのにとっても綺麗」

 「ありがとうございます」

 原田さん、うっとりしてるな。
 そして都築くん、慣れっこなのね。
 普通、男の人が綺麗なんて言われても、こんなにすんなりお礼何て言わない。

 「そういえば依子さん土曜日に堂本先生とお見合いだったんですって?」

 「はい。その時にちょっと忘れ物してしまって」

 「じゃあちょっと呼んで来ましょうね。こちらでお待ちになってて」

 そう微笑むと、先に歩く原田さんはオフィスの前を通り過ぎ、私達をちょっと威圧的なほど分厚い法律実務事例集が整然と並ぶ応接室に通してくれた。
 革張りのチェアが冷たい。

 「園宮さんのお父さん、弁護士なのは知ってたけど…すごいね」

 「…私、あんまり父の仕事のこと他人に言ってないんだけどな」

 「俺、長年冬馬の友達やってるからね。自然と園宮さんのことに詳しくなっちゃた」

 「それって…」

『長年桐嶋が私を好きってこと?』

と言いかけたけど、我ながら自惚れが過ぎると思って口を噤んだ。

 ノックの音の後に現れた大地先輩は驚いた顔もせずに私たちの前に座った。

 「依子、彼、席外してもらったほうがいいんじゃ?」

 「…そうですね。都築くん、ちょっと席外してもらっていい?」

 「えっ?大丈夫なの?園宮さん」

 小声の質問に対して頷くと、都築くんは応接室から出て行った。

 「うちから出るなって言ったのに」

 「私は承諾していません。スマホ返してください。あと、コレも外してください。」

 左手を差し出すと、大地先輩は素直にポケットから私のスマホと鍵を取り出すと、ワイヤーの切れた手錠の鍵を開錠した。

 「…赤くなってる。ごめん」

 そう言って私の手首にキスをしようとする大地先輩を振り払った。

 「先輩。ごめんなさい。私、先輩とは結婚しません」

 「何で?監禁したから?」

 「それもありますけど…先輩は私を純粋に愛してないから」

 「…は?」

 「先輩の優しくて甘い愛情には同情と憐みが混ざってます」

 「そんなの依子の過去を知ったら誰だって…!」

 そう。
 私の過去を知れば誰だって私のことをそういうふうにしか愛してくれない。

 ただし、たった一人を除いて。

 大地先輩も同じことに気付いたのか、しばらくの間押し黙った後呟いた。

 「…気づかなきゃよかったのに」

 「大地先輩が気付かせたんですよ」

 「俺が…?最悪だな。で、許せそうなのか?」

 「…分かりません。でも…ずっと逃げてたのでまずはちゃんと向き合ってみようと思います」

 「…顔はともかく俺の方がいい男だぞ?」

 「ですね。だから私、付き合ってるときは本当に幸せでしたよ。それで話さなくて…気付けなくて…悩ませちゃったみたいでごめんなさい」

 打ち明けられた時は、ショックで口にできなかった言葉を畳みかける。

 「今遠まわしに俺のせいにしたな?」

 「そうですよ?先輩だって知ってたのに黙ってたくせに。それで勝手に悩んだ挙句私を捨てたのは先輩でしょ」

 「引き止めもしなかったくせに」

 「先輩のキャリアの為に我慢したんです。吹っ切るの大変でした」

 「もう完全に俺に対する想いはない?」

 「…はい」

 大地先輩は、きつく目を閉じて、大きなため息を吐くと、

 「…降参」

と言って両手を挙げた。

 「依子はいつもそうだよな。反論の準備をしてから責めて来る。俺絶対勝てないもんな。園宮家のDNA怖っ」

 「そうですかね~?いつも咄嗟に反論ができないんだけなんですけど…」

 「まぁ、ちゃんとその場で反論すれば俺だってあんなことしなかったのに」

 「それにしたって睡眠薬と手錠はやり過ぎですって」

 なんてスッキリした気分で談笑しながら応接室を出ると、都築くんは事務員の女の子たち囲まれて楽しそうにしていた。

 そこに原田さんが現れ

 「先生がお呼びです」

と呼ばれてわ大地先輩と一緒に所長室へ向かう。

 「ここに依子が来たということは、二人は結婚を前向きに考えているということでいいんだね?」

 いかめしい顔をして問う父に対して私が答える前に、大地先輩が一歩前に出て話始めた。

 「申し訳ありません。園宮先生。依子さんほどの女性を家庭に縛る度量は私にはありません」

 おぉ…。さすが大地先輩!
 上手いこと結婚話を断ってくれている。

と思ったのは束の間で、

 「依子さんはやはり法曹の道に進むべきです」

と、ものすごく余計なひと言を放った。

 「…やはりそうか…」

 父のつぶやきの後二人がニヤリと笑い合ったのを私は見逃さなかった。

 …やられた…。

 大地先輩はやっぱりタヌキだった。

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